意識が戻ったとき、和樹は自分の体に痛みが無いので驚いた。
ボイラーが破裂するのを承知の上で石炭―仙法と炎―を叩き込んだことによって、老朽船が原子力機関の最新鋭船と同じような速度で走ることが僅かな時間だけでも出来るようなまねをしたので。
並みの霊薬では何の効果もなく、体が動くようになるまで一週間は点滴を打って寝たきりになる必要があるボロボロの体が
(おなかの空き方から見て二時間位しか経ってないのに、完治している。魔力も仙法も満タンだ)
そこまで考え、ようやく目を開けた和樹は、朧が変形したブレスレットを左手に着けてこちらを見て『気付いたか』という顔をしている和麻に気付きあいさつをすると。
和樹が「誰が治してくれたのか」疑問を聞く前に和麻は視線を右に向けた。
その視線の先を追って、巨大なユニコーンの姿を視界に捉えると
「ありがとうございます。体を治してくれて」
ユニコーンの角のおかげで治してもらったことを理解して、豪奢なベッドから身を起こして礼を言った。
「礼には及びません。むしろこっちが言いたいくらいです。あなたの治療を担える名誉を得たことを」
目の前の聖なる馬の崇拝の色を宿した態度を疑問に思う和樹に、和麻が呼霊法の応用で自分の声が和樹にのみ聞こえるようにして
「お前がドラゴンに条件付とはいえ勝ったから、治療に特化した幻想種達が治療したいって言ってきたんだよ。異世界の種族も含めてな……でも、知識が全く無い奴に治療されるのは不安だろ。だから、その中でこっちに知識があるユニコーンの族長にお願いしたってわけだ」
そう言ってくれたので、現状を理解した和樹はもう一度礼を言い。 ある疑問があったのでそれを聞くことにした。
「あの……一つ聞いていいですか?」
「なんでしょう」
「僕は……ユニコーンっていうのは、処女の美人の女の人しか触れられないって聞いたことがあるんですけど……すいません不躾な質問で」
その言葉を聞いて、和麻はコウノトリを信じている二十歳の女性を見たという顔をし、ユニコーンは和樹の質問に笑って
「あれは、デマですよ……「へっ!?」……むさ苦しい男に触れられないためのね」
「は、はぁ」
「あなただって、むさ苦しい男に触れられるよりは、穢れのない美女とか美少女に触れられたいでしょう。それと同じですよ」
にこやかに笑いながら色々な意味で幻想を壊すユニコーンの発言を聞き、幻想が壊されたため頭を抱える和樹に朧の声が聞こえた。
『和樹……コントラクターとはどういう人間だと一般的に思われているか知っているか?』
「ううん知らない。コントラクターって先生のことですよね」
『強気を挫き弱きを守り、困っている者を助ける精神を忘れず、常に他者へ奉仕する――』
「えっ!?」
『道を踏み外さず常に公正であり、他者に対し誠意と慈愛を持って接し、彼らを常によりよい方向へ導く――』
「…………」
『報酬など取らず無欲で清廉……それがコントラクターと呼ばれる者達に対する一般認識だ……さて』
その言葉に釣られて自分の師を見る――唯一確認されたコントラクターを……
「……幻想って儚くて嘘ばっかりなんですね」
『理解してくれてありがとう』
今までの人生でこれ以上ないほど、骨身にしみて理解したのでまた一歩成長した和樹だったが
「んな気持ち悪ィやつに成りたくないが……なんで、そんなに深く頷いちゃうのかな?」
コロス笑みを浮かべて朧を踏みつけた仁王立ちの和麻に優しく頭を掴まれ――精神的・肉体的ダメージを受けた……
「では、式森殿あなたの賢明な判断を期待しますぞ」
ユニコーンが部屋から出て行くときに言った言葉を、和樹は和麻のお仕置き―快晴コース―から開放されたものの意識が朦朧としているときに聞いた。
「先生……判断ってどういうことですか?」
意識が朦朧としていても聞くことは聞けるように訓練されている和樹は、ユニコーンの言葉の意味について、和麻に聞いた。
普通なら「次の戦いの武運を祈る」とか言うはずなのに、戦いのことなど感じさせなかったからだ。
「ああ、それはな……の前に」
そう言うと和麻は、和樹の頭に手を載せ少し乱暴に撫でながら一言
「よくやった」
「あ……は、はい」
賞賛の言葉に満面の笑みで和樹は答えた。
「先生も、ありがとうございます」
「ん、何が?」
「最後、助けてくれたんでしょう」
「お前、意識無かっただろう。なのに――」
「解ります。なんとなくだけど……ヒューイの攻撃から先生が守ってくれたんだと」
その場面を見ていない、というより爆発の後地面に足を下ろしてから意識もなかった……でも、解る。先生が自分を助けてくれたということが。
自分が目標にしている背中が自分の前に在ったということが。
その事に対し和樹は全く疑問を抱いていない。
その無限の信頼を込めた和樹の言葉に和麻は、照れたように笑ってまた和樹の頭を撫でた。
和麻は頭を撫でながら、和樹に一つ聞いた。
「さっきまで、お前の傍に誰かが居たんだが……分かるか?」
その笑いを含んだ声を聞いて、和樹は目を閉じて周囲の熱を探り始めた。
炎術師である和樹は熱をもって世界を知る。
そしてその並みの炎術師より遥かに鋭い感覚は、三十分前から五分前までこの部屋にいて自分のベッドに潜り込んで、ずっと自分の手を、目を潤ませながら握っていたエリスの姿を、目前にいるかのように克明に捕らえた。
「泣いちゃってますね……でも――」
「いい顔をしているだろ、お前との約束を守ってる」
嬉しそうな顔で呟く和樹の言葉を、からかいの表情の和麻が引き継いだ。
その一言を聞いて、和樹は愕然として叫んだ。
「なんで知ってるんですか!?」
弟子の掴みかからんばかりの態度を見ながら、和麻は笑いながら
「なんでって……お前が言っただろ。地べたに倒れて、限界を超えて酷使して壊れかけた体を動かしながらな」
「き、聞こえてたんですか」
「ああ、会場中だけじゃなく、この世界にいて水晶ネットであの試合見ていた奴らは全員聞いてたぞ」
「あああああああ」
本音とはいえ半分朦朧とした意識で喋った言葉が、世界中に流れたと知り和樹はうめき声をあげて羞恥に頬を染めた。
が、すぐにケロッとした顔で
「済んだことは仕方ないです」
「……立ち直り早くなったな〜、お前」
『お前と一緒に旅していれば、この程度では動じないようになる』
その一言で、少し考え込んだ和麻だったが……
「……まあ、それは置いとこう。それと、幻想種達のことだが」
「はい」
緊張の色を隠せない和樹に、和麻はやさしい笑顔で言った
