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「蒼い師と緑の弟子 外伝5―ある出会い―(まぶらほ+風の聖痕)」

キキ (2005-01-02 17:13)
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 少年は逃げていた。
 後ろから迫る男たちから。 

 少年の名は神凪煉。
 後ろの集団は、少年の身なりの良さから金になると思った男達だ。
 煉からしてみれば、後ろの男たちなど瞬殺できる存在だ。
 しかし、一般人に炎を使うことを父から禁じられている少年は、例え人通りが無くとも攻撃しなかっただろう。

 そのため逃げていた煉は、路地裏に入っていって後ろの黒服たちをまいた。
 どうして、煉がこんなところに居るのかというと。 
 昨日の夜、父の部屋で大切そうに置かれていた知らない少年の写真を見つけた煉にねだられた父から、居ることは知っていたが詳しいことは初めて聞かされた兄のせいだ。
 それを聞いた煉は、八年前家を出てアメリカに留学して四年前に行方不明になった兄を探そうと当ての無い捜索を再開しようとした。
 はっきり言って無謀だ。煉が知っているのは、兄の名前と八年前の顔だけでそれ以外何も知らない。
 だから、都内でも治安の悪いここら辺に居るという情報屋を探しに一人で来たのだ。 
兄と話してみたいその一心で。

 表通りに出ようとした煉だったが、慣れない場所の裏通りを走るなどという。  『迷いたい』という願望があるとしか思えないことをやったので、当然迷った。 何度かうろついて数階建てのビルに囲まれた袋小路に出てしまった。 

 「まいったなあ。どうしよう」

 だが、まいるのは早かった。 
 袋小路に突き当たり戻ろうと振り返った煉の前に、先程の連中が十数人になって現れたからだ。
 手に手に、ナイフやスタンガンや特殊警棒などの凶器を持って。 

 後じさりする煉を見て、男たちは下劣な笑みを浮かべてにじり寄ってきた。
 未だ六歳の煉が恐怖に負け、ついに炎を使ってしまいそうになったとき。 
 空中から突如として黒い影が現れ、男たちの一人をまるでマットのように使って着地した。 
 そしてその影は、ピクピクとしか動かない男や何が起きたのかわからず呆然としているまわりの男たちを一瞥もせず、周囲を見回して何かを確認すると胸を撫で下ろし 
 ――その場を去って行こうとした。

 そのころになってようやく煉は、影が黒いジャケットを羽織った十五、六の男だということが解った。 
 それと同時に、初めて見るはずの男に対して何処かで見たかのような感じと、懐かしい感覚を覚えた。
 男に声を掛けようとした煉だったが、先に

 「ちょっと待て!テメェなんなんだ!」

 ナイフを持った男が、黒ジャケットを着た男の行く手を阻むようにして立った。 何者といわず、何と言ったことはナイフ男が未だ混乱している証拠だろう。 
 その男の罵声を聞き男の仲間たち十人が黒ジャケットを着た男を囲むようにした。 
 それをしらけた眼差しで見た黒ジャケット男は一言

 「じゃまだ。どけ」

 瞬時に顔を赤くする十一人。その十一人に対し男はさらに言い募った。

 「俺は忙しい。お前らみたいにガキ追いかけて悦に入ってる暇はねえんだよ」

 それでお終いというように、再び男が歩き始めたとき。とうとうナイフ男が男に対し斬りかかった。

 「あぶ――」

 咄嗟に叫んだ煉の声は 
 ズドンッ! 
 という炸裂音のような音でかき消された。 
 その音の発生源では、男の拳がナイフ男の脇腹に肉を突き破ったかのようにめり込んでいた。 
 倒れこみ大きく口を開けてピクリとも動かない男。

 「え?あれ?き、北川?どうしごふっ!?」

 特殊警棒を持った男を含める四人の男が、何が起こったのか理解できないまま反射的に一歩踏み出した。 
 そして、その四人の意識はそこで途絶えた。
 未だ無傷の六人と煉は、同時に倒れこんだ四人の男が「がはっ!?」と吐血する場面を見た。 
 全く違う方向の四人を黒ジャケット男がほぼ同時に鳩尾に攻撃を叩き込んだとは、普段超絶的な戦闘能力を誇る者達を見ている煉でさえ見えなかった。

