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「蒼い師と緑の弟子 第11話―もしくはまぶらほ編7話―(まぶらほ+風の聖痕)」

キキ (2005-01-08 10:41)
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 「おにいちゃんから、おてがみだ〜♪」

 香港の治安の良い住宅地のある家のリビングで、四歳ほどの天使のように可愛らしい外見をした少女が、仕事から帰ってきた二十過ぎの彼女の父親である男に手紙を渡されて、その差出人を見た途端歓声をあげて飛び跳ねた。 
 少女の誕生日のプレゼントと正月の年賀状―近況報告の書かれた手紙―以外、連絡をくれなかった義兄から連絡が来たからだ。 
 まだ字が書けないので手紙を出せず、電話等通じない上にこちらからの連絡はたまに帰ってくるエリスに対する言付以外の方法が無く『おとうさんもおかあさんもいそがしいの』と分かっているのでわがままも言わず異世界に居る兄に会うのを我慢しているお兄ちゃん子の少女にとっては、嬉しくて仕方が無い出来事だ。 
 それを知っている少女の父親は「わーい♪わーい♪」と歓声をあげながら無意識に風の力を借りて娘が飛び跳ねているのをいつもとは違って止めずに、天井等にぶつかりそうになったとき、ぶつからないように自分が調節しながら暖かく見守っていた。

 「やっと、和樹君から連絡が来てくれたわね」

 男―八神和麻―は、四年前子供ができたから結婚した妻である翠鈴の声を聞き

 「そーだな。まあ、あれだけやれば出すだろう」

 昨日和樹の醜態を笑った次の日に、手紙が執務室に異世界を渡れる幻想種の手で届けられたことを思い出した和麻は、桜が手紙に集中し始めたので飛び跳ねなくなったため、テーブルのそばの椅子に座りながら翠鈴のほうを向いて笑った。

 「そうね。誰かさんに似て、面倒臭がりで薄情者だものね。他のところに行ったら最低限以外は手紙一つ出さなくなるんだから」

 その和麻に対して翠鈴は、夕食の準備をしながら母親のみ出来る笑みを浮かべて和麻に返した。 

 「……翠鈴あの時まわりが反対しているとき。お前は和樹が生まれ故郷に帰って、そこの学校に通うことに反対しなかったじゃねえか!」

 「当たり前じゃない。今まで学校にも通わずにがんばってくれた和樹君にとって良い事だと思ったもの。今だって反対しないわよ。和麻、あなたもしかして、めずらしくいいことしたから、後悔しているんじゃないの」

 ぐうの音も出せない和麻は――手紙を封筒から取り出し「おとうさんよんで♪」と言ってきた桜を抱き上げて膝の上にのせ、そのおかっぱ頭を撫でながら和樹の手紙を読み出した。 
 義理の息子である和樹は何やっているかなと思いながら……

 結婚生活四年同棲生活も含めると五年強、完全に頭が上がらなくなった和麻だった――夜の営み以外は……


 その頃当の和樹は――寝ていた。時差があるためこちらの時刻は朝六時、そろそろ起きる時間だった。 
 そんな和樹は、一年以上前の夢を見ていた。


 「生きて戻って来れた」

 猫形態のエリスを頭に載せてトゥスクル本拠地香港に二週間ぶりに出張から帰ってきた和樹の第一声がこれだった。

 通常トゥスクルでは、二人の戦闘要員・一人の医療及び物資要員・一人の情報要員の四人でチームを組んで主に妖魔退治に当たっている。 
 そのチームのメンバーは特に決まってなく、一人怪我人が出ればその穴を埋めるため他の怪我人が出たチームから抽出したり予備要員を充てたりしている。
 そのため常に十五チームが行動可能状態になっている。 
 そして、そのチームを支援するため所持しているヘリコプターや船舶や装甲車や戦車が、後方支援部のリアルタイムの指示によっていつでも支援が出来るような体制になっている。 
 困難な任務だとそのチームを三チームにしたりすることでこなし、それでも無理な場合和麻と和樹が出て行くため、トゥスクルは請け負った仕事を今まで完璧に行っていた。 

 しかもトゥスクルはこの実績に加えて、いくつかの保険会社と結託しているため仕事で発生した損害等に対する保障が極めて良い上に、その仕事で使ったトゥスクル製の魔術道具を気前よく渡す「そこまで興味がお有りなのなら、よろしければお使いになられますか」サービス(最初に気前の良い所を見せるのは商売の鉄則)を行っている。 
 そして、そのアイテムを気に入った相手と契約するのだ。目前で妖魔や霊障を祓ったアイテムを売るのだから、とてもよく売れる。
 それに『新興の自分たちにとって信用第一』というのが構成員の共通認識なのでアイテムの効力は非常に高く教会や協会等の世界最大級の魔術組織ですらアイテムを買っているほどだ。 
 これなら妖魔退治の以来が減ってもアイテムの販売で食いつなげるし、他の組織のアキレス腱も握れる。
 もちろん販売しているアイテムは、全ての面においてそれ以上の能力を持つアイテムがトゥスクルメンバーに行渡った後に売られる。 
 そのため、最初は引き抜きやスパイがあったりしたが、トゥスクルの自由闊達な空気によってスパイが転向することさえあったのでここ最近はない。

