幻想砕きの剣 第一章2節
おバカ救世主候補・ブラコン救世主候補降臨
「……で、何でこんな事になっちゃったわけ?」
大観衆の中、未亜はジャスティを構えている。
正面にある大きなゲートからは、ゲームでよく見るような、手触りのよさそうな液体(?)が這い出てくる。
いわゆるスライムであろう。
基本的なRPGの設定に準拠するなら、スライムは雑魚中の雑魚。
RPGはドラクエ3で止まっている未亜と言えども、その程度の知識はある。
この世界でも、召喚器を持っているとはいえ素人の未亜にけしかけるのだから、やはり弱い部類に入る。
しかし、それ以前に未亜はあがりきっていた。
元々気が弱い部類に入る上(一見そうは思えないが)、このような大観衆の前で戦え、などと言われればそりゃ緊張どころではない。
今も手の中にあるジャスティのお陰でパニックを起こす気配はないものの、未亜は途方に暮れていた。
時は戻って、学園長室。
「では、未亜さんは正式に救世主候補生となると言う事でよろしいですね?」
「は、は「臨時だ。帰還方法が確立されるまでの」……臨時です」
ミュリエルの問いかけに返答しようとする未亜を遮る大河。
迂闊な返答は不利になる、と踏んでいるらしい。
実際にミュリエルは言質をとる気でいた。
内心舌打ちして大河を見るミュリエル。
「如何な兄とはいえ、妹の意思を無視できるわけではありませんよ。
本人が救世主候補生になるのを認めたのならば、それを貴方に止める事はできません」
「不自由な選択だな、まったく。
そもそも最初から、帰還方法が確立するまで学生をやる、って話だったじゃないか。
つまり臨時。
俺は学園長の言葉の誤りを訂正しただけで、未亜の意見を捻じ曲げたわけじゃない」
「例え臨時といえども、書類の上ではこの学園の学生となります。
そうである以上、正式な救世主候補として扱わねばなりません。
ただでさえ救世主候補生は優遇され、一部では王族の道楽とまで呼ばれているというのに、臨時などという形式で救世主候補となったら問題が噴出するのは目に見えています」
再び火花が散りだした。
未亜が基本的に自分に従うのを知っていて口を挟んだ大河と、不始末は(多分)自分達にあるというのに「世話をしてもらってる」と錯覚させるミュリエル。
どっちもどっちである。
再び降りる暗黒の空気を打破するため、今度はダリアが口を挟んだ。
「学園長せんせ~、それよりもお披露目の事を話した方がいいんじゃないの~?」
「? お披露目……ですか?」
未亜はいやな予感を覚えた。
お披露目といえば、職場の新人や珍しいモノを自慢するために、公的な場所で見せ付ける事を指す。
自分は救世主候補らしく、云わばアヴァターに住む人々の希望の星である。
そして、救世主候補は自分を入れて4人しかいないらしい。
「あの…ひょっとして、私は誰かの前で自己紹介とかしなきゃいけないんですか?」
「まあ、やる事は似たようなものですね。
ただ、少々派手になりますが……名前や趣味ではなくて、召喚器の性能を、本人の武力を見せるのです。
今から手続きに入るので……そうですね、今日の夕方には始められるでしょう」
「はぁ……」
大河は不本意だと言わんばかりの表情で不貞腐れている。
未亜はそれを見て、怪訝に思った。
そりゃ確かに大河はお調子者だが、基本的な行動原理は未亜が最優先である。
この場合なら、自分が主役になれない事ではなく、未亜が危険に晒される事を怒る。
そしてその場合、今のように溜め込むような性格ではない。
それでも大人しくしているのは、未亜がはっきりと意見を示したからなのだが。
「それで、その自己紹介には未亜に危険はないんだな?」
「ええ。
一応実戦という形式をとりますが、如何に召喚器があるとはいえ素人に危険な真似はさせません。
未亜さんの実力よりも、召喚器の破壊力のみをアピールして誤魔化そうと思います」
「ふん……それなら、まあいいかな…」
自己紹介ではなく、未亜がいずれ実際に戦う事を想像して、大河は暗雲とした気分になった。
(……もしそうなったら、その時は………)
大河は幾つかの可能性と対策を考慮して、その場は退く事にした。
(ううう……よく考えたら、私の自業自得じゃない…。
お兄ちゃんを養ってあげたいのは本当だけど、もうちょっとやり方ってものが…。
それによく考えたら、こんなに沢山の人に期待されてるのに、帰れるようになったらハイさようならって…)
何とか表面上は平静を保っているものの、実際には後悔しまくっている未亜。
そうこうしている間にも、ゲートから出てきたスライムは未亜に接近してきている。
幸にも動きは遅いので、無闇に逃げ出したりせず、一体一体を狙い撃ちしていけば勝てるだろう。
(どうしよう……。 とりあえず、この状況をどうにかしないと)
半ばヤケクソ気味に開き直って、未亜は最も近くにいる一体に狙いを定めた。
普段ならば、異形のものといえども殺すのに抵抗があったかもしれない。
しかしジャスティから流れ込んでくる力は精神高揚の効果もあるらしく、抵抗を棚上げする事ができた。
弓の扱い方はしらないが、どうすればジャスティが力を発揮するのか、ある程度体が知っている。
どうやら、射んとする未亜の意思を汲み取ってジャスティが指示を出しているらしい。
(狙って…狙って……もうちょっと牽き付ける……今!)
ヒュ ヒュ ヒュンッ!
風切り音を残して、ジャスティが具現化させた矢が飛んでいく。
連続して放たれた矢は、狙い違わずスライムに命中した。
半流動体のクセに、物理攻撃を半減させる事もできないようだ。
飛び散るスライムの破片に顔をしかめて、未亜は少し後ろに下がった。
再び狙いを定めて、矢を発射する。
(これなら接近される前に全部やっつけられる…。
でも、まだスライム達が出てきてるんだけど……一体どれだけいるの?)
「なんですって!?」
「ん?」
ミュリエル学園長の怒声で、未亜の戦う姿を見守っていた大河は目を引き離された。
無論、未亜が危険に陥った際の対策を練る事も忘れていない。
もっとも、この状況では観客席に引き摺り上げるくらいしか方法はないが…。
他にも盾(ヒトはそれを身代わり・エサといふ)を放り込むという手もあったが、壁際から離れられるとこの手は使えない。
「ゲートが故障してるって……閉められない!?
教師を集めて、ゲート付近に結界を張りなさい!
大物が出てくる前に……急いで!」
「!? お、おいちょっと待て!」
聞こえてきた声に心底仰天して、思わずミュリエルに詰め寄った。
いつもの大河なら、作業の邪魔にならないように、移動しながら話を聞く。
「どういう事だ!?
あのスライムが山ほど出てくるって事か!?」
「退きなさい大河君!
申し訳ないけれど、時間がないのよ!
未亜さんの事を思うなら、今は邪魔しないでちょうだい!
今あのゲートの向こうには、回収してあったゴーレムが…ああっ!」
悲鳴を上げるミュリエルの視線を追うと、ゲートからブロックの塊で構成された巨人が姿を現したところだった。
「お、おい……あれは破滅のゴーレムじゃないのか?」
「まさか……いくら救世主候補のお披露目だって言っても、そんな大物出してくるわけが…」
「しかし、あれは…」
スライムを射殺しながら移動していた未亜は、観客席がどよめいているのにようやく気がついた。
(何? 今度は何が出てきたの? てっきりスライムだけだと思ったけど…)
スライム達から十分距離をとって、未亜はゲートを探した。
無我夢中で移動しながら戦っていたため、自分がどの位置にいるのか把握していない。
キョロキョロ視線を移動させてようやくゲートを見つけた時には、すでに新たな敵が入場していた。
(な、なにコレ!?
いわゆるゴーレムってやつなの!?
で、でもゴーレムってゲームじゃ結構強いほうじゃ!?