「認めたぞ。お前のこと……エリスを預かる資格だけでなく、お前のこともな」
その一言に和樹は緊張を解いて
「そうですか……よかった……あれ、王様は認めてくれたんですか」
「ああ、もちろん」
認めたどころではないため、現在アリーナの方は凄まじい緊張状態になっているのだが、そのことを和麻は言うつもりはなかった。……後で教えたほうが面白そうだから
(えっと、つまり……王様が認めてくれたし、幻想種も認めてくれたんだよね。それで、エリスが約束を守ってくれているって事は――)
「――先生……「ん?」……僕、龍と闘う必要ないじゃないですか!」
『闘争心のまま理由もなく強いものと戦いたい』などという自殺願望者のような趣味を持ってなく、先程のユニコーンの言葉の裏づけにもなる重大な事実に気付いた和樹は、立ち上がって叫び声をあげ今にでも祝杯をあげそうな顔をした。
「ああ、その通りだ。よく気付いたな。お前が龍と闘う必要はないぞ」
ドラゴンに勝ったので調子に乗って『戦うのはそれに意味や価値があるときか、どうにもならないときだけ』という鉄則を忘れているのではないかと心配していた和麻は、和樹が忘れていなかったので嬉しかった。
和麻と和樹が『魔術師らしくない』と呼ばれる理由の最たるものは、自分の力に全く増長せず、例え勝てると解っていても必要がない場合戦おうとせず、力もあまり誇示せず一般人を軽んじないことだ。これは異常といっていい。
人類最強クラスにもなれば自分の力を振るうことに躊躇することはあっても“力の基準”が全く違う。
そのため本人が手加減していると思っていても、周りや相手からしてみれば化け物じみたものなので、周囲に対する被害が尋常ではない。
だから、和麻と和樹のような一般人と大差ない感覚を持っているものはとても貴重なので、この二人は力を知られている一般人の知り合いが非常に多く、味方も多い。
最も、一般人の常識を持っている上で、こいつらは躊躇なく暴れるのでより性質が悪いとも言えるが……
「ですよね!目的は達成できたから闘う必要なんてないですよね……よかった〜勝つ自信なんてなかったんですよ」
心底ホッとしたようにベッドに崩れ落ちた和樹に、和麻は教師の声―普段と変わらないが―でいった
「どうして勝てないと判断したんだ」
その声を聞いて和樹は、和麻に対して答えた
「ドラゴンのときとは状況が違いすぎるからです。ドラゴンとの時、情報という面で僕と向うとでは圧倒的な差がありました。向うが僕のこと何も知らなかったのに対して、僕は向うのことをある程度は知っていました」
情報を聞いて考えた通り最初から自分の体が壊れるほどの力で闘わなければ、予知しても最初のオーバーヘッドで殺されていた可能性が高いことを思い出しながらの和樹の言葉に、うんうんと頷く和麻。
「その情報を基に、僕はある程度作戦を立てて向かいました。でも、相手は何の作戦も立ててなかったんです」
相手の能力に圧倒されながらも、なんだかんだ言って作戦通りに進めることが出来たことを思い出しながら和樹は言った。
「でも、二回目の龍との闘いでは、僕の能力もばれているから、例え相手が対策を考えなくても――負けると思いました」
昨日から、そう思っていた。最初のドラゴン戦は圧倒的にこっちが優位な状況で闘えるが、次はどうなるのかと。
そして、その思いはドラゴンと直接戦い。その圧倒的な能力によって、こちらが戦う前に作った圧倒的に優位な状況をあっさりとひっくり返されそうになったことでさらに強くなった。
だから、何としてもドラゴンに勝とうと思った。一度でも勝ったかどうかによって周りの空気は全く違うから……
「相手が僕に合わせてくれたことも大きいです」
溜めの時間もなく瞬時に地形を変えた魔術を見ても解る、自分は手加減されていたんだ。
そう思う和樹に
「卑下することはねえよ。ドラゴンは全力だった。ま、初めての戦いだから自分の力を試していたのはあるが……お前はよくやった。大金星だ」
和麻は心底そう思って言った。
「でも、勝てません。僕じゃ、勝てません。」
破壊力はないが柔軟で相手の虚を突く方法を多く備えているため、的確な作戦を立てれば格上の相手と戦うのに適している先生のような風術師とは違い。
炎術師である自分は、破壊力こそあるがあまり柔軟性がなく力任せだ。そのため、力負けする相手に対しては分が悪い。
周りから見れば和樹は異常なくらい柔軟な魔術を使っているのだが、比較対象が和麻なのでこう考えている。
それに、上位存在の力を使えない人間では、試合には勝てても殺し合いでは勝てない。それが結論だった。
「あれ?でも、逃げるわけにはいきませんよね」
そこまで考えると、いつも通り夜逃げするつもりだった和樹は逃げたら幻想種や王に幻滅され、勝った意味がなくなることに気付き。
和麻の闘う必要がなくなったという言葉に疑問を覚えて、和麻を見た。
その和樹の冷静な判断力と物事をよく見ている事などの成長を見て、顔を綻ばせながら和麻は自分がやったことを和樹自身ができるようになるまでそう遠くないことを考え、巣立ちを見守る親のよう嬉しいような物足りないような気持になった。
「順を追って話すから、とりあえずあれ見ろ」
和樹の無言の質問に和麻は部屋に取り付けられている水晶を指すと、テレビのリモコンのようなもので操作して――雷光を身に纏いながら空中に浮き、白色の破壊光線を真上に向かって待ちきれないというように放射し続ける。
パオを映した。
「…………」
「気持は判るが、布団に潜り込むな……大丈夫だから」
「大……丈夫……どこがですか!戦いませんなんて言ったら、絶対襲ってきますよ!この人!」
布団から飛び出して涙ながらに叫ぶ和樹を弄びたい、という誘惑を時間がないため堪えて和麻は言った。
「これ見ろ」
「え!?」
映されているものは、龍族が、“何故か”彼らの耳にだけ「くじで決めたことだが、それに従って、こんなチャンスを逃す義務はない」という趣旨の言葉が同時に聞こえ。
“何故か”数頭がその事に同意したため、何時の間にか種族全員で言い争って掴みかかっている映像だった。
「これって……」
「お前が寝てた二時間の間に起きたことを、映しているんだがどーかしたのか」
和麻にからかわれたことに気付き、う〜という目付きで下から見上げて拗ねた顔の和樹は、可愛かったので和麻は弄る時間がないことに恨んだが、構わず次へ移った。
「次は、音もあるし、映像も動く」
