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「蒼い師と緑の弟子 第13話―もしくはまぶらほ編9話―(まぶらほ+風の聖痕)」

キキ (2005-01-17 11:55)
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 電流が流れている檻の中に、折れたままろくに治療もされずに放置されたため腐り、異臭を放つ感覚のない左腕を持つ子供が座り込んで、濁った眼差しで目の前の光景を見ていた。

 「殺してくれ……頼むから……もう終わりにしてくれ」

 心臓と肺を除く内臓を全て取り除かれて血を作るだけのモノとなった、特殊な血を持つ青年がただ死を願う。

 「いやだ……いやだよ。お願い……もう見せないで……」

 溶け崩れ始めた自分の体の映像を、目前の画面にリアルタイムで映されて最初は悲鳴をあげて身動きできないよう固定された体を揺すっていたが、今は壊れたように同じ言葉を呟くだけの少年。

 「あは…ほらみて、あの子こっちを見ている。見せつけてあげましょう。だから、もっと激しいキスを……」

 自らの上唇を引き裂いて、それを下唇に押し当てることで存在しない恋人にキスをねだっているように感じている、顔を血まみれにさせた八十を超えた女性。

 「いたい……イタイ……いたい……イタイ」

 魔獣の細胞を入れられたため、体が変貌してだんだん崩壊している今にも死にそうな少女。

 アルマゲスト本部研究所――そこはそういうモノから発せられる絶望と死と、彼らをそういう風にした魔術師たちの好奇と笑いによって覆われていた。

 そして、その光景こそが子供――式森和樹の原初の風景だった。 
和樹にとって、それこそが日常であり、当たり前の光景だった。このときはまだ記憶が残ってはいるが、その暖かな記憶は当たり前のように風化して、目の前の光景に変わられていった。
 そうしているうちに、何時しか式森和樹という少年は何の反応もしなくなっていた。希望も持たず、絶望すら抱けずにただそこに在り続けるようになったのだ。
 そんな和樹がいまだ生かされているのは、異世界から来たことと和樹の両親に対する人質だった。和樹の両親は、和樹に「魔法を使うな」と厳命すると進んで自分たちが魔法を使って、魔術師たちの興味を和樹から逸らして自分たちを犠牲にしたのだ。 
 だから、和樹の両親はここに居ずにいつも実験をされていた――両親に会えずに狂気の世界だけを見ていたということこそ和樹が壊れかけている最大の理由だろう。
 だが、和樹の両親を責められはしない。彼らが精一杯頑張っていたから、和樹は腕を腐らせながらも生きている。


 そんなある日、目前の地獄を空虚に見つめていた和樹の視線が始めて動いた。 
 その視線の先では、ボロボロになった一人の男が数人の魔術師に連れられて和樹のほうにやってきていた。だが、それ以上の行動を和樹は全くしなかった。 
 そんな和樹を見た男は、「和樹!」と叫ぶと全ての爪がはがれた手を高電圧の電流が流れる格子の隙間に入れ、格子の隙間が狭いので挟まれた腕から男を焼く電流に苦悶の声をあげながらも必死に手を伸ばして和樹に触れようとして、何とか手が届きそうになった直前――魔術師に引きずられて檻から放された。

 「和樹……貴様ァ!息子には何もしないと――」

 目前であれだけのことが起こっても身動き一つしなかった息子の名を呆然とした声で呟くと、長いプラチナブロンドの髪をしたリーダー格の男に掴みかかろうとしたが、あっさりと取り押さえられた。

 「心外だな。何もしてないよ。何もね……ただ、ここにおいて置いただけだ。まあ、教育環境としてはあまり良くないかもしれないがね」

 「……悪魔め……呪われろ……」

 無限の呪詛を込めた言葉を出す男のほうを見ようともせずに、プラチナブロンドの男――ヴェルンハルト・ローデスは悠然と和樹を見た。
 (過酷な実験と過度の性的暴行により衰弱して)死んでしまった母親の残留思念から聞きだした。異世界から来た中で最も強大な魔力を持っているのに、和樹の両親の魔法によって誤魔化されていた、壊れかけた少年を。

 「……駄目ですね。意識が戻りません」

 殴り飛ばし、水をかけ、電流を流しても何の反応もしない和樹を痛めつけていた魔術師が、許可を求める口調でヴェルンハルトに話しかけ、ヴェルンハルトが頷いたと同時に、和樹を歯医者の診療台のような椅子に固定した――目の前の光景から目を逸らさないようにするために……

 男を正座に座らせて頭を地面に擦り付けた体勢で体を固定すると、魔術師の一人が光を全く反射しない黒い刀身を持つ剣で ――男の頭から首を経て腰まで至る場所を真直ぐに斬った。
 通常血が噴出す状況だが、剣の魔力のために血は吹き出さず、斬れたのも皮膚と肉だけで内臓は損傷がなかった。 

 「がああああああああああああああっっ!!」

 が、皮膚と肉を斬られた痛みは走るらしく男は人のものとは思えない声で絶叫した。

 その声の大きさか、その声に聞き覚えがあったのか、先程までうんともすんとも言わなかった和樹の瞳に光が戻ったのを見たヴェルンハルトは続けるようにという素振りをした。

 それに答えるかのように、両手に光を反射しない黒色の手袋を装着した魔術師が進み出て――先程斬られたところに手を差し込んで、脳と背骨を掴んだ。

 「―――――――!!」

 男の口から音になれなかったような音が聞こえた。人の耳でも、獣の耳でも聞こえないが、周囲にいるのなら耳をふさいでうずくまらずにはいられない音が。
 その音を魔術師たちは、耳栓や魔術で聞こえないようにしたが、ヴェルンハルトは極上の伴奏を聴かされているかのように目をつぶって音に浸った。 だが、そんな事は脳と背骨をつかまれ、激痛という表現すら甘い痛みと衝撃で、意識どころか命すら失おうとしている男には川向こうの出来事より遠い出来事だった。 
 男の頭は、激痛を除けば死んだ妻のことと、壊れかけた息子のことしかなかったのだから。その想いだけで意識を保ち続ける男は 声を聞いた。自分にとって何よりも愛しく守りたい者の。弱く。掠れそうな声を