 倒れた五人に目もくれず黒ジャケット男は、呆然としている六人を悠然と見渡した次の瞬間、煉から見て男の体が僅かに揺れた。 
 直後、黒ジャケット男を囲んでいた男たちは軽く宙を舞って後ろのビルのコンクリートに叩きつけられ背中を強打した。

 黒ジャケット男が何をしたのか煉ではわからなかったが……自分が助かったことを理解し、何事も無かったかのように立ち去ろうとしている男に声を掛けた。

 「あの……あ、ありがとうございます」

 その声を聞いても男は立ち止まりもせずに

 「とっとと、家帰れ。こんなところでお前みたいないいとこの坊ちゃんがいると、ろくなことにならねえぞ」

 言ってそのまま行こうとしたので、煉は走って男を追いかけた。何故かは分からないが目の前の男と一緒にいたいと思ったから。 
 煉が追いかけてくるのをどうやってか知ったらしい男は、振り返って煉を見下ろした。 
 男の全てを見透かすような漆黒の双眸に見られて、何故か煉はどぎまぎした。  疲労の色を宿しているが顔立ちは整っているとわかる。最も、煉がその顔立ちを見て思ったのは、整っていることに対する感傷よりも、男の顔に対する懐かしさだった。 
 ほんのり顔を赤らめている煉を見ながら、男は“まるで誰かから話しかけられ、その話が意外な事だった”かのように目を見開いた。

 「へえ、お前が……」

 そこまで言うと口を閉じ何か考え事をしているような男を見て、煉は声をかけようとしたが、その前に男がシニカルな笑みを浮かべ

 「こんなとこに子供一人だと危ないし、今暇だからちょっと付き合わないか」

 「え?……あ、はい」

 急にそんな事を言われて、虚を突かれた煉だったが、男の言葉を聞いて自分にとって願っても無いことだったから嬉しそうに頷いた。

 「えっと、ぼくの名前は――」

 自己紹介しようとする煉の声を男が止めた。

 「やめとこうぜ。お互いの名前を知らないのって結構面白いからな。家族の名前も言わないようにするんだ」

 その言葉を聞いて、煉は何となく冒険をしている気分になり

 「はい!……あのこの人たちは大丈夫なんですか?」

 大きな声で返事をして、周囲の男たちの心配の声を出した。

 「大丈夫だ。もう少しすれば起きる。行くぞ」

 男が自信たっぷりの言葉を言った後歩き始めたため、慌てて追いかけた。

 ちなみに男たちは、二人が立ち去った数分後“幸運にも”意識を取り戻した男の連絡―その直後意識を失った―で病院に運ばれ。 
 全治三ヶ月・当分の間絶対安静の診断をされ、そのまま入院した。 
 「熊に殴られたのより酷い」という医者の呟きを残して


 時間は少しさかのぼる。

 男は逃げていた。
 人間が視認出来ない速度で、ビルの上から上へと跳躍しながら。
 男を首領とした組織を結成する準備をウルグの支援により完璧に整えたベナウィ達の追撃から。 

 「くそっ。和樹の野郎、裏切りやがって」

 特に両王と契約して以来、幻想種に頼むことが出来るようになったため。
 炎術師でありながら、索敵がへたな風術師よりも上手かったのに、さらに跳ね上がった弟子が強敵だった。
 すでに十数匹の小型幻想種を風の檻に閉じ込めたことを見ればよく解る。まさに鬼に金棒。

 「おかげで、日本にまで来ちまったじゃねえか」

 インドから始まった追いかけっこは二週間たった現在、日本にまで来ていた。 

 『お前が、覚悟決めればいいだけだろ』

 おそらく和樹と連絡を取っている朧を連れながら―和麻と一体化している部分もあるため―和麻は逃避行を続けていた。 
 一日前福岡に上陸して以来、様々な手段―車・飛行機・自己飛行―を使って逃げまくって今現在は東京だ。 

