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「幻想砕きの剣 1-3(DUEL SAVIOR)」

時守 暦 (2005-06-23 22:32/2005-06-23 22:34)
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幻想砕きの剣 第一章終節

       屋根裏の浪漫・大河のヒミツ・おやすみ


「うぇほっ!げほっげほっ!」


 扉を開けると、それだけで積もりに積もった埃が舞い上がる。
 何年放っておかれたのか、知りたくもない。
 セルなどは、口に入った得体の知れない塊を必死で吐き出そうとしていた。

 何とか目を開けて、埃の向こうを覗き見る。


「…………」

「あ、あのぉ……大河君、気に入ってくれました…か?」


 いつになく卑屈な態度で、作り笑いなどしながらベリオが聞いてくる。
 男女七歳にして同衾せず、とは言い放ったものの、やはり大河の部屋の問題を忘れていたのはベリオである。
 こんな狭い屋根裏部屋に押し込んでおいて、多少は良心の呵責を感じているらしい。


 聞かれた大河はというと、無表情で部屋を眺めている。
 頭の上に埃が山を作っているのが哀愁をそそった。

 しかし、事態はベリオの予想の斜め上を行く。


「……委員長」

「ひ、ひゃい!?」


 抑揚のない声に、いざとなったら未亜を盾にするかそのまま逃げようと思いたつ。
 くるっと大河が向きを変え、片手を握って突き出した。


(逃げます! 逃げるんなら今しかありません!)


 今正に全力で走り出そうとした瞬間に、大河の親指が天を指し、一言。


「ベリーナイス!」

「はい!?」


 明らかに機嫌を損ねていた大河から逃げ出そうとしていたベリオは、予想外の展開に戸惑った。
 駆け出そうとしていた足が急停止して、ベクトルを支えきれずに足がもつれる。


  ドッタ〜ン!


「……何やってんの委員長」

「い、いえ何でも……ぺっぺっ…なんでしょうこの塊…。
 そ、それよりも本当に気に入られたんですか!?」

「おーよ!
 昔は憧れてたんだよなぁ、どんでん返しとか、隠し通路とか、屋根裏部屋とかな!
 隠し部屋なら文句のつけようもないんだけど、これはこれでまた良しッ!
 なに、女の子達の近くで寝泊りできないのが残念だけど、これなら差し引きゼロってトコだ!」


 少年の日の夢がまた一つ叶った、と大笑いする大河。
 無論、口の中や鼻の中に色々と入り込んできてえらい事になっていた。


「そ、そうですか。
 それでは、私はこれで失礼します。
 未亜さん、行きましょう」

「あ、はい。
 それじゃまた後でね、お兄ちゃん」


 これ幸いと逃げ出すベリオ。
 未亜を連れて行こうとするが、出て行く前に未亜は大河に何かを囁かれた。
 未亜の顔がちょっと赤くなったが、ベリオには何を言ったのか問い詰める余裕はなかった。


「……さて。
 逃げるなセル」

「ぎくぅっ!」


 ここに住む事になった以上、次にするべき事は決まっている。
 大掃除だ。
 場合によっては、それこそ一晩中かけねば終わるまい。
 何せ数年分の埃である。

 セルでなくとも、逃げ出したくもなる。
 しかし大河に襟首を掴まれて、撤退は不可能だ。


「やっぱりやらなきゃなんね〜のか……。
 っつーか大河よぉ、お前本当にこの部屋気に入ったのかぁ?」

「おう。
 昔は憧れなかったか?
 こう、暗くて狭い秘密の部屋とか、朝起きたら日の光が差し込んで、窓を開ければすぐ屋根の上に上がれる部屋とかさぁ」

「そ、そう言われると反論できん…。
 それどころか、失いかけた清い少年時代の浪漫がムクムクと…。
 それにしてもポジティブなヤツ…。

 しかし大河、それだけじゃないな?」


「フッ、わかるかフレンド」


 ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべる大河。
 普段ならそれを見たセルも引きそうだが、今は違う。
 悪巧みを共にするならば、それだけで青少年は仲間になる。


「おう、わかるともさ。
 お前は少年時代の夢だけで満足するようなヤツじゃねえ。
 そう、大事なのは今この瞬間と、これから先の夢なんだ!
 ってなワケで、一体何が気に入ったのか速やかに教えろ」

「うむ。
 まずはそこの床に耳をつけてみろ」

「………埃だらけなんだが」

「ならば掃除しろ。
 そこだけでもいいから」


 大河の指示通り、一箇所だけ埃を除けて…それでも綺麗とは言い難かった…、耳を床につけるセル。
 何も聞こえなかったが、よく耳を澄ますと、かすかに声が聞こえてくる。



「ねえ、救世主候補のお披露目見に行ったんでしょ?」
「うん。すごかったよ〜。 破滅のゴーレムがあっという間に吹き飛んでさ〜」
「ああ、聞いた聞いた。で、男だったって本当!?」
「本当だよ〜」


「たっ大河、これわぁっ!?」


「そう!
 ここは屋根裏であるからして、床に耳をつければ一階下の会話も筒抜けなのだよ!」

「すごいっ!
 すごいよ兄さんッ!
 明日は場外ホームランでブロークン窓ガラスだっ!」

「ええい、義兄と呼ぶなッ!
 つうか音を立てるな!
 ばれるではないか!」


 いい塩梅にテンションが上がった2人。
 先ほどとはうって変って、物凄いスピードで部屋の掃除を始めた。


 掃除を始めて十分ほど経った。


「しかし大河、勢い込んで始めたのはいいものの、不慣れな俺たちだけじゃ朝が来るまで続けても終わらんぞ。
 委員長はあの調子じゃ暫く部屋には来そうにないし、未亜さんは…どうか知らんけど」

