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「白の聖女と黒き狂騎2(FATE+月姫)」

S・O・S (2005-05-11 23:53)
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 ある所に、男と女が居た。二人は愛し合い。共に生きる事を望む。

 けれど、女は男を愛するが故に、男の前から姿を消す。男は女の事情も、想いも、全てを知った上で思った。

 許さない、と。

 女が、自分との楽しい記憶だけを夢見て、永き眠りに落ちる事を、本気で怒った。だから決めた。

 連れ戻す、と。

 数え切れない地獄を乗り越えて、

 世界を塗り変えるほどの絶望を浴びて、

 目の前に立ち塞がる障害の全てを壊し、殺し、滅ぼして、

 そうまでして一人の女を求める男。

 いつしか男は、こう呼ばれるようになる。

 ―――殺人貴―――と。


「……イヤな夢。早く日本に着かないかしら」

 日本の冬木市へと向かう飛行機の中で、イリヤは束の間の眠りから醒めると同時に呟いた。

『魘されてたけど、やっぱり起こした方が良かったのか? でも、イリヤはただでさえ健康的な生活をしていないんだから、眠れる時には眠った方が良いと思ったんだ』

 霊体と化したシキが心配そうにイリヤを見つめる。穏やかな彼の視線を、煩げに手で遮り、少女は窓からの風景を眺めた。


 冬木の町に着いた彼女が向かったのは、郊外の森に建てられたアインツベルンの居城。人払いの結界を潜り、森の中をシキに背負われた状態で走り抜けた。

「ようこそ、イリヤさま。初めての長旅、お疲れでしょう。入浴と食事、寝室の用意が出来ております」

「イリヤ、久しぶり。リズはイリヤに逢えてとても嬉しい」

 城に辿り着いた主従を迎えたのは、彼らに先んじて城の管理に赴いていた二人のメイド。

 慇懃な態度で深々と頭を下げたのは、セラ。

 淡々とした言葉ながら、感情を込めたのは、リズことリーズリット。

 二人とも、イリヤが生まれた時からの世話係である。ホムンクルスとして作られた彼女たちは、双子以上に似通った容姿でありながら、その性格と、女性特有の器官に随分な差があった。とりわけ、今のように二人が並んで立っていると、リズの胸にある反則的な二つの山が明らかになる。

「疲れたから寝るわ。寝室に案内して」

 世話係の二人と再会したというのに、無感情に言い放つイリヤ。彼女の冷たいとも取れる態度にも、二人のメイドは気分を害した風もなく、主と仰ぐ少女の望みを叶えるべく動きかけた。

「駄目だよ、イリヤ。飛行機でも何も食べてなかったじゃないか、少しはお腹に入れないと」

「シキ、うるさい。食べたくないって言ってるでしょ」

 未だ実体を保ったままのシキの忠告を、イリヤは煩げに払う。

「そうです、バーサーカー。貴方もイリヤさまのサーヴァントなら、お言葉に逆らうなどあってはなりません」

「セラ、厳しい。シキはイリヤを思って言ってくれたんだから、喜ぶべき」

「リーズリット、何時も言っているでしょう。イリヤさまへの言葉が軽すぎます。それに、バーサーカーをその名で呼ぶのは、イリヤさまの特権です。慎みなさい」

「セラは頭が固い。シキは私達にもそう呼べって言ってくれた」

「だからといって、その通りにする必要はありません。同じイリヤさまに仕える者とはいえ、サーヴァントの重要性は貴方も知っているでしょう」

 突然始まった二人の言い争い、眺めるシキとイリヤの目には驚きよりも呆れの色が濃い。性格の違いすぎるセラとリズは、会話していると時々こうなる。喧嘩というには感情が乱れず、普段どおりの口調が少し怖い。

