「ひっ、うっ、えうっ、ううっ、ぐすっ。」
ここは、彩雲寮から五キロほど離れた歩道橋の上である。
その中ほどで今はまだ清純派ヒロインの宮間夕菜は泣き続けていた。
しかし、まだあれからそんなに時間が経っている訳ではない。
あの両親の血を引いているとはいえ、息も切らさずもうこんな所まで辿り着いている夕菜の能力恐るべし。
それはさておき。
「ぐすん、和樹さんに、嫌われてしまいました・・・・・・」
夕菜は和樹の部屋を出てからと言うもの、ずっとぼろぼろと涙を流していた。
夕菜の容姿からして、いつもなら声をかけてくる男の1人や二人居るものなのだがそんな様子は全く無い。(もっとも、居たところで相手にした例など無いのだが。)
それというのも、その身を包む深い悲しみが彼女の魅力の全てを打ち消してしまっているからである。
更にその重い雰囲気が、言葉をかけようとする事さえ躊躇わせていた。
「そうですよね、誰だってあんなこと言われたら怒りますよね。それなのに、私は・・・」
そうして夕菜はさらに沈み込んでいく。
「これじゃあもう、会ってもくれないですよね。お母様、ごめんなさい。私はあなたの様に強くなれそうにありません・・・」
そう呟くと下を向いて黙り込んでしまった。
眼は虚ろに下の車の流れを追いかけている。傍から見ると今にも飛び降りそうでかなり危なっかしい。
ネガティブな感情に支配されつつある夕菜が手すりをつかんだ手に力を込める。そして・・・
「ちょっと待ったあ!!夕菜、早まるな!!!」
「え!?」
名前を呼ばれ思わず振り向く夕菜。しかし、自分を呼んだらしい人物は見当たらない。
と、辺りを見回す夕菜の上に影がさす。
それを確かめようと上を見上げた夕菜の目に映ったのは・・・
「か、和樹さん!!?」
スタンッ
「あー驚いた。やっと見つけたと思ったら飛び降りようとしてるんだもんなあ・・・」
そうしてビルの上から降りてきた事などなんでもないように話し始める和樹。
「そ、そんな事考えてません!」
対する夕菜は探しに来てくれた嬉しさやら今の和樹の登場の仕方による驚きやらでちょっとパニックになりかけている。
「・・・ごめん、さっきはやりすぎた。どうかしてたんだ、僕は。」
真剣な顔で話しはじめる和樹。それを見て夕菜も落ち着きを取り戻し首を横にふる。
「いえ、当然の事だと思います。むしろ、謝らなきゃならないのはわたしの方です。自分の気持ちを押し付けるような真似をして・・・」
「そんな事無いよ、君はただあの時の約束を果たそうとしてくれただけなんだから・・・」
「!?、和樹さん、覚えて————!!?」
「ついさっきだけどね、やっと思い出したよ。君があの時の女の子なんだろ?」
「ええ・・・そうです。」
それを聞いた和樹の顔に自身への苛立ちがわずかに浮かんだが、夕菜はそれに気付かず話を続ける。
「あの事が無かったら、私の心はきっと耐えられませんでした。和樹さんは私の心をずっと守っていてくれたんです。あなたは間違いなく世界一の魔術師でした。」
夕菜はそう言って微笑もうとするが、うまくいかなかった。
「だから相手が和樹さんだとわかったときは本当に嬉しかったんです。それで浮かれるあまりにあんな事を・・・・・・」
和樹はそれを黙って聞いている。
「ごめんなさい。これ以上迷惑はかけられませんし・・・・・・もう、行きますね。どうか、お元気で。」
そう言って背を向け立ち去ろうとする夕菜。
しかし、その肩を和樹の手がつかむ。
「待って。」
「・・・・・・引き止めないでください。遠くに行くのは、慣れていますから・・・・・・」
「確かに僕には君を引き止める事なんて出来ないかもしれない。でも、それならせめて、僕に出来る精一杯を君に贈らせてほしい。」
「?、和樹さん何を・・・・・・」
そう言って振り返った夕菜の眼に映ったのはあの時と同じように天に両手を突き上げ、膨大な魔力に覆われた両腕が眼を灼かんばかりに輝いている和樹の姿であった。