 だから、現在トゥスクルに対する依頼は文字通り山のようにあり、損害保険料を引いても依頼料やアイテム販売代などによって大儲けしている。 

 そんな順風満帆に見えるトゥスクルだったが、その実績とサービスの結果の大量の依頼とアイテムの受注のため現在怪我している暇もないような状態だった。
 依頼がさばける限界量を超えているのだ。
 チームの数を増やせば良いと言うかも知れないが、戦闘要員や医療及び物資要員はともかく、合格ラインに達している情報要員の数が予備要員を埋めるだけの数しかいない。 
 さらに、戦闘要員や医療及び物資要員は、他の要員が代わることが出来るが最重要の情報要員に必要とされているスキルは、他の要因では埋めることが出来ない。 第一現在トゥスクル所属の人間は約六百人―七割は一般人―居るが、後方支援と情報収集と分析に至上の価値を置いている彼らの前線要員は、その一割半の九十人ほどでしかない。 
 通常の魔術組織が六割がた前線要員――というより魔術師というのは後方という概念が非常に薄いので、三割後方に回せばいいほうなのでこの数字は異常と言っても良い。 
 だが、和麻や和樹などの少数の例外を除いた平均の戦闘能力が風牙衆を下回るトゥスクルの強さの秘密は、濃密で強固な後方支援と、精密な情報が前線に速やかにいくことと、それらを踏まえた上での作戦にあるため、彼らからは前線にまわせないし、こっちも人手不足だ。 
 アイテムについては、トゥスクルは手作業が主だったアイテムの生産を、幻想種の助けを借りて半機械化にすることに成功したので大量に作れるが、それでも需要が供給を大幅に上回っているため生産・流通部も忙しい。

 だから、現在トゥスクルのメンバーは全員が休暇を返上しているため、休むときは重度の怪我や病気のときぐらいだ――それでも仕事をしようとするので、和麻が無理矢理休ませている。
 ただ彼らにとって救いは和麻が最初に依頼を受ける地域をアデン周辺・アメリカ西部・香港周辺地域に限ったことだろう。 
 だから、仕事の依頼量は限界を超えてはいるが“遥かに”超えてはいない。 今まで退魔組織がなかったり頼りなかったりした地域が一段楽するので、現在のような状況はあと数週間で終わると見られている。 
 それは、半年近くこんな状況だった彼らの頬を緩ませる出来事だった。 
 特に戦闘・医療・情報の全てのスキルを持っているため、一人で世界各地を飛んでいた和樹にとっては、宿敵である両王に祈りたい位に嬉しいことだ。 
 何せ、和樹に限ってアフリカや南アメリカやオーストラリアなどの地域まで断れない相手からの依頼をこなしていたからだ。
 和麻はどうしているかというと、首領職務と近辺地域で起きたチームではどうしようもないことに対応しているため、和樹より忙しい。

 (モンゴルで暴れていた魔獣を説得した後、シベリアに行って悪魔召喚をしようとした邪教の儀式を吹っ飛ばして、そいつらから聞きだしたブラジルにあったその邪教の本拠地に攻めいって、そいつらが最後に喚んだ中位悪魔を追いかけて追いついたオーストラリアで魔界に追い返して、北極の巨大妖魔と戦ったんだよな今回は)

 三回ほど死に掛けたが思い出してみればいつもより楽だった今回の仕事の報告書を書くために、一度家に戻ろうとして和樹は久しぶりの我が家に歩き始めた。


 住宅地のある家の前に立った和樹は、ドアの鍵を開けて扉を開けながら

 「ただいまー」

 と昼間なので大きな声で家にいる義妹と朧に向かって声を掛けると、玄関の先にあるドアの向うで、小さな子が飛び跳ねる音が聞こえると

 「わーい♪おにいちゃん、エリス、おかえりー♪」

 満面の笑みを浮かべた栗色の髪と僅かに緑かかった黒の瞳をした少女が、和樹に飛びついてきた。
 腹に抱きつく少女の頭を撫でながら和樹は優しい笑みを浮かべ、エリスは和樹の頭から少女の肩に飛び移り少女の頬に自分の頬をつけた。

 「ただいま、桜ちゃん。元気だった?」

 「ただいまー桜ちゃん♪」

 「えへへへ。うん、げんきだったよ。おにいちゃんもエリスもおけがとかしてない」

 満面の笑みを浮かべて答えると、こちらを心配そうに見て気遣う言葉を言う桜を見ながら、(煉を知らない)和樹は

 (翠鈴さんはともかく、先生の血を引いている娘がこんなにいい子だなんて――遺伝子って人格に直結しないんだな〜)

 和麻が聞いたら、殺されそうな考えを浮かべていた。
 そんな事を和樹が思い浮かべているとは知らない桜は「えへへへ。おにいちゃん」と言いながら和樹のお腹に顔を擦り付けていた。
 その桜の頭を撫でながら和樹は、桜が留守番している時に普段はいるはずの朧の姿が見えないので尋ねることにした

 「桜ちゃん。朧は――」

 「んっとね。おーぼは、ね」

 「ここにいるぞ」

 その声の聞こえる方向に目を向けた和樹は、天井からぶら下がっているひよこの親玉のような形状を取った朧を見つけた。 
 最近、桜の護衛兼遊び相手をしている朧は、そのときの和麻の気分で姿を変えている。出張前は、子犬だった。

 「おーぼ、見つけた♪」

 どうやらかくれんぼをしていたらしく、朧を見つけた桜は嬉しそうな声を出した。
 桜の言葉を聞き「しまったー、見つかってしまった!」と半分本気で隠れていた朧は叫んだ。
 和樹はその朧を経由して、書類と格闘しながら生産部からの報告を聞いていた和麻に重要事項だけを連絡した結果、書類は後で良いから手に入れた物を持って行く、ということになった。

