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「幻想砕きの剣 3-1(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-07-09 20:53)
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幻想砕きの剣 第三章 一節
      酔いどれ絶技・捜査開始・何とか和解 


 勢いと若さに任せて、ベリオとの間にでっかい溝を作ってしまった大河。

 どうしようかと頭を抱えていると、ようやく保健室から出てきた未亜がやって来た。
 虚空を見つめてブツブツ呟く大河を見て首を傾げる。


「お兄ちゃん、どうかした?」

「ハッ!?
 み、未亜ぁぁぁぁ!?」

「……なに、そのリアクション」


 ジト目で大河を見つめる未亜。
 何時もなら大河の反応は落ち着くはずなのだが、今回は違った。
 むしろ酷くなっている。


「み、未亜ああ……。
 俺が悪かった、悪かったからぁ…。
 ううう、全部俺の若さとかリビドーとかが悪いんやぁ…。
 何のために妥協案を出したと思っとんねん!
 見るな!
 穢れた俺をそんな無垢な目で見つめんといてえぇぇぇ!」

「……な、何事…?」


 床をゴロゴロ転がり始めた大河を見て、ついに壊れたかと一歩下がる。
 大河の発作が治まるまで、30分近くかかったそうだ。


「す、すまん…。
 ちょっと暴走した挙句、罪悪感に苛まれて…」

「…お兄ちゃん、今度は何をやったのよ?」


 かなり怖い目で見つめられた大河は、正直に言うべきか誤魔化すべきか判断に迷う。
 しかし、その迷いは全くの無駄であった。

   ガシッ


「ひっ!?」


 大河の胸倉を、未亜の細腕が握り締めた。
 未亜の手に力が篭るごとに、大河の首が少しづつ絞まる。
 恐怖に震える大河を据わった目で覗き込んで、未亜は一言聞いた。


「どこまでヤッたの?」


 なんて直球ダイレクト。
 大河が暴れている原因を即座に見抜き、『場合によってはブッ殺す』と全身で主張する。
 なんにせよ、これでは大河は誤魔化しようがない。


「ぺ、ペッティングと口淫までであります!
 なおキスはしておりません、サー! ぐはっ!


 辛うじて答えた大河の腹に、未亜の鉄拳がめり込んだ。


「私は女の子だから、サーじゃないでしょ?」

「イ、イエス、マム!」


 聞きかじった知識で必死に返答し、未亜の顔色を窺う大河。
 窺ったところで、未亜の表情は全くの無表情だったので意味はない。


「じゃあ、最後までは行ってないのね?」

「いっておりません!」


 そのまま未亜は暫く大河を締め上げていたが、空き缶でも捨てるかのように大河を放り出した。
 受身を取るだけの余裕もなく、大河はそのまま廊下に落下して鈍い音を立てた。
 構わずに、未亜は判決を述べる。


「お兄ちゃん、明日の夜までは一切エッチやセクハラは無し」

「はぅあっ!?」

「はぅあ、じゃないっ!
 他の女の子を抱いた後に私を抱く気!?」

「も、申し訳ありませんッ!」


 全速力で立ち上がって敬礼までする。
 まぁ、罰としては軽い方だろう。
 エッチ禁止が一日だけなのは、未亜もあまり我慢強くないからである。
 意識せずにセクハラを働く大河としては、そっちに気を使うほうがよほど難しいかもしれない。

 未亜の命令に絶対服従、といった雰囲気の大河。
 今なら『女装してキャット空中三回転した挙句、錐揉み回転しながら都庁の屋上から飛べ。爆弾仕掛けた後に』とか命令しても従いそうだ。
 そんな大河を見て、一つ溜息をついた未亜。


「……じゃあ、今回のお咎めはそれくらいにしておいてあげる」

「感謝の言葉も御座いません!」

「無いの?」

「もとい、この感謝の気持ちを不足無く表せる言葉がありません!」


 チクチクと大河を虐めつつ、未亜は本来の用件を切り出した。
 正直な話、もっと大河を苛めていたかったのだが。


「それはそれとして、セルさんが探してたよ」

「へ?セルが?」

「うん。
 何でも、飲みにいくから一杯奢れ、って」


 大河は怪訝な顔をした。
 確かにセルには色々と世話になっているが、それはお互い様というヤツである。
 セルにしても、たった3日足らずの付き合いの相手に酒を奢れ、などという性格ではない。
 大河は自分が何かやったか?と考え込んだ。


「なんか……失恋がどうのこうの、って言ってたけど」

「………あーナルホド」


 大河は昨日、屋根裏部屋の掃除中に交わした会話を思い出した。
 知られると色々と面倒が起きそうなので、未亜が誰と付き合っているのか一応誤魔化すような言い方をしたが、セルにはお見通しだった。
 未亜は単にセルが、誰かにフラれたから慰めてくれ、と言っていると思ったらしい。
 別に間違ってはいないが、肝心な情報が抜けている。

 何はともあれ、そういう理由なら大河としては断り辛い。
 大河は未亜に礼をを言って、セルの元に向かった。

 資金はミュリエル学園長と交渉した際に、既に支度金という名目で結構な額が入っている。
 そこそこいい酒でも飲ませてやろうと思う大河だった。


 既に門限間近。
 空には満天の星が瞬き、道にはもう誰も居ない。
 生徒達や教師達は既に寮へと戻り、フローリア学園は静まり返っていた。


「あははは、救世主当真大河ばんざーい」

「おー、あははっヒックあはははは」


 その静寂をぶち壊す、酔っ払いの笑い声が2つ。
 大河の奢りで飲みまくった二人は、どこに出しても恥ずかしい酔っ払いと化していた。
 幸い周囲に誰も居ないが、誰かいたら眉をしかめるくらいでは済みそうにない。
 右に左にフラフラと、見事な千鳥足で歩いている。

 2人は何とかメインターミナルまでやって来た。
 そこで限界を迎えたのか、セルは地べたに座り込んでしまった。


「あっははは、それにしてもよく飲んだなぁ〜」

「おーおーおー、俺の奢りだと思って遠慮ナシにな〜」

「ばーかーやーろぉ、俺はお前のせいで失恋してんだよ〜。
 それくらいは大目に見ろってーのぉ〜にゃははははははー」


 セルが仰向けに倒れこむ。
 下は無論地面しかなく、頭を少々打ち付けたが酔っ払いは気付きもしない。

 大河はセルほど酔ってはいないが、それとてまだ歩けるという程度でしかなく、頭もフラフラ揺れている。
 二人揃って、目が汚泥のように濁っていらっしゃる……。

 意味もなく馬鹿笑いを続ける二人。
 5分も過ぎた頃、セルの頭に影がさした。


「んあ?」


 ひゅ〜〜ーーん………
                 ガチャン


「おぐっ!?」

       バタン  ゴチッ

「にゅい?」


 風きり音に続いて、何かが割れる音と倒れる音。

 自分のすぐ隣で聞こえたそれに反応して、大河が微妙に据わった目を向ける。
 そこには花壇のレンガを枕にして、顔の上に壷を乗っけて爆睡する親友の姿があった。
 口からは、先程散々飲んだ酒が逆流してきている。

 大河は酔っ払った頭で、この状況を分析する。


「セルぅー?
 こんなトコで寝たら口内炎になるぞぉ〜?」


 何故口内炎になるのかは知らないが、大河はフラフラ立ち上がると、セルを立たせて連れて行こうとする。
 しかし、大河も酒が足に来ているためにまともに立つ事などできない。


 ガシャン


 セルを起こそうとして、頭を下げた瞬間に音がした。
 何事かと思って後ろを向くと、そこにはプランター……大河には花としかわからなかった……の植えられた鉢植えが、無残な姿を晒している。


「あー…うー……?」


 ボケーッとしたまま上を見上げると、大河が見上げる月が雲に覆われた。


「月が見えねぇ……大きなモノに隠されてるのなぁ…そして落ちてきた鉢植え…。

 すごいや!ラピュタは本当にあったんだ!


 違います。


ヒュー…ン    ガシャ  ボトッ
       グチャ         ガチャン


 嬉しげに絶叫するバカ一匹。
 そしてそのバカの周囲に、次々と鉢植えやら壷やら銅像やらが着弾する。
 しかし、大河が千鳥足でフラフラしているせいか、大河本人には一つとして掠りもしなかった。
 胴に直撃コースだと思えば、足が縺れて体ごと射線から外れ、頭に当たるかと思えば上半身があらぬ方向にくず折れて虚しく空を切る。
 割れた破片が足に刺さるのかと思えば、どういう理由か大河の足が下りる場所は決まって破片が転がっていない。
 何か見えない意思でも働いているのであろうか?