とにかく離れないと!)
いつの間にか、未亜はゲートに随分と近づいていた。
ゴーレムの機動性はわからなかったが、その巨躯と相まってリーチも長いように見え、未亜のペースを崩すのには十分すぎた。
パニックに陥りかけた未亜は反射的に、いつも助けてくれる兄の姿を求める。
周りを見渡して、兄を発見するどころか、包囲するように距離を詰めていたスライム達に気がついた。
(え、え、ええ!?
ど、どうしよう!?)
今度こそ錯乱するかと思われた瞬間、救いの神ならぬ兄は現れた。
「未亜!
そっちじゃない、こっちだ!」
「お兄ちゃん!?」
大観衆のざわめきと、ゴーレムが歩く度におこる地響きの中でも大河の声を聞き分けるのは、ブラコンシスターの面目躍如といったところか。
何はともあれ、信頼する兄の姿を見つけた未亜は、何とかパニックに陥らずにすんだ。
未亜専用精神安定剤。
ただしこれから先も未亜専用かどうかはわからない。
「とにかく距離をとれ!
あっちの……ほら、今お前の右前方30度にいるアイツだ!
あれを倒して、全速力で走って包囲を抜けろ!」
「わ、わかった!」
どうすればいいのかサッパリわからなくなっていた未亜は、与えられた命令に反射的にしがみついた。
大河の指示通り、包囲網の戦力の薄い一点を狙って突破しようとする。
その指示は的確であり、落ち着いて行動すれば決して難しいものではなかった
しかし、ここで誤算が起こった。
(よく狙って……外しちゃダメ!
最低でも3本当てなきゃ、あのスライム達は無力化できない…)
未亜は、今まで慎重に狙いを付けてスライムを撃破してきた。
狙いを定める時間は存外長く、まず標的を見据え、ジャスティが送ってくるイメージに従って構えを取り、震える手が落ち着いてから放つ。
動きが遅いスライムならば、この戦い方で十分倒せた。
特に素早く矢を射る必要がなかった為、時間勝負での射方は知らなかったのだ。
しかしゴーレムが相手となると話は違う。
動き自体は鈍いものの、一歩分の距離が大きいため、移動のスピードは見かけによらず速いのだ。
その上、早く射ようとする焦りが、反って行動速度を遅くしてしまう。
そして、未亜が三本矢を命中させて、走り出そうとした時にはもう遅かった。
地面にかかる影に未亜が振り向いた時には、既にゴーレムは拳を振り上げていた!
(お兄ちゃん…!)
反射的に目を瞑り、身を硬くする未亜の耳に、雷鳴のような声が響く!
「未亜―ッ!」
一度しか聞いたことの無い……アヴァターに召喚される際に放り出された空間で聞いた……声色で、慣れ親しんだ声が響き渡る!
ゴオッッ!!
死を直感した未亜は、次の瞬間には力強い腕に抱きしめられていた。
何度も抱かれ、体に親しんだこの感触の持ち主は唯一人。
「お、にいちゃん……?」
恐る恐る目を開けば、目の前に必死の形相で覗き込む大河の顔があった。
目を開けば、そのままぎゅっと抱きしめられる。
ようやく自分が生きている事を実感し、未亜は愛しい温もりを求めて大河にしがみついた。
「お兄ちゃん……!」
抱きしめられて聞こえる、大河の心臓の音。
自分が知っているよりも、鼓動の音がずっと早い。
大河の鼓動が少しずつ収まっていくのを感じて、ようやく未亜も落ち着いてきた。
そうなると居心地のいい空間を少しでも長く堪能したくなり、より一層体を近くに寄り添わせる。
ギ……ギギギ………
しかしその感動の抱擁も、無粋な駆動音によって水を刺された。
(今いいところなのに…!)
などと思いつつ、未亜は余計な音を立てた邪魔者に目をやった。
死に掛けていたというのに、もう立ち直っている。
意外と余裕だ。
それはともかくとして、何故か半壊しているゴーレムを視界に捕らえて、未亜はようやく状況を思い出した。
「お、お兄ちゃん、私どうやって…」
助かったのか、という問いは大河の手の中にあるモノを見て飲み込まれた。
槍。
西洋の騎士が使っていたような、飾り気はないけれども、どことなく気品を感じさせる槍。
未亜の少ない見識でも、明らかに異質だと理解できるその槍は。
「…召………喚器……?」
何故大河が。
しかし、何故などという疑問は未亜の頭には浮かばなかった。
救世主だの召喚器だのという物に関して、知識が実感としてなかった事も理由だが、それ以上に大河の表情が全てをかき消した。
怒
純粋に、その一言で事足りる。
それなりに見られる造形ながらも、普段は緩んでいるために十人前と評されている彼の顔は、全くの別物となっていた。
鬼を踏みつける仁王像を連想させるのに、その顔からは一切の抑揚が消えうせていた。
にも関わらず、見るもの全てに直感させる怒気を纏い、当真大河はそこに居た。
右手で槍を持ち、左手には未亜を抱き、その目は半身が吹き飛ばされたゴーレムを睨みつける。
「未亜、怪我はないか?」
「え? う、うん…痛い所とか、どこにもないよ」
「そっか、よかった…」
活力を溜め込む火山のような表情が一瞬安らぎ、次の瞬間には再び戻った。
名残惜しいながらも、未亜は自分の足で立ち上がり、再びジャスティを構える。
「やれるか? 休んでてもいいんだぞ」
「ううん。
このままじゃ私、いいトコなしじゃない。
お兄ちゃんと一緒なら、私はやれるよ」
「わかった。 援護を頼む」
「うん」
ゴーレムから目を離さないまま会話をし、手早く意思疎通を完成させる。
史上初の男性救世主候補は、改めて己が召喚器の名を呼んだ。
「トレイター!」
トレイター。
それが大河の召喚器の名。
誇るでもなく、大河はその召喚器を握り締めた。
合図もなしに、自然と2人の体は動く。
戦闘に関しては素人でも、お互いの呼吸はわかる。
大河が動こうとする瞬間に、未亜はゴーレムに狙いをつける。
迸る怒気もそのままに、大河は駆けた。
「俺の妹に――――」
溜め込まれていた怒りは、ようやく出口を見つけて殺到した。
圧倒的な意思を受けて、大河の手の中の槍が両刃の大剣に変化する。
その大きさ……3メートル弱!
ゴーレムに狙いをつけ精神を集中させていた未亜は、その言葉だけで大河があれ程に怒り狂っていた理由を理解した。
何て事はない。
闘技場に飛び込んできたのも、男の身で召喚器を呼び出すという無茶を成し遂げて見せたのも、あんなゴーレムに向かっていくのも、全ては未亜のため。
自分が心底大切にされていることを実感して、戦いの場であるというのに未亜は嬉しくなった。
だからこそ、この一撃は必中の一撃。
召喚器が使い手の意思に従い、力を発揮するというのならば、今放つこの一撃は当真大河唯一人のために。
(ブラコンシスターを舐めないでよ―――
私は、お兄ちゃんと一緒なら――――――)
明確なる意思を込めて、ジャスティは一閃の閃光を放つ!
「一緒なら……どんな勝負にだって勝ってみせるよ」
未亜の宣言を体現するかのごとく、今までの矢とは一閃を隔する破壊力と速度を持ったその一撃は、群がってきたスライム達を余波だけで吹き飛ばし、今正に大河に振り下ろされようとしていたゴーレムの拳を完全に打ち砕いた!
続いて、未亜のサポートを信じて真っ直ぐに突っ込んで行った大河は、変化した大剣を思い切り振り上げた。
見た目は斬馬刀のように巨大で重量感に溢れているというのに、大河の腕にかかる負担は羽毛を持つのと大差ない。
「俺の、妹に!」
3メートルの大剣が、真っ直ぐに直立する。
ゴーレムが射程距離に入った瞬間、大河は渾身の踏み込みと共に両腕を振り下ろした!