 「桜ちゃんこれからトゥスクルに行ってくるよ。お留守番頼むね」

 エリスとにゃんにゃん語で会話していた桜はその言葉を聞いて

 「はーい、いってらっしゃーい」

 満面の笑みを浮かべて頷いた。 
 桜の頷きとエリスが肩に乗るのを確認した和樹は手を振って出て行こうとして――右足になにやら暖かい感触を覚えて振り返ると

 「桜ちゃんどうしたの」

 心底嬉しそうな笑顔を浮かべて右足にしがみついている桜に話しかけた。

 「おにいちゃん。さくらとあそぼ〜」

 「え?」

 「みんなでかくれんぼしてあそぼ〜。それでね、おにいちゃんのごはんみんなでたべるの〜♪」

 「あ〜、桜ちゃん」

 さっきいってらっしゃーいって言ったのに、しがみついたまま放さない桜に困ってしまい動きを止めた。
 生まれたときから遊んだり世話をしたりした上に。
 和樹より多忙なため帰りが遅い和麻とその秘書をしている翠鈴と比べて比較的帰るのが早いので、夕食を作ったり遊んだり一緒に風呂に入ったりしている和樹に、なついている桜を振り切るなんてことは――和樹には無理だった。
 というより目を期待に輝かせて小動物のようにくっつく天使のように愛らしい少女を振り切れるのは――幼児殺害を平気でする奴かこのくらいの少女を性的対象とする変態ぐらいだろう。

 しかも、和樹の肩にのっているエリスまでも「ますたー、桜ちゃんといっしょに遊ぼうよー」とせがんでくる。
 ――和樹に選択肢など無かった……

 「……じゃあ、桜ちゃん。一緒に先生と翠鈴さんのところに行こうか」

 その言葉を聞いた桜は小首を傾げて確認するかのように言った。

 「おにいちゃんといっしょにおとうさんとおかあさんのところにおでかけするの?」

 「そうだよ」

 頷く和樹の前と肩で歓喜が爆発した。

 「わーい♪わーい♪おにいちゃんとえりすとおーぼといっしょにおでかけ、おでかけ〜♪おとうさんとおかあさんのところに〜♪」

 「さくらちゃんといっしょにおでかけひさしぶり〜♪うれしいな〜♪」

 その少女たちの歓声を微笑ましい気持で聞きながら、和樹は朧と念話で会話し、普段は留守番を引き受ける桜が珍しく今回わがままを言った背景を聞いていた。

 《そりゃあ、お前がいないからだ……《はあ!?》……和麻と翠鈴はここ最近一応帰ってはくるんだが、桜が寝てからとか、頑張って起きていた桜がうとうとするころに帰ってきていたんだ。
 だから、朝早く起きて少しでも和麻たちと一緒に居ようとしたんだが、最近本当に忙しくてな。二人とも頑張ったんだが、結果は二人が少しでも家に帰って桜に会えたのが奇跡と言ったほうが良いくらいなんだ。 
 だから昼も夜も桜は一人で翠鈴か和麻が作っておいた食事をしていた。最近は、私も和麻と一緒に戦っていたからここの守りはしていたが、精神は居なかった。第一、私はお前や和麻や翠鈴ほどになつかれていない。
 だから、お前が久しぶりに帰ってきてまた出て行こうとして怖くなったんだろう。みんな何処かに行っちゃうんじゃないかって》

 「よし抱っこだ。桜ちゃん」

 右足にしがみついている桜を和樹は抱き上げた。
 抱き上げられた桜は見ているこっちが幸せになりそうな笑顔で

 「きゃはははは♪たかいたかーい♪おにいちゃん……「ん」……ありがとう。だいすき〜♪」

 自分にしがみついてくる、そんな暖かくて優しい昔の夢。


 そこで和樹は目が覚めた。あの夢が悪い夢のはずはない。和樹が起きた理由は、罪悪感からだった。

 「俺ってもしかして極悪人なんじゃ」

 昨晩焼肉屋から帰りエリスから「翠鈴さんが、ますたーが女の人連れていたら渡してねって」と言われて渡された記憶石の映像を見てから和樹はそう考え罪悪感に苛まれていた。

 なぜなら、記憶石に入っていた映像は一週間前にエリスが向うの世界に戻った時、エリスが近くに来ていた両親に会いに行った後の

 「おにいちゃんから、おてがみないの?」

 先程エリスにこうたずねて、「ごめんね。ないの」とすまなそうに言われた後ずっと悲しそうな顔をした桜の頭を、エリスを送りソファの隣に座った和麻が無言で撫で始めると

 「おにいちゃん、いそがしいんだよね、だから、がまんしなかくちゃいけないよね……でも、でもぅ」

 父に撫でられて笑顔になったが、話している途中から目からぽろぽろ涙を流し始め、父のおなかに抱きつき

 「でもっ……さみしいよぅ……おにいちゃ…んとあそ…びたい……おしゃ…べりしたい……あいたいよぅ〜〜」

 その後は言葉にならず、ずっと桜は泣き続け。泣きつかれて和麻の膝の上で眠り込んだ。

 「……おにいちゃん」と父の膝に涙でぬらした頬を置いて寝言で呟き続けた。その頬を和麻の反対側に居た翠鈴が決然とした意志を宿した顔で優しく撫でながら

 「いつも、エリスちゃんが居なくなった後泣き疲れて寝ちゃうのね……安心しなさい桜。すぐに和樹君は手紙くれるわよ」

 そこで約三十分の映像は終わった。 
 この映像を見るまで、こっちの世界に来る前「おにいちゃんいっちゃやだ〜」と泣きながら、自分の服を噛んでまでして決して放そうとしない義妹に「手紙出すし、たまには帰ってくるから」と言って義妹を納得させたことを遊んでいて色々あって忘れていた和樹は
 ――問答無用で首をくくりたくなった。が、そんな事で許されるはずないので、昨日和樹は今まで「手紙出さなくていいの?」と言っていたエリスの冷たい視線を浴びながら年賀状以来出していなかった手紙を出した。 
 手紙を受け取った義妹の嬉しそうな反応を明確に想像したり、もし自分が忘れていたことを知っても「でも、おにいちゃんはおてがみくれたよね。ありがとう♪」と健気に笑うのだ!それも想像してさらに罪悪感に駆られながら……