「いや、俺はシキって呼んでもらった方が嬉しいんだけどね。―――って、今はそういう話じゃなくて、イリヤにご飯を食べて貰いたいだけなんだよ」

「それが不敬だと言っているのです」

「シキ、セラ、リズ……もういいわ。何か食べるから、用意して頂戴」

 イリヤが諦め気味に呟くと、少女に仕える三人は仔細は違えど笑みを浮かべた。

 静謐な森の中、孤高と佇むアインツベルンの城。久方ぶりの住人は静かではあるが、穏やかで暖かな風を運んで来る。しかしその風は、冬木の町に集う『魔術』に通じる異端者に、死と破壊を齎す凶風だと誰が知ろう。


 明けて翌日。戦争の始まりを待つ白の少女は、自身の使い魔を連れて冬木の街を歩いていた。

 建前は戦場となる街の地形を知る事。本音は一人の少年に出会う事。少女にとっての戦争は、その少年と関わらずには終われないのだから。

 個人的な想いを封じて、霊体と化した従者を連れて街を回る。一巡りが終わり、歩きながらイリヤはシキに問いかけた。

「ねぇ、シキ。色々行ったけど、どこか気に入った場所はある?」

『……気に入ったっていうのとは、少し違うけど。あの公園は印象的だった』

「あぁ、あの気持ち悪い公園ね……よほど多くの人間が死んだんでしょう。固有結界に近くなっていたわ」

『そういうのは良く分かんないけど、懐かしかった……死と、血と、時間では拭う事の出来ない穢れに染まった独特の空気。もしも、あそこで戦う時は注意しないと……狂化を抑えられないかもね……』

 語る言葉に、僅かな狂気の片鱗を覗かせるシキ。バーサーカーとして召還に応じるに足る狂気は、彼の中に確かに存在していた。では、それを隠して見せる普段の穏やかな表情は、一体どれほどの精神力で作られた物か。

 気付いたイリヤが呼吸を止めた一瞬の内に、再び全てを隠した彼は微笑む。

『俺は大丈夫だよ、イリヤ。……さて、次はキミが行きたい場所に行こうか』

「行きたい場所なんてないわ」

『嘘は良くないよ。あっちの方に何かあるんだろ?』

 シキの指差した方角を見て、イリヤの表情が変わる。使い魔は図星を突かれて動揺した彼女の顔を、何時もの様に微笑を浮かべて眺めていた。

「シキって、時々すごい意地悪だわ」

『イリヤこそ、普段はわがままばっかりなのに、大事なコトになるほど本音を隠すんだね』

 青年の言葉に可愛い頬を膨らませて、霊体となっている従者を睨む。

 少女を造ったアインツベルンの魔術師達には、想像すら出来なかっただろう表情。黒衣の青年を召還して以来、イリヤの心は成長し続けていた。喜怒哀楽の感情や、ソレを表現する方法。今まで、少女が知らなかった事を、誰にも教えてもらえなかった事を、シキは一つ一つ、ゆっくりと伝えていった。

「行っても、無駄かもしれない。衛宮の後継とは言っても、どれほどの魔術師かも分からないんだもの……戦争の事なんか、何も知らないかもしれない」

『無駄かもしれない。そうじゃないかもしれない。そんな時はね、イリヤ。キミの望むままに行動すれば良い。逢いたい誰かが居るのなら、逢いに行けばいい。逢いたくないのなら、避ければいい。俺はただ、キミの望みを叶えてあげたいだけなんだ……ねぇ、イリヤ。キミは、どうしたいんだ?』

 最後の言い訳すら、青年は笑みと共に封じ込める。シキの問い掛けに少女は悩み。決断する。

「……逢いに行くわ。多分、ソレは私の望みの一つだから……戦争とは関係ない、私個人の望み。それでもシキは付き合ってくれるの?」

『言っただろう、イリヤ。俺はキミのサーヴァントだ。キミ個人の望みなら、喜んで従うよ』

 見放されるのではないかと怯える主に、使い魔は親愛の情を込めた言葉を送った。少女は安堵の息を零し、迷いの無い歩みで進みだす。シキが指差した方角へ。彼が気付いた理由は、散策していたイリヤの注意を独占していた方角であり、郊外の森から街を訪れた自分たちの、その場所を避けながら円を描くように移動していた足取りから推察した答え。