「そこに、ユニコーンの族長が言っていた。賢明な判断が映ってるんですか?」
とてつもなく立ち直りが早い和樹に、何かを考えたが
「いや。映っているのは、龍と戦う必要のない理由だ」
とりあえず、映像を映すことにした。
多くの龍が地面に倒れていた。彼らは無傷だった。
だが、意識はなかった。そして、その上空で
「私は、勘違いをしていた!孫を預ける力量を測るときなのに、部下に任せるという勘違いを!!私が相手をするべきだったのだ――」
孫馬鹿が絶叫していた。
「……先生、これって」
「見ての通り、王様がじきじきにお出ましになったんだ……大人気ないことに」
「あの、地面に倒れている龍って、もしかして……」
「奴がやったんだ。言っとくのを忘れていたが、王はさらに桁違いだぞ。冗談抜きで神殺せるからな」
「……先生!エリスを連れて逃げましょう!」
『荷物をまとめる前に。最後まで、映像を見たほうがいいぞ和樹』
朧の言葉が終わるとほぼ同時に、孫馬鹿の叫びが終わりもう一人の孫馬鹿―「その手があったか」と呟いた―が立ち上がり
「龍王よ。それは、あまりにうら(やましい)……大人気ないのではないか」
「ドラゴン王よ。私は、祖父としての責務を果たそうとしているのだ」
「……それは、私が果たしていないということかね」
「そう聞こえたのなら、あなた自身がそう思っているという証拠だろうな」
瞬間、緊迫した空気がアリーナを襲った。
全ての幻想種は動かない。いや、動けない。彼らの王の圧倒的な存在感が本能に「動くな」と絶叫させて肉体も魔力も動かさない。
そして、その場にいる誰しもが最終戦争を覚悟したとき
「龍族は失格ってことになるぞ」
誰しも動けない中平然としたからかいの声が響いた。
その声で緊張が解けたため一斉にその方向に視線を向けた幻想種達は、審判席でルールブック片手に普段通りの笑みを浮かべた和麻の姿を見付けた。
「どういうことかな。コントラクターよ、失格とは?」
磐上は、「龍族の失格」と観客の前で言われたためエリスの祖父ではなく、公の場で見せる龍王としての立場で、和樹の師匠ではなくコントラクターとしての立場の和麻に聞くような形を取った。
「昨日、あなたが聞かなくても良いと言って去った後、細かいルールを審判部が決定したのですよ、龍王。そして、ルールを破った場合無条件で敗退が決定されました。その第十二条に戦う者は決定した者のみ、交代は認めないことが記されてあります。ご覧になられますか?」
コントラクターぽい、くそ真面目な口調と顔で答える和麻。
それを見て本性を知らない幻想種達は、コントラクターに対する誤解を深めていた。
その一言を聞いて、驚愕した表情で審判部に顔を向けた磐上は、怯えて震えた審判たちの頷きを目にしたので、さらに問い詰め。
昨日、両王が立ち去った―ルールに興味がなかったのでエリスと会うことを優先した―後和麻が提案し、その場にいた全員が、役者である和樹が逃げるのを恐れたため満場一致で賛成したことを聞いて、和麻のほうを睨むと
「王たるもの、法を守るべきです龍王。さもなくば示しがつきません。これは、平和を望む一個人としての意見です」
すぐさま公人としての立場を強調することで追い討ちをかけて、逃げ場をなくして磐上を頷かせようとする真面目な顔をした―目はいたずらに成功したことを誇るいたずらっ子の目だ―和麻の言葉に
――磐上は和麻が今回龍を煽り混乱させ自分に仲介させることで、和樹を不戦勝にさせた仕掛け人だということを熟知しながらも渋々頷いた。
大人気なかったこともあるし
自分に対し引っ掛けてくるのはこいつくらいだ、と常に崇められて距離を置かれている自分に対して対等な立場で接してくる相手がいる心地よさも感じながら……
この瞬間、第二回戦:和樹VSパオ・リーは、片方は熟睡してユニコーンに治療されているため、もう片方は、和麻に煽られた周囲の龍によって大乱闘になったところで仲介を買って出た王に気絶されたという違いはあるものの
両者不在のまま、和樹の不戦勝という形で幕を閉じた。
片方には喜びを。片方には不満を残して…… ある意味和麻の勝利かもしれないが
「……とまあ、こんなわけだ」
自分の手を握って「先生、ありがとうございます」と半泣きで何度も言う和樹の頭を撫でながら、和麻は言った。
今回の件を不服と思うパオがいずれ追いかけてくるに違いない、和樹も大変だな、と他人事のように考えながら、龍種を上手くからかえたことに対する至福の笑みを浮かべて
『今回もだが、お前はこうなることを読んでいたのか』
呆れたような朧の、いつものように先読みして手を打っていたのかという質問に答えた。
「んなわけねーだろ。別に言っといて損がないから、言っておいただけだ」
「いつものようにですか?」
「ああ」
いつも通りに、戦前いくつか手を打って戦後を有利にしようとしていたことをあっさりと和麻は認めた。
これだけではなく、エリスを連れて行くために打てる手はいくつも和麻は打っていた、おそらくドラゴンに負けるが健闘はするに違いない和樹のために……
だから、和樹の大金星を和麻は誇らしく思い、その大金星の成果を使って龍との闘いを不戦勝にした。
和樹以外に和麻がここまでやることは、まずない。
その和麻を見ながら和樹は「何時になったら先生と同じくらいの手が打てるようになるんだろう」と戦闘能力は上がったものの、未だ先にいくつもの手を打ち『戦わずして勝つ』『必要最小限の戦闘で目的を果たす』和麻のようになれないことに悔しさを覚え。
もっと和麻のこういったところ―相手を自爆させて勝つ見込みのない闘いを回避しながら判定勝ち―を真似しながら学び、自分のものにしていこうと決意した。
ある意味正しい決意をしている和樹に対して、和麻は軽く表情をゆるませ無言で次の映像を映した。
その映像は、和樹の不戦勝が決定したほぼ直後のようで、磐上は闘技場上空に表情を暗くさせて漂っていた。
そうしている磐上の右横百メートルほどのところに突如ユーマが降り立った。
「これが、賢明な判断の理由ですか?」
これから始まることが『賢明な判断を期待する』ことだとわかった和樹は、和麻のほうを向いて聞き、和麻の頷きを目にした。
不戦勝に対する不服の声が収まらない観客たちは、龍王だけではなくドラゴン王まで闘技場に降り立ったことで、先程のことを思い出し戦慄したが、緊張感がまったくなかったのですぐにその想いを消した。
観客が静かになった時を見計らい、その場にいる全員の注目を浴びているユーマは語り始めた。
