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「幻想砕きの剣 3-2(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-07-13 22:21)
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幻想砕きの剣 第三章 二節
     探せ!・推理しろ!・大河が頭を使ってる!?   


 礼拝堂から出てきた大河とベリオを見て、未亜は安堵のため息をついた。
 扉の向こうから、今にも爆音や罵りあう声が聞こえてきそうで怖かったのだ。
 彼女の兄は、筋を通そうとする人物ではあるが、それと同時に激しやすい単細胞でもあった。


「お兄ちゃん、ベリオさん!」


「あ、未亜さん…。
 どうしてここに?」


 両手を背後に隠したまま駆け寄ってくる未亜を見て、ベリオは首を傾げた。
 なんだかんだと言っても、未亜と大河は大抵2人でいるので、未亜がここに居てもそれほどおかしくはないが、何故礼拝堂に入らず扉の横にいたのか解らなかった。


「…未亜よ。
 その手に何を持っている?」


「え、これ?
 あはは、何でもない何でもない」


 未亜の背後に、ジャスティがちらほら見えていた。
 礼拝堂の中で不穏な動きが見られたら、すぐさま乱入するつもりだったらしい。
 そそくさとジャスティを消して、未亜は手を振って誤魔化した。

 もしヘタな事を言って事を荒げていたら、と思って大河は顔を青くする。
 幾らなんでも、狙撃されたら避けようがない。


「大河君、何故未亜さんがここに?
 礼拝堂に入ってくればよかったのに……」


「あー……それは…」


「昨日の事で、ちょっとあからさまな発言をするかもしれないから待っててくれって言われたんです。
 ベリオさん、お兄ちゃんにセクハラとかされませんでしたか?」


 そう言われて、ベリオは先程の会話を思い返した。
 口論の途中に、何気にデリカシーのない発言が混じっていた事を思い出す。
 ちょっとした意趣返しをこめて、ベリオは笑う。

 曖昧な笑顔を返された未亜は、その場で大河を張り飛ばした。


「セクハラ厳禁って言ったでしょーが!」


「ご、誤解だ…スレスレだけど、ハラスメントじゃない…」


 吹っ飛ばされて、頭を柱にめり込ませたまま弁解する大河。
 それを見て、ベリオは遠慮なく声を上げて笑った。


「それで、どうするの?」


「礼拝堂の裏に、ブラックパピヨンの目撃情報が多数報告されている森があるんです。
 まずそこに行ってみましょう」


「この礼拝堂の裏に?」


 未亜は首を傾げて、ダリアのレビテーションで空中から学園を俯瞰した時の記憶を引っ張り出した。
 確かに、礼拝堂の裏には鬱蒼とした森があった。
 あの森がどんな役割を果たしているのかは知らないが、森の奥深くならば大抵の物は見つかるまい。


「しっかしなぁ…」


「何ですか?」


「いや、大した事じゃないんだが…。
 森の中って言っても、やっぱり入ってくるヤツは入ってくるだろ?
 それに、礼拝堂のすぐ近くだし……。
 ひょっとして、礼拝堂のすぐ裏あたりに何かあるんじゃないか?
 少なくとも俺なら、盗品を野晒しにしておくよりも、屋根の下に置いておきたいね」


 野晒しにしたままにしておくと、何かの拍子にコスチュームが飛ばされてしまったりする危険性もある。
 大した理由ではないが、大河はまだ礼拝堂に何かあるのでは、と考えているようだ。


「確かに、私たちも礼拝堂の全てを把握している訳ではありませんが…。
 そうなると、天井裏とか屋根の上とか、盗品やコスチュームを引っ張り出すだけでも大変な場所しか考えられませんよ。
 それよりは、例えば……木の洞の中とか、穴を掘って埋めてしまう方がよいのでは?」

「そっかぁ…」


 もう一度だけ礼拝堂を横目で見て、大河は歩き始めた。
 未亜がそれを追うように、ベリオが道案内の為に先行して歩く。
 救世主クラスの三人が連れ立って歩く姿は結構目立っていたが、手がかりを探す三人は気付いていなかった。


「ところでお兄ちゃん、何か思い出した事ある?
 例えばブラックパピヨンと戦った時に、どこでどういうやり取りをしたとか…」

「そうですね…逃走経路がわかれば、拠点の位置を推測できるかもしれません」


 そこはかとない期待に満ちた2人の視線を受けて、大河は目を宙に泳がせた。
 実を言うと、ちょっと前からブラックパピヨンの印象を、少しずつ思い出していたのだ。
 戦った場所や何処をどう移動したのか、サッパリ思いだせなかったが、それ以上に重要な情報がある。


「いや……何処で戦ったかは覚えてないんだけどな…。
 その代わりと言っちゃなんだけど………言っていいのかなコレ…」

「何です?
 手がかりになるのだから、この際何でもいいですよ」

「そうそう。
 エッチな着眼点でも、多少は多めに見るから…」


 2人に言われて、大河は反射的に自分でも予期しない答えを返してしまった。
 曰く、


「ええ乳しとった」


「……………」


「……………」


「な、なんだよ!?
 いや、言いたい事はわかるけど、つい口が…。
 つ、冷たい視線はヤメテ〜!」


「はいはい…。
 単なるお茶目って事にしておいてあげるから…。
 で、結局どうなの?」


 白けた視線で大河を見やり、女性特有の反応をする未亜。
 男としては、こういうリアクションが一番堪える…。
 何とか立ち直った大河は、あまり告げたくない事実を口にした。


「えと……なぁ…。
 実は………顔は覚えてないんだけどな」


「うんうん」


「何か特徴があったとか?」


「いや、特徴っつーか…。
 見覚えがある…どころじゃなくて。
 知ってる顔だったような気がするんだよ。
 つーか、ひょっとして本人じゃないのか?」

「「…………うええええぇっ!?」」


「ば、バカ声が大きい!」


 慌てて2人の口を塞ぎ、周囲を見回す大河。
 怪訝な顔で3人に注目している通行人に愛想笑いを返して、大河は強引に2人を抱えて走り去った。
 その場を離れた後も不思議な物を見るような目で見られたが、救世主クラスだからという理由で納得された事を本人たちは知らない。
 救世主クラスとは、本当は芸人の集まりと認識されているのかもしれなかった…。


 口をふさがれ脇に抱えられながらも、ベリオは指先で進行方向を示す。
 大河は礼拝堂裏手の森まで来て、ようやく足を止めた。


「ぜー、はー、ぜー、はー………」


「だ、大丈夫ですか? 大河君…」


「あー、人間2人も抱えて全力疾走すればねぇ…。
 ゴメンねお兄ちゃん。
 大声だしちゃった……」


 仰向けにぶっ倒れて大の字になっている大河を、未亜とベリオが見下ろした。
 何となく下ろすタイミングを掴めずに全力疾走を続けたので、大河の息は上がりに上がっている。
 ベリオが普段持ち歩いている水筒を出し、ゆっくりと大河に水分を補給させてようやく落ち着いた。
 水は冷たく透き通っていて、なにやら不思議な香りがする。


「……っぷはー!
 助かったぜ委員長…。
 しかし美味い水だなぁ」


「ふふっ。
 ただの水ではありません。
 礼拝堂で祝福を受けた、云わば聖水です。
 成分自体はただの水と変りませんが、神聖な力が宿っています。
 幽霊やゾンビの類には結構効き目があるんですよ」


「じゃあ、お兄ちゃんの煩悩の火も消化できないかな?」


「さすがにそれは……残念ですけどね。
 それに、飲ませるだけで大河君が大人しくなっているのだったら、即座に大浴場一杯の聖水を飲ませますよ」


 それは聖水でなくても大人しくなるだろう。
 大人しくなる前に溺死するのがオチだが。

 ベリオが手にしているえらく大きめの水筒を見て、大河は不思議に思った。


「それにしても委員長、何でそんなにいっぱい持ち歩いてるんだ?」


「えっ!?」


 大河の素朴な疑問に、ベリオはあからさまに狼狽した。
 視線があちこち泳ぎ始める。
 ますます大河はおかしく思って、頭を巡らせた。


「飲み水だったらお茶を容れたほうがいいし、祝福を受けた水とやらを委員長が理由もなく独占するとも…。
 あ、ひょっとしてお化けが…」


「そ、それより大河君!
 ブラックパピヨンが誰かに似ているってどういう事です!?」


 強引な話題転換は、それだけでも状況証拠には十分だったのだが、未亜は憐れに思って触れなかった。
 一方、話を逸らされた大河は、腕組みをして目をきつく閉じる。
 少しずつ思い出してきたブラックパピヨンの映像を、より鮮明に思い出そうとする。


