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「白の聖女と黒き狂騎3(FATE+月姫)」

S・O・S (2005-06-08 22:52)
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 永い永い旅路を経て、男は女の元へと辿り着く。

 孤独と静寂に支配された、ただ一人の空想から具現された居城。千年城と呼ばれる事もある其処に、女は一人で眠り続けていた。

 男との僅かな蜜月を、繰り返し繰り返し夢に見て、叶わぬ逢瀬を待ち続ける美女。

 彼女自身の能力で編まれた最高の鎖を使い、幾重にも縛られたその身体。千年城の主であり、虜囚でもある女を前に、男は自身の持つ異能を使い、鎖を断ち切る。

 其れは封印。決して破っては成らぬ物。また本来は、誰にも破られる事のない物。

 しかし、解けない筈の封印は破られ、閉ざされていた女の瞳が開く。

 男は喜びと共に女を抱きしめ、女もまた愛しい男を抱きしめた。

 ずっと考え続けていた、再会した時の言葉を、男が口にする寸前。

 ……悲劇の幕は開く……

 プツリッと、とても小さな音が鳴った。

 水を入れた布袋を針で刺したような、簡素な音。

 コクッコクッコクッ

 続く異音と共に、女の美しい喉が規則正しく揺れる。開かれた瞳は、禍々しき黄金に染まり、目尻から血色の涙が緩やかに流れ出ていた。

 悲しい、哀しいと女の心が痛みに嘆く。

 嬉しい、美味しいと女の肉体が歓喜に震える。

 男を抱く手に力が入り、服を破いて肉を裂いた。それでもその手を離せない。喉を鳴らすことを、止められない。

 相反する心と身体に、女の魂が慟哭していた。

 愛しい女が流す血色の涙を、男は優しく拭い取る。その目は、恋人の悪戯に仕方ないなと、苦笑を漏らすかのように。

「……いいよ。我慢して、我慢して、それでも欲しいというのなら、こんなモノいくらでもやる。だから、オマエは笑ってろ。眠り続けるなんて、許さない」

 力の抜けていく全身を酷使して、女を精一杯抱きしめる。

 驚きに目を瞠った女は、男の弱まっていく鼓動に恐怖した。ヒタヒタと忍び寄る絶望に、目の前が暗くなる。

 男は最後に、最愛の女へと、想いの詰まった言葉を送って。

「……ありがとう……オマエに逢えて、幸せだった……」

 ……人間として、その生涯を終えた……


 布団を跳ね上げて、少女は目覚める。

「―――ァァァッ!!」

 知らぬ間に悲鳴を上げていた小さな喉を、両手で抑え込む。全身を濡らす冷や汗が気持ち悪いと感じ、原因である夢を思い出して肩を震わせた。

 お互いを愛し合った二人の、悲しすぎる最期が、目蓋に焼き付いて離れない。

「イリヤッ、大丈夫か!? 悲鳴が聞こえたけど……一体何があったんだ?」

 心配そうに声をかけるシキ。彼の顔を見る事が出来ない。見れば、聞いてしまうから。

 ―――なんで、死ぬ寸前に笑えたの?―――

 先ほどまでの悲鳴で痛む喉の奥から、飛び出そうとする言葉を必死で押し止める。

 主のただならぬ様子に、眉をしかめるとシキはイリヤを抱えて部屋を出た。

「キャッ!?……な、なにするのよ、シキ!」

「病気かもしれないから、セラさんに診て貰おう」

「びょ、病気なんかじゃないわ、下ろしなさい」

