ルリの訪問から1ヶ月後―――
美神たち一行は某国にある指定された大会開催の会場に来ていた。
「……ほんとに大丈夫なんスか?美神さん」
これからしばらく泊まることになる豪華な装飾を飾り付けたホテルのロビーで横島は忙しなく周りを見回しながら落ち着かない様子でここに来る間にも何度も口にし、その度に美神に殴られた言葉を懲りずにまた口にする。
「ったく、いつまでもうっさいわねー。ここまできたら腹くくりなさい!」
美神はロビーにいた動くマネキンのような人形に持ってきた荷物を預けると、苛立ちを隠そうともせずに横島に怒鳴る。ちなみに横島はマネキンには近づこうとしない。恐らく何らかのトラウマがあるのだろう。
その美神の言葉に同調するように美神たちの側にいた目つきの悪い青年が喜悦に顔を歪め、弾んだ声で口を開く。
「そうだぜ横島。ここには強い奴がうじゃうじゃいるんだろ?楽しみじゃねーか!」
「お前と一緒にすんな!雪之丞!!」
声を張り上げ、溜まったストレスを全て吐き出そうとする横島を金髪の美少年がやんわりとなだめる。
「まあまあ。でも、実際ここまで来たら逃げられませんよ。もう選手登録しちゃいましたし……」
「お前はなんでそんなに落ち着いてんだよ……ピート」
当初、この戦いに出場するのは美神と横島(横島の意思は無視)だけでおキヌたちも応援に来るはずだったのだが、くわしく契約書の注意書きを読んで見ると、この大会は四人出場が原則で参加選手の関係者はお断りになっていたのだ。四人出場の項目でシロとタマモが出ると言い張ったが、美神の一年間、肉&油揚げ無し宣言の前にあえなく散った。その後、美神が実力の高い雪之丞とピートを誘ったのだ。
もちろんバトルジャンキーの雪之丞はあっさりとその誘いに乗り、ピートも美神と唐巣神父の協会の修復費を出すという契約をして参加することになった。
ちなみに美神たちが今いる選手専用のホテルを中心として大会関連の施設の配置を考えると、西にはここよりも大きい観客専用のホテル、東には試合を行なう闘技場、南には立ち入り禁止の建物、北にはこれらの施設の発電所がある。
「美神さん。確か二時までに闘技場に行けばいいんスよね?ならその辺見てきていいっスか?」
流石に逃げるのを諦めたのか、はたまた自棄になったのか、横島はいつもの様子に戻り、美神に確認を取る。
……ただ単に無言で見てくるマネキン人形から少しでも離れたかっただけかもしれないが。
「俺もだ。どんな奴らが出場してんのか見ておきたいしな」
「僕からもお願いします」
それに雪之丞とピートも同調し、美神を見る。
「別にいいけど……ちゃんと時間までには闘技場に来なさいよ」
黄昏の式典 第二話〜始まりの地*魔導の精と第七位〜
横島side
と、いうわけで美神たちと分かれた横島はあてもなくホテルの中を歩き回り、その途中にあった通路のベンチに座り込むと今までの憂鬱な気持ちを全て吐き出すような深いため息をついた。
「これからどうすっかなー……」
元々、横島はこの大会に出るのは嫌だったので断っていたのだが、まあ、そこは横島だ。美神の色仕掛けに勝てるわけも無く、結果こうしてこの場所にいる。
ちなみにこれは横島も知らないことだが、その時いつも通り美神に飛び掛り、美神に叩き落され一分ほど気絶した時に勝手にある誓約書に血印を押させられている。その誓約書には『大会で逃げたら、一生私の事務所でタダ働きする』『逃げなくても今の時給で一生働く』という無茶苦茶な条件が多々あった。
(やっぱ逃げるか……しかし、逃げたら逃げたで間違いなく後で殺されるし……ああ!俺はいったいどうすりゃあいいんだ!?)
どっちみちこれから地獄が待っているのだが、そんなことを知るよしもない横島は頭を抱え込み、身をよじり、苦悶の表情を浮かべている。
「…………ん?」
不意に何かに気づいた横島が顔を上げる。
「…………!!」
「…………!!」
なにやら右の通路の奥から話し声が聞こえてきたのだ。耳を澄ましてみると、どうやら言い争いをしているらしい。それが無性に気になった横島は立ち上がり、物陰に隠れながら話し声のするほうへと近づいていく。
ちなみに断言しておくが、決してその声が女性だったからではない!