「……うん、やっぱり誰かと同じ顔をしてる。
 同一人物かなぁ……他人の空似って事はないと思うけど」


「でも、大河君が知っている人って、アヴァターにはあんまり居ないんじゃないですか?
 私たち救世主候補生の他には、セル君に教師の人に、後は精々授業を一緒に受ける人とか…」


「だよねぇ。
 お兄ちゃんは女の子の事なら驚異的な記憶力を発揮するけど、それでも酔っ払った状態で思い出せる人なんて限られてるだろうし…」


 三人は押し黙った。
 大河の話が本当だとすれば、ブラックパピヨンは、誰か近しい人物という事になる。
 放っておく事はできないにせよ、あまり手荒なマネもしたくない。
 どうするべきか、しばし黙考した。


「……ま、先の事なんて考えても仕方ないさ。
 まだ見つけてもいないし、そもそも俺の記憶違いって可能性もあるんだしな」


「そうね。
 とりあえず、犯人を特定してから考えましょ」


 ベリオは未だ悩んでいるが、あっさりと割り切った当真兄妹に苦笑して思考を切り替えた。


「それで大河君、本当に誰か知っている人がブラックパピヨンだった場合、顔を見たりすれば思い出せますか?」


「どうだろう…。
 そういえば、委員長の顔を見た辺りからちょっとずつ思い出してきたんだけど。
 ひょっとしたら、委員長の顔から何か連想したのかもしれないな」


「私の顔から?」


 首をかしげたベリオは、近くの泉まで行って湖面に顔を映し出した。
 しかし映っているのは普段通りの自分の顔で、誰かを連想するような特徴はない。
 ベリオは自分の容姿を平凡なものだと思っているので、誰かを連想するような特徴を見つけ出せはしなかった。
 振り返ると、相変わらず大河は目を閉じて唸っているし、未亜はベリオの顔を覗き込んで、顔の何処かが誰かに似ているのではないかとチェックしている。
 しかし、さっきから唸っているだけで全く進展はない。
 ベリオは考えるのを一端やめにして、まず行動する事にした。


「まぁ、無理に思い出そうとすると記憶が捻じ曲がっちゃう事もあるそうですから、この位にしておきましょう。
 まずは予定通り、この森の中を探索しに行きます。
 さほど深い森ではありませんし、危険な動物もいませんけど、足元に注意してくださいね」


「「はーい」」


 幼稚園児の遠足か。


 三人は一緒になって森の中に入っていった。
 生い茂る草木を見て、大河は難しい顔をしてなにやら唸っている。

 大河から少し離れて歩きながら、ベリオと未亜は何か手がかりになるものが落ちてないか見回していた。
 とは言っても、何を目印に探せばいいのか、皆目検討がつかない。
 とりあえず森の中を見回しながら、大河の意見した通りに礼拝堂の裏手に向かっている。


「それにしても、ちょっと意外ですね」


「何がです?」


 大河から離れた辺りで、ベリオは独り言を呟いた。
 聞き逃さなかった未亜が、相変わらず周囲を見回しながら尋ねる。
 ……未亜は進展の見られない状況に飽きたのか、『リスとか居ないかなぁ』などと考えているようだ。


「大河君の事ですよ。
 礼拝堂の中で話した事なんですけど……ちょっと予想外だったもので。
 私はてっきり、自分が楽しければそれでいいと考えている人だと思っていたんです。
 だってあれだけ大騒ぎを起こして全然悪びれないし…。
 楽で問題がない方法があれば、無責任にもすぐにそっちに流れていくと…。
 自分の重荷を勝手に他人に背負われたくない、と言われたときには目を剥きました」


「間違ってはいませんよ。
 実際、お兄ちゃんはそう考えていた時期もありましたから。
 多分今でもそうですよ。
 無責任なのは……まぁ、昨日あれだけやらかして良心の呵責がないのを見れば…ね。
 ただ………」


「ただ?」


「自分だけが楽しむよりも、沢山の人と一緒に楽しくなった方が嬉しいんです。
 最初は自分の事だけ考えていたけど、自分だけじゃなくて回りに居る人が笑ってると自分ももっと楽しくなるからって。
 隠れてこっそりお饅頭を食べるのもいいけど、皆と分け合って食べるのも好きって事ですね」


「そう……ですか」


 ベリオは先を行く大河の後姿を見る。
 相変わらず、木の枝や生い茂る草を注視して何か考え込んでいる。
 ベリオは改めて思う。
 どのような経験をしてきたのか知らないが、それでも前を向いて進む人。
 楽天的な人だ。
 もしくは学習能力のないオバカさん。


(………でも、見習うべき所も多々あるんですよね)


 それがベリオをもっと混乱させるのだが、ベリオは大河との付き合い方が少し解ったような気がした。
 ………いっそ大河が巻き起こすトラブルも楽しめるようになればいいのに、と思ったが、そうなると救世主クラスの歯止めがなくなる事に気がついて頭が痛くなった。


「お兄ちゃん、何してるの?
 生えてる草に何かあった?」


 大河はとうとうしゃがみ込んで、木の根や雑草を覗き込んだり触ったりして何かを検分しているようだ。
 未亜に呼ばれ、振り向いて立ち上がった大河は土のついた指を振る。
 どうやら地面に指を突っ込んでいたようだ。


「いや、大した事じゃないんだけどな。
 この森、なーんかこう………不自然な感じがして…」


「不自然、ですか?」


「ああ。
 そりゃ確かに人工物だから、自然じゃないんだけど……何かこう、違和感が…」


 大河は自分の感覚を説明しようとしたが、モヤモヤして輪郭を得られないため、自分が何に違和感を感じているのかも理解できなかった。
 ベリオと未亜は周囲を見回してみたが、特におかしな物はない。
 大河の気のせいではないのかと思ったが、ブラックパピヨンが何かしたのかという可能性がそれを否定する。


「ひょっとして、幻術とかでも使っているんじゃあ…。
 それなら薬学科とかの学生が来ても、方向感覚を狂わせてしまえば隠れ家には近づけません」


「ベリオさん、幻術返しってできますか?」


「出来ない事はありませんが……」


 再びベリオは周囲を見回した。
 幻術返しをするには、自分が幻術にかかっている事を自覚する必要がある。
 しかし、とてもではないが幻を見せられているとは思えない。

 仮に本当に幻術を見せられているのだとしても、これほど精巧に、かつ全く気付かれずに幻術を張るには超絶的な技巧が必要とされる。
 幻術とは元々気付かれないようにかけるものなのだが、恒常的な結界のように幻術を張り巡らせるとなると途端に気付かれやすくなるのだ。
 それほどの実力を持った術者が張った結界を、専門外の自分が破れるのか?
 リリィなら解らなかったが、ベリオには正直な話、勝算がなかった。

 しかし、大河はそれを否定した。


「いや、そういう違和感じゃなくって…。
 なんつーか、こう、木の並び方とか草の生え方……いや、これもちょっと違う…。
 とにかく、この『森』自体が何処となくおかしいんだよ」

「森…?
 私は何も感じないけど」


 森自体がおかしいと言われて、未亜は改めて周囲を注視する。
 大河の言う木の並び方や草の生え方が不自然だったとしても、それを理解できる知識も経験も二人にはなかった。
 肝心の大河も、強く言える程の根拠が在るわけではない。
 考えても仕方がないので、一行は仕方なく森の奥に歩を進めた。

 森は礼拝堂の裏から、闘技場にまで広がっている。
 調べようと思ったら、それこそ一時間では済みそうにない。
 調査は足が基本と言っても、さすがにこれは厳しい。

 大河は相変わらず首を捻りながら、未亜とベリオは木のうろや岩の隙間を覗き込みながら礼拝堂の裏に向かって進む。
 結局、目だった発見もなく礼拝堂の裏に着いてしまった。


