「――バカな……!!!??」
――某所。
無駄に神々しさあふれるその場所に、男性の慟哭が響く。
「何故彼らが出会う!? 対極の者同士が出会うのです!!?」
「落ち着き、キーやん」
「これが落ち着いていられますか!!!」
傍らに座る男性が、立ち上がり叫ぶ男性――キーやんをたしなめるが、キーやんはますますいきり立っていく。
「いいですか!? 彼らは対極の者同士であり、彼ら自身もその身に対極を宿す者!! 彼らが出会えば、それこそなにが起きるか分からないというのに!!!!!」
「落ち着き」
「ふざけないでください!!!! 何を考えているのですか!? あの方は!! 横島さんをあの世界に送り込んだのは――いや、この世界から放り出したのは、貴方ではないですか!!?? 答えてください、<意思>よ!!!!!」
瞬間――
「キーやん!!!!」
「――っ!?」
傍らから放たれた強大な魔力の奔流に、思わず押し黙るキーやん。
「落ち着き、キーやん。あの坊主が、それこそキーやんのようになるとは限らんやろ?」
「……それは――そうですが……」
「ワイらはここから何にもできひん。だからこそ、あの坊主を少しは信じたり? それに――」
「?」
「ワイはな、あの坊主なら……何とかなると思ってんねん。いや、何とかする……とな」
横島大戦
第七話 『大神の苦悩』
――ここは……どこだ?
気がつくと、大神は見たことも無いような場所に立って――いや、『存在して』いた。
今の大神の状況を表すのに、これほど適切な表現は無いだろう。
何せ、大神自身、そこにいるということぐらいしか知覚できていないのだから。
――不思議な場所だが……
ゆっくりと辺りを見回してみた。
改めてみると、そこは本当に意味のわからない場所だと言うことが分かる。
まず、見える限り、その“空間”には限りが無い。
まさに無限。
まさに、虚無。
そしてその色彩。
漆黒と純白が、混ざり合っていないのに混ざっているような、そんな感じ。
なんとも表現しがたい色。
まさに――不思議な空間。
しかし――
――なんだ……? この感覚……。俺はこんな場所に来るのは初めてなのに……どこか……そう、懐かしい……
このままここに融けてもいいかもしれない――そう考えた――その瞬間。
――ダメ。
――……え?
突然、目の前に人の形をした“ようなもの”が現れ、声を発する。
――貴方は、まだ、ここに来ては、ダメ。
――君は……?
――私は……■■
――……え?
――そう……まだ……“受け入れて”……くれないのね……?
人の“ようなもの”は悲しそうに首を振り――ゆっくりと離れていく。
――あ……待っ……
――貴方はまだ……“受け入れる”準備が出来ていない。
まだ――受け入れるだけの“覚悟”が、無い。
“チカラ”が、無い。
――受け……入れる?
――そう。本当に、心のそこから、“力”を欲し、貴方の“血の宿命”を“受け入れる”“覚悟”が出来たのなら――
人“のようなもの”がそこまで言った――次の瞬間。
すぱこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!
「つぁっ!?」
何か子気味いい音と同時に走る後頭部への軽い衝撃で、正気に戻る大神。
「なんだ……今のは?」
そう呟く大神の後ろで、『対横島専用セクハラ対策最終兵器・ハリセン(鉄板裏打ち)』と書かれたハリセンを悪びれもなく遠投するポニーテールの少女がいるのだが、まあ気のせいだろう。
まあ、大神としては先程の妙な感覚について言っているのだが。
だから、決して先程目が合った青年の後ろで、『一発入魂』とか、『セクハラ禁止』とか、『対横島専用人格矯正君三号』とか書かれた巨大なピコピコハンマーを振り上げている元気そうな少女を見て見ぬ振りしているわけではない。
だから。
ぴこん!!!!
とか。
バリバリバリバリバリ!!!
とか。
ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!
とかも聞こえてきてはいないのだ。
……たぶん。
「……あれ、椿ちゃん?」
「気がつきましたか横島さん? さあ、仕事ですよ〜〜」
みると、後頭部をさすりながらも椿と呼ばれた少女に引きずられていくところどころ焦げている青年――横島の姿が映る。
と、しばらく歩いたところで椿が振り返った
「あ、さくらさん、そろそろ楽屋に行ってくださいね?」
「あ、はい」
椿はそれだけ言うと、横島を引きずって奥に消えていく。
「じゃあ大神さん、私は行きますので。米田支配人はそこの食堂を通ってすぐの部屋にいます。行けば分かりますので。では」
「あ、ああ」
大神が返事したのを確認すると、さくらはぺこりと頭を下げ、すたすたと歩いていく。
(支配人……か)
さくらを見送った後、大神は先程のさくらの言葉を反芻していく。
(なるほど……諜報活動、と言うわけだな。さすがは米田中将閣下、偽装も完璧――)
「ちょーほーかつどー? ぎそー? 何それ?」
「はううぉ!!!???」
いきなり真正面に現れたフランス人形のような少女に、大げさに驚いてみせる大神。
少女はその様子がおかしかったのか、けらけらと笑ってみせる。
「ぷくく……やっほ〜アイリスだよ〜。お兄ちゃん、おもしろいね〜」
(な、なんだ、この子は……まるで気配が無かったぞ……?)