 「お……とうさん」

 「か、かず……和樹」

 「おとう……さん?……おとうさん」

 呆然と呟く和樹は、身動きできない男に気付き。弱弱しくこちらに痩せてがさついた右手を伸ばそうとした 
 ――が、その動きは封じられていた。それでも必死に半死人のその父に向けて手を伸ばす和樹にヴェルンハルトは語りかけた。

 「父親を助けたいかな」

 その声を聞いて和樹はゾッとした。いかにも、子供好きな大人が、優しく面倒見よく小さい子の相手をするときのような声色。
 和樹の中からは信じるな、相手になるなという声が響いていたが、和樹はそれに逆らった

 「たすけて……くれるの」

 その縋りつかんばかりの声に対し、ヴェルンハルトは優しく頷いた。

 「君が魔法を使ってくれればいい――そうすれば」

 思わず頷いてしまおうとした和樹の体を、赤い光が包んだ。

 「貴様……」

 その光が魔法封じだということを理解したヴェルンハルトは、最後の魔法を和樹の魔法を封じることに使った男の考えを悟り唸った。 
 この魔法封じは、例えアーウィンといえども解くことが出来ない代物だ。だから、自分たちが和樹の魔法を見たいと思うならば、この魔法の効果が切れる十年後まで待たなければならない。 
 つまりその間、自分たちは和樹を生かさなければならない、それもできる限り五体満足で……

 「愚かだな。助けが来るとでも思っているのか」

 魔法を使い果たしたため崩れ始めた男に対して、ヴェルンハルトは負け惜しみと男の無駄な努力を嘲笑った。 
 アーウィンがこの本部にいる限り、相手がドラゴンでも本部が陥落することはないことを知るヴェルンハルトにとって男の行動は、数百万分の一の確率に賭けたようなものだった。 
 確かに時間は稼げたがそれがどうした、十年後でなくても数年経てば解除できる手段が見つかるだろう。全くの無駄死にだ。

 そう嘲笑されている男は、「おとう……さん……いやだ、やだあ」と言いながら目の前で泣いている息子に対して、今は放されたが痛みはいまだに残っている脳と背骨からの激痛と次第に灰になっていくため感覚が無くなっていく体に対する恐怖を感じながら――笑っていた。
 当たり前だが、引きつっている。でも、強く優しい笑みを浮かべていた。 男は、無駄かもしれないと分かっていて最後の魔法を使った。後悔は無い。それで、息子が少しでも生き延びられるのだから後悔などあるはずが無かった。 もし男に後悔があるとすれば――

 「和樹……ごめんな……お父さん、何も出来なかった」

 その言葉を聞いた和樹は何度も顔を横に振った。

 「ちがう……ちがうよ……おとうさん……ぼくが…まほう……つかったから」

 「何を…言っているんだ……女の子を助けてあげたんだろ……いい事をしたんだ。悪いことをしたんじゃない。……だから――」

 その頃になると、男の顔も段々と灰になっていき、鼻や耳はもう判別できなかった。
 でも、そんな状態になっても男は和樹に対して声を掛けることと、じっとその目で和樹を優しく見ることを止めはしなかった。

 「和樹……お母さんとお父さん行っちゃうけど……お前は来ないでくれよ……せ…めて……子供ができ…て、その子供が大…人に…なって……子供ができるまで」

 「やだ……よ、いかないでよ……おいてかないで……ひとりはいやだ……ひとりに……なりたくない」

 ずっと独りで居た、隣の檻で中年女性が大声で笑いながら自分の体の肉を引きちぎってこちらに投げつけてきた時もずっと独りで…… 
 それはとても怖いことだった。いまだ六歳の少年が狂気の世界に独りで居たくはないのは当然だった。 
 しかし、これからの自分のこと以上に、ただ父が居なくなるということが和樹にとって怖かった。 
 和樹が今になるまで知らなかった母とは違い。目前で、父は奪われるのだ。見えるだけマシなのか、不幸なのかは解らないが大切な者が理不尽に奪われることに変わりはない。 
 幼い和樹の頭に「死にたい」という思いが芽生えたのも無理はないだろう。そんな和樹の思いを察したように男はほとんど聞き取れない声で呟いた。

 「か…ず…き、生…きてくれ」

 その言葉を聞いて和樹は何度も頷いた。体の半分以上と血液のほとんどが灰になった父がこの一言を言うのにどれだけ大変なのか理解できたから。少しでも安心させたかった。 

 泣きながら頷く息子を見ながら男は願った。

 (誰でもいいから、和樹を助けてくれ。私たちのことを忘れてもいい。どんな風な生き方でもいい。……この子が幸せに笑えるならば)

 と。

 そして男は、最後まで息子の名を呼びながらその生涯を終えた。この日のちょうど一年後、男の望みは果たされる。蒼い刃を提げた独りの風術師によって……


 「あ……あ……」

 一握の灰となった自分の父親を見ながら壊れたかのように呻く和樹をヴェルンハルトは一瞥すると

 「なかなか面白かったよ。三文芝居としては上出来だった……最も、無駄な時間にしてはということを念頭に入れればだが」

 そこで一度言葉を切ると、未だ呻いている和樹から興味をなくしたように目を逸らし

 「では、この子を「ヴェルンハルト様!後ろを!」――な…に……」

 魔術師たちに指示を出そうとしたが、強大な魔力を感じたため振り向くと

 「あ、ああああああああああああ!!」

 叫びながら全身から無色の光を出している和樹を見て驚愕のうめき声を出した。

 「馬鹿な……あの封印を力ずくでだと!」

 あまりの桁違いな光景に呆然として見ているだけのヴェルンハルトは――叫びながらこちらを見た和樹と視線を合わせ、その単純明快にして理由も束縛もない殺意と力の強大さに恐怖した。
 その力は、どう軽く見ても制御されずに放たれただけで、天候すら変えてのけるほどの力があった。それを僅か六歳の子供が――

 「制御……しているのか」

 呆けた声で男を斬った剣を持ったまま魔術師が呟いた声を聞いたと同時に――その声で驚愕からさめたヴェルンハルトは全力で防御結界を張り、一度の魔法で結界を破った和樹はその魔力を放出させた。