「大丈夫だ。
 援軍を引きずり込む手なら打ってある」

「?」


 首を傾げるセルに背を向けたまま、大河は掃除を続ける。
 十分ほど経過した後、ポツリと言い忘れていたことを二つほど言った。


「なぁセル」

「ん?」

「いいヤツだな、お前」

「そうか?
 そう思うんなら、未亜さんとの交際を」

「それとな、未亜はもう付き合ってるヤツがいる。
 俺はソイツ以外に未亜を渡す気はない。
 例え相手が神でも世界一のイイ男でも、お前でも、だ」

「……そっか」


 セルは僅かに肩を落としたが、未亜が付き合っている相手の事は聞かなかった。
 しかし、わざわざ聞かなくてもお見通しだったらしい。


(………未亜さんの懐きようを見たらバレバレだっての。
 兄妹なんだし、ただの勘違いかと思ってたんだが…。
 それで未亜さんが幸せなんだったら、近親がどうこう言う気もないし…。
 まあ、深入りする前でよかったと思うかね…。
 あーあ、会った初日に失恋かぁ………今度奢らせなきゃな…)


 漢だ。


 一方、こちらは屋根裏部屋から撤退した未亜とベリオ。


「あーあ、服が真っ黒になっちゃった……」
 
「顔や手も煤だらけです…」


 2人は顔を見合わせて苦笑した。
 まるで迷彩のように黒い。
 髪にも埃が沢山絡まっているし、体もあちこち痒い。


「未亜さん、これからお風呂に入りませんか?
 ここのお風呂の水はね、お肌を活性化させる魔力を与えてあるから、お肌がスベスベになるんですよ」

「あ、いいなぁ……でも、私はちょっとお兄ちゃんに用事があるから」

「大河君に?」


 彼は今、あの天井裏で大掃除の真っ最中だろう。
 ベッドシーツも汚れているだろうから、後で寝袋でも差し入れしてあげなければ。
 そこまで気配りをするならその場で掃除を手伝えばよかった、と思うかもしれないが、ベリオは良心の呵責に耐えかねたらしい。


「うん。
 いきなりアヴァターに来ちゃったから、これからの事とか…色々と話さなきゃいけないし。
 お互いに………気持ちの整理というか、まあ色々と」

「そうですか……。
 それじゃ、今お風呂に入っても無駄になっちゃいますね。
 屋根裏部屋に行ったら、無条件で汚れちゃいますから」

「うん。
 だから、お兄ちゃんとの話が終わったら一人で入るよ。
 多分長くなると思うから、終わった頃には誰も入ってないと思うし」

「はい、わかりました。
 ……そういえば、部屋から出る時に、大河君に何か囁かれていませんでしたか?」

「ああ、それは後で部屋に来るようにって……」

「……それだけなら、どうして頬を赤く染めるんですか?」

「え…」


 大河に囁かれた何かを思い出し、思わず赤面した未亜。
 慌てて顔を隠そうとするが、それは反って逆効果にしかならない。

 怪しい!と感じたベリオは、未亜を問い詰めようとした。


「ちょっと、未亜さ「そ、それじゃお兄ちゃんの所に行ってきます!」……あ、ちょっと!」


 未亜はそそくさと立ち去ってしまった。
 肩を掴もうと伸ばした手をそのままに、ベリオは未亜の顔を思い浮かべた。

 さっきちらりと見た未亜の顔は、明らかに赤くなっていて、何処となく幸せそうな雰囲気が漂っていた。
 アレは明らかに。


「女の表情……しかもアダルト」


 そのアダルトな表情で、夜中に大河の部屋に呼び出しを受けて……。


「そ、それって不潔……いえいえ、未亜さんと大河さんは兄妹。
 いくら大河君といえど、いえ大河君だからこそ、実の妹に何かするとは……」


 大河は未亜を心底大切にしているので、未亜に危害を加えるという事は考えにくい。
 会って間もないが、これはベリオも信用している。

 しかし。
 しかし、大河に対する未亜の懐きようをみていると、話は違ってくる。


「未亜さんは、明らかに大河君に好意を抱いているし……。
 そう言えば、夕方にも関係を持っているかのような言動が多々見られたような……」


 しばし、ベリオはその場で悩む。
 悩む。
 悩む。
 知恵熱が出て思考回路が湾曲した。
 結論が出た。


「み、未亜さん、早まってはいけません!
 大河君、未亜さんに何かしていたら、ただではおきませんよ!」


 ベリオは、ユーフォニアを呼び出すと、チョロQのようにすっ飛んでいった。
 無論、行き先は大河の部屋こと埃だらけの屋根裏部屋だ。


 大河の部屋が近づくと、なにやらギシギシと軋む音がする。
 定期的に、リズムよく繰り返されるそれは、まるでベッドの上でナニをしているかのようだ。
 ベリオの頭にカッ!と血が昇る。


「た、たた、た、た大河君〜!」


 バン!と屋根裏部屋の扉を蹴破った。
 埃が巻き上がるのにも構わず部屋の中を睥睨し、目当ての2人がくっついているのを見てユーフォニアを突きつける。


「へっ?」


 すぐさま術を放とうと、ユーフォニアに力を注いでいたベリオは思わず固まった。


「んっ……しょっと、お兄ちゃん、もうちょっと右」

「あいよ、もうちょっと右ね…。
 おいセル、未亜のスカートの中覗こうとしてないでさっさと手を動かせ」

「ばば、バカ言うなよ!
 俺はそんな事これっぽっちも……あ、寮長」


 確かに未亜と大河は、ベッドの上にいた。
 しかしベリオが想像していたような事ではなくて、掃除の一環で……だ。
 天井に付いているなんだかよくわからない埃を払うために、大河が未亜を肩車していただけだった。


「な、なんだ……ビックリしました…」


 ヘナヘナと、その場にくず折れるベリオ。

 脱力したら、今度は悲しくなってきた。
 ただでさえ疲れているというのに、自分は何を慌ててここまで来たんだろうか。

 もうさっさとお風呂に入って寝よう、と思うベリオの前に、濡れた雑巾が差し出された。
 目を上げると、セルが輝かしい笑顔で立っている。
 顔に『交渉の余地も逃走の許可もない』と書かれていた。


