〔おーおー、なんだか随分派手な事になってるな〜。〕
やたら軽い口調で言うギュスターヴの視線の先には、さっきまでとは比べ物にならないほど激しさを増した戦場があった。
具体的に言うと、炎が渦を巻いたり、竜を模って立ち昇ったり、無数の火柱となったり、大小様々な稲妻が降り注いだり、大蛇となった水流が駆け抜けたり、何処からともなく銃弾並みの貫通力を持った無数の枝が飛来したり、それに加えて突如現れた巨石から放たれた光が辺りを石化させたり、赤い槍が降って来て刺さった地面を爆発させたり、獣の咆哮のようなものが聞こえたかと思えば天空から清冽な音色と共に光が降り注いだりと、それこそ彼らが生きていた時代のありとあらゆる術がこのけっして狭いとは言い切れない戦場を蹂躙し尽くしていた。
これがたった二人の人間の仕業とは俄かには信じがたい光景である。
尤も、二人が誰であるかを知らない人間ならば、の話だが。
〔・・・そんな暢気な事を言っていて良いのか?見てると結構な人数が巻き添えを喰っている様だが?〕
〔口に出してないだけでこれでも指示は出してる。ただ和樹が同士討ち狙いでちょこまかと逃げ回るからどうにも被害を抑え切れてないな。こういう時こそ参謀役の出番じゃないのか?〕
些か真剣味に欠けて見えるその態度をたしなめるケルヴィンにギュスターヴはそう問い返す。
〔それにしても流石はヴァンとシルマール師、記憶から作り出した劣化コピーとは思えない強さですね。〕
眼前の二人を気にも留めず、今の戦場の有様についてごく客観的な意見を述べるのは、卓袱台の前に座り湯飲みに入ったお茶をズズッと音を立てて啜る(といってもこれも彼の作った幻影だが)その姿がなぜか全く不自然に見えないフィリップ三世。
〔まあ姿こそ若い頃のものだが、術の腕前についてはこの三人の記憶に残る最も強かった時期のものだからな。それに魂こそ無いものの、思考とかは戦っている時の二人そのものの筈だし。そういやあのヴァンがあそこまで強くなっていたと知ったときは驚いたな〜、十年に一人の逸材とか言われてはいたが、まさか先生に迫るほどの術師になってたとは・・・・・・〕
〔そういえばヴァンアーブル君がめざましい成長を遂げたのは、思えばお前の死んだ後だったか。ずっと近くにいたのにお前を守る事も出来ず、逃がされる事しか出来なかった自分にどうしようもないほどの無力感を感じていたのだろうな・・・・・・〕
それを聞きギュスターヴは〔そうか・・・あいつには悪い事しちまったかな・・・・・・〕と、自嘲気味に呟いた。
〔そう自分を責めないで下さい・・・それが無ければ[サンダイル史上最高にして最強の、伝説の師弟術師]の片割れなんてヴァンが呼ばれる事も無かったかもしれないんですから・・・・・・〕
フィリップ三世のその言葉にギュスターヴはいつもの表情に戻る。
〔そう、だな・・・それじゃあその[伝説の師弟術師]の現実では有り得なかったドリームタッグ相手に和樹が何処までやれるか見届けるとするか!〕
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・・・・」
その頃和樹は雨霰の如く降り注ぐ術に攻撃に転ずる事も出来ず、防御にその力の全てを傾け凌いでいたが、その集中力も切れかかっていた。
