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「幻想砕きの剣 2-2(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-07-01 19:05)
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幻想砕きの剣 第二章 二節
初めての能力測定試験


 ベリオと未亜を抱え、声援に包まれて食堂を後にした大河。

 食事は終わったし、萌えなリコも心行くまで堪能した。
 満腹になったら、今度は睡眠欲が強くなってきた。
 どこか昼寝に丁度よくて、衰弱しきったように眠っているベリオと未亜を安置できる場所はないか。

 まだそう広くない学園内の地図を頭に描きながら、大河はメインストリートまで歩いていく。
 美女を2人も抱えて歩いている大河は、色々と痛い視線の真っ只中にいたが、歯牙にもかけていなかった。
 学園中央部に位置する広場で、大河はベンチに腰を下ろした。


(さて、どうしようか…。
 眠いけどこんな所で寝る気はしないし、そもそも人が多くておちおち寝ていられん。
 未亜と委員長を放っておくわけにもいかない。

 人が少なくて静かで、2人を安置できる場所があって、出来れば寝転がれる場所…。
 やっぱりお約束の保健室か?
 でもどこにあるのか聞いてないしな…。
 それに3人分もベッドがあるのか分からんし。

 ここはメインストリートで…南に進めば王都。
 今は関係ない。

 じゃあ東に進めば…うん、丁度いいな)


 大河は昨日の案内で、メインストリートから東に進むと図書館や礼拝堂がある、と言っていたのを思い出した。

 こんな天気のいい日に、丁度食事が終わったくらいの時間帯に図書室や礼拝堂に篭っている輩はそうそう居るまい。
 仮にいたとしても、場所が場所だけにきっと静かにしている。

 大河は立ち上がり、ベリオと未亜を抱えて歩き始めた。
 第一目標は図書館、第二目標は礼拝堂。
 先に目に入った方に入って一眠りしようと、大河はそう決めた。


「う…ん……ううん…」


 気を失ってからどれだけ時間が経ったのか。
 ベリオは自分の呻き声で目を覚ました。


(確か……食堂に行った後、大河君が注文をしに人込みに入っていって…。
 お昼ご飯を持ってくるまでは、平穏だったのよね…。
 確かその後、大河君がまたバカな事を言い出して…。
 さっさと出ようと思ったら、大河君が食べてたのがあの特盛り鉄人ランチで…って)


「こ、ここはっ!?」

       ガタン

 ベリオは回想を途中でやめて、慌てて跳ね起きた。
 キョロキョロ周囲を見渡すと、本、本、本、本本本本本棚。
 本以外は何も目に入らず、独特の冷気と静寂が支配する空間。


「ここは……図書館?」


 再び辺りを見渡すと、自分の後ろに椅子が転がっていた。
 さっきの音は、ベリオが立ち上がった拍子に椅子を倒した音らしい。

 してみると、自分は椅子に座らされて眠っていたのだろうか。
 隣には、同じように椅子によりかかって眠る未亜の姿があった。

 倒れた椅子を立ち上がらせて、ベリオは近くの時計を見た。

 12時30分。

 午後の授業が始まるのが13時からだから、まだ時間はある。
 一安心してもう一度椅子に座り込み、まだ眠っている未亜を揺らす。


「未亜さん、未亜さん、起きてください。
 何故か図書館にいるんですけど、どうなっているかわかりませんか?」


 図書館という場所がそうさせるのか、控えめで緩やかな目覚めの催促。
 なかなか起きなかったが、根気よく揺すり続けていると、ようやく未亜の目が開いた。

 また閉じようとする瞼をこじ開けて、未亜もベリオと同じように周囲を見渡す。


「……お兄ちゃんは?」

「! そうだ大河君!」


 また何かやらかしているに決まっている、と直感して、ベリオは慌てて大河を探した。
 周囲の椅子には、誰も座っていない。
 ならばと思って場所を変え、個室の中を覗き込み、本棚の上を窺い、結局未亜の所に戻ってきた。


「ダメです、居ません…。
 大河君の事だから、寝ている女性にイタズラする事はあっても、放置してどこかに行く事はないと思うのですが…」

「あ、ベリオさんそれ大正解」


 何とも微妙な評価である。

 さっきから妙に冷静な未亜を見て、ベリオは訝しく思った。
 大河がトラブルメーカーなのは、自分よりも付き合いの長い彼女の方がよく知っている筈。
 姿が見えないというのに、なぜこうも冷静なのか。

 昼休みの図書館は人気がないので、迷惑のかけようがないと思うかもしれないが、ここは本棚が幾つも並んでいるのだ。
 大河であれば、何かの拍子にドミノ倒しにしてしまっても不思議には思わない。

 未亜は、あちらこちらを探し回ってきたベリオに申し訳なさそうな顔を向けて、一つの椅子を指差した。
 その椅子は、他の椅子が整然と並べられているのに比べて、一つだけ突き出していた。

 何かあるのかと思って、ベリオが椅子の元に歩いていく。
 別段変わった事はない。
 もっと詳しく調べようと思って、ベリオはしゃがみこんだ。


「…………」


 大河発見。

 どうやら椅子にもたれて眠っていたら、そのままずり落ちて机の下に入ってしまったらしい。
 ベリオが血相を変えてあちらこちらを探し回っていたのに、大河は当人の足元に居た。
 正に灯台下暗し。

 昨日までのベリオならどっと脱力するところだが、すでにベリオは諦観の領域に達しつつある。
 妙な騒ぎを起こさないだけめっけものだと割り切った。

 たった一日で、随分と聖人の領域に近づきつつある気がするベリオだった。


 12時40分。

 まだ余裕はあるが、ベリオの日課…礼拝堂でお祈り…も考慮に入れると、そろそろ闘技場に向かわねば間に合わない。
 しかし大河はまだ眠っている。


「お兄ちゃん、起きて。
 ちょっとお兄ちゃん!
 いつまで寝てるの、起きて!」


 かなり激しく未亜が大河を揺さぶるのだが、大河は未だに夢の中を彷徨っている。
 未亜に揺さぶられる大河を見ているうちに、ベリオの胸にムクムクと炎が滾り始めた。


(昨日といい今日といい、本当に大河君は……!
 どれだけ私に気苦労をかければ気が済むのですか!?
 しかも私達が疲れ果てて気を失っていたというのに、図書館で優雅にお昼寝…。
 ………ふ、ふふふふふふ……………いいでしょう、神はこう仰っています。
 汝の為したいように為すとよかです、と!)


 そこはかとなく邪心風味な上、微妙に方言が混じっている神様だ。
 ベリオの信仰している宗教の神はそんな事一言たりとも言っていないのだが、今のベリオにはこの怒りを後押ししてくれるなら何でもいいらしい。


「おに「未亜さん、退いてください」へ?……い、いえっさー」


 相変わらず大河を揺すっていた未亜は、ベリオの平静な…少なくとも表面上は…の声で、すぐさま撤退した。
 ベリオは座った目で大河の寝顔を見据えると、右手を高く掲げた。


「ユーフォニア……」


 静かに召喚器を呼び出し、ゆっくりと両手で握る。
 体重は前に出した左足にかけ、前傾姿勢に。
 極限まで体を捻り、限界に達した所で静止した。
 未亜はその構えを漫画で見たことがあった。
 ゴルフ勘がやたら良い少年の漫画で、体に極端な負担がかかるらしいその構えは……。


「スマ……イル〜……ショット!


 そして……捻った体を一気に引き戻し、ユーフォニアの先端が水平に疾る!
 ドライブショット!