 「翠鈴さんがあんなことしてくるはずだよな」

 八神家のヒエラルキーの頂点に居るが普段温厚な義母―冗談抜きで怒ってらしゃっていた―が滅多にしない?行動に対する分かりやすい解答だった。 

 「もし、これでも手紙を出さなかったら……」

 そんなことをして、可愛い義妹を泣かせるなど和樹には出来るはずないが、一応想像して 
 ――瞬時に顔面を蒼白にさせて体を震わせながら、和麻のハーレムが翠鈴(妊娠三ヶ月)にばれたときの恐怖の笑顔を思い出した。

 (翠鈴さんに「和樹君は私の味方よね♪」と微笑まれて恐怖のあまり反射的に頷いて、もう逃げていた先生を追って―「てめえ!また裏切ったな!!」「仕方なかったんです(泣き)」―地形変えるぐらい本気で殴り合って当たり前だけど負けて、薄れる意識が最後に見たのは「ちょっと待て!お前三ヶ月だぞ!それなのにこんな山道――」「一年以上も黙って何言ってるのよ!あの時とかこの時とかどこ行ってたと思ってたら、あなたは――」座り込んだ先生の前で仁王立ちになって目を潤ませてバズーカ突きつける翠鈴さんだったな〜)

 和樹が起きたとき、ハーレムのことは和麻の特異な半生―ハーレムとか多夫多妻が普通の社会に居たので完全に染まっている―から一応認める(年二、三回出向)という形になった。 
 気絶している間二人に何があったかは、和麻に背を向けていまだ荒い息をしながら着衣を直している赤い顔をした翠鈴と、涼しい顔をして悠然とタバコ―桜が生まれると止めた―をくゆらせる和麻を見て、和樹にはよく解ったが何も言わなかった。
 ちなみに翠鈴のおなかにいる子供の心配はしなかった。
 真面目な魔術師が聞いたら卒倒するかもしれないが、魔術とはこういうときのために使うべきだ和樹にしても和麻にしても考えているからだ。
 ただ最初からそうして欲しかったなそうすれば痛い思いしなくてすんだのに、とは思ったが…… 
 その二週間後二人は夫婦(戸籍は偽造だが、仲人みたいなものや参加者に世界の重要人物が多く居たため問題なし)になり、当然のことのように和樹を養子にして一緒に住むことにした。 
 それは、新婚生活を邪魔しないようにするため出ていこうとした和樹にとってくすぐったかったが嬉しいことだった。

 回想の後自分の力の総量を少し増やす瞑想を軽くして、今日はまだ寝ているエリスの食事を作り和樹は学校に向かった。


 道行く周囲の学生が自分を指差して周囲と話している光景は、土曜あの場に葵学園の生徒が数人居たことを確認していた和樹の予想通りだった。

 (山の貴人を倒したのは、記録にないらしいからな。源頼光たちは説得だったし……ま、気のない返事をすれば一週間もすれば消えるだろう)

 校門に入りさらに高まる周囲のひそひそ声―和樹には細部まで聞こえているが―を聞こえてないというように和樹は無視した。
 関わりになりたくなかったし、昨日夜遅くまで手紙を書いてマギシに手紙を届けてくれるように頼んだのであまり寝てない上に、ここ三日色々あったため正直疲れているからだ。 
 当然機嫌も悪いが、表面ではいつも通りの人畜無害な気配を出して歩く速度も変えずに和樹は教室に入っていった。 


 教室に入ってきた和樹に一瞬目を向けるが、すぐに手元のノートパソコンや携帯の液晶画面に目を戻したり有料の『これからの株の動き予想』のチラシを配ったりするクラスメイトたちを見て

 (そうか、土曜のあの株今も上がっているのか。忘れてたな。そろそろ売るか)

 今までに何回かあった三日たっても株価がいまだ上がり続けている状況と、クラスの状況は遜色ないものだった。 
 だから和樹に対して視線を向けているのは

 (杜崎になんかしたかな俺。彼女とはろくに話したこともないはずなんだが……)

 何故かこちらに対して敵意というほどではないが、鋭い目を向けてくる杜崎沙弓嬢の視線を背中に浴びながら、鞄を机に置く和樹に

 「よお、式森。おはようさん」

 斜め左前にいる仲丸が、液晶画面から顔をあげずに声を掛けてきた。
 その態度を見て、どうやら今回は過去最高といっていいほど株があがっているということを和樹は理解した。

 「ああ、おはよう。仲丸」

 その後、担任の中村が来るまで和樹は――目を閉じて先程の瞑想の続きを始めた。戦闘訓練は日々欠かさずやっているとはいえ、適度にやっておいたほうがいいからだ。


 チャイムが鳴って、中村が教室が入ってきてもクラスメイトは静かだった。全員かつてない株の値上がりの行く末について目が血走っていたからだ。 
 そのため、中村が一人ではなく誰か連れていることに気付いたのは、沙弓と和樹の二人だった。 
 片方は取り立てて感慨を抱かなかったが、もう片方にとっては

 (まあ、予想はしていたけどな。次、転校生が来るとしたらこのクラスだって、何人か言っていたし、このクラス成績優秀者や特殊能力持ちを集めたらしいからな)

 目を開けて、ミイラのような顔色をした中村の隣に居る、可憐な顔立ちをした紙の長い少女が、予想通りこのクラスに来たことに対して苦笑する和樹に夕菜は気付いてにっこりと笑って手を振ってきた。
 他のクラスメイトが皆こちらに見向きもしなかったので、不安だったのだろう。和樹がこちらを見てくれていることに喜んでいるようだ。
 手を振ってくる夕菜を見ながら和樹は、周囲の人間たちが皆液晶画面に夢中でこちらを見ていないことに満足していた。 

