二十世紀末期に起こり、世界中を震撼させた『世界三大事件』と呼ばれる事件の一つ、アシュタロス大戦から一年が過ぎたある日の午後。
美神除霊事務所の一室では、いつも通り横島の生命の火が消えようとしていた。だが、どうやら今回は今までと少し理由が違うらしい。
「横島クン…………どういうことかしら?」
「横島さん…………どういうことですか?」
「先生…………どういうことでござるか?」
「横島…………どういうこと?」
室内に目に見えるほど険悪で濃厚な殺気と雷を纏った荒れ狂う暴風のような霊気が充満していく。
横島の目の前には霊力の許容範囲を越えたことによって発光している神通棍を手に持ち徐々ににじり寄る美神と、シメサバ丸を右手に持ち怖いほどの笑顔を向けてくるおキヌ、さらにはなみだ目になりながら普段の二倍はありそうな霊波刀を展開しているシロ、とどめに周囲に無数の狐火を浮かべ睨みつけてくるタマモ。
このとき横島は、膝の上にかすかな重みを感じながら下手な弁解をしたら殺されると瞬時に理解した。
(なんで……なんでこんなことになったんやーーーー!!!)
黄昏の式典 第一話〜瑠璃石の訪問者〜
ことの起こりは今から四時間ほど前にまでさかのぼる。
今日は連日の除霊の疲れを癒すためにという名目で、珍しく美神が仕事の依頼を全て断り、美知恵や西条(横島は猛反対したが、結局来ることになった)といった面々と一緒に外食に行く予定だった。
横島は西条と一緒というのが気に入らなかったが、それでも豪華なタダ飯を食える喜びを体全体で表し、いつもよりだいぶ遅い夕方に事務所に着いた。しかし、何故か事務所には誰もおらず、不振に思った横島は人口幽霊壱号に理由を聞くと、今朝急に飛び込んできた依頼が久し振りに億単位の仕事だったので美神が目の色を変えて出て行ってしまったらしい。仕事じたいは簡単らしいので夜の外食には間に合うとのことだ。
結局一人取り残された横島は留守番をすることになってしまった。しかし、だからといって特にすることもないので、ソファーに座り、静かに美神たちの帰りを待つ。
一年……いや、半年前までならこの期を逃すようなことはせずに美神の下着でも盗んでいただろう。
しかし、今の横島は精神的にもそれなりに成長をしているので、そんなことはしない……と言いたいのだが、盗んでもことごとくバレルので、しなくなったというのが正しい。今ではかわりに覗きのテクニックを半年かけてしっかり磨き、二回に一回は美神に気づかれずに風呂を覗けるというほとんど匠の技を身につけた。
何もせず、ボーと暇な時間を過ごしていると、不意に、夕焼けの光が横島の頬を撫でた。
『昼と夜の一瞬のすきま……!短時間しか見れないからよけい美しいのね』
頭の中に、彼女の言葉がよぎる。
「……ルシオラ」
その淡い光は、かつて自分を助けるために死に、間接的とはいえ自分の手で止めをさしてしまった恋人を思い出させる。
しばらく夕日を見つめていた横島だが、連日の疲労からか徐々に眠たくなってきた。
「……人口幽霊壱号、悪いけど少し寝させてもらうわ」
【わかりました。オーナーには私から言っておきますので安心してお休みください】
「サンキュー……――――」
よほど眠たかったのか、それだけ言うとソファーに座ったまますぐに眠ってしまった。
そして、夢を見る。
あの日から……何度も見続けてきたあの時の夢。
それは、アシュタロスとの最後の戦い。
『他の全部を引き換えにしても守りたいものがあるなら……私にはもう何も言えないわ!』
美神さん……考えてみれば、ああやって本当に他人の命を預けられたのはあれが初めてだったな。
『約束したじゃない、アシュ様を倒すって……!それとも……誰かほかの人にそれをやらせるつもり!?自分の手を汚したくないから――』
ルシオラ……本当に、この言葉がなかったら、俺はどっちを選んでたんだろうな。
『恋人を犠牲にするのか!?寝ざめが悪いぞ!』
アシュタロス……俺は、こいつが嫌いだ。しかし、今の俺はこいつの気持ちが少しだけわかる気がする。
『今、おまえを倒すにはこれしかねえ……!どーせ後悔するなら……てめえがくたばってからだ!!アシュタロスーーー!!』
そうだ……俺は後悔するってわかっててあの選択をした。だから、ルシオラに止めをさしたのは自分だって現実を受け入れることができたんだ。
『ルシオラは……俺のことが好きだって……命も惜しくないって……なのに……!!俺、あいつに何もしてやらなかった!!ヤリたいのヤリたくないのって……てめえのことばっかりで……!!
