ズバンッ!!
比呂のキャッチャーミットに軽快な音でボールが収まる。サッカー部のピッチャーは長髪の一年生だった。
「何者だ、あのピッチャー?」
野田はただのサッカー部では投げれない、野球のピッチャーの球を投げる彼を見て首を傾げる。
「確か……木根と言ったか? 県準優勝の北野中でエースストライカーだった奴だ」
「詳しいな」
「クラスにサッカー部がいるんでな」
「流行だもんな」
「お前は何部なんだ? 相撲か?」
からかうように言うと、野田は「バ〜カ」と言った。
「水泳部だよ。バタフライ」
「………そんなん腰に良いのか?」
「医者が言うんだ。間違いねぇよ」
「そうか……」
氷也はそれ以上、ツッコまず試合の方に集中する。フェンスの外では木根のファンの女子達が声援を上げていた。
二回表、バッターは比呂。見逃しの三振だった。
「愛好会の球、三振する程の奴だったか?」
「中学時代、三番だったな〜」
「だよな」
試合は一方的にサッカー部が優勢だった。三回表が終わった時点で7−1。
「「…………」」
氷也と野田は無言で、愛好会側のベンチに座る。
誰も試合の応援をしている為、二人が来た事に気付いていない。
サッカー部はわざと打たせ、エラーした振りをしてバッターを走らせ、結局アウトにする。何とも陰険なプレーをしていた。
「どう思いますか、解説の神城さん?」
「こんな試合、あの野球大好き少年が黙ってるとは思えんな」
「「え?」」
と、わざとらしい会話をすると、聖と春華が不思議そうに振り返った。
「あ! ヒョウくん!」
「徹底的に遊ばれてるな……」
「う〜……ヒョウくん、出てよ〜!」
「ふ〜む……」
回は三回裏、一死ランナー二塁。氷也は溜め息を吐くと、立ち上がって大きく背伸びをした。
「出んの?」
「このまま続くと、誰かさんが泣きそうなんでな……」
ビシッと聖の頭にチョップすると、次のバッターに声をかける。
「入会届けは必要ですか?」
「え?」
「入会届け」
「あ、い、いや別に……名前だけ言ってくれれば」
「神城 氷也。代打希望」
「あ、ど、どうぞ」
氷也はバットを受け取ってフッと笑うと、左打席に立つ。
「お〜お〜、いっちょ前に左打ちってか〜」
木根が馬鹿にするように言うが、氷也は無視してチラッとキャッチャーの比呂を見る。
「楽しいか? こんな試合?」
「………楽しくない試合なんてねぇよ」
「ほう」
「けど入ってるチームによるわな」
その言葉に笑うと、木根がボールを投げて来た。ど真ん中のストレート。完全に馬鹿にされている。
だが、それは氷也にはありがたい事で思いっ切りバットを振った。キィンと言う快音を奏で、白球はライト方向のフェンスの向こうへと飛んで行った。
サッカー部も愛好会の誰もが呆然とボールの後を見つめる。氷也は無言でベースを一周すると、木根を指差した。
「三回裏で7−2……まだ分からないぞ」
「野郎……」
気障に決める氷也を木根は苦々しく睨み付ける。ベンチに帰って来ると、スッと聖が手を上げたので、氷也がパァンと手を打った。
「す、凄い……あのストレートを初球で……」
春華が恐る恐る氷也を見ると、彼はドサッとベンチに座った。
「あんなナメられた球、打てて当然だよ。なぁ?」
「俺に振んな」
野田はプイッとソッポを向くと、氷也は苦笑した。
「何だか水城さんが自慢するだけはあるね」
「えへへ。ねぇヒョウくん、まだ逆転できるよね?」
「………まぁな」
とは言うが、やはり運動能力の差は否めず、追加点は取れなかった。そして、四回表、愛好会が守備につく。
「ヒョウくん、何処守るの?」
「ピッチャー……やろうにも僕の球が取れるとは思えん」
チラッと野田と相手ベンチの比呂を見る。野田は「やれやれ」と肩を竦めると、立ち上がって急に上半身を大きく回し始めた。
比呂も溜め息を吐くと、点数をつけているサッカー部のマネージャーの川村の所へ行く。
「川村さん、一般入部の一年、国見 比呂。ただ今を持ってサッカー部を退部します」
「じゃ、この退部届けにサインを……」
そう言われて比呂はサラッとサインをする。そして、ゆっくりと愛好会側に歩み寄って来た。
「入会届けは必要ないんですよね?」
「え? あ、ああ……とりあえず名前だけ」
「国見 比呂」
「と、野田 敦」
その名前を聞いて何人かの愛好会員が、顔を見合わせる。
「俺達がピッチャーとキャッチャーやっても良いですか?」
「え? べ、別に良いけど……」
「しゃ。行くぞ、野田」
「あいよ」
比呂はグローブを嵌めると、ブンブンと腕を回して野田と一緒にピッチャーマウンドに向かう。その二人を見て、氷也はフッと笑うとグローブを嵌める。
「じゃ、俺はショートでもするか」
「ヒョウくん、ショートできたっけ?」
「基本的に何処でもやれるよ」
そう言って氷也はスコアボードを見る。四回表7−2……そんでもって氷也、比呂、野田の三人が加わった。
「後二回、打順が回って来れば8−7で逆転出来るか……」
「それって、後五回、点取られない事前提だよね?」
「あのバッテリー見て、前提云々言うか?」
「ゴメンなさい」
ペコッと頭を下げるので、氷也は苦笑し、ショートに入った。
「国見……比呂?」
春華は比呂の名前をポツリと呟いた。
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