比較的威力の高い炎術は魔眼によってほぼ完璧に見切れているとはいえ、掌は汗でじっとりと湿り、和樹の心情を如実に表していた。
何故なら、カイゼルブレイドはあらゆる術や魔法を無力化できるが、イコール和樹に術が通用しない、とはならないからである。
分かりやすく例えるなら、カイゼルブレイドは魔に属する攻撃に対して無敵の楯の様な物なのだ。
それはつまり、大抵の楯がそうであるように向けている方向以外から攻撃が来れば無論防ぐ事など出来はしないという事。
カイゼルブレイドの場合は無効化フィールドをある程度の距離までなら飛ばして、向かってくる魔法などを迎撃したりもでき、楯よりよほど高い防御能力を持つ。
が、ここまで前後左右上下から間断無く、一発一発が致命傷レベルの術を浴びせ続けられれば、集中力に限界が訪れ、その鉄壁の防御といえど、いずれ破綻をきたす事を避けられない。
といっても和樹の防御技術はかなり高度な域に達しており、それなりのレベルの魔術師を十人、二十人集めたところでまずこうはならない。
シルマールとヴァンアーブルという、伝説級の魔力と師弟ゆえの絶妙なコンビネーションを誇るこの二人を相手にしているからこそ、ここまで追い詰められているのだ。
そして、そうこうする内にも双方の間に保たれていた均衡は歪み、罅割れ、僅かずつ、だが確実に片方へと傾いていき———————
遂に、その決定的な崩壊の時を迎えた。
〔〔〔うおおおおおおおっ!!!〕〕〕
「っ!くっ!!」
術を凌いだ所に、三人の兵士がそれぞれ別方向から同時に仕掛けてくる。
ザンッ!ゾンッ!!ズシャアッ!!!
〔がふっ!〕〔ぎゃあっ!〕〔ぐはあっ!!〕
それを体を回転させ、まるで剣舞のような鮮やかな動きで一瞬にして敵を切り捨てる和樹。
だが、上手く捌けたのはそこまでで、不意を衝かれた攻撃に無理矢理した迎撃であった為、ほんの一瞬、しかしこの場においては致命的な隙が出来る。
そしてこの二人がそれを見逃す筈も無く———————
〔・・・・・・・・・・・・!〕〔・・・・・・・・・・・・!〕
遠くから術を唱える声らしきものが響き———————
ウォーターハンマー・フレイムナーガ・焼殺・天雷
およそこの二人以外には真似できないであろう二人同時の術二連発動による四段連携、「ウォーターフレイム焼天雷」が和樹目掛けて放たれる!
もろに喰らえばSランクの上位クラスにも致命傷を与えられる威力、和樹がどう頑張っても一撃目と二撃目を無力化するのがせいぜい。
残る三撃、四撃だけでも一人の人間相手にはオーバーキルもいいとこだ。
抗う術すら残されぬ和樹は、哀れ塵も残さず消え行く運命(さだめ)——————
「・・・・・・我、覇王の御霊と共に在る者——————」
なんてものを受け入れる筈も無い。
圧倒的なまでの破壊が目前に迫っているにもかかわらず、和樹は動じることなくカイゼルブレイドを体の正面に掲げ、瞳を閉じて更なる詠唱を紡ぐ。
「其は摂理に反逆せし変革の具現!」
ポウ・・・
カイゼルブレイドの周りに黒き燐光が次々と浮かび上がり———————
「我が声、我が意に応え———————」
正面を向いて見開かれた和樹の瞳は、先程までの紅ではなく、しかし普段の黒い瞳とも決定的に違う、宇宙の深淵の闇すらまだ明るく見えるような、およそこの世のものとは思えぬ昏い(くらい)色を湛えていた。そして和樹は最後の一節を唱える!