「それで、どうするの?
 礼拝堂の裏に来ちゃったけど、森と同じでなーんにもないよ」


「そうだなぁ……こりゃ外れかな?」


「そうですね…。
 でも、まだ森の中を全て見回ったわけではありませんし…」


 三人は無言で振り返り、通ってきた森を見た。
 木。木。木。枝。木。木。枝。木。林。森。岩。木。木。なんか鳥の声。
 気力が萎えた。
 調査のためとはいえ、一々探っていたら日が暮れる。
 とはいえ、調べないわけにもいかない。
 もう帰ろうと囁く足を引き摺って、ベリオは歩き出そうとする。
 しかし、未亜がそれを引き止めた。


「ねえベリオさん。
 ちょっと質問なんだけど……ブラックパピヨンって、何処から見つけられてるの?」

「?
 どこから……とは?」


 首を傾げるベリオ。
 未亜は森を指差して、推論を重ねる。


「こんな森の中を歩いてたんじゃ、とても見つけられないよ。
 だから、歩いていたとしたら湖のほとりでしょ?
 夜中にあんな所を一般生徒が歩いてる訳ないし、だったら目撃したのは湖を挟んでだと思うんだけど」


「………そう…ですね。
 大体の情報が、『湖の向こうにそれらしい人影が』という話でした」


「ひょっとして、それって陽動なんじゃないかな?」


「陽動?」


 思いもしなかった指摘にベリオは目を剥いた。
 しかし、冷静に考えれば十分在りうる話だ。


「成る程……。
 湖を挟んで姿を見せれば、まず捕まる事はありません。
 ブラックパピヨンが居た場所に捕獲要員が到着する前に逃げるのは容易な事でしょう。
 そもそもすぐ傍に身を隠せる森があると言うのに、目撃される事自体が不自然な話です」


「そうでしょ?
 本当にココを活動拠点にしてるなら、徹底的に隠す筈。
 なのにわざわざ姿を見せている理由は、『ここに何かあるぞ』って誘導してるんだと思う」


 理論武装としては完璧と言えるだろう。
 実を言うと未亜は、森の中を一々探索して回るのが嫌だったのでちょっとそれらしい理屈をごねてみただけだったりする。
 しかし嘘から出た真という言葉もあるように、それは結構的を得ているように思えた。
 単にベリオも楽な方に流れただけかもしれないが、反論の材料は見つからない。


「では、この森を探索するのは後回しという事で」


「そうしましょーそうしましょー」


 これ幸いとばかりに、大河と未亜はベリオの決定に従った。
 少々疲れた足取りながら、ベリオと未亜は湖のほとりを歩いて行った。
 一人遅れてついていく大河は、一度だけ礼拝堂を振り返った。

 未亜の言った推論は、間違ってはいない。
 隠したい物があるのなら、そこに何かがあると思わせる筈がない。
 しかし、未亜の推論には一つだけ重要な情報が欠けていた。
 それは……。


「ブラックパピヨンは………愉快犯なんだよ」


 まともな論理は通用しない。
 大河の目は、礼拝堂の裏にあった足跡を見逃さなかった。
 踵の部分に丸い穴ができたその足跡は、明らかにハイヒールのもの。

 そして歩幅や穴の深さから見て、ブラックパピヨンは“歩いて礼拝堂から出てきて、また歩いて礼拝堂に入っていった”
 着替えた直後なら何もしていないから、ブラックパピヨンが出没しているとは誰にも解らないので急ぐ必要もない。
 追っ手を撒くために礼拝堂に入って行くのなら、なるたけ素早く行動しようとする筈。
 つまり、ブラックパピヨンはコスチュームチェンジをして礼拝堂から出てきて、追っ手を撒いてから礼拝堂に入っていった事になる。

 ブラックパピヨンの活動拠点は、おそらく礼拝堂。
 そうなると、不本意ながらベリオに話すわけにはいかなかった。

 日夜……日によっては夜中まで礼拝堂にいるベリオが、ブラックパピヨンに気づかない筈がない。
 ベリオとブラックパピヨンが共犯という推理は、大河の頭には浮かびもしなかった。
 しかし万が一、何か特殊な術でベリオが操られているとすれば、ベリオに『ブラックパピヨンのアジトは礼拝堂だ』などと言おうものなら、再び手がかりが消えてしまう。
 ベリオに大河の推論を話すには、タイミングを計らなければならない。


(だとすれば……ブラックパピヨンが現れて、礼拝堂に帰ってくるまでの時間が勝負。
 ブラックパピヨンが現れて騒ぎが起きたら、委員長には悪いけど夜中でも叩き起こして、礼拝堂に急行して待ち伏せをかける!)


 森を後にした三人は、召喚の塔にやってきた。
 特に隠れる場所があるとも思えないが、大河が何か記憶に引っ掛かると主張したためである。
 しかしそれ以上の事は思い出せず、塔を見て回る事にした。


「あら?
 リコ……」


「………」


 誰も居ないと思われた塔には、リコが掃除道具を持って三角座りしていた。
 そして召喚陣には、なにやら幾何学的な落書きが所狭しと描かれている。
 半分くらいは消されているが、消された部分もまだ綺麗になったとは言い難い。


「これ……どうしたの?」


 相変わらず表情が読めない目で未亜を見ると、無言で召喚陣の一角を指差した。
 そこにも落書きがの後が見えるが、念入りに消そうとしたらしく、他の部分よりも薄れて読みづらい。
 未亜は目を細めると、何と書いてあるのか読もうとした。


「えーと……ブ……フ…シ…じゃない、ッ…かな?
 ク……ひょっとして、ブラックパピヨン!?」


 リコは無言で頷くと、休憩を終えて未亜が読んでいた部分を消そうと力一杯拭き始めた。
 無表情ながら、結構頭にきているらしい。

 大河は一つ肩をすくめて、リコの隣の雑巾を手に持った。


「………?」


「手伝うよ。
 俺もブラックパピヨンにはちょっと手酷くやられたんだ。
 まあ、被害者仲間って事で」


 リコは暫く考えるように上を向くと、ポツリと呟いた。
 少しだけ表情が緩んで見える。


「…り……がと」


「いいっていいって」


 内心大河は萌え転げていたりするのだが、そこはグッと我慢の子である。
 すぐに未亜とベリオも掃除道具を持って、四人は落書きを消し始めた。

 何だかベリオはやけに力が入っている。
 モップが折れないか心配だ。


「ところでリコ。
 俺達ブラックパピヨンを探してるんだけど、何か知らないか?」


 雑巾を絞る大河を振り返って、リコは相変わらず無言で外の柱を指差した。
 よく目を凝らすと、そこには何かが撒きついている。


「アレは……ひょっとしてブラックパピヨンの鞭か!?」


「多分」


「ええっ!?」


「物証ですね!
 何か痕跡が残っているかもしれません!」


 大発見に沸き立つ三人。
 自分では何も解らなくても、学園長辺りに頼んで呪いでもかけてもらえば大分絞り込める。
 その時に気分や調子が悪くなった人物を探せばいいのだ。
 学園のためだし、まさかミュリエル学園長も拒むまい。


「あんな所に鞭を残して行くなんて…。
 ひょっとして、この辺りで何かハプニングがあったのかも!」


「大河君、何か思い出しませんか!?」


 2人に詰め寄られて、大河はモヤモヤとした記憶が少しだけ形を取るのを自覚した。
 しかし少しは少し。
 大した事など思い出せない。


「ああ、確か俺、あの辺でブラックパピヨンと戦ったんだっけ。
 多分…ターミナルから逃げたブラックパピヨンを追いかけて…。
 鞭の長さは大体3メートル前後ってトコだな…。
 あんな所に鞭を撒きつけるなんて……何メートル跳躍すれば…いや、屋根の上から鞭を振るえばいいのか。
 と言う事は、ひょっとして屋根の上で戦ったのかな?」


