インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始▼レス末

「二人三脚でやり直そう 〜第七十五話〜(GS)」

いしゅたる (2008-06-20 17:57)
BACK< >NEXT


『……み、ち……ざ……』

 ごぼり、と。
 腹を貫かれたメフィストの怨嗟のうめきは、しかし吐き出された紫色の血によって中断された。

『……ふん』

 その腹を貫いている当人――道真は、その血が衣服にかかるのを気にした様子もなく、目を細める。

 と――


 ――ガササッ!


「「っ!」」

『…………?』

 突如、草を掻き分ける音が横合いから聞こえてきた。高島と秦は咄嗟に身構え、道真は億劫そうに視線を向ける。
 そして、三人の視線の先から、四つの人影が飛び出した。
 四つの人影の内訳は、男一人、女三人――そう。おキヌたち一行である。

「さ、西郷!? それに、秦の君が……もう一人!?」

 その顔ぶれを見て、高島が驚愕の声を上げる。だが彼らは、そんな高島には目もくれず、飛び出したその場で硬直していた。
 その視線は――道真に貫かれているメフィストに集中している。

「お、遅かった……!?」

「くっ!」

 ヒャクメが絶望のうめきを上げ、小竜姫が刀の鯉口を切って前に出た。

「小竜姫! 早まっちゃ……!」

「はぁっ!」

 ――キンッ!

 ヒャクメの制止の声も虚しく、小竜姫が斬りかかる。道真は瞬時に袖口から鉄扇を取り出し、その一撃を受け止めた。

『……誰かと思えば、昨日もう一方のメフィストと一緒にいた者どもか』

 道真は億劫そうにそう言い、メフィストの体を放り棄てる。道真から離れたメフィストに、秦が「メフィストさま!」と彼女の名を叫びながら、駆け寄った。

「し、仕方ないのね! おキヌちゃん、西郷さん、援護を!」

「わ、わかりました!」

「承知した! 陰陽五行――」

 ヒャクメの言葉に頷き、おキヌは笛を口に、西郷は両手で印を組む。

 ピュリリリリッ!

「禁!」

 おキヌの笛の音と、西郷の術。その二つが、同時に道真に襲い掛かる。西郷の放った霊力の糸が道真の体に絡みつき、ネクロマンサーの笛が放つ浄化の波動が道真を包み込んだ。

 が――

『……この程度か?』

 道真は小さく嘲笑を漏らし――おもむろにその怨念の波動を解放する。

 ブォンッ!

「くぁっ!?」

 その波動によって、おキヌと西郷による戒めが吹き飛ばされ、目の前にいた小竜姫も、余波によって同じく吹き飛ばされた。

「くっ……足止めにもならんか! 化け物め……!」

「何やってんだ西郷!」

 西郷が、そのあまりの力量差を前にしておののく。その不甲斐なさに、高島が罵声を浴びせた。
 道真はそんな西郷を無視し、メフィストにすがりつく秦を見て、次におキヌの方に視線を向けた。

『……同じ容姿、同じ気配……メフィストと同じか? 面妖な……いや、それよりもその笛――』

 言いながら、道真の視線は、おキヌの持つネクロマンサーの笛に向けられる。

『見慣れぬものだが、相当の力を持っているな。その浄化の力、一千体規模の霊団ですら、ひとたまりもあるまい。人の身で大したものだと褒めておこう。
 が――

 ――我が怨念、その程度の力で浄化されるほど、生ぬるくはない!』

 道真はそう吼えると同時、おキヌに向けて鉄扇を飛ばした。

「おキヌさん!?」

 小竜姫が叫ぶも、その間にも鉄扇は猛スピードでおキヌに迫る。
 彼女はその鉄扇を前に、両腕をクロスさせて防御姿勢を取り――


 ――ガッ!


「きゃあっ!」

 硬いもの同士がぶつかる音を残し、おキヌは後方に吹き飛んだ。彼女に当たって跳ね返った鉄扇は、そのまま道真の手元に戻る。
 一方おキヌは、その背後にある木にまで一直線に吹き飛び、その背をしたたかに打ちつけた。

 だが――

「あいたたた……!」

 当のおキヌは、苦痛に顔を歪めながらも、すぐさま起き上がった。見ればその身には、変形した巫女装束を連想させる魔装術が、いつの間にか纏われていた。
 ――咄嗟に魔装術を展開し、その装甲によってダメージを軽減していたのだ。

 そして彼女は、すぐさま魔装術を解き、代わりに自身の笛へと術を展開する。

「な、なら、これでどうですか!?」

 若干声を震わせながらも、そう啖呵を切るおキヌの手にあった笛は、純白の羽ペンにも似た形状に変化していた。
 彼女はその笛に口をつけ――


 ピュリリリリリリリ――ッ!