「退けよ!!封魔剣カイゼルブレイド!!!」
キィィィィィィィン・・・・・・・・・ズヴァアアアアアアアッ
周囲にたゆたっていた黒い光の全てが一瞬にしてカイゼルブレイドの刀身に吸い込まれたかと思うと、僅かな間を置きそこから漆黒の光の波動が放たれ、辺りを覆い尽くしていく。
そして驚くべき事に、今にも和樹に襲いかかろうとしていた凶暴なまでのアニマの奔流は、黒い光に触れたかと思うとその悉くが雲散霧消してしまった。
〔このタイミングで[真名開放]を使うか・・・まあ、あの二人を出した時点で十分予想できた事だが、やはり犠牲は避けられないか・・・・・・〕
〔ああ、これで少なくとも片方はやられるな。問題は、和樹がその消耗を抱えたままここまで辿り着けるか、と言う事。始めからそこが問題だったのだろう?〕
〔しかし、今の和樹なら幾ら消耗していても一対一で術師相手に遅れをとるとは思えません。両方倒してしまうのでは?〕
〔〔さて、それはどうかな?〕〕
〔え?〕
訝しがるフィリップ三世をよそに、二人は不敵な笑いを浮かべるのだった。
一方、和樹はカイゼルブレイドを支えにしてどうにか立っているような状況だった。
だがその両手の剣には回復そっちのけでアニマが集約されていっており、下を向いているため髪に隠れて見えにくくなっているその表情は、瞳の色こそさっきまでの紅に戻っているが、口の端を片側に吊り上らせた余りにも不敵な笑みであった。
そう、和樹は追い詰められている様に見せかけて、全力を以って止めを刺しに来るこの時を狙っていたのである。
どれほどの手錬だろうと大技の後には隙が出来る。まして本来後衛に徹するべき術師の必殺の一撃ともなればそれが他より大きくなるのは必然。
迎撃にはこちらも最大級の大技である[真名開放]を使うしかないが、それによる消耗その他を差し引いてもこっちが攻撃に転ずれるようになるほうが断然早い。
あと問題になるのは周りの鋼鉄兵たちだが、影響を全く受けないわけでもなく、またさんざん巻き添えを喰らって懲りている為、和樹目掛けて飛んでくる術に恐れをなしてそれなりの距離を空けている。
[真名開放]が一度しか使えない以上、チャンスはただ一度、今、この時のみ!
此処にまさしく必殺のカウンターを放つための舞台は整い、ヴァンアーブルの方を向き体の正面に剣をクロスさせて構えた和樹は必中の気迫と共に吼えた!
「あたれぇっ!双剣術技、龍嵐剣!!」
ヒュウウウウウウウズギャオオオオオオオオオッ
異世界の血を引かぬ人間の目にも視えるほどの高密度の樹のアニマを纏った二本の剣から放たれた斬撃は、放たれると同時に絡み合い、緑に輝く巨大な風の龍となって行く手を阻む全てを跡形も無く消し去っていく!
〔・・・・・・ッ!〕
遠く響いたかすれた断末魔は、標的となったヴァンアーブルのものだったか、それとも技の直線上に居た誰かのものだったのか。
はっきりしているのは、今の和樹の持つ技の中でも最大級の威力を誇るそれが、必中を期するまでもなく多くの者を巻き添えにしてその目的を果たしたと言う事。
ある意味当然とも言える結果を、和樹は気にも留めなかった。否、正確には———————
「ぐっ!?があアぁアあアアッ!!」
気に留める余裕すらなかった、と言うべきか。
『何だ!?何なんだ、この痛みは!!?』
突然全身を襲った体がバラバラになりそうなほどの激痛に、和樹は思わず崩れ落ちそうになるが、気力で体を支え剣を構えつつ、この痛みの正体を頭の片隅で考える。
あまりに予想外の事態にギュスターヴ達も周りを取り囲む兵士達も動きが止まるが、すぐに攻撃を再開する。
和樹はそれを片っ端から迎え撃つが、そこに先ほどまでのキレは無い。
その余裕の無さゆえに、和樹は鎧の間を縫って近付くその影が眼前に迫るまで気付けなかった。
「っ!?」
その影が繰り出した左拳に自分のよく知るものを見つけとっさに右の剣を楯にし防ぐ!
だが影はそうなる事が分かっていたのか間髪いれず右の拳を和樹の腹めがけて振るう!