「本人には分かり難いモノもある……とりあえず診てもらおう」

 イリヤの命令にも頑として応じず、廊下を走る速度を一段上げる。ヒュォッ、という風を切る音すら立てながら、長く複雑な廊下を駆け抜けた。

「セラさん! イリヤが大変なんだ」

「なんですって!? 大丈夫ですかイリヤさま……痛い所は? 熱などはありませんか?」

 キッチンで食事の用意をしていたセラは、突然の闖入者に驚きを隠せなかったが、シキの一言で全ての準備を放り出し、従者が抱く少女の元へと飛びつく。

 自分の意図しない所で大事になる気配に、イリヤの額に一粒の汗が浮かんだ。

「もおっ、私は大丈夫って言ってるでしょ!」

「で、でもイリヤ」

「でもじゃない! マスターの言う事が聞けないの?」

 怒りを滲ませた少女の声に、青年は渋々退き下がる。セラの方もイリヤの面倒を見てきた経験から、大事はないと判断したのか食事の支度を再開していた。

「イリヤさまが起きられたなら、そろそろ食事にいたしませんか?」

 程よく煮込まれた料理の味を見たセラの言葉と、漂ってきた美味しさを語る匂いに、頬を膨らませたイリヤは勿論、シキも同意した。

 昨夜、ランサーとの闘いから帰った二人を迎えたのと同じように、暖かく心の篭った食事が供される。

「うん。セラさんの作る料理は美味しいね」

「そう? 私はセラの料理しか口にしたことが無いから、分からないわ。でも不満を感じたことも無い。コレが美味しいって事?」

 料理を食べて舌鼓を打つ青年に、イリヤは疑問を口にした。そんな疑問を抱く少女の環境に、哀しみと怒りを覚えながらも、シキは思ったままに答える。

「美味しいよ。イリヤの事を想って作られてるから、なおさらそう感じるんだな……今更だけど、俺が食事しててもいいの? イリヤからは十分な魔力を貰ってるし、絶対必要って訳じゃないんだけど」

「いいの。私が命じているのだから、素直に食事しなさい」

「ありがとう、イリヤ……セラさんも、何時も美味しい食事ありがとうございます」

 戦うだけの駒として扱われても文句の言えないシキを、限りなくヒト扱いしてくれる幼い主と、料理の手間を取らせてしまうセラに、微笑みながら礼を口にした。

 目蓋を真っ白な包帯で隠しながらも、その穏やかな気配によって周囲の人間を和ませる異色のサーヴァントを、二人の女性が不思議そうに見つめる。

「?」

「シキ……私は無視?」

 二人からの視線の意味が掴めず、首を傾げた青年に掛けられる声は、少々硬かったかもしれない。慌てて首を横に振りながらフォローする。

「そ、そんなこと無いよ。リズも城の掃除とか頑張ってるよね、ありがとう」

 リズとセラは性格の全てと、肉体の一部を除いてそっくり同じに見えるが、得意とする分野もかなり違っていた。

 リズは掃除や洗濯など家事全般に優れており、彼女の掃除した後は大雑把な性格に似合わず、チリ一つ残さぬほどに整えられている。

 セラは料理を一任されており、イリヤの体調を考えて一品一品を丁寧に作り上げてくれる。有名料理店のシェフにも劣らぬだろう。

 二人の愛情と忠誠は、全てイリヤ一人に向けられている。たとえアインツベルンの長老が命じても、少女の不利になるような事は絶対にしない。ソレが分かるからこそ、シキも二人を信用し、信頼しているのだ。

