あるオフィスビルの一室。そこに一人の男が入ってきた。
「失礼します、唐巣部長。私を及びになった用件とは?」
と、先ほどの男がその部屋の主に用件を問う。
「おお、横島君。よく来てくれた。話は他でもない。――おめでとう!!“課長のようなもの”に昇進だよ!!」
「――……?“のようなもの”と仰いますと?」
と、横島と呼ばれた男はなおも問う。
「何か正式な肩書きは“課長補佐代理心得”とかいう奴だ。まあ、大して違いはないだろう。あと、辞令が下るのは来週のはずだ………、多分」
――多分?
俺の名前は、横島忠夫(24)。横島エレクトロニクス株式会社開発本部商品開発部企画課係長――、否、来週には同課の課長補佐代理心得となる。それにしても、24で“課長のようなもの”と言うのは、前例のないスピード記録だ。この人事は、わが社に多大な利益をもたらすことになるだろう。
「――そうそう、聞いたぁ?今度の人事」
給湯室を通りかかったら、女子社員の声が聞こえてきた。まあ、たまには噂のネタになるのも悪くない。
「黒崎常務が、副社長に昇進するそうよ」
「大抜擢ねえ」
あ、あれ?ずいぶん上の話題だな(汗)。
「後――」
ふ、今度こそ俺の話題だな。
「販促部で、横領があって懲戒免職があったんですって」
「自分の部でスキャンダルなんて西条部長も気の毒ねえ」
く――!!西条の話題なんてどうでもいい!!あいつならそのうち俺の方が上に立ってみせる!!
「あ、そうそう。そう言えば係長の横島さん」
お!俺の話題だ!!
「セクハラ魔人ってあだ名があるけど、実際にされたという話題は聞かないわねえ」
「そうね」
ガクっ!!ちょっとはしたかもしれんが、(別居中――加えて言うなら仲が悪いわけでもない――だが)嫁を貰ってからはしていないぞ!!
「あ、横島さんといえば……」
今度こそ頼むぞ!!
「うちの会社と苗字が一緒だけど、何か関係があるのかしら?」
「偶然じゃなぁい?」
む、ちょっと鋭かったな(汗)。それよりも!
「あ、そうそう。そう言えば、横島さんも昇進ですって」
やっとその話題になったか(涙)!!
「え?どんな役職?」
「ええっと、……………課長補佐代理見習い改め班長代行待遇とか言うのですって」
「それって昇進なの?」
違う!!俺の新しい役職は――
「ちがうわよ。私が聞いたのは“課長補佐代理心得”よ」
そう!それで正解!!
「あ、そうなの?じゃあ、今度から横島さんのことをどう呼べばいいのかしら?」
そう!そこだよ!
「課長補佐代理心得…………じゃ、長ったらしくて舌をかみそうよね」
「じゃあ、課長補佐代理………………でも長すぎるわね」
「課長補佐………、でいいんじゃない?」
惜しい!もう一つ省いて!
「じゃあ、いっそ思いっきり省いて……………………」
「長さん」
長さん……………?俺は、ドリフのリーダーやミスタージャイアンツではない!
「いくらなんでも長さんはないでしょう」
「今までどおり横島さんでいいんじゃない?」
「そうね」
頼む、課長と呼んでくれ!
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