 朧の言うとおり覚悟を決めて、首領になればいいのだが和麻にとってそれは難しかった。 
 別に嫌というわけではない。
 それは対アルマゲストという点だけで集まった人種的宗教的に違う者達だということを考慮して、できる限り宗教が自由で人種も混じっている土地であるバスラ・ロサンゼルス・香港に拠点を置くことを決定して土地の交渉等を行っていることでもわかる。 
 ただ、生まれてから八歳までの少年期の間、蔑まれ苛められていた和麻にとって、まわりから尊敬された上に、対等ではなく上に担ごうとする気持は、戸惑ってしまうのだ。 
 そのため、この件に対して和麻は今までの行動により険悪になった組織と仲直りする方法をいくつか揃えているのに、こうやって逃げているのだ。
 矛盾した行動だが、今まで冷笑され続けてきた人間が、まわりからの好感情に鈍く気付いても戸惑うというのは結構例がある。
 だが、さすがに覚悟を決めるときが来た。 
 それを理解する和樹は、尊敬する和麻の優柔不断な態度に腹を立て―ここらへんまだまだ幼い―寝返った。 
 そして、弟子の感情もその理由もほとんど理解している和麻は――まだ迷っていた。 
 愛弟子の裏切りによって首領になろうとするほうに大きく傾いていた天秤はさらに傾いた。もう一押しされれば頷く。が、そのもう一押しが無いため逃げている。 それが、現在の和麻の状況だった。

 その和麻の目に、ビルとビルの間に空いた空間が見えた。あそこに飛び込めば、捜索から逃れられる。
 そして、和麻はそこに飛び込み――炎術師の少年を目にして、その少年が神凪一族だと朧―神凪と千年以上付き合ったから神凪の血族の気配が分かる―に聞かされ、その年齢と宿す力から居るとは知っていた弟だと理解した。
 血の繋がる弟にちょっと興味がわいた和麻は、追っ手を何とかまいたため、休憩のついでに煉と話してみることにした。


 表通りにあっさりと出られたことに驚いた煉は、男がここら辺の地形に詳しいと思って男に「この近くに住んでいるんですか?」と訊ねると

 「ああ、俺風術師だからな」

 端的に男は答えて、近くの喫茶店に入っていった。
 風牙衆以外の風術師を初めて見た煉だが、自分が全く気付かない術を使う男が風牙衆より数段上の術者だということを直感みたいなもので理解した。 

 「あ、待ってください」

 男が喫茶店の入り口に、入ってしまったことに気付いた煉は、慌てて喫茶店の中に入っていった。

 奥の禁煙席に陣取った二人は、それぞれ紅茶とオレンジジュースを頼んだ。
 知らない男と一対一で対面していることに気付いて緊張して黙ってしまった煉は、ジュースがくるまで目の前の男を俯き加減にちらちら見ていた。 

 「俺の顔になんかついてんのか」

 煉の初めて見合いをしたかのような態度に、男は笑いながら聞いてきた。

 「え!?いえ、その、たいしたものは」

 自分でもよく解らない言葉を出した煉を見ながら、男はさらに笑みを深くして

 「たいしたこと無くて悪かったな」

 「え、いえ、あの、そういう意味じゃないです。えっと、あなたは素敵だと思うし、暖かいし」

 「男に言われても、嬉しくない科白だな〜」

 「あ、はい、すいません。あの、だから……あっ」

 錯乱のあまり泣きそうになった煉の頭に男の手が置かれた。
 その暖かく力強い感触に煉は、赤面した。物心ついて以来、大人の男に頭を撫でられたことの無い煉にとって、それは、気恥ずかしくはあったがそれ以上に嬉しいものだった。


 煉が落ち着いたので、男は手が離れたことに対して拗ねている煉に「どうしてあんな所にいたのか?」と聞いてきた。 

 「兄様を探しに来たんです」

 その言葉を聞くと目の前の男は、口に運んでいたティーカップをテーブルに戻した。 
 少し驚いたのだが、表情が全く変わってないのとティーカップを戻すタイミングが自然なものだったため煉は気付かなかった。

 「兄を……家出でもしたのか?」

 少し興味を持ったから考え付いたことを訊ねたという口調で、男は言った。

 「いえ、違います。兄様は、アメリカに八年前に留学してその四年後に行方不明になったんです」

 「四年前か……」

 男は口の中で、そういや誰にも何も言わなかったなと呟いた後

 「何で今になってお前が探しているんだ。四年も経つと手がかりなんてほとんど残ってないぞ」

 そのことを一番よく解っている男が煉に訊ねると、煉は怒ったような顔をして話し始めた。


 端的に言うと、煉の兄はその家で役立たずと認識されていたため四年前ですらアメリカにまで行ったのは、煉の父と叔父だけでそれ以外の者はいなくなって清々したとばかりな態度だったという。 
 しかもそれだけではなく、煉の兄の写真なども二人がいないときほとんど処分したため煉は昨日父親の部屋で兄の写真を見つけるまで、顔さえ知らなかったと言った。

