階段を降り、下足箱のところまで来たとき、
「こんなところで何をしているんだね、式森和樹君?」
呼び止めたのは誰あろう、葵学園一の変人と名高い白衣のマッドドクター、養護教諭の紅尉晴明その人であった。
「見て分かりませんか、帰るんですよ。」
「・・・そうか、魔力診断か。」
「そういう事です。」
「しかし、君は確か前に『そんな事は気にしてない。』みたいなことを言ってなかったかね?」
「僕が良くても周りがうるさいですから。」
そう言って和樹は少し困ったような笑みを浮かべた。
「だが、いかに彼らとて、さすがにそんな事を言うような勇気はないと思うがね?」
ちなみに紅尉は和樹とB組の戦いのことを知っている。
のみならず、彼が[ギュスタ−ヴ]である事を知るこの学園内で唯一の人間でもある。
「ま、それはともかくとしてだ、6回しかない事に変わりはないのだから受けておいたほうがいいと思うのだが?」
「ええ、ですから放課後にでも保健室に行って一人で受けさせてもらおうと思いまして。」
「ほほう?」
眼鏡の奥の紅尉の目が怪しい光を放つ。
「・・・・・・いっときますけど、妙な事をするようならいかに紅尉先生とて容赦しませんよ?」
「・・・・・・すまない、今のは忘れてくれ。(私とて命は惜しい。)」
紅尉はあっさり引き下がった。
「じゃあ、これで。」
「まちたまえ。」
「・・・なんですか?」
先ほどの事もあり、少し警戒しながら訊く。
「忘れていた。紫乃からの伝言だ。『この前のミイラありがとう。降霊に少し手間取ったけどなかなかのものだったわ。でも、今度の時は今回倒しちゃったようなボスクラスの奴もお願いね。』だそうだ。」
紫乃というのは紅尉の妹でネクロフィリア(死体愛好者)の紅尉紫乃のことである。
「・・・分かりました。『善処する。』と伝えてください。」
ため息を吐きつつそう答える。
「伝えておこう。わが妹の事ながら、いつもすまないな。」
「いえ、あの人の相手をするよりまだましですから。」
どうやら和樹の中ではマッドよりサイコの方がたちが悪いらしい。
「ああ、それともうひとつ。紫乃が新しく考案した占いで君の事を占ってみたらしいのだが・・・」
「人のことをそんな事に使わないでくださいよ、もし間違って呪われたりしたらどうするんですか。」
こんな事を言ったところで聞く兄妹ではないのだが、無意味と分かっていても言わずにはいられない。
「それで?」
「うむ、どうもな、[嵐]が来るらしい。」
「[嵐]、ですか?こんなにいい天気なのに?」
「そのままの意味ではないだろう。たとえば身の回りの出来事とか・・・」
「それこそ今更ですよ。くぐった修羅場の数はそこらの軍人なんか目じゃないって事くらい紅尉先生だって知ってるじゃないですか。」
「それはそうだが・・・」
「それじゃ僕はもう行きます。後で保健室のほうに顔出しますから準備して待っててください!」
言うなり和樹は学校の外へと駆け出していった。
「ただいまー。って、ゑ゛?」
家にいたころの習慣でいまだに自室のドアを空けるとただいまを言ってしまう和樹。ってそれはどうでも良くて。
目の前の光景のあまりの意外さに思わず旧仮名遣いで驚きを表現してしまう和樹。
自分の部屋の中にいたのは下着しかつけていない=限りなく裸に近い少女。
この話の和樹は前にも書いたように女性にもてた事がない。
その上ヴィジランツとなるための訓練と自らに課した厳しい修行と鍛錬に日々を費やしてきた。
結果、この和樹は原作以上に女性に免疫のない人間に育っていた。
にもかかわらず普通に女性に接しているように見えるのは、仕事の際の精神状態の切り替えを応用して、男とか女とかで無くただ人間として見るようにしている為である。
これによって見えているものも見えなくなっているものもあるが、はっきりしているのはこれが和樹の鈍感の一因であるという事である。
話を戻そう。
しかしながらこんな状況で精神の切り替えなど出来るはずも無く、また通用するはずも無い。
当然和樹はこのような状況に遭遇した事など一度も無い。よって、
ばしゅうううううぅぅぅぅ・・・・・・・・
これ以上無いくらい盛大に鼻血を吹いた。
「き・・・・・・きゃあああああっ!!」
見られた恥ずかしさからか、それとも鼻血に驚いたためかもうどっちだか分からないが、とにかく彼女は悲鳴を上げた。
それを聞きながら和樹は、
「興奮のあまりに鼻血を噴くなんて本当にあるんだなぁ・・・・・・」
なんて事を考えながらそのまま倒れた。
和樹が意識を取り戻すと体はベッドに寝かされていた。
目を開けようとしたが周りに人の気配を感じた為、まずはこのまま寝たふりをして状況を整理する事にした。
まずなぜこんな事になったか。
ドアをあけたときは、おそらく敵意や悪意といったアニマの乱れを感じなかったために部屋の中の気配を無意識に無視してしまったのだろう。
まあこれはしょうがない。無害であろうものにまでいちいち気を配っていたらこっちが参ってしまう。
とはいえ同じことにならないよう何らかの手は打っておかなければならないだろう。
次になぜあの少女が部屋にいたか。
『・・・・・・・・・だめだ、思いつかない。』
(直接訊いてみるのが一番手っ取り早いんじゃないのか?)