   ビュオッ
     ぐわっこぉぉぉぉ………ん


 一瞬の風きり音の後に、素晴らしく響く音が舞っていた。
 大河の頭は放物線を描かず、低空の直線を描いて疾った。

 ギュリギュリとブレイクダンスのように回転し、床を擦りながら吹き飛ぶ大河。
 さすがに彼も起きただろう。
 永眠するんじゃねーか、とも思ったが、昨日もジャスティとユーフォニアのコンボを喰らっても平然としていた彼である。
 視認できるほどのでっかいタンコブが出来ていたが、血は一滴たりとも流れていなかった。

 つい衝動に任せてやっちまったベリオ。
 少々神の教えに反していたかもしれないが……正直、中々気分がよかった。


 その後、足取りを乱しもしない大河を連れて図書館を出た。


「お〜イテテ……。
 で、いきなり何よ?
 まだ時間あるじゃんか…もう一眠りさせてくれたって…」

「ダメだよ、食べてすぐ眠ったら牛になるよ。
 ならなくても太るよ」

「大丈夫だって。
 どうせこれから激しく運動するんだし…」


 まだ眠気を引き摺っている大河をつれて、ベリオと未亜は礼拝堂へ向かった。
 図書館からもう少し進んだ場所にあり、人気が少なくて日当たりもいい。
 大河はこっちで眠ればよかったかな、と少しだけ惜しんだ。

 ベリオは勝手知ったる足取りで、礼拝堂に入っていく。
 未亜と大河もそれに続いた。


「うわぁ〜……なんて言うか…神聖ってカンジだね」


 未亜の言葉が表す通り、外見も中身も典型的な教会といった印象であった。
 幾つもの長椅子が並び、教壇には見知らぬシンボルが書かれている。
 おそらくアヴァターの主な宗教なのだろう。
 窓からは日の光が差し込み、正面のステンドグラスには天使らしきものが描かれている。

 未亜も大河も宗教に興味はないが、単純に風景として感嘆した。

 ベリオは既に日課の祈祷を始めている。


「そういえばベリオさんて、僧侶だったんですよね」

「ええ、まだ駆け出しの未熟者ですが…。
 天にまします我らの神よ…」

「……根本的な疑問なんだが、僧侶って戦っていいのか?
 委員長が信仰している宗派は知らないけど、基本的に無殺生なんだろ?」

「ええ。
 ですが、救世主の戦いは神が認めてくださった聖なる勤めです。
 私達神の僕の役目は、神の栄光を世界に広める事。
 それは私が救世主になっても変わりありません。
 ………大河君と未亜さんは、神を信じていらっしゃらないのですか?」


 随分と都合のいい神だな、と大河は思った。


(……いや、神だって人間と変わりないんだろう。
 いくら強い力を持ってたって、自分に都合の悪い状況になれば打破するために動く。
 過去に出した言葉が絶対の真理ってわけじゃないから、当然反する事態も起きる。
 そもそも聖なる、とか全知全能とかいうのは、殆どが人間によって脚色されてるみたいだしな)


 目を閉じ、手を組んだままベリオは話す。
 話を振られた未亜は、少し申し訳ない気持ちになりながら肯定する。


「神様って言われても、やっぱり実感沸かないし…。
 それに私達の国では、宗教っていうと怪しいモノや如何わしいモノも結構多いんです。
 勿論、普通の……温厚な宗教もありますけど、基本が無宗教だし、一部の危険な思想を持った宗教が暴走したりするから…」


「そうですか……それでは神の教えと言われても、警戒心が先立つかもしれませんね。
 しかし、本来の宗教とは、神の慈悲にすがり、立派に生きていくための道標のようなものです。
 無宗教が悪い事とはいいませんが、やはり神を信じるべきかと…。
 大河君は?」


「信じてないな。
 特に俺達……ああ、俺がいた世界でのバイト仲間の事なんだけど、どういう訳か天上の神とは相性が悪いらしくってね。
 ヘタに関わるとお互いにとってロクな事にならない。
 ……それに、俺自身神なんぞ当てにしてないからな」


「まあ、大河君が神を信じていると言われても説得力がありませんけどね…。
 とにかく、私の力は神に譲られたもの。
 それを利用して私益を得ようなどと、考えた事もありません」


 そう言い切るベリオを、珍しく冷ややかに見る大河。

 未亜は、大河の表情を意外そうな目で見つめている。
 口を開こうとした途端に、『暫く口を挟まないように』と目で釘を刺された。
 納得してない未亜だが、とりあえず大河に従って引き下がる。


「それじゃあ、委員長は救世主になっても一切報酬を求めないってことか。
 ……そんなんでよくやっていられるなー。
 ……言っちゃなんだけど、見ていてあんまり気持ちのいい生き方じゃないぞ?」


 大河の口調に皮肉が混ざった。
 少しムッときたベリオだが、押さえ込んで祈りを続ける。


「あなたみたいに、何でも自分の利益ばかりを考えて生きている人ばかりではありません。
 自分よりも、みんなのために生きる事を喜びとする人もいるのですわ」


「じゃあ、『みんな』って誰の事だ?」


「『みんな』は……『みんな』です。
 この世界の、生きとし生けるもの全て」


「ミミズでも?オケラでも?その辺のアリのためでも?」


 大河の表情が、少しずつ苛立ちを露にしていく。
 無意識のうちに、組んだ腕に力が入り始めた。


「委員長は一度も会ったことのない、一度も話をしたこともない誰かの為に、自分の命を張って生きるんだ?」


「そういうことになりますね」


 大河の口が釣りあがった。
 見事な冷笑を形作る。
 キャラに合わないという突っ込みはスルーしよう。


「じゃあ、『みんな』なんて居ないじゃないか」


「え?」


「俺は別に委員長の生き方や考え方を否定する気はないよ。
 好きになれそうもない生き方だけどね。

 でも、『みんな』のためって事は、親しい人も、そうでない人も、嫌いな人もみんな同じ。
 誰も彼もを同じに扱うなら、相手の事なんか考えてない、見てもいない。
 それじゃ対象になる『みんな』なんて、居やしないのと同じじゃないか。
 幻を守ってるようなモンだ。

 全てがある、それは何もないのと同じ事。
 なんでもソツ無くこなす、それは得意な事がないのと同じ事。
 何でも出来る人は、自分独りじゃ何もしない。
 だったら、みんなの為に、は誰の為でもないって事だろう」


「それは詭弁です。
 何もないのと、全てがあるのは決して同じではありません」


「ああそうだな、こんなの単なる言葉遊び、無能の自己弁護と大差ない。

 例え何もしなくても、何でも出来るヤツは何も出来ないヤツとは違う。
 全てがある事は何もない事と同じ、なんて抜かす馬鹿は、身の回りのものを全部救援物資にでも変えて、紛争地帯か災害の跡地にでも放り込んでやればいい。
 10分も経たずにそんな戯言は吐けなくなるさ。

 でもな、委員長、やっぱりアンタの言うみんなは、誰の事でもないよ」


「そんな事はありません!
 私の使命は神の栄光を広め、苦しんでいる人々を救う事!
 救世主となり、破滅を打ち払う事はその使命に沿う事です!
 私はこの世界に生きる者全てのために戦います!
 例えあなたの言う通り、私の言う『みんな』が幻だとしても、それは変りません!」


「じゃあ、救世主になったら俺の事も救ってくれるのか?」


「……あ、当たり前です」


「………なんで見ず知らずの人間を助けるときよりも躊躇するかな」


「それは日頃の行いが……いえ、何でもありません」


「お、本音が出たな。
 自分に敵対したヤツとか、神に背いた犯罪者、例えば自分の仲間を殺した相手でも救うのか?
 神の名を嵩に着て侵略するクソ野郎とかも?
 自分に背を向ける相手でも、殺しに来る相手でも救えるか?
 それが神の栄光ってヤツ?」


「そ、それは……」


 極論どころか、暴論といってもいい大河の論法。
 しかし、ベリオは咄嗟に反論できなかった。


「神は穢れなき者にしか微笑まない。
 人は微笑む事があるけど、少なくとも俺は神と呼ばれる幻が誰かを救った所なんか見たことない。
 信仰による救いは、結局ヒトが成すものだ」


「………」


「一度罪を犯し神に背けば、懺悔の機会すら与えられない。
 俺の見てきた連中は、神に祈り続けて結局救われなかった。

 蛇にそそのかされて罪を犯して以来、神は人間を楽園から追放して放置した。
 高尚な言葉も、神聖な奇跡も、全ては自分を崇めさせるためのものでしかない。
 あのクソッタレは、自分の思い通りに動く存在しか認めない」


「神は……救いをくださいます。
 あなたが見てきた人達も、何時かは…」


「何時かは、ないよ。
 殆どが死んだ。

 神を信じ、地道に働いて、素朴な生活に満足していたあの連中も、別の神を信じる教徒に薙ぎ払われた。
 それでも、何時かは救いの手が下されると信じて祈り続けてたもんさ。
 ……残ったのは死体の山ぐらいだ。