 夕菜が、手を振るのを止めるとほぼ同時にどうやら川向こうから手招かれていた中村が、くわっと目を見開いて慌てて頭を振ると、こちらに見向きもしないクラスメイト達―こっちを見てくれている(夕菜を見ている)和樹に感謝の眼差しを向けた―に

 「……転校生を紹介する」

 死にそうな声で、中村が言うとようやく数人の生徒が顔を上げ始め、夕菜の見た目の可憐さにざわついた。 
 クラス全員が、顔をあげると中村に促された夕菜が自己紹介した。

 「宮間夕菜です。よろしくお願いします」

 その優しげな声と頭を軽く下げる動作と微笑からくる清純そうな雰囲気により、そういうのと無縁だったクラス全員(一名除く)がさらにどよめき、質問の嵐となった。


 数分後クラスが少し落ち着くと一人の女子が「ねえ、夕菜。学校案内あたしがやろうか」有無を言わさない口調でせまると、クラスのほとんどが我こそはと名乗りを上げる混乱になったが

 「皆さん、ありがとうございます。でも私は、和樹さんにお願いしたいんです。だから、ごめんなさい」

 その言葉を聞いた全員は「和樹さん?」と呟きお互いの顔を見合わせると、「おい誰だ、和樹って」「私知らないわよ」「そういや、式森の名前がそうだったんじゃないか」

 その言葉と共に全員(夕菜含む)が、席から立ち上りもせずに成り行きを見る傍観者の立場に居た、出席番号十三(いい数字だ)番式森和樹に視線を向けた。
 視線が自分に集まったことにも動じずいつも通りの態度を崩さない和樹に、仲丸がクラスの総意を代表するかのように声を掛けた。

 「式森?あの子と一体どういう関係だ?まさか――」

 言っている途中、恋人とかを想像したらしい仲丸に向けて――というよりクラス全体に向けて

 「十年前遊んだことがあるけどそれ以降音信不通だった、つい先日偶然会ったばかりの知り合い」

 嘘ではないし事実でもある言葉を聴いた全員は、今度は夕菜に視線を向け

 「そうなの?」

 「え〜と、そうですね。そうなんですけど……」

 こちらも代表した和美の言葉を聞いた夕菜は納得したような、納得してないような声を出した。 
 が、このクラスでは儲かる株の話等をするから例外的に信用度が高い和樹―本物の悪魔は普段は人畜無害な態度でまわりを信用させる―に対する疑いなので周囲は納得した。
 真っ赤に頬を染めて悩む夕菜の次の言葉までは……

 「でも、和樹さんは私を抱きしめてくれたから……ただの知り合いじゃないです」

 その瞬間B組の時が止まった。

 例外はさらに顔を赤くして、和樹を見つめる夕菜。 
 それを見ながら夕菜の一言が巻き起こす騒動を予想し――これで一時間目さぼって休めるなと思う和樹。 
 胃薬を大量に飲んでいる中村だった。

 数秒後、時は再び動き出した。

 「し〜き〜も〜り〜!!!これは一体どういうことだ〜!!!」

 叫びながら、和樹の席に近づく仲丸に呼応してクラスメイトは和樹の席を囲んだ。

 謀略・抜け駆け・疑心暗鬼で凝り固まっているクラスに突然現れた可憐な美少女が、成績運動共に上位だが肝心の魔法回数が八十七回のおちこぼれが手をつけたというのだから、周囲の嫉妬は尋常ではない。 
「え、皆さんどうしたんですか」と怪しくなった雰囲気のため不安になった夕菜に構わずに和樹をとっちめようとするが、当の和樹は

 「今まで騙していたのね。式森君だけはいい人だと思っていたのに」「ここに来て裏切られるとは思っていなかった。やられたぜ」などと言いながら囲んでくるクラスメイトを見ながら

 「とりあえず一言いいか」

 「なんだ、弁明なら聞くぞ。省みないがな」

 全く動じない和樹の発言を聞いて仲丸が裁判官のような口調で答えた。
 その仲丸の意見に一斉に頷く周囲に対して

 「佐野が、宮間さんのほうに向かっているんだが、これは抜け駆けじゃないのか」

 「「「「「「何(ですって)!!!!!」」」」」」

 一斉に夕菜のほうを見た全員は、確かに夕菜のほうを向いて歩く佐野の姿を見た。
 何となく歩き方がヘンだったり、表情が慌てていたりしたのだが、その事に全員気付かず

 「全員を一ヶ所にやって、その間自分だけおいしい思いをしようとするなんて……スポーツマンシップのかけらもない行為だな」

 状況を煽るかのような(煽っているのだが)和樹の言葉に押されて、和樹に対する追求より、自分たちよりさきに抜け駆け―こっちのほうが彼らにとっては重罪―しようとした佐野を問い詰めることにした。 
 クラス全員に囲まれた佐野は「ちょっと待て!待ってくれ!俺は抜け駆けしようとしてない!何か分けの分からない力で引っ張られたんだ」とか「熱いものが体に入ったと思ったら体が引っ張られて」など言ったが 
 「自分の欲望に引っ張られたんだな」とか「魔法を誰も使った形跡がないのに……言い訳にもなってないわよ」などの誰か(炎で声を変えた和樹)からの言葉によって封じられた。

 佐野に対しての追求が一段落し、全員が和樹のことを思い出しそうになったころ、今度は宮本が(訳のわからない力に引っ張られ)夕菜のほうに行こうとして紛糾し、その途中で今度は中田が、柴崎が、服部が、夕菜のほうに行こうとしたので、それを阻止しようとして全員がバラバラで行動をし始め大混乱になりかけた頃。  最大勢力の中心人物だった仲丸が夕菜のほうに行こうとしたので、大混乱になった。 
 そのためチャイムが鳴ったことにも気付かず、抜け駆けや食い止めに勤しむクラス全員は――和樹と中村が何時しか居なくなったことにも気付かなかった。