 寝言のように口走る大河。
 それを受けて、ベリオと未亜は外を見た。
 召喚の塔の割と低い位置にある窓からは、丁度視点が屋根の上に向かう。

 周囲を見渡すが、特に変ったものは………あった。


「ねえベリオさん、あの家の屋根なんだけど…」


「はい? ………アレは…何でしょーか?」


 未亜の視線の先には、何故か銅像が幾つも転がっていた。
 屋根の上に据え付ける物としては、明らかにミスマッチである。


「どう考えても……ブラックパピヨンの遺留品でしょうね」


「ですよねぇ…」


 一端掃除の手を休めて、2人は召喚器を取り出した。
 召喚器により増幅された脚力で、一息に屋根に飛び移る。
 危なげなく着地した2人は、転がっている銅像に近づいていった。


「それにしても、今日は随分と沢山の遺留品を見つけますね。
 普段のブラックパピヨンは、決して手がかりになるような物を残さないのに」

「それだけお兄ちゃんが何かしたって事かなぁ…。
 でも、酔っ払ってたお兄ちゃんがマトモに抵抗できたとは考えづらいし…」

「酔っていたからこそ、トンでもないマネをしたのかもしれませんよ。
 そもそも普通の酔っ払いなら、逃げ足の速いブラックパピヨンを追いかけられる訳がありません。
 いわんや屋根に上ってくるなんて、話になりません」


 自分の意見を言い合いながら、2人は銅像とその周りを調べて回る。
 特に変わった点はない。
 強いて言うなら転がっている銅像が欠けていたり、屋根に欠損がある程度だ。
 とてもではないが、手掛かりになりそうな物はない。


「あれ?
 これって……うわっ、バッチい!」


「どうかしましたか?」


 足元を見つめていたと思ったら、急に飛び退いた未亜。
 ベリオが怪訝に思って問いかけると、未亜は嫌そうなそうな顔をしながら指差した。
 そこには、なにやら黄色いというか山吹色というか、独特の色と一緒に固形物がぶちまけられている。


「こ、これって……アレですよねぇ…」


「何でこんな所にこんなのがあるのよぅ……」


 ゲロ。
 赤リボン軍のドクターではない。
 酔っ払いが駅に残していく痕跡がそこにあった。
 心底嫌そうな顔をする2人。
 特にベリオの顔は、デッサンが崩れるほどに嫌悪感を露にしていた。


「おーい、何やってんだー?
 早いトコ掃除の方を済ませちまおうぜー!」


 能天気な大河の声がかけられた。
 未亜はさっさと戻ろうとしたが、ベリオは何故かじっとしていた。
 心なしか、何か激情に震えているように見える。

 未亜が召喚の塔の窓に向かって飛ぶ。
 ベリオもそれに続いた。
 しかし、2人の間には相違点がある。

 未亜は大河が顔を覗かせている窓に向かって跳んだが、大河の1メートルほど上を通過した。
 勿論スカートは抑えている。

 続いたベリオだが、顔を伏せ、全身を硬直させて宙を舞う。
 正座のような体勢で宙を舞い、その膝の軌道は……。

   グガシィッ!

 見事に大河の顔面に直撃した。
 新種の金属で岩をぶっ叩いたような音を立てて大河が沈む。
 ベリオは少々体勢を崩しながらも無事着地した。


「お、お、お、お兄ちゃーん!?」


「ああっ!?
 大河君、ごめんなさい!
 何だか急に意識が遠くなって、気がついたら大河君の顔面に膝が!」


 横たわり、ドクドクと明らかに不自然な程の勢いで流血する大河。
 ベリオと未亜が慌てているが、リコは冷静に脈を取っていた。


(………問題なし。
 ベリオさんの治癒術ですぐに傷も塞がる。
 流血が多いのは、単に血圧が高いから)


 それだけ判断して、リコは掃除に戻ってしまった。
 というか、血圧の高さでどうこうという量の流血ではないのだが。
 ベリオが大河の治癒を始めたのを見て、リコはあっさりと興味をなくした。
 見ていた所で、自分に出来る事などないからだ。

 リコの視線は、流れ出て召喚陣の上に溜まる大河の血に向かった。


(…………モノは試し)


 ぐちゃ ぐちょ じゅぷじゅぷ


 リコは持っていたモップを血の海に漬けてみた。
 赤く染まったモップを使い、まだ消してなかった落書きを擦る。
 暫く擦ってみると、何故か落書きは綺麗に消えていたそうだ。
 大河の血がおかしいのか、それとも落書きに使われたインクが血に弱かったのか。


(同じ事があったら………大河さんに献血してもらおうかな……)


 怖い事を考えるリコの横で、大河がピクピク痙攣していた。


「ん〜っ!
 ふう、やっとすっきりしました!」


 太陽の陽を浴びて、ベリオは大きく深呼吸した。
 本当に生き生きとして見える。


「何でそんなにイイ顔になってるんだ?
 召喚の塔に何かイヤな想い出でも?」


「さあ…そんな記憶はありませんが。
 でも、何だかあの辺りにいると、妙に気分が悪くなるんです。
 こう、胸の辺りから鳩尾の下まで、ムカムカしたモノが沸いてきて、妙に破壊衝動が強くなるというか…」


 何とか落書きを全て消して、召喚の塔を出た時には既に昼を回っていた。
 昼食は購買で買った……と言っても金は不要だったが……パンを食べ歩きながら、3人は学園内を歩き回る。
 しかし、これといった進展はない。


「やっぱり無闇に歩き回るだけではいけませんね…。
 かといって、学園内で人が来ない所は………」


 ベリオは学園内の地図を思い浮かべ、使われていない教室から倉庫まで、出来うる限り思い出そうとするが、そのどれもが違う。
 使われてない部屋筆頭だった屋根裏部屋はもう大河が使っているし、大掃除もしたから何かが隠されている可能性も低い。
 途方に暮れていると、大河が提案を出した。


「あのさ、図書館行ってみないか?」


「図書館?」


 一瞬だけ勉強でもするのかと思ったが、大河がそんな殊勝な考えを持つはずがない。
 切羽詰れば何でも覚えようとするが、そうでない時には怠け者もいい所だ。


「何故図書館に?
 確かに人気はそれほど多くありませんが、それでも使う時には大勢の人が使いますよ。
 魔術研究者志望の学生がレポートやテストをする時には、それはもう図書館とは思えない程に人が詰め込まれます」


「そうじゃなくて、さっきリコに聞いたんだけどな。
 この学園内で、人が隠れるのに向いていて、誰も行かないような所はないかって聞いたんだ。
 そしたら、なんか図書館に地下室があるって教えてくれてな」


「地下室?
 お兄ちゃん、そういうの好きだよね」


「うっさい。
 で、その地下室には、ここ数年誰も入った事がないらしい」


「それは怪しいですね」


 ベリオもこの学園に来てそれほど長い方ではないが、図書館に地下があるなどという話は初めて聞いた。
 リリィですら知っているのかどうか。
 何故リコが地下室の存在を知っているのかは別として、行ってみる価値はある。

 一行は図書館に矛先を向けることにした。


「それで、その地下室の入り口はどこにあるの?
 やっぱり人目がつかないところ?」


「いや、リコが言うには一階の扉に鍵がかけられていて、入ろうにも誰も入れないらしい。
 そこの鍵は、ミュリエル学園長が管理しているとかいないとか……」


「それじゃあブラックパピヨンも入れないのでは?
 ………ああ、怪盗っていうくらいですから、ピッキングとかできるのかもしれませんね」


 その扉を探し出して、鍵口を弄ったような後があれば、おそらくブラックパピヨンに何らかの関係があると思っていいだろう。
 しかし、それを確かめるのには意外と苦労した。


「お兄ちゃん、こっちにはないよ」


「俺のほうも開かない扉はなかった。
 委員長、そっちはどうだった?」


「ダメです。
 ……ひょっとして、もうブラックパピヨンが開けてしまったのでしょうか?」


「いや、それなら多分リコが気付く。
 時々開いてないかチェックしてたらしいからな。
 仕方ない、もう一探ししてくるか」


「じゃあ私はこっちに」


「では私はあの辺りを」


 リコの話では、大した小細工もなく扉が据え付けられている、との事だったが、どう言う訳か3人には全く見つけられない。
 さらに一時間ほど扉の開け閉めを繰り返し、司書さんに白い目で見られる。
 いい加減うんざりしてきた頃に、未亜が2人を呼び止めた。
 未亜が居たのは、入り口から真っ直ぐに進んで突き当たる壁の前。