ほかにいい手も思いつかないのでギュスターヴの案に乗る事にした。
後は部屋の中にいる人間をどうするか。
『気配は1人、2人、・・・3人か。』
約一名から敵意を感じるが、和樹が今までに向けられたものにくらべればかわいいものなのでとりあえず起きてから考える事にし、目をあけた。
「あっ、和樹さん気が付いたんですね。」
そう言って喜ぶ部屋にいたピンク色の髪の少女。
「ふん、ようやく起きたか。」
次に言葉を発したのは、さっきから敵意を隠そうともしない教室の窓から見かけた少女
『確か名前は・・・神城凜、っていったっけ?』
そして最後は・・・・・・
「やっと起きたわね。さあ、しましょう。」
そういいつつすでにベッドの上に乗りにじり寄ってくる金髪の女性。
『こっちは三年の風椿玖里子先輩か。』
にもかかわらず和樹は平然としている。
(和樹、平気なのか?)
(ケルヴィン、心配ない。このテのパターンは俺の記憶で何度も見ているし、和樹ももう頭の中を切り替えている。それに・・・)
『ギュスさん、それじゃこの違和感の正体ってやっぱり・・・』
(そういうことだ。)
そう言ってギュスターヴは、これからこの面倒そうな女の相手をすることになる和樹の苦労を思いため息をついた。
一方、和樹の目の前では二人の女性が口論を繰り広げている。
「ちょ、ちょっと玖里子さん!和樹さんに何する気ですか!!」
「何って、ナニだけど?」
「な、何てこと言うんですか!和樹さんはあなたなんかに渡しません!!」
「別にいいわよ、くれなくっても。うまくいけば一回で済むし。後は夕菜ちゃんの好きにすればいいわ。」
「一回だろうと百回だろうと駄目なものは駄目です!!」
「あのー。」
「なあに、和樹。」
和樹の服のボタンをはずしながら玖里子が訊く。
「何がどうなってるのかさっぱりわかんないんですけど、意味あるんですか?監視してる人間がいるわけでもないここで、そんな演技?」
「なに?」「え?」
凜と夕菜と呼ばれた少女の二人が同時に疑問の声を上げる。
「・・・・・・演技なんかじゃないわ。」
「演技じゃないとしたらもっとたちが悪いですよ。心の底におびえを抱えた女性を無理やり抱いて傷付ける様なまね、僕には出来ません。」
「あ、あたしはおびえてなんか・・・」
玖里子の声が心なしか震えている。
「嘘ですね、というか、おびえがないはずが無い。だって玖里子さん、あなた処女でしょ。」
その言葉に玖里子は絶句した。その姿が今の言葉が真実である事を証明していた。
「あなたがどういう理由でこんな事をしているのかは知りません。でもこれが本意でないこと位は分かります。やめましょう、好きでもない男にこんな形で抱かれて、それが最初なんて幾らなんでも悲しすぎるじゃないですか・・・」
「それでも・・・それでもあたしは・・・・・・」
自分の中の何かと戦っている玖里子はとりあえずそっとしておく事にし、和樹はベッドから出て残る二人に話を聞くことにした。
「ああ、そうだ。ぼくをベッドに運んでくれたのは君だよね、夕菜さん、だったかな。とりあえず、ありがとう。」
「いえ、そんな。妻として当たり前のことをしたまでです。」
「・・・・・・は?」
今度は和樹が絶句する番だった。
「申し遅れました。私、宮間夕菜といいます。あなたの妻になりに来ました。それで、こっちが・・・」
和樹は固まったままだ。戻るどころか今の言葉でさらに重度のフリーズ状態に陥ってしまっていた。
「一年の神城凜だ。この二人と同じ理由で神城本家の命でお前を夫にしろといわれてきた。だが・・・」
スラリ、と凜が刀を抜き、構える。その切っ先は和樹のほうを向いている。
しかし和樹はまだフリーズ中だ。まだ和樹にとっては余裕で反応できる間合いだからだが、傍から見ると危険極まりない。
「調べてみて驚いた。成績は歴史を除き全て平均を下回り、体育の授業はほとんどサボリ、出たら出たで目も当てられないような有様、普段の学校生活ではいつもぼけっとしている様はまさしく昼行灯、加えて学校をサボる事も多く、それらの日と休日の外出の行方は杳として知れず、たまにいるかと思えば一日中ずっと寝こけているという始末。そんな男を夫になど出来るものか!!」
