「お、思い出したって、何を?」
いきなり大声を上げた夕菜に、おそるおそる訊く玖里子。
「ナイツ・・・、ギュスターヴ・・・、紅と黒の剣・・・、どこかで聞いた様な気がしてずっと気になってたんです。」
そう言うと真剣な顔で玖里子に向き直る夕菜。
「玖里子さん、ナイツって聞いて何を思い浮かべます?」
「ナイツねえ・・・、あ、ひょっとしてあれ?考古学界で有名なナイツ一門!でも、おかしいわね?和樹についての調査にはそんな事一つも書かれてなかったわよ?血が繋がってるのはそれこそさっきの話のひいひいお婆さんくらいじゃないの?」
「にもかかわらず、そのもはやほとんど関係ないはずの一族の宝とも言うべきものを和樹さんは持っていますよね、それも二つも。しかも「担い手」と言っていましたからたぶん正当な持ち主です。」
「しかし、そのような強大な力を持つもの、普通なら本家とかかわりの深いものの手で管理されるのが普通のはずだ。」
「そう言われれば確かにそうよね。でも両親とも日本人のはずだし、ましてや考古学に関係ある仕事なんかもしてないはず。考えてみれば変よね。」
いつの間にか凜も会話に加わっている。
「そこで思い出したんです、そのナイツ一族の影の組織の話を・・・」
「ええ!?でも、あれってただの噂でしょう?世界征服を企んでるとか、裏社会を牛耳ってるとかのありきたりな話じゃないのは珍しいと思ったけど・・・」
「大体荒唐無稽に過ぎます。遺跡に封印された強大な魔物や、古代に崇められていた古の邪神と戦うための組織など。もし仮にそんな化け物があちこちにいるとして、人間が束になってかかったところで相応の犠牲なくして勝てるはずがありません。そんなもの成り立ちようがないではないですか。」
「でも、それは実在するんです。考古学の世界では、その存在がばれると宗教関係と揉め事になるから外部の人間には口外しない事が暗黙の了解になっているって、以前お父様が言っていました。」
「なるほどね。それなら知られてないのもわからなくもないわ。そういえば考古学が急激に発展したのは、ナイツ一族が台頭してからだって話を以前何かで読んだ事があるわ。そのときは彼らが優秀なだけかと思ったけど、その組織がそういうのが居て手出しできなかった遺跡をどうにかしたと考えればもっと納得いくわね。」
「知られてはいけない理由はもうひとつあるんです。多分こっちのほうが大きいと思うんですけど、一族のごく一部、組織のほとんどの人間は変わった術が使えるらしいんです。」
「変わってるって、どんな風に?」
「その術は魔法回数に依存しないんだ。」
夕菜のほうを向いて真剣に話を聞いていた玖里子と凜が声のしたほうに向く。夕菜も振り向くが思いっきり「しまった!」と言う顔をしていた。
「あ、あの、和樹さん・・・怒ってます?」
「はあ・・・まったく、人の一族の秘密をべらべらと————、まあいいか、あんたたちなら無闇に言いふらしたりしないだろうし。それに知ってる奴は知ってるしな。」
「和樹、あんた今魔法回数に依存しない術だって、そう言ったの?」
その言葉に和樹は頷く。
「そうだ。何なら証拠を見せようか?」
そういうと剣をしまい、左手を紅尉のほうに突き出す。
すると左手の腕輪[シルマールリオン]と制服の下につけた[ブラッドスター]が淡い光を放つ。
樹・水
「樹術、生命の水!」
シュワワワワワワワ
大きな雫が紅尉の上に落ちたかと思うと、光に包まれ、一瞬の後には部屋にあらわれたときに負っていた傷がきれいさっぱり消えていた。
「紅尉先生、計測器は持ってきてますか?」
「ああ。小型だが性能は折り紙つきだ。」
そう言って取り出した機械を和樹につなぐ。