 ――吹いた。

『む……ぐっ!? こ、これは……!』

 そこで初めて、道真の顔色が変わった。魔装術によって出力をブーストされた浄化の音は、道真にとってすら無視できないほどのパワーでもって、彼の怨念を侵食する。

「動きが止まった!」

「今です!」

 その瞬間を好機と見て、小竜姫が再び刀を手に吶喊し、西郷が両手で印を組む。
 が――

『ちぃぃっ!』

 道真は悔しげに大きく舌打ちし、一気に上空に飛び上がった。
 小竜姫の刀は空を切り、西郷は印を組んだまま上空の道真を見上げる。

「おのれ……!」

 道真を斬り損なった小竜姫がぎりっと歯を噛み締めるが、道真は取り合わずに、そのまま笛の影響が弱まるまで退避した。

『ハァッ……ハァッ……くっ!』

 彼は苦しげに息を切らし、忌々しげに眼下のおキヌを睨みつけた。

『な、なんだ今の力は……! 力が弱まる昼間とはいえ、我が怨念が人間ごときに浄化されかけるだと……ッ!?』

 信じられんとばかりに吐き捨てながら、道真はちらりとメフィストを一瞥する。

『くっ……だが、まあ良い。あの傷では、メフィストはもはや助からん。一応の目的は果たした……ここは退くとしよう。
 が――』

 言いながら、道真は再びおキヌに視線を向ける。

『小娘――お前は危険だ。昼間ゆえに半分も力を出せぬとはいえ、アシュタロスさまに力を頂いた私に通じるほどの強力な浄化の力を使うなどとは……その力、捨て置くわけにはいかぬ。たとえどれほど小さな小石であろうと、アシュタロス様の前に障害などあってはならぬ』

「…………ッ!」

『今宵だ。今宵、お前の命を刈り取らせてもらう。それまでその首、洗って待っておれ……!』

 そう宣言し、道真は空高く舞い上がり、いずこかへと去っていく。
 一同、それを見送り――

「……逃がした?」

「昼間のうちに倒せなかったのは痛いですね……とはいえ、長く戦っている余裕がないのは、こちらも同じ……」

「メフィストさん……!」

 道真が引き返してこないことを確認した西郷の言葉に、小竜姫はそう返してメフィストと秦に視線を向けた。それに倣い、他の全員が一斉にそちらの方を向く。
 そして、そこから真っ先に動いたのは――高島。

「メフィスト!」

「メフィストさん!」

 まず最初に高島が走り、その後をおキヌが追った。


 仰向けに倒れるメフィスト――その横たわる地面には、紫色の血溜まりが広がっていた。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第七十五話 デッド・ゾーン!【その6】〜


「しっかり……!」

「メフィストさま! メフィストさま!」

 おキヌがヒーリングを施している横で、秦が一生懸命呼びかける。だがおキヌのヒーリング能力は、高いと言えるほどのものではない。貫かれた箇所を中心にしてどんどんと霊基構造が崩壊していくのを、止めることなどできなかった。

(力が足りない……!? なら!)

 おキヌはおもむろに、魔装術を纏った。
 魔装術はただの霊力の装甲ではなく、その本質は自らの身を一時的に魔物と化すことによって、全ての能力をブーストさせることにある。それによって、ヒーリングの出力を増そうという算段だった。
 だがこれは、著しく霊力が消耗する方法であった。なにせ、ヒーリングの出力が増した分のみならず、魔装術の展開と制御にも霊力を割かねばならなくなるからだ。

 しかも――

(これでも……だめなの!?)

