「な、なんだ・・・これ・・・・・・」
ここは彩雲寮の和樹の部屋の前である。
和樹が驚くのも無理はない。何せ、帰ってきたら自分の部屋の前に重そうな段ボール箱が山のように積まれていたのだから。
「家からの仕送り・・・じゃあないよな。そんな話聞いてないし、大体受け取りのサインをした覚えもないし・・・・・・」
思わず考えている事が口から漏れる和樹。
「うーん、とりあえず、尋崎さんに聞いてみれば何か分かるかな?」
だがそんな事をするまでも無くその疑問は氷解する。背後から聞こえた声によって。
「あ、もう届いてたんですね。」
その言葉に驚き、振り向く和樹。
「え、夕菜!?帰るって言ってたのが何でここに?って言うかこの荷物はひょっとして君の!!?」
「ええ、ここに住もうと思いまして♪」
「ちょ、ちょっと待った!ここって、まさか・・・・・・」
「ええ、和樹さんの部屋です♪ここはもともと相部屋になってるって聞きましたから、もう1人住める筈ですよね。」
「い、いや、そりゃ確かにそうだけど・・・それに聞いたって誰に?」
「え、喪服を着た管理人さんですけど?荷物の受け取り手続きもやって下さったみたいですし・・・・・・」
『な、何考えてんだ、あの人はぁぁぁ!!!?』
おもわず心の中で絶叫する和樹。
(本当に掴み所が無いよな、あの人は。)
(そうだな、シルマール先生の過去と同じくらい謎だな。)
(シルマール先生といえば、昔ヴァンが言っていました。長年一緒にいるのに未だに分からない事が多いって。)
((あー、それは良く分かる。))
と、そこで和樹は教室での会話を思い出す。
「・・・って事はこれはひょっとして・・・・・・」
「はい。私の引越し荷物です。」
「・・・・・・無理。」
「ええ!?」
「こんな大荷物、この部屋で二人の人間が生活するとなったら物理的に収納しきれない。それ以前にここは男子寮だし、この階にもB組は何人か住んでるし、だからそんな提案は却下。ここはおとなしく朝霜寮のほうにいきなよ。荷物運びくらいは手伝うからさ。」
「うう、和樹さんは、私と一緒に暮らすのが嫌なんですか?」
「・・・そういう問題じゃない。大体まだ知り合って間もない関係の男女が同居なんて、順序というかなんと言うか、おかしいだろ?」
そう言うと和樹は顔をそむけて黙り込んでしまった。少し顔を紅くしながら。
ぶっちゃけて言うと、もしそんな事になったら免疫の無い自分が一体どうなってしまうか分からないからなのだが、そんな事は口が裂けても言えない。
だが、夕菜は奥の手を用意していた。
「・・・・・・分かりました。仕方ありません、向かいの空き部屋で我慢します。」
ドンガラガッシャン
前半部分で安心していた和樹は、それはもう盛大にずっこけた。
「な、なんで?」
何でそんなに食い下がるんだ?友達からってことで納得したんじゃなかったのか?などの混乱した思考で和樹の頭の中はいまや混沌の渦と化している。
勿論夕菜にだって理由はある。病院に向かう車の中で、彼女は如何にしてあの三人からの頼まれごとを果たそうか考えていた。そして出した結論が[出来る限り傍に居る]というものであり、これもその一環なのである。元から考えていた事を正当化しただけとも言うが。
「これも管理人さんに聞きました。」
和樹の言葉を向かいの部屋が空いているのを知っている理由を聞いているのだと思った夕菜はそう答えた。
もはや和樹は言葉も無い。
「でも、荷物が邪魔で和樹さんが部屋に入れませんね。」
「・・・・・・ハア、とりあえずこれをどかして部屋に入ろうか。茶でも淹れるよ。」
そう言うと段ボール箱を軽々と持ち上げて移動させていく和樹。
「すごいですね、結構重いのに・・・・・・」
「ん、まあそこいらの奴とは鍛え方が違うし。」
そうして二人の前に部屋のドアが現れるのに1分もかからなかった。
「はー、このお茶とっても美味しいです。」
今、夕菜は部屋のテーブルの所に座り茶を飲んでいる。
「良かった。この部屋に客が来る事なんて殆ど無かったからちょっと自信なかったんだけど・・・・・・」
そう言いながら和樹は自分の淹れた茶を美味しそうに飲む夕菜を向かいに座って眺めていた。
「それにしても本当に美味しいです。ひょっとしてこれ結構高い葉を使ってるんですか?」
「いいや、何処にでもある安物だけど?」
「それでこの味なんて・・・・・・学校で和樹さんの料理の腕を聞いた時は半信半疑でしたけど、これを飲んだら納得できます。」
「あー、いや、料理のほうは兎も角、こっちの方は少しズルしてるから・・・・・・」
そう言うと和樹は自分の目に手を伸ばす。
そして離れた手に乗っていたのは・・・・・・
(カラーコンタクト?)