口先だけホレたのなんのって……最後には見殺しに……!!俺には女の子を好きになる資格なんかなかった……!!なのに、あいつそんな俺のために……!!』
俺は、ルシオラを殺した。本当に手を下したわけじゃないけど、間違いなくルシオラに止めをさしたのは俺なんだ。あれ以来、ずっと後悔してた。もっと力があれば。もっと頭が良かったら。もう少し俺がうまく立ち回っていたらって。ずっと、ずっと後悔してた。
けど、気づいたんだ。あの時の俺にはあれが限界だったって。
あいつはこの世界が好きだった。自分を犠牲にしても護りたいぐらい、本当に好きだったんだ。
だから出た答えが『後悔はしてる。けど、間違ってたとは思わない』
屁理屈だとか、矛盾してるとか、言い逃れだとか言われるかもしれないが、俺にはこれ以上の言葉は見つからない。
だって、俺が間違ってたって思うってことは、あいつの最後の願いを否定するってことだから……
ぞくっ
突然、夢の中にいた横島に上級神・魔族をも上回るのではないかと思わせるほどの殺気が向けられた。
自分に向けられる明確な殺意に命の危険を感じた横島はすぐに目を覚まし、とっさにその場から退避しようとしたが、膝の上に何かが乗っかっていることに気付き動きを止める。
そのことを疑問に思いながら自然と膝の辺りを見てみると……雪のように白い肌にきれいな銀色の髪をツインテールにした十一、二歳ぐらいの妖精の様な少女が自分の膝の上に頭を乗っけて寝むっていた。
どうやって事務所の中に入ったのか?どうして自分の膝の上で寝ているのか?などの疑問に思わず思考がフリーズしてしまいそうになったが、目の前から発せられる恐ろしいほどの殺気に現状を再認識し、恐る恐る視線を向けるとそこには……
四人の修羅がいた―――――――
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横島はこの危機的状況をどうにかしようと普段使っていない頭をフル回転させ、必死に弁解の言葉を考えるが、横島自身この状況を把握しきれていないのでいい考えなど浮かぶはずもない。
何より横島は一つ根本的な勘違いをしていた。
横島は四人がここまで怒っている理由を「こんないたいけな少女をどこからさらってきたんだ!」等の自分が犯罪をしたことに対しての怒りと思っているのだが、実際にはそんなことはさほど重要ではなく、美神、おキヌ、シロの三人の気持ちを要約すると「なんで膝枕なんてしてんのよ!!私さえまだしてもらったことないのに!!」となる。
ちなみにタマモだけは「この子に手を出して私に何もしないってことは、私がこの子に劣っているってこと?」になる。どうやらこの嫉妬渦巻く霊気に当てられ正常な判断力が狂わされているようだ。
恐るべき嫉妬の力。
だが、そんなことに横島が気づくはずがなく、徐々に殺る気満々の美神との距離が縮まっていく。
(ど、ど、どうすればいいんやーーー!?死ぬ!なんかわからんが今回ばかりは本当に死ぬ気がする!!はっ!そうだ!!この子を起こして事情を聞けば……)
今も膝の上で気持ちよさそうに眠っている少女を起こすのは少しばかり気が引けるが、自分の命が助かるにはもはやこの方法しかないと割り切り少女の肩をゆすり必死に呼びかける。
「起きろーーーー!!後生やーーーー起きてくれーーーー!!」
普段の四人ならここまで必死になっている横島を見て幾分冷静さを取り戻すのだが、あいにく嫉妬と怒りに燃える四人の乙女にはその行動さえも自分たちへのあてつけにしか見えない。
横島の必死の呼びかけも空しく少女は一向に起きる気配がない。
もう駄目だと横島の脳裏に走馬灯が走ったその時!今の横島にとっては神のような声が聞こえてきた。
【オーナー……それにおキヌさん達も落ち着いてください。でなければ事務所の安全を考慮して締め出すことになります】
さすがに美神たちの発する殺気と霊気が事務所崩壊、つまりは自身の消滅に繋がると思ったのか、珍しく人口幽霊壱号が強めに警告する。
「じ、人口幽霊壱号!!助けてくれーー!!……てっ!待てよ!?よく考えてみたらこの事務所はおまえ自身なんだから……この子を中に入れたのはおまえかーーー!!?」
自分の命がかかっているからか普段なら決して気づかないであろうことに気づき、横島は声を張り上げる。この点のみは見事と言えるだろう。
【ええ。どうやらオーナーに用があったらしく……魔族や妖怪などの類ではないようなのでとりあえず中に入れたのですが、あいにく私はオーナーからの要請であるものの処分をしていたのでこの部屋で何があったのかまではわかりません】