「どうした?
 見つかったのか?」


「うん……見つかったっていうか…。
 その……ほら、これ見て」


 未亜が壁を指差した。
 そこは本棚と本棚の隙間で、ただの壁にしか見えなかった。


「この壁がどうかしたんですか?」


「うん……その、もうちょっと離れて見たらわかると思う。
 この図書館の扉って、みんな同じ構造で、解りやすい所に据え付けられてたけど…」


 未亜の言うとおりに壁から離れて見ると、そこには確かに両開きの扉があった。
 ただしドアノブは付いておらず、色もこの扉だけ壁と同じ純白で、大きさが他のドアの1.5倍はある。


「か、隠してたんでもなければ解りにくい所にあったんでもなくて…」


「単に私達が想像していたドアの形と違っただけですか…」


 大河とベリオはどっと脱力した。
 リコは小細工ナシに、と言っていたが、これも十分小細工だろう。
 しかし、どの道意味はなかったようだ。
 ひょっとしたらピッキングで鍵を開けているのではないか、という推論だったが、そもそも鍵穴が見つからない。
 隠されているのか、それとも最初から存在せず、学園長が管理する『鍵』とは単なる比喩なのか。
 どちらなのか判断は付かなかったが、ここにはブラックパピヨンと関係のあるものは無いようだ。


「この扉さぁ、ホラここの所。
 指でなぞって見たら、指がこんなに黒くなってるぞ」


「ホントだ……こんなに埃が積もったままなんだったら、このドアは動いてないって事だよね。
 …………あれ?
 でも、ここの人が掃除とかしてたんじゃあ……」


「いえ、ここの職員は、本の整理だけで手一杯なんだそうです。
 細かい掃除なんかする暇があったら本の一冊でも片付ける、というのがモットーだそうで」


「ふぅん……じゃあ、やっぱり図書館はブラックパピヨンとは関係なさそうだな」


「そうですね」


 大河とベリオは図書館を出た。
 未亜は貸し出しカードを作ってもらい、本を何冊か借りたらしい。


 外に出ると、既に日が暮れかけている。
 礼拝堂・その裏手の森・召喚の塔・そして図書館の地下室と、これだけ当たってみても、ブラックパピヨンのアジトは見つけられなかった。
 約一名、他の2人には知らせていない情報を持ったヤツもいるが、彼はまだ喋る気はない。


「結局図書館も外れでしたね…」


「学園内にあるって事は間違いなさそうなんだけど……」


 道を歩きながら、ベリオと未亜は溜息をついた。
 他にブラックパピヨンが根城にしそうな所は、全く思い当たらなかった。


「いっその事、私たちだけで夜警でもする?」


「難しいですね。
 私達の戦闘スタイルを考慮に入れると、必ず前衛が必要になってきます。
 昨日の大河君との戦いで痛感しました……。
 そうすると、必然的に一組になって警備する事になりますが……効率が悪すぎます」


 手詰まりである。
 その時、遠くに視線を投げた未亜が、見慣れない建物を発見した。
 三角型の屋根のある他の建物と違い、屋根は平らで、円柱の形。
 明らかに他の建物とは違う。


「ベリオさん、あの建物は何ですか?」


「え?
 あれは………そう言えば…何でしょう?
 私にもわかりません……」


 礼拝堂の正面に位置するその建物の事を、ベリオは大して気にしていなかった。
 礼拝堂の裏と同じくらい深い森の中に佇み、何かがあるとも聞いていない。
 誰かが使ったという話も聞いた事がなかった。
 最初は気になったものの、いつしかそれはただの風景となり、そこに建物があると言う事さえすっかり忘れ去っていた。


「………考えてみれば…あそこ程ブラックパピヨンが根城にしていそうな所はありませんでしたねぇ…」


 自分の間抜けさにほとほと呆れ果てて、ベリオは溜息をついた。


「結局、あれは何なんだ?」


「さぁ?
 考えてみれば、あの建物に関してだけは何の説明も受けていません。
 学園の機密事項とかが隠されているという噂が立ちましたが…。
 誰かが興味本位で近づいた時には、それこそ何も無かったそうですよ」


「何も無いって事は、倉庫じゃないよね…」


 無言で踵をかえして、謎の建築物に向かって歩き出した。


 廊下の左右に配置された灯火が、ゆらゆらと揺れる影を作りだす。
 壁は所々ひび割れており、明らかに汚れていた。
 地面には埃が積もっている。
 そして目の前には、重厚な扉。


「なんつーか、あからさまに何か出そうな雰囲気だよな」


「何かのゲームで、こんなのあった気がする…」


「…………」


 ベリオはあからさまに落ち着きが無い。
 片手にユーフォニア、もう一方の手に聖水を入れた水筒。
 全力で警戒しまくっている。

 大河はよっぽどその場で悪戯してやろうかと思ったが、未亜が牽制しているので行動に出られない。


 謎の建物自体には、大した物は置かれていなかった。
 てっきり何かしらの防犯設備があると思い身構えていた三人は、何の妨害もなく入れた事に拍子抜けした。
 それもその筈で、地上に見えていた建物には何もない。
 単なる大広間が一階と二階に広がっていただけである。

 しかしそれはそれ、ブラックパピヨンの根城には丁度いいと思われた。
 誰も使っておらず、普段から人の出入りもなく、ついでに盗品を置いておく事もできる。
 三人は今度こそ当たりかと喝采をあげたものだ。

 が、問題はその後である。
 大河が見つけた階段を下りると、そこには見事な程ホラーな気配を醸し出す地下道が。
 一向はレトロな雰囲気に圧倒され、言葉もなく立ち竦んでいた。
 そしてようやく復帰した第一言が、上記の言葉というわけだ。


「さて、ブラックパピヨンの事はともかくとして、これ以上ないほどに怪しげな扉を見つけた訳だが……どうする?」


「鍵がかかってるよ?」


「そんなモン、どーとでも出来る」


「ひ、引き返しましょう!
 鍵がかけられているという事は、この奥には何か大変な物が封じられているのです!
 わざわざ寝た子を起こす事はありません!
 賢きはみだりに踏み込まず、と言うではありませんか!」


 ベリオの世界では、君子危うきに近寄らず、をそう言うらしい。
 必死で平静を装い…本人はそのつもりである…撤退を主張するベリオ。
 しかし、その怯えが大河のイタズラ心とかいろんな物に火を灯してしまった。


「おやおや、委員長。
 何をそんなに慌てているので?
 この奥に何かを感じるとでも?」


 揉み手をせんばかりの作り笑顔で、大河はにこやかに問いかける。
 普段なら一瞥しただけで自分をからかおうとしているのだと解るが、恐怖でネジが緩みかけているベリオには解らなかったらしい。


「湿った土とカビの匂いと、あと淀んだ嫌な空気です!
 これはアレです、きっと墓地があるんです!
 死者の眠りを妨げてはなりません!」


「おいおい、僧侶が何を言ってるんだよ。
 この閂を見ろよ。
 埃を被りまくってるし、どう見ても数年は開けられてないぞ。
 この先が墓場なら、ここ数年は墓参りに来たヤツは居ないって事だろう?
 そんなんじゃ、死者だって寂しくなるってモンだろう」


 言っている事は両方とも間違っていないが、言葉の裏は全く違う。
 僧侶たる者が墓場に怯えるのも何だが、ベリオを虐めるためだけに墓所に踏み込む大河もアレだ。
 この連中には死者に対する敬意とか無いのだろうか?