(遊び場に入りたいのに入れない子供みたいだったよ……なんて言うと怒るんだろうなぁ)

 青年は想い浮かべた主の怒りに、苦笑を濃くする。仕えるべき少女のそんな様子すら、彼には微笑ましいものだったのだから。

 二人が進んだ先には、立派な武家屋敷が建っていた。古風な佇まいは、家人が屋敷を大事に扱っている事を感じさせ、大きな門構えには、存在感はあっても、家を訪れる人間に無用な威圧感を与える事無く、悠然と構えられている。

『良い雰囲気の屋敷だね。ココが、イリヤの来たがっていた場所?』

「そうよ。シキ、結界か何か感じない?」

 屋敷を眺めていたシキは、主の問い掛けに注意深く観察し直す。目蓋を覆う包帯を、指で少しだけずらしながら。包帯の隙間から漏れる光は、蒼にして青たる霊光。その瞳は、有り得ざるナニカを見通すかのように、屋敷へと注がれる。

『……巧妙に隠されてるね。一見しただけじゃ、キャスターでもない限り見破れない類いだ』

「どんな効果かは、分かる?」

『それがさ……こんな結界を編めるなら、それこそ鉄壁の要塞でも造れそうなのに。コレはただの警報装置だね……害意を持つ者の侵入を、家人に伝えるだけの代物だよ』

 来る者を拒まず、去る者を追わず。他者を排除する魔術師にとって、もっとも縁の無い結界。従者の報告を聞いた少女は、喜びとも哀しみともとれぬ、複雑な表情でジッと屋敷を眺めていた。

『ヒトの気配は無い。どうするイリヤ?……誰かが近づいて来てるみたいだけど』

「……帰るわ」

 表情を消して呟き。イリヤは立ち去りかけ、道を歩いてくる人影を見た。

 赤い短髪。実直そうな顔立ち。程よく引き締まった肉体に学生服を纏った、何処にでもいそうな、普通の少年。

 少年の顔を見た少女は、屋敷を眺めていた時と同様、自分でもどんな表情をすれば良いのか迷っている風に見えた。迷いは一瞬、冷たい作り物の笑みを浮かべたまま、少年へと踊るように進む。

「お兄ちゃん、早く呼ばないと、死んじゃうよ」

 明るく、綺麗でありながらなんと平坦な声だと、誰もが思うだろう。心の無い人形のような、美しいだけの声だと。

 だが、不可視の存在と化した黒衣の青年には、少女の言葉にかすかな震えが感じられた。それは抑えきれぬ感情の波に、少女の小さな声帯が晒されたがゆえ。

 歓喜、憎悪、執着、恐怖、嫉妬、軽蔑、様々な感情が混ざり合い。幼い身体を満たしていたから。

「……?」

 見知らぬ少女からの、不可解な言葉に戸惑う少年を無視して、少女はクスクスと笑いながら歩き去る。

 屋敷と、少年から遠ざかる歩みは、名残を惜しむかのように揺れていた。

『……彼が、イリヤの逢いたかったヒト?』

 少女の心を揺らす二つの存在、そこから十分に距離を置いてから、従者は主に尋ねる。

「ええ、そうよ。魔力の隠蔽は見事だけれど、聖杯戦争の事は無知なのかしら。私の言葉の意味が分からないって顔してたわ」

 二人は会話しながら郊外の森へと続く帰路に着いていた。辺りは既に夕暮れを越えて、夜と呼ばれる時間。まもなく始まる戦争とその危険を知っていても、月明かりの下、少女の足取りに怯えはない。