「この場に集まっている皆、この映像を見ている皆に私は喜ばしいことを宣言する」
ここ数百年なかった、王の宣言を前にして何事かと顔を見合わせる幻想種たちの耳にその言葉が飛び込んだとき全員が驚愕した。
「私は、式森和樹と契約する。あの少年にはそれだけの価値がある。そして何より私が彼と契約したい」
その言葉の持つ意味―史上初めてドラゴン王が人間と契約する―に気付いた幻想種達は驚愕の後、人間を嫌っている者たちも含めておおむね納得した。
純粋にその意見に賛成した者たちもいるが、何より大きい理由として、和樹が見せた戦闘能力は、彼らに感歎と驚愕以外にも恐怖を与えたという理由がある。
もし、和樹がこちらに攻撃してきたらどうするかという恐怖だ。
そのため、保守的なものや龍種側の一部勢力以外は賛成した。契約するということは、こちら側に対して攻撃してこないことだと考えたからだ――実際はそんな事はないのだが……
気絶している龍種はともかく、王が人間と契約すると宣言したドラゴン種は、純粋にその宣言に賛成した者達だ。
特に和樹と直接闘ったヒューイなどは、王に対して提案しようと思っていたほどであり、和樹のような強者に対して契約するのは当たり前だと思い『賛同の咆哮』―強い賛成の意―をあげていた。
和麻はというと、和樹に対して無理強いをするつもりは無いが賛成だった。 契約を結ぶ超越存在として、ユーマと磐上は最上の相手だ。
彼らは、人でなしではない―人類ではないが便宜上―。愛することを知る心があり信頼できる相手だ。
暇つぶしの相手をさせられるかもしれないが、害は――自分には来ないだろう。 最後のこと以外和麻の判断は正しかった。
エリスは「おじいちゃんとなかいいの〜」と言って喜び、その両親も喜んでいる。
このように周囲のほとんどが賛成している中一人だけ反対、というより不服を表している者が居た――磐上だ。
彼の不服の理由は簡単。つまり――
「私も契約させてもらおう」
自分が先に目を着けたのに、という理由―事実はほぼ同時に目をつけた―で不服だった。
その言葉を聞いた幻想種達は今度も驚愕したものの、納得は龍種側の一部勢力以外しなかった『王二人と契約!?人間が耐えられるはずがない!!』という理由で。
その理由を解っている両王は、相手より先に和樹に直接言い契約すべきだと最初は思っていた。
しかし、今和樹が寝ているときに宣言したいる。
その理由は『契約を言い出すのは私だけだろう』という考えがあったため両方とも後回しにしていたのだが、磐上が闘技場に降り立ち和樹と闘おうとした時の磐上の心境をユーマが正確に見抜いたことから始まる。
磐上が契約するつもりで、和樹の戦闘能力を自分の体で直接感じようとしているのを、ユーマがなぜ見抜けたのかというと。
ユーマが自分もヒューイ戦後に同じ考えに至り歯軋りしたからだ。
そのため、ユーマは二回戦が不戦勝で終わった後『奴が先に抜け駆けしようとしたのだから、今度は私の番だ』という子供じみた理屈で宣言した。
そして、そのときのユーマの心境も、自分がその立場ならユーマと同じことをすると断言できる磐上は悟り、己の迂闊さに歯軋りしながらも急いで宣言した。
またも発生しそうなハルマゲドンを回避したのは、満面の笑顔のエリスの
「おじいちゃんたち、いっしょにあくしゅ、なかよし」
舌足らずだが喜びの声で『おじいちゃん達一緒に和樹と契約してくれる、皆仲がいいね』という意味の言葉だった。
この瞬間和樹に両王と同時に契約するという試練―肉体と魂が耐え切れずに崩壊する可能性あり―が半強制的―選択権は一応与えられた―に決定した。
「……さて、どうする?」
目を閉じて考えている和樹の答えを、想像しながら和麻は聞いた。
戦っている最中、夢のようなことを考えた。龍王かドラゴン王のどちらか自分と契約してくれたらいいな、と。
今まで見てきた存在の中で最強の力を持っていながら、愛するということを知っている彼らと――でも、すぐに消した。
自分のような子供と契約したいなんてことはないと思ったから……
(でも、契約してくれるって言ってくれたんだ。しかも、両方とも)
考える必要はなかった。自分のほうからお願いしたい。
そう思いながら、和樹は目を開け、自分の目標である風の精霊王と契約した和麻と目を合わせた。
契約しただけで、追いつけるとは思えないし、ありえない。でも、少しでも近づいていきたい。僕の先生。
「行きましょう、先生。磐上さんとユーマさんのところに」
決然とした意志を込めて、和樹はベッドから降りながら目を和麻から逸らさずに言った。
「では、腕を出してお前の血をその器に注ぐのだ。和樹」
青白い光を放つ鉱物のようなもので作られた大広間ほどの一室で和樹は、手のひらサイズの器を二つ目前に置かれて磐上の説明を受けていた。
「契約は静かなところでやる」和樹が大歓声の中ふたりの前に着くと同時にユーマが言い。ここに自分と和麻とエリスとその両親を転移させた。
場所がばらばらでかなりの抗魔力を持つ自分たちを転移させた時、魔術が近くで発するときに感じる背中がざわざわする感覚が全く感じなかったことに驚愕した。 ユーマは、魔力を意識して集めず呼吸するかのようにそのような離れ業をやってみせたからだ。
あまりの事にぼんやりしている和樹が気を取り直せたのは、和麻が「さっすが」と賞賛の思いを込めて呟いたからだ。
師が自分の気を取り戻す手伝いをしてくれたことに対する感謝よりも先に、和樹は生唾を飲んでいた。
(すごい……神と同レベルっていうのは、冗談でも大げさでもないや)
左腕をナイフで薄く切って、仙法の治癒強化を押さえて目前の器に自分の血を満たしながら和樹はただ感心していた。
「もう一つある。いれてくれ」
ユーマにそう言われてもう一つの方にも血を注ぎ込んだ。
そのため、献血の後の徒労感みたいなものを和樹は感じて、仙法を治癒強化の再開と血液の増加に集中した。
「では、我々の番だな」
そう言うと、両王は和樹に渡したのと全く同じ大きさの器を取り出して、手を強く握り締めて、自らの血液を器に注ぎ込んだ。
そして、その器を和樹の血で満たされた器と交換した。
目の前に赤い血が満たされた器を置かれ、なんとなくこれからのことが想像できた和樹に、ユーマと磐上は想像通りの事を言った
「では、その血を飲み干せ。そうすれば君は、私たちの加護を得ることができる。心配しなくていい、君の体が異物として感じないために私たちも君の血を飲み干すのだから」