ガチャガチャガチャガチャ、チーン。
表示された数字は上の桁から0が続き、最後が6だった。
「ほんとに減ってない・・・」
玖里子が感情の抜け落ちた声で呟いた。
「この術は向こうの世界に魔法の代わりに存在した術だ。世界を基本的に6つの存在の本質の複合と捉え、物などからその本質、[アニマ]を引き出し、そのアニマを組み合わせる事によって、アニマの複合による事象、現象を引き起こすのだと言われている。それゆえこれらの術の使い手が向こうで[術士]と呼ばれていたのに対し、ここではほかの術との区別の為に、この術を使えるものは[アニマ使い]と呼ばれている。これだけだと誰でも出来そうだけど、自身のアニマの構造が、ほかのアニマと共鳴し、引き出す事が出来るようになっているナイツの血を引くものでないと不可能だ。それに純粋な向こうの世界の人間でない以上、一族でも誰でも使えるわけじゃなく、魔力の強い者に発現する事が多い。もっとも、異世界の血が混じってるせいか、一族には魔力と魔法回数のアンバランスな人間が普通より多くて、魔法回数がほとんど一桁の人間に限って強大な魔力を持ったアニマ使いだったりするんだ。さらに威力が魔力に依存するのはこっちの術と変わらない上、長い戦乱の中で発展してきた術のため、戦いの中で役立つ術や攻撃力、効果範囲に優れたものが多い。だからそこらのエリート魔術師よりもはるかに強い。まあ、高い魔力と術さえあればほとんどなんでも出来る魔法には万能性で負けるけどな。」
それを3人とも、詳しくは知らなかったらしい夕菜もへえーっという感じで聞いている。が、すぐに気を取り直し話を続ける。
「オホンッ、そ、それでですね、もうひとつ思い出したことがあるんです。むしろこっちのほうが本題なんですけど、和樹さん、あなた、私のお父様にあった事がありますね。」
それを和樹は黙って聞いている。
一方、玖里子と凜はそれほど意外そうな顔をしなかった。名家、宮間家の当主と(少なくとも表面上は)平凡な少年。普通なら接点があるとは思わないだろう。しかし。
「その組織、護衛者[ヴィジランツ]の中に、[ギュスターヴ]って呼ばれてる自分の身長より大きな紅と黒の剣を使う、私と同じ年頃の子が居たって話を、数年前にお父様から聞いた事があったんです。その子の話はそれ以来聞いてませんけど、和樹さんの写真を見て見覚えがある気がする、みたいな事を言ってました。それにさっき、ヴィジランツのほとんどがアニマ使いだって言ってましたよね。私と同い年で、そんなに大きな力を持つ紅と黒の剣を持つことを認められてて、その上さっき術を使って見せたアニマ使いの和樹さんがその[ギュスターヴ]さんでないほうがおかしいです。」
それを聞き、和樹はふう、とため息を吐く。
「宮間教授にも困ったもんだな、いくら身内とはいえ少ししゃべりすぎだ。今度のときは料金上乗せしないと。」
「あまりやり過ぎないでくれたまえよ。教授は私の教え子でもあるし、身内に甘くない教授などあまりにも教授らしくない。」
「分かってますよ。まあ、そういうわけで確かに俺は[双剣のギュスターヴ]と呼ばれるヴィジランツの1人でもある。勿論教授とも会った事がある。正確には2週間前に会ったばかりだ。もっとも、仕事のときと普段とじゃ雰囲気ががらりと変わるから、写真とかでも滅多な事では気付かれないけどな。」
「つまりお前が二つの顔を持つのは自分の正体に気付かれ難くする為か。最もそれだけとも思えんが。」
凜が感心したように言う。
「お父様と知り合いだって、なぜもっと早く教えてくれなかったんですか?そうすればもっと・・・」
「なぜって、そんな事言ってもしょうがないだろ、あんたらと親しくする理由なんてないと思っていたんだから。」