気配を殺し、通路の端から覗き込んだ横島の目に二人の人影が映る。横島から見て奥のほうには蒼い髪にカソック着の女性、手前には長い銀髪にフリルがついた白いワンピースを着た少女がいた。
もしも道端で会ったら即行で飛び掛りそうなほど女性は美人で、少女も10年後が楽しみなかわいい子だった。いつもならすぐにでも声をかけるところだが、二人の周りを漂う雰囲気が信じがたいことに横島を自制させている。
「いい加減にせんか!!汝!!妾は汝の考えているような者どもではないと何度も言っておろうが!!」
少女が怒りに声を張り上げ、正面に立つ女性を睨みつける。若干周りの空気の重みが変わった。
だが、女性はそのことにまったくひるむ様子もなく、無表情で口を開いた。
「いくら言葉を並べようとあなたが彼らと同類であることには変わりありません。よってこの場で処断します!」
女性はどこからか取り出した長剣を数本指先に持ち、裂帛の気合とともに躊躇なく少女に向けて放つ。
「っ!?あぶねぇ!!」
いったいどういった経緯でこのような事態になったかはわからないが、少なくともこの暴挙を静観することなど横島に出来るはずもない。
何の躊躇も無く、念のために作っておいた二つの文珠に『加』『速』の文字を込める。
文珠によって一時的に加速状態に入った横島は一瞬で少女の前に出ると、向かってくる長剣をサイキックソーサーで弾き、栄光の手で叩き落した。
「子どもにこんなもん投げつけるなんて、あんたいったい何考えてんだ!?」
こうなればたとえ相手が美人だろうと関係ない。明らかな怒りをあらわにして女性に向かい怒鳴りつける。だが、女性に反応はない。ただ横島を驚きに満ちた目で見ているだけだ。
それも当然だろう。様子見の一撃だったとはいきなり出てきた相手に自分の攻撃を全て防がれたのだ。
見れば、横島がかばった少女も手を突き出そうとしたまま固まっている。
「……あなたは、何者ですか?」
ここにいるということは彼もこの大会の参加者なのだろう。ならば、そこそこ名が知れ渡っているのかもしれない。そう思い、女性は警戒しながら尋ねる。
「……人に名前を聞くんだったら、先にそっちが名乗るのが礼儀だろ」
いつもの横島にあるまじき強気な発言。どうやらそれだけ怒っているらしい。
「……それもそうですね。私はシエルといいます。この大会の参加者の一人です」
特に驚きはなかった。美神からの事前の説明によれば、この選手専用の建物には選手以外は入ることは許されないらしい。だからマネキンが働いているのだ。おそらくは後ろにいる少女も選手の一人だろうとある程度予想はしていた。
「……俺は横島忠夫。あんたと同じこの大会の参加者だ」
横島が名乗るとシエルと名乗った女性はひどく驚いた顔をして、横島を凝視してきた。
「……なるほど。覇道、クロノス、アーカム、無限城からの参加者に加え、あなたまでもが出場しているとなると、この大会、楽に勝てそうにはありませんね」
まるで自分のことを知っているような物言いに疑問を感じ、問いかけようとしたそのとき。
「って、ちょっと待てぇい!!妾を置いて汝等だけで話を進めるでない!!」
今まで事態についていけず沈黙を保っていた少女が突然声を張り上げた。
「まだいたんですか?せっかく見逃していたというのに……まあいいでしょう。それよりも横島くん。あなたに聞きたいことがあります」
シエルは少女を視界に入れると冷めた口調で存外に告げ、用は済んだとばかりに再び横島に視線を戻した。
「なっ!!な、な、な、汝〜〜〜!!!!」
あちらから仕掛けてきたくせにもはや自分など眼中にないという態度に少女から恐ろしいほどの殺気と怒気があふれ出し、その全てがシエルへ向けられる。
さて、ここで思い出してほしい。
今、横島は少女とシエルを渡るように立っている。
つまり、その殺気と怒気は全て横島に向けられているといっていい状態なのだ。
(なんで、なんでいつもこうなるんやーーー!!すっごくここから逃げ出したいけど、ここまで言っといて逃げ出すのはさすがにかっこ悪いし……ああ!俺はいったいどうすればいんやーーー!!)