それを見て和樹の意図を悟る夕菜。
「和樹さん、そんな事をしたら魔法が!!」
「いいんだ。『前回は少し失敗したからな、よし、これで!』」
ズバアアアアアアアアッ
放たれた和樹の生涯三度目の魔法は、巨大な光の柱となり天空に伸びていった。
そして、それが消えてしばらくすると・・・
「わあ・・・・・・」
「ふう、どうにかうまくいったみたいだ・・・・・・」
見渡す限りにこの季節にはありえないはずの雪が降りそそぐ。
道行く人は皆、この不思議な光景に呆然と立ち尽くしていた。
「あの時も、雪だったよね。今回も、君を止められはしないかもしれないけど・・・・・・」
「ここまでしてもらって、行けるわけ、無いじゃないですか・・・・・・」
俯く夕菜の顔から零れた雫が、うっすらと積もり始めた足元の雪を溶かす。そして夕菜は和樹に寄り掛かった。
「ゆ、夕菜!?」
免疫の無い和樹は夕菜の身体の感触やら、小振りながらもしっかりと感じ取れる胸の柔らかさやら、それによって思い出してしまったドアを開けたときの光景やらで一杯一杯になっている。
「お願いです、もう少しだけ、このままで・・・・・・」
あうあうと、声にならない声を漏らしながら、無駄な抵抗と知りつつも他の事を考える事で意識を逸らそうとする和樹。と、あることを思い出した。
「えっと夕菜、そういえば言い忘れてた事があるんだけど、僕は政略結婚やら何やらで自分自身や子供が利用されるのが嫌なだけで、別に誰とも結婚しないとかそういう事を考えてるわけじゃないんだ。」
その言葉にガバッと身を起こす夕菜。
「え、それじゃあ・・・・・・」
「そういう事。まあ、本当に好きになった女性との子供のためなら、命を引き換えにするくらいの覚悟はあるつもりだよ。」
「それじゃあ早速私と夫婦に!!!」
ズイッと夕菜が迫る。
「それはダメ。」
が、和樹はそれをあっさりとかわす。
「え、なんでですか?」
「なんでって、僕らはまだお互いの事をまともに知らないだろ。好意を持ってくれているのは勿論嬉しいし、僕にとっても君は大切なものを与えてくれた大事な人だけど、それだけじゃまだダメだと思う。大体僕はまだ17だから結婚なんて出来ないし。」
「そ、それはそうですけど・・・・・・それに私が和樹さんに与えたものって?」
その質問に和樹はあいまいな笑みを浮かべた。
「それについてはいずれ話すよ。だからさ、とりあえずは友達からってことじゃダメかな?」
そう言って右手を差し出す和樹。
「分かりました。見ていてください。絶対に振り向かせて見せますから。」
そう言って夕菜は和樹と握手を交わした。
「はは、お手柔らかに。それと、これから宜しく。」
そう言って子供の頃と変わらぬ柔らかい笑みを浮かべる和樹。
それを見た夕菜の顔が紅く染まる。
が、次の瞬間異変は起きた。
クラリ
「あれ、なんか、視界が、揺らいで・・・」
崩れ落ちる和樹。
「和樹さん!?大丈夫ですか、しっかりしてください!!」
「ああ、そうか、そういや、昨日今日と、まともなモノ、何も、食べて、無いや。その上、あんだけ、鼻血出して、その・・・上、ひさび・・さに、魔・・・法使っ・・・た、から・・・・・・」
そうして和樹はそのままばたりと前のめりに倒れて気絶してしまった。
「きゅ、救急車呼ばないと・・・・・・」
「それならあたしの所から車を出させたほうが早いわ。」
後ろからの声に思わず振り向いた夕菜が見たのは・・・
「え、玖里子さんに凜さん!?」
そこに居たのは携帯電話に向かって話す玖里子と、こちらに駆け寄ってくる凜であった。
「心配だったので私達も探しに来たんです。夕菜さん、もう大丈夫なようですね。それにしても式森はいったいどうして・・・」
「倒れる前言ってた通りならたぶん栄養失調か何かだと思います。一番の原因はきっとこの雪を降らせる時使った魔法じゃないかと思うんですけど・・・・・・」
「なるほど、これほどの魔法なら仕方ないかもしれませんね。(もしあの話どおりならこの雪もどれ程の規模か分からんな。)」
