――はあ、どうしようかな……。
横島エレクトロニクス(株)営業本部販売促進部部長室で、一人の男が、デスクの上の紙切れを見て、ため息をついていた。その紙切れには、こう書いてあった。
横島エレクトロニクス(株)様 ¥200,000 会員制クラブ『マダム・エマニエル』
その紙切れを前にその男は、またため息をついた。その男の名前は西条輝彦(28)と言う。
――しかし、フルーツを食べただけで、二十万円も取るかね?……………教訓、フルーツをクラブで食べるべからず。
と、その紙切れを前に悩んでいた。
――これ、部長権限の経費で落とせばいいんだけど、店の名前が恥ずかしいから、経理の連中が見たらなんか嫌だし…………。これを平気で経理に回せる人間は………………。たった一人だけだな。
――ヘ〜〜ックション!!
開発本部商品開発部企画課のデスクで、一人の男がくしゃみをした。
――誰かが噂をしているのかな?
と、課長補佐代理心得の横島がくしゃみをした。すると女子社員が――、
「課長、販促部の西条部長がお呼びです」
その声を聞き――
――西条が?俺とは出世レースのライバルである奴が何故、俺を?
「いやあ、横島君。よく来てくれた。実は君に折り入って頼みたいことがあってね。ご足労願ったというわけだよ」
「――で、何の御用で?」
「実はだね。これを、君の方で形をつけて欲しいんだがね…………」
といいつつ、横島の前にクラブ・エマニエルの領収書を置く。
「………………形をつけろと仰いますと?」
――鶴でも折れと言うのか?しかし、この紙切れは長方形だから上手くは折れないしな……………。
「うんじゃ、頼むよ♪」
西条はそういうと話は済んだとばかりに立ち上がった。
「は?と、仰いますと?」
「とぼける気かね?だが、青臭い正義感は君のためにならないよ…………」
――もうちょっとちゃんと説明してくれないと…………、分かんない。
と、企画課に戻った横島は心中呟いた。
――でも、普通は領収書って、経理の方に回せばいいんじゃないの?
しかし、その呟きに横島は自分自身で否定した。
――否!!あの辣腕で知られる西条部長が、そんな児戯にも等しい仕事を、出世レースのライバルである俺にぶん投げるか!?断じてありえない!!
だが、その結論にたどり着くと、今度は心中で進退極まった。
――どうやら、誰かに相談すべきだな…………。誰に相談しようか…………。やはりあの方しか……。よし!!俺も進退をかけよう!!全て話そう、社長に!!
と、決心を固めた。
その頃、西条は――
「また来たよ、ママ」
と、『マダム・エマニエル』に来ていた。
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