魔方陣とかに立って、仰々しい呪文のようなものを聞くのだろうと思っていたから、そういう事はやらないのだろうかという疑問を和樹は覚えた。
その和樹の思いを呼んだかのように磐上が語り始めた。
「我々が自らの意志を込めた自らの血液にはそういう効果がある。我らにとっての契約とは、血を飲みあうものだ。同時に飲み干したまえ、我々も契約は初めてでな。単独ならば知識があるのだが、ふたり同時に契約となると全くの手探りだ。だが、時間差を置いて違う存在と契約するのが如何に危険かは――知っているな」
時間差を置いた場合、向うに比べて下位の存在である自分は消滅することを和麻から聞かされている和樹は頷き。
二つの器を片手に一つずつ手に取った。
「口をつけるタイミングが同じならば大丈夫だ。口につける前に我らの血を混ぜるなよ。消滅する……では、我らとお前と同時に口をつけよう」
二つの器に満たされている血に写る自分の顔を見ながら、和樹は大口を空けて、一滴でも口に入る前に混ざらないようにした。
同じく口の前まで持ってきたユーマが、磐上と和樹を見て確認し、言った。
「こういうときは、これでいいのかな――乾杯」
ゆっくりと、細心の注意を払って同時に血を口にいれた。
(血の味がする)
胃に半分以上流し込み終わったとき、苦痛みたいなものが走ると考えていた和樹は、血の味に対する不快感しか覚えないため、少し拍子抜けしていた。
そして、全部の血を胃に流し込んでも何も起きないため
「あの、これでおわりいい――あが……あああああ」
これで全部終わりかと尋ねようとした和樹は、全身の血管が沸騰したような感触を覚え激痛のため絶叫しながら体を抱えるようにして座り込んだ。
そして、足の皮膚の痛覚が全くなくなっていることに驚愕した。
足は動くのに、痛みも寒さも感じない。足の中の血管や骨は痛覚があって激痛が走っているのに、皮膚だけが無くなったように何も感じない。
そして、その感覚は何時しか全身が感じて少し経つと激痛すらもなくなった。 腕も、腹も、声も出せない、耳も聞こえない、目も見えない。
まるで、世界に自分しかいないようだった。全ての感覚が全て遮断されて自分の意識しか存在していない。
その圧倒的な孤独感に恐怖を感じた。
怖い、怖くて自分の意識すら保てなくなるくらいに
(壊れる……壊れていく。僕が壊れて……あのときのように壊れて……記憶をほとんどなくして、何の反応もしなくなった自分にもどっ……ふ、)
「ふざけるな!」
絶叫した。その後、自分でもよくわからないことを叫び続け、声が枯れたとき。 感覚が戻っていることと、自分がまたもベッドに寝かされていることと、お腹のあたりに白銀の猫がしがみついて泣いて喜んでいるのを理解した。
猫を撫でながら、傍のテーブルに置かれていた水差しからコップに水を入れ一口飲んでのどを潤すことで枯れた声が出るようにした。
一息つくと、自分のお腹の辺りにいる猫が自分の魔力を大量に持っていっていることに気付いた。
このまま持っていかれると、一日で魔力の三分の二が持っていかれる事を計算したので、あわてて対処しようとした。
その時その持っていかれている以上の魔力が急速に回復していることに気付いたので、自分の中の魔力の流れに意識すると、今までの倍以上の魔力が溢れていることに驚愕した。
今までの自分じゃ抑えきれず魂が崩壊するほどの魔力に慌てて対処しようとしたとき、自分の魔力の流れの最大容量も数倍に跳ね上がっていることに気付いた。
(すごい……それだけじゃない)
それ以外にも、自分の肉体の自己治癒能力も跳ね上がる等の能力がある。
しかもそれらの能力全てが、短時間という条件を付ければ、自分の中にある扉のようなものを開くことで、扉の向うにある怖いくらいの強大な力を一部とはいえ持ってくることでさらに強化できる。
まるで和麻の聖痕のように
「そうか……契約できたんだ」
突然のレベルアップの原因を理解した和樹は、自分の腹に抱きついたまま何時しか寝ているエリス―リンクをたどることでわかった―を連れて、ここからあまり離れてない場所にいる和麻のところに向かった。
「……つまり、これだけの能力が付加されたんですね」
アリーナを出た近くにある鍛冶場の近くの茶屋に居た和麻から、契約したことによって、通常時の戦闘能力の強化と非常時における更なる強化だけではなく。
今まで自分にしか出来なかった癒しの炎が、より強力に他人に出来るようになったこと。
龍・ドラゴン種が持つ相手の本能に対する命令権や幻想種に無償で手伝いを依頼できる権利等様々なものを手に入れたことを聞いて、和樹はその力の絶大さに呆れたというより恐怖を込めた声を出した。
その和樹の言葉を聞いて、弟子に追いつかれそうな師匠が持つ焦りと似たような感覚を抱いているが、それ以上に弟子の成長を喜んでいる和麻は、和樹の頭を撫でながら笑った。
自分の力に対して恐怖しているなら、自分が特に注意することはないということを理解しているが故に
その和麻に和樹は、磐上とユーマは鍛冶場にいるけど何をしているのかと聞いた。
「剣折れただろ。その代わりをお前に渡すんだと」
「代わりですか」
「ああ、あいつらの犬歯を材料にして、ドワーフの族長が今鍛えている」
あっさりと言われたその言葉に込められたことに和樹は感嘆の声をあげた。
龍・ドラゴンの牙特に犬歯の部分は、破格の価値を持っているため、武器にしようとするものは後を絶たない。
だが、彼らの戦闘能力からしてみれば当たり前だが、生きている両種の牙はまず手に入らないため。
生前より牙に込められている力が十分の一以下の死後の牙製が出回っている物の大半だ。
それでさえ、王に許可を貰う必要があるため、量が少ない。だから、王の牙を材料にして武器を作るなどというのは、異常を通り越して夢物語の域だ。
「……先生、それって朧と同じくらいの武器になりませんか?」
なんだかんだ言って、人類が持てる呪法具最強であり『神殺し』の力さえ持つ朧―巨大な茶碗に浸かって茶の味と香りを味わっている―を見ながら震える声で言うと
「そりゃそーだろ、知る限り最上の材料が、これまた最高の鍛冶師によって打たれるんだからな。気をつけろよ、制御できなかったら自爆もありえるからな、」
とあっさりととんでもないことを師は認めた。
その剣を自分が持つことに気付いた和樹は、こちらもあっさりとそれを受け入れ気になることを和麻に聞いた。
