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「H2×2  第四話・アイツは………上手いですよ(H2)」

甲子EN (2005-02-20 01:08)
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 ズドンッ!!

「…………暇だ」

 ショートのポジションに付いた氷也は比呂のピッチングを見て、全然球が飛んで来ないのでポツリと呟いた。

 五回表7−2……まだまだ追いつける可能性がある。

 ズドンッ!!

「ストライーク!! バッターアウト!」

 しかし、高校生が投げる球のミット音ではない。あっという間にチェンジになった。

「すっご〜い、国見くん!」

「や、どもども」

 聖に誉められ、比呂は軽いノリでベンチに座ろうとしたが、氷也がバットを差し出してきた。

「お前の打席だ」

「あらま」

 比呂はバットを持って打席に立つ。

「もったいねぇなぁ」

 すると比呂に代わってキャッチャーをしているサッカー部主将の赤木がボヤいた。

「一年我慢すりゃ、ウチのサッカー部でも良いトコ行けたと思うぜ、お前は」

「五回表を終わって7−2ですか……」

「決まりだよ、こんな試合」

「決まらないんですよ、野球ってヤツは」

 そう言うとピッチャーの木根が振り被って投げて来た。

「どんな点差でも最後のスリーアウトを取らない限りはね」

 キィンッ!!

 バットを大きく振り被ったと同時に響く快音。白球はフェンスを越えてドブ川にポチャンと音を立てて落ちた。

「うっし」

 比呂はベースを一周すると、呆然としている赤木に向かって言った。

「これで7−3……まだまだ分かりませんよ」


「ねぇ国見くん! 貴方のお父さん、古賀商事に勤めてない!?」

「そ、そうだったかな〜?」

 ベンチに戻ると、春華に問い詰められて比呂は口篭った。ソレを見て聖がボソッと氷也に耳打ちする。

「古賀さん、高校野球のファンだったみたいで国見くんのこと知らないみたい……」

「だろうな」

「その点、ヒョウくんは無名だもんね」

「五月蝿い」

 余計な事を付け加える聖の頭にゴチンとゲンコツを喰らわせる。

 キィンッ!!

 そしてゲンコツと同時に鳴る快音。ボールは三度、フェンスオーバーのホームランとなって消えた。

 野田が手を上げてベースを一周すると、比呂と氷也は無言で手を上げた。

 パァン!×2

 三人はタッチをかわし、スコアボードを見る。

 五回裏7−4……まだまだ試合は分からない。


 それからは両者譲らなかった。木根はコーナーを使い分け、巧みなピッチングを続ける。

 一方の比呂も素人には絶対に打てないストレートで押していった。そして七回裏ツーアウト、ランナー無し。

「おっしゃぁ! 行け、ヒョウくん!」

 バッターボックスへ向かう氷也に聖が声援を送る。

「ねぇねぇ聖ちゃん」

「はい?」

 ふと聖は先輩に声をかけられて振り向く。

「国見や野田って言えば有名だけど、彼は? 神城 氷也なんて聞いたことないけど……」

「アイツは……」

 その質問に答えたのは聖ではなく比呂だった。比呂は左打席に立って素振りをする氷也を見ながら答える。

「アイツは………上手いですよ」

 キィンッ!

 快音が鳴って全員がボールを追うが、ファールだったのでガクッと肩を落とす。

「こらぁ〜! 氷也〜! しっかりしろ〜!」

 聖が必死に応援すると、氷也はフッと笑みを浮かべた。が、一塁側の愛好会のベンチで、左打席に立つ氷也の顔は見えない。その笑みに気付いたのは赤木だけだった。

「何が可笑しいんだ?」

「一球目は内角にストレート、次はファールを誘う外角のストレート………そして、トドメは……」

 木根は大きく振り被って三球目を投げた。

「外から入って来るカーブ」

「げ!」

 キィンッ!!