「え、え〜と……これは…何をしろという意思表示でしょうか…」


 汗を垂らしながら、抑揚のない口調で話す。


「いやだなぁ、岩魚食ったって……もとい、言わなくったってわかるでしょ、寮長。
 ここに来てくれたって事は、掃除を手伝いに来てくれたんだろ?
 もともと空き部屋の管理や掃除は寮長の役目だったはずだけど?
 とりあえず、濡らした雑巾で窓の掃除とか頼みます」

「………はい」


 寮長の仕事には確かに『空き部屋の管理及び、入室者が現れた際の事前の掃除』も含まれている。
 他の部屋の掃除なら、軽くだがちゃんと済ませているのだが、まさか屋根裏部屋を使う事になるとは思っていなかった。
 寮長となった際にも、屋根裏部屋は使われる予定はないので、年末あたりに掃除すればいい、と言われていたので放置しておいたのだ。
 どっちにしろ一人では時間が掛かりすぎるし、大掃除の時期に何人か手を借りて、一息に終わらせようと思って掃除を後回しにしていた。

 自業自得と言うべきか、それともこれは試練なのですか神よ。
 気力を根こそぎ削られた状態では、窓拭きも辛かったそうだ。

 しかし、その気力を回復させる出来事が。


「いや〜、しかし本当に来てくれるとは思わなかったなぁ。
 オレだったら絶対に手伝いになんか来やしないよ。
 なぁ大河、お前一体何したんだ?」

「へ?大河君が何かしたんですか?」

「あっ、バカいらん事を言うな!」


 妙に慌てている大河を見て、ベリオの疑念は膨れ上がった。
 疲れも忘れて問い詰める。


「未亜さん……さっきは聞きそびれましたが、大河君は何と言ったんですか?
 それに、何故顔を赤らめたんです?」

「そ、それは」


 言い訳しようとする大河を絶対零度の視線で黙らせて、未亜を尋問する。
 答えたら兄があぶないかな〜、などと思いつつも、ベリオの眼光に逆らえない未亜。


「え、えっと、夜中にお兄ちゃんの部屋に行くって言えば、多分注意は向くだろうだから…。
 そのあと意味ありげな顔をして、その……あの、アレな事をするんだと思わせれば、きっと勝手に来るはずだって…。
 顔が赤かったのは、その……耳に息がかかって…」

「………ほほう」

「へぇ…大河、お前って結構策士だったんだなぁ…。
 あー、委員長が怒ったら怖いぞ。
 オレを巻き込むなよ」


 絶対零度の視線を大河に向けて固定し、雑巾が千切れそうなほどに引き絞る。
 セルも未亜も、ワレカンセズとばかりに掃除に戻った。
 つまり、ヤキを入れるならどこか知らないところでやってくれ、というわけだ。


 無言でプレッシャーをかけるベリオと、顔色が悪い大河。
 その沈黙は数分続き、また未亜とセルの胃にも確実に悪影響を及ぼした。


「……大河君」

「はっはい!」

「元はといえば、私のミスから始まったことなので、今回は不問にします。
 ……ですが」

「で、ですが!?」

「明日の能力測定試験、大河君と当たるように祈っていますよ…」

「お、お手柔らかに……いいえ、全力でお願いします、サー!」


 思わず敬礼する大河を置いて、ベリオは淡々と掃除に戻った。
 ふぅ、と安堵のため息をつく大河。
 セルが近寄って、大河を支えてくれた。


「すまん、セル…」

「いいって事よ。
 オレもさっさと済ませたいから、寮長の参加は有難いしな…。
 しかし、実際のところどうなんだ?
 未亜さんに何か用事があったんだろ?」

「ああ、それは身内の話というか……お互いの身辺整理だな。
 だいたい、こんな埃だらけの所で、委員長が想像したようなピンクな展開になっても」

「そりゃあんまり嬉しくねーわな…」


 ベリオの掃除参戦は、3人にとっては非常に有難かった。
 大河の胃が傷んだのはともかくとして、毎日礼拝堂を隅から隅まで綺麗に掃除しているベリオの掃除スキルは、未亜のそれを遥かに上回る。

 終わるのは早くて午前3時ごろ、と踏んでいたが、何とか1時前には完了した。


「いや、すまんな〜俺の為に」

「いやいや、いいって事よ。
 オレにとっても重要なことだからな。
 時々でいいから、オレにも使わせろよ」

「分かってるって」


 何の事なのか訝しむベリオと未亜には、窓から見える景色や、寮から抜け出すために窓を使わせろ、という意味だと言っておいた。


「さて、それじゃ俺達も風呂に入って寝るとしますか。
 大河、男湯はオレが案内してやるよ」

「ああ、頼むわ。
 それじゃ未亜、後でな」

「うん。
 話はお風呂からあがってからね」


 服も顔も真っ黒になった4人は疲れきった足取りで風呂に向かった。
 ベリオが2人に、覗きに来ないように釘を刺していたが、流石の大河とセルもそれほどの力は残っていないらしい。
 ……風呂に入ってリフレッシュすれば、すぐに復活するかもしれないが。


 大河が風呂からあがって30分。
 つい20時間ほど前は、同じように風呂に入って未亜を待っていた。
 今も同じように未亜を待っているのだが、前者は睦言のために、今は話をするために。
 この格差に苦笑した。

 事態の急展開には慣れてきていたが、やはり違和感は拭えなかった。

 それよりも、今から未亜に話さなければならないことの方がよほど重要である。
 未亜には4年間、大河にとってはもう10年以上隠し通してきた事だ。
 その気になれば隠したままでいる事もできるが、打ち明けるにはちょうどいい機会だ。

 何から話すか、じっと考えながら未亜を待つ。


 ちなみに、セルは何かに打ちひしがれて未だに風呂場で四つんばいになっている。
 何やら、男として決定的な負けをみたらしい。
 ま、その辺はスルーしておいてあげるとセルの復活が早くなるだろう。


 コンコン 

「お兄ちゃん、入るよ?」

「おう」

 ガチャ


 扉を開けて、未亜が入ってきた。
 掃除をする前のように埃が立つんじゃないか、と警戒しながら入ってくる。
 それが杞憂だと分かると、未亜は大河のベッドに腰掛けた。
 体を捻って、寝転んでいる大河を見る。