 「先生。どうやらクラスの状況では、授業が出来そうにないので図書室で自習をしても良いですか」

 クラスの喧騒が聞こえる廊下で、衰弱しきったため倒れそうな中村を次の授業担当である副島に渡して副島が肩を貸したことを確認すると和樹は言った。 

 「ああ、構わないよ。授業には出ておいたことにしておくから――ところで式森君」

 「はい、なんでしょう」

 「前に言ったF組への編入について考えてくれたかな」

 前はそこまで熱心ではなかったが、山の貴人を倒した今では目をぎらつかせて誘ってくる副島に、和樹は穏かに微笑むと

 「せっかくですが――」

 当たり障りのない言葉で断った。変人ぞろいのところに居た和樹からしてみれば、B組のほうがよほど落ち着くからだ。 
 和樹の返答に不服そうな顔をした副島から話を逸らすために和樹は

 「そういえば……「なにかな」……今日は先生方が、あわただしいような感じがするんですが何かあったんですか?」

 「実は――」

 どうやら誰かに話したかったらしく副島は、真面目な優等生である和樹なら問題ないと考え喜んで話し始めた。
 学校の業務を行っている理事の中で、主導権を握っている風椿麻衣香理事が倒れて病院に運ばれて入院したため、現在あわただしい――と

 「風椿、理事ですか」

 それを聞いた和樹は、風椿理事ってどなたという態度で聞いたため、副島は

 「三年の風椿玖里子さんをしっているかね?」

 「ええ、名前だけは」

 「彼女の姉だ」

 「そうなんですか――」

 ここで、沈痛そうに顔を振ると

 「理事は大変な仕事だと聞いたことがあるんですが――倒れるくらいだなんて……お見舞いに行ったほうがいいんでしょうか。一生徒として」

 「そこまでしなくても良いと思うが……君のような生徒が居るということは理事に伝わるようにしておこう」

 「その時は、僕の名前を出さないようにしてください……「なぜかね」……自分の名前を売り込む目的だと思われたくないからです」

 そう言ってにこやかに微笑む和樹を見て、副島は冗談抜きで感動した。昨今の子供は情が薄いと言われているが大丈夫だ、まだこんな子がいる――と。 
 もし、その一部始終を玖里子・凛・夕菜・エリザベートが見たら「和樹(式森)(さん)、ハリウッドに行ったらどう(だ)(です)(じゃ)」と言って戦慄しただろう。

 中村に肩を貸して去っていく副島は、四人の考えも、麻衣香が入院した理由も、二年B組が、授業を潰すほどの騒ぎを一時間目にやるとき、例外なく和樹が疲れていたり眠かったりしたことも知らなかった――が、彼にとってそのことは幸せなことだろう。今のところは……

 式森和樹公認休業(サボリ)。


 「あ〜風が気持いい」

 図書室に行くといっていた和樹は、屋上に横たわっていた。授業中なので当たり前だが、そこには和樹しか居ない。
 何処かのクラスが体育の授業なのか、運動場のほうから掛け声や走る音が聞こえる。が、その声は何処かのクラスから聞こえてくる爆音や怒鳴り声でほとんど聞こえなくなったが気にもならなかった。
 第一最初から意識して聞いていたわけでもない。目は流れ行く雲を映しているが、それを見ている訳でもない。
 意識をまどろませていた、和樹は少し前鋭い視線をこちらに向けていた気配が一つこちらに向かっていることに気付いたので――そのまま、まどろむことにした。

 「式森君、起きてる?」

 扉から出てすぐにこちらを見た途端、率直な口調で語りかけられたので「どうやら自分を探していたらしい」と思いながら、式森和樹は目を開けて自分の頭のすぐ近くに立つ沙弓を見た。

 「何か用。杜崎さん」

 沙弓は、その声に答えず身を乗り出すようにして和樹の顔を見つめた。「この行為の意味に気付いているのか」と和樹は思いながらも、全く表情を変えずに沙弓を見返した。
 見詰め合って数秒後、沙弓は口を開いた。

 「やっぱり、違うわね」

 「何が?」

 「目つきが……三日前、山の貴人と戦っていたときのあなたとは別人みたいよ」

 その一言で和樹の雰囲気が変わることを沙弓は期待していたが、案に相違して和樹はいつも通りの人畜無害の雰囲気を崩さずに口を開く。

 「見てたの」

 「……そうよ」

 「だから、かい」

 「何が?」

 発言者は違うとはいえ、その応答は先程と同じだった。が、その次の言葉に対する反応は違った。

 「朝から、俺のことを睨んでたのは――」

 その言葉に僅かとはいえ沙弓は動揺した。自分ができる限り気配や敵意を消して睨んでいたのに、目の前で無防備に寝転がっている少年は振り返りもせずに気付いていたのだ。
 動揺する沙弓に和樹は「それと」と言って頬をかきながら

 「――パンツ丸見え」

 反射的にに和樹の頭を跳ね上げるようにして蹴りながら、スカートを抑えるという離れ業をした沙弓だが、目前で行われたことに目を丸くした。 
 和樹は頬をかいていた手と頭を支えていた手を、沙弓の蹴り足に触れるようにしておくと、蹴りの勢いを借りて体を飛ばせて――空中で一捻りして、フェンスの上に腰をおろしたのだ。
 信じられない身のこなしに呆然としている沙弓に

 「今のは、酷いと思うな。杜崎さんに隙がありすぎたんだから――」

 一分ほど白い布切れとその周辺を堪能していたセクハラ男は、沙弓が混乱していることを見て取ると言い始めた。
 その身勝手な一言に沙弓はいまだ呆然としているため反射的に「あ、ごめん」と謝ってしまった。 