「毎回お世話になるだけって言うのもアレだし、今度は俺にも作らせて貰えないかな?」

「……それは、食事を、ということですか?」

 シキの提案に、セラは半ば信じられないと言わんばかりに目を開き、黒衣の青年に問いかける。

「うん。やっぱり台所に邪魔が入るのは迷惑かな?」

「いえ、そんな事はありません。しかし……」

「いいじゃない。シキの料理、私は食べてみたいわ」

 言いよどむセラにイリヤの声が重なる。主である少女の笑みに、彼女が逆らえるはずも無い。躊躇いながらも青年に頷きを返した。

「良かった。なら今度街に行った時にでも、材料買っておかなきゃな……」

「楽しみにしてるんだから、不味かったら承知しないわよ」

「あんまり脅かさないでくれ、所詮は素人なんだからセラさんみたいにはいかないぞ」

 ほのぼのとした空気が、室内に広がる。昨夜の危険も、これからの激闘も考えず、今の幸せを忘れぬように。

 そして、穏やかな空気が終わると同時、シキはイリヤに今後の方針を尋ねた。

「……これから、どうする?」

「これ以上、無作法なマスターに付き合う義理はないわ。次に行くのは、戦争が始まってからよ」

「開始の合図か何かあるのか?」

「いいえ。でも、私には分かるわ。今、現界しているサーヴァントは六騎、残る一騎も今日明日中には現れる筈。覚悟だけはしておきなさい」

 断言する少女に、黒き従者は無言で頷く。幼く見えても、自分の主が実力ある魔術師だと知るが故に、戦うべき時を知り、戦う為の意思を持っていると、認めていたから。


 戦争を目前とした、最後の団欒として晩餐を終えた後。イリヤは部屋に居る自分の従者たちに告げる。

「たった今、最後のサーヴァントが召還されたわ……聖杯戦争の、始まりよ」

 託宣の巫女のように、事実を告げる少女の口調に迷いは無く。それを聞く従者達の表情は一片の疑いも浮かばない。

「ようやく、か」

「シキ、嬉しそうね……そんなに戦いたいの?」

「戦いはキライだよ。でも、俺に出来るのは、それくらいだから……」

 感慨深げに頷いた青年に少女は問いかけ、シキは否定しながらも自分の手を見つめた。包帯で隠れた瞳は、その手を濡らす赤い血を幻視するかのように。

「ふぅん。……どうでもいいわ。さぁ、少し出掛けましょうか、シキ」

「早速かい? 敵の場所も分からないのに無茶は駄目だよ」

「場所は分かってる。教会よ」

 シキは明確な場所を告げるイリヤに、少しだけ問いかける眼差しを向ける。少女はその眼差しを避けるように目を逸らし、リズとセラの二人を伴って出掛ける準備を始めた。

 少しだけ迷ったが、結局彼は何も問わずに主の出発を待つ。

「行ってらっしゃいませ、イリヤさま。バーサーカー、お嬢様をしっかりお守りするんですよ」

「イリヤ、シキ。怪我しないで帰ってきてね」

 城に残る二人の従者の声を背に、青年は少女を抱いて夜の森を駆ける。

 森深い道のりを、まるで平坦な道と変わらず走り抜け、さほどの時間もかけずに街へと辿り着く。

「……イリヤ、何か俺に隠してない?」

「別に、何も隠してなんかいないわ」

 胸に抱いた少女を降ろし、問い掛ける青年の言葉を、イリヤは即座に否定する。しかし、その反応の速さが、少女の嘘をシキに伝えていた。

 少女はそのまま無言で先を急ぐように歩き出し、青年もまた主の嘘に気付きながら、何も言わずに付いていく。

「……もう何も聞かないの?」

 微かな違和感と、緊張を伴う空気に耐え切れなくなったのは、主であるイリヤだった。

「聞いて欲しいのか?」

 質問に質問で返され、反射的に少女の頬は膨らみ。黒衣の従者がした意地悪に、咎める眼差しを送った。

「ゴメンよ。ちょっと意地悪だったね……でも、イリヤ。キミが望むなら、いいんだよ。何をしても、何を隠しても。俺はただ、キミの命ずるままに動き、キミの敵を殺す。それだけしか出来ない、不出来なサーヴァントなんだから」

 自嘲するように唇を歪ませて呟くシキ。青年のそんな顔が見たくなくて、イリヤは彼の黒衣の裾を咄嗟に掴む。数秒、逡巡を表情に浮かべた後、ゆっくりと口を開いた。

「……『彼』が、屋敷から出たわ。サーヴァントと、魔術師を伴って」

 少女の口から出た『彼』という単語。シキはそれだけで、イリヤの口が重かった原因を知る。昨日訪れた屋敷と、そこに住む少年は、幼い主と何らかの関係があるようだ。気にはなったが、詮索はしない。

「私の得意な魔術の一つが、『遠見』と呼ばれる魔術。目印となるモノに意識を移す事で、様々な知覚を得る術よ。最後のサーヴァントが召還された時、ソレを使って屋敷の前を見たわ……」

「便利な魔術だね」

 普段より少しだけ饒舌になったのは、青年に隠し事をしていた負い目からか。イリヤを見つめるシキの目は優しくて、少女の行動を言葉は少なくとも肯定した。

 ただ、自分の行動に自信を無くしかけた幼い主の頭に手を置いて、キミは間違っていないと伝える。

 一瞬だけ満面の笑みを浮かべた少女は、その事実を恥じるように前に向き直り、足を動かす。後に付いてくる青年を、信じきった歩行。シキは少しだけ苦笑しながら、遅れずに歩き出した。