 「おや……お前の父親の部屋に写真があったのか!?」

 一瞬目を見開いた男の姿を煉は話に夢中であまり見ていなかった。 
 だから、男が煉の父親―後重悟も持っている―が唯一煉の兄の写真を持っていることに対して驚いたことに気付かなかった。 
 男が煉の兄に対して同情したと思ったのだ。

 「はい……この写真なんですけど」

 そう言って煉が取り出したのは、誰の目にも大切に保管されていたことが解るような、一人の八歳ほどの少年が厳しい表情をしたその父親らしい男と共に写っている写真だった。

 その写真を興味深げに見る男を見て、煉は(もしかして、何か知っているのかもしれない)と思った。

 「あの、何処かで見たことないですか。八年前の写真ですけど……」

 写真から、希望を宿した目でこちらを見つめる煉の方に視点を移した男は、一口紅茶を飲むと

 「名前はなんて言うんだ?この写真の子供の名前は?」

 「和麻です……神凪和麻っていう名前です」

 「……悪いが知らんな」

 男は、少し考え込むと――否定した。

 「そう……ですか。あの、それじゃあ、この近くにいる情報屋のことを何か知りませんか?」

 「……ちょっと待て。お前もしかすると、こいつの居場所を知ったから探し始めたんじゃないのか」

 写真の子供を指しながら訊ねる男に、煉は笑顔で答えた。

 「はい、知りません」

 「……何で探し始めたんだ?」

 「兄様に会ってみたいからです」

 「…………向こうがどういう奴かも分からないのに、よく会う気になったな」

 かなり呆れた男の言葉に煉は

 「父様が言っていました。兄様は力が無かったけど、自分を蔑まずに一生懸命がんばっていたって。それに――」

 煉の父がそんな風に言ったことに対し、また驚いた男だが表情には出さなかった。

 「それに、兄弟ですから会ってみたいんです」

 「……だからと言って、何の情報も無く一人で来るなんて無茶だぞ」

 満面の笑みで答えた煉に、男は言った。

 「だから、情報屋に――」

 「その情報屋の居場所も分からない上に……お前金もって無いだろ」

 その言葉に驚いたような顔をする煉を見て、男は煉のおでこを突きながら

 「例え持っていても、小学校に上がったばっかりのガキ一人で行ったら、金だけ取られるか追い返されるのがオチだ……第一、その情報屋が外国で行方不明になったガキ一人の詳細を知っているとは思えないな」

 「で、でも」という煉に対して

 「だから、諦めて帰ったほうがいい。もしかしたら――」

 何処かでひょっこり会えるかもしれないぞ。と続けようとした男の言葉は

 「探さないより、探したほうがいいです。探さないってことは、何もしないことですから、何時までたっても見つけられません。だから、探したほうがいいです」

 煉の言葉によって遮られた。
 その煉の当たり前のような言葉を聞いて、その言葉について考えるようにした後。男は、何処か吹っ切れたような顔をした。

 「確かにお前の言うとおり、探さないよりは探したほうがいいな……でもなあ、お前家に何もいわないで出て来ただろう」

 「え、はい。そうですけど」

 「だったら、今お前の家の奴が探しているんじゃないのか」

 その言葉を聞いて煉は、姉のような存在のことを思い出した。彼女が、煉が家からいなくなったと聞いたら、町中を走りまわるだろう。
 姉に対して申し訳ないような気持を抱いて俯いた煉の内心を呼んだかのように、男が言ってきた。