 「分かればよろしい。以後気をつけようね……ところで杜崎さん……「なに」……どうして俺を睨んでいたんだい?」

 その頃になってようやく冷静さを取り戻した沙弓は、本題に入るとばかりに呼吸を整えた。 
 和樹はそれを見ながら(杜崎って寡黙でストイックに見えるけどからかうと面白いな……もう少し早く気付いてればなあ)などと考えていたのだが、それはさて置き

 「千早は、あなたのそういうところ知らなかったのよ……あなたの表面しか見れないで行っちゃたんだから」

 どうやらそれが、沙弓が朝から睨みつけていた理由のようだが、自分のこういうところを見てどうするんだと和樹は思った―女性関係には鈍い―し、それ以前に

 「あのさ――」

 「何?」

 返答しだいによってはただじゃ置かないと考えているのが、ありありと分かる―ほとんどの人間は分からないがこういうことに関して和樹は鋭い―沙弓に対して和樹は

 「千早って――誰?」

 怪訝そうに聞いた。

 「っ!!」

 その瞬間、目を怒らせて和樹に掴みかかろうとした沙弓は――何とか踏みとどまって口を開いた。

 「山瀬千早よ」

 これで誰なんていったらフェンスの向うの空間に落としてやるという顔をした沙弓に、和樹は

 「ああ、一年の文化祭が終わったら転校した山瀬さんのことか……親しいの?」

 「親友よ」

 「へえ――」

 山瀬千早という少女は、和樹にとって印象深い少女だった。顔が可愛かったのもあるが、何よりもその笑顔がよかった。
 しかしそれだけなら、和樹の記憶には残らなかっただろう。千早が和樹の記憶に残ったのは二つの理由にある。
 第一に、文化祭の劇の準備や劇本番のときの交流。そして何より彼女は『こちらの世界で始めてエリスのことを知った人間』なので和樹の記憶に残っているのだ。

 「――知らなかったな……あれ?」

 「……何よ」

 自分が親友の気持を許可もなく伝えてしまったと後悔する沙弓に

 「どうしてここで、山瀬さんがどうのこうのになるんだ」

 それを聞いた沙弓の行動は
 ――ご想像にお任せします。


 その一週間後の夜、エリスは猫の姿で散歩に出掛けていた。満月の一週間前、上向きの半月である上弦の月が綺麗だったからだ。 
 そのため、主である和樹を誘ったのだが「眠いからまた今度」と、例え娘も同然のエリスのお願いでも断るあたりが、義妹のお願いのことを忘れていた極悪人だ。

 「む〜。ますたーは、翠鈴さんの言うとおり和麻さんに似て面倒くさがりなんだからー」

 拗ねた口調で、呟きながら歩を進めるエリスは夕菜のことを思い出していた。

 「エリスちゃんって、和樹さんと一緒に住んでるんですよね」

 「うん♪」

 「もしかして、一緒にごはん食べたりしてます?……そうですよね当たり前ですよね。じゃ、じゃあ、ひょっとして一緒にお風呂に入ったりも?……そんなっ、うらやましいです。もしかして、一緒の布団で寝たりしてます?……え、ええー!!か、和樹さんのワイシャツを着て一緒に…………はぁ、私も猫に成りたいです」

 うらやましげに豆大福(夕菜と一緒にエリスが買いに行った)を平らげるエリスを見つめる夕菜。 
 最初「エリスちゃんは、猫です。だから和樹さんと一緒に住んでも……でも、人間になれるんですよね……いえ、エリスちゃんは、猫です。だから――」と言って苦悩していたのだが、一緒に買い物に出掛けたりしてエリスと親しくなってから(半日とたたなかったが)は「エリスちゃん可愛すぎます……嫌うなんて出来ません!!」もう気にしていない。

 そんな、お姉ちゃんのことを思い出したエリスは

 (夕菜お姉ちゃん寝てるかな〜起きてるかな〜……行ってみようかな)

 男子寮と合体した女子寮に向かうことにした。あそこなら夕菜が起きていなくとも玖里子や凛がいるし、色んなお姉さんたちがいる。 
 そう思って踵を返そうとしたエリスの瞳に、二十過ぎの茶色の長い髪を後ろで軽くまとめた青年が見えた。 
 人通りの全く無いアスファルトの車道の真ん中で立って上弦の月を眺めている青年を見てエリスは驚いた。  
 両王の娘であり幻想種の王の一角を占めるエリスには、その青年が人狼だということが理解できた。
 が、本物の人狼を見るのは、エリスは初めてだったし、何よりその青年が人狼族特有の『寿命と間違えやすいが、治療可能な病気』にかかっていることがエリスを驚かせた。普通なら群れに帰って治療を受けるべきだからだ。
 驚いた次にエリスが考えたのは、自分では治せないが、主である和樹なら治癒の炎で治せることができるという考えだった。 
 そのため、人狼に声を掛けようとエリスが一歩踏み出すと――人狼は弾かれたように姿を消した。

 「あ……」

 それを見て、エリスはしゅんとなった。幻想の王であるエリスは普通にしていても、しっかりとした本能を持つ生き物にとって崇め畏れる存在だ。
 だから、エリスに対して近所の猫や犬は怯えたように崇めるだけだ。 
 そのため、彼らはエリスの遊び相手になってくれなかったので、エリスの遊び相手はというと和樹や僅かな人間だけだった。 仕方なく帰路に着いたエリスはふと思った。

 「そういえば、千早お姉ちゃんどうしてるんだろう」

 短い間とはいえ、自分と遊んでくれた少女を思い出しながらエリスは思う。「ますたーは鈍い」と


 学園祭が終わった後公園に散歩しに来たエリスは、千早が座っているのに気付き「どうしたの?千早お姉ちゃん」そう声を掛けると、千早は顔をあげてエリスを見つけ笑顔になると