 ちなみに、ぶっ倒れたままのセルが何発か流れ弾を喰らっていたが、全く問題はない。


 一向に投擲が命中しない状況に業を煮やしたのか、月から雲が晴れた瞬間に彼女は現れた。


「フン、うまく避けるもんだねぇ。
 でも、これはどう?」

「ほえ?」


 相変わらずフラフラ揺れていた大河は、聞こえてきた声に反応して振り返った。
 そこには、紐同然の服に身を包み、顔にはあんまり意味があるようには見えないマスク。
 肉付きのいい足を包むニーソックスがマニアック。
 よく手入れされた金髪に、人を喰ったような表情。

 月明かりに照らされて、彼女は満を持して名乗りを上げる!


「漆黒の闇に舞う、虹色の蝶。
 ブラックパピ
「なにやってんの委員長」


 ブラックパピ(仮称)が固まった。
 2人の間を冷たい風が吹き抜ける。
 セルがくしゃみをした。


 気まずい。
 気まずすぎる。
 あまりにも気まずい沈黙。

 あいかわらず座ったままの目で、大河は前後左右に揺れながらブラックパピと見詰め合っている。
 妙な均衡が作り出され、出鼻をくじかれたブラックパピは手をピクピク動かしながら、この空気を打破しようとした。


「ええと、いやアタシは委員長なんかじゃ「なにやってんの委員長」
 …いやだからアタシはブラック「なにやってんの委員長」
 アタシはベリオなんかじゃ「なにやってんの委員長」
 ちょっと人の話を「なにやってんの委員長」
 だから話「なにやってんの委員長」
 喋ら「なにやってんの委員長」
 「なにやってんの委員長」
 …………(-_-;)」


 フローリア学園を騒がす怪盗、ブラックパピともあろうものが一言も言い返せない。
 この酔っ払いは、根気勝負ではちょっと手強いようだ。
 何かを言おうとする度に、“委員長”の一言で中断される。
 なんだかよくわからないが、妙に迫力があった。
 力技で攻撃しようにも、初っ端からペースを狂わされて、今更という気もする。


(ど……どうしたモンかね…)


 冷や汗を垂らしつつ、動くに動けず硬直するブラックパピ。
 その間にも、大河はなにやらブツブツ言っている。


「委員長……委員長……
 委員ちょ……委員ちょ……
 委いんちょ……委いんちょ…


 いいんちょだったら関西弁だろがぁー!

「何の話だー!?」


 両手を握り締め、天を仰いで大河絶叫。
 切欠はアレだが、とにかく硬直の解けたブラックパピ。

 よくもやってくれたなコンチクショウとばかりに、ブラックパピの手から鞭が伸びる。
 お世辞にも達人とは言えないが、それでも結構な速度で飛ぶ鞭は、大河の頭を正確に…打ち据えなかった。


「なっ!?」


 力任せに振るった鞭が避けられた所でそう驚く事でもないが、避けたのは酔っ払いの千鳥足。
 まるで足の一本一本が別々の軟体動物であるかのように動き、大河はブラックパピの攻撃を見事に避けきって見せた。
 見ているだけで酔いそうになる動き。
 一秒たりとも同じ場所に留まる部分がないので、ブラックパピとしては非常に狙いをつけにくい。
 そんなブラックパピを見透かしたかのように、大河は不敵に…締りがない顔だが…笑う。


「くくくくく、無駄無駄無駄ぁ!
 映画を見て研究すること2ヶ月、通信教育で始めて飽きてやめるまで3日!
 そして泥酔する事数百回の経験を経て身につけた、中国4000年の伝統芸・酔拳の秘技を見よ!」


 たったそれだけで本当に身につけられたら、中国の歴史が泣こう。
 しかし、見よう見まねのおふざけ拳法でも意外と有効だった。
 ブラックパピは、自分のペースを乱される事に慣れてないらしい。

 ならばとブラックパピは戦い方を変える事にした。


「酔拳?
 変った技だねぇ……そんな面倒くさそうな技に付き合ってやる義理はないよ!」


 そう言って懐から……隠せるほどの布地はないが…取り出したのは、白白稀に赤いリボン白白…。
 それを見た大河が、クワッと目を見開く。


「美人のパンティー!」


 文字通り酔いが醒めるかのような動きで、宙を舞う白地に飛びつく大河。
 無論そのチャンスを見逃すブラックパピではない。
 情けないとかバカバカしいとかいった躊躇を微塵も感じさせずに、鞭が正確に大河を狙う!


  スパァン!


 乾いた音が響き渡った。

 音の残響が消えた後には、ガックリと膝をつく大河の姿。
 そして……なんか舞ってる白い破片。


「チッ、外したかい…。
 さっきついでにかっぱらって来た一品だったんだけどねぇ。
 ま、盗んできた下着が一枚消えたところで私は困らないけど」

「……いいや、絶対に困る事になるぞ」

「ほぅ?」


 大河は膝をついてはいるが、鞭そのものには掠りもしていなかった。
 ならば何故膝を折って動かないのか。
 簡単な話だ。


「折角の美人のパンティーを!
 鞭で引き裂いた挙句に、困らないだと!?
 ゆるさん!
 貴様を困らせる!
 さっきの言葉、撤回させちゃるわぁ!」


 要するにそれだけである。
 誰が使っていたのかわからないので、美人の物とは決まっていないのだが…言うだけ無駄である。

 大河はバッと立ち上がり、ブラックパピに向けて宣言する。
 …でもやっぱり足元は覚束ない。


「こうなったら人類が代々受け継いできた、酔拳の奥技…。
 おもいっきり叩き込んでやるしかないな!
 覚悟はいいな!?」


 酔っ払いとは思えないほどの漲る気迫を感じて、ブラックパピは眉をしかめた。
 このまま戦うと、面倒な事になると感じたからだ。


「あいにくと、アタシはそろそろお暇させてもらうよ。
 どんな奥技か知らないが、アタシはアンタをおちょくる為に来たんだからね。
 アンタの怒りに付き合って、わざわざ怪我をするつもりはないのさ。
 じゃ、バイバ〜イ」


 ブラックパピは、何の躊躇いもなく撤退を決めた。
 元々真面目に戦っているわけではないから、面倒と思ったら退くのも早い。
 ペースを乱されておちょくる事はできなかったが、このまま逃げれば大河はやり場のない怒りを持て余すだろう。
 それはそれでオッケーだ。

 すぐさま幻影石をどこからともなく取り出すと、発動させて地面に放り出す。
 すると、唐突に出現した灰色のフィルターで辺り一帯が埋め尽くされる。
 幻影石には、一寸先も見えなくなるような煙が録画されていた。
 しかも延々とリピートされて再生されるので、煙幕が晴れる心配もない。
 ついでに言うと、煙に撒かれて呼吸困難になる事もない。
 意外と便利な代物である。


 煙の映像に紛れて、ブラックパピは逃走した。
 メインターミナルを抜け、人の居ない路地へと入り、丁度いい踏み台を見つけると、そこを通って屋根の上まで上る。
 そのまま屋根の上を伝ってかなりの距離を走り抜けた。


その頃の保健室…ベッドの上で眠っているダウニーを揺らす者がいた。


「ダウニー先生、ダウニー先生…ほれ、起きんかい」


「ん…く…だれですか…?」


「ワシじゃ、保健医のゼンジーじゃ。
 何時まで寝とる気じゃ?
 もう夜中じゃぞ」


「ああ、これは失礼……。
 うう…酷い目にあいましたね…」


「一体何があったのじゃ?
 …というか、何をどうすればそんな見事なアフロに?」


 ダウニーは何を言われているのか解らないと言った表情だったが、自分に何が起きたのか思い出すと顔色を変え、急いで保健室の鏡を覗き込んだ。


なんっだコレはああぁぁぁぁーーーー!?