 なぜなら彼女は知っている。

 ―――自身のサーヴァントこそ、最強であると―――

 そう信じる黒衣の青年が傍に居ると言うのに、一体何を恐れる必要があろうか。

「よぉ、嬢ちゃん。こんな夜中にガキの散歩は危ないぜぇ……特に、魔術師はな」

 だから、こんな無粋な襲撃者に対しても、驚きや恐怖など感じない。

 街を抜け、郊外の森へと続く道路を目の前にして、声を掛けてきたのは青いボディ・スーツに身を包んだ痩身の男。電柱の上に軽々と立ったその身に宿す膨大な魔力が、人外の存在である事。実体を取って少女の傍らに立つ青年と同じ存在である事を、如実に示していた。

「サーヴァントが揃ってもいないのに、随分と無作法なマスターも居たものね」

「まぁそう虐めてくれるなよ。コッチだって好きでやってる訳じゃない。命令だから仕方なく、さ」

 少女の憮然とした声に応えた時には、男は電柱から降りて肩をすくめている。

 降りてくる姿も、着地の音もないその身のこなしは、さながら密林を駆ける豹にも似た、野生の獣の如く。気だるげな姿勢にありながら、一部の隙も見出せない。

「イリヤ。下がって」

 主に短く告げて、シキは少女の前に出る。交差する視線は、磨きぬかれた刃に等しい。

「はっ、やる気十分って感じだな……いいぜ、楽しめそうだっ!」

 刹那、叫んだ男の手には、真っ赤な槍が握られていた。同じく、シキの右手にも白銀に輝く短刀が。

 キィンッ

 二つの凶器が火花を散らし、そこでイリヤは闘いが既に始まっていた事を知る。濃密な殺気が視界を歪め、ヒトの目では捉えきれぬ高速の世界で、シキと男の争いが激化していく。

 キィキィキィィィィィィィ!!

 一度、二度……散る度に新しく生まれる火花。どんどんと加速していく剣戟は、まるで一連なりの楽の音のように。

 神速の突きでシキを寄せ付けぬ青い男。突きの全てをリーチの短い刃で防ぎきる黒衣の青年。

 共に、人外の領域を故郷とし、その戦闘はこの世のモノでは有り得なかった。


 ―――ヒュッ

 風を切る音より速く、赤光が主の敵を貫くべく、黒衣の青年の胸元へ吸い込まれる。普通の人間なら、目視すら叶わぬだろう神速の刺突に、青年はあっさりと対応して見せた。

 心臓を狙った槍の一撃を、避けながら前に出る。その手に握られた短刀が、月の光を浴びて銀色に輝きながら、青い服にその身を包んだ騎士へと突きつけられた。

 槍と短刀。対峙する距離によって、著しくその効果が変わる武器同士であり。接近さえ出来れば、短刀の有利は明白だった。

 ……接近出来れば、だが……

 避けた筈の槍が、突き出した時と同等か、それ以上の速度で引き戻され、再び黒衣の青年の眼前に現れる。攻撃に使おうとした短刀の刃で受け止めながら、青年は後ろに退いた。

「……ふぅ、日本に来て早々、厄介な相手がきたもんだ」

 のんびりと呟くその声には、危機感が欠如している。ソレは、黒衣の青年がよほどの馬鹿か、この状況を危機と感じないだけの戦士かの証明かもしれない。

「シキ。さっさとあの礼儀知らずを倒してよ……アイツ、私をガキって言ったわ」

 月光の下、黒いコートで白い肌を覆った少女の言葉に、シキと呼ばれた青年は苦笑する。

「だってさ。あんまりイリヤを刺激して欲しくないな」

「ハン、ガキをガキって言って何がおかしい……それより貴様、いい加減何のサーヴァントか教えろよ……アサシンか? セイバー? こんだけ接近戦が巧いなら、アーチャーってのはないだろう?」

 青を纏う槍騎士は、手に持った紅い槍を肩に担いで問いかける。闘いの最中、敵と対峙しながらのその余裕は、まさしく英雄たる証か。

「ああ、やっぱり理性があると見分けられないのかな。俺はバーサーカーだよ」

「随分あっさりばらすじゃねえか……俺なんかに知られても、痛くも痒くもねえってか?」

 槍騎士の問い掛けに、やはりあっさりとシキは答えた。まるで、隠す必要を認めないと言わんばかりのその態度が、騎士の怒りに火を点ける。

「面白い、貴様の本気を見せてもらうぞ。バーサーカー」

 余裕を崩すことの無かった槍兵は、表情を獣の形相に変えて槍を構えた。周囲に満ちた魔力が、紅い槍に吸い込まれていく。殺意が空間を支配し、生存を許さぬと吼え猛る。誰にでも分かる、この槍が放たれれば、シキは死ぬと。