「それでお兄ちゃん、話って?」

「ん……まあ、大体わかるだろ?」

「うん…」


 沈痛な表情で俯いて、未亜は大河の横に寝転んだ。
 体をモゾモゾ動かして、大河にピッタリくっついた。


「こら、くっつくな。
 反応するだろうが」

「いいじゃない。
 こうしてると落ち着くの…。
 それに、反応したって気分じゃないでしょ?
 疲れきってるし、ここでシちゃったら音とか声が響くもんね」


 自然と腕を動かして、未亜の頭を撫でる大河。


「話さなきゃいけない事があるんでしょ?
 これからの事とか……色々聞きたい事もあるし」

「そうだな……。
 いきなりこんな世界に飛ばされて『救世主』なんて言われてもな」

「うん……。
 でも、お兄ちゃんは帰るつもりはないんだよね?」

「まあな。
 でも、未亜がどうしても帰りたいんだったら、それでもいい。
 俺達の世界に帰って、その後アヴァターがどうなるのかはわからないけど」

「………」

「もしアヴァターが破滅に蹂躙されても、ひょっとしたら俺達が死ぬまで俺達の世界は無事かもしれない」

「………でも、それじゃいつ破滅が襲ってくるのか、怯えながら暮らす事になるんだよね」

「そうだな……きっと疲れるな」

「でも……破滅と戦って、死んじゃうよりマシだと思う」

「ネガティブ思考だなぁ……。
 破滅を追っ払っちまえばいいだろ?
 戦うなら、元の世界に戻るよりもアヴァターの方が戦力が整ってる。
 大丈夫だよ。
 元の世界に戻っても、アヴァターで戦うにしても、俺は未亜を守る。
 ……ずっと…それだけを思って生きてきた」

「…………」


 未亜が大河に抱きつく手に力が入った。

 未亜は大河に依存しているが、形は違えど大河も未亜に依存していると言っていい。
 未亜のため、それだけで全てを乗り越えてきたと言っても過言ではない。

 しかし。


「でも……離れなきゃね」

「寂しいけどな…それが人間だ」


 それはお互いを尊重するあり方ではなく、まるで小さな子供が、手の中の小鳥を繋ぎ止めておくかのよう。
 極端な話、互いの意思は関係ないのだ。

 誰であろうと、どんな理由があろうと未亜には傷つけさせなかった。
 相手の事を思えばこそ、つけるべき傷は確かにあったのに。

 ずっと大河だけを想ってきた。
 それは大河だから慕ったのではなく、他には誰一人未亜の世界にいなかっただけ。

 2人はそんな関係から脱却して、一人の人間としてお互いに向き合おうとしていた。
 そして、そうやって向き合ってから改めて言うのだ。

 「それでもやっぱり貴方がいい」と。

 そうしなければ2人は、小さな閉じた世界で俯いたまま生きていく事になる。
 それは大河のプライドや信念が許さなかったし、未亜も大河への想いが偽りだと言われるのは許せない。
 だから、2人は自立しようと決めたのだ。
 そんな時期にアヴァターなんぞに召喚されたのはタイミングが悪いとしか言いようがないが、そうだとしてもやる事は同じである。


 念のために明記しておくが、大河がセルに向かって言った『誰であろうと渡さない』は、以上の事を踏まえてなお言った事だ。
 もし『それで未亜が幸福なら』などと言うようなら、未亜は『自分はもう必要ないのか』と悲しむだろう。
 男女間には、時には強引さも不条理な独占欲も必要という事か。


 2人は計ったように同時に溜息をついた。
 自立する時期に来ている2人だが、どのみち急に出来るわけでもない。
 それよりも、今は話すべき事があった。


「どっちにしろ、帰れるようになるまではここに居るしかないんだよね」

「そーだな。
 むしろ暫くはこっちの方が気楽じゃないか?
 授業は受けなきゃならんけど、それで給料も貰えるんだし」

「え? 貰えるんだ、お金」

「ああ、ちゃんと学園長に確認をとっておいた。
 日本円にしたらどれくらいかは分からんけど、結構な高額だったぞ」

「ふーん。 じゃあ、最初の予定通り私がお兄ちゃんを囲う事もできたんだ」

「目が笑ってないぞ」


 暫く無言でごろごろする。
 さすがにシーツはまだ洗濯していないので、余っている救世主候補の部屋のベッドから借りてきた。
 ベッドは三級品でも、シーツだけは一級品だ。


「ま、後の事は後で考えよう。
 当面は救世主候補を真面目にやる。
 アヴァターに残って戦うかどうかは、帰れる手段が確立してから改めて考えるって事で」

「うん、それでいい」


 無責任といえば無責任だが、実際にはどうしようもない。
 そもそも何時帰れるようになるのかも分からないし、今決めても何かしら決定を変更する出来事もあるかもしれない。
 そうでなくとも、最終局面だったり戦力が減れば即敗北決定な状況だったりしたら、放り出して帰るなど大河には出来はしない。
 考えるだけ無駄、という結論に達したようだ。
 当面は戦う、という決定をしているだけマシかもしれない。


「それじゃあ……お兄ちゃん、聞きたい事があるんだけど」

「……ああ、何でも言ってくれ」


「じゃあアケミさんの他に、どんな人にチョッカイ出してるの?」


「そ、そっちか!?」


 予想もしなかった未亜の攻撃に狼狽する大河。
 何でも言ってくれ、と言ったからには、そんな事を話してるんじゃない、と言い返すわけにもいかない。


「で、どうなの?」

「ううう……ど、どの道アヴァターにいる間は関係ないぞ。
 会おうったって会えないんだからな」

「………私、終生アヴァターで暮らそうかな…。
 それに会えないかどうかは重要じゃないの。
 お兄ちゃんが浮気してたかどうかが問題なの」

「ぐ、ぐぬぅ……。
 あ〜……四人ほど」


 無言で未亜が大河の首を締め上げた。
 大河に抱きついて胸元に顔を埋めたままなので、表情は見えない。
 でも、きっと笑顔か無表情だ。


「待て待て待て、ちょっかいを出しはしたが、それ以上は何もしてないぞ!
 未亜がいつも途中でダウンするから、不完全燃焼になる事あったけど、体だけが目的で手を出すようなマネはしてない!
 18禁はおろか、キスとかだってしてない!
 そういうのは未亜だけだ!
 これは絶対に本当だ!」

