翌日 土曜日 葵学園 2−B教室
「ふわああああああ・・・・・・」
盛大なあくびをしているのは、いわずとしれた主人公の式森和樹である。
あの後、病院で点滴を受けた和樹は、術の併用によって驚異的な回復をみせ、夜には自分の部屋に戻る事が出来た。
その後、冷蔵庫の中身を片っ端から使って作った大量の夕食をかき込み、それで体力は戻ったのだが、あまりにもいろんな事がありすぎたせいでなかなか寝られず、結局眠れたのは空が白み始める時刻で、要するにまともに寝ていないのである。
そんなわけで、授業開始後居眠り突入はもはや避けられないと思われた。
が、しかし、幸か不幸かそうはならないのである。
始まりは、いつもの悪い顔色が今日に限って僅かばかり良く見える担任の中村のこの一言だった。
「あー、お前ら、今日は最後に転入生を紹介する。」
ギラッ
B組生徒の目が一様に光る。(和樹除く)
勿論期待に眼を輝かせている、などという微笑ましいものではない。
それはまさしく餓えた獣のそれであった。
ドアを開け1人の人物が入ってくる。
夢と現の狭間をさまよっていた和樹は知る由も無いが、転入生が来るという情報はすでにB組内に知れ渡っており、その頭の中では[転入生=新たな敵、もしくはカモ]という図式が確立されていた。
だが、その図式は転入生を見た瞬間脆くも崩れ去った。
平たく言えば彼女の可憐な姿に骨抜きにされてしまったのである。
そして彼女は教卓の傍まで来ると黒板に名前を書き、自己紹介した。
「皆さん始めまして、式森夕菜といいます。宜しくお願いします。」
ピシッ
和樹はその時確かに、静寂に支配された教室の空気のひび割れる音を聞いた。
スッと、仲丸が手を挙げ質問する。
「夕菜さん、あなたの式森って苗字はうちのクラスの式森となんか関係あるんですか?」
それに対し、夕菜は待ってましたとばかりに答える。
「ええ、夫婦ですから。」
バッ
その言葉に反応し、一斉に和樹の席を見るB組生徒。
だが、席はすでにもぬけの殻であった。
「「「「「逃げやがったな、あんにゃろう!!!!」」」」」
「「「「「「なんとしても探し出せ!!!」」」」」」
「「「「「「「血祭りにあげたうえで火あぶりにかけるのよ!!!」」」」」」」
「「「「「「「「B組協定を破るとどうなるかたっぷりと思い知らせてやる!!!」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「式森なんぞに俺の(私の)夕菜ちゃん(さん)を渡してなるものかああ!!!!!」」」」」」」」」」」」」
「やれやれ、あいつも大変だな・・・・・・」
そうして叫ぶなり、B組生徒は1人残らず雄叫びを上げながら出て行ってしまった。
後に残されたのは事情を全く知らない夕菜と、顔色の悪さの自己ベスト更新進行中の担任中村だけであった。
余談であるが、この時の一件が中村の教師人生への止めとなった。
「いたか!?」
「駄目だ、見つからない!」
「こちらD班、発見したが逃げられた。このまま追撃を続行する。」
「B班に続きE班も連絡が取れなくなった・・・」
「オノレ、式森めぇ!!必ずやその首、犠牲者の墓前に供えてくれるぞ!!!」(注:誰も死んでません。)
バタバタとB組生徒がそこら中を駆け回るなか、指揮を執るのは勿論この二人。
「そうか、大黒が・・・・・・惜しい男を亡くしたな・・・・・・」(注:だから死んでないって!)