 それでなお、霊基構造の崩壊を少しだけ遅くするのが精一杯であった。その現実を見て、おキヌは絶望に顔を青褪めさせる。
 が――それを手をこまねいて見るだけに留まらない男が、ここに一人いた。

「くっ……西郷!」

 その男――高島は、悔しげに顔を歪ませ、隣の西郷に呼びかける。

「秦の君とそっくりの――ええと」

「氷室キヌ殿だ」

「キヌ殿か! 彼女の術を補助するぞ! 手を貸せ!」

「……わかった!」

 高島の要請に西郷は頷き、袖の中から三枚の式紙を取り出した。霊力を込めて放り投げると、三枚の式紙は三人の西郷へと姿を変える。
 そして高島がおキヌの五歩ほど北に位置を取ると、本人を含めた四人の西郷が、おキヌを中心として高島を頂点とした五角形を形作るように位置を取る。

 ――そして――

「「「「「オン!」」」」」

 全員がまったく同時に同じ印を組み、同じ呪文を唱えた。すると高島の足元から霊力の線が延び、四人の西郷を次々に繋ぎ、最後に高島に戻る。
 そして出来上がったのは、メフィストとおキヌを中心にし、高島を北の頂点とした五芒星――陰陽道では後に『清明桔梗紋』と呼ばれるようになる陣――であった。
 その陣が描く陰陽五行の力の流れが一つに収束し、中心にいるおキヌに注がれる――のみならず、その陣が本来持つ魔除けの力が、メフィストに纏わり付く死の気配を弱めようと働きかける。魔に属するメフィスト本人に影響を与えないのは、ひとえに西郷の補助のお陰であった。

「力が流れ込んでくる……! これなら、いける……!」

 その手ごたえを感じ、おキヌは更にメフィストの治療に集中した。


 ――それから、どれほど時間が経っただろうか。


 一時間経ったかもしれない。まだ十分しか経ってないのかもしれない。
 生死の境にいるメフィストを救うため、戦闘時以上の緊張感がその場を支配していた。時間の感覚が麻痺しかけている中、おキヌは元より、呪文を唱え続ける高島と西郷も、その顔にびっしょりと大量の汗を浮かべていた。
 結果として、メフィストの傷は、ほぼ塞がりかけていた。
 が――それは外見上だけのことである。気を抜けばまた傷は開き、崩壊が再開することは、治療をしている当人がよくわかっていた。

 そんな中――やがて。

『……う……』

「メフィストさま!?」

 治療を受けている当のメフィストがうめき声を上げ、秦が声をかける。

『……わ……たし、は……』

「喋らないで!」

 気が付いて状況を確認しようとするメフィストを、おキヌが強い口調で制止した。メフィストはそれに従い、口を閉ざして薄目を開け、どうにかして状況を把握しようとする。

(……そっか。私……捨てられたんだ……)

 アシュタロスの為に働く――たったそれだけの目的で生み出された、下級魔族。それがメフィストである。その彼女が、自分を生み出した創造主当人に捨てられた。それは取りも直さず、存在価値がなくなったことを意味していた。
 メフィストは、視線だけを動かして、周囲の状況を見る。

(目が、おかしくなっちゃったのかな……秦が二人いる……)

 自分を覗き込む秦とおキヌを見て、そんなことを考える。片方は自分に心霊治療を施しているようだが、この傷では焼け石に水だろう。
 そして、その二人以外にも、自分を取り囲む気配が五つほどあった。

(高島殿……あと、同じ顔が四人……四つ子? 何か術を使ってる……もしかして、私を助けるため……?)

 なんて、馬鹿な連中だろう。
 人間と魔族なんて、相容れない関係のはずだ。しかも自分は、クリエイターに捨てられて存在価値もなくなっている。
 だが彼らは、自分を助けようとしている。人間であれば本来は調伏しなければならないはずの、魔に連なる存在である自分を。

(やめてよ……そんなことしても……何の意味もないのに……)

 この場合魔族としては、無意味なことをしている彼らをあざ笑いながら、そのまま消滅するのが正しいのだろう。
 だがメフィストは、それをする気にはなれなかった。おキヌのヒーリングが放つ、ほんのりと温かい霊力の波動――それが全身に浸透し、まるで母親に抱かれているかのような心地良い安堵感が広がる。

(……本当に……馬鹿な、奴ら……!)