人口幽霊壱号の言うあるものとは数々のGS美神のSSを呼んできた方々ならわかると思うのであえて省かせてもらう。
この非情なる返答が告げられた時点で横島の未来は確定したといっていいだろう。
すなわち……現世との別れ。
(ああ……もうすぐそっちに逝くよ。ルシオラ)
アシュタロスと相対したとき以上の絶望感が自分の中に広がり、懐かしき日々がより鮮明な走馬灯として駆け抜けていくのがわかる。しかし、どの神かは知らないが、神は横島を見捨てなかった。
「う…ううん……」
周りのやかましさのせいか、もぞもぞと少女が身を動かし始めたのだ。
もちろん。それを極限状態に陥っている横島が見逃すはずもなく、カッと眼を見開き、一縷の希望に縋るように呼びかける。
「頼むーーーーー!!起きてーー!!起きて説明してくれないとあと十数秒の命なんやーーーー!!後生だから起きてーーーー!!!」
「ん……」
なんだかよくわからない思いが通じたのかはわからないが、少女の瞳が徐々に開いていく。そして、普通ではありえない金色の瞳で辺りを見渡すと少女は開口一番に、
「……おはようございます」
と言った。
2時間前 少女視点
(さて。これからどうしましょう)
人工幽霊壱号に案内された部屋に入ったはいいが、正直少女は困っていた。
確かに留守の可能性は考えていなかったわけではないが、まさかこうもすんなり入れてくれるとは思っていなかったのだ。こうしてドアの前に立ち一人これからどうするかを思案しているとソファーのほうから寝息が聞こえてきた。
(?だれかいるんでしょうか)
先ほどの人工幽霊壱号という人工霊魂の話しによると事務所のメンバーは仕事に行っていていないはずだが……。
少し警戒しながらも少女はソファーへと近づいていく。
(この人は……)
座ったまま眠り、寝息をたてている人物を確認した少女の脳裏にある一つの名前が浮かぶ。
『魔神殺し』横島忠夫
魔神であるアシュタロスを人の身で打ち倒し、希少な能力を持った最強クラスの人間の一人。少女は美神を訪問するにあたって、勤務先である世界でも有数の大企業『ネルガル』の社長から美神の親しい人などをまとめた資料をもらっていた。
その中にはもちろん横島の資料も入っていて、付属された隠し撮り写真もあった。
……ちなみにその写真は美神にしばかれているところだったが。
しかし……今、目の前にいるこの人物となぜかその写真が当てはまらない。
確かに気持ちよさそうに寝ている今とあの写真では場面が絶対的に違うが、それだけではなく根本的なところで違う。
なぜかはわからないが、少女にはそんな気がした。
(…………)
このまま立っているのも何なんでとりあえず横島の隣に座る。ほかにも椅子は空いているが、一番近く、なんとなくここが良かった。そうして何をするわけでもなく横島の寝顔を眺めながら十分ほど過ぎたころ、少女は眠くなってきたのか、徐々にまぶたが下がっていく。
結局、襲い来る睡魔には勝てず、少女は知らず知らずのうちに頭を置くものを探した結果、横島の膝に頭を下していた。
結局、少女の言葉が場の緊張感をぶち壊してくれたおかげで、何とか横島は生き延びることができ(もちろん美神たちに折檻され今は血の海に沈んでいるが)ようやく本題に入ることができた。
「で!あんたの名前は?いったい私に何の用があんの?」
美神は正面に座る少女に敵意を向けながら口を開く。ちなみに残りの三人はいつもならすぐに復活するのにいまだ血(誤字にあらず)にふしたままの横島にさすがにやりすぎたと思ったのか、横島の看病をしている。
「私はホシノ・ルリです。今日はあなたにこれを渡すために来ました」
少女、ルリは美神の態度など歯牙にもかけず淡々と返すと、持っていたハンドバッグから一通の手紙を取り出し美神に渡す。
美神は呪札の類かと思ったが、手紙からは一切の霊気や邪気などは感じることはなかったので、幾分警戒しながらも封を切る。
中に入っていた紙にはこう書かれていた。
「黄昏の式典?なにこれ?」
「一ヶ月後にとある場所で開催されるトーナメント形式の大会です。詳しいことはその紙に書かれているのでそっちを見てください」
「ふーん…………って優勝賞金百億ですって!!?しかも参加しただけで一億もらえんの!!?これ本当!!?」
「はい。この大会にはたくさんの出資者がいますんで。参加しますか?」
「するに決まってんでしょう!」
すでに美神の目には$マークが浮かんでおり、なぜ百億もの金が集まるのか当の疑問など微塵も考えていない。