 祈りは奇跡を産み出さない。

 馬鹿馬鹿しい話だ……何時かは神が、なんて話はアテにするな。
 いつ来るとも知れない救いの話より、目の前の敵を撃退する方法でも考えろ。

 それとも、来世のためなら今の絶望を諦めろとでも?
 馬鹿な、例え生まれ変わりといえども別人は別人だ。

 一部の高潔な人間の為に、その他大勢は犠牲になれとでも?
 だったらあいつ等は、何のために生まれてきたってんだ!
 自分を偉大な神と嘯いておきながら、やってる事は選民思想に取り付かれた独裁者と同じじゃねーか!」


 はっきりとわかる怒りを示す大河を前にして、ベリオは動けなかった。
 初めて彼を見た時に放っていた、未亜を傷つけられそうになってゴーレムを粉砕したあの時と同じ怒り。


見守るだけならさっさと消えろ、覗き屋と変らない。
 殺傷を禁ずるならまず自分を省みろ、天罰を気取って私憤を晴らす貴様を。
 貶めるのを禁ずるなら、試練を気取って命を苦界へ放り出した貴様は何だ。
 争うのは人間でもこの世界の理を作り出したのは神だろう、命を奪って生きなきゃならないこの世界を作り出したのは。
 自分のための楽園を創り出して閉じこもり、外界を見捨てておいて何を偉そうに…。

 だから俺達は神をアテにしない。
 神の思い通りに動かない代わりに、神には何も期待しない。
 人間、いや生きている者達を救う事も、死んだ者達の冥福も、楽園に呼び戻す事も。

 俺達を作り出したのは神でも、今生きて自分の意思を持って動いてる。
 いつまで加護をうけなきゃいけない赤子のままでいるつもりだ。
 それとも神の意思一つでなんでもやる操り人形にでもなる気か。

 いい加減自立しやがれってんだ…」


 自分が信じる神を汚された。
 反論できず、俯いていたベリオの体が震えだした。


「あなたに……
 あなたに何がわかるというんです!」


 この世界に来て、初めてベリオは激発した。
 今まで自分の奥底に封じ込めて、あるいは気付いてすらいなかった心が浮き上がってくる。
 勝手に口から飛び出してくる知らない自分に脅えながらも、ベリオは止まれない。


「だったら私はどうすればいいんですか!?

 自分の生活が、どれだけ罪深い行為で作り出されていたかも知らず、安穏としていた私は!
 全てを放り出して逃げ出して、やっと贖罪の機会が訪れたというのに、それすら否定するのですか!?

 穢れなき物にしか微笑まない!?
 懺悔の機会すら与えられない!?
 じゃあどうやってこの罪を洗い流せというんです!
 もう私には、神以外には縋るものなんか、一つだって残っていないのに!


「んな事俺が聞きたいわ!
 イエス・キリストじゃあるまいし、罪を帳消しにする方法なんて知らねーよ!
 死んじまったあの人達に、何をどうすりゃ償えるってんだ!?

 それでもやるしかないんだろ!
 罪人だろうが悪魔だろうが、神の意思なんざ関係なしに、これでいいと思った事をやるしかないんだよ!」


「そんなの、単なる誤魔化しです!
 ありきたりの言葉で開き直っているだけです!
 単に自棄を起こして居直ってるだけじゃないですか!」


「わかってるさ!
 でも俺達にはこれしかない!
 ありきたりでも陳腐でも、俺が選んで、他の道は全て叩き壊した!
 だからこれだけは絶対に折れない!
 折れたって何も変らない、やる事はいつだって同じだ!
 どれだけ否定されても、心を折られても、これだけは見失わない!
 見失う事も、忘れる事もできないんだよ!


 肩で息をして、お互いを睨みつける。
 言いたい事は山のようにあるというのに、舌に乗せようとすると途端に絡まりあう。
 それがもどかしくて、睨みつける目に一層力が篭った。
 頭突き一つで心のうちを伝えられたらどれほど楽だろう、とベリオは思った。

 未亜はその横で、口を挟むことなど出来ずに気圧されしたままだ。

 2分は睨み合っただろうか、大河が息をついた。


「……悪い、もうちょっと言葉を選ぶべきだった。
 つい要らん事まで思い出して……」


「……そう…ですね…。
 私もついカッとなって……」


 大河に謝られて、ベリオも一端引いた。
 我知らず頭に血が上り、理性的な判断が出来なくなっていた自分に気がついたからだ。
 だからこそ本音を吐き出した、とも言えるのだが…。

 2人とも一度天井を見上げ、椅子に座り込んで大きく息を吐いてクールダウンを図る。
 その隣で、未亜はまたヒートアップするような事があったら、すぐに2人を引き離そうと思っていた。
 しかし、その心配は杞憂だったようだ。

 先ほどとは打って変わって、大河は静かな口調で話す。


「なあ委員長。
 さっきの神に関する云々や、贖罪に関する話は置といてだ。
 現実の問題だけどな」


「…なんでしょう」


「例えば、委員長が救世主になったとする。
 で、今は破滅の軍団と戦闘中だ。
 さて、でっかいモンスターが2体現れた。
 どうする?」


「倒しますよ」


「まあそうだろうな。
 ところが、2体の間にはかなりの距離がある」


「戦力が分散されているなら、むしろ好都合では?」


「うん、ここまでの条件ならな。
 重要なのはここからだ。
 その2匹は、今にも人を踏み潰しそうだ。
 一方は未亜を、もう一方は見ず知らずの他人だ。
 さあどうする?」


 2人が激突せずにその場が治まったので、一安心していた未亜。
 唐突に話を振られて、慌てて参加した。


「え?私?
 え、えっと、私が逃げるかジャスティで応戦を」


「ブブー。
 未亜は腰が抜けてて逃げられません。
 当然応戦も不可能。
 どうする?」


「う、うわー、どうしよう…」


「え、ええっと…それは……」


 ベリオが一瞬逡巡した。
 その途端に、大河は次の展開を言い渡す。


「時間切れ。
 未亜も他人も踏み潰されちゃいました。
 ゲームオーバー……にはならないな。
 まだ戦いは続くんだから」


 意地悪な問題。
 しかし、それは決して仮定の話ではなかった。
 今はまだなくても、いつの日か、救世主候補でなくても、そんな場面はやってくる。
 仮定の話ではなく、未来の話。


「……なら、大河君ならどうするんです?」


 意外に静かな声を出すベリオ。
 大河は即答した。


「未亜を助ける。
 これ、俺の最優先事項」


「…………」


 沈黙するベリオと、喜んでいいのか複雑な表情をした未亜。
 未亜としては、心情的には嬉しいが、条件が条件だけに顔をにやけさせたりするのは不謹慎だと思った。
 しかし頬が勝手に緩むのは止められず、中々笑える表情になっている。


「どうして…そんなに簡単に結論を出せるんです……人の命なんですよ…」


「人の命だからこそ、だ」


 再び即答する大河の表情は、どことなく沈んで見えた。


「俺は未亜が大事だよ。
 それこそ世界と引き換えにしてでも、って思うくらいに。

 アヴァターに来る前、まだ二人きりで生活してなかった頃に……散々悩んだ。
 そりゃ命のやり取りをするような状況じゃなかったけど、人生を賭けてたんだからある意味同じかな」


 大河は顔を上げ、ステンドグラスに目を向けた。
 視線はステンドグラスを見ているが、その焦点は何処とも知れない記憶の野を彷徨っている。


「人生は絶え間なく続く問題集なんだってさ。
 揃って複雑、選択肢は酷薄、不条理なトラップ、おまけに制限時間付。
 進むか退くかの選択肢すらアテにならない。
 一番最悪なのは、夢みたいな解法を待って何一つ選ばない事。
 オロオロしてる間に全部おじゃん。
 一人も救えない。
 一秒躊躇すれば、一つやり方を間違えれば、その分だけ何かが削られる。
 選択肢だったり、食い物だったり、人の命だったりな…。

 ひょっとしたら、どこかに八方丸く納まるような選択肢もあるかもしれない。
 もし見つけられたら、それに全てを賭けるのもいいかもしれない。
 でも、俺はギリギリまでそれを探していられるほど強くない…。
 救世主だって万能じゃない。
 選ばなきゃならんのさ。
 どっかで誰かが鬼にならんきゃいかん。
 平和に見えた俺達の世界だって、実際には一部の人間が肩代わりしてるからそう見えただけだった」