「未亜に!
何しやがんだぁぁぁぁぁ!」
カッ――
踏み込んだ足の反動と、両腕が描く完全な円弧による遠心力、大剣の自重、何よりも込められた怒りの意思。
破壊の権化と化したかのようなトレイターは、ゴーレムを真っ二つにするだけでは飽きたらず、その身を構成するための呪力と石を完全に消し飛ばし、勢いのままに叩きつけられた刀身は大地をクレーターと変える!
誰にも気付かれず、大剣の軌跡に青い燐光が舞っていた。
轟音すら立てさせず、大地が震えることすら許されない。
あるのはただ、爆音も爆風も立てさせる事なく、大剣に触れるものが砕け散ったという事実のみ。
大音量の爆音と地震を予想して、反射的に目を閉じ耳を塞いだ観客が眼を開いた時には、ゴーレムはおろか残っていたスライム達さえも跡形も残らず消し飛んでいた。
「ハァ………ハァ…………ハァ……ふぅ……」
破壊の後には、大河の荒い息だけが響く。
クールダウンの為に目を閉じ呼吸を整える間も、観客を含め誰一人として声を出さなかった。
男が召喚器を手にしたという常識を覆す暴挙に加え、圧倒的なまでの破壊力に、誰もが度肝を抜かれていた。
未亜ですら、目を丸くして立ち尽くしている。
ようやく大河の呼吸が落ち着くと、トレイターは大剣から普通の剣に姿を変えた。
(これが俺の召喚器……意思に応じて形を変えるのか?
いやそれよりも………なんだろう、トレイターから微弱な意思を感じるような……)
改めて手の中のトレイターに見入っていた大河は、歓声が全くないのに気づいて顔を上げた。
自分が作り出したクレーターを見て、無理もないかと苦笑する。
大河が大剣を振り下ろした位置を爆心地とし、広大な闘技場の半分近くがクレーターに変っていた。
まるで暗黒武道会前優勝チームの筋肉男が、120%でぶん殴ったような穴だ。
黒竜波だってフツーに飛ばしただけではここまでいかない。
もし爆風が起きていたら、ちょっとした台風並みの風が荒れ狂っただろう。
「未亜、こっち来い」
「へ? あ、うん…」
大河に声をかけられてようやく我に帰った未亜は、言われるままに大河に寄り添い、手を掴まれた。
「折角勝ったんだ。
やる事は一つだろ?」
首を傾げる未亜に笑いかけて、掛け声をかける。
「いぃーち!にぃーの!」
ピンと来た未亜も、大河の声に合わせて叫び始める。
「「さぁーん!
ダーーーーーーーっ!!!」」
「「「「「「「「オオオオオォォォォォ!!!!」」」」」」」」
高く掲げられた2人の召喚器に応えるように、ようやく観客から声援があがった。
さすがにあのお方はアヴァターにはいないので、揃って「ダー!」はしてもらえなかった。
しかしその声援は、文字通り天を突かんばかり。
男は救世主候補に男が現れた事で、自分達の沽券が復活する事を夢見て、女はヒロイックファンタジーの始まりを夢見て、それぞれ胸を弾ませる。
「…………」
ゲートを閉じるため、奔走していたミュリエルもその光景を見つめていた。
既に結界は張られ、ゲートが動かなくなった原因究明も命じてある。
故障のしようがないほど単純の仕組みで動くゲートが、何故今回に限って動かなくなったのか。
周囲の人間は、ミュリエルがそれを考えているのだと思っていた。
それは間違ってはいない。
ただ実際には、それだけではなかっただけで。
彼女の表情には厳しいものが浮かんでいる。
「万馬券を引き当てちゃいましたね~」
いくら破壊されたまま整備もされず朽ちかけていたとはいえ、あの巨大なゴーレムを一瞬で消し飛ばした。
男の身で救世主候補の証たる召喚器を呼び出した。
ひょっとしたら、とは思っていたけれど、改めて実現されるとは思わなかった。
「万馬券を、引き当てちゃいましたね~」
何よりも、訓練もなしにこれ程の力を示したのであれば、彼の潜在能力は現在揃っている救世主候補生の中でも、明らかに抜きん出ている。
もし彼が、 になるような事でもあれば…。
「学園長!」
「えっ?」
いつの間にか近寄っていたダリアに肩を叩かれて、ようやくミュリエルは話しかけられていた事に気がついた。
「万馬券を!引き当てちゃいましたね~!」
大声援のせいで、肩が触れ合うほど近くにいるのに大声を出さねば聞こえない。
ミュリエルは急いで表情を消した。
彼女に、いや誰にも真実を気付かせるわけにはいかない。
大河は響き渡る声援に満足し、深々と頷いた。
「うむ、やはり偉大な人物の事なら次元を超えて伝わるものよ。
これなら他のネタも通じるかもしれんな、赤い人とか背中に筋肉の鬼背負ってる人とか」
「ノリがいいね~みんな。
でも私、その人達の事ほとんど知らないんだけど」
「くっ、やはり時間の流れが…。
いやしかし筋肉の人は……」
しばしジェネレーションギャップに対する苦悩を表して、大河は自分のやった事を振り返った。
殆ど無我夢中で突っ込んで、最悪盾になる気でいたのに何故か召喚器を召喚。
突進してゴーレムの腕をぶっとばし、勢いのままに未亜を抱きしめる。
あまつさえ怒りに任せ、使い方もわからないトレイターを変化させてゴーレムを塵と変えた。
何よりも、「未亜に何しくさるんじゃ~!」とか何とか、こっ恥かしい事を宣った気がする。
(い、いかん!
このままではシスコンのイメージが定着してしまう!)
定着も何も事実そのものなのだが、イメージが固まってしまっては色々と(主にナンパに)都合が悪い。
(くっ、少々怖いが………やむを得ん!
そのイメージ、崩させてもらうぞ!)
覚悟を決めて、大河は再び叫んだ。
自分の隣にいる、上機嫌な未亜が素晴らしく恐ろしい。
「未亜に何をする」発言で幸福絶頂な未亜は、この一言で多分不機嫌絶頂になる。
(それでも、やらねばならぬッ!)
何故やらねばならないのか、自分でもよく分かっていなかった、
「見ての通り!
俺は史上初の男性救世主候補だ!
俺が救世主になって破滅を追い払った暁には、全世界の美女を俺のハーレムに」
台詞を途中で中断して、大河はサッと飛びのいた!
一瞬前まで頭があった場所を、ボクサーも真っ青のスピードで未亜の拳が打ち抜いていた。
言うまでもなく、未亜の表情は輝かんばかりの笑顔である。
古来から言うように、女の笑みは時に怒り顔より恐ろしい。
美しいモノであるからこそ、より一層恐怖が増すのかもしれない。
その笑顔は、一転して大河が見慣れた形相と化した。
怒りではない。
ある意味、もっと恐ろしい。
(嫉妬のオーラ……女の嫉妬は“破滅”より怖い!)