「ところで、形状とかはどうなるんでしょうか?」
「気になるなら行ってくるか?……ついでにこいつも持っていって、向うで鍛えてもらってくれ……なまくらになった自分を磨いて来い」
頷いた和樹に対して和麻は、茶碗に浸かっていた朧を和樹に対して放り投げた。
『私の至福のひと時をお前は……まあいい、ドワーフの長に鍛えられるとはな、いいマッサージになりそうだ』
文句を言おうとしたが、和麻が酷使したため疲れている自分を、ドワーフの長の手で癒そうとしていることに気付いた朧は、和麻に遠まわしに礼を言った。
その後、和樹の魔力の増量に驚き
『ところで和樹は、強くなったな……いや、謙遜することはない。普段の聖痕を発動させていない状態の和麻と比べれば、もしかしたら上かも知れんぞ』
その一言を聞くと、破壊力ではすでに超えられたことを理解している和麻は一瞬頬を引くつかせ、「そんなことないよ」と頭をかきながら笑う和樹を手招き
「和樹、ちょっと」
「何ですか先生」
柔らかい笑みを浮かべながら素直に近づいてきた和樹の手を握り、和樹が握手だと考えて手を握り返そうとした瞬間――その手を引いて和樹の足を払いながらもう片方の手で襟首を掴むことで高々と足を舞わせ背中から地面に倒した。
そしてなんとか受身を取れた和樹を蹴って腹ばいにさせてその背中を踏みつけ、不吉な笑みを浮かべて
「甘いなー。戦闘能力が上がったからといって油断するとは……修行不足だ」
『和麻……お前……そこまで』
卑怯すぎる和麻の行動を、朧は和麻が「まだ、弟子に負けたくない」という心境からやったということを正確に理解して呆れた。
が、素直な和樹は、和麻の言葉を表面通りに受け取った。
「そうですよね!力が増えても自分の意志で制御して使いこなせなくちゃ意味ありませんよね!ありがとうございます先生。いつも教えてくれて」
満面の笑顔で、強い力を持っただけで有頂天になっていた自分に対し、和麻が忠告してくれたんだと疑わず無限の信頼を言葉に込める和樹に
「……その通りだ、和樹」
和麻はそれとなく目を逸らしながら、和樹の勘違いを肯定した。
和麻の一瞬の沈黙や目を逸らしたことに和樹は気にせず
「はい……先生お願いがあるんですけど」
頷いた後、上目遣いでじいっと和麻を見ながら『お願い』をしてきた。
「……なんだ」
「早めにこの力に慣れたいから、戦闘訓練をお願いしたいんです。その……疲れてなければですけど」
「……わかった」
逆らえず、問答無用で頷く和麻に、和樹は歓声をあげて嬉しそうに抱きついてきた。
その和樹の頭を撫でている和麻に朧からの念話が聞こえた。
《和麻……自分が嫌にならないか》
《…………いや、全く》
沈黙が本音を表していた。
「それじゃあ、行ってきます」
そう言って朧片手に鍛冶場に向かった和樹に対し、手を振りながら――人生の無常とかに思いを馳せて、自己鍛錬の量を増やそうと決意した和麻の隣でエリスが目覚めた。
和樹が居ないことに泣きそうになったエリスを和麻はなだめると、ふと和樹に対するからかいを思いつきエリスに仕込むことにした。 つまり――
「いいか。これから和樹のことは、ますたーと呼ぶんだ。そうすれば、和樹が喜ぶ」
「よろこぶの?」
「ああ、それと――」
目を輝かせて聞き入る少女に和麻は、色々なことを吹き込んでいった。
その和麻にエルフの女性が近づいて行き
「お久しぶりね、和麻」
微笑みながら和麻の背中に対して声を掛けた。
当然背後から誰かが近づいていることは悟っていたが、敵意や殺意が感じられなかったため無視していた和麻だったが、その声を聞いて振り替えり軽く目を見張った。
「レニ……」
膝まで届く金髪を軽く後ろに流した美女を和麻は幸か不幸か知っていた。
手入れをしなくても絹のような手触りを持つ髪も、細身に見えて出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる着痩せするその体も、その長い耳が最も弱い部分ということも、箱入り令嬢のように見えて鼻柱が強くエルフでは珍しく種族が違うだけで相手を蔑まない性格も全部。
「あら、驚いたのかしら。だったら光栄ね。あなたが驚いたところなんて三年前は想像することさえできなかったのに、見ることが出来たんだから」
そう言われて、いつも通りの人を食ったような笑みを浮かべたものの
「よー、久しぶりだなー元気だったかー」
何処か引きつった言葉を出した和麻に対して、レニは和麻の心の中まで覗きそうな笑みを浮かべて
「ええ、元気だったわよ。昔散々もてあそんでくれた男に笑って会えるくらいにね……少しお話しましょ」
地面に描かれた魔方陣の上にある台に置かれた乳白色の牙が、ドワーフの長が手にするハンマーで打たれるごとに剣の形に変わっていく光景を和樹は、長の次に腕がいいドワーフに磨かれている朧の隣で見ていた。
朧を受け取るときそのドワーフは「いい剣だ。主に恵まれている。無造作に使っているように見えて、大切にしていることがよく解る。」感心してそう言い。
朧は『ああ、その通りいい主だ。戦いの後、磨いても意味はないのに「ご苦労様」という意思をこめて磨いてくれる。本当に感謝しているよ……和麻には内緒だぞ』誇りを込めて言った。
溶鉱炉等の近代的な道具を使わず、ハンマー等の原始的な道具と魔方陣と職人の腕のみで、ドワーフは丁寧に精巧に素早く加工しにくい王の牙を剣にしている。
そしてその剣は傍目から見ても自分に丁度良い大きさだということが分かる。 一度も測らずにあの戦いを見ただけで自分の手に丁度いい大きさの剣を作っているのだ。
「そうでもなければ長には成れない」と、朧を磨いているドワーフは誇らしげに胸を張って長を見た。
感心している和樹に長の近くで自分の牙が剣に変わっていく様子を興味深げに見ていた、磐上とユーマが気付きこちらへと手招いた。
「エリスは、連れていないのかね?」
お互い目礼をした後、磐上は視線を左右にした後確認の意味で言った。
「はい、寝ていたから先生に預けました」
和樹の答えを聞くと、ユーマは重々しく頷き。
「そうか……君に重要なことを伝えるのを忘れていた」
「はい、なんでしょう」
契約したことに対する心構えとか、こちらの力を与える代わりに頼みたいこととか、契約によって生じる責務とかを想像して背筋を伸ばす和樹に
「「エリスに手を出すな」」
同時に声を合わせて言い放ったため、和樹は呆然として部屋の中を見回し、作業に集中してこちらを見向きもしない専門化の鏡のようなドワーフの長と磨き終わった朧とドワーフを見た後