「………ふう、まあいいか…。
 いつも途中で力尽きちゃうのは本当だし…。
  実を言うと、深刻に体が保たなくなってきたから、一人くらいは認めようかと思ってたし

「? 一人くらいは……って何の話だ?」

「お兄ちゃんには関係ないの!」


 一反矛先を収めた未亜だが、あくまでも押さえ込んだだけだ。
 いつ再び爆発するかはわからない。


 おふざけはそこまでにして(未亜はかなり本気だったが)、2人は次の話題に移る。


 
「じゃ、それは置いといて。
 アヴァターに連れてこられた時に、ヘンな空間に出たでしょ?」

「ああ、次元の狭間らしき所な。
 俺達は単に“海”って読んでるけど」

「俺達?」

「後で説明する。
 質問を続けてくれ」

「うん…。
 それで、あの空間に出たときに、お兄ちゃん何か言ってたでしょ。
 どういうつもりだ、とか契約がどうした、とか。
 アレって何の事を言ってたの?」

「………未亜、ちょっと長い話になるぞ。
 まず、最初にこれを言っておく。

 実を言うと、こういう異世界に飛ばされるのには慣れてるんだ、俺」


「……はい?」

「だから、こういう異世界に飛ばされて、武器とか持って戦うのは初めてじゃないんだよ」


「……な、なんでぇ!?」


 掛け布団を跳ね飛ばして、未亜は大河に詰め寄った。

 未亜は心底仰天している。
 普通なら大河を正気かと疑うが、当の異世界に来ているからか、それとも神経が麻痺しているからか、未亜はあっさりと信じ込んだ。


「未亜、俺のバイトを知りたがってたよな?
 これがそのバイト。
 異世界とかに飛ばされて、武器を持つ事もあれば農具を持つこともある。
 まあ、一種の派遣会社のバイトかな」

「派遣で済むはずないでしょ!?
 だいたい武器を持ってって、お兄ちゃんが死んじゃったらどうするのよ!」

「そう言われてもなぁ…確かに武器を持って戦う事もあったけど、大抵は普通のバイトと変わりなかったぞ。
 確かに荒事専門のヤツ…主にアームワーカーとか言われてたな…もいたけど、俺は至って平和な仕事しか廻されなかったよ」


 そう言うと大河は、無意識に記憶を溯った。
 


(そう、至って平和なバイトだった。 契約を交わした直後の、あの時以外は…)


 思い出すのは、十年以上の時が過ぎてもなお色鮮やかに記憶に残るあの部隊の記憶。
 大河を最も大きく変えた3年間。
 寄せ集めのミソッカスの集まりで、毎日毎日騒動が絶えず、絶望的な戦況でも勝利が確定した戦況でも、爆音と絶叫と鉄拳と笑い声が飛び交うあの部隊。

 解散し、それぞれの世界と時代に戻ったあの連中は何をやっているのだろうか。
 何人かは、バイト仲間として時々組んで仕事をしている。
 遠い昔に天寿を全うした者も居れば、誰かと戦って死んだ者もいただろう。
 同じ世界に生きて死んだのなら探し出す術もあろうが、遠い世界で、或いは遥かな未来で産まれ生きる者達とは生涯会えまい。
 恐らく数千に分裂した第6世界か、全く異なる系列の世界の何処かにいるのだろう。

 弾けるような笑い声を響かせる片腕の男の歩兵。
 不死身と謳われた東大生志望も歩兵だった。
 炎を操る無愛想な女の偵察役。
 偵察役といえば、イタズラ好きのフェアリーもいた。
 口が悪くて悲観的なくせに常に希望を持っていた無性の指揮官。
 融通の利かないクソ真面目な悪魔だった事務官。
 下半身がピューマだった、突然変異したケンタウロスの騎兵。
 魔術を総べる偉大な魔女。
 バケモノじみた氣を平気で使いこなす、自称人間の隊長。
 電波で動く不思議なロボットもどきのオペレータ。
 甘え上手なグリフォンの切り込み役。
 滅び行く国を最後まで守り続けた邪神の砲撃手。
 戦わせれば負け知らずだった一組の男女。

 部隊で共に過し、戦った仲間の顔は、今でもはっきりと思い出せる。
 思えば濃いメンバーだった。
 バイト仲間に聞いたが、某熊本の小隊とタメを張れるほどの濃さだそうだ。

 奴等と過した一日一日を大河は懐かしむ。
 気が休まる日など殆どなかったが、あの頃は退屈などすっかり忘れていた。
 戦いがあれば一度は死線を垣間見て、ない日は揉め事で三途の川を垣間見る。
 その気がなくても強くなり、危機対処力だって高まろう。
 もうあの日々は帰らない。


「お兄ちゃん?」


 未亜の心配そうな声を聞き、大河は現実に引き戻された。


「ん……いや、なんでもない。
 荒事に首を突っ込む時には、テンカワとか速水とか隊長とか南雲先生とか、専門のヤツが一緒に居たよ。
 七星工業とかアルファさんとかソルバニアとか、色んな所の手伝いやったっけ…。

 単に連絡を受けて派遣されるんじゃなくて、こっちから派遣するってだけで、実際にはそこらの肉体労働と大差なかったんだ。
 ただ異世界に行くっていう性質上、何ヶ月単位で派遣されてるだけで。
 大きな戦いの後の復興のために農業とか建築とか、内戦の仲裁とか…」


 大河がフラフラになって帰宅した日、未亜の作った夕食を物凄い勢いでたいらげたり、夜のヒミツな共同作業が激しくなったりしたのはこれが理由だ。
 要するに、単身赴任から帰ってきて、久しぶりに妻に会ったサラリーマンの心境である。

 何とも締まらない話である。
 異世界まで行って、やっている事は殆ど単なる土木工事。
 普通はもうちょっとこう、ドンパチやるのではないだろーか。

 しかし問題は最後の一つである。


「農業と建築はともかく、内戦の仲裁は滅茶苦茶危険じゃない!」


 未亜がヒートアップしまくっているが、無理も無い。
 彼女にしてみれば、大河が最優先事項なので、例え自分を養うためとはいえ危険に飛び込んでいくなど、本末転倒としか言いようがなかった。
 大河は平和な仕事と言っているが、武器を持ってどうこうする事自体が物騒だ。

 そもそも贅沢を言わなければ、大河のバイトと、大河に止められていたが自分もバイトに専念すれば、何とか渡っていくことはできるのだ。
 未亜の望みはそれだけでも叶う。

 だというのにこのバカ兄は!