「バーサーカーッ!」

 恐怖と不安から、イリヤは思わず叫んでいた。信頼も、信用もしている彼。何も持たない自分が縋る、唯一の背中に、失いたくないと、想いを告げる。

「大丈夫だよ、イリヤ。俺は誰にも負けない」

 確信を持って答えた言葉が、少女に落ち着きを取り戻させ、槍兵の怒りを増幅させた。

「―――よく言った。ならば我が宝貝、受けてみろ!」

 紅い槍に込められた、吐気を催すほどの魔力が、主の呼び声に応じて解き放たれる。

「―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)―――」

 声と共に突き出された槍を、黒衣の青年は先ほどまでと同様、見事に避けた。否、避けた筈なのに、紅い魔槍は、その先端をシキの心臓へ『伸ばして』いた。

 その一撃を、必殺と呼ばずになんとしよう。真実、敵の心臓を貫き、殺害を成し遂げる魔性の槍。結果を得る為には、因果すら逆転させる非常識。その確定した死の運命を避けるには、よほどの幸運が必須であり、ソレは青年には到底望めぬ物だった。

 ドスッ!

 鈍い音を立てて、真紅の魔槍がシキの胸を穿つ。誰が見ても致命の一撃。

「イヤァッ! シキィィッ!!」

 イリヤの悲鳴が響き、勝利を得た槍兵は皮肉気に哂う。

「ふんっ、所詮はこの程度か……遊びにもならねえな」

 つまらなそうに呟いて、残ったマスターを始末する為に槍を抜こうとした彼に、声が掛けられた。

「おいおい。勝手に終わらせるなよ」

「ヌッ!?」

 心臓を貫かれた筈の男が、口元を歪ませて話しかける。槍兵は内心の驚愕を押し殺し、槍を抜く手に力を込めた。

 ……動かない。何時の間にか、添えられていたシキの右手が、槍の動きを完璧に封じている。……

「まったく、驚きだ。因果を逆転させるなんて、インチキにも程があるだろう?」

「心臓を貫かれて生きている貴様の言う台詞か?」

「……俺は生き汚くてね。この程度の傷じゃ、死んでやれない……それに心臓は外れてるよ、こういう悪運だけは昔から良いんだ」

 会話しながらも、ズルズルと、ゆっくりではあるが槍が胸から抜けていく。睨み付ける槍兵の目の前で、彼の必殺の武器が、敵の手によって引き抜かれた。

 槍を手放すなど、槍兵たる誇りが許さない。たとえ筋力で劣っていたとしても、技を持って取り戻す。そう決意する男。だが彼の決意が果たされることは無かった。

 何故なら、黒衣の青年は己の胸を貫いた武器をあっさりと手放したから。

「はい。思い入れのある武器なんだろ? 返すよ」

 ギシリッ、青き槍兵は奥歯を噛み締め、眼前の敵を射殺さんとばかりに睨みつけた。

「ふざけた真似をしてくれるじゃねえか、そんなに俺の一撃が気に入ったのか?」

 言外に、もう一度の攻撃を匂わせる槍兵。そんな彼を見てバーサーカーと呼ばれる男は笑みを浮かべる。

 主に向けていた微笑みとは違う。罅割れた笑みを。地上に生きる人間を見下す、三日月のような笑み。

 その横顔を見つめたイリヤは、初めて自分のサーヴァントがバーサーカーであると自覚する。理性の有る無しなど関係なく。その心が壊れているのだと、分かってしまった。

「ああ、気に入った。シンプルに心臓を狙うオマエの技は、美しい。だから、コレはその礼だ。……受け取れ」