ジャスティを乱射する未亜から逃げながら、シスコンのイメージを壊す代わりに、矢を射掛けられイメージダウンとは少々割りに合わないんでないかぃ、と暮夜いていた。
余談だが、ハーレム発言をした大河のイメージは、何故かダウンしなかった。
男性は呆れるよりもむしろ共感し、あまつさえ崇拝者まで現れる始末。
女性は聞かなかった事にしたか、むしろハーレムに参加しようとするものまでいた。
恐らく「1!2!3!ダー」で会場が丸ごとヘンなテンションに包まれていたからだろう。
無論、冷静だったミュリエルやダリア、その他教師陣の多くは頭を抱えていたが……。
大河と未亜が闘技場から出てくると、一人の男が立っていた。
2人を見ると、微笑を浮かべて話しかけてくる。
「おめでとうございます。
無事に帯剣の儀を終えられました事をお喜び申し上げます」
「は、はい、ありがとうございます」
「………アンタは?」
未亜は未だに先ほどの緊張と不機嫌が抜けきっていないのか、どことなく引き攣った表情のままで話している。
大河はさりげなく未亜と男の間に立った。
シスコンの兄としては、未亜に男を近づけたくはない……無論、未亜に対して持っている感情はそれだけではない……のだが、大河は何故か、それを抜きにしても、この男だけは未亜に近づけさせたくないと思った。
「私はこの学園の教養課の教師をしております、ダウニーと申します。
以後、お見知りおきを」
「あ、先生なんですか。
よろしくお願いします」
「よろしく。
妹さんは随分と礼儀ができていらっしゃる」
「………ふ、ん…」
あからさまに態度が違うダウニーだが、大河はそれを気にしていなかった。
しかし、別の事が鼻につく。
……美形だから、というだけではない。
「お兄ちゃん!」
「……知ってるとは思うけど、当真大河だ。
なんだか知らんが、アンタとは相性がよくないらしい。
無理して仲良くする気はないから、そっちもいちいち気にかける必要はないぞ」
「ちょっとお兄ちゃん!」
初っ端から暴言をかます大河に、未亜は本気で焦っている。
これでダウニーが怒って退学にでもなろうものなら、2人はその場で路頭に迷う。
幸いなことに、ダウニーは大河の毒をさらっと流したようだが、印象が悪くなったのは間違いない。
「おやおや、困りましたね。
アヴァターの希望の星、救世主候補生に嫌われてしまうとは…。
それほどに私が嫌いならば、今からでも救世主候補生を辞退して、元々の世界に帰ったらいかがですか?」
…別にダウニーは、大河の毒舌を気にしているわけではない。
元々こういう性格なだけだ。
「実行するなら逆だろう?
俺たちは数少ない救世主候補生で、言っちゃ悪いがアンタは一介の教師にすぎない。
上がどちらを優先するかは、そう考えなくてもわかると思うがな」
これは唯のハッタリである。
実際には、大河が言うほどに救世主候補生は重要視されてはいない。
救世主本人として覚醒したならばともかく、今はただの生徒であり、そもそも上層部……この場合、学園長ではなく更にその上……も、救世主クラスそのものをあまり重要視していないのだ。
創立されて以来、真の救世主を見つけ出すことができていない……少なくとも記録は殆ど残ってない……のだから、無理も無いといえば無理も無い。
もし大河の言うとおりに事が動くほどに重要視されていたとしても、自分の立場がどういうものか理解する前に権力を当てにするのは危険である。
「やれやれ、此度の救世主候補生サマは随分と我侭でいらっしゃる。
そんな事では、万民に愛され、真の救世主として選ばれるなど不可能ですよ」
大河の言葉に構うことなく、忠告めいた言葉を吐くダウニー。
しかし、言われた大河も話を聞いてはいなかった。
間に挟まれた未亜がアタフタ慌てているのが面白かったからだ。
「お、お兄ちゃん!
何でさっきからそういう失礼な事ばっかり言うの!?
この人先生なんだよ!?」
涙目で迫る未亜をもう少し追い詰めてみたい衝動に駆られたが、そこはぐっと我慢する。
代わりに、少し真面目な顔つきになって話し出した。
「イヤな臭いがするんだよ、アンタからは…」
「臭い? おかしいですねぇ。
身嗜みには気を使っていますが…。
大河君、ひょっとして香水の事を言っているのですか?」
怪訝な顔で鼻をヒクヒクさせているが、大河は構わずに続けた。
ついでに、追い詰めたい衝動を押さえ込んだにも拘らず、未亜をさらに追い詰めている事に気付いてない。
「そういう臭いじゃない。
空っぽの、生きている“フリ”をしてる人間から漂う特有の臭いだ」
「生きている……ふり?」
目の前に立つ教師は、ひょっとしたらゾンビか何かなのだろうかと、未亜は首をかしげた。
ゴーレムやスライムのいる世界だから、動く死体がいてもさほど驚きはしない。
…いずれにせよ、あまり見たいものでもないが。
「おかしな事をいいますね。
人をアンデッドのように言わないでください。
私はちゃんと生きていますよ。
生きているフリなどしてはいません」
「そうかな?
どうにも、アンタには自分の意思ってものが殆ど感じられない。
まるで幼い頃から訓練を続けられて、狩り以外の本能を忘れちまった猟犬みたいだ。
誰かから押し付けられた命令を自分の意思だと錯覚した傀儡……」
ダウニーの目が細まった。
「前にも似たような奴に会った事がある。
ダウニーさんよ、アンタからはソイツと同じ雰囲気が漂ってくるんだよ。
上位者から選ばれねば、自分を肯定することもできない。
幻だけを見続けてきたから、現実に起こっている事との差異にも気付かない。
命令に縋りついて自分では何も考えず、そのクセ大言壮語して沢山のモノを巻き込み、最終的には周囲を巻き込んで破滅に向かって沈んでいく……。
アンタは勘違いだって言うんだろうが、俺にはそうとしか見えないんでね」
目を細め表情を消しているダウニーに構わず、大河は一息に言い切った。
未亜は既に右往左往を通り越し、今にも卒倒しそうな程顔色を蒼くしている。
「……無礼もそこまでいくと感心するべきかもしれませんね。
それにしても“破滅”に向かって沈んでいくとは……擬態語なのでしょうが、アヴァターでは洒落にも比喩にもなりませんね。
事実、千年前にも破滅に寝返った者達がいたようですし。
今後の為に学園の施設を案内しようと思ったのですが………どうやら私は辞退したほうがいいらしい。
誰か代わりの者を寄越すので、それまで待っているように。
それでは未亜さん、ごきげんよう」
さすがに大河の言葉を腹に据えかねたのか、ダウニーは少々荒々しい動作で踵を反した。
教師としての仕事をするために一言言い残して、さっさとその場を離れてしまう。
背中に向かってシッシッと手を振る大河の後ろに、蒼色吐息から復活した未亜の影が立ち上がる。
「お~に~い~ちゃ~~ん~~~~~!」
「はぐぁっ!?」
どこからともなく取り出した塩を撒いている大河の頭が、万力のような力で締め付けられた。
後ろから未亜がアイアンクローをかましている。
腕そのものは細くても、筋肉の収縮が凄まじい。
ミシミシ音を立てる大河の頭蓋骨。
「な、に、を、考えてるの~!
あの人先生なんだよ!?
これからお世話になる人なんだよ!?
なんであんな事言っちゃったのよ~!」
「み、未亜落ち着け、あだだだだだ!
頭が!頭がわれる~!」
「お兄ちゃんの頭蓋骨なんか割れちゃっていいから!
脳の細胞の密度をちょっとでも上げて!」
「NOOOOOO!」
いい感じに大河の断末魔が響き渡った。
「……何があったんですか?」
救世主候補の一人、ベリオ・トロープが闘技場前に到着したとき、マグロが2人転がっていた。
新しい救世主候補のお披露目を彼女も闘技場で観戦していたのだが、予想外のアクシデントのフォローのために借り出され、少々疲れていた。
帰って一休みしようと考えていた折に、ダウニー教師から「闘技場前で待っている2人を案内してあげてください」と命じられたので、急いでやってきたのだが……。
「なんでもありましぇん……」
「あううぅぅぅ……」
髪の毛に掌の形の型をつけてうつ伏せになっている大河と、隣で顔を抑えてしゃがみ込む未亜。
見れば未亜の足元にはジャスティが転がっている。
「……?」
2人が立ち直るまで、ベリオは首を傾げたまま立ち尽くしていた。
実際何があったのかというと、単に未亜がジャスティの制御に失敗しただけである。
と言っても、実際は矢を放とうとしたら手が滑ってヘンな方向に飛んで行き、さらに弾けた弦が未亜の顔面に直撃しただけだ。
言ってはなんだが、実にマヌケである。
なにはともあれ、ようやく起き上がってきた2人にベリオは自己紹介した。
「はじめまして。
私はベリオ・トロープ。
お二人と同じ救世主クラスで、クラスの委員長と寮長をさせてもらっています。
ええっと……当真大河さんと当真未亜さん、ですよね?」
「はい、当真未亜です。
不肖の兄共々よろしくお願いします…。
お兄ちゃん、挨拶代わりにナンパしないでよ」
にこやかな笑顔でベリオに頭を下げ、次いで大河に釘を刺す未亜。
大河は少々残念な顔をしながら、自分もベリオに顔を向けた。
「よろしく…。
如何にも俺は史上初の男性救世主候補、当真大河だ!