いぶかしがりながらも視線を戻す夕菜。しかし和樹の瞳の色は変わらぬままだ。
「よく見てて。」
そう言うなり和樹の黒と茶の間ぐらいだった目の色が真紅に変化した。
「!!?」
「これがさっき言ったズルの正体。[炎識の魔眼]と呼ばれるもので、温度変化を起点とする全ての事象を識ることができる。氷や炎の魔法を発動の予備動作段階から見切ることはおろか、果ては完璧にして最適な料理温度とタイミングまで。」
「そうだったんですか。お茶といえばまさに温度とタイミングが命ですもんね。」
「そういう事だ。元々は先祖のフィリップ三世が火竜と遭遇した時に目覚めた、正しくは授かったものらしい。そして、そのフィリップ三世がファイアブランドに宿って以来、その使い手はこの力に目覚めるようになった。ある呪いと共に。」
いつの間にやらなぜか微妙にギュスターヴモード突入中の和樹。
「それは?」
「それは・・・・・・」
ゴクリ
「それは、使い手全てが1人の例外もなく料理人になってしまうという呪い!!!」
ずるべたーん
座っていたにもかかわらずあり得ないこけ方をする夕菜。
「どうやら凄腕の料理人だったフィリップ三世の料理への飽くなき探究心と執念が引き起こしたものらしい。って言うか本人がそう言ってたし。そんなわけで、歴代の人達も僕も殆ど料理の為にしか使ってないんだ。」
そう言ってコンタクトを戻そうとする和樹。そこへ。
『あ、この気配は・・・・・・』
「はーい、元気ぃー!」
入ってきたのは玖里子。とその影になって見えづらいが凜。
「ってなに、それ。」
思いっきりコンタクトと紅い眼を見られた和樹は、仕方なく夕菜にしたのと同じ説明をする事となった。
「ふーん、なるほどねー・・・・・・」
玖里子はそんな事を言いながら何か考えているようだ。
しかし、問題なのはさっきから様子のおかしい凜の方であった。
「・・・・・・式森。」
「な、なに?」
思わずたじろぐ和樹。
「死ねえぇぇぇーーーーーっ!!!!」
「何でーーーーーーーっ!!!?」
ガキィィィィン
昨日見せた腕前からは考えられないほどの凄まじい速度の剣撃を放つ凜。
それを体に染み付いた動きと、咄嗟に取り出したカイゼルブレイドで防ぐ和樹。
「死ねっ!死ねっ!!男のくせに料理の上手い奴なんか皆死んでしまえーーーっ!!!」
「わーっ!凜ちゃんちょっと落ち着いて!大体そんなこと言ったら世界中から料理人がいなくなっちゃうよ!」
「じゃあその眼をよこせ!!さもなくばあの紅い剣をよこせぇぇぇーーーっ!!!」
「無茶言わないでよ!第一、凜ちゃんがファイアブランドを使おうとしたら黒焦げになって死んじゃうよ!!」
凜の繰り出す高速の斬撃と突き、それらを和樹は紙一重で受け止め、弾き、あるいは受け流す。
凜もそこから切り返し、更に連撃を放つ。
激しい攻防が続く。
幾ら凜が多少いつも以上の力を出しているとはいえ、それでも歴然とした実力差がある筈なのだが、何でこうなったのか全く分からないという疑問と、わけの分からない凄まじい凜の気迫に押されて和樹は実力を出し切れないでいるのである。
それでもまともに返答できる余裕がしっかりあるあたり流石というべきか。
「凜!いったいどうしちゃったのよ!!」
「凜さん!やめてください!!」
夕菜と玖里子が必死に呼びかけるが、当然その声が今の凜に届く筈もない。
「くっ、仕方ない、か。」
和樹はそう小さく呟くと凜の刀を跳ね上げ、弾き飛ばす。
「!!」
そして剣をしまうと跳んで跳ね上げた刀を掴み。
ためる・斬る・払う
「剣技、天地二段!(弱)」
ザンッ、バシュンッ
「あ・・・・・・」
ドサッ
そうして凜は、何が起きたか分からないといった顔のまま、床の畳の上に倒れこんだ。
「か、かずきさん!?」
「大丈夫。手荒な方法しか取れなかったけど、峰打ちの上に手加減もしたし、実戦用の剣術を学んでたんならじき起きるよ。」
「和樹って、結構容赦ないわね・・・・・・」
「するべき決断も出来ない優柔不断じゃ、この仕事やってけませんから。」
いつもの顔で何でもない様にそう言う和樹。
しかし、その手は今にも刀の柄を握りつぶしそうなほど強く強く握り締めていた。
そこに和樹のこれまでの日々を垣間見た気がして、夕菜と玖里子は何も言えなくなるのだった。
「さてと、凜ちゃんが暴れだした理由は後で本人にでも聞くとして、玖里子さん、何か用件があって来たんじゃないんですか?まあ、大体予想はつきますけど・・・・・・」
凜を自分のベッドに寝かせ終わった和樹が訊く。