「ま、まあ落ち着いてくれ。
 実際、断ったり出来ないんだよ。
 向こうにとって必要な時には、問答無用で拉致されるからな。
 何せ報酬を前払いで貰っちまったから、借金のかたに働かされてるようなモンだ」


「借金?
 何したの?」

「それは、なんつーか………聞かないでくれ。
 その辺を秘密にするのも契約に入ってるんだ。
 破ったらどんな竹箆返しが来るかわかったもんじゃない」

「……むぅ」


 未亜は少々不満そうだったが、大河を見て追求しない事にした。
 能天気な大河には珍しく、これだけは絶対に譲らない、と怯えた顔で語っていたからだ。
 つまりその竹箆返しは、大河をしてそれほどに尻込みさせるほどの脅威なのだ。


「話を続けるぞ。

 俺達が…俺みたいに契約して働いてる連中の事だけどな…“海”って呼んでるあの空間は、世界を移動するときに必ず通る通路みたいなものらしい。
 派遣される時には、あそこで改めて雇用主に契約条件を確認してから送られるんだ。
 詳しい話は俺も知らん。
 あそこを通り抜けるのは、専門の能力を持ってないと不可能なんだと。
 要するに車扱いだ。

 他に聞きたい事は?」


「…………根掘り葉掘り聞いても分からないだろうから、とりあえず3つだけ。
 契約の内容を、出来る限り教えて」


「わかった。
 簡潔にまとめるとだな…」


1.別の世界などに派遣されて労働した者は、相応の願いを叶えてもらえる。


「まあ、普通と言えば普通だね」

「現物支給だと思えばな」


2.叶えてもらう願いは、金銭などではなく『不治の病気を治してほしい』などでも可。


「……じゃあ例えば、私が契約して『お兄ちゃんが私だけしか見ないようにする』とかしたら?」

「……まあ、未亜以外には興味がなくなるだろうな。
 でも、意思を捻じ曲げるのは特に代償が大きいから無理だな。
 それに未亜以外にはバイトも生活費もどうでもよくなるだろうから、餓死するのが関の山だ」

「残念……」


 未亜の自立はまだまだ遠いようだ。


3.大河が出した願いは、まず最初は『契約した当時の状況を打破すること』。


「………本当に何があったの?」

「詮索するなよ。
 一応機密事項っつーか、守秘義務があるんだからな」


 実を言うと、すでに契約をあちらから違えたので今更義理立てする必要もないのだが、大河には未亜に話す気はなかった。
 正直な話、思い出したくもない理由だったし、そもそも守秘義務とは仕事をやめた後までも続くものだ。
 例え契約を違えられたと言っても、それとこれとは別問題である。


4.その時の代償がかなり大きかったので、少しずつ働いて返済していた。


「マイホームを建てたローンを返すサラリーマンみたいだね…」

「正にそのものなんだよ…」


5.返済しながらでも、少しなら報酬を受け取れたので、『特に不自由の無い暮らし』を願った。


「まあ、特に願いはなかったし、あの親戚の家を出られるならそれに越した事はなかったもんな。
 金で叶う類の願いだったから、代償は少なくてすんだし」

「うん…。 やっぱり生活のために働いてたんだよね。
 これで収入と支出のバランスが取れてないのに不都合がなかった理由がわかったわ」


6.大河は契約条件に、未亜を危険に晒さない等、色々な条件を付け加えた。

 “海”で大河が言っていた契約とはこの事である。


「……ひょっとして、こういう条件を付けたから代償が大きくなったんじゃない?」

「いや、この辺りはサービスっつーか入社特典だ。
 俺の他にも、同じ条件で働いてたヤツは結構居たしな」


7.なお、別の世界に送られている場合は、その間体の成長が止まる。


「……お兄ちゃん、今何歳?」

「さあ……何せ2時間程度で一昼夜が過ぎる世界もあったし、逆に一週間くらいの世界もあったし…。
 地球の戸籍上の年齢にプラスして……ええと、寝て起きてまた寝るまでが一日とすると……十二,三年位余分に生きてるな」

「……お兄ちゃんがおじさんになったー!

誰がじゃあ!
 俺は派遣会社内でも若い方だぞ!
 新参者のニューフェイス、もぎ立て新鮮なんだよ!
 酷いのにいくと、戸籍が16歳で実質年齢が5桁超えてるヤツまでいたんだからな!


 ちなみに誇張ナシである。
 元々人間よりも遥かに長命な寿命を持った種族もいたし、例えただの人間でも成長が止まっているから100年200年の時を過すのも珍しくない。
 そんなだから、大河のバイト先では勤務するようになって50年は経たねば新参者扱いから脱却できないのだ。
 十年程度の大河は、雇われて初めて出勤した素人と大差ない。


 追記・誰がどういう原理で願いを叶えてくれるのか、さっぱりわからない。


「胡散くさ〜い」

「言うなよ。
 願いを叶えてくれるっていうのは、ただの結果論なんだから」


 ただし、バイト仲間の間では色々と噂が飛び交っていた。
 実は“雇用主が神”なんてのは可愛らしい方で、サンタクロースだの英霊のように世界と契約しているだの、真相は未だ闇の中だ。
 ちなみに大河は“影で派遣会社の社長がヒィヒィ言いながら動いている”という説の信者である。
 なぜなら親近感が沸くから。