 未亜はこっそり溜息をついた。
 埃の積もりようから見て、ブラックパピヨンがこの先に進入したとは考えにくい。
 それも入り口がこの扉だけならば、という条件が付くが、どっちにしろもう大河は止まるまい。

 未亜は諦めて、近くの灯火を一つ失敬した。
 これがあれば、とりあえず真っ暗闇にはならないだろう。


「だからやめましょうって!」


「いやいや、この先に何か重要なモノが転がってるって俺の直感が言ってるんだよ。
 危険な匂いもしないし、ちょっと開けてみよーや」


「怪物とか出てきたらどうするんです!?」


「それならこんなチンケな閂じゃなくて、もっと大掛かりな結界とか張るだろー?
 そーれ、ご開帳〜♪」


「あああああああああ!」


 バキン


 大河はいつの間にか召喚していたトレイターで、閂をぶった切ってしまった。
 言ってはなんだが、状況も把握せずに戦場に踏み込んでお陀仏する典型的なタイプである。
 大河の人一倍敏感な危険を知らせるセンサーが沈黙していたからこその行動だが、傍目から見ると軽挙妄動としか言いようが無い。

 すぐさまベリオは飛び退いて、ユーフォニアを構える。
 しかし開いた扉から漂ってきたのは、湿っぽい空気だけだった。
 何かを引き摺るような音も、意味不明の暗黒読経も聞こえてこない。
 真っ暗かとも思われたが、ぽつぽつと灯るランプが周囲を照らし出している。
 このランプがまた頼りなく、むしろ演出効果にしかなっていないのだが…。

 ベリオは既に固まっている。
 それを見てニヤリと大河が笑った。


「ところで委員長、何でそんなに固くなっているのかな?」


「か、固くなってなんていません。
 こ、怖くなんてないんですからね」


「あら、そう?
 じゃあどうしてユーフォニアを構えているのかな?」


「そ、それは……何が飛び出してくるか解らないからです。
 お化けとか出てきたら、やっつけないといけないじゃないですか」


「別にお化けが出てくるなんて、誰も言ってないよなー、未亜」


「はいはい。
 何も出て来ないとも言ってないけどね」


 適当に流しただけの未亜だったが、これはベリオに追い討ちをかけるようなものだった。


「や、やっぱりお化けが出てくるんですね!?」


「で、どーしてホーリーシールドなんか発動させてるのかな?」


「き、奇襲に備えるために決まっているではありませんか」


「じゃあ、何で委員長は肩に人形なんか座らせてるのかな?」


「そ、それは……へ?
 い、いやあああぁぁぁぁ!?????」


 あっという間に錯乱して、ユーフォニアを滅茶苦茶に振り回す。
 目が渦巻きになっている。

 それを見て大河は大笑い。
 溜息をついた未亜は、持っていた蝋燭を大河に押し付けた。



「うアッチャぁぁぁっぁああ!」

「いーやーーーーーーーーーー!」


 二つに増えた悲鳴は、地下の隅々まで響き渡ったという。
 義理とはいえ兄に根性焼きとは……未亜………恐ろしい子…。


 その後、大河は正気に戻った涙目のベリオにボコボコに殴られた。
 殴られる最中も大河は笑いが止まらず、それがまたベリオの気に障り、また殴られると延々と繰り返される。
 ベリオが息切れして、ようやく打撃音の連なりは終わりを告げた。
 さすがの大河もあちこち痛いらしく、体を擦っているが痛いとは言わなかった。
 言ったら再びベリオにボコられるからだ。

 2人に構わず周囲を見回していた未亜は、大河の元に戻ってくる。


「暗いからよくわからないけど、何か色々あるみたいだよ。
 向こうの通路の先にいくつか影があったから、多分入ってきた建物よりも、こっちがメインなんじゃないかな?」


「どういう事ですか…?」


 立ち直ったものの、相変わらずおっかなびっくりしたままのベリオが、周囲を見回しながら言う。
 腰が微妙にくの字になっていたが、大河も先程の悪戯で気が済んだのか、からかおうとはしなかった。


「この地下、どう見ても年代モノだよ。
 そこら中ボロボロに風化して……ひょっとしたら、フローリア学園よりも古いんじゃないの?」


「ああ、俺もそう思う。
 これは100年200年じゃない。
 どう少なく見積もっても、4,500年以上前の代物だ。
 それも地下に埋められてからの条件付で」


「こんな大きな……建物?
 ひょっとして街だったのかな?
 どっちにしろ、建設されてすぐに埋められたワケないもんね。
 建てられてから使われなくなるまで、軽く…100年くらいかな?」


 未亜の推測した年代はただの当てずっぽうだが、大河の推測はそうではない。
 以前の“バイト”中に得た知識の中に、風化作用や土の具合から、現役で使用されていた頃の年代を計る方法があった。
 その知識に照らし合わせて、大河は500年以上昔の施設だと判断する。


「でも、それならどうしてフローリア学園の下にこんな…。
 まるで何かを隠そうとしてるみたいじゃないですか!
 目立たない所に入り口をつけて、閂までして……」


 ベリオは戸惑いながら、辺りの壁やランプを観察している。
 相変わらず足は震えていたが、理性と落ち着きは戻ってきていた。
 大河はベリオの言葉について、一頻り可能性を探ってみた。


「確かに…。
 フローリア学園は、この場所を覆い隠してるとしか思えない。
 でも本当に隠すだけでいいなら、入り口なんか付けやしない。
 第一、ここは地下に埋められてはいるけど、明らかに保存されている。
 何たってランプまで点いてるし、保存の必要がなければぶっ壊した上で学園を作ればいいんだ。
 知られてはいけない事が隠されてるなら、保存しておくメリットは…」


「あるよ。
 この地下が、フローリア学園の……或いは、他の何かの重要な役割を果たしていた場合…。
 保存していたんじゃなくて、単に壊せなかった場合…。
 いつの日か、もう一度必要になると予測された場合…。
 後は……」


「この地下の何処かに、何かが隠されている場合…ですね」


 3人は言葉を切って、伸びている暗い通路を覗き込んだ。
 所々に灯っているランプが揺れて、影がまるで生き物のように動いている。


「……でも、それならあんな閂にはしないのでは?
 大河君がやったように、その気になれば誰にでも開けられる程度の鍵しか付けられていませんでした。
 本当に隠しておくなり余人を立ち入らせたりしたくなければ、結界を張っておけばいいでしょう。
 目に見えなくするなり、単純に入らせないなり、方法はいくらでもあります」


「だよねぇ……」


 顔を見合わせる2人をよそに、大河は頭を回転させ続けていた。


「……委員長。
 結界ってのは、作った当人じゃなくても無理なく解除する事はできるのか?
 出来れば……何かスイッチを入れたら、同じものが発生するような」


「へ?
 ………ええ、出来ますよ。
 ただ、それには構成を隅々まで熟知しているか、何らかのパスワードを使って正当な解除法が…?
 大河君、ひょっとして……」


「ああ。
 セキュリティーを閂にしたのは、恐らくその為だ。
 結界の構成とやらを伝えてもどこかで捻じ曲がる恐れがあるし、学園長が皆魔法を使えるわけじゃない。
 かと言って、小物の類なら紛失の危険や盗難にあう可能性も高くなる。
 大掛かりな仕掛けを作れば気付かれやすくなる。
 残った手段は単純な閂だったってワケだ」


「しかしそうなると、あの程度の閂で済ませていた理由がわかりません。
 幾つも閂をつけるなり、もっと頑丈にするなり方法はあるはずです」


「……あの閂って、ひょっとして警告とか脅しじゃないかな?
 ホラ、この上の建物に学園の機密とかがあるって噂が流れたんでしょ?
 ひょっとして、それって学園が流したのかも…。
 機密情報なんて言われたら普通の生徒は尻込みするし、増して閂を壊してまで入ってみようとは思わないよ。
 だって下手な事をやったら、証拠を見つけられて退学処分とかにされるかも……退学!?」


 未亜は、今正にその下手な事を自分達がやっているのに気がついて愕然とした。
 もし退学にされてしまえば、大河……はどう考えているのかしらないが、自分達は路頭に迷う。
 何とか証拠隠滅を考える未亜だが、大河は落ち着いている。


「落ち着け。
 もし退学モノだとしても、追放しただけじゃ反って危険だ。
 口封じの為にも、学園長は俺達を手元に置いておこうとする筈。
 退学の危険はない……同時に、逃げる事もできないけどな」


「そ、そっか……ふぅ、ビックリした…」


 未亜は吹き出ていた脂汗を拭い、壁に寄りかかった。
 当然服が埃塗れになったが、気付いていない。

 大河は再び考えて、口を開いた。


「さっきの未亜の想像が当たっているとしたら…。
 ここは生徒に知られると困る場所で、尚且つ有事の際…多分“破滅”が起こった時には、ここの何かを使用するって事だな」