 警官、軍人、傭兵、名も知らない誰かが平和を支えている。
 誰かが変わりに戦を背負っている。
 大河はそれを直に見てきたのだ。

 沈黙するベリオ、自分の知らない兄の姿にショックを受けている未亜。
 大河は溜息をついた。


「だから、な。
 一生……いや、10生分くらいは悩みまくったつもりだよ。
 それでもまだ足りないけどな…。
 それで出した結論が、未亜。

 あらかじめ優先順位を決めておくんだ。
 少なくとも、それで両方見殺しって事は避けられる……事もある。
 何よりも大切な一つのために、二度と戻らない一つのために、いざとなったら全てを裏切る下衆に成り果てた。
 そんな俺が大事にする命っていったら……一つしかないだろ?」


 ベリオは背筋を戦慄が走りぬけるのを感じた。
 ベリオは大河をお調子者で女好き、トラブルメーカーだと思っていた。
 今もそれは変らない。
 しかし、目の前の人間はそれと共に、底知れない狂愛も含んでいる。
 たった一人のために、世界を滅ぼすのも辞さないような愛。


「別に救世主になろうと思っちゃいない。
 まあ、なれるものならなってもいいけどな。

 さっきも言ったが、救世主は万能じゃない。
 死者を蘇らせる事なんざ出来ないし、破滅を追っ払うだけで、消し去れるわけでもない。
 万民を救えるわけじゃない。

 だったら、どうしようもない状況に陥った時には、少しは自分の為に動いたっていいんじゃないか?
 何かすごい事をやったりした時に、誰かに褒めてもらいたいって思ってもおかしくないし、見ず知らずの他人と育ての親や親友とかを天秤にかけたら後者に傾くのは当たり前だろ。
 命の価値が平等なら、他人を助けるのも親友を助けるのも同じ事…。
 それが一人と複数だったとしても、ならば自分が嬉しいように動くさ」


 悪平等ってやつだな、と付け加える大河。

 奇妙な暴論。
 そうとしか言い表せない、破綻した論理だ。
 論理は論理でも、狂人の論理。

 平和ボケした人間が吐けば、それはただの薄っぺらい捻くれまくった屁理屈でしかない。
 しかし、大河はそれを身に刻む程の経験をしてきたのだ。


 ベリオの知らない世界で・未亜の知らない時間の中で・朽ちていく砂漠の世界・踏みしめてきた屍の道・復興していく街の下に眠る死者の遺志・集積し消費されていくエネルギー・ゆっくりと冷えていく世界。

 かつて垣間見たそれを、大河は再び見つめていた。


「さて、いい加減話が長くなっちまったな。
 もともと言いたかった事もなんだったか忘れちまったし…。

 そろそろ闘技場に行かなきゃ、遅刻になるんじゃないか?」


 授業開始時刻までに、まだ少しだけ余裕がある。
 慌てて走って行き、能力測定試験本番で疲れていては話にならないので、ゆっくり歩いて行く事にした。


「ふうん、じゃあお昼寝の為に図書館に行ったんだ」

「保健室の場所が分からなかったしな。
 それに、もし誰かが怪我をして保健室の世話になってたりしたら邪魔になっちまうし」


 大河にしては殊勝な心がけだ。
 元の世界で、気が乗らない時には授業をサボって保健室に入り浸っていた人間の台詞とはとても思えない。

 ベリオとしては、図書館であろうと保健室であろうと、人に迷惑がかからなかっただけで上々である。
 しかし、ふと気がついて顔を上げた。


「大河君、図書館には誰もいなかったのですか?
 いつもお昼休みには、リリィが勉強している筈なのですが」


 ひょっとしてまだ眠っているのか、と考える。
 確かに午前中の騒ぎは気力を大胆に削ぎとっただろうが、いい加減起きていてもいい筈である。
 それとも、起きたのはいいが勉強する気にならなかったのであろうか。
 彼女に限って、『気が乗らない』などという理由で勉強をしないとは思えないのだけれど。


「ああ、確か奥の机で赤い髪の女の子がカリカリやってたな。
 俺も眠かったし、放っておいたけどな」

「そうですか……。
 懸命な判断ですね。
 あれだけの事をしたのですから、きっと怒っているはず…。
 もし顔を合わせるような事があれば…」


 再び大騒動が巻き起こるかもしれない。

 想像したベリオは、反射的に体を震わせた。
 ついでに、これから2人が顔を合わせる事を思い出して暗雲とした気分になった。


「でも、何も言ってこなかったぞ」

「はい?」

「だから、リリィは俺に何も言ってこなかった。
 遠距離からだけど、アイツも俺を認識したぞ。
 眠る前にトイレに行こうとしてたから、委員長と未亜は背負ってなかったけど」

「何も…言ってこなかった…?」

「ああ。
 こっちをチラッと見て、そのまま本に没頭していったぞ」


 ベリオは不思議に思った。

 リリィの性格からして、『無視』という態度は極めて考えにくい。
 良くも悪くも直情的な性格なので、敵対するならば単純に敵意を、味方ならば段階的ではあるが好意や信頼、そしてライバルと思ったらストレートに仕掛ける。
 基本的に、気になる物から意識を逸らす、という事が苦手なのである。

 そんなリリィが、大河を無視できるはずが無い。
 特に大河は、その軽いというかアホな言動を除けば強力すぎるほど強力な救世主候補生である。
 目下、リリィの最大のライバルと言っていい。
 午前中に突っかかっていったのも、半分くらいはそれが理由である。

 そんな彼女が、何故?
 疑問を抱いたまま、ベリオたちは闘技場に到着した。


「こうしてみると…やっぱり広いんだね……」


 未亜が感心した声を出す。
 目の前に広がるだたっ広い闘技場は、母校のグラウンドが2つ3つ入りそうな大きさだ。
 にも関わらず、ここで戦っていた時の未亜は、大して息切れもせずに闘技場を一周したりした。
 召喚器の身体強化能力は、それほど強力ということである。

 昨日の戦闘で大河が作り出したクレーターは、既に埋め戻されている。
 時々風が吹いて、砂埃が舞い上がる以外には何も無い。
 闘技場の奥には、結界を張られたゲートがあった。
 まだ故障は直っていないらしい。

 未亜は古代ローマに来たような錯覚を覚える。
 自分が打ち抜いたスライムやゴーレムを思い出し、その血が……流れているのなら、だが……この闘技場に染み込んでいると思うと、身震いする思いだ。

 闘技場を眺めるのにも飽きた頃、ようやく救世主クラス全員が揃った。
 授業開始寸前になって、ようやくリリィがやってきたのである。


「……遅れました」


 リリィはダリアに一言呟き、そのまま踵を反してリコの隣まで歩いていった。
 ちなみに並び順は、左から弧を描くように大河・未亜・ベリオ・リコ・リリィ。
 大河と真反対の位置である。

 それを見て、ベリオはようやく疑問が氷解した。
 リリィは大河を無視していたのではなく、単に警戒していたのだ。
 また何か仕掛ければ、今度は何が出てくるか検討もつかない。
 というか、考えたくもない。


(よかった……人の話を聞かないリリィでも、ちゃんと自制心とか学習能力とかあったんですね。
 最悪の場合、後ろからホーリースプラッシュとかぶつけなきゃいけないんじゃないかと戦々恐々してたんですが)


 何気に酷い事を考えている。
 何にせよ、当面は無闇にちょっかいを出す事はないだろう。
 そう思うと、肩の荷が一つ下りたかのような気分になるベリオだった。
 実際には、争いが水面下に移行しただけかもしれないが、小康状態だと思えば悪くない。
 それに多少の揉め事は許容するべきであろう。
 ……多少で済むのかは疑問であるが。


「みんな揃ったわねぇ?
 それじゃ、第3回、救世主クラス能力測定試験を始めるわよぉ〜」


 わーぱちぱちぱち


 気の抜けたダリアの声に合わせて、同じく気の抜けた大河の拍手と声援が響く。
 体を動かすのは好きな大河だが、試験というだけでやる気が随分殺がれるようだ。


 ベリオはダリアを見てため息をついている。
 未亜は少々戸惑いながら、ベリオに囁いた。


「あの…ダリア先生って、授業でもこうなの?
 てっきり、授業中くらいはもうちょっと、こう……真面目になるんじゃないかって期待してたんだけど」

「……儚い期待でしたね」

「うん、まったく……」


 今までダリアだけでも持て余し気味だったというのに、さらに大河が現れた。
 おまけに彼は、救世主クラスの爆弾娘を超える爆弾野郎だった。

 考えただけで胃が痛くなってくるベリオである。
 唯一の救いは、大河に対する抑止力の未亜がいることだろうか。
 しかし、それもどこまで効果があるか……。

 2人はそろって溜息をついた。
 ついでに言うと、リリィもダリアの胸を見て、心中溜息をついているのだがそれは関係ない。


「そうそう、試験を始める前に、大河君に伝言があったのよ〜」

「伝言?」


 ダリアはどこからともなく手紙を取り出した。
 手紙には、学園長の判子が押されている。
 つまり、ミュリエル・シアフィールド学園長からの直接の手紙ということだ。
 大河は渡された手紙に目を通すと、ゆっくり朗読し始めた。