しかし和樹は避けようと思えば出来たそれを意に介さず、左手のファイアブランドで影を仕留めようとする!が・・・・・・
ドゴンッ
「がっ!?」
大した威力など無い様に見えたその一撃は、和樹を五、六メートルも後ろに吹っ飛ばした。
〔な・・・何なんです?あの一撃は!?〕
フィリップ三世は和樹を鮮やかに吹っ飛ばしたシルマールを、半ば呆然とした表情で見ながらやっとそれだけを口にした。
〔こうなるんじゃないかとは思ってたけど、これまた見事に吹っ飛ばされたな〜〕
そんなことを言いながらギュスタ−ヴはその後ろの卓袱台でケルヴィンと一緒に茶を飲んでいた。
〔・・・・・・二人はあれが何か知ってるんですね?〕
〔・・・まあ、な。シルマール師が晩年に編み出したもので、平たく言うと拳に直接アニマを纏わせて攻撃する技だ。〕
その問いにギュスターヴの隣に座るケルヴィンが答える。
〔直接って・・・シルマールリオン無しにって事ですか!?〕
シルマールリオンとは、その名の通り術師シルマールが作ったツールであり、今は和樹がその持ち主となっている。樹と石のアニマを併せ持ち、ツ−ルでありながらクヴェルと同じく無尽蔵のアニマを持つ。そして他に類を見ない特徴として、引き出したアニマを制御し拳に纏わせて攻撃する二つの固有技を持つ。
聞くだけだとなんでもない能力の様だが、モノの本質そのものともいえるアニマをそのまま生身と併用しようとすれば、アニマによる侵食、更には変質すら起こしかねない。術技に相当するものが体術にのみ存在しないのもこの為である。
〔ああ。実際和樹が一撃目を防いだのも、おそらく左手のシルマールリオンに気付いたからだろうし。そもそもあの吹っ飛び方からすると、使ったのはたぶん獣か音のアニマじゃないか?そうなるとアニマの違うシルマールリオンではあの一撃は放てない。〕
〔で、でもそんな凄い技が何故後世に伝わっていないんですか?〕
〔ひとつはまあ教える相手が周りに居なかったからだろう、当時の貴族や術師は体術を使いたがらないのが多かったからな。後は書物とかにまとめる前に先生が亡くなったからじゃないか?あの先生が生涯をかけて編み出した技が一年やそこらで書物にまとめきれる筈も無いし。尤もそんな物が在ったところであっさり習得できる様なものだったとも思えんが。〕
〔そういうわけで、あの技は今や我々の記憶の中に残るだけの幻の技となってしまった、と言うわけだ。〕
と、ケルヴィンがギュスターヴの補足をして締めた。
〔さて、さっきの原因不明の激痛に加えて、今のはモロに入ってたが、和樹、聞こえてるんだろ、ここらでギブアップしとくか?〕
『・・・・・・冗、談。い・・・つも・・・通り、ぶっ倒れる・・まで・・やらせ・・・てもらう。』
〔ま、お前ならそう言うだろうな。分かった、ならこちらも一切手加減はしない、死んでも恨むなよ!〕
『望む・・・ところだ。尤も、まだ・・死ぬ気は、無いけどな!』
あとがき
まずはすいませんそしてごめんなさい。
後半戦とか言っときながら終わりませんでした。
おまけにこの話だけ見るとまぶらほの成分が欠片も無い・・・・・・
次回には原作三話目に突入できると思います。
あまり書くスペースが無いので、とりあえず書けるだけのオリジナル技の解説をさせて頂きます。(ついでに書き忘れたデュエルコマンドも。)
双剣技:剣嵐閃 構える・ためる・ためる・払う+払う
二本の剣での剣風閃の同時発動による強化型の技。
剣を二本使う事によって単純にほぼ二倍の扇状の効果範囲を持つ上、二つの斬撃の干渉によって生まれる刃の嵐が通常よりも威力の高い第三の効果範囲を扇の弧の中心部に作り出す、威力、効果範囲共に優秀な技。
・威力81(刃の嵐内 威力91) 消費WP14