ちなみにその時睡魔に襲われ、思わずベッドの(正確には凜の)上に倒れ込みそうになって夕菜に思いっきり睨まれたりしたが。
「ええ、多分その予想通りよ。夕菜ちゃん、あなた朝霜寮に入る事になってるのに全然来ないから寮のおばさんが探してたわよ?」
「私、こっちに住むつもりです。」
それを聞き、玖里子はため息を吐く。
「あの外のダンボールはやっぱりそういう事か。でも、正気?向こうの方が新しいしきれいだし、いい事ずくめよ。」
「和樹さんが傍に居てくれないんじゃ、私にとってそんなもの何の意味もありません。」
「うーん・・・・・・それじゃいっそ和樹を朝霜寮に「イヤです。」」
玖里子の提案をいっそ清々しいまでに切り捨てる和樹。
『そんな事になったらどっかのラブコメよろしく見つかってボコボコにされるのがオチだ!』
いや、それどころか退学さえあり得る。
そもそもそっちの免疫ゼロの和樹がそんな事になれば、慣れる前に確実に出血多量で死ぬ。
「でも、和樹は同じ部屋に住むの嫌がったんじゃない?」
夕菜の発言を疑問に思う玖里子。
昨日の一件で和樹の性格を大まかに把握している辺り人の上に立つ人間は違う。
「ええ・・・ですから、向かいの部屋が空いている様なのでそこにしようかと・・・・・・結界を張れば誤魔化せない事も無いと思いますし。」
「そう。じゃ、早速見に行かない?」
そう言って席を立とうとする玖里子。
一見ごく自然な行動だ。しかし。
『今、一瞬アニマが乱れた?』
玖里子につられて夕菜と共に席を立つ和樹は、そこに嫌な予感を感じ、そしてそれは的中する事となる。
「わらわはエリザベート。ノインキルヘン伯ゲオルグ・フリードリヒの娘じゃ。」
そう名乗ったのは、この部屋の中央に浮く半透明の少女。
見ての通り幽霊である。
ドアから出て、仕事の手伝いがあるのを思い出したといって玖里子が去った後。
和樹はさっきは感じなかった違和感を向かいから感じ取り、手を伸ばそうとした夕菜を押しとどめて自らドアを開けると。
そこに、この少女が居た。
そして、気付けば自己紹介を受けていたのだ。
「ノイン・・・・・・なんでしょう?」
「知らんのか。」
「すみません。ちょっとそのあたりの知識は・・・・・・」
「仕方ないの、説明するから良く聞くように。」
そんな二人のやりとりを聞きつつ、和樹はノインキルヘン伯についての知識を頭の中で並べていた。
どちらかというと戦う方が専門の和樹だが、ナイツの一族らしく歴史に関するものに対する興味と知識は人並み以上なのである。
神聖ローマ帝国の貴族であった事。魔術等に造詣が深く魔法史の教科書にもその名が載っている事。そしてそこから没落、滅亡までの過程。
そこで、はたと気付く。
『確か、その原因になった人物って・・・・・・』
「・・・・・・その上、皇帝までもが「ゲオルグはグスタフ・アドルフに媚を売った。」と言って伯爵の地位を取り上げ・・・・・・ううっ。」
グスタフ・アドルフ。
スウェーデン国王で[北海の獅子]と呼ばれた勇猛果敢な人物。最後は三十年戦争の最中に戦場で銃弾に倒れたらしい。
ノインキルヘン伯家の没落は、戦争での敗北とグスタフ・アドルフに申し込んだ講和を突っぱねられた辺りから始まっている。少なくとも原因の一端ではあるだろう。
勿論和樹が会った事などある筈も無く、血が繋がっている等という話も聞いたことが無い。
しかし、たった一つだけ共通点がある。名前である。
和樹のもう一つの名前であるギュスターヴ。これの読み方を変えるとグスタフとなるのである。
『もしそれを知られたりしたら・・・・・・』
「・・・・・・と言うわけで、手伝ってもらうぞ。[双剣のギュスターヴ]。」
・・・・・・どうやらもはや完全に手遅れのようだ。
あとがき
と言うわけで原作二話目突入です。
ビーン様、調べて自分なりに(と言ってもたいした事を書いてるわけでもありませんが。)書いてみましたがいかがだったでしょうか。
フィリップ三世が料理人だったという設定はオリジナルです。魔眼も同じく。
彼の場合ゲームでは一番出番の少なかった人物の1人ですから、こうでもしないとキャラが立たなかったので。
それと凜ファンの皆さん、真っ先に暴走させてごめんなさい。
もし和樹が原作で料理が上手かったら、と考えたらこんな事になってしまいました。
ちなみに和樹が学校で使っている技は、大抵スタン(気絶)効果を持つ技で、手加減も加え、相手を無力化する目的で使われています。
それ以外を人間相手に使うのは、相手がよっぽどの外道か、暴走したB組だった時くらいでしょう。
それではレス、お待ちしてます。