決して表情には出さず、己の中で本能とプライドが激しい議論を繰り広げる。
しかし、この状況でそんなことができるということは意外に余裕があるのかもしれない。
当のシエルは少女の殺気など意にも介さず、横島を睨みつけるように見つめ口を開いた。
「なぜ、彼女をかばったんですか?わかってると思いますが、彼女は人間ではなく異端で、滅ぼすべき存在です」
少女の殺気と怒気が消えた。
これは少女も気になっていたことなのだろう背後から視線を感じる。
そう。シエル……さんの言うとおり背後にいる少女は人間ではない。その正体はわからないが、霊気の波長からそれは間違いないだろう。
だが、しかし……
「……それがなんだよ。俺の知り合いには人間じゃない奴なんてたくさんいる。むしろ仲の良い奴らはそっちの方が多いぐらいだ。あんたが何者かは知らないけど、相手のことを知ろうとしないで、人じゃないからって問答無用で殺そうとするのは絶対におかしいだろ。もしまだこの子を狙うってんなら、俺が相手になってやる」
GSとしては甘いと言われるかもしれないが、これだけは横島にとって譲れない一線だ。腰をわずかに落とし、すぐに動ける体勢をとる。
「汝……――」
「ふぅー。あなたは甘いですね。甘すぎます。ですが、今日はその甘さに免じて引いてあげます」
シエルは呆れたように表情を崩すと、微かに微笑み、横島たちに背を向け歩き出す。
しかし、少し進むと立ち止まり、何かを思い出したかのように首だけこちらに向けた。
「試合で当たったら手加減しませんよ。『魔神殺し』くん」
それだけ告げるとシエルは再び歩き出し、今度こそ横島たちの視界から姿を消した。
完全に姿が消えるのを確認すると、横島は小さなため息をつき、頭痛を抑えるように額を押さえた。
「はぁー。この大会……あの人クラスが出場するのか」
アシュタロス大戦のあと、横島は自分なりにだが、修行をしていた。だからこそ横島は今の対峙でシエルの純粋な実力は少なくとも自分よりかは上だろうと半ば直感で気づいていた。
だが、愚痴りながらも横島の口元にはわずかに楽しげな笑みが浮かんでいる。もしかしたら、バトルジャンキーの親友に少し感化されたのかもしれない。
「……はっ!あ、あの小娘ぇ〜〜!!言うだけ言って行きおった!!」
突如、背後から聞こえてきた怒声に横島はため息をつき振り返ると、そこには予想通り怒りに身を震わせた少女がいた。
何とかなだめようと声をかけようとした横島は少女の右腕がわずかに切れて血が滲んでいるのに気がついた。
「その傷は……」
「ん?……ああ、これか?先ほどの小娘に出会い頭に切られてな。まったく、代行者という輩は短気で困る」
ぶつくさと文句を言っている少女の傷口を見ながら思考していた横島は一人納得するように頷くと、文珠を一つ作り出し、『治』の文字を込めて少女の傷口に当てる。
「む?汝、なにを……」
突然の行動にわずかに顔をしかめたが、横島の手にもつ物に気づき、驚愕の表情を見せる。
「なっ!!まさか、文珠か!?」
「なんだ、知ってんのか?やっぱり結構有名なんだなー文珠って」
こういった霊具や魔具に疎い横島は少女が文珠を知っていることに軽く驚く。
魔族であるワルキューレが知っていたぐらいだからそれなりに認知度は高いとは思っていたが、こんな少女までもが知っているとは思わなかったのだ。
「それをいったいどこで手に入れた!?それは魔法に、第六法に繋がるとまで言われた霊具ぞ!!」
第六法――――
現在確認されている五つの魔法のどれでもなく、数多くの魔術師が求める新しき魔法。しかし、そんなこと横島は知るはずもなく、
「第六法?なんだそりゃ?」
となるわけだ。
「なっ!?本気で言っておるのか?汝も魔術師の端くれであれば当然目指すべきものであろう?」
「なんか勘違いしてるようだけど、俺は魔術師なんてもんじゃなくてGSだ。だからそういう専門的なことはちっともわからん」
まあ、美神だったら知っているかもしれないが、実力はともかく知識は素人レベルの横島では魔法と魔術の違いすらわからない。
その返答を聞くと少女は意外そうに横島を注視してきた。
「魔術師でない?ふむ、汝からは暗い闇の臭いがするのだが……そのGSとやらも闇に属するものなのか?」
「……まあな。悪霊や妖怪、たまに魔族も相手にするから」
表面上はなんでもないように答えるが、心の中では何度も少女の言葉が繰り返される。
暗い闇の臭い――――
心当たりはある。いや、それ以外にありえないだろう。
しかし、都合よく勘違いしてくれている少女にわざわざ説明するつもりもないらしく、適当に誤魔化した。
「……まあよい。それよりも文珠だ。もう一度聞くが、いったいどこで手に入れた?そう簡単に手に入るものでもなかろう」
横島の説明にどこか納得してない様子だったが、その話しよりも文珠への好奇心のほうが上だったのか、深く追求するようなことはなかった。
「ちゃうちゃう。手に入れたんじゃなくて、俺が作ったんだ」
相手が少女だからか、横島はあっさりと自分の能力をばらしてしまう。
もしこの場に美神がいたとしたら「いきなりライバルに能力教えてどうすんじゃーーー!!?」と問答無用でしばかれていただろう。
「作った、だと?……まさかとは思ったが、文珠を作り出せる人間が現代にいようとは……先のコントラクターといい代行者といい……いったいこの大会はなんだというのだ」
目に見えて自分を見る少女の眼差しが厳しくなったと思うと、今度はなにやらぶつぶつと下を向きつぶやきだした。
自分の思考の海に潜って完全に周りが見えていないようだ。横島にとってもちょうどいいのでこれまでの経緯を大雑把にまとめてみる。
美神さんたちと別れたあとベンチに座っていたら声が聞こえてきて声のしたほうに近づくとシエルさんとこの子が言い争っていた。
シエルさんがいきなりこの子に向けて数本、長剣を投げつけてきたから全て叩き落した。シエルさんがいなくなったあとこの子の傷を文珠で治したらどこで手に入れたのかって聞かれて正直に答えた。んで、この子は今現在思考に没頭中と。
…………ん?