 二度目の魔法を放ちながら和樹は一つのことだけを考えていた。 最後までずっと「和樹……」といい続けた父親のことを。
 首から下と顔のパーツがほとんど灰になっても「和樹……」とずっと言い続けてくれた父親のことを考えていた……ずっと……


 「――――」

 弾かれたように上体をベッドから起き上がらせ、和樹は荒い息を整えるために、いつも通り自分のワイシャツを着て隣で寝ているエリスの極上の絹糸より遥かに手触りのいい頭を優しく撫でた。 

 「にゅー……ますたー」

 頭を撫でると条件反射のように自分にピトッとくっ付くエリスを見てようやく和樹は落ち着いた。
 人形だった経験があったから両王と契約したときその力の凄まじさに崩壊しかけた意識を取り戻せるくらいに精神的にタフになったことがあったとはいえ、さすがに自分が人形同然だった時と父親の最後は堪えた。しかもこの夢は――

 「やっぱりか……あの子が夕菜だと知ってから――」

 記憶が戻ってきていると口の中だけで和樹は呟き、机隣のコルクボードに張られた二枚の写真のうちの一枚に視線を移した。
 この世界に来て自分の遠縁の親戚の老人がくれたもので、幼い和樹が穏やかに微笑む両親に挟まれて笑っている光景が写っている。 

 (かなり雰囲気は違ったけど、間違いなく、あの顔だな……まったく、思い出させるんなら楽しいこと思い出させろよ)

 写真の男の顔を夢の男と一致させて、和樹はため息をついて夢に文句を言った。和樹が文句を言うのも無理も無い、ここ十日間で見たのはこういう夢ばっかりなのだから。 
 和麻に会う前日からどんどん過去に戻っているので延々とこういう夢だ。 そして、そのことが示す意味を考えた和樹はどんよりとした。

 (つまり、アルマゲストに捕まる前までは毎日これだと……覚えてないことを思い出すんならいいが、どうして覚えている事まで流すんだ)

 実は和樹は、あの時自分の目前に居た老婆や少年のことを覚えている。というか、何人かは、アルマゲスト戦争のとき、魔獣に取り込まれたり妖魔を憑依されたりしたので、和樹が戦って殺してさえいる。
 だから、和樹が覚えていないものを厳密に言うと、両親に関わる大半のこととアルマゲストに捕まる前、夕菜の事を除くこちらの世界での生活だった。
 端的にいうと、優しい記憶だけ全部忘れて、辛いことしか覚えてなかったのだ――本人は「昔のことだ、大切なのはこれからどう面白おかしく生きるかだけ」とまったく気にしていないが……

 (そうか、親父を殺したのヴェルンハルトだったのか……そういや、ヴェルンハルトって生きてるのか?ここに来る前はまだ捕まってないって話だけど)

 世界最悪のテロリスト集団の残党として、死んだほうがマシな逃亡者生活―実際はさらに酷いのだが和樹は知らないし興味ない―を行っている父の仇(本日判明)を少し思い浮かべた和樹は

 「(見つけたら殺せばいいか)あー、のど渇いた」

 エリスを起こさないようにベッドから出て、汗をかいたから渇いたのどを潤すため冷蔵庫に向かった。 ヴェルンハルト・ローデスとは、和樹にとっていつでも殺せる程度の存在だった――まあ、拠点も部下も全部なくして逃げ惑って疲弊しきっているのだから無理は無いが……

 加えて、和麻にしても和樹にしてもアルマゲストに対する復讐は、アーウィン・レスザールを殺し、その構成員のほとんどを殺し拠点の全てを破壊した上に、生き延びたものを国際最高位の指名手配にした時点で終わっていることもある――というより、これだけやってまだやろうとするほうが恐い。


 冷えた麦茶をコップに入れて飲み乾すと、和樹はドアの向うに見知った気配をした少女が座り込んでいるのを悟り、時計を見て五時過ぎだということを確認すると

 「で、凛ちゃん。こんな時間に何の用?」

 当然、気配を消した上に前振りなしで扉を開けて、胴着を着て正座している少女の驚きの表情を堪能した。 

 「あのさあ凛ちゃん。どうやら寝不足のようだけど……何時からここ――」

 地面の熱から見て三十分以上前からここに正座して、自分が気付かなければ登校時間までこのままでいたと思われる少女に『何考えてんだ』という口調で尋ねた和樹の言葉を 
 「式森」と言って途中で遮りながら凛は深々と土下座した

 「頼む。私に剣を教えてくれ」

 その誠意溢れる科白と動作に対して

 「却下。お休み」

 即答すると和樹は踵を返しながらドアを閉めようとし
 ガシッ 
 土下座したままの凛にドアを掴まれた。
 無理矢理閉められないので仕方なしにもう一度踵を返して凛のほうを和樹が向き直ると

「何故だ」

 顔をあげた凛の真摯な眼差しと声と対面した。 
 基本的に相互主義者の和樹。真面目には真面目に礼儀には礼儀を返す。だから、凛に対して真剣な表情で真摯な言葉を出した。

「疲れるし、面倒臭いから」

 と実に(和樹にしてみれば)真摯な言葉に対して、凛は一瞬泣きそうに顔を歪ませそれに耐えるように顔を俯かせると――

「そう…か。すまなかった。こんな朝早くから」

 そう言って一礼すると、肩を落として帰ろうとしたため、いつも通り噛み付いてくると思っていた和樹は凛の肩を掴んで

「ちょっと待った。凛ちゃん、からかっただけなんだ。悪かった……だから、泣かないでくれ――とりあえず部屋に入ろう」

 最近いろいろありすぎた―主に和樹がおもちゃにした―ため精神のもろい部分が露出し、そこに和樹の冷たい言葉が直撃したのでマジ泣きする直前の凛を落ち着かせた。
 式森和樹、基本的にベッドの上以外で女の子に泣かれるのが苦手。


「で、どうしたの」

 凛を部屋に上げた和樹は、同年代の男の部屋の物珍しさというより、あの和樹の部屋だというので罠の一つや二つあるのではないかという小動物に似た危機感のため、部屋の中をきょろきょろと見ていた凛にお茶を出した。
 因みに凛が心配していた罠はある。それも一つや二つではなく、侵入者捕獲用・侵入者トラウマ用・調教用などに分けられたものが百個以上!加えて本棚の裏の圧縮空間には武器弾薬が山ほどあったりする。が、とりあえず今は関係ない。