『午前中の爆弾騒ぎは、今回は不問とします。』

「なっ!?」


 てっきり大河への処罰が書いてあると思っていたリリィは、動揺して思わず声を上げた。
 大河が出鱈目を読んでいるのかと思ってダリアを見ると、肩をすくめるだけで何も言わない。


『本来なら厳罰に処しますが、アヴァターに来たばかりでこちらの常識が身についておらず、また召喚器をみだりに召喚してはならない、という規則を教えていなかったのはこちらの落ち度です。
 本来ならば、昨日ダウニー先生に一通りの規則を教えさせておくべきでしたが、何故かダウニー先生はそれを放棄しました。
 また、目撃者の証言から、リリィ・シアフィールドが『召喚器を見せろ』と迫っていたという事実も確認が取れました』


「そっ、それはそうだけど、あんな爆弾を出すヤツがいる!?
 常識以前の問題でしょうが!」


 ごもっとも。
 しかしそれを聞くべきミュリエル学園長はここにはいない。
 大河は構わず続けた。


『何よりも、爆弾を爆発させたのはダウニー先生の攻撃魔法です。
 彼が対処法を間違えていなければ、誰一人として被害は出ませんでした。
 以上の根拠を持って、当真大河を不問に処します。
 なお、ダウニー先生は無用な被害を出したので減給です。
                      ミュリエル・シアフィールド』

 …………だそうだ」


「お、お義母様…」


 唖然とした表情でリリィが立ちすくむ。
 それはそうだろう。
 どう考えても、あの騒ぎの最大の原因は大河にある。
 リリィには、ミュリエルの対処はエコ贔屓以外の何者にも写らないだろう。

 リリィ以外にも、予想外の展開に目を丸くしている未亜とベリオ。
 リコは何を考えているのかわからない。
 ダリアは……ミュリエルがこの決断を下した理由を知っているので、苦笑するしかなかった。

 頭を掻いた大河は、独り言のようにポツリと呟いた。


「予防線を張っておいてよかった……」

「!?
 ちょっとアンタ、それどういう意味!?
 吐け!
 吐きなさい!
 お義母様に何をしたの!?」


 胸倉を掴んで、リリィが大河を振り回す。
 彼女の脳裏には、安っぽい陵辱18禁ゲームみたいな発想が走り回っている。


「おおおおち、おちつけって!
 イテッ、舌噛んだ……。
 昨日救世主クラスに入る時の手続きで、ちょっと細工をしただけだっての!」


「手続き!?
 つまり詐欺ね!
 さっさと当局に出頭しなさいこの犯罪者!」


「違う!
 ちゃんと学園長も目を通して交渉した!」


「アンタ一体何しやがったぁーーー!?」


 救世主クラスに限らず、学園に入学するには契約をしなければならない。
 簡単な保険から、在学生として扱われるためのデータ作りまで、この契約を元にして作られている。
 リリィも契約をした覚えがある。
 最も、当時は救世主クラス以外の進路なぞ考えてもいなかったし、それ以前に理解できない言葉が多すぎて殆どを読み飛ばしてしまったが、世間一般では契約なんてそんなモンである………後で泣きを見るが。


「救世主クラスに入る条件として、まぁ、ちょっと………な」


 ニヤリと邪悪な笑みを見せる大河。
 手を離して思わず引いてしまうリリィを余所に、大河は手紙を懐にしまった。


 その頃の学園長室。


「ふ、ふふふふ……やってくれるわね大河君…。
 まさか初日からとは………この条件をつけてこの騒動…私への宣戦布告と受け取ってもいいのかしらね?」


 大河との契約書を見て、なんかミュリエル学園長は燃えていた。
 ……大河はどんな条件を追加したんだろうか?


「試合は実戦を想定してやるからぁ、あなた達も本気で戦うこと。 い〜い?」

「はい」

「言われなくても…」

「………」

「うう、緊張する……」


 言わずもがなの3人と、初めてのテストで緊張している未亜。
 しかし、問題は残りのバカである。


「……実戦………本気で、だな?」


 何を考えたのか、大河は虚空に視線を投げてブツブツ言っている。
 正直言って、ちょっと怖い。


「…………(ニタァ)


((( !? )))


 ちなみに内訳は、ベリオ、未亜、リリィ。

 大河の顔が、不敵かつ不気味に歪む。
 一体何を企んでいるのか。

 しかし、救いの神は舞い降りた……むしろ舞い堕ちたのかもしれないが。


「ああん、大河君。
 残念ながら、今回は横槍やおちゃらけはナシの方向でね〜。
 それはそれでとっても楽しそうなんだけどぉ〜、席次を決めるのってこのクラスではとっても大事なのよ〜。
 だから、今回は真面目一辺倒でね〜」


((( ダリア先生、一生感謝します! )))


 3人は、普段は昼行灯そのものの乳教師に心底感謝した。
 一生ついていきます、と言わないのがミソ。


「むぅ、面白くない…。
 仕方ない、色々と仕掛けるのは次からにするか」


「わかってくれて嬉しいわ。
 じゃ、恒例のダイスロール行くわよ〜」


 ダリアは懐から10面ダイスを2個取り出した。
 慣れた手つきは熟練を感じさせる。


「何で10面ダイス…?」


「普段からよくお使いになるそうです。
 ギャンブラーダリアZ、ってその筋では結構有名らしいんですよ」


「ファンタジーどころかコミックスだな」


 っつーかZって何だ、Zってのは。

 しかし、席次を決めるのにそんなやり方でいいんだろうか。
 ……いいんだろう、何せダリアが担任になっているくらいだから。

 ダリアが軽くダイスを振った。
 出た目は……8と2。

 これでどうやって組み合わせを決めるのだろうか。


「一組目は……あら? んふふ〜」


 ちらりと大河を見るダリア。
 初っ端から出番か、と大河は内心身構えた。

 隣のベリオは、大河と自分が当たるように祈っている。
 どうやら、昨日から散々溜まった鬱憤を晴らそうとしているらしい。
 図書館でのスマイルショットでは殴り足りなかったようだ。

 リリィは逆に、当たらないようにと願っている。
 どうやら午前中の爆弾騒ぎは、プライドを傷つける以上に警戒心を植えつけたらしい。
 せめて対処法がわかるまで、公私に渉りなるべく相手にしたくない、というのが偽らざる本音だ。
 もっとも、それでもつい突っかかってしまうのが彼女なのだが…。

 未亜は、大河と戦うなど実感が沸かないらしく、不安げな目で見るだけだ。

 リコは何を考えているのかさっぱりわからない。


「一組目は……当真…未亜ちゃ〜ん」

「フェイントかいッ!」

「ふえっ!? 私!?」


 意味もないフェイントに、裏手で突っ込む大河。
 例によって突っ込みを入れた場所は胸だったのだが、誰も気にしなかった。

 未亜は唐突に指名されて戸惑っている。


「もう一人は…リコ、出番よん」

「………ぃ」


 相変わらずの無表情で、蚊が羽ばたくような声で返事をするリコ。
 こちらは動じた様子もなく、闘技場の真ん中まで進み出る。

 無表情に召喚器を呼び出し佇むリコを見て、未亜も慌ててジャスティを呼び出した。
 大河に背中を一つ叩かれて、不安ながらも進み出た。


「それじゃ、準備はいいわね〜?
 始め!」


 未亜とリコが向かい合う。

 2人の戦闘スタイルは基本的に、前線で戦う、動き回って相手を霍乱するタイプではない。
 未亜は前衛に守られて、遠距離から命中率を重視した矢を直撃させて、一体一体を確実に葬るような戦術をとる。
 対してリコは、召喚した魔物を盾に使ったり、自分の指示である程度自律的に動く魔物を呼び出して、自身の死角を補わせるような戦い方。

 戦い慣れしていない未亜は勿論、リコの戦術も、とてもではないが完成しているとは言い難い。
 特に、現在のように一対一で真価を発揮するようなタイプではないのだ。


 故に、まず2人は距離をとった。
 お互いに目を逸らさず、とにかく自分に有利な間合いを確保しようとステップを繰り返す。


「行きます!」


 焦れた未亜が先手を取った。
 ジャスティを構え、狙いもそこそこにすぐさま矢を解き放つ!