「こんな夜中に大声を出すでない。
 何って、見ての通りアフロに決まっておろう。
 なかなかソウルフルな髪型じゃな。
 そのままにしていた方が、お主は生徒に人気が出る……どうした?」


 鏡を睨みつけていたダウニーは力なくへたり込んだかと思うと、肩を落として虚脱状態になってしまう。
 ゼンジーの呼びかけや、目の前で振られる手、ゼンジーがどこからともなく取り出してきたエロい幻影石の映像にも反応しない。
 ちなみに幻影石には「提供 セルビウム・ボルト。現役復帰を記念して」と書かれていたが、それはどうでもいい。

 ダウニーはゼンジーが訝しげに見つめる視線にも構わず、ナメクジのようにずーりずーりと床を這って、さっきまで寝ていたベッドに潜り込んでしまった。


「ダウニー先生や、どうしたのかね?
 傷でも痛むのか?」


「いいえ……強いて言うなら心の傷が痛みますが」


「ふむ…それはワシの専門ではないのう。
 王都のカウンセリング専門の病院へ行きたまえ。
 ………体の傷は大丈夫かの?」


「大丈夫です…痛みも感じません」


「ならば何故こんな所で寝ようとしておる?」


「ほっといてください…」


 拗ねたような口調で布団に潜り込むダウニー。
 それを見て、ゼンジーの表情が厳しくなった。
 しかしダウニーは気付かない。
 どうやら頭が真っ白になっているらしい。


「と言うことは…お主は怪我人ではないのに保健室に入り浸ろうとしているわけじゃな?」


「それが何だと言うんです…」


 ダウニーの耳に、何かを物色するような音が聞こえる。
 布団に包まっているため見えないが、何やら重い物を引っ張り出そうとしているようだ。

 ジーコジーコ…

 何かを引くような音が聞こえた。


「つまり…ダウニー先生は、仮病じゃな?」


「何故そうなるんです……あながち間違ってもいませんが、その表現…!?」


ドッドッドッドッドッドッドッド……

 何かが動く音が聞こえる。
 明らかに機械類・・・と言っても大して複雑な構成ではないが…の稼動音。
 ダウニーは慌てて布団を蹴り飛ばして顔を上げた。

 そこには修羅が立っていた。
 ご丁寧にアイスホッケーのマスクまでつけている。


「仮病で保健室に入浸る者には死あるのみ!
 丁度先日セル君に現役復帰を祝われた事だし、封印を解いたこのセリーヌで仕置きをしてくれよう!
 喜びたまえダウニー先生、現役復帰して最初に保健室から叩き出すのは君だ!」


「あ、あの噂は本当だったのですか!?
 ゼンジー先生が名前をつけた電鋸を振るって、保健室に群がる有象無象を蹴散らしたという都市伝説は!」


   殺    亜    唖    亞
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAァァァァァァ!!!!!!」


「ひいいいいぃぃぃぃぃ!」


 全速力で逃げ出すダウニー。
 自分が持つどんな力を以ってしても、あのジェ○ソンの化身に対抗するのは不可能だと本能が告げている。
 背後から100キロババアもかくやというスピードで追いかける電鋸男。
 夜の学園に断末魔の絶叫が響き渡った。


 屋根の上を走り、壁を越え、何故か道をへろへろになりながら走っていたアフロ頭を踏み台に跳び、ブラックパピヨンは逃げ続けた。
 アフロ頭を踏ん付けて跳んだ時、倒れたアフロが何者かに捕獲されていたような気がするが、気のせいだろうか?

 ブラックパピヨンは召喚の塔の下で立ち止まる。
 一応立ち止まって周囲を警戒したが、特に気配は感じない。


「ふぅ…。
 ここまでくれば追ってこられないだろうね。
 全く……アタシともあろうものが、ああまでペースを乱されるなんて…」


 大河との戦いを思い出して、ブラックパピは顔をしかめる。
 相手をおちょくり、ペースを乱してからかい倒すのが彼女の流儀である。
 にもかかわらず、大河は逆に自分のペースを乱してしまった。


「………委員長、ね…」


 頭を掻き掻き、寝床に帰って寝ようと歩き出した。
 しかし、その瞬間ブラックパピは凄まじい悪寒を感じ取る!

 本能に従って飛び退ると、ブラックパピが居た空間に腕が突き出される。
 距離をとって方向を変えたブラックパピは、腕の主を見て驚愕した。


「当真大河!?
 なぜここに!?」


 相変わらずフラフラしながらも、当真大河がそこに居た。


「ちっ…カンのいい…。
 後ろから必殺奥技を叩き込んでやろうと思ったのに…」


 大河の発言から推測すると、先ほど感じ取った悪寒は、その奥技とやらに対する警告なのだろうか。
 慎重に間合いを測りながら、ブラックパピは立ち上がる。


(奥技ってのがどんな代物か知らないが、とにかく接近戦は禁物。
 背後から攻撃せずに捕獲しに来たって事は、打撃系じゃなくて関節技か投げ技の類だろうね。
 理想は遠距離戦、ショートレンジより接近するのは勘弁…。

 逃げられればいいんだけど、コイツはどうやってか知らないが追跡してきた…。
 このまま逃げても振り切れる保証はない。
 せめて足一本を負傷させられれば……。

 全く…このアタシが真っ向から戦うとはね…)


 つくづく“自分”は大河にペースを乱される。
 自嘲気味にそう思い、ブラックパピは背中にくっつけて隠していた鞭を取り出した。

 ブラックパピが構える暇も与えず、大河が微妙に左右に揺れながらも突っ込んだ。
 その動きを捕捉して狙いをつけるのは至難の業、と先程学習したので、ブラックパピは横薙ぎに鞭を振り払う。
 大した狙いもつけず、攻撃範囲を優先して放たれた鞭はしゃがんだ大河にかわされた。

 そのまま大河は、一足飛びに間合いを詰める。
 しかししゃがんだ瞬間のスピードダウンの隙を突き、ブラックパピはどこからともなく銅像を取り出した。
 なんかモアイ像とかクラーク博士の像が混じっている。
 幾つも放り出された銅像が、屋根に突き立ち転げ落ち、大河の進路を妨害する。

 進路を塞がれ、急停止した大河はバク転して距離をとる。
 銅像の隙間を縫って、ブラックパピの鞭が屋根を叩いた。

 バカの一つ覚えとばかりに再び突っ込んだ大河は、再び振るわれた鞭を前に進んで避ける。
 ダメージ覚悟で突き進んだが、今度はブラックパピが懐から布地を投げた。


「くっ、またか!?」


 投げられたのは、先ほどと同じくブラックパピがかっぱらって来た女生徒の下着。
 一瞬目を奪われ、注意力が散った大河を改めて鞭が襲う!


        バチィン


 今度は大河に直撃!
 しかしクリーンヒットではなく、なんと高速で飛来する鞭を左拳で殴り飛ばしてのけた。
 その間も、右手は独立した生き物のように宙を舞う下着を掻き集めている。

 大河の性格を考慮に入れて放った必殺の一撃をあしらわれ、ブラックパピは苦虫を噛み潰したような表情になる。


(まいったねぇ、召喚器も無しにこの戦闘力…。
 アタシの鞭を見切るわ、本気で逃げたのについてくるわ…。
 生身で戦ってもゴーレムに勝てるんじゃないかい?
 酔っ払ってるから、召喚器を呼び出そうとしないのは不幸中の幸いだね。
 正直戦うと面倒……多少博打を打ってでも逃げ切るしかないか。
 さてどうやって…?)


 何か丁度いい物はないか、と周囲を見回したブラックパピ。
 しかし、それが命取りだった。


「くらえ!」

「!?」


 大河から意識を逸らした瞬間を逃さず、大河は懐から石を投擲!
 ブラックパピは避けようとしたが、その石を見てギクリと体を固まらせた。

 ブワッ!

 未だ宙を飛ぶ石から、煙幕が膨れ上がる。
 その石は、ブラックパピが先程逃走時に使ったあの幻影石だった。


(しまった、視界を塞がれた…!
 あのスピードと予測し辛い動きじゃ、この煙幕があるかぎり捉えられない!)


 慌てながらも、ブラックパピは鞭を振るう。
 幻影石はまだ地に落ちてはいない。
 物理法則に従って飛んだままだ。
 ならば、自分が見た場所を元に現在位置を予測する事もできる。


(そこっ!)


 大河の奇襲を避けるために当てずっぽうで移動しながら、ブラックパピは予測地点に鞭を飛ばす。
 確かな手応えを感じた瞬間、周囲を覆っていた煙幕の映像は消えうせた。


(当真大河は!?)


 急ぎ視線を巡らせるが、大河の姿はどこにもない。
 このままでは見えない所から襲撃を受け捕獲される、と判断したブラックパピは、鞭を長く伸ばして召喚の塔の一本の柱に巻きつける。
 3歩助走をつけて、鞭を支点にして弧を描いて飛び上がった。

 飛び上がる途中、大河の姿を探して下を見たが、それらしきものは全くない。
 屋根から足を滑らせたかな、などと思った瞬間。


「うおおおりゃああぁぁぁ!」

「なっ!?」


 ブラックパピの後ろから、探していた人物の声が響く!
 慌てて振り返ると、確かに大河はそこに居た。
 ただし。


「すっ、垂直壁昇りィ!?」


 召喚の塔の外壁を真っ直ぐに駆け上がって、ブラックパピまであと少しの場所まで接近する!
 ブラックパピは避けられない。
 左右に揺れるにも慣性が足りず、上に逃げるには勢いが足りず、下に逃げようと思ったら鞭を手放して墜落するしかない。
 判断に迷ったときにはもう遅かった。


「ずぇいッ!」

「きゃぁっ!?」


 塔の外壁を蹴って、大河がブラックパピに飛び掛る!
 らしくない悲鳴を上げて、ブラックパピは落下する羽目になった。


ヒュウウウゥゥゥゥ〜〜〜〜〜ーー-‐

                   ズドン!