 話をしようとした凛だが、和樹に「茶を飲んでから」と言われたので口をつけたお茶を飲むと、すうっと疲れが消えていくのを自覚して驚きの声を出した。

 「落ち着いた?「あ、ああ、ありがとう」それじゃあ、どうぞ」

 和樹の心遣いに感謝すると凛は語り始めた。


 「……つまり、今の自分じゃ駿司さんに勝てないから、駿司さんより強いらしい俺に鍛えて欲しいと」

 念を押すような和樹の言葉に凛はコクリと頷いた。その今から斬り合いでもしかねない凛の気迫を見ながら和樹はため息をついた。予想通り過ぎて笑ってしまいたくなる。が、そういうわけにも行かないので一つたずねることにした。

 「凛ちゃんの目的はなんだい?」

 「目的?」

 「つまり、駿司さんに勝つのが目的なのか、九州の本家に帰りたくないのかってことだよ」

 「……それは、そんなに重要なことなのか」

 凛にしてみれば大差のないことのように思えたが、和樹が「重要」と言って頷いたので半信半疑だったが答えることにした。

 「……私はあそこには帰りたくない。だから駿司に勝つ必要がある」

 そう気合が入った口調で言うと、和樹はため息をついた

 「……やっぱり却下だな。それだったら俺が教える必要はないっていうより意味がない」

 「何でだ!」と叫びかける凛を手で押しとどめながら和樹は口を開いた

 「理由は二つあるんだ……凛ちゃんみたいに長い間真剣にある一つの戦闘理論や技術を収めていた人間に、俺が使っているようなまったく違う戦闘理論や技術を学んだりしたら逆に弱くなるのが第一だし、多分参考にもならない」

 「……そんなに違うのか」

 「ああ、飛行機を車のガソリンを入れて調節せずに飛ばすようなもんだよ。飛ぶことには飛ぶけど、何処か無理がある……だから、協力したとしても俺が出来るのは、今まで凛ちゃんが学んでいたことに対しての復習の手伝いぐらいだ」

 「……それでも、いいから頼めないか」

 ほとんど懇願する口調で自分の目を見てくる凛に対して、和樹は凛にとって意外な一言を口にした。

 「何よりも、今回の場合戦う必要自体がないから教えたって意味ないんだよ」

 「……は?」

 完全に虚をつかれてきょとんとした表情を凛がしたので、一本取ったなどと頭の中では考えながら和樹は話を続けた

 「例えばだけど、今から凛ちゃんが何処か大きめの婦人団体のところに駆け込んで訴えればいいんだ。子供の頃からしたくも無い虐待に近い修行をさせられたうえに、そこから出て高校に入った今強制的に帰らされてまた虐待をされそうになっていると」

 「…………」

 耳に入ってはいるのだろうが、あまりのことに頭が働いてないという様子の凛だった。が、それに構わずに和樹は続ける。

 「その時涙でも見せれば凛ちゃん可愛いから、「女はか弱く、いつも犠牲になっている」なんて戯言信じちゃってる金持ちのおばさんとかが、そこの婦人団体の上のほうに話し通してくれるうえに
 「頑張ってね、おばさん応援するわ」って言って味方になってくれる。そこまで行けば第一段階が終わる。後は、そこの婦人団体が抱えている弁護士とか裁判費用とか出してくれるし、いろいろな手続きなんかもやってくれる。 その間凛ちゃんは、女性雑誌とかに出て「虐待された女の子を応援しよう」って感じで世間の皆様方、つまり世論を味方にしたり、神城家と敵対している家とかに訪ねていって「力を貸してくれ」って土下座でもすれば、向うも神城の弱み握れるし次期頭領が頭下げたってことで溜飲下げて凛ちゃんに協力はしなくても神城家の邪魔はしてくれる
 ……世論を味方にしたうえに婦人団体の後ろ盾があれば七割がた裁判に勝てるし、例え勝てなくても再審の手続きの期間を延ばしたいって弁護士に言えば、婦人団体とかが抱えている弁護士は強いし大体女だから非常に協力的だ、そうしたら二回の再審の間で葵学園を卒業する時間は稼ぐことが出来るし、神城家も敵対している家の相手で大変だから旧家の人脈とかの力使って邪魔しないようになるから凛ちゃんに対して干渉するだけの余裕がなくなる――というような方法がある。絶対にこのとおり行くとは思えないけど、一つの選択肢だね」

 言い忘れたけど、虐待のことは修行内容を加工しないでそのまま言えば、この国の普通の人間は虐待って取るから大丈夫だよ、と締めくくって和樹は魚のように口をパクパクしている凛を見つめた。

「そ、それは……ちょっと、いや、かなり――」

 衝撃のあまり、何とか口を開いているという感じの凛に

 「これじゃ嫌かい。リスク―おそらく一家揃って勘当はされると思われるが、そうすれば神城の家を「時代錯誤」とかいって責める口実が増える―が低い割には結構高い成果が得られるんだけど……なら、どこかのアカ扇動して警察に火炎瓶を――」

 「そうじゃない!卑怯すぎると言いたいんだ!私は」

 さらに卑劣極まりないことを語ろうとする和樹を押しとどめるように絶叫した凛に対して和樹は意外な事を言われたように目を見開いた。

 「何言っているんだい、凛ちゃん。目的のために手段を選ばないのは常識じゃないか。手段を目的化するなんてことはあっちゃいけないんだぞ。今回凛ちゃんの目的は『家に帰らないようにする』であって『駿司さんと戦う』はあくまで手段の一つだ。だから、それ以外の手段をとることに対して躊躇する必要は無いし、罪の意識も感じる必要もない」

 指を立ててたしなめるように和樹にしてみれば当然のことを言う和樹だった。それでも、凛は納得せず(当たり前だが)和樹に対して「しかし……それはあまりにも」と反論したが、微笑みながら和樹は優しく語った。