 一本だけ放たれた矢は、リコが避けるまでもなく当たりはしなかった。
 しかし、それでも牽制の意味はある。

 念を入れて少しだけ体をずらしていたリコは、体勢を整えるために移動を一瞬止めてしまう。

 ほんの一瞬程度の時間だったが、未亜にはそれで十分だった。
 矢を放つと同時に、すぐに移動した未亜は、自分の間合いを確保する。


(このまま一気に決める!)


 再びジャスティを構えた未亜は、今度は一瞬だけ狙いを定めて…やや接近していたので、射線を直線として計算する…そのまま矢を射る!
 しかし、真っ直ぐに飛んでいった矢は、異形の液体に阻まれた!

 驚愕する未亜をよそに、リコの淡々とした声がする。


「ぽよりん、ご飯です」


 リコが召喚したスライムが、未亜の放ったジャスティの矢を受け止めたのだ。

 命中率を上げるために、リコに接近しすぎた未亜には手痛い反撃だ。
 仕方なくバックステップで距離をとるが、リコはその隙を逃がさなかった。
 リコの頭上に本が現れる。

 リコが召喚した本の形をした魔物から、一直線にレーザー光線が放たれる!
 直線的な下がり方をした未亜は、急に方向を変える事が出来ずに光線の一撃をまともに喰らった!


「きゃっ!」


 幸いな事にレーザーの間合いはそう長くはないらしく、未亜に当たった時には威力の半分以上が減衰していた。
 しかし、不安定な体勢のままで当たってしまい、未亜は尻餅をついて倒れこんだ。

 すぐに起き上がろうとした未亜だが、いつの間にかスライムが迫っている!
 未亜は転がって逃げるよりも先に、咄嗟の判断で零距離からジャスティを乱射した!
 この距離ならどうせ全て当たるのだから、とにかく威力と連射性を重視して打ちまくる。

 スライムはその場で吹き飛ばされて、得体の知れない粘液に変わって飛び散った。

 素早く立ち上がった未亜は、すぐに横っ飛びに移動した。
 それまで倒れていた場所に、リコの上に浮く本から追撃のレーザーが突き刺さる。

 未亜は、今度は弧を描くように走りながら4本の矢を続けて放った。
 最初の一本は牽制、次の2本目はリコを狙ったが避けられた。
 次の一本は本から飛び出た冷気らしきモノに撃墜される。
 しかし未亜の本命は4本目だった!
 冷気を放出し終わって、別のページを出そうと自ら捲れる本のど真ん中に、綺麗に矢が突き刺さる!
 本を貫いた矢は、カバーに描かれている目を見事に射抜いている!

 断末魔の声さえ出さず、本は静かに消え去った。


 一息つく暇もなく、今度はリコが未亜に接近する。
 反射的に未亜が放った矢は、リコがどこからともなく取り出した盾らしきもので防がれた。

 ならば背後から矢を射ようと、召喚器による身体能力強化を存分に発揮して、軽く3メートルは宙を舞う。
 そのままリコの頭上を通り越しざま、頭上から5本の矢を射る!

 しかしリコは走り込む勢いそのままに、矢が降ってくる前に前転で未亜の下を通り抜けた。
 立ち上がったリコは、頭上を指差した後再び本を召喚する。

 空中の未亜は身を捻り、リコに向き合おうとした。
 しかし、それよりも先に鈍い衝撃が未亜の体を打ち上げる!
 予めリコが地面に書いていた召喚陣から、暗い紫色の剣が突き出されたのだ!


「っあ…!」


 唐突な衝撃に息がつまり、体の制御が出来なくなる。

 何とか空中で体勢を整えたが、すでに手遅れだった。
 まだ空中で身動きが取れない未亜に向かって、幾つもの燃える石が落下してくる!
 先ほどリコが頭上を指差したのは、この石の群れを呼び出すためだったのだ。

 それならばと、自分に当たりそうな石だけピックアップして、未亜は不安定な空中から矢を放つ!
 放たれた矢は幾つかの石を吹き飛ばしたが、激突コースに乗っていた石の幾つかは残っている。
 避けられないと判断した未亜は、ジャスティを体の前に構えて衝撃に備えた。


    ガツン!


 鈍く硬質な音がして、未亜は吹き飛ばされた。
 しかしジャスティのお陰か、衝撃自体は強かったものの大した傷はついていない。
 単に大質量の石に激突されて、慣性で大きく吹き飛ばされただけである。

 リコは未亜が自分の背後に回ろうとする事を先読みして、罠を仕掛けてコンボに嵌めたのだ。
 細かい調整をする前に最初から召喚陣の真上を通ってくれたのは、単なる幸運である。


 なんとか無事に着地した未亜は、ジャスティに矢を番えたまま慎重に近づき始めた。
 地面に召喚陣はないか、背後にリコが召喚した魔物が迫っていないか、目をあちこちに配りながらジャスティの射程距離まで近づいていく。
 リコも次の手を探っているのか、胸の前で印を組んだまま動かない。

 ジリジリと接近し、互いの射程距離一歩手前まで近づいた。

 リコが動く!
 ポジションを確保するための補助的な機動から打って変わって、今度は左右に揺れながらも素早い動きで未亜に迫る!
 未亜がリコのリズムに合わせて先読みし、狙いをつけようとした瞬間に、未亜の視界は塞がれた!

 何枚もの紙切れが未亜に張り付き、動きを妨げる!
 まとわりつく紙を叩き落して、一端距離をとろうとする未亜!
 しかし後退するよりも先に、その体を電撃が走りぬけた!
 まとわりついていた紙切れ…いつの間にか消えていた本のページが発電したのだ!


「 !!!!?!?!?!?」


 予想もしなかった電撃に、一瞬頭がスパークした。
 体から力が抜けて、その場にへたり込みそうになる。

 なんとか堪えようとしたが、既に時遅し。
 背後に回りこんだリコが、未亜を手にした本で思いっきり張り飛ばした!

 あまり力は強くないものの、張り飛ばされた未亜の体には全く力が入っていない。
 その打撃力よりも、直前の電撃が残した麻痺のせいで立ち上がれなくなった。


「はいそこまで〜。
 初めてにしてはよく頑張ったわよ未亜ちゃ〜ん。
 ………喋れないのぉ〜ん?」

 ダリアの言葉よりも先に、大河が未亜に駆け寄った。
 幸いな事に、軽い麻痺が残っているだけで怪我はない。
 喋れないのは単に舌がピリピリしたままだからだ。


「あー……何をいいたいのかよくわからんが、よく頑張ったぞ、未亜。
 応援したり回り込めとか色々言ってたんだが……やっぱり聞こえてなかったか」


 電流に顔を引き攣らせながら、未亜はにっこり笑った。


「はぁ〜い、じゃあ怪我もないみたいだし、次に進みましょ〜。
 体の痺れは、その辺で寝転がってれば自然と消えるでしょぉ〜」


 アバウトな話だが、現状ではどうしようもない。
 未亜も大した危機感を覚えているわけでもないし、リコも十分手加減している。
 後遺症が残ったり、死に至ることはないだろう。
 念のためにダリアが一通り診察して、そっと未亜を壁にもたれさせた。


「さ〜て、もう一回振るわよ〜。
 えいっ!
 さぁ、張った張った!」


 再びダイスを投げ、道具がないので手でダイスを隠す。
 余計な事をせずに始めてくれ、と言わんばかりの視線も気にせずに、ダリアは楽しそうに大河を見る。
 案の定乗ってきた。


「半!」

「じゃあ私は丁ね〜。
 丁半出揃いました!
 では、勝負!」


 ダイスを覆っていた手をぱっと除けると、値は2−8。
 ダリアの目がキラリと光る。


「じゃ、私の勝ちね。
 大河君はアヴァターに来たばかりでお金持ってないだろうから、何でも一つ言う事聞いてもらうわよぉ〜。
 な・に・を・させようかな〜」


 目が笑っているダリアに向けて、これまた妙に楽しそうに大河が突っ込む。


「ちょっと待った!
 イカサマだぁ!」


「あら〜ん、バレちゃった〜?」


 ばれるも何も、ダイスの上の手を除ける瞬間にダイスを弾いて、出た目を変えていた……しかも堂々と。
 どうやら、勝ち負けよりも突っ込みが欲しかったらしい。
 そのままケラケラ笑う二人。


 ガスッ!