「ああ、でも…バイト仲間の中でも、派遣会社の中枢に近いヤツは……そうだ、“It"って呼んでた」


「“It”?」


「それも名称じゃなくて、固体名が無い故の呼称みたいだったけどな…。
 確か、どっかの世界で悪魔の力を持った道具を育てるのに同じ名前のモノが関係してたけど…別物だな」


「……結局何もわかってないじゃん」


「だから最初にそう言っただろ」


「だいたいこんなトコかな。
 その仕事に適した人が駆り出されるから、大抵の時はどうにかなる。
 ああ、この“適した”っていうのは能力じゃなくて性格がメインだ。
 絶望に満ちた世界なら、理由もなく明るくて前向きなヤツが派遣されるし、逆に平和ボケした世界なら、緊張感や危機感が旺盛なヤツが派遣される。
 大した特技のない一般人の俺が契約できたのも、俺の性格が何かに合致したからみたいだったな」


 今一信じられない、といった顔をした未亜。
 しかし大河がウソを言っている様子もないし、辻褄も一応合っている。
 細かいところはともかく、大まかな矛盾を未亜は見つけ出せなかった。

 ウソ臭いと叫ぶ心を押さえ込んで、未亜は質問を続けた。
 

「ふーん。
 じゃあ、質問二つ目。
 そんな仕事がお兄ちゃんに勤まるの?
 決定的にスキルが不足してると思うんだけど。」


 そこはかとなくバカにされている気がした大河だが、事実は事実なので反論できない。
 一介の高校生が、本格的な建築や農業などに従事したところで知識不足なのは明らかだ。

 かといって、本当にただのアルバイトならば、わざわざ異世界の人間を引っ張り込む意味がない。


「最初は俺もそう思ったんだけどな……アカシックレコードって知ってるか?」

「うん。 世界の全てを記録しているっていう、想像上のデータベースでしょ。
 あ、でもアヴァターみたいな異世界とか魔法とかがあるんだから、案外実在するのかもしれないね」

「魔法があったからアカシックレコードがある、なんて事は言い切れないけどな。
 とにかく、これは特典の一つなんだけどな……異世界で働いている間は、ちょっとだけそのアカシックレコードに接触できるらしい。
 そこから必要な知識を引っ張ってこれるんだ。
 引っ張ってきた数式がどういう意味なのか、それをどうすれば有効に活用できるのか、そういうサポートも受けられる。
 知識だけで、体現するのは練習がいるんだが……マニュアルが全部頭の中に入ってるようなもんだから、上達も普通よりずっと早い。
 確かイーチャーズリンクとか呼ばれてたような」


 大河が所属していた部隊で、彼が多少なりとも戦えたのはこの特典のおかげだ。
 大河が契約を交わして最初に引き出した知識は、護身のための戦闘術や魔術である。
 もっとも、同じ部隊に所属していたのは常識外れの達人や規格外品ばかりだったので、焼け石に水だったが…。
 傍から見れば、大河も似たようなものだった事を明記しておく。
 ただし、魔術も戦闘術も、何年も使っていないので殆どが錆付いている。
 何かきっかけでもあればフィードバックが起こるかもしれない。

 ……ちなみに二番目に引き出したのは、女体の神秘だった。
 ただし知識しか得られなかったので、文字だけの医学書を読んでいるのと大差なかったという。


 未亜は眉を潜める。
 細かい理屈はよくわからないが、とんでもない事だという事はよくわかる。

 根源に到達しようとする魔術師とかが聞いたら、泡吹いて癇癪をおこしそうな話である。
 あかいあくまが宝石剣を振り回して大暴れするのが見えるようだ。


「……それ、滅茶苦茶大変な事じゃない」

「うむ。
 実際、接触して情報を引き出した後には、余分な情報の処理とかで死ぬほど頭が痛くなる。
 まさか知恵熱で40度も出るとは思わなかった…。

 でも、それだけの価値はあるぞ。
 というか、メリットが大きすぎるくらいだ。
 異世界から帰った後も、その情報は知識として残るからな……サポートは消えるけど。

 勉強しなくても、学校で習う事くらい簡単に覚えられるんだ。
 戦闘に関する知識は真っ先に覚えたぜ。
 自衛の手段は必須条件だったからな。
 ロクに使わなかったから、もう殆ど忘れてるけど……」

「…でも、サポート無しでその知識をちゃんと使いこなせるか、思い出せるかは別問題なんでしょ?」

「そうだけど…なんでわかった? お約束ってヤツか」

「ううん。
 だってお兄ちゃんのテストの点はいつも赤点ギリギリだもん」

「……ギャフン」


 大河は突っ伏した。

 予想もしてなかった大河の側面を見せ付けられて、大河が遠くに行ってしまったような錯覚を覚えていた未亜は、なんとなく安心した。
 アカシックレコードに干渉できようと、異世界でバイトをしていようと、口から得体の知れない色をしたブレスを吐こうと、所詮大河は大河。
 未亜にはほぼ無条件で優しく、スケベで能天気で頭が少々弱い、未亜が知っている大河なのだ。


「それに……エッチな知識も覚えたでしょ」

「…………実践できるほど慣れてなかったよ。 未亜とそういう関係になったばかりで」

「……(テレテレ)」


「……もうワケ分からなくなってきた。
 何でもアリじゃない…」

 一息ついて、自分なりに情報を整理してみた未亜は、溜息をついて倒れこんだ。
 情報を整理してみても、滅茶苦茶すぎて彼女の処理能力を超えている。

「そうだろうな…そういう時は寝ちまえ。
 要は場慣れしてるって事が分かればいいから。

 どっちにしろ、未亜が居るのにこんな事に巻き込んでくれたんだ。
 向こうの契約違反で、今後仕事をする理由もないさ。
 もう大して関係ないよ……。
 イーチャーズリンクも切れてるから、もう自力でやるしかないし」


「うん…じゃあ、最後の質問。
 別の世界で浮気なんてしてないよね?