「はい、七回裏7−5、と」

 比呂は手に顎を載せながらフェンスの向こうに飛んで行くボールを見て呟いた。


 九回裏、比呂の最後の一球が野田のミットに収まった。

「ストライーク! バッターアウッ! ゲームセット!」

 スコアボードの結果は9−7。比呂、野田の二打席連続ホームランに、九回にランナーが一人出て、氷也の三打席連続ホームランによって愛好会は逆転勝ちを収めた。

「やったぁ〜! 勝ったぁ〜!」

 すると聖が氷也の背中にガバッと抱きついてきた。

「お〜、見せ付けてくれるね〜」

 野田が、からかうように言うが氷也は表情を引き攣らせて首にぶら下がる聖を押さえつけた。

「ば、馬鹿……死ぬわ」

「ヒョウくん、本当にありがとう! 国見くんと野田くんも!」

「いやいや……って、比呂?」

 野田は謙虚な姿勢を取るが、比呂が既に帰っていたので慌てて彼の後を追った。

「あ、く、国見くん!」

 春華が後を追おうとしたが、氷也が彼女の手を掴んで引きとめた。

「スカウトするつもりならやめておけ。国見も野田も肘と腰を壊して、本来なら野球が出来ない筈だ」

「え?」

 そう言われて春華は呆然となる。氷也は夕焼けの中、帰る比呂と野田を見上げていた。

「あ、やっぱり神城か」

「ん?」

 その時、反対側のフェンスから名前を呼ばれて振り返ると、そこには氷也にとって比呂同様、忘れられない奴が女性と一緒に立っていた。

「橘?」

 橘 英雄……比呂や野田と同じ青南中出身で、野球の名門、明和一高に入学した。

 氷也は、彼の下に行くとフェンス越しに互いを見る。

「まさか、お前も比呂達と同じ千川に入学してるとはな……中学の時のカリを返せると思ったのに」

「残念ながら叶わぬ夢となったな」

 フッと笑う氷也に英雄は肩を竦めた。

「しかし、あの木根から三打席連続ホームランか……センスは抜群だな」

「お前に言われても説得力無いぞ」

 そう言い返されて英雄は苦笑した。ふと氷也は今の会話に眉を顰め、尋ね返した。

「知ってるのか? アイツ?」

 さっきからジ〜ッと自分達を睨んでいる木根を指差す。

「ああ。白山エンジェルス時代の同期だ。四番でエースだったんだが……まさか千川のサッカー部に入ってたとはな」

「そうか……道理で良いピッチングをする訳だ」

「お前が言っても説得力無いぞ」

 さっき自分が言ったような台詞を言われ、氷也はフッと笑うとクルリと背を向けた。

「じゃあな。晩御飯の支度があるから……」

「おお。次はグラウンドでな」

 そう言って来る英雄に氷也は一瞬、目を丸くした。だが、彼の目が挑発しているような気がして、氷也はニッと唇を吊り上げた。


「う〜ん……」

「何を唸ってる?」

 その日の夜、聖は氷也の部屋のベッドの上でずっと唸っていた。氷也は迷惑なので、読んでいた本を閉じて尋ねた。

「ヒョウくん、本当に愛好会入ってくれないの?」

「今日だけだ」

「う〜……」

 氷也一人入るだけで、甲子園を目指そうっていう気になるのだが、頑なに拒む氷也に聖はプッツンと切れた。

「もう! 何でそう、意地張ってるのさ!?」

「張ってない、張ってない。それはお前の方だろうが?」

「う〜! 氷也の馬鹿ぁ〜!」

 ボフッ!

 持っていたクッションを思いっ切り投げつけると、聖はズカズカと部屋から出て行った。

「野球しないヒョウくんなんて大嫌いだぁ〜!」

 そう言い残して……。

 氷也はクッションをベッドに置いて、ドカッと寝転がって天井を見た。

「子供か、アイツは……」

 愚痴りながら今日の試合でバットを握った時の感覚を思い出した。

「せめて……体に異常があったら、諦めが付いたのにな」

 そう思うと、比呂や野田が少し羨ましいと思う氷也であった。

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