 「本心から心配してくれる奴がいるんなら、そいつにぐらい話してから探すんだな……それじゃあ、そろそろ出るがどうする?探すか、帰るか」

 「……帰ります。帰って父様や姉様たちと話してみます」

 男の目を見て、そう言った煉の頭を男は優しく撫で

 「ここから、五キロほど離れたところで一人走り回っている。そこに行くぞ」

 その言葉に込められた二つの意味のうち、“何故男が自分の家族だと分かったのか”という疑問に対して気付かなかった煉だが、もう一つの意味には気付き驚いた。

 「送っていただけるんですか?」

 「ああ、子供一人こんな所において置けないからな」

 男を知るものにとって信じられない一言だったが、煉はそのことを知らないため満面の笑みを浮かべて大きな声で

 「ありがとうございます」


 電車に乗って十分、駅から徒歩五分後のファーストフード店の前に煉と男は合計十五分かけて着いた。
 その間、男が煉に外国の珍しい風景や建物のことを面白おかしく語る等他愛ない時間を二人は過ごした。

 何時しか男に対して「この人が兄様だといいな」という気持を抱き始めた煉が、恥ずかしげに「兄様って呼んでもいいですか?」と言おうとした時。 
 煉の目に道の向うで必死の形相で、ずっと走り続けたのだろう汗も拭かずに煉の名前を呼びながら走っている綾乃の姿が見えた。

 「あれが、お前の言ってた姉さんか?」

 「はい、そうです。ありがとうございます。僕姉様にあんなに心配かけていたなんて――」

 しゅんとした煉の頭を男はシニカルな笑みを浮かべながら撫でて

 「俺より先にあっちをどうにかしたほうがいいぞ」

 その言葉に大きく頷き男に背を向け、姉に男の事を紹介することを楽しみにしている煉は

 「姉さまーー!!!」

 その言葉にこちらを振り向いた姉に、両手を大きく広げて自分はここに居ると全身で表現した。
 喜びと怒りのせいで顔を歪ませながらこちらに振り返った綾乃の顔を、煉が見えるようになったとき煉の耳に

 「じゃあな――煉」

 自分の名を知らないはずの男の声が聞こえた。 

 「えっ―――!!?」

 振り返った煉が見たのは――誰も居ない夕日に照らされたコンクリートの地面だった。 
 それを見ている煉の脳裏に「どうして?」「何で?」という考えが浮かび――最後に浮かんだのは唐突の理解だった。

 「――兄……様」

 後ろから煉を呼ぶ綾乃の声も耳に届かず、煉は焦点を結ばない瞳で、一歩また一歩と全身を震わせて歩きながら男が居た場所に「兄様」と言い続けたどり着くと瞳に焦点を戻し
 ――走り出そうとして荒い息をした綾乃に後ろから抱きつかれた。

 「れ、煉どこ行ってたのよ!し、心配したじゃない!――」

 息を落ち着かせようともせずに煉を抱きしめて半泣きで叫ぶ綾乃の腕の中で、煉はその腕から出て走ろうとしてもがいた。

 「放してください姉様!兄様が……兄様が……」

 それ以上は言葉にならない煉を見て、綾乃はようやく叫ぶのを止めて息を整え

 「ちょっと待って!落ち着いて煉!――兄様って……行方不明になった和麻さんのこと?」

 自らの腕から逃れて走り出しそうな煉を逃がすまいと強く抱きしめながら、父から聞いた顔も知らない煉の兄の名を綾乃が聞くと煉は

 「そうです、兄様です。兄様なんです!兄様が――」

 普段大人しい煉の必死の形相と支離滅裂な言葉に押された綾乃だったが、何とか煉が行方不明になった和麻らしき人物とあったことと、その人物に助けてもらったことと、その人物が風術師だということを理解した。
 が、綾乃が振り向いたときには誰もいなかったので、不信そうな顔をして「そんな人いたの?」と言ったが嘘を言わない煉が力強く頷いたので、弟分の言うことを信じてある提案をした。

 「――じゃあさ、あたし(煉を探すために)風牙衆連れてきたから、調べてもらわない?ここにいた人がどこに行ったのか」

 公私混合の発言だったが、両者とも小学生なのでそういう事に頓着しなかった。 だから、この一件で風牙衆が『子供の使い同然』と自分たちが思われていると屈辱を覚えたことも知らない。 
 さらに汗だくでようやく追いついてきた風牙衆に、綾乃は「遅い」と煉を見つけられなかった不満を込めて言ったし、煉も普段なら気遣ったのだろうが現在必死なため「早くしてください」と言った。
 いくら自分たちが奴隷同然の立場だと分かっていてもこれで怒らない奴はいないだろう……