「……あの、契約によって生じる責務とか、これからの心構えとか、力の代償とかは」
「「そんなものどうでもいい!!」」
間髪いれずに返事をした契約相手によって、契約とかそういうものに対する常識とか幻想とかを粉砕された。
が、まだ純粋さとかが残っている和樹は「この人たち実は仲がいいんじゃ」と思いながらがんばって
「あの、エリスは今二歳だから手なんか出せないんじゃ」
「「十五年経てば問題ないだろう。光源氏のようにな!!」」
幼い少女を親切面して引き取り、自分好みの女に育てておいしく頂いた。
外道というか山師の最高峰と同じように言われた和樹は
「どうして、僕がそんな事するって言えるんですか!」
全く両王を恐れていない和樹の態度に、両王はさらに彼らの疑惑を深め、その疑惑の根拠を叫んだ。
「「君(お前)が和麻の弟子だからだ!!」」
これで全ての説明がつくとばかりに叫ぶふたりに対して、和樹は目を丸くした。
「……えっと、それってどういう」
その和樹の態度に両王は少し落ち着き、ユーマが和麻の昔のことを語り始めた。
「三年前、まだ和麻が朧と会う前、和麻はある薬を手に入れるためにエルフの里を襲撃し、ほぼ全員を半殺しにしたんだ」
そんな衝撃的な話に対し和樹は、明日の天気は晴れだといわれたときのような態度で
「先生が相手に何かを要求するとき、相手を半殺しにするなんて、いつものことじゃないですか。それに、その話がなんでエリスに手を出すって話になるんですか?」
「「…………」」
会話が、少し中断する。
数秒後、磐上が咳払いをして言いなおした。
「お前の言うとおり、ここまでの話では全くエリスと関係ないな。だがここからは違うし、おそらく和麻も今の和麻とは違う。ここまで話してなんだが――聞くか?」
「はい」
何人ものエルフが倒れている。倒れている者の老若男女の違いはなかった。
彼らの共通点は唯一つ、その倒れた原因のみだった。
「ご……ふっ」
吐血しながら、エルフ族長はこの惨劇の要因となったモノから目を逸らせなかった。
台風を圧縮したような風を身に纏う蒼い目をした十代前半の少年から……
突如として里全体が圧倒的な力と殺意に満ちた風に覆われたことからこの惨劇は始まった。
そのあまりの力に怯えたエルフたちは我先にと逃げ出し、自分たち一族があらかじめ用意していた逃げ道から逃げてその先にある休憩所に着いた。
安堵の息を漏らして座り込んだ彼らはその道を知りながら“わざと”あけていた少年から全く感知できない場所から攻撃され、戦士・女子供の区別なく風で叩きのめされて、体中から血を噴出した。
ほとんどのものが地面に倒れた時この少年は現れた。
まだ意識がある者達は、少年が突如として現れたことに驚きながらも助けを請おうとしたが、少年が人間だと分かってからはその言葉は罵声に近いものに変わった。
「人間ごときが何の用か知らんが、役に立たせてやる俺たちの傷を治せ」おおむねその様なことを意識がある者達は言い、そしてそれは族長も変わらなかった。
ほとんどのエルフは人間が嫌いな上に、下等生物と見下ろしていた。 何時しか彼らは石まで投げて「早くしろ」とまで言ったが、少年は彼らなど眼中にないという態度で何かを探すように目を左右に向けるだけだった。
そして、ついに石が当たりそうになった時、少年はその石を風で弾いて投げた者の体に埋め込んだ。
この瞬間彼らは火薬に対して火を投げ込んでしまった。少年に対し攻撃してしまったのだ。
「あ……うぐ」
里最強の戦士がかばってくれたため、意識を何とか保っている族長はここに来てようやく三つのことに気付いた。
一つ目は、この少年が里に対する攻撃を行ったこと。
二つ目は、信じがたいがこの少年が噂で聞いた風の精霊王と契約したコントラクターだということ。
そして、最後は自分がエルフ族長だと解ったから気絶させなかったということ。
「エルフ族長か?」
自分の目前に十数人の子供を族長を囲むように浮かせて、その後ろから少年は聞いているだけで殺されそうな声を初めて出して聞いてきた。
あまりの恐怖に答えられずに体を震わせる族長の顔に、目前のエルフの子供から噴出した血液がかかった。
目を上げた族長の目に映ったのは、体をビクンビクンと震わせ小さな穴の空いた腹から血を流す二人子供と、左手に持つ消音器付の拳銃をその隣の子供に向けているコントラクターの姿だった。
「そ、そうだ」
ほとんど反射的に言った言葉を聞くと少年はその蒼い目―聖痕ではなく精霊眼、聖痕は最初の一撃のあと閉じた―を細めた。
それだけで、その少年から感じる殺意が数倍に強まった気がして悲鳴をあげそうな族長の醜態などに目もくれず。
「エルフ族の特産薬――集落にはなかった。出せ」
端的に自分の要求を呟いた。
「あ、ああああ」
あまりの恐怖のため失神しそうな族長の顔に、今度は六回血液がかかった。
「な、ないんだ」
尿を漏らしながらも、朱色の液体によって紅く染まった顔で、声を絞り出した族長に対する返答は――八回のプシュッという音だった。
「ま、まってくれ、本当にないんだ」
それでも声を出し、目を瞑って目前の子供たちからの液体を覚悟する族長だったが、液体がこないため、わかってくれたのかと安堵の思いで、目を開け。
少年が弾倉を交換し終わり、四回引き金を引くところまでを見た。
目前の少年に、弱者をいたぶる楽しみや喜びを見出せたほうが族長にとってはよかった。それならば素直に少年を憎めた。
でも、目前の少年にそんな楽しみや喜びは全く見出せず、必要だからやっているというような機械的な感情しか見出せなかった。
そんな相手に説得など無意味だし、効果もない。
薬を出せばこの少年は引くだろう、だが薬は今どうやっても作れない。
絶望のあまり舌を噛み切ろうとした族長の耳に、自分の娘の声が聞こえた。
驚愕して、目を開く族長は自分の娘が少年に掴みかかろうとして、返り討ちにあい。
娘の首を掴んだ少年に片手で持ち上げられている光景を見て「レニフィル」と娘の名を叫んだ。
その言葉を聞くと少年はレニを降ろし(放り投げ)族長のほうに目を向けた。
「……でその後、和麻はレニを人質にとってその場を去ったんだ」
「まあ、その後は分かるだろうが、お互い若いからな色々あったらしい。無事に帰したが……」
「レニが誘惑したという説もありますがね」