 なんとか無事に着地した2人。
 しかし、無理やり衝撃に耐えたその足は、痺れ切っていて動かせない。


(ちっ、接近されちまった…。
 しかし、お互いこの足じゃあマトモな動きなんかできやしないよ!
 今すぐ転がって……!?)


 すぐに大河から逃れようとしたブラックパピは、自分の肩が大河にきつく握り締められていたのに気がついた。
 同時に、背筋に途方もない悪寒が走る。


「酔拳奥義!」

(ヤバイッ!)


「もんじゃ焼きリバ〜〜〜ス!」

ィeeeeyyyyイイいいYYYYYAやあAHHああああアァァaaaaaぁぁぁ!!!!!!!!」

「ぎぃやああぁあぁぁぁ――−-」


 フローリア学園にブラックパピの叫びが響き渡った。
 ついでに何処か遠くから、電鋸の音とどっかのアフロの叫びが聞こえてきた。
 騒がしい夜である。


 大河の脳裏で鐘が鳴る。
 ぐわらんぐわらんと鐘が鳴る。
 そして猛烈に気分が悪い。
 典型的な二日酔いである。

 そのまま寝てしまおうと思った大河だが、あまりに気分が悪いのでそれもできない。
 とにかく水を飲むなり腹の中で荒れ狂う物体を吐き出すなりして、一息つこうと起きだした。
 大河の部屋には冷蔵庫もなければ洗面所もないので、壁に手をつきながらも歩き出す。


「うぷっ……チクショー飲み過ぎた…。
 しかしおかしいなぁ…。
 確かに昨日は飲んだけど、これほど酷い二日酔いにはならない筈…。
 つーか、途中から記憶がないんですけど…」


 昨日は失恋を嘆くセルに絡まれ、なおかつベリオとの問題や未亜を怒らせた事などを忘れようと飲みまくったのだが、そこは(自称)泥酔数百回の経験を持つ大河。
 自分が理性を完璧に失くすような、あるいは記憶が飛ぶような境界線は自覚している。
 そして昨日の酒量はそれを下回っていた。

 セルと一緒に門をくぐった辺りまでは覚えている。
 その後、メインターミナルで座り込んだりぶっ倒れたりしていたのも覚えている。


「えーと……なんだっけか…。
 えぷっ…とにかく水……そう…セルだ、うん。
 あいつに聞けば何か思い出すかも…」


 洗面所まで歩いてきた大河は、設置されている冷水機から貪るように水を飲んだ。
 冷たい水が、胃袋を少しだけ浄化してくれる気がした。

 相変わらず重病患者のような足取りで、大河は自室に向かった。
 帰ってきてみると、扉が僅かに開いている。
 部屋から出る時、大河は扉を閉めた記憶はない。
 大開きのままにしていた筈である。


(誰か来てんのか…。
 セルあたりかな…いや、あいつも二日酔いだろーな)


 昨日ベリオに張ってもらった結界のせいで、大河の部屋に誰がいるのか解らない。
 のったらのったら部屋に入った大河はそこに見慣れた人物を発見した。


「おう、おふぁよふ未亜……あふ…」


 そこに居たのは、セルではなく未亜だった。
 しかし、未亜は何故か掛け布団を持ったまま固まっている。
 不思議に思った大河が、未亜の頭を軽く小突いた。
 コンコンと、見事に硬質な音がする。
 完璧に固まっているようだ。


「おーい……未亜?
 どしたー?
 こちとら声を出すのも頭に響くんだから素直に返事せーや」


 頭を鷲掴みにして、大河は未亜の顔を自分と向かい合わせた。
 しかし、相変わらず未亜の表情に変化はない。
 いい加減大河が本気で心配になった頃、未亜の唇がぎこちなく動く。
 ただしそれは大河に話しかけているというより、うわ言を無意識に口に出していると言った方が正しい。


「お兄ちゃんが…お兄ちゃんが……それだけは絶対にないと思ってたのに…」

「?」


 後日、大河はこの時ほどベリオの張った結界をありがたく思ったことはないと語る。


「衆道に走ったぁー!」

「マテコラ」


 ごす、と未亜の頭に鉄拳を落とす大河。
 しかし二日酔いのせいで何時もの半分の威力もない。
 それでも未亜を現実世界に引っ張り戻すには十分だった。


「はっ!? お、お兄ちゃん!
 これは一体どーゆう事でごじゃりマッスルのよ?!?」

「終盤何を言ってるのか解らんが…何事だ?」

「これ! これ!!」


 泣きそうな顔で未亜はベッドの脇を指差した。
 そこには、掛け布団を掛けられていたと思しき親友の姿があった。
 何故か上半身が裸で、体には赤い点が幾つか見られる。

 大河は、何故未亜がそんなに慌てているのか解らず眉をしかめる。


「き、昨日の夜はセルさんと飲みに行ったんだよね?」

「……ああ」

「それじゃあ酔いに任せて、お兄ちゃんがセルさんを!?」

「んなワケねーだろ」

「じゃ、じゃあセルさんがお兄ちゃんに!?」

「変ってないじゃん。
 つーか、どっちも違うっての」

「じゃ、じゃあこれは何なの!?
 何でセルさんがお兄ちゃんの部屋で、しかも半裸で寝てるの!?
 あまつさえキスマークがついてるのは!?」

「………オドレハナァ…」


 キスマークは単なる虫刺されだ。
 大河が神経性の頭痛を感じているような気がしてきた。
 そして狙ったように、二日酔いがぶり返してくる。
 大河は立っているのが辛くなり、思わず口を押さえてしゃがみこんだ。
 それを見て、未亜は更に顔を青くする。


「お、お兄ちゃん……それって悪阻!?」

「………(怒)」


 足元が定まらず、突っ込みもままならない。
 そして、未亜は沈黙を肯定と受け取ったらしい。
 一頻り手足をワタワタ動かしたかと思うと、覚悟を決めたように顔を上げた。
 目が据わっている。


「ジャスティっ!」


 召喚器を呼び出した未亜は、一流の殺気を込めたままセルに狙いを定めた。
 少しずつ……だがその分強力で純粋なエネルギーが、ジャスティに篭められていく。
 幾ら何でも危険だ、と判断した大河は、未亜の足に縋り付いて何とか静止させようとする。


「ま、待て未亜…。
 一体どーいうつもり…うぇっぷ」

「どうもこうも!
 他の女の子に奪われるならまだしも、よりにも寄って男の人となんて!
 私だってオンナのプライドって物を持ってるのよ!
 そして何より、私はやおいに興味はないのよーーーーーー!」

「だから誤解だと…」

「シャラップ!
 問答無用!
 奪われるくらいなら相手の男を殺して、私がお兄ちゃんを調教するー!

「やっ、やめ……ソレ撃ったら幾らなんでも死ぬ…」

「だから殺すって言ってるのよ〜!
 そんなに庇うなんて、やっぱりセルさんに走ったんだー!」

「寝言抜かすな…セルを殺して疑いが晴れるんなら、幾らでも生贄に差し出しちゃるわ…」

「だったら離せー!」

「うむ」

「うきゃっ!?」


 大河は本当に未亜から手を放した。
 勢いあまって、未亜は大河のベッドにぶつかり鈍い音を立てる。
 どうやら、ちょうど硬い所にぶつかったらしい。


「えーと……未亜…?」

「あううううう…」


 涙目になって蹲る。
 未亜が立ち直らない内に、疲れた体に鞭打って大河は部屋をあさり始めた。


(多分この辺に……あった)


「未亜」

「う?」


 相変わらず涙目の未亜の前に、汚れた服が一枚放り出される。
 よく見てみると、それはセルが普段来ている服だとわかった。
 特に注意して見るでもなく、独特の匂いを放っている。
 それは……。


「う……ばっちい。 ゲロ臭い…」


 嘔吐した物体が放つ、据えた匂いが未亜の鼻をつく。
 そそくさと距離をとる未亜。
 一応冷静さが戻った事を確認して、大河は状況を説明しはじめた。


「あのな…昨日の夜、セルと酒飲みに行ったんだけど…。
 コイツ、俺の奢りだと思って飲みなれない高い酒をガンガン飲みやがって…。
 それで悪酔いしやがったんだよぉ…。
 で、帰ってくる途中でぶっ倒れて……コイツの部屋知らねーから、仕方なく俺の部屋に運んだんだ。
 セルが半裸なのは、ゲロがかかってる服を着たまま眠らせるのはさすがに酷だと思ったからだよ…」