 再び歩き出した二人。彼らを包む空気から、何時の間にか違和感や緊張は霧散して、代わりに普段通りの穏やかな気配に満ちていた。

 月明かりを頼りに、ゆっくりと歩き続ける二人、事情を知らぬ人間には、夜の散歩を楽しむ兄妹に見えたかもしれない。

「ココで……れ……あ………敵……」

「どうやら、待ち人が来たみたいだよ」

 人間を越えた感覚を持つ青年が、未だ彼方に居るだろう目的の人物の声を聞き、少女へと注意を促した。同時に、彼の視覚ですらハッキリとは映らぬ遠方にあって、一際異彩を放つ集団を見つめる。

 赤い髪を短髪にした、真面目そうな少年。長く黒い髪をツインテールにした、美しい少女。黄色い雨ガッパを着込んだ小柄な人影。前の二人が魔術師で、最後の人影はサーヴァントだろうと辺りを付ける。共通点があるようで無さそうな三つの人影を眺める青年の口元に、軽い笑みが浮かんだ。

 人影の歩いてくる方を向いて、イリヤはほんの僅か、迷いを表情に乗せて前を見る。

 愛と、憎しみ。コインの表裏の如く分かち難い二つの感情に揺られた白皙の美貌は、今までの少女のどんな表情より魅力的だった。

 自分の浮かべた表情など知らぬまま、一度だけ、縋るようにシキに視線を向けた後、無邪気な美しさの中に毒を隠す小悪魔の笑みに変えて、目の前に迫る三つの人影に声を掛ける。

「ねぇ、お話は終わり?」

「―――ッ!?」

 月を背にした少女の言葉に、人影達は動揺を露にした。

 白い妖精のような可憐な少女と、影のように付き従う黒衣の青年。彼らはまるで、背に負った月すら従えるかの如く、途轍もない存在感と共に目に映る。

「初めまして、トオサカリン。―――お兄ちゃんは、昨日も逢ったね」

 ニコリと、内心の葛藤や迷い、胸に宿す激情の全てを隠して、少女は花のように微笑む。

「私の名前は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……名前を呼ぶなら、イリヤで良いよ」

「キミは、昨日家の前に居た?―――それに、おにいちゃん?」

「あ、アインツベルンッ!?」

 イリヤの挨拶に、動揺し続けていた二人の魔術師が、ようやく立ち直りだした。聞き逃せぬ言葉に声を上げる二人の目前、彼らを守るようにして立つ二つの人影。

 一つは、先ほどまで魔術師と共に歩いていたモノ。着ていた雨カッパ脱ぎ去ると、その下からは青い鎧に身を包む少女騎士が現れる。

 一つは、寸前までは姿も気配も見せず、霊体として傍に控えていたモノ。赤い外套を着込み、敵であるシキに鋭い眼差しを向ける褐色の肌の青年。

 敵として相対する存在が増えても、少女と青年の余裕は崩れない。イリヤは絶対の信頼の元、黒衣の従者へ命を下す。

「さっそくだけど、バイバイ。―――やっちゃえ、シキ!」

 幼い主の命に従い、青年は地を駆ける。その速度はまさしく疾風。サーヴァントに護られた魔術師には、目視する事すら叶わぬ速さ。しかし、英霊としてならば、いくら速くとも同じ英霊の想像を超えるほどではない。

「ハァッ!」

 一瞬で目前まで迫ったシキ。彼の持つ白銀の短刀による一撃を、まるで予知していたかの如く、綺麗に受け止めたのは、小柄な少女騎士だった。短刀の刃を止めた少女の武器は、何らかの特性によるのか、不可視のまま、小柄な外見に似合わぬ力と、見えざる武器に意識を削がれた所為で、攻撃した青年の方が吹き飛ばされる。

「―――くぅっ」

「逃さん」

 吹き飛びながらも体勢を整えようとするシキに、赤い騎士の手から弓矢が放たれた。手を使った射撃とも思えぬ速射。数は三つ。シキは顔面、胸、腹へと飛翔する矢を、左手で弾く。無理に前へ出る事を諦めたか、少女の元へ退いた。