そう言い空を見上げる凜。
「和樹さん、もう少しの辛抱ですからね。」
祈るような想いで和樹の手を握る夕菜。その時。
「え!?」
気付けば夕菜を除く全てが停まっていた。
「な、んで?」
〔それは我々が君の心に話しかけているからだ。ここはいわゆる精神の世界で、ここでの事は現実においては1秒にも満たない。〕
夕菜が顔を上げると、その視界に三人の半透明の男が映った。
そして夕菜はすぐにそれが誰なのか気付いた。
「もしかして、剣の中の・・・」
〔察しが良くて助かる。私がケルヴィンで、右がギュスターヴ、左がフィリップだ。普段はこんな事は出来ないのだが、今君が和樹に触れていて、なおかつ和樹の意識が無いため可能になったのだ。〕
そうして次にギュスターヴが話し始める。
〔時間もあまり無いから手短にいくぞ。といっても幾つか質問するだけだが。ちなみにここでは嘘や建前は通じないからそのつもりでな。〕
「分かりました。」
〔じゃあ早速聞くが、お前は和樹を本気で愛しているか?〕
「はい。私には和樹さんしかいません。」
〔和樹と共に生きていきたいと願うか?〕
「もちろんです。」
〔和樹の往く道は半端じゃなく過酷だぞ、それでも付いていく覚悟があるか。〕
「馬鹿にしないでください。宮間の女はそんなにやわじゃありません。」
〔さて、フィリップ、後は任せたぞ。〕
〔はい、それでは最後の質問は私から。夕菜さん、あなたは和樹に生きていてほしいと願いますか?〕
「え、そんなの当り前じゃないですか。」
〔たとえどんな和樹であろうとも、ですか?〕
「・・・どういう意味ですか?」
〔たとえばあなたを選ばなかった和樹、悪の道に染まった和樹、あるいはあなたと自分のどちらかが死ぬ選択を迫られた和樹。そういう様々な可能性の話です。〕
「・・・・・・分かりません。」
〔分からない、ですか。〕
「だってそんな事をいったら名前が同じだけの全くの別人の事言ってるのと同じじゃないですか。それは和樹さんだって言えるんですか?だから、分かりません。ただ、和樹さんが和樹さんである本質の部分が僅かでも変わらず残っているなら、私はきっと生きていてほしいと願うと思います。私を見てくれないなら何度でも振り向かせて見せます。道を踏み外したなら連れ戻します。どちらか選べというなら和樹さんに生きていて欲しいです。・・・・・・これが、私の答えです。」
〔〔〔・・・・・・・・・・・・〕〕〕
「あの・・・・・・駄目でしたか?」
不安になった夕菜が恐る恐る訊く。すると。
〔クックックックック、ハーハッハッハッハッハ!!!〕
〔ギュスターヴ、幾らなんでもいきなり笑い出すのは流石にどうかと思うぞ。〕
〔これほど愉快なのに笑うなという方が無理だ。今まで聞いた二人が二人とも見事な答えを出して見せたんだからな。ケルヴィンだってそう思っているだろ。〕
〔だからといって私はいきなり大声で笑ったりしないぞ。全く、お前はホントに変わらんな。〕
そう言いつつもケルヴィンの顔にも笑みが浮かぶ。
〔しっかしこっちの世界にはいい女が多いのか?今までまるでそういうのに縁の無かった和樹の前に、レスリー並のいい女が二人も現れるなんて。〕
ピクリ
〔・・・それを言うならマリー並だ。〕
ピキッ
〔ほぉう、つまりお前はレスリーがマリーに劣ると、つまりはそう言いたいのか?〕
〔フン、実の兄のくせにそんな事も分からんのか?〕
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
いつの間にやらそれぞれ剣と槍を構え戦闘体勢をとっている。
〔どうやら、〕
チャキッ(剣を構える音)
〔口で言っても、〕
カシンッ(槍を構える音)
〔〔分からんようだなッ!!!〕〕
ダダンッ
〔剣技、マルチウェイ!〕〔槍技、無双三段!〕
ガキイィィィィン
〔〔ハアアアアアアアアアアッ!!!!〕〕
「あの、いいんですか、放っておいて。」
