「ふわ……」
「お〜、おはようMyサン」
台所に下りると、氷也、聖の両親がいた。氷也の父親である神城 光平(かみしろ こうへい)は神城総合病院の院長で、聖の父――水城 賢治(みずしろ けんじ)はそこの外科部長である。
父親二人が医者な氷也と聖……と、いうよりそれぞれの母親である神城 沙織(かみしろ さおり)と、聖の母親である水城 香織(みずしろ かおり)姉妹と父親二人、計四人が幼馴染なだけである。それで、四人が四人とも仲良くくっ付くとは……っていうか、仲良すぎだった。
「はぁ〜……氷也と聖ちゃんに弟か妹が欲しいわ〜。ね、あなた?」
「う〜む……では人工授精で……」
「朝から気色悪い会話するな」
聞いてるだけで馬鹿らしい両親の会話にツッコんで氷也はテーブルに付く。
「氷也くん、今日はパン?」
「あ、お願いします」
「氷也くん、聖はまだ寝てるのかね?」
「あ〜……はい」
氷也はテーブルに置いてある新聞を見ながら頷いた。昨夜、レンタルしたホラー映画を見たら、一人じゃ怖いとか言って同じベッドで寝た。
一緒に寝る事に抵抗の無い聖も聖だが、従兄妹とはいえ年頃の男女が同じベッドで寝る事に関して何とも思わない両親ズ。むしろ間違いが起こって欲しいと言われた時は本気でぶっ飛ばしてやろうかと思った。
新聞の社会面を見ていた氷也は、ふとある記事に目が留まった。
「無免許医師逮捕……か」
「ああ、そのニュースか。全く、同じ医者として恥ずかしいぞ」
「うむ」
父親二人が同意する。氷也は誰が逮捕されたのかと思い、写真を見るとハッと目を見開いた。
≪上武 博士(58)≫
ふと氷也は知り合いの肘と腰を見て貰った病院の名前を思い出す。そして、氷也はおもむろに受話器を取った。
神城総合病院……英雄は恋人のひかりと共にタクシーで急いでやって来た。
「神城!」
「橘か」
待合室では氷也が文庫本を読みながら座っていた。氷也は英雄の隣にいるひかりを見て首を傾げる。
「そちらは? 確か、この前もいた……」
「ああ。コイツは、雨宮 ひかりだ。比呂とは幼馴染だ」
「後、ヒデちゃんの彼女です」
微笑んで付け加えるひかりに氷也はペコッと頭を下げた。
「比呂と野田は?」
「ん……今、父さんに診察して貰ってる」
診察室の方を指差して答える氷也。すると三十分ぐらいして、比呂と野田が出てきた。
「比呂!」
「お、英雄にひかりじゃん。神城が呼んだのか?」
「ああ。で? 結果は?」
それを聞いて比呂は急にしかめっ面になってソッポを向いた。
「ガラスの肘……だってさ」
「………そう」
もしかしたら、という気があったひかりが残念そうに呟く。英雄も落胆の色を隠せない。
が、比呂はフッと笑みを浮かべて続けて言った。
「ガラスはガラスでも、拳銃で撃っても割れねぇ防弾ガラスだぜ」
「え?」
「俺の腰にも何の異常も見つからねぇってさ」
比呂に続いて野田が言う。
「それじゃ……」
「やっぱり……」
すると比呂と野田は微妙な笑顔を浮かべて思いっ切り叫んだ。
「「あのインチキ医者ぁ〜〜〜っ!!!」」
「えっへへ〜」
「……………」
その日の夕方、聖は終始嬉しそうだった。氷也はなるべく彼女を視界に入れないよう、テレビに集中する。テレビの画面では万能包丁の宣伝をしている。
「ヒョ・ウ・く〜ん♪」
「おお、普通の包丁でマグロを捌いている……」
「無視すんな〜!」
綺麗サッパリ無視しやがってくれる氷也に腹立て、聖はテレビを消した。氷也がチッと舌打ちすると、聖が後ろから手を回して抱きついてきた。
「野球部入れ」
「命令形か、貴様」
「国見くんと野田くんに頼まれたんだよ〜。甲子園目指すならヒョウくんの力は絶対必要だって〜」
ギュ〜ッと首を絞める力を強くなって来た。長い付き合いだから、このまま言うこと聞かなかったら息の根止める気だろう。人それを脅迫と言う。
「だったら明和一高にでも行けば良いだろう」
「それはそれで格好悪いから、野球部の無い千川で甲子園を目指すんだって」
氷也は舌打ちすると、聖が「入れ入れ」と連呼してくる。
「いい加減、意地張らないでさ〜………もし、入ってくれたら聖の大切なもの、あ・げ・る」
「ほ〜? じゃあ俺の子供の頃のアルバムとか写真の類を貰おうか?」
「え!? そ、それは………」
まさか今の発言でそんなのを要求されるとは思ってもみなかった聖は、思わず首から手を離して冷や汗を垂らす。
氷也はフッと笑みを浮かべると、立ち上がって本棚から文庫本を取り出してベッドに寝転がって読む。
「俺を入れたければ、無駄な色仕掛けよりも有効な手を考えてくるんだな」
「う……ひょ、氷也のアンポンタン〜! 絶対に入部さしちゃる〜!」
聖は目を押さえて部屋から飛び出して行った。氷也はフゥと溜め息を吐くと、甲子園か……と呟いた。
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