「……強いね」

 距離を縮めようとした青年が、尋常ならざる障害を前に元の場所へと戻される。未だ包帯で隠れた瞳で、二人から受けた攻撃で痺れる両腕を見つめながら、呟く。

「見えない武器……ああ、でもアレは剣か。となると、彼女がセイバー。それに、弓で援護する弓兵。アーチャーか……遠近両方揃ってるのは厄介だな」

 弱音とも取れる言葉に、強気を取り戻したのは黒髪の少女。

「ふぅん。いきなり現れて闘いを挑んだわりに、随分と平凡なサーヴァントなのね……そいつで戦争を勝ち抜けるのかしら?」

「心配なら要らないわ。シキは最高のサーヴァントだもの」

 自信を持って断言するイリヤの言葉に、微笑を零しながら青年は一歩、前に出る。

「さて、マスターがあそこまで言ってくれたんだ。俺も頑張らないとな」

 そして、ランサーとの闘いでも外すことの無かった、目蓋を覆う包帯を解く。白い布から解放された双眸は、青く蒼く輝いて、自らの敵を睨んだ。

「魔眼の類か……どんな効果かは知らぬが、私には通じぬと警告しておこう」

 剣の英雄と悟られても、まるで動揺を表さぬ少女騎士。彼女は気高い誇りと、自らが持つ対魔力を信じて、足掻く事は無駄だと告げた。

「魔力の流れも感じないしな……この程度の魔眼、英霊には通用しない。凛は用心の為に彼の目を見るな」

 赤き弓兵は鷹のような目を細めて、観察した上で結論を出し主へと忠告する。

 だが、幾多の戦いを経た英雄としての彼らは、自分たちを睨む蒼い瞳に、知らず全身を硬直させていた。目に見える効果は無く、魔力も感じぬあの瞳。しかし何故だろう、まるで死神にでも魅入られたかのように錯覚する、あの視線は何だと言うのか。

「それじゃ……行くよっ!」

 掛け声と共に、青年は地を駆ける。一度目と同じように対応しようとした少女騎士に迫り、直前でもう一段速度を上げた。ランサーとの戦いにおいて、最後に行った二段加速。不意の加速に対しても、未来予知に近い直感が、セイバーに剣を振り直すだけの余裕を与えた。

「―――甘いっ」

「……キミがね」

 弾き合う筈の二つの刃、それを見つめてシキは微笑む。その笑みから、段々と穏やかさが失われていることに、イリヤだけが気付いていた。歪な笑みを浮かべて、青年は見えない剣に短刀を打ち付ける。

 金属のぶつかる音すら立てず、シキの刃は少女の武器が存在するだろう空間に、突き刺さっていた。空気の詰まった風船が破裂したかの如く、青年の短刀が突いた場所から風が溢れ出す。吹き突ける風に髪を揺らされ、セイバーは驚愕の呻きを押し殺せなかった。

「……風王結界が、消える?」

 優れた直感でも予知し得なかった事態に、隙を見せた少女騎士。けれどシキは彼女や、姿を現し始めた彼女の剣に一瞥もくれる事無く、セイバーの肩を踏み台にして、上空から自分を狙う射手に飛び掛る。

「ッ!?」

「あの子と剣を交えていたなら、狙撃できるのはココしかないからね」

 セイバーの影からシキを射ぬこうと、弓を構えていたアーチャーは突然の強襲に心を乱した。動揺を抑えながら、三連射で黒衣の青年の勢いを削ごうとする。飛来する三本の矢を、事も無げに払い落としながら、シキはなおも赤い弓兵へと迫った。

「やるな……だが、弓兵だからと接近戦が出来ぬ道理はないぞ!」

 短刀の間合いに敵を収め、一撃を振るわんとしたシキ。弓兵は彼へと向けて、何時の間にかその両手に出現していた陰陽の夫婦剣で斬りかかる。

「―――っ、なんてインチキ」

「ふん、一撃で私の剣を砕くのは、何の手品だと言うのだ!」

 足場の無い空中で、短刀と双剣がぶつかり合う。短刀に触れる度、双剣が消え去り、次の瞬間には新しい双剣が握られるのを見て、叫んだシキに弓兵も叫び返す。

 数秒の間に十を越える激音を響かせ、二人は弾かれるように遠ざかった。着地しようとするシキに、平静を取り戻したセイバーが斬りかかる。

「何をしたのかは問わぬ、けれど貴方は危険だ。ココで倒させて貰う」

 不可視だった状態から、強制的に姿を露にさせられた剣。ソレは正しく『王の剣』と呼ぶに相応しく、剣という武器において、一つの極みを形とした物。その刃は、まるで自らが輝きを放たんとするほどの美しさに満ちていた。