 メフィストは、自身の目からじんわりと、正体不明の温かい何かが溢れてくるのを感じた。

 ――それは、魔族として生まれたメフィストが、生まれて初めて流した涙だった――


 そして――それから間もなく。

『……もう、いいよ』

 メフィストはそう言って、おキヌを押しのけて上体を起こした。

「……だ……め……」

『ありがと。でも、もういいのよ。限界なんでしょ?』

「…………」

 そう言ってほほ笑みかけると、とうに限界を越えていたらしいおキヌは、ふっと気を失ってメフィストにもたれかかる。魔装術も同時に切れ、彼女は元の巫女姿に戻っていた。

「メフィスト……」

「メフィストさま……」

『高島殿……秦……迷惑かけちゃったわね』

 心配そうに視線を送る二人に顔を向け、彼女は苦笑を浮かべた。

『あんたらのおかげで、少し持ち直したよ。けど……まあ、もってあと数時間が限界ってところかな……』

「そんな!」

『本当なら、とっくに消えてるところだったのよ。これでも凄いわ』

「どうにも……ならないのか?」

『核を貫かれてる。どうあっても、もう助からないわ』

 首を振るメフィスト。その場に、思い沈黙が落ちる。

『ごめんね……願い、叶えてあげられなくなっちゃった』

 メフィストは寂しげに笑い、おキヌを地面に横たえた。
 そして立ち上がり――高島の目の前まで歩を進める。

『最初の願い……確か、「俺に惚れろ」……だったかしら』

「そんなこと――」

 悔しげに表情を歪め、何か言おうとする高島に、メフィストはおもむろに――


 ――その唇を、重ねた。


「…………っ」

 高島が、驚いて目を丸くする。それを見ていた秦も、そして小竜姫も、同じように目を丸くした。
 メフィストはすぐに唇を離し、再び寂しそうな微笑を浮かべる。

『結局、惚れるってのがどういうことか、よくわかんないままだったけど……もしかしたら、この気持ちがそうなのかもね』

「メフィスト……!?」

『ここでお別れよ。高島殿、秦。短い間だったけど――ありがと。楽しかったわよ』

 言って、彼女はふわりと宙に浮く。

「メフィスト!」

「メフィストさま! どこに!?」

『このまま、誰にも看取られることなくひっそりと……ってのも悪くないけど、最後に一花咲かせようと思ってね』

 引き止めようとする二人に、しかしメフィストはその顔に悪戯っぽい笑みを浮かべ、ウィンクをする。
 が――それが無理しての笑顔であることは、その顔に浮かぶ脂汗を見れば、誰の目にも明らかだった。


「メフィストっ!」

『じゃあねっ!』


 なおも引き止めようとする高島を振り払うように、メフィストはそのまま飛び去って行った。
 一同、それを見送り――

「――くそっ!」

 高島が、がしっ、と傍の木に拳を叩き付ける。

「どうにも……どうにもならなかったのかよ!」

「高島さん……」

 叫ぶ高島に、小竜姫が声をかけた。彼は小竜姫の方に、視線を向ける。

「気を落とさないでください……あなたは、出来る限りのことをやりました」

「君は……?」

「……そうですよね。私のことがわからなくても、当然ですよね」

 素性を尋ねる高島。その様子に、小竜姫は表情に寂しげな陰を作った。

「覚えていますか? 私――妙神山の小竜姫です。故あって、千年後の未来から来ました。私にとっては千年ぶりですが、あなたにとってはきっと、十年ぶりぐらいなのでしょうね」

「…………え? 小竜姫って……あの小竜姫ちゃん?」

「あ、あの、小竜姫さま……」

 小竜姫の告白に、高島は目を丸くする。それと入れ代わるように、秦が小竜姫の前に出た。

「秦の君……事情は魏華の君より伺いました。無茶をしたものですね」

「あの、それよりも、メフィストさまは――」

「残念ですが……もう……」

「……そ、そんな……! 嘘と、嘘と言ってくださいまし……!」

 不安げに瞳を揺らす秦に、小竜姫は沈痛な面持ちで首を横に振った。その返答に、秦は信じられない――否、信じたくないとばかりに、いやいやと激しく頭を横に振る。
 だが、神族である小竜姫にはわかっていた。神族も魔族も、体の構成はほぼ同じだからこそ、わかってしまうのだ。メフィストは、核――人間で言えば心臓にも等しいもの――を貫かれていたのだ、と。
 彼女自身の言葉通り、彼女はもう助からない。助かるわけがない。