 そしてその肝心の男については、風牙衆がいくら調べてもその足取りどころか“男など最初からいなかった”という反応しか返らなかった。
 まるで“精霊が男に頼まれて男がその場にいたことさえ隠した”かのように、何の反応さえも無かった。 

 その後、諦めずに男と一緒にきた道を戻りながら少しでも反応をつかもうとした煉を綾乃が止めずに風牙衆を連れて着いていった。
 約一時間後最初に男と会った路地裏まで行った三人だが、男たちの吐しゃ物以外は何も見つけられなかった。 
 まだ探すと言い張る煉を「暗くなったし、うち帰りましょう」と綾乃が止め、自分の限界の力を使って探し続けたので疲労困憊して今にも倒れそうな風牙衆を連れて帰路に着いた。

 「兄様ーー!!」

 最後に煉の叫びをその場に残して……

 もし煉が、男がお互い名乗ろうとしなかった理由を知ったら、初めて他者に対して殺意を抱いたかもしれない。 
 冗談抜きで『そのほうが面白そう』という理由だったのだから。

 この出会いの六年後再び男と煉は出会う。


 その頃八神和麻は、東京の西部の山中に居た。 
 まわりを四十八人の人種も性別も違う者達に囲まれながら。
 その中から三十前後と思えるインド西部系の白皙の美男子が、進み出た。

 「追い詰めましたよ。和麻様」

 ベナウィの言葉を聞きながら、和麻はそこに居る人間をゆっくりと見渡していった。 
 先程の路傍の石を見るような眼差しではなく、真摯といっていい光を宿した眼差しで見渡した。 
 自分の弟子である和樹。白衣を着た義手の左腕を持つ北欧系の老人。その妻である中央アジア系の眼鏡をかけた女性。熊のような体をしながらも幼い顔つきをした黒人の男――全員の顔を見渡して和麻は言った。

 「張たちはどうした」

 デスクワークが得意なため対アルマゲスト同盟時補給係に回していた連中がいないのに気付いた和麻が呟くと、老人―シュナイツアー―が

 「現在、組織を立ち上げるための準備を整えておる。物資とか場所かを――」

 「ああ、それならバスラの港区の土地を手に入れてるからそこに物資とかを移してくれ。あそこなら、宗教争いとかに無縁だ。船の手配を頼む」

 数枚の書類を取り出しながら語り始めた和麻を見て、全員お互いの顔を見合わせると同時に顔を和麻のほうに向け

 「「「「「「で、では――」」」」」」

 「それと――キング」

 「はっ」

 驚愕から覚めはいないが、和麻が首領となることを了承したことを理解した黒人の男は、感激の表情を浮かべながら一歩前に出て背筋を伸ばした。

 「ホワイトハウスの警備が一番厳しいとき解るか……そうか、そのときに乗り込んで交渉するから、絶対に協会と教会からのちょっかいにはのるな。あいつらとは仲良くしたほうがいい」

 一礼して、すでに人数分の飛行機の席を確保しようとしているロシア人のカズーニン達や居残り組みと連絡を取っている者達のところへ行くキング。 
 その後和麻はこれからの敵対組織と仲良くしてまずは土台を作る戦略を語り、それが成功した場合と失敗した場合の準備の指示をし始めた。 
 その場にいた全員は、和麻が今まで行っていた準備とこれから行おうとしていることに最初呆気にとられ段々と興奮してきた。 
 対アルマゲストで集まった者達には、もう帰る場所は無い。 
 そういったものは全てアルマゲストに奪われた。 
 その彼らが自分たちの居場所を得ようとしているのだ。興奮しないはずは無い。 しかも、徹底的に第三者の視点で語った和麻の戦略には、無茶だと思えるところはあるが無理なところは無い失敗しそうに無いものだ。
 それなのに失敗した場合の計画を練り、いつものように抽象的な空論などなく、現実に自分たちはこれから何をすべきかのみ語る和麻を見ながら、全員はこれからに希望を持った。 
 暗闇に覆われた山の中は、和麻が立てた戦略に関する問題点を研究する者達で急に活気付いた。