 「凛ちゃん……君は家に比べて弱いんだ。だから、他人の力を借りようとしているだけのことじゃないか。でも、あくまで正面で戦うのは君だ」

 ここでわざと一泊置いて、相手を話しに引き込というサギの常套手段を使う和樹。

 「それと凛ちゃんより強い駿司さんと戦おうとして、俺に鍛えてくれって言うのとどこが違うんだい。“他人の力を借りる”という点でまったく同じじゃないか」

 またも一泊置いて、純粋で清らかな笑みで凛を見つめる和樹。

 「力は単純な戦闘力だけじゃない、金や権力も含まれる。でも、そういう力が上の相手に対して知恵と工夫で五分に渡りあうことが出来るというのが……人の力なんじゃないのかな」

 見事だった――本人が超絶的な戦闘能力を有しているから説得力が増していることを含めて……その効果は目前で頭を抱えて迷っている凛を見ればよくわかる。
 凛は知らない、和樹の台詞が『誤魔化し、もしくは純粋な子専用』として用意されている言葉だということを――そういう考えもあるのだが本音は別にあるという事を……で、その本音は

 この師弟は人類最強クラスの戦闘能力を持っているくせに、こうやってほとんど戦闘能力を使わずに相手を騙したり、何かの計画が上手くクライマックス直前まで持っていくことができたので最も幸福な時間に浸っている敵をどん底に落として絶望の顔をさせて恨みの言葉を吐かせたり、相手が気付かないうちに落とし穴を掘ってそれに落ちていくときの相手の驚愕と落ちた後の屈辱に耐える表情などが――大好きなのだ!! 
 麻衣香の場合のように、最初強い姿勢でこちらに対していた相手をじわじわと一気に追い詰めるのが、この師弟は本当に好きなのだ!! 
 そのためには、手段など選ばないし、「倫理?常識?何それ」てな感じである。 
 和樹のご両親は草葉の陰でないているに違いないし、後神凪綾乃嬢が「ド腐れ師弟」とおののいたのも当然だろう。 

 でも、和樹は和麻より甘いかもしれない―というより一つの組織抱えて人体実験とか生贄とか味方の犠牲とか以外は、さらに手段を選ばなくなった和麻が凄まじすぎるだろう―苦悩している凛を見ているうちに、少しかわいそうに思ったのだから


 「……凛ちゃんは、駿司さんと戦ってここにいるようにしたいのかい」

 実は最初から気付いていたが、凛は駿司にここに居ることを認めてもらいたいのではないのかと和樹は口にした。 

 「ああ、私はそうしたい……だから、お前のやり方は何時の方法だと思うが、私には無理だ。だから、駿司と戦って駿司と家に認めさせる。それに私は駿司と約束したんだ」

 和樹の一言で迷いを晴らしたというのを除いても、和樹を正面から見つめてはっきりと凛は答えた。
 それを見ながら、自分がこういう健気さなくしたのはいつだったかと少し遠い目をしながら和樹は答えた。

 「わかった」

 「ああ、それじゃあ失礼する。朝早くからすまなかったな」

 「ちょっと待ちなよ、凛ちゃん」

 お茶をありがとうと言って立ち去ろうとする凛を、笑いを含んだ和樹の声が留めた

 「そんなに慌てていかなくても良いだろ。別に俺の提案が受け入られなかったから手伝わないなんて言ってないんだからさ」

 「え!?……それ…では」

 和樹の言葉に目を見開いて呟く凛

 「最初に言ったとおり、俺が手伝えることは凛ちゃんの勘を取り戻す手伝いをするくらいだ。それでいいなら手伝おう」

 「すまん!ありがとう……感謝する」

 よほど嬉しかったのか涙ぐみさえしながら和樹の手を握り締める凛に対し、「報酬は凛ちゃんの体で払ってね♪」とこの期に及んでも凛で遊ぼうとしていた和樹は―― 
 (まあ、いいか)と笑って受け入れた。

 それと同時に、例え駿司がどうにかしたとしても神城家は凛を諦めないだろうから、対処しとておこう、凛のような面白い子を持っていかれてたまるかと考えてもいた。 
 旧家という怨念じみたものでその家の人間を縛ろうとするモノを和樹は今までの経験からある程度知っていたので、駿司と戦って認めさせれば縁が切れると思っている凛の考えの甘さがよくわかっていた。
 だからこそああいう提案をしたのだが、そのことを和樹は語ろうと思わなかった。落ち着いたら話すつもりとはいえ、ただでさえ追い詰められている今の凛には話さないほうがいいからだ。一度協力するといったからには、そういうことに関しても協力するつもりだった。 
 こういうお人よしな所が凄惨な生を送っても充分残っているのは、和樹の生来のものとなんだかんだ言って優しい人間である和麻のおかげだろう。


 その後、和樹はエリスが起きてきたので凛を食事に誘い三人で食事を楽しんだ――「手伝う」と凛が言ったが、直感から凛は家事無能のようだと思っている和樹は「家の食器とかの場所は家の人間が良くわかってる」とか言って丁寧に断った。
 そして、その食事の席で和樹の戦い方に興味があるので見せてくれと今から始めようとする凛に対し、和樹は凛が寝不足なのを指摘し今日の放課後まで少しでも体を休めて置くようにと言いつけ納得させた。
 その後、和樹は「よるとこがあるから」と凛に先にいくように言い、凛が部屋を出た後本棚の裏からいくつか取り出して部屋から出て行った。

 昼休み、和樹が戦闘訓練の相手をするということに夕菜は嬉しそうだったが、凛が和樹の部屋に一人で行ったことに対して和樹に文句を言おうとして、和樹に誤魔化され放課後付き合うことを承知した。


 放課後、葵学園から少し離れた河原沿いの空き地で和樹と凛は対峙していた。傍で見ている夕菜が結界を張っているので誰かに見られる心配もない。 そこでは気合の入った凛が愛刀を抜いて白刃を陽光に照らしながら