そこで、ようやくとても重要なことに気付いた。
「なぁ。ちょっといいか?」
「もしや、あやつの仕業か?いや、それならば妾たちの前に姿を現すはず……にゃ?なんだ?」
「いや、こうやって普通に話してたから気づかんかったけど、俺たち、まだ自己紹介すらしてないよな」
「「…………」」
気まずい沈黙が辺りに流れる。
―――というわけで、とりあえず少し遅いが自己紹介することにした。
「俺は横島忠夫。美神除霊事務所で働いてるGS見習いだ」
「妾はアル・アジフ。アブドゥル・アルハザードにより記された世界最強の魔導書だ!」
誇らしげにアルは胸を張って言う。
「魔導書?」
「うむ。見よ!」
腕を垂直に伸ばしたそのとき、アルの半身が書物のページとなって捲れ、上空へと舞い上がった。半分だけの顔で驚き呆けているであろう横島に優越感に浸った視線を向けるが、
「へぇー。その体、本で出来てんのか。水に濡れたらどうなんだ?」
と、驚きなど微塵も感じていないかのような至って普通の感想にアルは思わずこけた。
だが、ばらけたページを戻すと飛び跳ねるように立ち上がり、すごい剣幕で横島ににじり寄る。
「そ、それだけか!?もっと『わあー!』とか『ひいー!』とか呆けるとか取るべきものがあろう!」
「いや、そうは言ってもなー。俺の知り合いには体を霧に変えられる奴とかアンドロイドとかとにかく色々な奴等がいるし、今さらそれぐらいじゃ驚くに驚けねーよ」
「…………」
「そういえば鬼門の奴等も首と胴体切り離して動いてるし、あっ!あいつらも……」
次から次へと人ではない自分の知り合いを楽しそうに語っていく横島を見つめ、アルは先ほど横島の言っていた言葉を思い出し、思う。
ああ――この者にとっては、本当に人であるか人で無いかなどは些細なことなのだろう。でなければ、あんな純粋に笑えるはずがないと。
知らず知らずのうちにアルは柔らかな、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべた。そして、よく見知った魔力がこちらに近づいているのに気がついた。どうやら意外にも心配性の己の所有者が探しに来たらしい。
「……忠夫よ。妾はそろそろ行かせてもらうぞ」
「そっか、それじゃあまたな。また変な奴に狙われねーように気をつけろよ」
「わかっておるわ」
お互いに背を向け同時に反対方向へと歩き出す。数分が過ぎたころ、アルの歩く通路の前方からある程度整った顔立ちの青年が駆け寄ってきた。
「ふう。ったくちょっと目を放した隙にいなくなりやがって、いったい何してたんだ?アル」
「何、たいしたことではない。それより九郎。この大会、どうやら楽には勝てんぞ」
「?何いってんだ?そんなのわかりきってることじゃねーか」
九郎の返答を聞きながら先ほどのことを思い出し、ふと、右腕の傷が治っていることに気づく。
(礼を言い忘れたな)
アルは次に会ったらちゃんと礼を言おうと決めると若干先を歩く九郎に駆け寄った。
あとがき
ご愛読ありがとうございました。ようやく大会編に入れてまずは一安心です。
今回、三作品ほど参戦作品のヒントを入れたんですが、気づきましたでしょうか?
それでは次回、黄昏の式典 第三話〜美神の災難・狂気の狂信者〜よろしくお願いします。
感想もよろしくお願いします。