「あれは仲丸、何やってるんだ・・・・いや、予想は出来るが」
そう呟きながら、和樹は静かに保健室の中を覗こうとしている仲丸に近寄った。
見た目はスポーツ派の好青年だが、ある一点だけのせいで全てが台無しになっている。
いや、それは和樹の一部のクラスメートを除いた全員に言えることなのだが。
「おい仲丸」
「うお!? なんだ、我が最大の親友である式森和樹か」
「何だとは何だ。それよりお前、何やってんだ?」
それを聞き、仲丸は怪訝そうな表情を作り上げた。
これは心外だと言わんばかりに。
「何をやっているのかわからなんのか?」
「覗きだろ?」
「否!! 断じて違う!!」
そう言って力いっぱい否定する仲丸。
その姿に、説得力は欠片たりとも存在しなかった。
「じゃ覗きじゃなかったら何だって言うんだ」
少なくとも、保健室に向かって透視魔法を使う行為の何処が覗き出ないのか聞きたい和樹。
「これを見ろ」
そう言って仲丸は透視魔法を使うが予想通り保健室の中は真っ白で見ることが出来ない。
「結界だな、ま、当然と言えば当然だけど」
「ここには3年の風椿玖里子がいるんだ! そして、一気に弱みを・・・ってちょっと待て!!」
仲丸の話を聞かず、さっさと立ち去ろうとする和樹を仲丸は引き止めた。
「なんだよ、俺はさっさと行きたいんだよ」
「いいか、この世で一番大事なのは魔法回数だ。お前はあと何回だ?」
「・・・・7回だ」
「それじゃ駄目だ。将来を渡っていけん。つぅわけで和樹。俺の手伝いをしろ」
(・・・・どういう理屈だよ)
一瞬だけ和樹は、
(このまま仲丸を殺せば世界のためかな?)
などと物騒なことを考えていた。
実際、和樹の手にかかれば仲丸を殺すまで1秒もかかるまい。
「勉強は普通、運動も普通、容姿も普通のお前に、この位しないと人生が楽しくないはずだ!!
つぅわけで手伝え「やだね」」
「回答に0,5秒は早すぎるぞ貴様!
何がそんなに不満なんだ!」
「あ〜、とりあえず後ろを見てみろ」
「なんだよ? 後ろに何があるって言う」
「な〜〜か〜〜ま〜〜る〜〜〜」
そこには般若の表情というのが正しい表現のような表情を作り上げた和美が立っていた。
「仲丸!身代わりを使ってのエスケープ行為と覗き行為は、B組協定第三条第七項に違反だって何度言ったらわかるの!?」
と言いながら和美はその手に光の玉を作り出す。
心なしか、あたりに殺気が漂っているような気がするが、おそらく気のせいだろう。
「なっ!? 松田、お前はいつから権力側についたんだ!?」
「あんたが最初に決めたんでしょうが!!」
和美はそう叫ぶと、勢いよく光の玉を仲丸に向かって投げた。
そりゃもう、手加減のての字もなく。
「うおおぉぉぉ〜〜〜!!」
叫びながら逃げ出す仲丸に向かって、和美は容赦なく攻撃魔法を使いまくる。
ちなみに、攻撃魔法は100%犯罪です。
あしからず。
「やれやれ」
そんな2人を見ながら、和樹は大きくため息をついた。
ついでに、と和樹は朝から不愉快にさせた仲丸に仕返しをすることにする。
と同時に、和樹の瞳に変化が起こった。
今まで普通の黒い瞳だったのに、いつの間にか陰陽の紋章のようなものになっている。
「死ね」
和樹がそう呟いた瞬間、仲丸が走る射線上が爆発した。
「なっ!?」
突然の爆発に驚いて足を止める仲丸。
だが、それがいけなかった。
ズガァァァァァン!!
後ろから襲い掛かった光の玉が仲丸の背中に着弾する。
そのまま、仲丸は黒焦げになりながら気を失った。
ある意味、自業自得だろう。
◆ ◆ ◆
で、今は昼休み。
現在、和樹は昼食タイムである。
売店で買ったパンを無造作に口の中に放り込む。
「くっそ〜〜なんで俺が貴重な魔法回数を使って直さなきゃならんのだ。
だいたい、壊したのは松田だろうが、あと少しで風椿玖里子の弱みが握れたと言うのに」
「いや、無理だろ」
魔法で大破した保健室を直しながらぼやく仲丸に向かって、和樹はツッコミを入れる。
もちろん、この程度で反省するほど仲丸は人が出来ていない。
「和樹!! お前には夢がないのか!?」
「夢か・・・あ〜、平和に暮らすって言うのは駄目?」
いや、それは100%訪れない未来だ。
なぜなら、
すでにお前の未来は修羅場だと決定しているからだ!!