大神の混乱をよそに、フランス人形のような少女はニシシと笑い、大神を上目遣いに見てくる。
「知りたい……?」
といってくる少女の顔は、どこか子悪魔を連想させた。
と。
「アイリス!!」
「うひっ!」
突然ホールに響く、凛とした怒声に、思わず肩をすくませる少女――アイリス。
「そういうことを人前でしてはいけないと、あれほど言っているでしょう?」
「イーッだ! 知らないもーん!」
二回へとつながる階段から降りてくるのは、凛とした雰囲気を纏った金髪の美女――マリア・タチバナ。
対して、アイリスは、ベーっと舌を出しながら走り去っていった。
マリアは小さくため息をつくと、大神のほうに降りていき、
「大神一郎少尉ですね? 米田支配人がお待ちです。お急ぎください」
と、淡々とそれだけ言い残し、去っていった。
後に残されたのは、ここに来てからの不思議な出来事の連続に、ただただ、首をひねる大神であった。
「へえ、どうしたそのほっぺた? うちの女のコにちょっかいでも出して、ひっぱたかれたか?」
「う……いや、これは……その……」
目の前に座る、真昼間から酒をあおっている初老の男――米田一基の言葉に、大神はうろたえる。
その頬にはくっきり、明らかにひっぱたかれたとわかる手形が残っており、また、その純白であっただろう礼服には、何故かでかでかと『神崎すみれ』と書かれていたりする。
一体大神が支配人室に来るまでになにがあったか。
まあ、このサインを見れば、大体のことは予測できただろう、米田はそれ以上は追及せず、一気に酒を喉に流し込んだ。
「へっ、まあいいや。取り敢えず遠路はるばるご苦労さん」
「はっ!」
米田のねぎらいの言葉に、大神は最小限の返答で済ました。
もうとにかく、任務の話を聞きたかったのだ。
もう、先程見た白昼夢のようなものなど、当に大神の頭からは消えている。
「ま、んなこたぁ別にいい。さて……任務の話だが……」
その、待ちに待っていた言葉。
それを聴いた瞬間、大神は思わず声を上げていた。
「任務! 一体、自分に与えられた任務と言うのはどういうものなのですか!?」
「ああ、わかったからそう噛み付くな。……っと、これだ」
米田は煩そうに手をひらひらと振ると、机の下から服らしき物を取り出した。
それをみて、怪訝な表情を作る大神。
「……これは?」
「おめえの任務はこれを着て、もうちょっとしたら押し寄せてくる客達の切符を切るってのだ。……まあ、言っちまえばモギリだな」
「……っな!?」
米田の口から発せられた予想外の言葉に、大神は絶句する。
しばらく体を震わせた後、今にも叫びだそうとする精神を理性で押しとどめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……ど、どういうことでしょうか……? じ、自分は、この任務は特務だと聞かされていたのですが……?」
「はっ! 特務!?」
これに愉快そうに声を張り上げる米田。
「そいつぁおもしれえな。山本のやろう、有望なヤツを失望させないように嘘でもついたか? どうせ後々知ることになるのによぉ」
「……ど、どういうことでしょうか……?」
「ま、俺もこんな年だ。軍とはもうとっくにおさらばして、今はとあるつてでこの劇場の支配人なんかをやらせてもらっている。でもよ、さすがにきつくなってきてな、もう一人ほど男手が欲しかったんで、後輩の山本に頼んでみたってわけよ」
「……それが……」
「そ、おめえだ」
「――!!!」
米田の遠慮ない言葉に、大神はうつむき、声を失ってしまう。
そんな大神を尻目に、米田は机の上においてあった紙束をぱらぱらと眺めだし、
「しっかしなぁ……この資料を見る限りじゃあ、おめえ、相当いい成績じゃねえか。こりゃ、ゆくゆくはどっかの部隊の司令か? ……教官の恨みでもかっていたのかよ?」
と、愉快そうに大神に問いかける。
対して、大神は。
「自分を……」
「あん?」
「自分を、軍に戻してください!」
「は?」
突然の大神の叫びに、米田は素っ頓狂な声を上げる。
しかし、これもまた、米田の予想の内であった。
「軍に戻す? おめえをか?」
「はい! 自分は、大日本帝国を……いや、この、大日本帝国に暮らす全ての人々を守るために、軍に仕官しました! しかし……何故自分が、このようなモギリという仕事をしなければいけないのか!? 自分には、到底承服できません!!」
自分の思いのたけを全てぶつける大神に、米田はニヤニヤとした表情を崩さない。
「で?」
「……は?」
「おめえは本当にそれで自分が軍に戻れるとでも思ってんのか?」
「な……ど、どういう――」