おっとサインは後にしてくれよ。
ところで俺の名前を知ってるって事は、さっきの戦いを見てたのかい?
どうだろう、今からどこかの喫茶店とかに洒落込まな「お兄ちゃん」」
めきょ
再び大河の頭に未亜の掌が食いついた。
彼女はいつかスネーク・バイトを身につけるかもしれない。
「だ!か!ら!
挨拶代わりにナンパするのはやめなさいって言ってるでしょ~が~!」
「いでででで!
さっきの戦いが第三者からどう見えたか聞こうとしただけだって!
お茶の誘いはそのついで…。
それに最初に挨拶したから挨拶代わりじゃない……ってNO~!」
(なるほど、こういう関係ですか……)
ベリオはじたばた暴れる大河を見て、先程大河が頭に掌の型をつけて倒れていた理由を理解した。
みしみしみし、とベリオの耳にまで頭蓋骨が軋む音が聞こえてくる。
僧侶として目の前の武力行使を止めるべきか、それともいい薬だと止めないべきか、それとも2人のコミュニケーションだと割り切って傍観者に徹するべきか、しばし悩む。
結局、放っておけば日が暮れるまで漫才を繰り返しそうだったので、3分ほど様子見をしてから止めた。
ちなみに、大河の頭には再び手形がついている。
「え~、2人とも仲がいいのは結構ですが、そういうのは余った時間にしてください。
それはともかく、ダウニー先生からこの学園を案内するように言われて来ました。
そろそろ日が暮れますから……そうですね、闘技場と幾つかの施設を案内して、残りは明日改めて案内したいと思います。
よろしいですか?」
苦笑しながらベリオは言い、未亜と大河の反応を窺った。
先ほどのアイアンクローのお蔭で未亜は息切れして、大河はまたも蹲っている。
そのまま2人が肯いたのが、辛うじて見て取れた。
2人が立ち直るのを待って、ようやく3人は歩き出した。
闘技場の正門を出て立ち止まる。
「まず、ここが闘技場です。
先程戦ったのでわかると思いますが、ここは実戦を想定した訓練に使用されます」
その実戦を思い出したのか、未亜は身震いをした。
少し俯いて、体を少し抱きしめている。
それを見て取ったベリオは、未亜が戦いの恐怖を思い出していると思い、何とか励まそうとした。
しかし、何せ初対面なので、何を言えばいいのか判断に迷う。
結局、大河に目をやって“何とか元気付けて”と視線で訴えた。
しかし、大河は苦笑して未亜の顔を窺うだけで、何も声をかけようとはしなかった。
それどころか、ベリオに未亜の顔を覗き込むように仕草で伝えてくる。
(………?)
訝しみながらも、ベリオは大河の指示通りに未亜の傍により、下から顔を覗き込んだ。
「うわ…」
ニタニタニタニタニタニタ………
未亜の表情は、品行方正なベリオ委員長でさえも、あらぬ声を出して思わず一歩引いてしまうほどデフォルメされていた。
幼稚園児に描かれた落書きの笑顔のようだ。
あまつさえ、未亜が呟く呪文が聞こえてくる。
「お兄ちゃんが助けてくれた、お兄ちゃんが助けてくれた、お兄ちゃんが……」
以下略。
まるで危険なクスリを打ったジャンキーのようだ。
ゴーレムの一撃から庇われた時の事を思い出してトリップしたらしい。
思わず泣きそうな顔を大河に向け、「諦めろ」とばかりに顔を振られた。
急激に気力が萎えていくのを自覚しながら、ベリオは負けん気を振り絞って説明に戻る。
未亜が聞いていなくても、後は大河に押し付ければいい。
僧侶だって、危険なジャンキーなんぞに近寄りたくないのだ。
「こ、この闘技場は、定期的な能力測定試験にも使われます。
ですから、一般の授業を受ける教室と寝泊りする寮に次いで、高くなると思われます。
よく場所を覚えて置いてくださいね。
そうそう、明日はここで大河君と未亜さんの試験がありますから…」
「試験!?
アヴァターに来てまで試験があんのか!?
俺たち、テスト勉強なんか全然してないぞ!
そもそもどんな問題が出るんだ?」
魔法関連だったらお手上げだな、と文字通り手を上げる大河。
ベリオは懐かしい感覚を覚えた。
実を言うと、ベリオもアヴァターに来た時には同じ事を告げられて慌てた事がある。
「大丈夫です、魔法…は関係なくもありませんが、どちらかというと体育のテストです。
とは言っても、先程言った実戦を想定したテストなのですが…」
「まさか……実際に戦う、とか?」
「ハイその通りです」
にっこりと微笑みながら、いちいち過去の記憶をなぞっているベリオ。
彼女の時は、ここで随分慌てたものだ。
武器があるとはいえ、訓練もなしに実力テストがあるとは考えもしなかった。
しかし、大河は別に慌てなかった……未亜はそもそも聞いてなかった。
「ふ~ん…で、何と戦うんだ?
さっきみたいなデカブツとか粘液でできたヘンな丸か?」
「それ、ゴーレムとスライムの事ですか?