「そ、そうだったんだ…。
 あーよかった……私、思わず覚悟完了しちゃったよ…」


 大河の脳裏に、怪我も何もお構いナシに突き進んで、妬き餅という大義を奮って暴れまわる未亜の姿が映し出される。
 リアリティがありすぎて怖かった。


「でも、珍しいね。
 お兄ちゃんがマトモに動けなくなるくらいの二日酔いなんて…。
 何時もは泥酔して二日酔いになっても、頭がガンガンするくらいなのに」

「ん……ああ。
 それが、どーも記憶が飛んでるんだよな。
 何か大変な事があったような気がするんだけど…。
 酒飲んだ後に、激しい運動でもしたのかなぁ…?」

「…やっぱり衆ど「トレイター」……冗談冗談」


 割と本気でトレイターを召喚しようとした大河を、曖昧な笑顔で制する未亜。
 未亜としても、最愛の兄がよりにもよって薔薇の道に踏み込んだなんぞ考えたくもない。
 僅かに残る疑念は心の奥に沈めて、未亜はセルにシーツを被せた。


「で、どうするの?
 セルさん、このまま放っておく?」

「ああ、それしかないだろうな…。
 コイツの部屋がどこにあるのか解らんし、こんな酔っ払い放り込まれるのも迷惑だろ。
 何より持って運ぶのも面倒くさい…。
 ………しかしなんだな、やっぱり何か忘れてる気がする」


 大河は腕を組んで考え込んだ。
 記憶を慎重に辿るが、メインターミナルで馬鹿笑いをしていたあたりからどうも記憶が無い。
 何か重要な事があったような気がするんだけどなー、とブツブツ言っていると、いきなり未亜が大河の手を取った。


「ちょっとお兄ちゃん!
 何よこの傷!?
 血は止まってるけど、結構深く傷ついてるよ!?」

「なに?」


 大河が見ると、そこには明らかに敵意を持って傷つけられた手があった。
 転んでぶつけるとか、偶然何かで切ったりしてもこうはならない。

 十中八九、これは戦闘の後である。
 それを見た大河は、急速に昨晩の記憶を覚醒させ始める。


「そうだ!
 昨日帰ってくる途中に襲われたんだ!」

セルさんに!?………あ」

「…………(怒)」


 無言で未亜に頭突きをかまして、大河は再び記憶を辿る。
 じっくりと思い出していくと、大河の脳裏に朧気に人影が浮かんだ。


「そう……ぶ、ぶら……ブラックパピ!」

「? なにソレ?」


 不思議そうな顔をする未亜。
 なんだか名前が中途半端な気がしたが、未亜に検証する術は無い。
 なにやら慌てている大河を見て、未亜は首をかしげた。


「だから、ブラックパピに襲われたんだよ!
 なんか俺を襲う前にも、色々とかっぱらって来たとか言ってたような…。
 多分、セルに聞けば知ってると思う。
 初犯じゃなさそうだったし、学園内じゃ結構有名なはず…」


 そう言って、二人は未だに目を覚まさないセルに目を向けた。
 幸せそうな…しかし何かを堪えるような顔で眠っている。
 よだれまで垂れていた。
 どうせ起きても二日酔いっぽいので、まともに話せはしないだろう。
 2人はセルに聞くのを諦めた。


「で、そのブラックパピってどんな人なの?
 そもそも何をする人?」

「さぁ…。
 別に自己紹介されたわけじゃないし……いや、されたのか?
 記憶が無いんでわからん…。
 格好は……まぁ何だ、男として非常に嬉しい格好と言っておこう。
 状況によっては引くかもしれんが」

「つまり、露出度が異常に高くてどこかマニア受けしそうな格好なんだね」


 たった2行の発言から、見事に正解を言い当てる未亜。
 大河の性格をよーく理解しているらしい。


「それで……戦いになった…のかな?
 酒が異常に回ってるのも、飲んだ後に暴れまわったからだと思えば辻褄が合うし」

「えらく曖昧なんだね。
 ひょっとしてお兄ちゃん、お酒に酔ったままどこかのイメクラでSMごっことかしただけじゃない?」

「するかいッ!
 ……で、戦って………あかん、勝ち負けどころか戦闘内容も思いだせん」


 頭を振って、しつこく残る酒気を振り払おうとする大河。
 そんな大河を見ているうちに、未亜はふと閃いた。


「ねえお兄ちゃん、何か盗られてない?」

「ん?」

「だから、その人どう考えても愉快犯じゃない。
 それでなくても、泥棒なんでしょ?
 財布とか貴重品とか、何か盗られてるんじゃないの?」

「あ!」


 大河は慌てて服のポケットをまさぐりだした。
 財布はあった。
 別に貴重品ではないが、ハンカチやティッシュもある。
 フローリア学園の学生証もなくなってない。

 懐にある物を片っ端から取り出して、大河はようやく一息ついた。
 特に何も盗られていない。


「……じゃあ、ひょっとして撮られたのかな?」


 妙に平坦な声で、未亜は別の心配をあげた。


「とる?」

「そう、撮影の方。
 例えば酔って道に吐いてる所とか、立ってその……用を足してる所とか…。
 一番ありそうなのは、酔っ払ってる所にキツイのを一発喰らって……」

「引っくり返ってるところ!?
 イカン、そんな写真をばら撒かれたらイメージダウンに繋がってしまう!
 未亜、急いでブラックパピを探すぞ!」

「オッケー、協力するよ。
 でもねお兄ちゃん……コ・レ・は・ナ・ニ?」

「へっ?」


 大河が振り返ると、未亜は手を突き出していた。
 その手の中にあるのは、昨日ブラックパピがばら撒いたパンティ。


(し、しまった!
 そう言えば昨日、ブラックパピがばら撒いたやつをかっぱらったような覚えが…!)


「お・に・い・ちゃ〜ん?」

「ひいいいぃぃぃ!
 ポマードポマードポマード!」

「私は口裂け女じゃなーい!

     ジャスティっ!


 その時の衝撃は、ベリオの張った結界を通過してなお学生寮を揺らしたらしい。


 「で、どうするの?」


 未亜が放ったジャスティでちょっと死に掛けた大河。
 しかしそこは主人公の特権とでもいうべきか、既に傷一つない。
 ちなみにセルも巻き込まれたのだが、こちらはギャグキャラの特権でもうピンピンしている。
 今は大河と未亜の隣で、自分もブラックパピ捕縛に協力しようとしている。
 考え込む大河は、すぐに回答を出した。


「ブラックパピは、閉門時間を過ぎてからも学園内に出没している。
 となると、学園関係者である可能性が高い」

「一番怪しいのは、寮に住んでる学生だね。
 でも、他のクラスの人達はみんな相部屋らしいし…」

「それに相部屋じゃあ、おかしな物を持ち込んだらすぐにバレるぜ。
 個室があるのは救世主クラスと教師ぐらいだけど、盗品やコスチュームを置いておくのは無用心すぎるだろ」


「つー事は……コスチュームもそうだが、盗品置き場がどこかにありそうだな。
 どっちにしろ、足を使って探し回るしかない。
 できればもうちょっと人手が欲しいから、誰かに協力を求めるか…。

 セル、お前は単独でこれから言う所を探してくれ」


「ええ〜?
 自分だけ未亜さんと2人っきりになる気かよ?
 もうちょっと俺にも役得があってもいいんじゃないか?」


 ごねるセルだが、大河はそれを予測していた。
 当然対策も練ってある。


「いいから聞けって。
 セル、お前はブラックパピが出現しそうな所を回ってみてほしい。
 ヤツが出現しそうな所といえばだな…」

「ちょっと待った。
 さっきから気になってるんだけど、本当にブラックパピって言ったのか?」

「? ああ」


 話の腰を折られてちょっと不機嫌な大河。
 しかしセルは気にしない。


「それ、ブラックパピじゃなくてブラックパピヨンの間違いじゃないのか?
 大河は知らないみたいだけど、フローリア学園では結構有名な怪盗なんだよ。
 露出狂みたいな格好で、何処からともなく現れては鮮やかな手口で盗みを成功させ、また何処へともなく去っていく…。
 くぅ〜っ、萌えるよなぁ!
 実際、盗まれたヤツの中にもファンクラブに入会してるヤツも居るんだぜ!」

「ファンクラブ?
 泥棒にですか!?」

「チッチッチッ、未亜さん。
 泥棒ではなく、怪盗ですよ?
 ここの所、最重要ポイントっす。
 試験に出ますからね」


 例によってトチ狂っているセルは放置しておいて、大河は話を続ける。
 正直な話、セルの話に賛同しそうになったのだが、困っている現状でそれを言うのはちと辛いものがある。


「とにかく、ブラックパピ…ヨンは公的に重要なものじゃなくて、専ら個人的な物を盗むらしい。
 その辺はセルの方がよく知ってるよな。
 ヤツが狙うものと言えば、例えば成績の悪いテスト、集めたコレクション、他には……」

「! そうか、そういう事か親友!
 わかったオッケー了解了承、不肖セルビウム・ボルト!
 全力を持って、ブラックパピヨンが出没すると思われるポイントを徹底的に調査いたします!」