「そんな、どうして!?」
「まだ説明してなかったな、なぜあんたらの家があんたらをよこしたのが無意味なのか。さっきも言ったとおり、俺は生まれてすぐ死に掛けた。そこにこの二本の剣が現れたんだ。」
そう言うと現れた二本の剣は、和樹の手を離れ、空中でくるくると回り始めた。
〔六大遺宝はすべて自らの意思で使い手を選ぶ。そしてその者が究極の使い手たる担い手たり得た時、担い手と一体化し、その命尽きるまで共にあるのだ。〕
〔和樹はこの世界にやってきた16世以来、初めて我等両方の使い手たり得る人間であった。のみならず、今までに何代経ても現れなかったこの二振りの担い手に、それも同時になり得る資質すら秘めていた。和樹を初めて目にした我等は歓喜に打ち震えた。〕
〔しかし、その和樹の命はその時私たちの目の前で、今まさに尽きようとしていました。そこで私たちは和樹を救うため、ある賭けに出たのです。〕
〔それは俺の宿るカイゼルブレイドとファイアブランドの両方を和樹と一体化させる方法だ。カイゼルブレイドで暴走する魔力を押さえ込み、ファイアブランドでバランスをとる。〕
〔だが、それはあまりにも危険な賭けでもあった。今まで六大遺宝の担い手に複数同時になった者など1人も居ない上、性質的に対極の、特に強大で担い手になった者の居ない二振り、どんな危険があるか分かったものではない。それでも、我等には他の方法など無かった。〕
〔そして、その賭けは辛くも成功しました。和樹の魔法回数が8回になったという結末を残して。〕
「しかしここでこの話は終わらない。俺の成長の影である話が囁かれるようになる。」
「それって、まさか・・・」
玖里子の顔が青ざめる。
「そう、結論だけいえばあんたらの家が考えたのと同じ、『もし子供が生まれれば、親以上の魔術師になるんじゃないか。』というもの。ただし事情を知る者だと魔術師の前に『それこそ星を破壊しうる』と付くけどな。おかげで一時は一族の中にすら命を狙うものがいた。まあ同じ方法で押さえ込める可能性もあるにはあるが、それだと俺の死を前提にすることになる。担い手になるってのはそういう事だからな。」
和樹はそこで一旦言葉を切り、真剣な顔で三人に話しかける。
「これで分かったろ。もしあんたらの家の望む子が生まれたとしても、そいつは世界を滅ぼしかねない。さすがに自分の子供が世界を滅ぼす所なんてあんたらだって見たくないだろ。もし俺のときと同じ手を使おうってんならお断りだ。これでも家の権勢やら何やらのために捨てられるほど安い命はしてない。」
それを聞き、三人とも黙り込む。
「・・・そうね、全くもってあんたの言うとおりだわ。」
「・・・そんなに重いものを背負っていたとは。知らなかったとはいえ、いきなり斬りつけようとしたりしてすまなかった、式森。」
「いや、こうなったのは仕方ないとこもあるし、そんなに気にしてない。まあ、これも何かの縁だし、困った事とか有れば力になるよ。」
そう言って、柔らかく暖かい笑みを浮かべる和樹。口調のほうも元に戻りかけている。
それを見て玖里子と凜も暖かい気持ちになる。と、そこへ。
「じゃあ私は和樹さんの奥さんになれないんですか?」
ピクリ
その言葉に、和樹の顔がさっきまでの冷徹な表情に変わる。
「・・・あんたまだそんなことを言うつもりか。」
「で、でも、わたしは・・・・・・」
「自分が何を言ってるかまだ分からないのか。」
「そ、それでも・・・・・・」
「出て行け。」
「わ、わたしはっ!」
「出て行けえっ!!!」
言葉とともに、和樹は名だたる魔獣すらひるませてきた殺気を、一切の遠慮なく夕菜に叩きつけた!