 「エリスちゃん!どうしたの……あれ、ねえ式森君と一緒じゃないの」

 エリスが頷くと、千早は和樹が居ないことに対して、残念なようなホッとしたような複雑な顔をした。 
 その顔を見てエリスは、直感的に

 「千早お姉ちゃん、何処か行くの?」

 「え、なんで、そんなこと……はは、エリスちゃんは鋭いね。隠し事が出来ないよ」

 とっさに誤魔化そうとした千早だったが、エリスの金色の瞳を見てうなだれた。その千早を見てエリスはもう一つのことに気付いた。

 「千早お姉ちゃん、ますたーに言ってないでしょ。そのこと」

 和麻や翠鈴などには騙されるが、基本的に相手の誤魔化しや嘘をあっさりと見抜くエリスがそう言うと、千早はこくんと頷いた。

 「どうして、ますたーの事好きなんでしょ。なのに……私、ますたーに連絡するね」

 「待って!エリスちゃん。お願い……」

 千早が必死で止めるため和樹に対して連絡するのは止めたが、それが不服なため顔を膨れさせるエリスを見て、千早は顔を緩ませるとからかうような口調で口を開いた。

 「でも、良いの?エリスちゃん。式森君の傍に誰かがいても?和樹君取られちゃうかもしれないんだよ?」

 その問いに対してエリスは即答した。

 「いいよ。だって、ますたーはますたーのものだもん。だから独り占めしたりしちゃいけないんだ。私は優しいますたーの傍にいれれば良いし、それに――」

 そこで言葉を切ると、銀の髪に金色の瞳の妖精のような神秘的な外見をした少女に変化すると、満面の笑みを浮かべて

 「――千早お姉ちゃん好きだもん♪」

 それ以外の考えなど考えたこともないエリスの素直な態度と言葉を聞いた千早は

 「……強いね、エリスちゃんは……本当に…強いよ」

 その言葉とエリスが暗に「行っちゃやだ」といっているのに気付いたので、エリスを抱きしめて泣いた。 千早の暖かさに包まれたエリスも泣いた……

 数分後、千早は泣き止んで「またね」と言って去っていった。

 その後姿をずっと見送っていたエリスは、その晩和樹に対して冷たい目をして和樹を睨み「俺何かしたか?」という和樹に「知らないもん!ますたーのバカ!!」と言って、和樹に衝撃―「エリスに馬鹿って言われた」―を与えた。

 ちなみに千早は和樹とは違い。エリスと時々文章の遣り取りをしているのは、また別の話。


 男は、震える体を抱きしめるようにしていた。 
 今まで感じたことのない強大な力を感じて以来この震えは全く止まらない。
 男の狼の本能は「この町から出て行け!すぐに!」と絶叫しているが、男はそれを堪えた。 
 この町には男がやらなければならないことがある。だから、出て行くわけには行かない。
 数分後、ようやく収まった体の震えに安堵しながら男は一枚の紙切れを懐から出し、嫌だが義務によって目を通さなければならないので読んでいるという態度で読み終わると、その紙切れを破り捨てた。

 『凛を連れ戻す場合は、式森和樹を伴うか――式森和樹の子供を身ごもっている場合とする  神城真吉』


 第四話で名前が出ていたり他でもそれとなく匂わせていたのですが――和麻と翠鈴の娘である桜ちゃん四歳を出しました。
 和樹にとって、エリスはどちらかというと「娘」の認識ですが、この子は完全無欠に「妹」です。

 厳馬をおじいちゃん。煉をおじちゃんと呼び、「どうして十二の煉がおじちゃんになるのか、せめてお兄ちゃんと呼んだら」と(誰かは決めていませんが)言われ「だめなの!さくらのおにいちゃんは、かずきおにいちゃんだけなの!だから、れんおじちゃんは、おじちゃんなの!!」と膨れて言い、和樹って誰という思いを煉や厳馬や綾乃や重悟に抱かせる子です。 
 綾乃との仲は非常に良く、翠鈴と綾乃と桜で談笑しているとき「おねえちゃんからおとうさんのにおいがするー♪おかあさんといっしょ♪」と嬉しそうに言うくらいです。
 もちろん厳馬・重悟とも仲が良く二人に可愛がられますが、深雪にはなんだか笑顔が嫌な感じがするといって距離を置くあたり、人を見る目がある子です。

 聖痕編直前までは、出てきませんが……

 因みに和麻にしても和樹にしても戸籍は重婚OKです。


 ではレスを
>紫苑様
 私もショタでもないのに、煉に萌えた人間です。
 和樹との出会いは煉にとって、色々な事で大きな意味を持つ出会いになる予定です。

>マネシー様
 プロの方かと思えるような文章を書いていただき本当にありがとうございます。
 原作で煉は段々和麻に似てきているような気がしますが、まだまだ萌えられるので、この話でも大丈夫です。

>雷樹様
 セカンドコンタクトまで、六年間煉はこの思い出を大事にしていました。
 煉と和樹との関係は、一応良好なものにする予定です。

>D,様
 炎雷覇は、和麻がコピー品を神凪の家に置いているので、神凪一族が使う分には問題ないです。
 故に、綾乃の性格も変わっていません。

>柳野雫様
 和麻は、本当にいいタイミングで出てきます。
 煉は、頑張りますよ。色々な意味で・・・・・・

>わーゆ様
 和樹が魔法回数増えたのは、おっしゃる通り契約も一因ですが、ドラゴン戦での新しい魔力の流れや訓練によっても増えたのですが、今は秘密ですがとある大きな理由が一つありそれが最大の要因になりました。
 綾乃と和麻の出会いは、強烈なものに出来たらいいなと思っています。

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