「出鱈目だ、こんな剣は見た事ないぞ!?」

 刹那、迫る刃の美しさに見惚れるシキ。自らが手に持つ短刀とは、武器としての格が違いすぎる。防ごうにも一合ともたずに、短刀ごと真っ二つが関の山だろう。そう判断した青年は、武器を持つ右手ではなく、無手の左手をセイバーの剣に叩き付けた。

 拳は砕け、血が吹き出ても顔色一つ変えず、必殺の一撃を逸らされた事で体勢を崩した少女騎士へと、右手に持つ刃を突きつける。けれどその狙いは鎧に護られた胴体、短刀では致命に至らぬばかりか、穿つ事すら不可能な場所。

 安心してもいい筈のセイバーは、彼女が持つ直感のスキルや、英雄としての本能から、迫る凶刃の恐ろしさを理解した。

 ………あの短刀が刺さった時、自分は死ぬ………

 理屈も矛盾も関係ない。ただ事実として、黒衣の青年の持つ蒼い瞳が見つめる先に、彼の刃が届けば、この身が霧散する事を、サーヴァント中最優と言われるセイバーは、その優秀さ故に確信してしまった。

「前へ出るなよ、セイバー!」

 短刀の刃が青い鎧を突く寸前、少女騎士にアーチャーの声が届く。同時に彼女の背後から風きり音と共に二本の剣が、シキを目指して飛来する。剣の正体がアーチャーの夫婦剣だと看破した青年は、武器持つ右手を翻して、音すら立てずに双剣を打ち落とした。

 己を狙う凶器を防いだシキ。彼が次の行動に移るより速く、硬直の解けたセイバーの剛剣が打ち付けられる。

「ハアァァァッ!」

「―――チィッ」

 命を脅かされた屈辱に対する、報復も兼ねた少女騎士の一撃。重く、速く、鋭い斬撃を短刀で受け、武器が砕かれるより先に後ろへ飛び退った。

 三度開いた彼我の距離は、約五メートル。英霊としてヒトの枠を超えた彼らには、有って無いような間合い。しかし、対峙する両者は縛られたように動きを止める。

「……嘘、アイツ何者よ。アーチャーとセイバーの二人掛りで互角だなんて……それにあの短刀、セイバーの剣に掛けられた魔術を破ったわ。それだけの力があるのに、概念武装としてのランクが読めない」

「違うよ、遠坂」

「何が違うって言うの、衛宮君?」

「あの短刀は、本当にただの短刀なんだ……だから、セイバーとまともに打ち合おうとしない」

 実力の読めない黒衣のサーヴァントを、悔しげに睨む黒髪の少女。彼女の横で呆然と呟く少年の声には、彼自身でも気付かない奇妙な確信があった。

「それこそまさか、よ。アーチャーの武器だってそれなりの概念武装なのに、彼は苦も無く打ち落としてるじゃない」

「そう、か……そうだよな……でも、何か」

「凛。小僧の言うとおりだ。あのサーヴァントの短刀は、何の力も無いただの刃だろう……問題は、奴の魔眼にこそ有る」

「同感です、アーチャー。彼の視線はまるで……死、そのモノを見抜いているような」

 直感の感じるまま、思いを吐露するセイバーの言葉。抽象的なソレに反応を示したのは、赤い外套の弓兵だった。彼は雷に打たれたかの如く硬直し、信じ難いと表情で表しながら口を開く。

「―――モノの、死を視る瞳。……『直死の魔眼』、か……」

「ご明察、物知りだね」

 黒衣の青年は、秘すべき切り札を見破られながら、平然と肯定する。

「嘘でしょ……そんな魔眼が、実在していたなんて……」

 黒髪の少女は、魔術師に相応しき知識を持つが故に、目の前の非常識に動揺を隠せない。知識の足りない少年は、けれど自らの感覚でシキの瞳の危険性を察知し、動く事が出来ないでいた。