「そうですね…。
 理由もなく隠すとも思えませんし、フローリア学園の本来の目的…“破滅”に対抗する事を考えると、それが最も自然な流れでしょう。
 ………となると…この奥に隠されているのは、何らかの…超破壊力を持った兵器か、それに類する何か…でしょうね。
 或いは救世主に関するモノ……でも、この場合だと隠蔽する理由がわかりません。
 救世主の覚醒を一刻も早く早めるため、表に出して活用すべきです。
 よって、救世主に関する何かである可能性は低くなります」


「そうだな。
 もしそうだとすれば、多分セキュリティーは閂だけじゃない。
 何処か他の場所に、本命の別の仕掛けがあるハズだ。
 それが単純ながら気付かれない幻術の類か、それとも仕掛けの類かはわからないけどな。
 そして………この地下に封じられている物の事は、恐らく上…王宮も知っている」


「!?」


「このフローリア学園は、王宮が創立したんだろ?
 この地下を埋め立てずに残すには、王宮がそれに同意しなけりゃならない。
 さっきも言ったが、ぶち壊して丸ごと土台にしちまった方が楽だもんな。
 わざわざ費用と人手を注ぎ込んでまでこの地下を残した理由…。
 それはつまり、王宮とフローリア学園の上層部が共同して隠し、保存するほどの『何か』って事だ」


「そ、それは…」


 未亜とベリオは揃って絶句した。
 大河の言葉が示す所は、文字通り国家機密と言う事である。
 退学どころの話ではない。
 最悪、口封じに消される可能性もある。

 ブラックパピヨン探しから、思わぬ大物が出てきた。
 瓢箪からウランが出てきた心境である。
 または海老で恐竜を釣り上げたような。


「礼拝堂裏手の森で感じていた違和感の原因がやっと解った。
 あの森だけじゃなくて、この学園の敷地内の殆どが人の手が入って整備されてる。
 断崖絶壁を背後にした土地にあるってのに、元からあったはずの自然が少なすぎるんだ。
 わざわざ元からあった森をぶった切って後から植えんでも、その場の木を残せばいい。
 それが難しいなら、その辺に生えてる木を移植するって手もある。
 その場合は当然、木々の年齢は違って当たり前だ。
 にも拘らず、樹齢も木の高さも殆ど同じ。
 明らかに同じ時期に植えられている」


「つまり、この地下を埋めて隠した後に、周囲の自然と溶け込むためにあの森が作られた…と?」


「ちょっと無理があるけどな…。
 そう考えると辻褄が合うんだよ」


 学園内に植えられている木々は、学園周囲の森に生えている木々と同じ種類だった。
 ただ樹齢だけが極端に違う。

 つまり、学園が出来てから、別の場所からわざわざ運んできたという事である。
 地元の森の木を使おうにも、ただでさえ学園建設で人材や資材を使いまくった直後である。
 それならば、何処か別の場所から木の種や苗を持ってきて植えた方が効率がいい。

 最初は森がなくてもおかしく思われないし、時が過ぎれば『学園に森はなかった』と覚えている人間は寿命を終えている。
 森の有無などわざわざ記録に残すような事でもないので、『フローリア学園の森は、学園設立前からあった森の名残である』という認識の出来上がり。
 それはつまり、『元々あった森を削って学園を建設した』という事である。
 何かを埋め立てたとは夢にも思われまい。

 この場所に何か建物があった、等という事実は闇の中。
 過剰とさえ言える隠蔽工作。
 一体何があると言うのか。

 ベリオと未亜は恐る恐る周囲を見渡した。
 頭を絞りながらも歩いていたので、既に結構深い所まで来てしまった。
 それでも通路は四方に延びて、突き当りなど微塵も見えない。


「でも、ここが墓場だっていう委員長の推測は当たりみたいだぞ。
 ほら、あっちあっち」


 大河が指差す方向に恐る恐る首を向けると、そこには幾つか墓石らしいものが置かれている。
 ベリオはその場でそれこそ墓石の如く固まったが、未亜と大河は恐れた様子もなく近づいた。
 2人ともホラー映画は平気な質である。

 2人はそろって合掌して、一礼すると、一際新しい墓石の前に座り込んだ。


「えっと……何て書いてあるんだろ?
 ………埃と風化のせいでよく読めないね…」

「……主……ルヒ…あ、これは濁点を示すのか…。
 ……フ… いや、ス?
 ビ…フ?
 ルビ…ス?
 ええと……委員長、これ読めるか?
 アヴァターに来てから見たことない文字なんだけど」


 大河に話を振られて、一心不乱に念仏だか聖書だかを唱えていたベリオは我に帰った。
 それはつまり恐怖心を思い出したという事だが、大河にそれを気付かれるのは癪だったらしい。
 恐怖を押さえ込んで、大河と未亜が覗き込んでいる墓石の前までやって来た。

 暫く検分して、自分の知識と照らし合わせる。


「……大分古い文字みたいですね…。
 “破滅”が発生する度に文明が徹底的に痛めつけられるので、文字や文法もその都度少しずつ形体を変えるのだそうです。
 これは……確か図書館で読んだ文字に、似たようなのが…。
 ええと、あ……か…………マスター……赤い主………赤の主?
 ル…ビ…ナ…ス…?
 ………後は文字形体が変質しすぎていて、とても読めません」


 赤の主、ルビナス。
 墓石にはそう書かれていた。
 埃を払ってみると、そこには肖像画が埋め込まれている。
 それも特徴的な白髪……ひょっとしたら元は銀髪だったかもしれないが…以外は、風化が進んでぼやけた輪郭しか見えない。


「……いつの時代の文字かわかるか?」


「はい。
 この文字を使っていた文献は、約500年前の物と書かれていました。
 文献は取るに足らないような子供向けの童話でしたが……このお墓が500年前の“破滅”の前後から、その前回の“破滅”が発生するまでの期間に作られたのは間違いないと思います」


 気分はもうトレージャーハンターだ。
 考古学者かもしれない。


(お化けでもゾンビでもドンと来なさい!
 今ならきっと怖くありません!)


 ベリオは気分が乗ってきたらしい。
 次の墓石の調査に向かおうとした所、ベリオの服の裾を引くものがあった。
 何かと思って振り返ると、未亜が口をパクパクさせながらベリオの服を掴んでいる。
 心なしか、顔が青ざめて見えた。


「ん? どーした未亜?」


「どうしたんです?
 何かおかしな事でも?
 何か手がかりになるかもしれませんから、他の墓石も見てみたいのですが…。
 手を離していただけませんか?」


「申し訳ないですの〜。
 ついつい手に当たった物を掴んでしまったですの〜」


「………なぁ委員長。
 今の、誰の声?」


「何言ってるんですか大河君。
 今のは……………………………………」


 言葉に詰まる。
 さっきまでの怯えっぷりはどこに行ったのかと言いたくなるほど堂々としたベリオは、未亜の指が彼女の足元を指差しているのに気がついた。
 何かと思って目をやると……。


「………………WHAT?」


 ベリオはアメリカンコミックス調に固まった。
 ベリオの目の先にあるのは、未亜の足。
 しかしその足には、何かがくっついていた。


(………………手?)


(…………褐色? 何処から?)


(……………………………………土の中?………………お墓から?)



「煤i゜Д ゜) ’$”&’あ$Fdt*こ#|P%厭と#〜R{ヴRまEtty%$&%3q十〜 (T_T)/~~~!!!]」


バシャッ!