 言葉の終わりと同時、シキは前方に身を倒しながら、獣のように地を駆ける。迎撃に放たれる刺突。神速の刺突の前に、彼の攻撃は止まる筈だった。

 目の前に迫った魔槍による一撃を、更なる加速でやり過ごすなど、誰に想像できよう。

 獣染みた前傾姿勢から、頭の位置が膝よりも下がる。地に伏せるかの如く低く、這うように駆けるその姿は、獲物に駆け寄る蜘蛛に似た不気味さで、

「―――グゥッ!」

 槍兵の身体に牙を突き立てた。

 腹部に受けた刃傷の痛み、決して軽くは無いそれを無視して、凶刃を振るったシキから距離を取る槍兵。追撃には絶好の機会だったが、まるでその一撃で気が済んだと言わんばかりに、青年は主の傍に戻った。

「やってくれたな、バーサーカー。最速を謳うランサーに、速さで勝つか……このまま戦ってやりたいが、腰抜けのマスターは宝具が通じなかったら逃げろとよ……残念だが、ここで分けてもいいか?」

 言葉には、マスターに対しての不満が浮かび。表情は憮然としていた。そうした態度が、彼の雰囲気を和らげ、楽しい遊びを邪魔された子供のように見せる。

「ふぅん。マスターに関してなら、俺の方が恵まれてるな」

「まったくだ。うらやましいくらいだぜ」

「欲しがってもやらないぞ。イリヤは俺のマスターだ」

 自信満々。得意気に断言するシキに、彼の主は顔を赤らめながら、従者の脚を蹴る。幼い彼女の蹴りなど歯牙にも掛けず。むしろ自慢するように胸を張った。

「チッ、あんまり熱々な所を見せるなよ。ホントに嫉妬しちまいそうだ……じゃあな、バーサーカー。次に戦う時は、お互い本気でやりあおうぜ」

 そんな主従の様子を愉快そうに眺めて、槍兵は飛び去った。

「ちょっと、シキ。なんで逃がしちゃうのよ」

「……ゴメン、実はちょっと限界が……ウグッ」

 苦しげに胸を掴むシキ。黒衣に包まれた肉体の胸には、魔槍に突かれた傷が生々しく存在している。

「ッ!?……ゲイ・ボルグの傷ね。どうしてそんな傷で戦いを続けたの? 逃げれば良かったじゃない」

「俺は、イリヤのサーヴァントだ。たとえ相手がどれだけ名の有る英雄でも、舐められる訳には、いかない」

 シキは胸を掴む手に、一層の力を込めて告げた。表情は悔しさに歪み、己の力不足を歯噛みしているかのよう。そんな彼の様子に、イリヤは安堵すら覚えた。バーサーカーと呼ばれるに相応しい彼は、それでも自分を守るのに必死なのだと分かるから。でも、それを素直に表すには、彼女の心は幼すぎた。

「良いわ、許してあげる。その代わり、次に戦う時は絶対に勝つのよ!」

「約束しよう。彼の宝具も見せて貰えたし、次は勝つ……そろそろ城に帰ろうか、セラさんとリズさんが心配してるだろうしね」

 シキはイリヤを抱き上げる。俗に言う『お姫様抱っこ』というモノだ。普通に背負うより彼女が好んでいるので、シキも都合の悪い時以外はこの方法で主を運んでいた。

「でも、シキ……傷はもういいの? 痛むのなら、霊体に戻ってもいいのよ」

「大丈夫。治癒を遅らせる呪いが掛かってたみたいだけど、俺の身体に施された呪いほどじゃない。……一晩も休めば回復するさ」

(肉体の治療に関する呪いって……まさか、『復元呪詛』!? シキ、アナタは一体何者なの?)