「仲丸、首尾はどう?」
「松田か・・・安心しろ、包囲は確実に狭まりつつある。やはり六車と新井場を組ませて正解だったな。そっちはどうだ?」
「こっちも順調よ。それにしても沙弓まで殺られるとは思わなかったわ。」(注:勝手に殺すな!!by沙弓)
ここで少し人物紹介を。
大黒というのはB組において[エロ神様の使い]と呼ばれている男である。その姿形はしばしば「まるでAV男優のよう。」と形容される。
六車は某眼鏡の少年探偵に匹敵する潜在能力を持つ童顔の男。もてる奴が死ぬほど嫌いな為、その能力の矛先は今後和樹に向けられる事となる。
新井場は終末思想と陰謀論かぶれの妄想サバイバル野郎。平和な日本においては無駄にしかならない知識を増やし続けていたが、和樹との闘いの中でそれが生かされ、戦いの趨勢を決める重要人物の1人となった。
杜崎沙弓については今更説明するまでもないかもしれないが、神城家と長年対立する退魔の家柄の長身の娘で、本人も凜との仲は悪い。まるで正反対な身長は・・・・・・関係ないだろう、多分。勿論B組内でもその戦闘能力は随一である。
「1対1で奴に勝てる者がいない事くらい予想のうちだ。さて、もうそろそろ追い詰め終わった頃だな。俺は見に行くが一緒に来るか?」
「当然。ここまできたら式森の血を見なきゃ収まらないわ!」
葵学園 今は使われない最上階のボロ教室
ガラガラガラッ
ズカズカズカズカ
「覚悟しろ式森!!もはやお前に逃げ場は、な・・・ぃ・・・・・・」
怒鳴り込んだB組生徒の先頭をきった仲丸の声が思わずしぼむ。
そこに確かに和樹は居た。
ただし、右足を窓枠にかけてもたれかかり、タバコを口にくわえ紫煙を燻らせ、醒めた眼で遠くを見つめているという普段からは想像もつかない姿であったが。
「し、式森君?未成年者の喫煙は法律で禁じられているのよ?」
そんな和樹に恐る恐る声をかける松田和美。
「んなもん俺の勝手だ。放っておいてもらおうか。」
今ので確定した。こいつはいつもの式森じゃない。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ
B組生徒達の中で例外なく本能が悲鳴をあげる。だが。
クイッ
和樹の左手が何かを引く動作をする。すると。
ガラガラガラガラ、ピシャン、カチン
退路、封鎖完了。
「・・・ひ、ひるむな!いかに奴とてこの人数で魔法の集中砲火を浴びせれば・・・・・・!!」
そう言いつつ仲丸が右手を突き出し魔法を放とうとする。
「やらせるかよ。」
そう言って窓枠から降りた和樹は右手に持っていた箒を構え。
「杖技、グランドスラム!(弱)」
ズドオォォォォォン
「うおおおおおおっ!!」
バランスを崩し仲丸は魔法を撃つタイミングを逃す。
さらに、ぼろい部屋だったせいか、今の一撃で砕けた床の破片やら、天井から降ってきた埃やらで視界は完全に塞がれてしまった。
そしてその向こうから和樹の声が響く。
「じゃあな、せいぜい火傷しない様に気を付けろよ。」
その言葉に全員の頭上に?マークが浮かぶ。
その一瞬後、その意図に新井場が気付く。
「・・・・・・しまった!奴の狙いは!!!」
だが、時既に遅く、和樹は窓から飛び出し自由落下の始まる前の一瞬の内に、右手で窓を閉めつつ左手で火のついた百円ライターを放り込むという離れ業をやってのけた。
そして一瞬の後。
チュドオオオオオオオオン
見事なまでの粉塵爆発が起こり、吹き飛ばされ割れたガラスが校庭に突き刺さった。
一方、和樹は下の木を樹のアニマで活性化させた上でクッションにしたため殆ど無傷である。
「教えてもらった時はまさか自分が使う時が来るとは思わなかったけど・・・・・・[風](ウインド)のおっさんに感謝だな。そういえば涼さんにもしばらく会ってないな。確か数年前に子供が生まれたって手紙が来たきりだし、今度訪ねてみるか。」
そんな事を言いながら校庭に降り立つ和樹。しかしその背後から殺気が迫る!
「!?」
思わず反射で身体を動かす和樹。
ドゴンッ
ほんの一瞬前まで和樹の居たところに穴が開く。
「ちっ、はずしたか。」
声のしたほうを見た和樹が目にしたのは、世界を狙えそうなほどの見事なアフロと化した仲丸の姿であった。
「だが次ははずさん!食らえ、この髪のうらm・・・・・・」
だが、科白を言い終える前に和樹はその懐にもぐりこみ、そのまま、
パンチ・パンチ・キック・キック
「体術、断滅!」
ドガガガガガガッ
「ガハッ・・・・・・」
ズウンッと、大地に沈む仲丸。
「お前が悪いんだぞ、仲丸。不死身の神秘を秘めるアフロなんかで向かってくるから。思わず手加減するのを忘れちまったじゃないか。」
そう言い捨て、教室の方へと歩き出す和樹。
「しかし甘かったな、こんな事ならもう少し黒色火薬を混ぜとくんだった。」
さらりととんでもない事を言っているが、幸い聞いているものは誰も居ない。
ちなみに和樹の仕事の報酬の使い道は1/3が学費、1/2がB組対策、残りが食費その他となっている。
つまり、ああいったトラップは一つではないという事だ。
今回も、始めは適当に逃げ回り、包囲の方向が定まったところで最も都合のいい部屋に誘い込んだのである。これなら簡単には罠だと気付かれない。