 何かが大地に突き立てられるような音がして、大河とダリアは反射的に口をつぐんだ。
 恐れるでもなくそちらを向くと、ベリオがオーラを背負って立っている。
 むしろ殴羅って漢字かもしれない。

 ユーフォニアが10センチくらい地面に突き立てられ、なにやら宝玉を光らせていた。


「あ・そ・ん・で・な・い・で早く始めてください!
 私はさっきから憂さを晴らしたくて……もとい体を動かしたくてウズウズしてるんです!」


 何気に危険な本音が混じっていたが、ベリオは大真面目である。

 しかし、大河はプレッシャーをあっさり受け流した。
 ダリアについては、いつものペースとしか言いようがない。
 要するに、暖簾に腕押し柳に風って事だ。


「あら〜。
 だったら丁度いいわね〜。
 次は当真大河君と、ベリオ・トロープよん」


 待ち望んでいた組み合わせに……実際は法的根拠の元に大河を殴れればそれでよかったのだが、とにかくベリオは握り拳で気合を入れた。
 あまつさえ、ユーフォニアを振り回して素振りなんぞやっている。
 そんな使い方をしたら杖の先端部分についている石とかが割れそうだけど、いいのかベリオ。


「うわぁ、やる気満々だ…。
 何でだろ……。

 しかし、あそこまで張り切られると俺も真面目に戦わなきゃなぁ…。
 とはいえ面倒くさい……ダリアせんせ〜、何か特典とか無いんですか〜?
 席次決めたって、何か得するって話も聞いてないんですけど」


 ベリオがやる気満々なのは、彼の自業自得というものだが、その自覚があって言っているのかはわからない。
 あからさまに嫌そうな顔をする大河を見て、ダリアは意外だと言わんばかりの顔を見せた。


「あら、大河君は救世主クラスの伝統を聞いてないの?」


「伝統?
 つーと、後輩にロザリオを渡して面倒を見るとか、はたまた新入部員にパシリやらせたり頭を丸めさせたりするような…」


「そんな具体的なものじゃないわ〜。
 それはね………負けた者は勝った者に、一日指導を受けなきゃいけないのよ〜」


「それの何処が特典?
 むしろ指導をするだけ面倒事が増えるんじゃないのか?」


 気のない返事にダリアはニヤリと笑う。


「あ・ま〜い。
 なんと、指導を受ける側は拒否権全くナシ!
 命に関わるような事なら別だけど、それはもうあんな事やこんな事も」


「やりたい放題となッ!?」


「そのとーりー!
 救世主クラスに男の子が入るのが大変な事だって理由、少しはわかった〜?」


 一瞬でダリアの目前に詰め寄って、鼻息荒く血走った目で絶叫する大河。
 何を考えているのか、一目で……むしろ見なくてもわかる。
 あまつさえ、ダリアは大河の耳に口を寄せて囁いた。


「これはヒミツだけどね?
 今までの救世主候補生の中で……今のメンバーじゃそんな事はないけど、女の子同士の関係も結構多かったらしいのよ?」


「な、な、な、ナンデストー!」


 脳裏にあられもない美女(想像)達の乱れ舞を思い浮かべ、先ほどの面倒くさそうな顔は何処へやら。
 やる気は120%、犯る気が500%くらいに跳ね上がる。

 ……一応言っておくが、ダリアの言葉は出任せである。
 救世主クラスの案自体は学園創立当時からあったが、前回の破滅…約百年前以来、始動したのは今回が初めてである。
 破滅の発生する周期は、最短で100年、長くて1000年とされている。
 破滅の起こる時期まで100年以上あるような時期に、救世主候補生を呼び寄せても意味がない。
 破滅が起こると推測される時期から、10年から15年程余裕を持って救世主候補を召喚しはじめる。
 今まで救世主クラスが生徒を持っていた時期は、前回の100年前の破滅が起きた時期と、その前の500年前だけ。
 『救世主クラスの伝統』と言っても、クラス歴史自体が途切れ途切れなのである。
 記録だって公文書以上の事は殆ど消失している。
 そんな状態で、唯でさえ記録に残さないような秘め事の記録なんぞあるわけがない。

 しかし、欲望に燃えるバカはそんな事には気付かなかった。
 多分気付いても全く気にしない。


「よっしゃよっしゃ、そういう事ならガンガン行くぜ!
 燃えてきたぁーーーっ!」


 一歩間違えれば強姦そのものだが、今の大河には通じない。
 まあ、元々和姦が好きな男なので、そうそう無茶はしない……と思う。

 ベリオはお構いなしに、ユーフォニアを振り続けていた。
 スイングに没頭するあまり、ダリアと大河の会話にも気付いていないらしい。


「………最低」

「……………」

ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ


 聞いていたのは、冷え切った目をしたリリィと、何を考えているのか検討もつかないリコ、そして痺れを吹っ飛ばして大河を張り飛ばそうとする未亜だけだった。


 ヒートアップするバカと、私怨に走る委員長。
 対照的な2人だが、とにかく士気は高かった。


「始めっ「セイヤァッ!」


 ダリアの声が終わるのを待ちもせず、いきなりベリオが突っ込んだ!
 肩にかけたユーフォニアを両手で握り締め、僧侶にあるまじき気合と共に問答無用のフルスイング!
 よっぽど大河を殴りたかったらしい。


「うおおっ!?」


 体を低くして辛うじて避けた大河は、今度は自分からタックル気味に突っ込んだ!
 しかし頭に血が上っているとはいえベリオも然る者、体をずらして大河の脇をすり抜ける!
 お互い3歩分の距離を通過し、強引に足を止める!

 大河がいつの間にか呼び出したトレイターで斬りかかった!
 ベリオが振り返ると同時に、その鼻先を剣が掠める!
 慌ててユーフォニアを振るって牽制し、大河の追撃が緩んだ瞬間に飛び上がった!

 接近戦が自分にとっては命取りだとようやく思い出し、空中を滑って距離をとった。
 追撃防止に、レーザーを放つのも忘れない。

 しかし大河はレーザーの軌道を予測して、そのすぐ横を通ってベリオに迫る!
 苛立ちに任せて迂闊に間合いに踏み込んだ自分を罵りながら、ベリオはすぐさま力を練り上げる!


「ホーリーウォール!」


 ユーフォニアを掲げた先に、白く輝く斥力の壁が現れる!
 勢い止まらず激突した大河は、微力ながら放射される力に押されて弾き返された!

 すぐさま体勢を整えて、再び大河は壁に迫る!
 大河の意思に応えて、トレイターが赤い棒に姿を変えた!


「うおりゃぁ!」

「ええいっ!」


 ホーリーウォールの80センチ手前まで来た大河は、トレイターを地面に突き立て、足場にして高く跳び上がった!
 ベリオが盾にしていたホーリーウォールを飛び越え、ベリオを視界に納めるとすぐさまトレイターを叩きつける!

 大河がホーリーウォールの脇を通って接近してくると考え、殴り飛ばそうと左から右にユーフォニアを振り切ったベリオは動けない!
 咄嗟に身を投げ出してトレイターの直撃は避けたが、左手を強かに叩かれた!

 大河が着地して慣性を殺す瞬間を見計らって、ベリオが足払いをかける!
 しかし回避され、ベリオは転がってホーリーウォールを通り抜けた!
 その直後、ホーリーウォールに大河の攻撃がぶつかる音が響く!
 術者と仲間は素通りさせるホーリーウォールの性質を利用して、ベリオは大河の攻撃を避けきった。


「シルフィス!」


 立ち上がったベリオは、手を振って力を放出し、リングを作り出す!
 フリスビーのように投げられたそれは、カーブを描きながらホーリーウォールの横を通って大河に襲い掛かる!


「ぐっ!?」


 死角から奇襲を受けた大河は肩に強い衝撃を受けたが、強引に無視してホーリーウォールを睨み付けた!
 その一瞬後、白く輝く壁の中心からユーフォニアが突き出される!
 体をずらして避けた大河は、左手でユーフォニアを握り締めた!

 そのまま術を使う時間を与えずに、思い切り引っ張る!