測定試験は救世主クラス内での順位を決める為でもあるので、当然同じ救世主候補生と戦う事になります。
私と当たった時には、お手柔らかにお願いしますね?」
「ははは……」
苦笑する大河だが、その表情には負けるなどという不安は微塵も無かった。
それを見て、ベリオは先程のお披露目を思い返した。
(負ける気がしてないのも、わかる気がしますね……。
未亜さんは…まあ、戦い慣れしてない事もあって付け入る隙はありますけど…大河君は……。
あの圧倒的な破壊力……もしあれを繰り出されようものなら、勝つどころか生き残れるかさえ怪しい。
現在救世主クラス主席のリリィでさえ、あれ程の破壊力を搾り出すのは不可能。
隙をついて懐に潜り込みさえすれば、あの大剣をまともに振るう事はできなくなります…しかし、私が接近戦を挑むのは自殺行為ですし……やはり障壁を上手く使わねば…。
こう…大河君のすぐ近くに展開させて、剣を振らせないように……)
正直な話、ベリオは大河に少々脅えていたのだ。
凄まじい破壊力、未亜を助け出す際に見せた突進力、何よりも迸る怒気。
感受性が豊かなベリオは、それらを諸に見せ付けられてしまい、大河に警戒心を抱いてしまった。
しかしダウニーに命じられて2人に会いにいってみれば、そこに居たのは兄に妬き餅を妬いて召喚器を乱射していた未亜と、妹にアイアンクローを喰らって沈んだお調子者のバカが一人。
警戒していた自分がアホに思えてきたベリオだった。
次の施設の説明に向かう3人。
ちなみに未亜はまだトリップしている。
大河の歩みに合わせて勝手に歩き出したので、これ幸いとそのまま連れて来たのだが、あっちにふらふらこっちにふらふらと非常に危なっかしい。
民家の壁にぶつかりそうになる事3回、水路に落ちそうになる事1回、はぐれそうになる事0回。
大河を無意識にトレースしているので、迷子になることだけはないらしい。
一際大きな建物の前で、ベリオは足を止めた。
「この校舎が、私たちが授業を受けることになる校舎です。
授業は選択式で、必要最低限だけこなしていれば文句は言われません。
知識を詰め込むために授業を限界一杯まで受けるのも、逆に少なくして残った時間を趣味や訓練に当てるのも自由ですよ。
まあ、あんまりサボってばかりだったりしたら、能力測定試験で酷い目にあったりしますが…」
「ふーん、俺には縁の無い話だな」
自信満々な大河に、ベリオは一言言い放つ。
「筆記試験でもですか?」
「……勘でなんとかなるッ!」
「なりません」
冷静沈着なベリオの突っ込み。
冷や汗を流す大河に悪戯っぽい笑みを投げる。
「大丈夫です。
救世主クラスは基本的に実技試験しかありませんから」
「あ、そうなんだ…それだけでも、前にいた世界よりアヴァターのほうが気楽やもしれん」
「そうでもないですよ。
実技試験は実戦を想定して行われますから、自然と採点も厳しくなるんです。
例えば、一対一で辛うじて勝っても、代わりに移動できないほど負傷していたりしたら、『戦いには勝っても逃延びる事も帰還することも難しい』とされて、赤点になる事もあるんです」
「なるほど…意外と厳しいな」
と言うよりも、学園の性質を考える以上当然の帰結だろう。
動けなくなるほど負傷するまで続ける事は少ないのだが、それは判定の問題だ。
試験というとその課題や問題をクリアすればいいだけと思いがちだが、実際にはその後の事も想定しなければならない。
特にこの学園では、“実技の結果”イコール“実戦だった場合の一時の状況”、でしかないのだから。
例え勝っても、その勝利を意味のある勝利にできるかどうかが最大の難関なのである。
これはどこぞの霊能科を持つ学校でも問題になっていたりするのだが、それは今回関係ない。
「で、こっちが食堂です。
朝夕のご飯は寮で出ますが、お昼はこちらで食べることになっています。
さっき寮と校舎に続いて闘技場の使用率が高くなる、と言いましたが…」
こっちの方が高いですね、とベリオは笑った。
「結構大きいなぁ…。
それで、味と量のほうは?」
「ええ、保障しますよ。
そうそう、量と言えば、一つだけ段違いに量が多いメニューがあるんです。
いつか試してみてはいかがですか?」
悪戯っぽい笑みで、大河をけしかける。
何か企んでいるのは明白だが、大河は敢えてそれに乗った。
「じゃあ、それを完食できたらデートしてくれる?」
「ええ、完食できたら、ね…」
軽やかに答えるベリオを見て、これは難物だと大河は思った。
多分、誰も食べきった事がない名物コースなのだろう。
実際は別の意味でも名物だったのだが、大河はまだそれを知らなかった。
そうと知らずに張り切っている大河の頭に、またしても掌が被さった。
「お~に~い~ちゃ~ん~!?」
「ぬおおお!?
またか! またコレかぁぁぁ!?」
どうやらベリオがデートをOKするような発言をしたので、急遽思い出の世界から戻ってきたらしい。
「まて! ちょっとまて!
今のはナンパじゃなくて唯の賭けだぞ!?
委員長だって了承したんだから、未亜に文句を言われる筋合いは、よく考えなくてもあったああぁぁ!」
締め付ける力がガンガン上がっていく。
あまつさえ今度は両手だ。
「私の前で! っていうか私以外のヒトと!
これは立派な浮気よ浮気~~~!」
「……え? ………え? えぇ!?
き、兄弟ですよね!?
なのに浮気って……ひょっとして近親相…ムグムグ」
人聞きの悪い事を叫ばれそうになったので、大河が慌ててベリオの口を塞いだ。
さすがに未亜もヘンな噂を立てられるのは嫌らしく、素直に大河を放して言い訳をしている。
「つ、付き合ってないよ?
私たち兄妹なんだから、付き合ってるわけないじゃない!
で、でもできればそうなりたいから、ええっとそのあの……そう、あんな感じ」
「どんな感じだ!?
それはともかく、未亜は極度のブラコンなんだよ。
だからついつい言動がエスカレートして、言ってる事がいつのまにやら痛い人にだな」
「お兄ちゃん、後でお仕置き」
「ハゥッ!?」
今度は大河がフラフラになって歩いている。
未亜のお仕置きが結構堪えたようだ。
酔っ払ったように千鳥足で歩く大河を引き連れて、ベリオはメインストリートにやってきた。
「うわぁ、素敵!」
色とりどりの花が植えられ、綺麗なシンメトリーが構成されている。
東西南に通路が続いていた。
「ここが学園のメインターミナルです。
東に進めば図書館や礼拝堂が、南には正門があります。
正門を抜けて、真っ直ぐ進んでいけば王都ですね。
西は…今通ってきましたね」
ベリオの示す指先を追っていくと、大きな建物や門が見えた。
門の向こうには、少々遠いが街が見て取れる。
それが王都なのだろう。
「寮や校舎からどこかに行こうと思ったら、大抵はここを通ります。
裏道とかもありますが……やはり歩きにくいし、大きな道を通ったほうが気持ちいいですから」
そう言うと、ベリオは門のほうに視線を向けた。
同時に、ゴーン、ゴーンと鐘が鳴り響く。
「そうそう、門限は6時までですから気をつけてくださいね。
それ以降に外出するには、学園長の許可が必要です。
遅れると締め出されちゃいますから……あんな風に」
そう言って、ベリオは門の向こうを指差した。
見ると、一人の男…多分大河と同じくらいの少年が、土煙さえあげながら走っていた。
「その閉門、待ったぁ~!」
叫ぶ暇があったら走れというのに。
構わずに無情にも門は閉まっていき……。
バタン! ムギュ
未亜が思わず目を閉じた。
ベリオが瞑目して天を仰ぐ。
大河は痛ましげな表情で、閉じた門を眺めた。
「……あ~~」
「……駆け込み乗車はおやめください…」
走ってきた少年は、見事に扉に挟まっていた。
なんちゅうか、胃袋の辺りを境目にして上は中、下は外。
「……いつもこうなのか?」
「いえ……私が知る限りでは、精々2週間に一度程度です…」
十分多い。
しかし、挟まった少年はまだ諦めていなかった。
ヘンな気合を上げながら、体を門の内側にねじ込もうとする。
「ふんぐるぬぉぉおあああ……ぎゃぶっ!」
ついに少年は、門の内側に入ることに成功した。
門を抜けた反動で顔面から地面に突撃したが…。
それからしばらく荒い息をついていたが、ようやく復活して顔を上げた。
すると、恐る恐る目を開けた未亜と目が合った。
「………」
しばし時が止まる。
……未亜は怯えている。
ベリオは少年を見て呆然としている。
大河は、何故か少年に親しみを感じていた。
…特に根拠はないが、大河は少年がどういう行動にでるのか何となく予想がついた。
しばしの時が流れ、少年は唐突に動いた!
「愛してギャブッ!?」
多分、未亜に「愛している」とか言おうとしたのだろう。
早い話、ただのナンパだ。
未亜は再び地面に倒れこんだ少年を、呆然として眺めている。
ベリオはため息をつき、少年に話しかけた。
「セル君……何度目の門限破りなんですか?
というか……大丈夫ですか?」
「ぐぐっ……だ、大丈夫だけど……なんで足がいきなり…」
セルと呼ばれた少年は、顔をさすりながら再び未亜を見上げた。
「あ、あはは…。 オレ、傭兵科のセルビウム・ボルト!
よろしく! 美しいお嬢さん、お名前は…ってイテっ!」
再び立ち上がろうとして、同じようにまた倒れこんだ。
大河は呆れながらセルに声をかける。
「そりゃ立てやしないって…。
自分の下半身見てみろよ」
「へ? 下半身?」
大河に言われて、セルは体を捻って顔を向ける。
そこにあるのは………。
「なっ……何っじゃこりゃあああ~~~!?」
一反木綿みたいな厚さになった、ヒラヒラの下半身だった。
骨はおろか、血管や筋肉だって入っていそうにない。
正に2次元キャラ。
「何って、お前がさっき門を力尽くで通り抜けたときからずっとこのままだぞ。
痛がる様子がないんで大した事ないのかと思ってたが……」
「んなワケあるか~!