 セルはそのまま、猛スピードで疾走して行った。
 二日酔いも完治したようだ。

 未亜は走り去ったセルを眺めて、呆然としている。


「……どうしたの、セルさん……?」

「さぁ」


 ブラックパピ改めブラックパピヨンが狙うもの。
 成績の悪いテストに、集めたコレクション、書きかけのラブレターに……女生徒の下着。

 ちなみに大河は、セルに女子更衣室に忍び込めとは一言も言っていない。
 言質を取られてはいないから、いざとなったらトカゲの尻尾切りである。
 大人って汚いよね。
 ま、常習犯らしいから、今更大した違いもないでしょう。
 合掌。


「で、私たちはどうするの?」

「んー…取り合えず援軍をな…。
 ベリオに頼もうと思う」

「ベリオさん?」


 未亜は詳細を知らなかったが、それでも昨晩の大河の様子を見れば、大河とベリオの間に大きな溝を作ってしまった事はわかる。
 その彼女に真っ先に助けを求めるのはどういう訳か。


「言いたい事は解る。
 正直俺だって気まずい。
 でもなぁ、やっぱり溝は早目に埋めておくべきだろ?」

「……ベリオさんを口説くつもりじゃなければね」

「生憎、今回は割と真面目な話だ。
 俺達は同じ救世主クラスの仲間で、まぁ今回は俺が大馬鹿やっちまったお陰で険悪になってるが…。
 “破滅”が起これば、誰が救世主になるかはともかくとして、一緒に戦う事になるワケじゃん。
 そんな時に、背中を預けて戦う相手と喧嘩してたんじゃ話にならないだろ?

 それに、ブラックパピヨンを探すのは俺の為だけじゃないしな。
 仮にも神に仕える神官なんだから、人に迷惑をかける事を生甲斐にしてるようなヤツを放り出しておく事はないんじゃないか?
 だからな、こういう状況だったら否応ナシに協力してくれそうだろ?」

「つまり、ブラックパピヨン探しを口実にして昨日の事を謝ろうって言いたいのね?」


 なるべく婉曲に表現した事を、見事に当てられて硬直する大河。
 正面切って謝るのは、大河のひん曲がった性格が許さないらしい。
 しかし、未亜はその先を読んでいた。


「で、本音は?
 それだけじゃないんでしょ、ベリオさんに頼む理由」

「……リリィに頼むのは何かムカツクし、リコは手伝ってくれそうだけど返事がないから漫才もできないし…。
 かと言って部外者に頼むと、話が大きくなって救世主クラスの評判に傷がつくだろうし…セルはともかくとして」


 極めて正直な返答の後に、未亜は意外な言葉を聞いた。


「珍しいね、お兄ちゃんが他人からの評価を気にするなんて。
 いつもだったら、他人の目を気にして模範的に振舞うより自分のやりたい事をやった方が断然いい、って言い切るのに」

「何を言う。
 俺は何時でも気にしてるぞ。
 ただ、今まではその評価が俺達に大した影響を及ぼさないから黙殺してただけだ。
 でも今回は違う」

「……救世主クラスはアヴァターの希望。
 その希望の評判が落ちれば、私達の立場も危うくなるし、何よりアヴァターの人達が自棄になっちゃうかもしれない?」

「ま、そんな感じかな」


 正直な話、未亜は考えすぎではないのかと思ったが、言い争っても特に意味がある事ではないので黙っていた。


 ブラックパピヨンの手がかりを探しながら、大河と未亜は学園内を歩き回った。


「委員長の事だから、多分礼拝堂でお祈りでもしてるだろ。
 まずはそこに行ってみよう」

「昨日みたいに大喧嘩しないでしょうね?
 これ以上険悪な仲になっちゃダメだよ」


 未亜の注文に、大河は腕を組んで宙を見上げた。
 しばらく考えて、大河は恐る恐る未亜に意見する。


「あー…その事なんだけどな。
 俺が委員長と話してる間、外で待っててくれないか?」


 未亜が驚いた顔をして、その後少し眉が釣り上がる。
 予想通りの反応だった。
 しかし、未亜が聞く耳を持っているのも予測範囲内である。
 妬き餅焼きだが、それを抑制する理性も持っているからだ……余裕があるときは。


「なんで?
 私が見てたら謝れないの?」

「いいや。
 謝るんだったら、誰が見ていようと謝るさ。
 そうじゃなくて……ちょっと、昨日の事でな…。
 赤裸々な言い方をしそうだから、それを聞かれるとな…」

「……昨日の事とやらに非常に興味があるし、だったら尚更歯止めがいると思うんだけど…。
 わかった。
 外で待ってる………許してくれても、セクハラは無しだからね。
 浮気の罰はまだ続いてるよ?」


 大河は信用のない自分にちょっとだけ落ち込みながら、道を歩いて行った。
 その間にも、2人は注意深く周囲を見て回る。
 まさかこんな道のど真ん中にブラックパピヨンの手がかりがあるとは思ってないが、大河が何か思い出すかもしれない。


「ねえお兄ちゃん、他に何か手がかりとかないの?
 ブラックパピヨンって、顔とかほとんど隠してないって聞いたけど…。
 似顔絵とか描ける?」

「いいや、まーったく手がかりはない。
 そもそも、手の傷を見てやっとブラックパピヨンの事を思い出したんだぞ。
 顔なんて遥か霞の向こうだっての。
 ………でも、何か見たらすぐ解る様な特徴があったような……」


 別に惚けているのでもブラックパピヨンを庇っているのでもない。
 酔拳奥技(大河談)までかましておきながら、大河はブラックパピヨンの事を綺麗サッパリ忘れていた。
 ひでえ話もあったもんである。

 仕方がないので、2人はブラックパピヨンがやらかした悪戯の痕跡や、セルから聞き出した服装などを探していた。
 しかし、それらしい物は一切見つからない。


 とうとうベリオが居ると思われる礼拝堂までやってきた。


「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

「いってらっしゃい。
 顔を見るなりホーリースプラッシュとかされたら、骨くらいは拾ってあげるから」

「……やっぱりついて来い。 が要る」


 そろって薄情な台詞を吐きながら、未亜は柱によりかかり、大河は覚悟を決めて礼拝堂に入っていく。
 独特の宗教的な雰囲気が、大河を怯ませた。
 しかし、この際入り辛いだの顔を合わせ辛いだのと言っていられない。
 扉を閉めると、大河は自分が裁判所にでも突き出されたかのような錯覚を覚えた。
 それほどまでに神とはソリが合わないらしい。

 大河は一度頭を振って気分を切り替えると、ベリオを探して周りを見回す。
 特に注意して探すまでもなく、ちくちくと刺さる視線を感じる。
 ベリオは並んだ椅子の影から、ユーフォニアを持ったまま覗き見ていた。


「………えっと…あのー……委員長、ちょっといいかな?」

「………よくぞ見破りました」

「いや見破ったって…」


 何やら、ベリオのキャラが微妙に変っている。
 戸惑いながらも、必死に会話の糸口を探す。


「その、えっと………あ、あはは、その後どうかなーと…」

「……傷ついたわ」

「あぐ…」


 見つけた糸口は、蛇が潜む薮だった。
 蛇は出たが、会話は続く。


「神に仕える身として、ずっと大切に守ってきたのに。
 それをあんな風に……」

「そ、それは悪かった…。
 でも、昨日も言ったけど、俺はちゃんと委員長に了解をとったぞ?
 そうでなければ、いくら俺だってあんな事を強引にはしない……」

「了解!?
 そんな筈ありません!」

「ひっ!? ご、ごめんなさいっ!」


 常になく腰が低い。
 大河は本当に了解を取ったのだが、感情を剥き出しにして怒る女性には、事実なんぞ大して関係ないらしい。
 男だってそうかもしれないが、単純に女のほうが怖い。

 しかし、ベリオにも僅かではあるが、了解を出した記憶があったらしい。
 ただの夢か間違いと思い込んで否定していたその記憶が、ベリオを踏みとどまらせた。
 踏みとどまってしまったベリオは、大河ではなく自分に言い聞かせるように呟く。


「だって、私は…神に仕える身だもの」


「……俺にはよくわからんけど、それってどういう関係があるの?」


「私は、みんなの罪を背負って神に許しを乞わねばならない僧侶なのです。
 それが事もあろうに、淫らな快楽に流されて己の身を任すなどあるはずが…。
 そんなの、許されるはずがありません」


 ベリオは胸の前で手を握り締めた。
 バツが悪そうに話を聞いていた大河は、頭を掻き掻き意見する。
 正直言って、自分がそれを言うのもおかしいのではないかと思っていたが、それ以上に納得が行かなかった。