 「式森……お前ふざけているのか」

 何かに耐える口調で、そこら辺に落ちていた枝のようにしなっている細い棒を構えている和樹を睨んだ。

 「ガタガタ言わずにかかってきなよ、凛ちゃん。俺の戦い方を見たいんだろ。文句ばっか言ってると付き合うの止めるぞ」

 和樹にしてみれば冗談だったのだが、散々和樹に遊ばれた経験を持つ凛はそう受け取らなかった

 「わかった!言わないし、すぐに向かっていくから見捨てないでくれ……お願いだ、もう二度と疑わないから!!」


 その必死の形相と勢いに
 (俺は浮気して、それがばれたのに女を誤魔化したうえに、女に捨てるぞとかいって女を脅してる遊び人か?)
 とため息をつきたくなったが

 「和樹さん、私をここに連れてきたのは見せ付けるためですか……」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴと大気を鳴動すらさせながらこちらを睨みつける夕菜を見て

 「夕菜、凛ちゃんはあくまで戦闘訓練のことを言ったんだ。何でそれがそういうことになるんだ」

 「でも――」

 「凛ちゃんは少し寝不足で疲れてるんだ。だから、誤解されやすいってわからずに言ったんだ。そうだろ凛ちゃん」

 「え、あ、ああ」

 いきなり振られて反射的に頷きました。てな感じの凛の反応なので夕菜はまだ疑わしげな顔をしていたが

 「ほら凛ちゃんもこういっているんだし――時間も押してるからさ、このままこのことにこだわってたら、今日晩御飯一緒に食べようと思ってたんだけど、無理になるかもしれないよ」

 「そうですよね!凛さんは疲れてたんですよね。ええ、そうですとも!!」

 「わかってもらえて嬉しいよ、夕菜」

 先程の言葉の後半からは夕菜にしか聞こえないようにしていた和樹はにこやかに微笑んだ。


 「いくぞ……本当にいいんだな」

 夕菜が突然納得したことに対して疑問を残してはいるものの、凛は和樹に対して戦闘開始を宣言した。が、やっぱり真剣の相手があんな細く脆そうな棒ということとそれを構える和樹に対しての疑いは拭えないようで、怒気がこもっている。

 「いつでもどうぞ〜」

 そのふざけてさえいる言葉と同時に凛は体を低くして距離を詰めながら刀を横一文字に一閃させ
 ガキィ
 和樹の右手が持っている棒にとめられた

 「なにっ」

 どう考えても木の棒の感触と強度ではないことに対して、一瞬棒立ちになってしまった凛を、和樹は相手を転ばせることに重点を置いた閃光のような足払いで転ばせた

 (くそっ)

 和樹のほうに足を向ける形で仰向けに倒れ、直ちに起き上がろうとした凛は

 「死にたくなかったら転がりな」

 目の前にいる和樹の袖口から、どう考えても袖口の倍以上の太さを持つ拳銃が取り出され、和樹の左手に握られたのを見て――問答無用で地面を転がった。

 ごろごろと転がる凛の目前の地面が狙い済ましたように弾かれるので、立ち上がることも出来ないどころか、どこに向かっているかも確かめられずに無我夢中で転がり続ける凛は
 ――五回目の転がり始めのとき、最初から立っていた場所に佇み凛が来るように誘導していた和樹に刀を手の届かない場所に蹴り飛ばされ軽く鳩尾を踏まれた。

 「勝負あり――だね。これが俺の戦い方だよ」

 「な、なななななな――」

 「えーと」

 パニック状態の凛に対して和樹は適当に推測して答え始めた

 「何をやったかって聞きたいのなら、ある角度だけしなる枝を用意することで凛ちゃんをすぐに折れそうな脆い枝って思い込ませると同時に油断させて、その枝で受け止めることで凛ちゃんの虚を突いた後、隠し持っていた銃で撃って凛ちゃんをここまで誘導しただけだよ。まあ、初歩的なトリックだね。本来なら撃つ前に銃をわざわざ見せたりしないんだけどそこらへんはサービス♪」

 先程は、しなった枝をもう一度振ってしならないことを見せたが

 「なななななな――」

 「違うのかい?それじゃあ、なんでこの枝できているのかってことか。この枝は特殊セラミックで出来ているんだ、入手方法は企業秘密♪」

 「なななな――」

 「これも違うのか?……ああ、なんで拳銃なんて持っているんだって聞きたいんだな。行くところ行けば結構簡単に手に入るんだよ」

 「なな――」

 「これも違うとしたら……なんでこんな馬鹿でかい銃が袖の中に入っていたんだぐらいしかないんだが……あ、これか聞きたかったのは?――もちろん秘密だよ」

 唐突にしゃっくりが止まったようにふらふらと虚空を見つめている凛が、まだ反応が無いため和樹は、これまた呆然としている夕菜のほうを見た。

 「あの……和樹さん「ん、何」何時の間にこんなの仕掛けたんですか?その棒さっきここで私が拾ったものですよね」

 ここに着いたとき、自分の足元に落ちていた枝を和樹が取ってといったので、その棒に触ってさえいる夕菜はたずねた。

 「登校途中に置いたんだよ。この場所を決めたのは俺だったろ。それに、一本だけじゃなく……これと、これと、後これもそうだよ」

 長さや太さや色は違うが、どう見ても脆そうな木の枝を和樹は拾いながらそう言った。

 「……これが、お前の戦い方か?」

 あらかじめ罠を用意しておき、その罠自体を気付かれにくいものにした上にその罠を夕菜に拾わせることで無意識の疑いを逸らして、自分を和樹の術中にはめたということに気付いた凛は、呆然として和樹にたずねた。

 「そ、こうやって準備万端整えて策を練って、勝ち目を一パーセントでも増やしてから戦うのが俺の戦い方だよ――というより、それ以外の戦い方をした経験が片手で数えられるしかないんだよね。奇をてらい過ぎているから、朝も言ったけど今回の凛ちゃんの参考にはならない」

 凛が駿司と一対一で戦うのなら薦めるのだが、夕菜とタッグを組むので複雑な罠を用意しても一週間という短期間では使いこなせないだろうから、その分の時間を夕菜と凛のタッグの強化に充てたほうがよほどいい。
 内心そんな事を考えている和樹は、あまりにも自分の戦い方と違うことにショックを受けたらしい凛に対するフォローを言った。 