 自分の身体を優しく抱き上げながら、飛ぶように駆ける従者。人外である事など承知の上だったが、彼は英霊の中にあってすら、突き抜けているように見える。

 雪の舞う故郷、力を見せろと迫ったアインツベルンの魔術師達に対して、シキの見せた力の片鱗が目蓋に浮かんだ。圧倒的というのも生温い、興味本位で傍観していた魔術師達は、高慢な自尊心に癒えぬ傷跡を残したほど。

 強すぎる彼。底の知れない狂った従者。尽きぬ疑問や、僅かな恐怖は、イリヤの心に蜘蛛の巣のように張り付いていた。

 だが同時に、イリヤは思う。それがどうした、と。

 魔術師に促され、死神にも似た力を見せた彼。英霊の中にあっても傑出した自らの力を、呪うかのように俯いた黒衣の裾を、少女は掴んだ。縋るように、引き止めるように、求めるように。そして、吹雪に消されそうな、か細い声で言ったのだ。

 ―――バーサーカーは、強いね―――

 たったそれだけの、何の意味も無い言葉。しかし青年はソレを聞いて、本当に嬉しそうに、笑ったのだ。

 裾を掴んでいた少女の手を取り、その小さな手の甲に接吻してから。

 ―――イリヤ。キミがマスターである事に、感謝を―――

 そう言ってくれた。

 シキは、絶対に自分を裏切らない。たとえイリヤに裏切られても、彼はただ悲しげに微笑んで、ソレを許すだろう。

 だからこそ、彼女は誓った。シキがどれ程の化け物だったとしても、彼への恐怖が心を満たしても、それでも自分は、彼と向き合うことを止めない、と。

「もうすぐ城に着くけど、眠たかったら寝てて良いよ」

 優しく告げる従者の声を子守唄に、少女はまどろむ。

 まどろみの中の少女は、聖杯がこの優しき狂戦士に渡る事を、夢見ていたのかもしれない。


 あとがけ

 一話にて、多くのレスを頂き、感謝と感激のあまり涙ぐみました。S・O・Sです。

 天狗になりかけてた俺に、心配してくれてた友達の一言。

「コレ……FATEへの感想であって、オマエの作品へじゃないぞ」

 痛切でした。自分でも薄々感じてたから、なおさら痛かったです。余計な事を言ってくれた友人には、そのうちお礼してあげたいと思います。

 ここから、前回のレスへのお返事をさせていただきます。少々長くなりますが、文末にはおまけもありますので、お付き合いください。

 白さん>書き続ける。多分、ソレが一番大事で、一番辛い所なんでしょうね……でも、頑張ります!

 草薙さん>宝具に関しては、今はまだ秘密という事で……(実は何も考えてないだけだったり)
欠点がないと言われたのは嬉しいです。友人には見せたんですが、やっぱり不安でした。

 ケルベロスさん>イリヤに幸せを! というのがまず最初にありましたからね。でも、原作をあんまり崩したくない。そこでシキ君にちょっぴり狂ってもらいました。

 通りすがりさん>えっと、なんだか感想というよりはお叱りを受けた気になってしまいましたが、読んでくれた事に感謝を。自分なりに考えて、不自然な形にならないよう気をつけますね。(今でも十分不自然かもしれませんが)

 ゆうぢさん>なんとなく考え付いた設定でしたが、喜んでもらえて嬉しいです。文章がうまいなんて言われた日には、飛び上がっちゃいますね。

 黒百合さん>期待を裏切らないよう、ガンバります!

 卍改さん>かぶってましたか……卍改さんのも読んでみたいですねぇ。ウチのシキは『最狂』ですから!