「気持ちはわかります……私だって、この身の無力が恨めしい。彼女がああなる前に、この場に来れなかったことが」

 小竜姫は泣き崩れる秦の肩に手を置き、目を伏せて言う。

「……あのー?」

 その後ろから、ヒャクメが会話に参加しようと声をかけてきた。しかし小竜姫は、聞いた様子もなく続ける。

「ですが、起こってしまったことは覆せません。覆水盆に還らず――こぼれた水は、器に戻ることはないのですから」

「えっと……小竜姫?」

「知り合いの死を悲しむのは、人間として当然の行為です。今は気の済むまで涙を流してください。ですが……現状は、それほど余裕があるものではありません」

「ちょっと、小竜姫――聞いてる?」

「悲しむのも大事なことです。ですが、私たちが今出来ること、それを忘れないことが――」

「小竜姫っ!」

「……なんですか、ヒャクメ?」

 しびれを切らせたのか、ヒャクメはとうとう大声を上げた。話を強制的に中断させられた小竜姫は、無粋なものを見るような目で、じとりとヒャクメを睨みつけた。

「もぉ、自分の世界に入っちゃって……相変わらずそそっかしいのね、小竜姫は。もう少し冷静になるのね。当たり前のことが抜け落ちてるわよ」

「なんですか? ぶしつけに……」

 ヒャクメの言わんとしていることがわかってない様子の小竜姫に、ヒャクメは「はぁ」と嘆息した。
 そして――

「……メフィストはたぶん、心配いらないのね」

「……は?」

 唐突に告げられた内容に、小竜姫の思考が一瞬停止する。

「あのまま霊基構造が崩壊したら、輪廻の輪に入って転生するとか、それ以前の話なのね。でも、彼女は現代で美神さんに転生している――つまり、歴史が既に、彼女の生存を証明しちゃってるのね」

「……………………」

 小竜姫は、頭の中でヒャクメの言葉を反芻する。

 考える。

 考える。

 考える――

「…………えっと」

 そして、出た結論は、至ってシンプルだった。すなわち――先ほどのヒャクメの言葉通り、『何も心配いらない』

「「……………………」」

 そして小竜姫は、ヒャクメと二人、顔を見合わせたまま沈黙した。
 ややあって――

「……ヒャクメ」

「ん?」

「なんでそれをもっと早く言わないんですかぁぁーっ!」

「それは理不尽な注文なのねーっ!」

 私の悲しみを返せ、とばかりの小竜姫の叫びに、ヒャクメはたまったもんじゃないとばかりに返した。

「要するに……彼女は助かる、ということか?」

「らしいな」

「良かった……」

 そんな二人を見る西郷のつぶやきに、高島は頷き、秦は胸を撫で下ろした。


「――と、私たちの事情はこんなところですね」

 それから十数分後――高島たちは、眠るおキヌを囲むようにして、話し込んでいた。
 霊力の使い過ぎで倒れたおキヌのために、草葉をかき集めて地面に敷き、その上に彼女を横たえた。そしてこの場で唯一、おキヌたちが未来からの来訪者であることを知らない高島のために、小竜姫が代表して説明をしていたのだ。

「へー。本当に未来から来たんだ。あんなに小さかった小竜姫ちゃんが、こんなに美人に育っちゃって……」

「美人だなんて……そんな……」

 何気ない褒め言葉に照れたのか、小竜姫はほんのりと頬を赤く染める。

「高島さま、小竜姫さまとはお知り合いだったのですか?」

「ん……子供の頃、親父に連れられて妙神山に行ったことがありまして――その時ですよ。小竜姫ちゃんは竜神族なんです」

「この時代の私はまだ小さい子供でしたが……高島さんには、良い遊び友達になっていただいてたんですよ」

「まあ……」

 秦の質問に対する高島の返答に、小竜姫は遠くを見るように目を細め、懐かしそうに微笑んだ。そんな二人の様子に、秦は感心したような声を上げる。

「竜神族? 彼女は人間にしか見えないが……」

 その一方で、西郷が眉根を寄せて小竜姫を見た。その西郷の疑問に、高島も小竜姫の方に視線を向け、頭の上に疑問符を浮かべた。

「そういや、気配も普通の人間だな……角もないし、どうしたの?」

「ああ、それはですね――未来において私は、神界上層部からの指令によって、能力を封印して俗界に潜り込んでいたところだったのです。角がなくなっているのは、その封印のせいですね。本来は、私まで過去に来ることはないはずだったのですが……少々、不測の事態に巻き込まれてしまいまして」