誰か、詰め物! 詰める物持ってないか!?
それがダメなら空気ポンプ!」
「お前の下半身は風船か!?」
十分後、セルの下半身はなんとか修復されていた。
どうやったのかは定かでない。
ゼェゼェと荒い息をついて、セルは改めて自己紹介に入った。
「んじゃ改めて……オレは傭兵科のセルビウム・ボルトだ。
セルって呼んでくれ。
で、お嬢さんとお兄さんのお名前は…?」
揉み手をしながら、満面の笑顔で聞くセル。
半分くらいは営業スマイルだ。
「当真未亜です。
こっちは兄の当真大河。
よろしく…」
「紹介にあずかった当真大河だ。
よろしくな、セル。
特に根拠はないが、お前とは無二の親友になれそうだ」
「おおっ、やはりそう思うか親友!
いや~、実を言うとオレもさっきからシンパシーがヒシヒシと感じられて…。
お近づきって事でこれ、特別大サービスだ」
そう言って、セルは大河に小さな石を渡した。
「? 何だこれ?」
「それは幻影石って言ってな。
その場所の風景や音声なんかを取り込んでおける優れ物だ。
いわゆるマジックアイテムってやつだな。
中身はレアだけど、石自体は王都付近じゃ珍しくない……ひょっとして、見た事ない?
その格好からして、ひょっとしてこの世界以外から来たとか?」
「ああ、召還事故なんだと。
こういう物も無いことはないけどな…俺の世界じゃ機械を使ってやってたよ。
それでも3次元空間に投影するのは難しかったけどな。
ふぅん、こんな小さな石で出来るのか……。
で、この…幻影石?には何が記録されてるんだ?」
「ククククク……大きな声では言えないが…」
セルは大河の耳に囁いた。
「昨日の昼に女子更衣室で撮った、現役女学生のナマ着替え写真だと小さな声で言っておこうか」
「………ありがとうディアフレンドッ!」
「バッ、バカ声が大きい!」
「すまん、つい感激のあまり…」
間近で大河の大音声を浴びたセルはさすがに驚いていたが、気持ちは分かりすぎるほどに分かる。
これは好感触、と判断して本題に入る。
「それでだな、見返りといっちゃなんだが教えて欲しい事があるんだが」
「何だ? 今なら大抵のことは答えるぞベストフレンド」
輝かんばかりの笑顔で、精神がどこかに飛んでいる大河。
今ならヘソクリの隠し場所や、未亜に内緒で仲良くしていた女の子達の秘密まで喋りかねない。
尤も、アヴァターに来た今となっては意味などないが。
「未亜さんの事だよ…。
付き合ってる人、居るのか?」
「未亜に?
それは…え~となぁ…」
「どうなんだ?」
何と答えようか迷った大河は、反射的に視線を未亜に走らせ……後悔した。
大河の目に入ったのは、未亜が構えるジャスティと…ベリオが持つ召喚器らしき杖。
ちなみにベリオの召喚器はユーフォニアという。
「あ……あ………あ、あの…な…」
「なぁ大河、どうなんだ?」
既に2人はの召喚器には、十分なパワーが詰め込まれていた。
即座に逃走に移るか、目の前の親友をエサにして逃げるか、それともセルを盾にして逃げるか。
どれもヒドイ事には変わりないが、別の意味でも変わりなかった。
「なぁ、大河どうした…ってげっ!」
「「天罰覿面!」」
逃げる暇もなく、よくわからないエネルギーの塊が迫る。
一際大きな爆発音が轟いて、静かになった。
…幻影石については、没収どころか砕け散ったようだ。
既に日は沈み、星が瞬く。
バカの末路を二つ引き摺って、ベリオと未亜は寮へ向かった。
2人の救世主候補からオシオキを喰らった2人は、さらに続いて二人掛かりでの説教を頂戴した。
そのコンビネーションときたら、まるで十年来の戦友の様だったと言う。
ついでに言うと、座れと言われて正座ではなく空気椅子をやったバカが一人。
説教が終わる頃には、既に心身ともに朽ち果てていた。
「ここが私達の寝泊りする寮です。
校舎を含む、学園全体が霊的な結界の一部となっていますから、設備とかは充実してるんです」
「へぇ~、寮って言うからもっとオンボロなのを想像してたんだけど…」
「うん、ヨーロッパのお屋敷みたいだね…。
ところでお兄ちゃん、起きれるんなら自分で歩いて」
「……へいへい…」
いつの間にか復活していた大河とセル。
流石に気力までは全快なっていないのか、少々覇気が衰えていたが…。
「へへ、いいだろ~。
ウチの学園、こういう所には金をケチらないんだよなぁ。
お蔭で快適な生活を送れるってわけさ」
施設は快適でも、それを使う者たちがしっかり手入れしなければそこはゴミ溜めと化す。
セルの部屋がその典型であるのだが……それは置いておく。
ベリオは大河と未亜の2人に向き直った。
「とにかく、前にも言いましたが、私はこの寮の寮長も兼任させていただいています。
何か困った事があったら、とりあえず私に相談してくださいね。
要望や陳情は、私が纏めて提出する事になっていますから。
それでは、お二人を部屋にご案内します」
そう言ってベリオは歩き始めた。
大河達は階段を上がる時に、揺れるベリオの尻に目をやって未亜に後頭部を叩かれたり、高そうな花瓶を割りそうになったりと忙しい。
背後の喧騒を意図的に無視して、ベリオは空き部屋の一室に3人を連れてきた。
いつもなら諌めるかもしれないが、お披露目に起こったアクシデントや、大河達問題児を案内したりと、色々と気力を削ぐ出来事があったせいで疲れているらしい。
「さ、ここが未亜さんのお部屋です。
どうぞ入ってください」
扉を開けると、そこはどう見ても高級ホテルの一室だった。
床には柔らかそうな絨毯が敷き詰められ、天蓋つきのベッドにタンス、鏡。
そもそも根本的に広い。
「きれい~。
でもどう見ても学生の部屋じゃないよねぇ……」
感嘆している未亜だが、やはり戸惑っている。
こんな部屋を自分一人で使っていいのか、正直言って畏れ多い。
つい先日まで、平凡なマンションで暮らしていたのだから無理もない。
「……未亜さん、何故隅っこで小さくなってるんですか?」
「何だか居心地が……なんていうか、場違いな気がするの…」
知らない部屋に連れてこられた小動物のようだ。
ついついベリオは、可愛いと思ってしまった。
それとは別に、あからさまに萌えているバカが一人。
「くぅ~っ!
可愛い! なんて可愛らしいんだぁ~!
畜生、幻影石が残っていさえすれば~!」
ジタバタ床を転げまわるセル。
鬱陶しいので、大河が蹴りを一ついれて大人しくさせた。
何とか立ち上がってきたセルに、大河は話しかける。
「セル、お前の部屋はどんな感じなんだ?」
「オレの部屋?
救世主クラスの部屋と一緒にするなよ。
オレはただの傭兵科だから、4人で一部屋使ってるし、こんな内装は付いてないって。
つうか、救世主クラスの部屋ってのはそうそう入れないんだよ。
オレだって入ったのは初めてなんだぜ。
セキュリティーとか厳しいから、覗きや盗撮……いえ何でもありません」
再び召喚器と説教のコンビネーションが襲来しそうな予感を感じ取り、そそくさと退避。
しかし、しばらくするとふと気がついて顔を上げた。
「あの…寮長、救世主クラスの部屋に案内するって事はひょっとして…」
油をさしてないロボットのような音を立てながら、セルは未亜に視線をやった。
本人は相変わらず隅っこで小さくなっている。
「あら、今まで気がついてなかったんですか?