磐上、ユーマ、朧を磨いてくれたドワーフ(エルフ嫌い)は、和樹がエリスに手を出しそうな理由として和麻の誘拐・暴行をあげたので、和樹は食ってかかった
「……嘘です。先生がそんな事するはずがありません!」
その和樹に対しユーマは、優しい目つきで言った。
「事実だ。信じられない根拠があるのかね?」
「はい。先生が、人質なんて足手まといをわざわざ作るはずがありません」
「「「……は?」」」
この瞬間和樹は、龍王・ドラゴン王を同時にあっけに取らせたという偉業を達成した
「先生なら、人質を取ったように相手に見せかけて脅迫する方法を取ります。そっちのほうが、リスクが少ないし身軽です。だから、今回みたいなときは族長から聞き出すだけ聞きだした後、『一日以内に用意しておけ、さもなきゃ皆殺しだ』って言って去った後、離れたところから監視して、時々風で攻撃して恐怖を与え続けて早めに用意させるのが――先生なんです!!」
迷いなく断言する少年を見て、龍王とドラゴン王の本性すら知る立場に居るドワーフはこの純粋な少年の将来の姿を想像してなんとなく泣きたくなった。
朧は『和麻に対する理解度の差だな。和麻が聞いたらどういう反応をするのだろう』と遠い目をした。
そして、磐上とユーマは愕然としてエルフが薬を作るために必要な体の場所は壊されていなかった事実を思い出し「和麻なら確かにそうするはずだ!」と叫んだ後。
なぜ和麻がそんな事をしたのかと話し合い――「いくら和麻といっても年が年だ、人肌が恋しくなったんじゃないか」という結論に達した。
その後、和樹が『エリスに手を出さない』と記した誓約書みたいなものを書くことで、孫馬鹿は納得して「エリスを頼む」と言った。
両王にとって和麻や和樹の倫理的に問題がある行動は、充分許容範囲なのだ――エリスに移さなければ……
和気藹々と会話する三人を尻目に、ドワーフの長は仕上げに入り。
朧は、和樹が変わったことに対し諦めの心境を覚えていた。
その後、話が本当だという証拠を見せられた和樹はエルフが別に和麻と敵対してなかったということを聞き、敵対していない相手に対しそこまで攻撃しない今の和麻との違いを理解し、ショックを受け俯いた。
が、――まともに頼んでもエルフが薬を渡した可能性は無いし、死者や後遺症を残したものはいないといわれて、今の和麻と共通するところを見つけて、元気を取り戻した。
「でも、どうしてエルフの族長さんは先生のことをそこまで怨んでないんですか?」
迎えに来たとき複雑な顔をしていたが、和麻のことを殺したいほど憎んではいなかった族長のことを思い出し、不思議そうな顔をした和樹の質問に、ユーマが答えた。
「エルフは、特産薬によって幻想種の中での地位を保証されていたんだ。しかし、その材料の場所に強力な妖魔が巣くってしまったので、材料が取れなくなってしまったんだ。だから、あの時エルフ族は一族存亡の危機にいたといっても過言ではなかった」
「ドラゴンや龍に助けを求めなかったんですか?」
「求めてきたのだが、我々は向かわせられなかった……我が一族は戦闘を命題にして生まれている。だから、殺し合いの場合相手が弱いと、材料が生えている土地もろとも吹き飛ばしてしまう恐れがあったんだ――実際何度かあったしね」
「は、はあ」
試合でよかったーと内心ホッとしながら和樹は言った。
「その妖魔を、レニ嬢に頼まれた和麻が倒したんだ。そして、和麻はある程度の報酬と薬を手に入れて去ったんだ。だから彼らにとって和麻は、一族半殺しの犯人であり、一族存亡を救ってくれた救世主でもあるんだ」
『その後、私のところに来たんだなあいつは』
「その後だな、我々が和麻と会ったのは」
なつかしいなー、と過去の話で盛り上がる三人?をよそに。
和樹は、ドワーフの長から『双竜紋』を受け取り、剣が持つ様々な特性を教えられた。
例えば、剣が和樹の体の成長に合わせて大きさを変えていくという特性や相手の皮膚を切らずに骨を切ることが出来る特性や普段体の中にしまって必要なときに取り出せる等の特性があった。
ドワーフの長に礼を言った和樹は
「なあ〜に、礼を言いたいのはこっちだ。王の牙を鍛えるなんて晴れ舞台をくれたんだからよ」
豪快に笑う長の後ろの窓の向うで、和麻が女の人と話している光景を見た。
「あの、レニさんって、緑の服を着た目が紅くて長い金髪を後ろにした綺麗な人ですか?」
強化した目で確かめた女性のことをドワーフの長に聞いた和樹に答えたのは、磐上だった。
「よく知っているな。そうだが、どうかしたのか」
いぶかしげにこちらを見てくる五人の気配を感じながら、和樹は窓の外から目を逸らさずに言った。
「今、先生と話しているのって――」
途中で言葉が止まったのは、全員―何時の間にか磐上とユーマは人間体―が窓に張り付き少しでも修羅場?を確認しようとしたからだ。
あまりにも分かりやすい反応を見ながら和樹は空気の熱の変化によって向うの話を聞き始めた。が、どうやら会話の終わりだったらしく。
聞こえたのはレニが和麻に「――いい顔になったわね。それじゃ、また」と笑って去っていくところだった。
「遅かったか……これ以上なく面白そうだったのに」
血涙を流さんばかりにして呻くヒューイに対して磐上が
「こうなったら、『過去視』に頼んで、一部始終見せてもらうか」
過去の映像を映すことができる幻想種に頼もうとして、プライバシーの侵害になるから止めておこうと考え直した。
(先生……複雑そうだったな)
見た感じ、喜んでいたけど戸惑ってもいた和麻を思い出して、和樹は朧を持って和麻のところに行くことにした。
エリスが起きて自分を探していることが、寂しいという感情がリンクを伝ってきたので分かったし、和麻に戦闘訓練を早く付き合って欲しかったからだ。
三日後、彼らは来たときと同じようにペガサスの族長の背に乗って帰った。 孫馬鹿がついてこようとしたり、レニが和麻に対して別れを言いに来たり、パオが和樹に戦えと言ったりして色々あったが、無事にエリスという新しい家族と共に帰路についた。
その後和麻は、部下志望者達に追いかけまわされ、行きたくなかった日本にまで行ってしまった。
そこで、ある出会いがある
今回で、契約編はお終いです。
次回は、まぶらほ編に戻るか。
居ることは知っていてもお互いあったことのない和麻と煉の出会いかのどっちかなのですが、どちらにしても来年になりそうです
それでは、皆様よいお年を
申し訳ありませんが、今回のレス返しはこれから用事があるので、無しにさせていただきます。
ご了承ください。