「きゃあ!」


 ユーフォニアにつられて、ベリオが体勢を崩したまま引きずり出された!
 チャンスを逃さず、大河は再びトレイターの形を変えた!


「ぃよいっ…しょぉっ!」


 重厚な戦斧に姿を変えたトレイターは、重力に従って振り下ろされる!


 ズガァン


 たった一撃で大地を砕き、粉塵と岩を巻き上げた!
 バランスを崩した体を支えようと咄嗟に足を出していたベリオは、足場を砕かれて倒れこむ!
 幾つもの小石に体を打ち据えられながら必死でバランスを取り戻そうとしたベリオだが、一計を案じてそのまま地に伏せた。

 粉塵はまだ止んでいない。
 今のうちに、とベリオはユーフォニアを空に向ける!

 が、その瞬間ユーフォニアはベリオの手から弾き飛ばされた!
 大河の一撃が直撃したのだ!

 ベリオが回避する暇も与えず、大河は剣を突きつけた。


「ゲームセットだな、委員長」


 大河は背後にホーリーウォールを背負いながら宣言した。
 余裕を感じさせる口調だったが、ベリオはニコリと笑って言い返す。


「ええ。
 あなたの負けです。
 ホーリースプラッシュ!

「!」


 頭上を仰いだ大河の目に、 極大のエネルギー玉が写る!
 落下してくるホーリースプラッシュは、大河の背後のホーリーウォールを使って大河の逃げ道を塞いでいた!
 ホーリースプラッシュの軌道を制御しながら、ベリオは弾き飛ばされたユーフォニアの元に向かう!

 背後はホーリーウォールで逃げ道を塞がれ、左右に逃げてもベリオのコントロールにより追いつかれる。
 かと言って前に進んでも、自由落下するホーリースプラッシュの下敷きになる。
 勝利目前から、大河は一気に敗北寸前に叩き落された。

 これで詰みかと思われたが、大河は予測の上を行った!


「あ・まーいっ!」


 その場で垂直に飛び上がり、なんとホーリーウォールの縁に足を乗せる!
 一瞬だけ貯めを作って、全身で跳ね上がった!
 斥力を利用して、跳躍の勢いをさらに上げる!
 ホーリーウォールを足場にして、三角跳びをやってのけたのだ!

 ホーリースプラッシュと同じ高さまで跳び上がった大河!
 間髪いれずに切味最優先で剣を振り切り、ホーリースプラッシュを真っ二つにしてのけた!
 大爆発を起こすホーリースプラッシュ!

 爆風をまともに浴びて顔を庇ったベリオは、目を開けるとすぐに天を仰いだ!
 しかし、大河は既にベリオの背後に着地していた!


    キィン!

 再び叩き落されるユーフォニア!
 ベリオが振り返ろうとした時には、トレイターが首筋に当てられていた。


「詰めが甘いよ委員長。
 今度こそゲームセットだ。
 OK?」


「……そんな…」


 戦況は再び一転して、今度こそ詰み。
 召喚器は手から叩き落され、指一本でも動けばすぐさまトドメを刺される状況。
 反撃の手段がない事に唖然として、ベリオは降伏の意を示した。


追記

 保健室に横たわるアフロミイラの戯言。

「げ、減給………この私が減給…………。
 くっ、おのれ当真大河ッ……!」



ベリオがちょっと違った方向に鍛えられていく昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか。

今回はマジで難産でした。
ベリオと大河の礼拝堂イベントを書こうとしたら、まぁ大河が暴走する暴走する爆走する。
書こうとしていた事とは40度くらい違った方向に議論が突き進み、本来言わせる予定だった台詞は大河もベリオも半分も出せませんでした。
感情を剥き出しにているキャラがぶつかり合う場面は、本当に難しいと思い知りました。
おちゃらけも入れられなかったし。

珍しく大河君がキレてますが、、彼とて幾多の世界を渡り歩いた猛者でもあります。
根っ子がお気楽で、表面上もお調子者に見えても、彼はあのような冷え切り捩くれた、絶対者を嫌う一面を持っています。
触れられたくない思い出や傷跡だってあるんです。
荒廃した世界程、宗教は食料に次いで戦争を起こす主な原因とも言えますから、その総元締めにはよい感情を抱いていないのです。

ベリオが言った、『あなたに何がわかるというんです!』という言葉。
人によって、そして心構えによって、この言葉は千差万別の重さを有します。
陳腐な台詞ながら、これほどに背負った物の重さが表される言葉もないかもしれませんね。


戦闘シーンを書くのはまだ軽い方です…だからって簡単なわけじゃないですが。
頭の中にある程度戦闘の流れは思い浮かんでいるので、互いの戦力比を調整しつつ書いています。
結構長く書いているつもりでも、意外と短くなってしまうのが難所ですが……。
そもそもいくら戦闘がリアルに想像できても、正確に伝えられる文才がなければ…(泣)。

問題は新鮮な戦い方をどれほど提供できるかという事ですが…幾つかはネタのストックがあります。
そっちはもう暫くネタ切れはしない……と思いたいッス。
ただ、致命的な問題が一つ。

技の名前がわかりません!
耳の出来がよろしくないので、何と言っているのか聞き取れないのです!
そして漢字もわかりません!
誰か教えてくださーい!!!


そんではレス返しです。


1.>ユン様
 ハーレムルート楽しみですねぇ。
 あと一ヶ月もなくなりましたから、後は発売が延期されないのを祈るばかりです。
 いい気味だったダウニー君は、今回追い討ちを受けました(笑)

 むう、私は学ラブコメだったのか…。
 知らなかった……今後の参考になりそうです(笑)
 ユンケルでも飲んで頑張ってください!


2.>皇 翠輝様
 不死身の方は元からで、再生力が報酬だったんですかね(笑)
 バイトする前は、車に轢かれても死なないだけで入院とかしてたんです。


3.>干将・莫耶様
 定番どおり、ベリオが負けてしまいました。
 いっそ未亜VS大河をやろうかとも思いましたけど、もう暫くは原作に沿って話を進めるつもりです。
 具体的に言うと、召喚の塔が爆破されるちょっと前くらいまでかな?

 爆弾出すこともない………ダ、ダイナマイトのほうが良かったでしょーか?


4.>なまけもの様
 セルの見せ場が当分先なので、こうでもしないと時守が存在を忘れそうなのです(汗)

 この二次創作のテーマは元々、『世界を巻き込む大河君』だったので、始終彼のペースで事が運びます。
 ある意味主人公最強モノなのです。

 あのリコの姿を見て、どうして人気が出ないんだぁ〜っと叫んだ事がありました。
 実際、ハートブレイクショットを食らったみたいに一瞬意識が飛びましたから(笑)
 萌えは男だけの特権ではありません!
 男女老幼オカマにオナベ、フタナリに無性まですべからく許された原初の業なのです!

>固有結界『無限の胃袋』!?
 むしろ固有結界『右脇腹の浪漫回路』かもしれません。
 きっと素晴らしい稼動力を見せてくれるでしょう。


5.>k2様
早いところナナシを登場させてやりたいのですが、この時点でいきなり地下に入り込ませるのも…。
しかし改めて思うのですが、ベリオはナナシの何に怯えたのでしょう?
体温が冷たいだけで、どーって事ないと思うのですが…。

破滅と戦うのであろーが神と戦うのであろーが、誰だって爆弾は怖いのです。
特に日常生活にいきなりテロ同然の行為が登場したら…さすがに誰だってパニクるでしょう(笑)

精神年齢は高くても、レベルが同じだからどーしよーもないですな(笑)


6.>ななし様
はじめまして、ななしさん。
あちゃー、やっぱあの書き方はどっかで出てましたか…。
アフロにしてしまった時にふと思い立ち、一応描写してみたはいいものの、どっかで見たような気がして気になってたんです…。
2,3年前にガンパレかエヴァのSSを漁っていた時に、偶然目にしたヤツだと思うのですが…どなた様のでしょうか?
これって無断借用…パクリになるのかなぁ…。
謝りに行ったほうがいいですよね…。
しかし何処のサイトに…アフロでググれば出て来るかな?


7.>沙耶様
5杯も食べられれば十分ですがな(笑)
あれはーティー用の大皿ですよ?


8.>カシス様
最初はDSの二次創作をあんまり見かけないので、宣伝になるかな〜と思ってたんですが。
それに他の所で濡場を書いていい所って知らないんですよ、私。

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