 本当に聞きたかったのはこれらしい。

 そこはとない迫力の未亜だが、今回の大河はあっさり流した。
 どうやら本当に後ろ暗い所はないようだ。


「ああ、してないしてない。
 出来るわけないだろ?
 俺は未亜のいる世界に帰らなくちゃいけないんだから、そうそう簡単に深い仲かになれるかって…。
 未亜が一緒にいて、曲がりなりにも公認してるってんならともかくな」

「ふーん…ならいいよ」


 未亜は笑顔に戻って、再び大河に抱きついた。
 そのまま掛け布団を被り、もう添い寝する体勢だ。

 眠たくなってきた大河は、無意識に未亜を抱きしめた。
 ぎゅっと力を入れてくる未亜に、小さな声で呟いた。


「なあ未亜。
 これは俺の独り言だ」


「うん。 私は聞いてないよ。 ちなみにこれ、寝言」


「もう寝てるのか。
 テコでも動きそうに無いな…。
 それはともかく。

 未亜、俺はお前を利用する」


「………」


 未亜は目を閉じたまま、じっとして動かない。
 息さえもしていないかのようだ。


「“破滅”をぶっ飛ばすために、俺はお前を利用する。
 お前だけじゃない。
 学園長も、ベリオも、セルも、乳…もといダリアも、良心の呵責も感じないけどダウニーもだ」


「………」


「それで四方八方ハッピーエンドになるんなら、きっと俺は仲間でも何でも利用する。
 この世界の法則全てを嘲笑って、運命を踏み潰して、俺は一人で世界と戦う。
 人にはそれが出来る。
 それがバイトの間に学んだ事だ。

 誰にも知られないようにコソコソ動き回って手を廻して、『こんな事もあろうかと』なんて言うために、この世の全てを出し抜いていく。
 尤も、俺はそれができるくらいの高みには、まだ到達してないけどな…」


「………」


 本当に未亜は聞いているのか、ピクリとも反応を示さない。


「だけど、見捨てない。
 俺は最後の最後まで仲間を守る。

 未亜を守る。
 未亜を愛する。

 絶対に、見捨てない。

 ………もし、俺が“破滅”に寝返ったとしても……まあ、寝返る必要もないけど……俺はお前を見捨てない」


「うん……ずっと信じてるから」


 大河の胸に顔を埋めたまま、辛うじて聞こえる声量で呟いた。
 

「………ああ」


 そのまま大河も目を閉じた。


「それと…さっきのは寝言だからね」

「俺のも独り言だよ」


 その声を最後に、今度こそ屋根裏部屋は静寂に包まれた。


 ちなみに、セルは結局覗きには行かなかったらしい。
 入浴が集中する時間帯から大幅にズレていた事もあり、そのまま力尽きて眠ったようだ。



こんにちは、時守です。

説明台詞が多すぎたかな…。
ついつい設定魔が顔を出して、大筋には殆ど関係のない設定を結構書いてしまいました。
いえ、全部が関係ないってわけじゃないんですよ?
異世界云々はあるアイテムを登場させるための複線だったりするし、何かしら大河に場数を踏ませておかないと、平凡な高校生には戦いもそれ以外の事は厳しすぎると思ったのも本当なんです。
原作通りのお調子者に、色々と考えを巡らせる為に『色々な経験をしている』っていうオプションをつけようと思っただけなんです。
でもそれを解決させようと思ったら、なぜかこんな事に…。

ちなみに大河の所属していた部隊の連中は、ほとんどが名前もないオリキャラ(?)です。
この先も出番がある予定はありません。
もしかしたら、いつか何処かでオリジナルのストーリーとして書くかもしれませんが…。


設定ばかりでウザイと思っても、今回ばかりは勘弁してください! 

追記 第一章一節終盤付近で、大河が『ふっ、新参者とはいえ伊達に何度も世か……』と言って言葉を濁しましたが、あれは『伊達に何度も世界を行ったり来たりしてバイトしてないぜ』と言おうとしたんです。


それではレス返しです!
……自分で今一納得いかない出来だったので、今回の文につけられるレスがちょっと怖い…。


1.>ATK51様
誰にでもある……ですか。
言われて見ればそうですね…でも、それを自覚し対処する力が人間にはあります。
ダウニーは先天的にか、それとも一族の教育のせいなのか、そういった対処力が弱かったのではないかと思います。
セルは……今回大河が言ったように、私の目標も『ハッピーエンド』です。
少なくとも生きてます(笑)
ダウニーも…ある意味ハッピーエンドを考えていますが、人によっては納得できないかもしれません。


2.>ユン様
私がギャグを書いてるんじゃないんです、この手が勝手に電波を受信するのです(割と切実に)。
だからキャラが明後日の方向に向かい、意図したストーリーとは別物に…。
ユン様のデュエルセイバーのSSが完成したら、是非とも教えてください!


3.>ぴんくぱんく様
酔うのはいいんですが、執筆して眠り、朝起きたら全く知らない展開になってるんですよねぇ……。
きっと小人さんとかいるんです。


4.>k2様
あー、あのゴーレムですね、生意気なあの。
あれって最後までHP削れるんですか?
一発も喰らわず戦ってましたが、途中でタイムアップになったみたいですけど。
セルの見せ場は…少なくとも当分先になりそうです。
一応重要人物のポストを用意しているのですが、書ききれるほどの文才があるかどうか…。


5.>名無しですが首は取れません様
き、期待されている……!
改めて考えるとプレッシャーと活力がガンガン湧いてきます。
張り切って行きまーす!


6.>沙耶様
私のSSのために!?
感動モノっす!
これまでの感触からいくと、ネタが尽きない間は一週間間隔くらいで投稿できそうです。


7.>干将・莫耶様
ご理解いただき、暖かい励ましまで頂いて感謝の極みです。
屋根裏部屋が哀れに思われたかもしれませんが、ウチの大河君は少々物好きなようで(笑)
リリィの登場はもう一話先です。


8.>なまけもの様
所詮大河は大河ですから(笑)
ヒミツの殆どは、今回であっさりばらしてしまいました。
隠し技の候補は幾つか考えているんですけどね。


9.>震雷様
 いえ、赤は赤でも仮面を被った3倍で彗星なお方です。
 時守はダウニーがなんとなく嫌いなので、これからも悲惨な目をみるかもしれません。

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