〔心配要りません、痛みはあっても魂だけの私たちでは死にようが無いですし、結局の所のろけ話の延長ですから。〕
「そう、なんですか?」
〔そうなんです。さて、それでは本題に戻りましょうか。もう大体予想は付いているでしょうが、今までのはあなたが和樹を任せるに足る人物かどうかを見るためのものです。あなたはそれを見事クリアしました。〕
「あの、もし駄目だった場合はどうなったんですか?」
〔・・・・・・聞かない方が身の為です。〕
そこに危険なものを感じ取った夕菜は追求しないでおこうと心に誓った。
〔まあ和樹が普通の担い手であるだけの人間なら、私たちもこんなことはしないのですが・・・・・・〕
「強すぎる魔力、ですね・・・・・・」
〔ええ、そして、それに縛られ続けた彼だからこそ、幸せになって欲しい。そう思ったのです。〕
剣戟の音の響く中、そういうとフィリップは今迄で一番真剣な顔になる。
〔さて、ここからが一番重要なのですが、これからを和樹と一緒に歩もうとするあなたに忠告、というかお願いをひとつ。和樹は誰かの為にはあまりどうこうしようとはしませんが、[身近な他人の為]なら自分を省みません。必要とあれば自分の命を投げ出す事さえ躊躇いません。魔法を使う事さえも。〕
夕菜もそれを黙って真剣に聞いている。
〔ですから、恋人のように彼のもっとも身近な人間になるという事は、そのまま彼の命を削る最大の要因たりえるということなのです。〕
「じゃあさっきのテストの本当の意味は・・・・・・」
〔ええ、あれで結構頑固なところもありますから、言ったところでそうそう聞いてくれはしません。ですから不用意な要因のほうから減らすことを考えたわけです。〕
「つまり私は和樹さんがむやみに魔法を使ったりしないようにすればいいんですね。」
〔そうです、お願いできますか?〕
「任せて下さい。和樹さんに私をおいて先に逝く様な真似はさせません!」
そう言って夕菜は自分の胸を叩いてみせた。
それを見たフィリップは暖かく微笑む。
〔それを聞いて安心しました。あなたの様な女性なら任せられる。さて、そろそろ時間ですね、それじゃ和樹を宜しく頼みます。〕
「あの、最後にひとつ、訊いていいですか。私以外のもう1人って、誰なんですか?」
〔その事ですか、いいですよ。彼女の名前は山瀬千早。あなたや和樹と同い年です。今は遠くに行ってしまいましたが、いい娘ですよ。あなたとなら、恋敵というより、きっといい友達になれると思います。いつか、会うこともあるかもしれませんね、それじゃ。〕
「・・・・・・うなさん。どう・・・ですか、しっかりしてください、夕菜さん!」
気づけば夕菜は凜に揺さぶられていた。
「あれ、私は・・・・・・」
「呼んでも返事しないから心配したんですよ。どうかしたのですか?」
「いえ・・・なんでもないんです、心配要りません。」
「ならいいのですが・・・・・・」
そんな凜の声を聞きながら、夕菜は先ほどまでの出来事を反芻していた。
そして、こぶしを握り締め、空を見上げる。その眼はいずれ来るであろう闘いの決意に燃えている。
「山瀬、千早・・・・・・!」
その呟きは、ようやく到着した車のブレーキ音に消されて、誰の耳にも届く事は無かった。
余談であるが、その日、ほんの一時間ほどであったが、北半球全域で雪が観測されるという超異常気象の事が翌日、世界中の新聞で報じられた。(ちなみに前のときは、東京を中心に半径4000キロメートルにおいて24時間雪が降り続けた。)
あとがき
お久しぶりです。なんだかずいぶんと時間がかかってしまいました。
というか覚えてくださっている人はいるのでしょうか?
とりあえず原作の最初の話にあたる部分がやっと終わりました。
夕菜の転校初日の話については次回の冒頭に持って行きます。
ところでケルヴィンとギュスターヴの喧嘩のシーンは壊れになるのでしょうか?(汗)
なんというかノリで書いてしまいましたが・・・・・・
レスお待ちしております。