「ひっ!・・・う、うわああああああああんっ!!!」
それをもろに受けた夕菜は、泣きながら部屋の外へ飛び出していった。
「・・・式森、腹が立つ気持ちは分からんでもないが、どう考えてもやりすぎだぞ。」
「え?あ・・・・・・」
「全くだわ。その上、数年ぶりにやっと会えた想い人にとなれば、夕菜ちゃんは相当傷ついたでしょうね・・・」
「は!?想い人!!?僕が!!!?」
その言葉に和樹は心底驚いた。あまりの驚きにノーマルモードに戻ってしまっている。
「うむ、夕菜さんは帰国子女でな、私達は前々からの知り合いなのだが・・・」
「外国に行く前にね、とても優しくしてくれた男の子が居たんだって。その子のおかげで凄く励まされたって、それはもう嬉しそうに私達に事あるごとに話してたわ。まああんたがその子らしいってのは夕菜ちゃんを見てて初めて分かった事なんだけど、覚えてない?」
不意に脳裏に響く声————
———————お嫁さんになってあげる———————
それと同時に、まるで霧が一気に晴れていくかの様に思い出されていくその時の風景、状況、そしてそこに居た自分ともう一人。そしてその娘の泣き顔。
そしてそれと共に思い出される、ひとつの想い。
「——————!!!」
思い出した。全て、思い出した。
「今日が、その日なんだってさ。」
思えば、夕菜の自分に向ける想いにはほかの二人と違い全く影がなかった。
さっきまでは、それは全てを受け入れきってしまっているからだと、そう思っていた。
自分と同い年の女の子に、そんな事がそうそう出来る筈も無いという事にも思い至らずに。
そうではなかったのだ。
彼女は本気で自分を想ってくれていた。遠い昔の他愛も無い約束を果たそうとしてくれたのだ。
こんな、自分を。
こんな、自分の為に。
「どうするのだ?ほうっておくのか?」
「っ!ちくしょう!!」
言うなり和樹は窓を開け、そこから飛び出していった。
「「え!?」」
和樹の思わぬ行動に、思わず窓に駆け寄る玖里子と凜。
その目に飛び込んできたのは、屋根から屋根へとものすごいスピードで飛び移っていく和樹の姿だった。
なお、その時紅尉と和樹の中の三人が、全く同じタイミングで、
「(((青春だねえ・・・)))」
などとほざいたことは全くの余談である。
「くそっ!いったい何処まで行ったんだ!!」
夕菜の足の速さに驚きつつ、何の術の補助も無く人を超えた走りをする和樹。
その胸には、いまだ後悔が渦巻いていた。
『何故忘れていた、自分の原点のあの思いを!?何故今まで思い出せなかった、自分にそれを与えてくれたあの娘を!!?なぜ、なぜ、なぜっ!!!?』
『そして、何故今また自分を見てくれた人を傷つけたっ!!!!?』
その思いに和樹の心は沈む。
「結局、僕はこうして人を傷つけ続けるだけなのか?・・・いや、まだだ!少なくとも、夕菜はまだ僕の手の届くところにいる!!このまま終わらせてたまるか!!!」
そして和樹は、今の自分の思いの限りを乗せて叫ぶ!
「夕菜っっっ!!どこだああああっ!!!」
あとがき
嘘ついてすいません。終わりませんでした。
こうなったからにはラストシ−ンはきっちり書き上げようと思います。
ついでに残りで夕菜の転校初日の風景でも書いてみようかと・・・
ここまでの流れで分かると思いますが、しばらくはキシャー降臨はありません。
キシャー化させてしまうと、さすがに長編パートでヒロインはれませんので。
というか暴走でダブルキシャー化なんてことになったら、さすがにこの和樹でも死ねます。(汗)
術についての解説は、少々うろ覚えになっているものを、自分なりに整合性が成り立つように考えたものです。
ですので、かなりおかしなことになっているかもしれません。
ちなみに和樹がとんでもない力を出したりしてるのは、別に愛の力とかそういうのじゃありません。
自分自身に対するあまりの怒りのために発生した[火事場の馬鹿力]とでも思っといてください。