 「それじゃあ、凛ちゃんが前衛で夕菜が後衛ってことでやろうか」

 凛が立ち上がり、夕菜が用意したお絞りで顔を拭き終わるとすぐに、和樹は刃渡り七十センチほどのブロードソードを手に持ちながら言った。

 「「え?」」

 突然の台詞とどこから出したという疑問のために唖然とした二人に対して

 「駿司さんと同じとはいかないけど、君らが戦うときどう考えても凛ちゃんが前衛で斬りかかって夕菜が魔法で後衛から援護するしかないだろ……大丈夫、出来る限り正攻法で行くから」

 罠を使わずに戦うというが、得物が問題だった

 「ちょっと待ってください真剣ですよ!それ」

 当然のように夕菜が反論するが、和樹は変なこと言うなあという顔をして

 「何言っているんだい。訓練に真剣使うのなんて当たり前じゃないか」

 「……当たり前…なん、ですか」

 そう言って夕菜は、凛のほうを見た

 「確かに、真剣を使うときもありますが……それは、両者がある程度の腕と鍛錬を積んでいる場合だけですから、夕菜さんみたいな初心者相手には普通は使いませんし、私も普段は鉄芯を入れて真剣と同じような重さの木刀を使っていました。その木刀にしたところで最初は鉄芯を入れてない普通のもので――」

 まともな訓練の道具を言う凛に対して和樹は目を見開いた

 「マジ!?最初から真剣で斬りあって、半殺しにされたりして命の大事さを学んだり危機感を養ったり殺気に対して敏感にしたりしないのか?」

 「……お、お前はそういう訓練をしていたのか……いつからだ?……というよりよく生きていたな……」

 「七歳からやっていたよ……まあ、何回か死んだけど」

 「な、七歳……」
 「死んだってどういうことですか!?」

 「先生が……「脳の異常とか即死しなければ何とかする」と言って、心停止や呼吸停止くらいなら蘇生してくれるんだよ……三桁は“死んだ”ね」

 目を丸くする夕菜と凛に「ああ、安心してそんなヤバイ訓練しないから」とフォローになってない言葉を言った。

 「「無茶苦茶だな(ですね)……」」

 「そのくらいしなきゃ、ここまでなるもんか。その前までの俺は良くて人並み以下だったんだから」

 凛が神城家で受けた鍛錬は、人間の出来る最上級のモノだったろうと和樹は見ている。ただでさえ素質が上の凛を衰弱しきった肉体をしていた和樹が上回るのだからまともな手段のわけがない。
 その考えに至ると、知らず知らずのうちに和麻から受けた訓練を基準にしていた和樹は苦笑した。が、すぐに話を戻した。

 「――さて、それじゃあはじめようか」

 ブロードソードにカバーを着けながら言う和樹に対して夕菜が不思議そうにたずねた。

 「今からですか?」

 「ああ、一週間のうちにある程度の作戦を立ててその作戦にそれるだけのコンビネーションを身に付けないとどうしようもないからね。だから、夕菜と凛ちゃんの息を少しでも早く合わせないと――」

 「「合わせないと?」」

 「確実に負けて、凛ちゃんさよならってことに――」

 「夕菜さん行きましょう。式森に一撃叩き込むんです!」

 「か、和樹さんにですか……でも、それは」

 「何か商品があったほうが気合はいるだろ。俺から一本取れたら、俺が一つ言うこと聞いてあげるよ」

 「本当ですか!?デートとかしてくれるんですか!」

 「新聞部に私の写真を提出しようかな〜なんて言って私をからかわないんだな!」

 結構安っぽい夕菜と凛の願いに和樹は微笑みながら

 「ああ……でも、三日間かかっても俺から一本取れなかったら――俺の言うこと聞いてもらうからな」

 その言葉に夕菜とそして凛も奮起した。火球を生み出す夕菜と剣鎧護法を刀に宿らせる凛に対して、和樹は腰を落として左足を前に出し剣を右肩からぶら下げるような構えをした。


 一時間後――当たり前と言ってはなんだが

 「きゅう……」 「くっ……」

 精根尽き果てた夕菜と凛は、息も切らさずに平然と立っている和樹の前でへたり込んでいた。

 三十七戦まったく同じ結果という偉業が達成された瞬間だった。その偉業を敗者として達成した二人に対して、勝者はため息をついた。

 正直に言って、初めてということを考えなくても凛と夕菜は息が合っている。が――

 「正直者と言うか、素直と言うか、我慢が足りないって言うか、すぐに食いつく魚と言うか……どうしてチャンスのときになったらバラバラに仕掛けるんだ?お前らは」

 そう、和樹がわざと体勢を崩したりしたとき、この二人は先を争うようにして攻撃するのだ。しかもその時、相手を邪魔しようとしていると言うべきか相手を出し抜こうとしていると言うべきか、まったくバラバラで攻撃してくるので、和樹からしてみれば隙だらけなんてものではなく隙しかないようなものだ。

 (いや、まあそれ狙って餌ぶら下げたんだけど……ここまであっさり引っかかってくれると、嬉しいというより恐いぞ)

 天を仰ぎたくなったがそれでも和樹は「きついこというけどいいかな」と言い、目前で荒い息を吐くだけで立ち上がることも出来ない二人が頷くと戦いで気付いたことを語り始めた。

 「まず、凛ちゃん。正直いって君は剣の扱いにかけては俺より巧い」

 「巧い、だと……」

 呼吸を整える努力をしているのだが、体がいまだに答えていないことを除いてもわかるぐらいに、凛は顔を歪ませた。

 「私は、お前に手も足も出ないどころか。ろくに打ち合わせることさえ出来なかったんだぞ」

 数合も打ち合わせれば上出来だったことを思い出しながら言う凛に対し

 「そうだな、でもそれはこれが実戦のつもりだからで、剣道みたいに禁じ手ありになったら手も足も出なかったのは俺のほうだと思うよ。さっきみたいに耳元で爆竹鳴らすなんて反則以外の何物でもないからね」

 「うっ」

 和樹の言葉が、実戦では反則なんかないといっていることを理解した凛は呻いた。

 「駿司さんが凛ちゃんの剣が衰えたっていっただろ。それってこういう意味だと思うよ。凛ちゃんは、実戦の剣から離れすぎているんだ。今でも十分実戦剣術ではあるけど、ここ最近は剣道の試合だけだったようだし、実戦に即した鍛錬をあまりしてこなかっただろ。だから、ここでつけが出てきたんだ。実戦の勘なんて急速に薄れていくんだから」