 「和麻様、飛行機の席が取れましたこれから羽田に向かいましょう」

 今まで和麻が整えた準備と、彼らがウルグの支援によって整えた準備を合わせるとすぐにでも行動できたが、「一度全員で集まって細部まで詰めるべきだ。準備不足で行動なんてしたくない」「一度全員で集まりたい」全員の意思によってバスラの土地に集合が決定された。

 近くの駅に向かおうと止めてあった車のほうに全員が向かい始めたとき、書類を確かめいくつかのことに対する提案をまとめていたベナウィがいつものように冷静な口調で

 「和麻様……「ん。どうした」……我々の組織の名前はどうします」

 その大きな声ではないが聞き逃せない何かを持つ声は全員が聞こえ、その内容の重要さにその足を止めた。 
 一斉に和麻のほうに注目する四十八名の視線を集められた和麻は先程から嬉しそうな和樹の頭を撫でながら

 「めんどくさいから、適当に――「いけません。組織の名前は重要です」……それじゃあ、募集するか。景品つきで、期限は全員集合まで、どうだ?」

 全員に向けられた最後の言葉は、全員の賛同を受けた。 
 全員が集合したときに自分たちの『家』となる組織の名前が決まることに対する面白味と感動は何物にも変えがたい。

 すぐに居残り組みと連絡を取り、全員が車に乗り込もうとした時和樹が和麻に対して「何があったんですか?」と聞いてきた。 
 その言葉を聞いて「そうだな……」と呟いた和麻は

 「十歳も年下の奴が、やってみなくちゃ分からないって言って、無理してたからかな」

 そう言って車に乗り込んだ。
 その言葉を聞いた和樹を含む者達は「その子供は一生のトラウマを抱えることになる気の毒に」と気の毒な少年に同情して、和麻をやる気にさせる最後の一押しをしてくれたことに
 「銅像でも立てるか」という言葉が出るくらいに感謝した


 無記名の応募から審査員である和麻が選んだ組織の名前は、古い言葉で『めんどくさがり屋』の意味を持つ『トゥスクル』に決定した。
 数年後、個人戦闘が主だった魔術師の争いに集団戦を取り入れたトゥスクルは、その圧倒的な成果と依頼したときの様々なサービスから全世界の魔術師や裏側を知る者達に知られることになる。
 『世界最優の魔術師集団』という名称で……


 あけましておめでとうございます。

 今回、煉と和麻が出会いました。で、和麻は煉のことを弟と認識しました。 
 綾乃は和麻がその顔を見ただけです。
 今回風牙衆に煉は冷たいですが、普段は違います。

 

 ではレスを
>D,様
 今のところ純粋なまま歪んでますが、まぶらほ編の和樹は純粋さをほとんどなくしています。 
 朧が人化して、和樹とはヤらないと思います。次話で出しますけど今の朧の形状や男性のほうに傾いた精神からいって色々まずいですし・・・・・・

>皇 翠輝様
 兵士になりたい村一番の剣の腕を持つ鍛冶屋の少年と、図書委員のダークエルフの話ですね。
 私にとってマイナーではありません!!

>柳野雫様
 まさに溺愛しています。
 レニとは、とてつもなく爛熟した行為の数々を行っていました。 
 そして、和麻はレニのおかげで少し救われています。

>わーゆ様
 恐いお姉さんとも会わず、実の父とも会いませんでした。
 レニは恋人というより、期間限定のセックスフレンド以上友人以上といった難しい関係です。
 翠鈴は生存しています。次回少し出ます。

>雷樹様
 エリスが手を出してきた場合でも、和樹は冗談抜きで孫馬鹿に殺されそうです。
 食いしん坊な某騎士王、最初は凛々しかったのに段々崩れていきましたね。
 でも、崩れたほうが騎士王にとっては幸せそうです。

>通りすがり様
 おっしゃる通りパオ・リーは女性です!!
 まぶらほ編に彼女を出すというのいいですねー。想像しただけで笑ってしまいました。
 ネタバレですが聖痕編で和麻が日本に行く理由は、トゥスクルの人手不足のため高い能力を持ちながら報われてないものたちに対するスカウトです。

>マネシー様
 まだ、煉は和樹には会いません。
 会ったら、嫉妬しますけど・・・・・・
 純粋ではない煉は、煉じゃありません!!!

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