いつの間にか敵意は殺意へと変わり、瞳に渦巻く怨みの炎は隠しようが無いほど大きくなっている。
「よって私の自由のため貴様にはここで死んでもらう!覚悟!!」
凜が突きの構えをとり、心臓に狙いを定め踏み込もうとしたその時、その間に夕菜が立ちはだかった。
「夕菜さん、どいてください!私とて血を流すのは本意ではありませんが、この男を始末すれば私達を縛る鎖は無くなるんですよ!!」
「いやです!凜さんにとっては鎖かもしれませんが、私にとって今回のことは大切な絆になるんです!!やっと会えたんです!!!」
夕菜はその言葉にこもる思いを力に変えるようにすさまじいまでの量のウンディーネ(水の精霊)を呼び出し渦巻くそれを右手にまとわせる。
「だから、和樹さんを殺させはしません!!!」
対する凜はいつの間にか虹彩を帯びた刀を夕菜に向けかまえる。
「見解の相違ですね、仕方ありません。わが剣鎧護法にてお相手しましょう!」
そこへさらに。
「玖里子さん!?」
「!」
玖里子が夕菜のそばに立つ。
「凜、悪いけどあたしも和樹に興味がわいたわ。だからここでは殺させない!」
「和樹さんは渡しませんよ!?」
「それについては後で頂上決戦でも何でもすればいいわ。今はこの場をどうにかするのが先よ!」
そう言うと紙片を取り出してばら撒き、唱える。
「剪紙成兵!!」
紙片は空中で折りたたまれ、やがて紙で出来た兵士へと姿を変えた。
こうして三人の戦闘体勢が全て整い、ほどなく全員が同時に動いた!
「「「はあああああっ!!!」」」
そしてその力がぶつかろうとした刹那!!
「そこまでだ。」
低く落ち着いた声とともに魔力とは異質な波動が放たれた!!
「え!?」「なっ!?」「うそ・・・」
それは渦巻く精霊を霧散させ、剣に宿った輝きを消し、兵士を元の紙片へと戻したのだ。
そこから導き出される答えはただひとつ。
「あれだけの魔法をレジスト(無効化)したって言うの!?こうも簡単に!!?」
「この剣の力を借りれば、造作も無い事だ。」
3人が声のした方に振り向く。そこにいたのは当然残る1人の・・・
「か、ずき、さん?」
そこには思わず名前を呼ぶ声が疑問系になるほど雰囲気を一変させた和樹がいた。
その右手には、何処から出したのか黒くて重厚な西洋風の両刃の大剣が握られていた。
体格的に言って振るう事すら困難なはずのその剣は、にもかかわらずまるで和樹の身体の一部であるように見えた。
「・・・お前は、式森和樹、なのか?」
「俺以外に何処に式森和樹がいるって言うんだ?」
「口調、変わってるわよ。それと自分の呼び方も・・・」
「いつもの事だ、気にするな。」
「ひょっとして、二重人格、なんですか?」
「少し違う。自我そのものはひとつしかない。だから根っこの部分も変わらない。ただ心の在りかたを切り替えているだけだ。」
「なぜそんな事をわざわざ?それにさっきの現象はその剣の力といったがその剣はいったいなんなのだ?」
「ひょっとして普段のあんたがさえない奴でいることと関係あったりするのかしら?」
「その前にこっちも訊きたい。なんだって花嫁候補が三人も押しかけてくるような事態になったんだ?自慢じゃないが、俺は今までもてるどころか、全くといっていいほど女性に縁の無い人生を送ってきたんだぞ?」
「それらについては私がまとめて説明しよう。」
バタンッ
ドアを開けた人物は、なぜか傷だらけの紅尉晴明であった。
あとがき
すいません、なんと言うかいっこうに話が進みません。
いろいろ詰め込みすぎなんでしょうか?
とにかく次回で原作第一話を終わらせます!終わらせたいです。終われるといいなあ・・・
同時に和樹とナイツの一族の大まかなところも解説します。
まあその設定をフルに生かせるようになるのは長編パートになると思われますが。
そういえば今回はサガフロ2のネタほとんど使ってないなあ・・・・・・