それを後に後悔することになるとも知らずに……。
「ならこの契約書にサインしてください」
先ほどと同じく少女はハンドバッグから一枚の紙を取り出し美神に渡す。美神にしては珍しく、それにほとんど目を通すこともせずにさっさとサインしてしまった。
「確認しました。それじゃ私はこれで失礼します」
契約書を受け取ると立ち上がり、一礼して帰ろうとするルリだったが、その行動は美神が腕を掴んできたことによって阻まれた。
「待ちなさい。一番重要なことが残ってるでしょう?」
見れば、横島を看病していたはずのおキヌとシロの二人もいつの間にかルリを取り囲むように立ち、怖いほどの笑みを浮かべ見ている。
ルリの額に一筋の汗が流れる。
「……なんでしょうか?」
今この三人に逆らうのは危険だ。
人として、というより動物としての本能がうったえてくる。
「単刀直入に聞くけど、なんで横島クンの膝の上で寝てたのかしら?当然、黙秘権はなしよ」
「そんなに怯えないで。私たちはただ理由を聞きたいだけだから」
きつい視線と言葉を投げかける美神とは対照的におキヌが若干優しげに語りかけてくるが、はたして何人の人が今の状況で安心できるのだろうか。
「そうでござるよ♪拙者たちが子どもに何かするような者に見えるでござるか?」
見えます!!ルリはいつもの冷めた思考はどこにいったのかと思わせるほどに心の中で力強く断言した。それほど今の三人は怖いのだろう。
「安心していいわ。正直に言えば、この三人は本当に何もしないから」
一人正気に戻ったタマモは横島の看病をしながらルリに言葉をかけてくるが、それは言外に喋らなかったら何かするということなのか。
「さあ。どうするの?」
もはやルリに選択肢などなかった。別に何もなかったということを三人の逆鱗に触れないように慎重に言葉を選びながら説明する。
「つまり、横島クンの膝の上で寝てたのは知らないうちに頭を置くものを探した結果ってこと?」
「……要約すれば、そうなりますね」
心底疲れた様子でルリは相槌を打つ。たったこれだけのことを説明することに、神経をすり減らしながら三十分もの時間を要したのだ。いや、むしろたった三十分で美神を納得させたことに賞賛の言葉を送りたい。
「本当にそれだけでござるか?」
どこか納得しきれていないシロを尻目に何か思い当たることがあるのか、正気に戻った美神とおキヌは人知れず小さなため息をついた。
(はあ……ほんとに人外と子どもにだけは無意識のうちに好かれやすいんだから)
(そこも横島さんの良いところなんだけど……)
「あの……帰ってもいいですか?」
シロの疑念に満ちた視線に耐えられなくなったのか、苦笑いを浮かべる美神に尋ねる。
「え?ああ、いいわよ。それじゃあ一ヵ月後にね」
「はい。あ、それと……横島さんに伝えといてもらえますか?」
部屋を出ようとしたルリが、今までの無表情とは打って変わり、柔らかい笑みを浮かべて美神へと振り返る。
「とても、暖かかったです」
ピキッ
何の意識もない、ただありのままを告げたルリの言葉に三人の回りの空気が凍る。それを引き起こした当の本人はそれだけ言うと部屋から出ていってしまった。
そして……
「っいててて、さすがに効いた……」
運悪く目を覚ますスケープゴート。
「ん?どうしたんスか?え?美神さん、どうして神通鞭かまえてんスか?おキヌちゃん、どうしてシメサバ丸を振りかぶってんの?シロ、どうしてバチバチ鳴っていかにも危ない感じの霊波刀かまえてんだ?タマモ、どうしてそんな痛々しい視線を送りながら部屋出てくんだ?」
その日、美神除霊事務所からは膨大な霊力が観測され、少年の断末魔の叫びが聞こえてきたらしい。
後に妖狐は語る。
「あれで生きていられる横島は人間じゃないわ」と。
後に少年は語る。
「川を挟んだお花畑の向こうにルシオラがいて、霊波砲で追い返されたのを微かに覚えてる」と。
あとがき
ご愛読ありがとうございました。ようやく本編が始まり、とりあえずは一安心です。
今回ルリを出しましたが、深い意味は無いです。ただせっかく様々な作品をクロスさせたものなのにその第一話がGSのキャラだけとかオリキャラ登場、というのは味気ない気がしましたので、いくつかの作品のキャラを候補として選び、最終的にくじで決めました。
今後も直接本編にはあまり関係ありませんが、こういったキャラをゲストとして出すことがもしかしたらあるかもしれません。
それでは次回、第二話〜始まり*魔導の精と第七位〜でお会いしましょう。