「信じ難いが、目の前の現実を認めるしかあるまい。ただし、私はまだ負けを認める気は無いぞ……セイバー、キミもそうだろう?」

「当然です。私の死を見抜いた敵が、必殺の一撃を繰り出すのなら、一撃も喰らわずに倒せば良いだけだ」

 ヒトとしての常識に囚われた主を守るべく、二人のサーヴァントは危険過ぎる敵を打倒せんと、一歩、前へ出る。足取りは揺ぎ無く。目前の敵を睨む姿は、まさしく英雄。

 ―――ならば、その二人を見て笑みを深める彼もまた、英雄と呼ぶに相応しいのだろう―――

「規格外の宝剣を持つセイバーと、尽きぬ双剣を携えたアーチャーか……なんとも相性の悪い相手だな」

 切り札たる魔眼を使ったからには、最低でも二人のうちどちらかは戦線を離れる程度の傷を付けたかったのだが、と見通しの甘さを悔やむシキ。魔眼の効果を見破られた以上、今までは見せた隙も、これからは有りえない。シキは冷静に彼我の戦力差を判断して、コチラ側の分の悪さを悟る。黒衣の従者は覚悟を決めた表情で、自らの主に言葉を掛けた。

「なぁ、イリヤ。……頼みがあるんだ」

「言わないで、私は、アナタに勝って欲しいのよ」

「俺も出来るならそっちが良かったんだが、どうにも難しい。……命じてくれ、イリヤ」

 シキの懇願にも似た言葉に、イリヤは否定したがる理性を捻じ伏せて、自分が最も信頼している男の背中を見つめる。

 傍から見ていても分かるくらい、目の前のセイバーとアーチャーは強い。その二人と対峙しておきながら、微塵も揺るがぬ背中。逡巡の表情は一瞬で、泣きそうに歪んだ顔は一瞬の中の一刹那。一度だけ目を閉じ、開いた時、そこに立つのは幼さの中に強さを潜ませ、黒衣の従者に命を下す主人の姿。

 少女は、目の前に立つサーヴァントに命ずる。傲慢に、冷酷に、明確に、ただ一言。

「―――狂いなさい、バーサーカー」

 ―――その場に居る誰も気付かぬうちに、月は雲に隠れていた。まるで、これから地上で行われる惨劇から、目をそむける様に。―――


 あとがる

 小説を書く、という事の大変さ。その億分の一を実感しました。S・O・Sです。

 妄想は湧けども、文章という形になってくれない(涙)

 本当に完結まで書き切れるのか、正直不安で一杯です。でも、読んでくれる方の存在を心の支えに、これからも頑張りますので、お暇な方は、お付き合いください。

 友人に今回の話を見せたところ、「ご都合主義が多すぎる、要努力」との有り難いお言葉を頂きました。
 ―――何時か、奴の口から惜しみない賛辞を言わせて見せる―――

 とまぁ、戯言はこのくらいにして、以下、レス返しです。感想をくれた方、本当にありがとうございました。

 ニャンちゅうさん>お褒め頂き、ありがとうございます。更新速度は、今回はごめんなさいでした。次回も何時になるかは分かりませんが、ヨロシクお願いします。

 kurageさん>FATEの登場人物って、皆何かしらの歪みを持ってますが、歪み具合ならシキも負けてません。特に、士郎と同じで一見まともに見えるから、なおヤバイ。

 春風さん>ゲイ・ボルグが外れたのは、一応幸運のおかげです(目は包帯してましたからね)、普段は幸運『も』低いけど、即死系の攻撃判定時のみ、幸運ランクに補正が付く感じでしょうか?パロメーターの公開は、今は考えてません。
 『あとがき』と書けるほど、立派な文章でないので崩しているだけです。分かり辛くてスイマセン。

 草薙さん>いつも補足して頂いて申し訳有りません。talkは私も一度だけ目を通した事がありますが、殺人貴違いです。平行世界の『彼』と言う事で納得していただければ嬉しいです。月姫はエンドの数も多いし、こんなのもアリかな?と軽い気持ちで書きました。

 くれいじーどりーむさん>貴方のレスに感動しても良いですか? 褒め過ぎだとは思いますが、本当に嬉しいです。キャラクターの掴みなど、まだまだな部分ばっかりですが、これからも上達して行きたいと思っていますので、応援してくれると幸いです。

 生きる屍さん>私も志貴が大好きです! 彼は基本的に運は悪いでしょう。ただ、命の遣り取りする場面において、生きるか死ぬかのピンチで偶然が多少味方してくれる……かも?w

 カモメさん>月姫をプレイした後、FATEのアーチャー=士郎を知ったヒトは、志貴=「  」を妄想せずには居られない筈。頑張って勝ち残って欲しいですねぇ(何故か他人事)

 作者を応援する通りすがりさん>応援、ありがとうございます。正直、かなり大変ですが応援してくれる皆さんに力を借りながら、このまま突っ走って逝きたいです!