「考えてもみな。この辞令は、“正規の手続きをふんだ”、“軍上層部から”の“正式な”人事だ。一士官、しかも士官学校から卒業したばかりのひよっこが一人、ほえたからと言ってその事実が変わるかって訊いてんだよ? なあ、大神一郎少尉?」
「……〜〜〜っ!」
あくまでニヤニヤとした、人をからかっているような表情を崩さず、それでいて淡々と畳み掛けてくる米田に、大神は相当悔しいのだろう、目をつぶり、歯をかみ締めて今にも叫びだそうとする自分を抑える。
そんな大神に、米田は止めを刺した。
「で、どうするかわかるよな? 大神一郎“少尉”殿?」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
という言葉で。
そして――
「お、大神一郎……」
大神は――
「こ……これより……」
自分が軍の“部品”であることを――
「だ、大帝國劇場の……もっ……モギリの、に、任に…………つきます」
理解、した――
「おい、早くしろよ!」
「ほんと、何やってんだい!?」
そして、夜――
大帝國劇場前は、いつも以上の賑わいを見せていた。
いや、客足としては、別段、いつもより多い、というわけではない。
では、何故これほどまでに混雑しているのか――
それは、今日初めてモギリと言う仕事をすることになった大神一郎、彼が原因であった。
「ったく、早くしろってんだ!」
「は、はい!!」
「まったく、なにをぐずぐずしているんだい!?」
「も、申し訳ございません!!」
怒号飛び交う中、それでも律儀に一つ一つに返答しながら、大神は慣れない手つきでお客の切符をもぎっていく。
しかし、やはり初めてだからだろうか、その手つきはぎこちなく、贔屓目に見てもとても素人意外には見えなかった。
それでも途中で投げ出さず、最後までやり遂げようとしているのは、ひとえに大神の性格からくるものだろう。
とはいえ、さすがに大神にも堪忍袋の緒というものがそんざいする。
自分に投げかけられる、理不尽な怒号に、大神の堪忍袋の緒は切れかけていたりする。
で。
「くそっ!!!!」
大帝國劇場の裏口。
そこに面している壁を、大神は力任せに殴りつけた。
当然、皮膚が裂け、少量の血が飛び散る。
夕刻から雨が降ってきたこともあり、血の後はすぐに流れ、消えていくが、大神はそれすらも気にならずに、ただ一心不乱に壁を殴りつけていく。
「俺は……一体こんな所でなにをしている!? 俺は、こんなことをするために軍に入ったのか!?」
両の拳を壁にたたきつけ、大神は、叫んだ。
「俺は……俺は……俺は……海軍少尉、大神一郎だ!!!!」
雨が、降り続いていた。
まるで……そう、涙のように――
続きます
次回予告
一気に絶望のそこに突き落とされた俺、大神一郎。
まあ、いつまでも不満を言っていても仕方が無い。
取り敢えず俺は、俺に出来ることをしようと思う。
そんな折、俺は彼と話す機会を得ることになった。
彼の名は横島忠夫。
そして、その翌日、俺は買出しに出かけ、人生の分岐点に出会うこととなる――
次回、横島大戦第八話『闇との出会い』
太正櫻に浪漫の嵐!!
俺は、一体――
あとがいちゃおう
ども、お久し振りです。
とくなぎのぞむと申します。
一番最初にすいません。
またも一ヶ月近く間が空いてしまいました。
何故かパソコンが壊れ、インターネットにつなげなくなったり、そのおかげでデータもほとんど吹っ飛んで至りと、いろいろなことがあったのです、はい。
次回はもっと早く投稿できるようにいたしますので……
レス、ありがとうございます!!
わーゆ様>その設定がでてくるのはもう少しあとです。
おそらく、拙作で一番盛り上がるところだと思います。
D,様>大神と横島の合体技ですか……実はまだ考えておりません<オイ
レニは私的には大好きなのですが、出てくるかどうかは……まだわかりません。
……番外かなんかで出すかも知れませんが。
Dan様>もう次回にご期待ください(ニヤリ)
朧霞様>大神がらみのイベントはこれからどんどん出てきます(黒い笑み)。
って言うか、基本的に何故か大神に対する高感度は高いですから。
マリアがらみのイベントも、横島、大神ともに準備しているので、ご安心ください。
さすがに大筋の話は変えませんが、伏線などは少し増やすと思います……既にだしちゃってますし。
柳野雫様>あはは……そうなったらさすがに怖いです。大神と横島のイベントは、もう少し先にあります。
ATK51様>対極の者の件は、まだしばらくは詳しく語られません。それが語られるときこそ、この横島大戦の最大の山場だと私は自負していたり。
nao様>文法上の間違い、ありがとうございます。
藁人形に関しては……(ニヤリ)
って言うか、あれで少ないのですか? あの行列で? あの熱気で?
……恐るべし……