 通りすがり2号さん>お、重い一言ですね、ありがとうございます。セイバーってのも面白そうですね。その場合、シキにはやっぱり日本刀が良いかなぁ。

 mon>ぎゃふん。鋭くツボに突き刺さるつっこみでした。ご指摘ありがとうございます。

 草薙さん>女に乗ったからライダー……という事は、『真祖の吸血姫』とか、『埋葬機関の第七位』を召還できるんでしょうか? 冬木市が地図から消えそうですね(笑

 TK-POさん>煮詰まった設定はそれだけで凄い事ですが、二次創作をする時はちょっとプレッシャーですな。……○ヴァなんかは結構大雑把だって噂を耳にしますが……十七分割は衝撃でした、いきなりヒロインを惨殺するギャルゲーの主人公が居たとは(汗

 通りすがり3さん>月姫本編でも、それらしい行動はありましたしね。魔眼持ってるだけのただの人間なら、既に十回は死んでますよ。

 紅さん>千年の妄執も、万全を配した準備も、天の気まぐれの前には、塵のようなモノだという事を。
ココで言う天には(作者)が入る事もあるとかないとか(笑

 ニャンちゅうさん>↑みたいな事も本気で考えたんですが、やっぱ何か原因があった方が説得力あるよなぁと思って、付け足しました。こういうスーパー爺さんは大好きです。

 アルフォンスさん>降霊術プラス並行次元干渉イコール何でも有り……駄目っすか? 『座』から来る途中のヘラクレスを追い返したり、平行次元に居る『かもしれない』英雄“殺人貴”を召還したとか。

 雷の暴風さん>志貴の眼についての情報、ありがとうございます。かなり参考になりました。たしかに志貴らしくありませんが、士郎とエミヤがかなり違うように、彼も英霊として色々経験したから、と解釈していただければ幸いです。

 長々とあとがいてしまいました。ココまで読んで下さった皆さんに、ちょっとだけありえたかも知れない『IF』の世界をプレゼント。


 おまけの没ネタ

「―――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)―――」

 声と共に突き出された槍を、黒衣の青年は先ほどまでと同様、見事に避けた。否、避けた筈なのに、紅い魔槍は、その先端をシキの心臓へ『伸ばして』いた。

 その一撃を、必殺と呼ばずになんとしよう。真実、敵の心臓を貫き、殺害を成し遂げる魔性の槍。結果を得る為には、因果すら逆転させる非常識。その確定した死の運命を避けるには、よほどの幸運が必須であり、ソレは青年には到底望めぬ物だった。

 自らの命を奪うであろう刺突を、シキの何時の間にか覆いを外された蒼い瞳が見つめている。紅い凶器と、蒼い眼光。衝突し、弾け合った二つの魔力は、意外過ぎる結果を生んだ。

「なるほど、コレがアンタの宝貝か……ちょっとヒヤッとしたかな」

 あくまでも自然体で、黒衣の青年は独語する。その目前で停止した槍を、興味深そうに眺める蒼い瞳。

「……なんだ、貴様のその眼は……まさか、その瞳、因果の逆転を『見切った』のか?」

「因果がどうとか、分かんないけど。死に関する事柄なら、俺の瞳に映らないモノはない……この瞳は、ただそれだけに特化した呪いなのだから……」

 捻じ曲がった因果。書き換えられた結果。その全てを見切り、魔槍による影響から逃れる。文章にすれば、ただそれだけの事。しかし、それが如何なる方法で為し得よう。

 神秘を見慣れた英雄が、有り得ざる結果に瞠目する。だが、見開かれた瞳は、恐怖ではなく、愉悦に満ちていた。

「面白い真似をするな、貴様。もっと相手をしてやりたいが、腰抜けのマスターは宝具が効かないなら逃げろと仰せだ。勝負は預けるぞ、バーサーカー」

「いいとも、こっちも時差ボケを治したいからね。犬は飼い主の言う事を聞くもんだ」

 槍兵の真名に関して、辺りを付けたシキの挑発に、ランサー憤怒の形相で青年に告げる。

「次に戦った時、俺の槍は必ず貴様の胸を貫くだろう。コレは誓いだ、バーサーカー。忘れるな」

 真っ赤に燃える怒りと、凍れる氷の如く冷たき宣言。

「楽しみにしてるよ」

 鷹揚に頷きを返し、シキは微笑みすら浮かべた。その笑みを突き殺さんとするランサーの視線を、まるで問題としていない。自分の怒りを柳に風とばかりに受け流すシキを、ランサーは睨みながら夜の闇に消えていった。

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