 ニャンちゅうさん>今回で明かそうとも思ったのですが、もう少しだけ秘密にしておきます。あんまり一気に書くとネタが尽きてしまいそうだから(汗)

 何時まで続くか分からない、恒例のおまけです。


 イリヤの挨拶に、動揺し続けていた二人の魔術師が、ようやく立ち直りだした。聞き逃せぬ言葉に声を上げる二人の目前、彼らを守るようにして立つ二つの人影。

 一つは、先ほどまで魔術師と共に歩いていたモノ。着ていた雨カッパ脱ぎ去ると、その下からは青い鎧に身を包む少女騎士が現れる。

 一つは、寸前までは姿も気配も見せず、霊体として傍に控えていたモノ。赤い外套を着込み、敵であるシキに鋭い眼差しを向ける褐色の肌の青年。

「―――オマエ」

 後者を目にした瞬間。シキの全身から抑え切れぬ殺気が辺りに噴出す。傍に居るイリヤの驚愕にも気付かずに、赤い外套の男を射殺さんばかりに睨みつけた。

「何故、オマエがココに居る―――答えろ、『剣の丘の騎士』!」

 シキの叫びに、男は前へと進み出ながら苦笑する。

「まさか、な……この時代に、私を知る英霊が召還されるとは……しかも、相手は貴様か。運命の皮肉、と呼ぶには出来過ぎた展開だ……そう思わんか、『殺人貴』」

 訝しげな目で見つめる黒髪の少女や、剣の英霊とその主の視線を背中で受け止め、また一歩進む。男へと向けて歩き出していたシキとの距離は、段々と狭まり、その間に何も入れぬほどの異様な空気が満ちる。

「……さて、こうして貴様と対峙するのは、何度目だ? いい加減、その顔も見飽きたぞ」

「同感だ。俺もこれ以上、オマエの顔を見たくはない」

 両者の瞳には、互いの存在を許す事の出来ないと語る、燃え上がらんばかりの憤怒があった。唾棄せんばかりに睨み合う二人の手には、何時の間にか陰陽の夫婦剣と、白銀の短刀が握られて。

「―――フッ!」

「シャァッ!」

 瞬間、刃の激突で生じる火花は十を越え、なおも数を増していく。目の前の相手に対し、退く事など死んでも出来ぬと、一歩も譲らぬ攻防が繰り返される。

「随分と幼いマスターだが、姫君の事はもう忘れたのか?」

「はっ、最近の正義の味方は、他人の色恋にまで干渉したがるのか、悪趣味だな」

「質問に答えていないぞ、貧弱眼鏡」

「下世話すぎて、答える気にもならん。細かい事ばかりに拘るから、若白髪などになるのだ」

 子供の喧嘩染みた、罵声の応酬。しかし、交わされる攻防は人外のレベルで互角。刃の速度が上がり、同時に舌戦も激しさを増していく。

「刃物キ○ガイめ、貴様の嗜好には美学がない!」

「偽造しまくりの違法コレクターに、説教される言われは無いね」

「くっ、減らず口を叩くな」

「そんな台詞は、鏡に向かって言ってろ」

 ジリジリと間合いを狭め、武器すら手放した二人の『英霊(?)』は、素手で殴り合う。

「そこっ、右よ右!……あー、バカ、違う、左、左だってば……令呪使うわよ!!」

 あまりの展開に置いて行かれた人たちの内、赤い外套の男の主である、黒髪の少女は自らのサーヴァントを鼓舞しながら、勝負の行方を見届けようとしており。

「シロウ、お腹が減りました」

「うん、帰ったらメシにしよう。ご馳走作るから、楽しみに待っててくれ」

 周囲の変わり過ぎた空気すら弾き返す、無敵のラブラブフィールドに包まれた剣の英霊と、その主が居た。

 砕け散ったシリアスな世界を、懐かしむような目で追憶したイリヤ。彼女は肩をすくめて、一言。

「……バカばっか」


 ……………………………(沈黙)………………………

 ま、まぁ、アレですよ。おまけに期待しちゃいかんって事ですよ。書き逃げゴメンって事なんすよ。

 ………許してください。出来心だったんです。ごめんなさい…………

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