「俺なら目標は向こうかな?」
その場にいたもう1人の男、浮氣は窓の外から校庭を見た。
「1年の神城凛、中々美人だと思うんだけどな」
事実、校庭には少し小柄な制服ではなく和服を羽織った少女が立っていた。
(あ〜、そう言えば凛の奴もこの学校だったんだっけ?)
などと考える和樹。
「まぁ、和樹には関係のない話だけどな」
などと嫌味と言わんばかりに仲丸が言う。
それを聞きながら、和樹はこれと言って表情を変えることはなかった。
「まあ午後の魔法診断で嫌でも現実を見るだろうがな」
「そうなのか?」
「おいおい和樹、忘れてたのか?」
呆れたように浮氣がぼやく。
もっとも、和樹にとって見れば別に魔法診断が嫌いなわけではない。
魔法診断は別のところで嫌なのだ。
(ってことは、あのマッドの鏡に会わないといけないのか)
そう、和樹が魔法診断を嫌うのは、主に担当者のせいなのである。
その担当者でマッドの鏡こと、葵学園の養護教論である紅尉晴明のことである。
どの程度マッドかというと、そりゃマッドである。
以前、和樹の瞳を知った彼が、和樹を捕獲して人体実験をしようとしたくらいだ。
その時は、『両儀なる瞳』を使い丁重にボコリ脱出した。
もちろん、この手が何度も通用するとは限らない。
故に、和樹は捕まる前に逃げるのだ。
(仕方がない、逃げるか)
すでに、和樹の中では逃げることが決定しているようだ。
◆ ◆ ◆
さて、つうわけで和樹は今現在、校庭を歩いている。
その右手には鞄を持っていた。
それらが、一歩を踏み出すたびに規則正しく揺れる。
微かに頬をなでる風は、少しだけ暑かった。
「何をしているのだね、式森君?」
「紅尉・・・・先生」
その紅尉を見て、和樹はあからさまに嫌そうな顔をする。
「なんだね、その嫌そうな顔は?」
「あ〜、頭が痛い、お腹が痛い、微熱、全身に寒気、くしゃみ・・・・以上の理由により帰らせていただきます」
そう言って和樹は、ない事ない事ない事ない事ない事を言って帰ろうとする。
その行く手を、紅尉はさえぎった。
「それはいかんな。早速、保健室へ」
「死ね」
すかさず和樹は紅尉の無防備な腹に全力のボディーブローを叩き込んだ。
「ぐはぁぁ」
吐血を撒き散らしながら吹っ飛んでいく紅尉。
そんな紅尉を見ながら和樹は、微かに顔を下に向けた。
どうやら、少しだけだが罪悪感に襲われたらしい。
「ふぅ、いい運動をした」
そう言って爽快な笑みを浮かべる和樹。
・・・・・訂正、まったく悪気がないようだ。
◆ ◆ ◆
さて、という訳で和樹は自分の下宿先の部屋の前まで来ていた。
ただ、どういうわけかそこから先へ進もうとしない。
自分の部屋は目と鼻の先だ。
だが、そこから和樹は一歩も進もうとしない。
もちろん理由はある。
先ほどから、彼の脳裏に引っ切り無しに1つの言葉が繰り返されていた。
【逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ】
それは彼自身の直感、または本能だ。
長い長い年月を、彼はこの直感や本能と過ごしてきた。
そして、それはいつだって彼を危機的な状況から救い出してきた。
だからこそ、彼の中で叫ぶこの言葉は、間違いなく正しいのだろう。
だが、それでも自分の帰る場所は目の前だ。
ならば、一歩を踏み出さなければならない。
「仕方がない、よな」
そう言って和樹は静かにドアノブを回した。
この瞬間、和樹の『平穏』は音を立てることもなく崩れ去った。
あとがき
さて、つぅわけで1章が終わりました。
それと、お詫びと訂正を。
タイトルですが、『両義なる瞳』となっていましたが、本当は『両儀なる瞳』です。
皆さん、すいません。
では