「あー、俺が言うのもなんだけどさ…。
 それって、ちょっと違うと思う」


「違う?」


「僧侶だから気持ちいい事をしちゃいけないって事はないと思うんだけど」


「そんな事……人々の苦しみを背負わなければならない僧侶が自分の快楽にかまけていたのでは、みんなを幸せにする事ができません」


「でも、道具とかだって適度に休めてやったりした方が長持ちするだろ?
 それと同じで、息抜きとかストレス解消とか…とにかく自分が楽しい事だってやった方がいいよ」


「でも…」


「委員長は、俺に触れられていやだった?
 俺の指先に感じなかった?」


「わ、私は感じてなんか…」


「俺は感じたよ。
 委員長の肌、体温、鼓動、匂い……。
 それに、委員長が感じてるのがビンビン伝わってきて、凄い嬉しかった」


「や、やめて……いけない事よ、そんなの…」


「どうして?僧侶だから?」


「そ、そうです。
 神に仕える者として、私は快楽に溺れるような事は…」


「僧侶だって人間だ。
 どんなに禁止されてたって、気持ちいいものは気持ちいいし、楽しい事はやっぱり楽しい。
 好きな人に抱かれれば嬉しくなる。
 嫌いなヤツだっているし、特別扱いしたい人だっている。
 自分じゃ自覚してないような、昏くてグチャグチャドロドロした欲望だってある。
 それを否定できるようなヤツは、単に自分が聖人君子だって思い込みたいだけだ」


「僧侶も、人間…。
 欲望があって…聖人君子だと……?

 で、でも、それを抑えていられるかどうかが、人間と獣の違いではないですか。
 欲望のままに貪るのでは、それはただの獣です。
 昨日のは………ケダモノ、そのものではないですか…」


「委員長のは絶対に度が過ぎてるって!
 とにかく、いくら人の為になる立派な事をしていても、楽しみも喜びもない人生を送るなんて…委員長の言うとおり、本当に神様とやらが全知全能で慈悲に溢れた存在なら、そんな生き方をする人間を見てきっと悲しんでる。
 …まぁ、俺は神なんぞアテにしてないから、仮定の話だけどな…。

 これは俺の知り合いが言われた事なんだけどさ……誰かを幸せにするなら、自分も含めて幸せにしなくちゃいけないんだって。
 自分の幸せを放棄してちゃ、誰かを幸せになんてできないんだと思う…」


「……大河君には、昨日少しお話したと思いますが…」


 ベリオは躊躇った後、口に出すべきか迷いながら話し始めた。


「私は、とても罪深い生活をしていた時期があります…。
 それを知らずに安穏と暮らし、私は自分の暮らしがどんな代償の元に成り立っているのか知りませんでした。
 ある時それを知って、全てを捨てて逃げ出して……。
 それから僧侶になったんです。
 私のすべき事は、私が犠牲にしてきた人々に償う事。
 人々の罪を背負い、神に奉仕して、この身を代償に人々に祝福を与えてもらう事です。
 それなのに、自分の快楽にかまけていては、神に許しを請うことなど……」


「委員長、アンタは一つ、とても傲慢な考えをしている」


 大河は口を噤んだベリオを見据えて、強い口調で言い切った。


「俺は、俺が背負うべき荷を、罪を、勝手に人に背負われて、勝手に許されたくない。
 俺以外にも、同じように考えて、自分のやった事にくらい自分で責任をとりたいと思ってる人は沢山いる。
 何より、自分一人で人々の罪なんてものを背負えると思っているのか?
 委員長はそんなに強いのか!?」


「強いだなんて、私はそんなつもりじゃありません!
 昨日大河君だって言ったじゃないですか、『やる事はいつだって同じだ』って。
 例え背負いきれなくても、私はそれをやるしかないんです。
 それが私の贖罪だから……」


「自分の考えを棚に上げて言わせてもらうが、俺は委員長一人が罪を被るスケープゴートになって、俺達だけ幸せになるなんて納得できない。
 そんな事をするくらいなら、委員長が背負う罪を、半分だけでもいいから俺達にも分けてくれ。
 そんで、皆で耐え切って皆で幸せになろう。
 たった一人の生贄に押し付けて知らん振りするよりは、苦労しながらでも皆で歩いていける方がずっといい。
 俺だって、自分一人じゃダメだと思ったら素直に人に頼る。

 委員長が何を考えて僧侶を志したのかは知らないけど…自分独りで背負い込みすぎだ。
 もうちょっと人を頼れ」


「…………」


「だから……その………昨日の昼はカッとなって、大喧嘩しちまったけど…俺が言いたかったのはそういう事…。
 ああもう、とにかく俺が悪かった!
 煮るなり妬くなり犯るなり、気の済むようにしてくれ!
 昨日の昼間の口論の分、指導でやっちまった分、合わせてどうとでもするがいいさ!」


 大河はその場に胡坐を掻いて座り込んだ。
 話の途中から全く反応しなくなったベリオ。
 もうこの際だから言いたい事を言ってしまおうと、大河は自分の思っていた事を吐き出した。
 それが済んでしまえば、もう大河には喋る事はなくなった。
 覚悟を決めて、断罪を待つ。


「………許します」

「……え?」

「だから、もういいの。
 水に流します。
 確かに、私もその……聞かれて頷いたような記憶もあるし…。
 だから、もういいんです」


 ベリオは、振り切るような表情で顔を上げた。
 その表情は、僅かだが先程までとは違っていた。
 まだ傷心は癒えないが、それでも前を向いている。

 それを見て、大河はほっと一安心した。
 しかしそれを素直に表に出すのも悔しくて、例によって余計な事を言う。


「ありがと…でも、ちょっと残念だな。
 “許す”じゃなくって“嬉しかった”って言ってもらうのが目標だから」

「もう…」

「ま、今後の努力次第って事でいいのかな?」

「ふふっ……案外、どうにかなるかもしれませんよ」


 苦笑するベリオ。
 大河はそれを見て脈あり、と思ったが、未亜の事を考えるとあまり意味がない気がした。

 見て取り敢えずは大丈夫だと判断した大河は、次の話題に移る。


「あー、それでな、委員長。
 今日ここに来たのは、ちょっと頼みたい事があったからなんだ」

「?
 何ですか?
 大河君がケダモノ風味でも、内容によっては手伝いますよ」


 水に流すと言ったものの、そう簡単には許せないらしい。
 大河をチクチクとイヂリながら、ベリオは首を傾げる。
 また無茶苦茶を言い出すのではないかと、警戒もしているようだ。

 自業自得ながら、居心地の悪い視線を浴びて大河は話を進める。


「ちょっと人探しをしてるんだけど…。
 ブラックパピヨンについて、何か知らないか?」

「ブラックパピヨン!?」


 突如出てきた意外な名前に、ベリオは目を見開いた。
 無論ベリオもブラックパピヨンの事は聞いている。
 被害にあった事はないが、僧侶として、救世主クラスの人間としては、いつかは捕まえなければならないと思っていた。


「ブラックパピヨンについてと言われても…。
 私も見たことがある訳でもありませんし、飛び交っている噂はどれも似たようなモノです。
 ……ああ、そう言えば非公式のファンクラブまであるとか…」

「それはセルから聞いたな。
 被害にあった人も会員になってるとかなっていないとか」

「実際になってるんです。
 なんででしょうねぇ……?
 それで、ブラックパピヨンが何か?」

「ん…昨日、セルに一杯奢らされてね。
 ちょっと遅く帰ってきたんだけど……どうも、帰り道で襲われたらしいんだ」

「ええ!?」


 再びベリオは仰天した。
 そう言えば、大河の手には傷跡ができている。


「そ、それで!? どうなったんです!?」

「いや、それがサッパリ…。
 何せそれなりに酔っぱらってた所に襲撃を受けたらしくてな。
 酒飲んで暴れたから、酔いが速く回って記憶が飛んだらしいんだ。
 そんな状態で戦ったところで、まともに動けるとも思えんし…」


 大河は以前冗談半分で研究した酔拳を身につけていたが、本人はそんなオチャラケ拳法が通じたなどと夢にも思っていない。


「負けた……んですか?
 大河君が?
 酔っていたとはいえ、救世主候補生の戦闘力は他とは比べ物にならないほど高いのに…」


「酔っ払って油断してちゃ、独歩だってただのチンピラと変らないよ。
 とはいえ、手の傷を見る限りじゃあそれなりに抵抗したっぽいけどね。
 正直勝てたとは思えない。
 気がついたら部屋に戻って寝てたから、動けなくなるまで叩きのめされたわけじゃなさそう……………どしたの?」


 何故か、ベリオの顔は非常に険しくなっていた。
 非常事態ではあるが、彼女の表情はどちらかと言うと私怨による表情だ。
 唐突に湧き上がった感情を戸惑いながら抑えるベリオ。