「きゃあああ〜ですの〜!
 冷たいですの〜!」


 軽く2行を超える悲鳴を上げて、ベリオの余裕は消し飛んだ。
 滅茶苦茶な悲鳴を上げたかと思えば、手にしていた聖水入りの水筒の中身を丸ごとぶっ掛ける。
 既に口からはベリオの魂が昇天しかけていた。

 その悲鳴で未亜の緊張の糸が叩き切られたのか、未亜は意識を失って倒れこんだ。
 大河は間髪入れずに未亜を支え、同時にベリオの魂を捕獲して口に突っ込み、使い物にならなくなった2人を抱えて飛びのく。

 未亜はもう気を失っている。
 ベリオは2,3度頬を叩いてやると目を覚ました。


「あっ?!
 あああああ、たたたたた大河君、いいいいまいまいまいまいまいまままままま」


「落ち着け委員長!
 すっかり忘れてたが、見つけたぜ!」


「えっ?えっ?ええっ?」


「だからブラックパピヨンだよ!
 元々アイツを探しに来たんだろ!」


「ああっ、そうでした!
 じゃあ、今のはブラックパピヨンの!?」


 歯の根が合ってなかったベリオは、大河の一言で怯えが消え去ってしまった。
 幽霊でないとわかれば、ベリオは十分戦える。
 すぐに立ち上がって周囲を見回すと、通路の向こうを影が走っていくのが見えた。


「俺はブラックパピヨンを追う!
 結果に関わらず10分したら戻るから、その間未亜の看護と警護を頼む!
 非常事態の合図は爆音だ!」

「はっ、はい!」


 一人でも戦える前衛系の大河は、拠点防衛と回復・サポート役のベリオを残して走っていった。
 大河の判断は正しい。
 戦力の分散という意味では愚策だが、本来の目的(らしき人物)が目の前にいるのだ。
 放っておく手はない。
 ……実を言うと、大河はこの時点で重大なミスを犯しているのだが。

 ブラックパピヨンの性格を考えると、適当な囮を追いかけさせて自分は悠々としているかもしれないが、それを言ったらキリがなくなる。
 何か起きても、ホーリースプラッシュを撃てばすぐに大河は引き返してくる。
 その程度の時間なら、個人戦闘に向かないベリオでも拠点防衛に徹して耐える事ができる。
 ホーリーウォールを張り巡らせているだけでも、結構な防御力を得る事ができるのだ。

 しかし。


「……やっぱりココ、怖いですよぅ…」


 こればっかりはどうしようもなかった。


「チッ、小回りが異常に利きやがる!」


 大河が追いかけている人物の逃走速度自体は、それほど早くなかった。
 しかし地の利が向こうにある事、また大河の夜目はそれほど効かない事などが災いして追いつけない。


「つうか…アレ本当にブラックパピヨンか?
 えらくイメージと違うのはともかく、背格好が噂とも全然違うし…。
 それに逃げ回るだけで何もしてこない……囮にしては複雑な動きをしてるし…」


 人影を追いかけながらも、大河は冷静だった。
 単独犯のブラックパピヨンにしては、行動が不自然である。
 囮なら何かしら機械的な仕掛けを使うだろう。
 うかつに学園内の協力者を作ってしまえば、それは足がつくと同義である。
 ブラックッパピヨンのような愉快犯には……特に後ろ盾がない者には、それは自殺や自首と大差ない。
 よって共犯という説は考えにくい。


 しかし本人とも考えにくい。
 確かに地の利はブラックパピヨンにあるかもしれないが、大河が追う人影は追われれば逃げるものの、逃げ切ろうとはしていないのだ。
 いかにブラックパピヨンがこの場所を根城にしているとしても、その全てを把握しているとは考え辛い。

 ブラックパピヨンは、割と最近出没し始めた。
 彼女がいつ頃から学園内に潜伏しているのかはわからないが、この広大な地下を把握するのには結構な時間が必要である。
 ブラックパピヨン出没よりも3ヶ月以上余裕を持ってみても、この地下を把握するには時間が足りそうにない。
 そもそも、如何にブラックパピヨンがこの地下を熟知しているとしても、出入り口を押さえてしまえばそれで終わり。

 逃げ切ろうと思ったら、大河を引っ掻き回すのもそこそこにして、地下からの脱出にかからなければならない。
 大河が自分を追っているのだとしても、ベリオが未亜を抱えて出入り口に移動してしまえばジ・エンド。
 もっとも、それは出入り口が一つだけならの話だが…。


「やっぱり何処かに礼拝堂に続く道でもあるのか?
 しかしつくづく不気味というか悪趣味というか…」


 薄暗い通路を走り抜ける大河の目には、あちこちに放置された石像が映っている。
 そのどれもが異常にリアルで、今にも動き出しそうな雰囲気を放っているのだ。
 ベリオだったら、雰囲気だけで錯乱して暴れだすかもしれない。


「ホンッとにリアルな石像……元人間とかいうオチはないよな?
 コカトリスとか出てきたら俺ゃ泣くぞ………ん?」


 通路を走る大河は、一瞬だけ違和感を感じた。
 罠でも張ってあったら厄介なので、仕方なく足を止めて周囲を睥睨する。
 しかし罠の気配はなく、それどころか感じた違和感も綺麗サッパリ消え去っている。


「…………気のせいか?」


 しかし走りだそうとした大河は、再び違和感に囚われた。
 もう一度足を止め、細心の注意を払って周囲を観察するが、やはり何もおかしい所は無い。


「………」


 今度はゆっくり進む。
 また違和感を感じた。
 今度は足を止めず、ゆっくりとした足取りで歩を進める。
 違和感は少しずつ大きくなり、大河が通路を抜けてフロアに出た所で唐突に消えた。


「……………………フ、ン……?」


 大河は眉を顰めて周囲を見回した。
 当然といえば当然だが、ブラックパピヨンらしき人影はもう何処にも居ない。
 無言で踵を反した大河は、廊下の途中で思い返したように振り向いた。
 振り返った先には、何の違和感も無い先程の部屋が見える。
 そのまま大河はゆっくり後退した。
 違和感を感じる。


「…………移動している時にだけ、何かおかしなモノを感じる…」


 大河はその原因を突き止めようと目を凝らしたが、何も見えなかった。
 そろそろ十分。
 大河は今度こそ踵を返し、未亜とベリオの元に駆け出した。



どうも、時守です。

みんなして推理してますな。
色々と伏線を張ろうと思ったのですが、上手く生かせるか不安です。
正直、推理の過程が強引すぎましたが…私の頭ではこれが限界です(汗)

なにやらリコが怖い事やってますが、何を考えてるんだろうか(汗)
というか、魔法陣に血なんぞつけて誤作動起こしたらどーするんでしょう?
作者の私にもわかりません。

暫く更新が遅くなるかもしれません。
期末テスト直前なのに加えて、電波の受信具合が悪くなってきているのです。
何とか書き上げますので、どうぞ気長に待ってやってください。

それではレス返しです。


1.>皇 翠輝様
ご理解いただき、まことに元気付けられます!
戻れない道を突っ走り始めているような感覚が気になりますが…(笑)

ちなみにポマードはランス6ゼス崩壊のネタです。

2.>沙耶様
大まかなストーリーを決めてあるので、それに片っ端から脚色しています。
書き溜めしてあるような物ですから。
電波があるうちは結構なスピードで書けるのですが、どうしても柔軟性がなくなるんですよね…。


3.>干将・莫耶様
い、一応ナナシは登場しましたが…二言三言台詞があるだけですな…(汗)
期待を裏切ってしまったでしょうか?

未亜が同行してもあまり意味がなかったようで、自分の未熟を噛み締めています。
未亜がチョイキャラになりつつある今日この頃です。


4.>ATK51様
時守のイメージ的には、もんじゃ焼きリバースは茶帯技でしょうか。

無理に聖者にならなくても、自分の思いのままに自然に動いて、なおかつ他者にも幸福を振りまく。
それが人間の理想の姿だと思いますが、それほど便利にはなれませんよね。
ニュータイプだってそこまで便利じゃないですし。
自然な生き方の果てが外道に堕ちるにせよ聖者になるにせよ、それが望まない道ならば、きっと誰もが反抗できます。
それが自然な生き方ではなかったとしても、それはそれでいい生き方だと思います。

ブラックパピヨンからベリオが産まれてもおかしくないと思いますよ。
こじ付けながら、例えばイタズラの罪悪感がベリオの頑固さを補強したりとか。


5.>なまけもの様
酔いどれ大河を放置しておくと、味方にも多大な損害が出るのです(笑)
最悪の場合、闘技場でゴーレムを吹き飛ばしたあの一撃を乱発するやも…。
敵も味方も残りませんな。


6.>ななし様
仰るとおり、ゼンジー先生はフル○タのあの人です。
私は「ダーイ」よりも「キルゼムオール」の方が好きですねぇ。
淡々と言うだけに、なおさら迫力が…。(もっとどうでもいい)

7.>カシス様
多分もう酔拳は使いません。
某仙人のように技として使いこなすには、ちょっとデタラメすぎますから…。
また泥酔して暴れだしたら飛び出すかもしれませんが、その場合は某忍びの里のゲジ眉に近くなると思います(笑)。

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