セル君にしては情報が遅いですね。
噂になってますよ、あっというまにゴーレムをやっつけた救世主候補って」
「げげっ!?
未亜さんて、救世主候生だったんスか!?」
「気付いてなかったのか?
お前も何発か未亜の弓を喰らっただろうが。
アレ、召喚器だぞ」
「げげげっ!?
しょ、召喚器の攻撃を喰らってたのか!?
よく生きてたなぁ…」
大河的には、召喚器の攻撃よりもその他のアイアンクローや説教のほうが効いた。
しかしそれを言ったら召還器の沽券に関わる。
アテが外れた、とでも言いたげな表情のセル。
どうやら夜中に遊びに来るつもりだったらしい…。
尤も、もしそんな事をしたら、大河が何をするかわからない。
無知とは時に致命的な罠になるのだ。
「それはともかく委員長、俺の部屋はどこになるんだ?」
「…へ?」
「いやだから俺の部屋」
何を聞かれているのかわからない、といった表情のベリオ。
暫くして大河の質問を理解したとき、「あ」と一言言って固まってしまった。
「た、大河君の部屋……忘れてました」
「ちょっとマテ」
「どっどどっどどうしましょう!?」
「何処かに空いてる部屋とかないのか!?」
「あ、あるにはありますけど!
まだ救世主候補生のための部屋は余っていますけど!」
「じゃあそこでいいじゃないか」
部屋があると聞いて、一安心する大河。
しかし、そうなると何故ベリオが慌てているのかわからない。
疑問を発する前に、今度はセルが絡んできた。
「大河ぁ~、お前だけそんないい目を見るのは許さね~ぞ~。
救世主候補でもないお前が、何だってこんな豪華な部屋を使わせてもらえると思ってんだ? ああ!?」
チンピラ風味に迫るセルに、大河は手を翳した。
いぶかしげな表情でその手に注視するセル。
「あんだよ、この手がどうかしたの「トレイター!」……うえぇぇ!?」
大河の声と共に、手の中に召喚器が現れる。
セルは現れたトレイターを、呆然と見つめていた。
「ま、マジかよ!?
これって召喚器だよな!
大河は男だよなぁ!?」
「おう、正真正銘、男の中の男で、これは確かに召喚器だ。
つまり、俺は史上初の男性救世主ってわけだ!
納得したか………って、どしたセル?」
大河の召喚器を見つめていたと思ったら、セルは俯いて震えだした。
そ~っと下から表情を窺うと、何故かセルはボロボロ泣いている。
「…よ…」
「なに?」
「友よ~っ!」
「なっ、なぁぁ!?」
急に顔を上げたかと思えば、セルは大河に向かって抱きついてきた!
「はっ、放せ!
俺にその手の趣味はな~い!」
「バカ野郎、俺だってねーよ!
それより大河ぁ、よくやってくれた~!」
「ええい、一体全体なんなんだよ!」
えぐえぐと泣きながら放すセルの言葉はえらく聞き取りにくかったが、何とか通訳できた。
曰く、今まで救世主候補が女性ばかりだったので、アヴァターでは基本的に女性上位の社会体制が確立されており、男は役立たずの代名詞のように扱われる事があったのだという。
何処の世界でも、他人のカサを着て付け上がる連中はいるという事だ。
「なにぃ?
当人が偉いわけでもないのに、男を役立たず扱い?
俺の世界でも一時期そういう風潮があったなぁ…男女は逆だったけど。
今でも結構あるけど……。
まあいい、これからは俺が役立たずのレッテルを張り替えてやるぜ!」
「おお~っ、生まれてからこれほど嬉しかった事はなーい!」
ウオンウオン男泣きに泣くセル。
当分泣き止みそうにないので放っておいて、再びベリオに向き直った。
「で、何が問題なんだ?
部屋が余ってるならそこでいいだろう?」
「ダメです!
男女七歳にして同衾せず、です!
間違いがあったらどうするんですか!」
「んじゃどうしろってんだ!
野宿するんなら、俺は学園を出てサバイバルやってるほうが上手く生きていく自信があるぞ!」
「それは……そうだ!
まだ一室、問題ない部屋が余っています!
そこにしましょう」
「むう、何か嫌な予感がするなぁ…」
ぼやいている大河を見かねたのか、未亜が助け舟を出してきた。
「じゃあ、お兄ちゃんは私の部屋の居候って事でいいんじゃない?」
「…へ?」
「…あの、未亜さん…?」
ベリオとセルが唖然とした声を出すが、大河は構わず助け舟に乗った。
「あ、それいいな。
元々同じ部屋で寝泊りしてたんだから今更だしな」
「でしょ?
それに最初はそういう予定だったんだしね」
「ちちっちちちちょっと未亜さん!
ダメです!
禁止、却下、ダメダメのダメです!
男女七歳にして同衾せずって言ったじゃないですか!」
「そうですよ未亜さん、それに大河と同じ部屋になったらいつ間違いが起きるか…。
それも兄妹でなんて!
…む、いやしかしそれはそれで萌えるような…」
アホな発言をするセルを張り倒し、ベリオは強い口調で続けた。
「とにかく!
大河君には余っている部屋に行ってもらいます!
これは決定事項です、寮長権限で可決します!」
「「ええ~」」
大河と未亜の不満そうな声を押し切って、ベリオは大河を連れて行ってしまった。
何となく付いてくる未亜。
向かう先は、掃除もされていない屋根裏部屋だった…。
こんにちわ~何とか書き上げました時守です。
戦闘シーンを予告しておきながら、全体の1/3程度で終わってしまいました(汗)
大河の攻撃力を上げすぎた……条件付けしとかなきゃ。
どこが一般人以上専門職以下じゃあ!と思った方が殆どかもしれませんが、あれは大河が召喚器を通じたからこそ引き出せた力です。
召喚器なしなら、一般人以上専門職以下という意味でした。
しっかし話が進まない進まない…。
原作の第一章はたったの一日なのに、まさか3話も使ってここまでとは…。
状況描写を疎かにしたらプレイしてない人には分かりにくくなりそうだしなぁ…。
何でかなぁ……ビール中ジョッキを一気した後の方がキーボードがよく進みます。
あまつさえ酔わなきゃギャグとか出来ない。
酔ってたってまともにギャグが出来るかと言われると痛いですけど…。
アル中まっしぐらなようで怖いッス。
それではレス返しです!
1.>干将・莫耶様
本編逆行モノばっかりだったので、実を言うとちょっと不満だったんです。
それも面白いけれど、一度は失敗しているって事ですから…。
一つくらいは、一から始まって一気にハッピーエンドに直行するのがあってもいいんじゃないか?
そう思って書き始めた次第です。
2.>エル様
さぁ?(邪笑)
ウチの大河は顔が広いですから、何処で誰にいらん事を吹き込まれているやら…。
私も予想だにしない特技とかをたまに持っていますんで、召喚教師だって会ってるかもしれません。
当人がやってる事は、あのVTNとは比べ物にならない程温和ですが。
3.>沙耶様
せ、世界と契約…!?
ネタに掠られたっ…。
どうしよう……いっそそっちにしようかなぁ…。
でも前にそれで書こうとしたら、話がヘンな方向に飛んじゃったし…。
と、とりあえず保留という事で…。
4.>なまけもの様
ハーレムルートをどうやって未亜に認めさせるか、それが今一番やっかいな課題です。
一応考えてはいるんですけど、単純すぎて面白みがないかなぁ……。
ダリアはともかくとして、ミュリエル学園長はマジで迷ってます。
きっとハーレム入りしても、水面下で2人の小競り合いが続くでしょうね。
5.>まさのりん様
この際だから突っ走ってもらおうかと思いましたが、ウチの大河は冷静になると腰が引けるようです。
さて、行くトコまでとは言っても何処までイかせてくれようか(笑)
6.>震雷様
ご親切にありがとうございます。
ナイトウィザード…TRPGでしたか。
あんまりやった事ないから思い出せませんでした…。