「いえ、何だかわからないけど唐突に殺意が…。
 何故でしょうか……。 
 それより、何かを盗まれたとか、そういう事は?」

「いや、それもなかった。
 むしろ貰ったくらいだな……未亜に撃たれたけど。
 問題は、ブラックパピヨンが、倒された俺の写真とかを撮っていったんじゃないかって事なんだが」

「そ、それって非常事態ですよ!?
 もしそんな事が広まったら、救世主候補生の実力が疑われます!
 ある事ない事言われて、ヘタをすると救世主の信用問題にも発展しかねません」


 幾つかの可能性をシミュレートして、ベリオは青くなった。
 ブラックパピヨンの行動原理は単純明快で、人を困らせる事に重きを置く。
 例えその行動がどれほどの混乱を引き起こそうと、ブラックパピヨンは意にも介さないだろう。
 要は自分が楽しければいいのだ。


「ああ。
 だからブラックパピヨンのアジトを探してるんだ。
 ヤツは日没後も学園にホイホイ現れてる。
 なんだかんだ言っても城壁を越えるのには少々苦労するだろうから、ブラックパピヨンは内部の人間か、さもなければ活動拠点が学園内にあるはずなんだ」


「なるほど…。
 ですが、礼拝堂には何もありませんよ。
 毎日私や他の僧侶の方々が、綺麗に磨いていますから、何か不自然な物があったら気がつく筈です」

「そうかぁ…。
 ここなら隠れ家には丁度いいと思ったんだけどな。
 じゃあ、他にブラックパピヨンが隠れられそうな所は無い?
 よく見かけられる場所とか……」

「そうですね…ああ!
 それなら、礼拝堂の裏の森で、よくそれらしい人影を見た、という話を聞きます。
 ひょっとしたら、あの辺りに何かあるのかも…」


 ポンと手を打って、ベリオは言う。
 礼拝堂の裏にある森は、見通しが悪く人が隠れるにはもってこいなのだ。
 それに、薬草などを採取しに行く学生を除けば誰も近寄らない。
 ブラックパピヨンが根城にしていてもおかしくはない。


「裏の森か…。
 わかった、行ってみる。
 それじゃな、委員長。
 お勤めの邪魔して悪かったな」


 そう言って大河は背を向けた。
 最初はベリオにも手伝って貰おうと考えていたのだが、それよりも謝る事が本題だったし、そもそも大河はすっかり忘れていた。
 アホウドリのように物忘れが激しい。
 アルコールで脳細胞の破壊が進んだのであろーか?

 ベリオは少し考えたが、無言で歩き出して、大河の隣に並んだ。


「委員長?」


「手伝います」


「へ?」


「救世主の信頼を守るのも、立派な神への奉仕です。
 それに、秩序を遵守する者として、ブラックパピヨンのような人を放っておくわけにはいきません。
 ……大体、大河君は一度負けたんですよね?
 戦いになったら勝てるんですか?」


「いや、別に負けたと決まったわけじゃ…。
 朧気ながら、何かかましてやったような記憶が薄っすらと…。

 ……ん?
 それって俺を心配して…?」


「い、いいから!
 戦力は多い方がいいでしょう!?
 早く行きましょう!」


 大河の言葉を遮るように、ベリオは早足に歩き始めた。
 礼拝堂の扉に手をかける。
 と、急に止まって、大河の顔を見ずに話し出した。


「ああ、それと大河君」


「ん?」


「あなたのお陰で、救世主の在り方が、少しだけわかった気がします。
 万能じゃないし、イヤな所だってあって当然。
 それを覆い隠すような救世主なんて、話になりません。
 本当の自分を偽っているのですから、それではアヴァターに認められた事にはならないでしょう。

 かと言って、心の底から全く邪悪がないなんて、酷く気持ちが悪い事なんですね。
 アヴァター中の誰も彼もから好かれるような救世主は、もう空っぽで………“私”というものがない。
 人間じゃなくなってるのかもしれませんね…」


「……かもしれないな…。
 だから、本音を言うと俺は救世主なんかになる気はない。
 “破滅”を追っ払って、その不安がなくなればそれでいいんだ。
 それによって手に入る名誉とか特権は……ま、デザートみたいなものかな」

「あれば頑張れるし、手に入ったら嬉しい……大河君らしいですね」

「ふん。
 さて、そろそろ行こうかね」

「はい!」




時守はブラックパピヨンファンにヌッコロされないうちに逃げます。(夜逃げの準備を進めながら)
さすがにやりすぎたかな?
セクハラの方がまだマシだった…。
幾ら何でも、もんじゃ焼きリバースは無いだろ……酔いって恐ろしいな。
ブラックパピヨンは辛うじて避けてますから、鞭でしばくのは勘弁してつかーさい!

いやいやいや、ホントに好きなんですよ、彼女の事!
人気投票で彼女に一票入れましたし!
シナリオと出番の少なさで割をくっている彼女ですが、結構美味しいキャラだと思うんですよねぇ…。
トラブルメーカーだけど姉御肌っぽいし、ある意味救世主クラス内では大人の部類に入るのでは?

う〜ん、やっぱり語りや説教に入ると一人だけ喋り続ける事になるなぁ…。
何とか調整できるようにならないと…。

それではレス返しです。
…さて、本格的にファンの攻撃が来ないうちに逃げるか…。


1.>皇 翠輝様
 やっぱ五歳児はヤバすぎたっすか。
 せめて欲情じゃなくて萌えにしとけばよかったかも。
 なんか書いてる内に勝手に受信したのですが……まさか俺って…イヤイヤイヤ


2.>干将・莫耶様
 ブラックパピヨンは、登場早々えらい目にあってしまいました(笑)
 うーん、18禁系の描写はあんな感じでいいんですか…取り合えず赤点ではないらしいのでほっとします。
 時守は捻くれ者なので、あからさまに読まれていると強引にでも変えたくなります。
 でもヘタに弄ると色々と矛盾が出てくるので、結局断念してしまうのです(涙)


3.>k2様
 ナナシはまだです、すいません。
 少なくともあと2.3話後には、初登場だけはしますから。
 …でも、正直彼女の見せ場は全く思いついてないんですよね…。
 なんとか萌え場面を作りたいのですが。

 ベリオの幽霊恐怖症に対する考察、大変参考になりました。<m(__)m>


4.>翁香様
 はじめまして。
 大河の叫びに同調してくれたのは、正直言ってとても嬉しいです。
 なぜなら半分くらいは私の叫ゲフンゲフン


5.>FOOL様
 やっぱりリコの召喚器はなしですか…。
 戦闘時に出すあの本が妥当でしょうか?
 自分の分身を召喚器に見せかけている可能性もありますし。
 救世主クラスでは話題になったりしなかったのでしょうかねぇ…。
 誰もリコの召喚器を見た事がないのに、なぜか救世主クラスに居るとか。


6.>ATK51様
 ベリオは苦労人なので、自然と斬られ役に廻ります…単にそうした方が書きやすいんです。

 極論してしまえばどんな立派なご高説も暴論と大差なくなる、と時守は考えます。
 理解出来る出来ないに関わらず、重要なのは節度と間合いでしょう。
 完全に納得できなくても、ある程度の許容は出来ます。
 人と人が完全に同じ方向を向かなくても問題はないのですから。。
 ATK51様の言う「同一化はできなくとも他者のそれにも理解が及べるか」ですね。

 互いの価値観の尊重とは、互いの考え方を変えないように動くのではなく、考え方の違いを承知した上で、互いに影響を及ぼし合って変化する事だと思います。
 生物の最大の武器は、知らない事を経験して成長する事なのですから。
 尊重と無関心には、根本的な違いがあるはずです。

 マジになってくれるという事は、それだけ真剣に読んでくれているみたいで嬉しいです!


7.>初心小心様
 やっぱりあの本はネクロノミコンですよね。
 さすがは魔導書、勝手に動くだけならまだしも目玉まであるのか(笑)
 …リコの召喚器は赤の書だったとしたら、その名前はネクロノミコンではなく、文字通りレッドデータブックだったりして。
 きっと絶滅寸前の動物とかが沢山乗ってるんです。
 さもなきゃ赤本で試験問題がいっぱい。


8.>なまけもの様
 むう、そんなにエロかったでしょうか?
 書き慣れないので、自分ではよくわかりません…。

 問題のある生徒が多いので、大河の叫びに同調する女性も少なくはありません。
 例えば百合の道に進んだ女の子が、性を超えたシンパシーを感じて大河に敬意を示す事も。
 無論そういう女性ばかりではありませんが…。

 ああっ、そうだった!
 ウチの大河は三十路越えてたんだった!
 でも男の一部は常に少年のリビドーを持て余(殴)

 未亜は包丁は持ち出しませんでした。
 最近は体がもたなくなってきたから一人くらいは認めよう、と思っていたので、多少は寛容の心を持っておかないといけない、と考えたらしいです。
 でも気に入らないし、同意の上かは疑わしかったので軽いオシオキをした次第です。

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