「そういえば、仲丸の奴なに怒ってたんだ?似合ってたのに。」
特記事項:式森和樹、重度のワン○―スファン。
ガラガラガラ
「あ、和樹さん!」
教室で和樹を待っていたのは夕菜と、
「悪いね、杜崎さん。こんな事頼んで。」
和樹にやられた事になっている杜崎沙弓であった。
「別にいいわ。報酬さえ払ってくれればね。」
「それは勿論。明日から一週間、昼の弁当を作る、でいいんだよね。でもホントにそんなのでいいの?」
「・・・・・・式森君、あなた自分の価値ってやつをちゃんと認識したほうがいいわよ。前に千早経由でもらったあなたの作ったおかず、私はあんな美味しいものそれまでの人生で食べた事がなかった。あれの為ならB組を100回裏切ってもまだおつりが来るわ。」
「はは、そこまで言ってもらえると料理人冥利に尽きるよ。」
その横で夕菜がひとりむくれていた。
「むーっ、杜崎さん、ほんっとーに和樹さんとはなんでもないんですか!?」
「だからさっきから何度も言ってるでしょ。私にとっての式森君はただの[美味しい料理を作れるクラスメート]なんだって。クラスのひとりが凄腕のコックだったって程度のものなの。大体彼は私の趣味じゃないわ。」
「でも・・・・・・」
どうやらまだ納得し切れていないようだ。
「だったら、宮間さんも式森君に弁当作ってもらったら?」
「え、えええええっ!?」
驚き和樹の方を見る夕菜。
「えっ、まあその位構わないけど・・・・・・」
そう返され更に困惑する。
「で、でも、そういうのはやっぱり妻の・・・・・・」
「夕菜、頼むからその言い方はやめてくれ。」
「あ、はい、すみません。」
和樹が何を沙弓に頼んだかというと、事情の説明と夕菜に学校では友人以上の振る舞いをしないように約束させるよう頼んだのだ。
如何に力量が段違いとはいえ、夕菜が不用意な発言をするたびにあのB組相手にやり合っていたら流石に持たないからである。
「じゃあこうしない?とりあえず二人とも作ってきて、より美味しかった方が教える。これならどうなっても最終的には夕菜に任せられるし、僕としても勉強になるし・・・・・・」
「・・・・・・分かりました。それじゃ、明後日でいいですか?今日引越しで、明日は荷物の整理とかで忙しいと思いますから。」
「ああ、いいよ。そういえば、朝は何であんな事を?昨日は友達からって事で納得してたじゃないか。」
「あの、それは、先手を打って公認の関係にしてしまおうと思ったんですけど・・・・・・」
なるほど、確かにそれは有効な手段かもしれない。
ただし、相手がB組じゃなければ、だが。
夕菜を一方的に責めるわけにもいかず、和樹は思わずため息をついた。
「とにかく、これで分かっただろ。不用意な発言は本当に控えてくれ。『おもに僕の命のために!』」
「はい、すみませんでした・・・・・・」
「ま、そんなことしても無駄だと思うけど。」
「言わないでくれ、考えないようにしてるんだから。」
キーンコーンカーンコーン
「あ、今日はこれで終わりか。結局今日は授業受けずに終わっちゃったなあ・・・・・・」
「そもそも今日はこの騒動のせいで先生誰も来てないわよ。」
ちなみに担任の中村はあの後すぐ保健室に搬送済みである。
「それじゃ僕はもう帰るよ。連中の後始末も、もう紅尉先生に頼んであるしね。」
「あ、ひとつ聞かせて。朝教室から抜け出したとき、あれはどうやったの?ずっと視界の隅で捉えていた筈なのに全然気付けなかったし・・・・・・」
「あ、それ私も聞きたいです。」
それを聞いた和樹は思わず顔をしかめる。
「あー、あれね・・・・・・」
「和樹さん?」
「あれはいわゆる一子相伝の秘技ってやつでさ、ちょっと人には話せないんだ。」
「ちょっとまって、式森君の家ってそんな大層なものだった?」
「それなりに古い家だからさ、まあいろいろあったりするんだ。差し障りなく説明できるのは、人の感覚の欠点をついた技で、同じ技の使い手以外に見破るのはほぼ不可能だってことくらいかな。」
もともとは異世界において編み出された暗殺術だなんてことは流石に言えない。
「へえ、それって私でも使えるようになるの?」
「うーん・・・・・・多分無理。そもそも僕自身生きて曲がりなりにも習得できているのが奇跡みたいな技だから、考えないほうがいいよ。」
沙弓の背中に冷や汗がたれる。
「式森君の力量でそれって・・・・・・聞かなかったことにするわ。じゃあね、お弁当、期待してるわよ。」
そう言って沙弓は鞄を掴んで教室から出て行った。
「さて、それじゃ今度こそ帰るか。早くゆっくり眠りたいし。」
「あ、待ってください、和樹さーん。」
そうして二人も教室を出て行った。
この後に待ち受ける騒動を知る由もなく。
あとがき
なんだか結構な量になってしまいました。
ちなみにクラスメートの人物紹介については公式設定に準じています。
それにしてもなんだかどんどん夕菜がまともになっているような・・・・・・
このままキシャー消滅!?にはならないと思うので、無差別発動ではない形にしようかと考えています。
あと、多分これからどちらにも属さないオリジナルな設定が増えてくると思いますが、どうか暖かく見守ってください。
レス、お待ちしております。