 「お前は、やっているのか」

 「俺?……ああ、一日三十分は体動かしているよ」

 「そうか……意外と真面目なんだな」

 皮肉抜きで感心した響きを持つ凛の言葉に和樹は苦笑した。

 (違うな。俺が鍛えているのは恐いからだ……鍛えないと――またあの狂気の世界に戻っていくんじゃないかと思って恐いから……必死で鍛えているだけだ)

 内心でそう呟いたが、外では「……まあ、やること無いしね」と言って和樹は普段通りに笑った。

 「話を戻すけど、実戦の勘は凛ちゃんみたいに技量が完成している人間なら三日もあれば取り戻せる……問題は、夕菜とのコンビネーションだ」

 びくりと体を震わせる二人だった。二人ともどこがまずかったのか分かってはいるのだろう。が――

 「初日としては十分合格点。最初から採った、凛ちゃんが相手に跳ばされるか自分から跳んだときに夕菜が魔法で援護して、その間凛ちゃんが体勢を整えてまた斬りかかる、近接戦闘やっているときは凛ちゃんを撃ってしまうかもしれないから援護しないという戦い方でいいよ。一週間鍛えれば駿司さんに勝つまで行かなくとも渡り合えることはできると思う……途中まではな」

 こちらから視線を逸らす二人に対して和樹はため息をついた

 「どうして、チャンスのときになったら夕菜は凛ちゃんごと攻撃したり凛ちゃんは夕菜を盾にしたりするんだ……君らお互いに恨みでもあるのか」

 そうして片方が戦闘不能になったとき、無事なもう片方を和樹が攻撃して終わり、というパターンが出来上がってさえいるのだ。
 それなのに、自分が和樹から一本取ろうとする誘惑を弾けずその足の引っ張り合いを続ける二人―「「そんなことない(ありません)」」と口々に和樹の言葉を否定している―を見ながら和樹はこめかみを押さえると、期限ギリギリの三日目ぎりぎりまで取っておいて二人の要求に比べて遥かにえげつない要求を出してその時の二人の反応で遊ぼうと思っていた一言を出した。

 「言っておくが、君らのチームが俺から一本取ればO.Kなんだぞ。そうすれば、君らがそれぞれ一本取ったのと同じと見るんだからな」

 「「え、ええーー!!」」

 疲れのことを忘れて飛び起きる二人――キョンシーでさえここまで速く飛び起きないだろう

 「だ、騙したんですね!」

 「(その通り)いや、君らが当然聞いてくると思っていたから言わなかっただけだけど」

 「言わなかったら同じことだろう!」

 「元気もあるようだし三十八回目いってみるかい」

 その一言でさすがの夕菜と凛も後ずさった。正直に言って体は疲れきっている。こうやって立っているだけでも億劫だ。でも、勝ちたい。このまま負けるのは嫌だ。 
 そう考える二人の脳裏に先程和樹がやった罠のことが浮かんだ。ゆっくりと隣の少女を見つめて相手が同じ考えだということを確認して同時に頷く美少女二人。 
 その光景を傍から見ていると

 「これから、ホテルにでも行くのかい」

 「「違う(います)!!」」

 顔を赤く染めて二人は和樹をにらみつけた。真っ赤になって鬼気迫る二人に「俺も一緒に行こうか」などと言おうとしていた和樹に対して

 「和樹さん、明日の朝勝負です!ええ!思い知らせてあげますから覚悟しておいてください!」

 「何時ごろがいい?」

 「場所はここで朝五時だ!首を洗って待っていろ!」

 「りょうか〜い……ところでこれからエリス呼んで飯食いに行くんだけどどうする」

 「「行く(きます)!」」

 夜も遅いのでエリスに念話して食事に行くことにした和樹の問いに二人は即答した。


 大量に運動したのでお腹が減っているのと戦闘訓練の直後だという理由で、食事に殺意をたたきつけているかのように食べる二人を見ながらエリスは

 「ますたーお姉ちゃんたちどうしたの?」

 首をかしげてたずねた。

 「ちょっと……手段が目的化しているだけだよ」

 完全に駿司のことを忘れて、和樹から一本取ることに集中した二人を見ながら笑うと

 「ま、悩みを忘れて何かに集中できるというのは一つの強さだな」

 そう言ってますますエリスの首を傾げさせた。

 結局二人は三人前近く食べ、「太るぞ」と和樹に突っ込まれた。 因みに勘定は和樹もちだったが、その分明日の朝の凛と夕菜の行動と三日後の命令を楽しみにしている和樹にとって、それはある意味“前払い”だった。
 ――よほどの間違いをしなければ和樹は一本とられないのだから……


 前半の話は賢人会議編への一つの布石です。和樹にとって『身近な人間を理不尽に奪い、人体実験をしようとする奴は問答無用で死刑』という。

 因みに和樹は魔術をあまり使いません、ばれたら世界各国に目を付けられるからです。
 従って人目があるところでは全力は、わずかな時間だけ使うというようにして周囲から力を隠しています。

 次回で駿司編終わらせればいいなあ


 ではレスを

>D,様
 人狼は、幻想種なのですが、駿司はまぶらほ世界生まれ、まぶらほ世界育ちの上に、群れからはぐれているようなので和樹は命令できません。
 駿司編の次では、お手とかやります。

>紫苑様
 今回は玖里子さん出ませんでしたが、駿司編の次では中心人物です。
 姉妹そろって同じ男にもてあそばれる予定です。

>柳野雫様
 非道というより鬼畜野郎になってきている気がしてます。
 夕菜をキシャーにしても、和樹になだめられるんですよね
 ありていに言えば調教されかけているって感じですね。

>雷樹様
 義母というより、姑にいびられる嫁って感じですね
 ディステルは次の次で出てきます。リーラは、その後になりますね。千早は、聖痕編が一段落した後になりそうです。

>マネシー様
 今回も有難うございます。紅尉は次回ちょこっと出す予定です。
 いじられすぎて今追い詰められているので和樹も少し手加減してます。
 凛と夕菜のタッグは基本的にうまくいきます。まだ和樹の奪い合いをする前なので

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