 言いながら、小竜姫は隣のヒャクメにじとりとした視線を向ける。
 だがヒャクメは――

「でもそのお陰で、子供の頃の思い出の男の子と再会できたのね。感謝して欲しいぐらいなのねー」

 と、悪びれもしない様子でけらけらと笑っていた。
 その言葉に、小竜姫は「なっ……!?」と言葉に詰まり、顔を赤くする。

「そ、それはそれ、これはこれです! けけ、結果論で自分の失敗を誤魔化さないでください!」

「どもってるのねー」

「ヒャクメ!」

「ま、まあまあ」

 ともすれば掴み合いに発展しそうな二人の様子に、秦がそう言って割って入った。

「しっかし……うーん、惜しいなぁ……」

 そんな二人――正確には小竜姫の方を見て、高島は顎に手をあて、渋面を作っていた。

「高島さま?」

「あの小竜姫ちゃんが、千年後にはこんな美人に成長するのか……くううっ、あと千年後に生まれてれば……!」

「…………」

 その高島の言葉に、秦は無言で眉間に皺を寄せ――おもむろに、高島の頬をつまむ。

「……え?」

 そして――

 ――ぎゅううううっ!

 力の限り、つねった。

「あいたたたた! ちょ、秦の君!? 何を、あたたたた!」

「……何でもありませんっ」

 抗議の声を上げる高島に、秦はすぐに手を離してそう言って、ぷいっとそっぽを向いた。
 そんな微笑ましいやきもちを見た小竜姫は、くすくすと失笑を漏らす。

「小竜姫ちゃん……笑わないでくれよ」

「ふふっ……すいません。でも高島さん、心配せずとも大丈夫ですよ――ちゃんと生まれてますから」

「へ?」

「今さっき、あなた自身が言った言葉ですよ。千年後、あなたはちゃんと生まれて、再び私と出会ってますから」

「ええっ!? 本当に!?」

「はい」

 喜色を浮かべる高島に、小竜姫は柔らかくほほ笑んで頷いた。
 その傍らで、秦はそっぽを向いたまま頬を膨らませており、ヒャクメは微笑ましそうにくすくすと笑い、話に加われない西郷は手持ち無沙汰にしている。

「で――これからどうなされるのですか?」

 その手持ち無沙汰な西郷が、無駄話は終わりとばかりに切り出した。小竜姫とヒャクメが、途端に真剣な顔つきになる。

「そうですね……道真はおキヌさんを狙い、夜にまた襲ってくるでしょう。ここは、戦いやすい場所に移動するのが良いと思われます」

「戦えるのは、私と小竜姫殿と氷室殿、そして高島――秦の君の安全も確保する必要があるので、そちらはヒャクメ殿に任せるとしましょう。彼女を連れて都に戻って――」

「ちょっと待つのね。道真はメフィストと同じ気配だからって美神さんを襲った奴よ。おキヌちゃんが狙われるなら、秦の君も狙われる可能性は大きいわ。非戦闘員で単独行動させるよりは、一つ場所に固まってた方がいいのね」

 そして、三人であーだこーだと作戦会議を始める。今度は高島と秦の方が、西郷に代わって置いてけぼりをくらっていた。

「……ってか、俺も参加するの決定?」

 その会話内容に、高島は眉根を寄せるが――

「高島さんなら、目の前の美少女を見捨てられるわけがないのね」

「…………確かに」

 悪戯っぽくムフフと笑っておキヌを指し示すヒャクメに、高島は返す言葉を失って苦笑を漏らした。


 ―― 一方その頃、異界空間にあるアシュタロスのアジトで――

『奴ら、まさか私が生きてて、しかもノコノコとアジトに戻ってくるとは、思いもしないでしょうね……予想通り、侵入コードはそのままだわ』

 言いながらアジトに入っていくのは、メフィストであった。道真に貫かれた腹を押さえるその表情は、苦痛に歪んでいた。

『いくらクリエイターだからって、捨てられた後まで義理を通す必要なんてないわ……! 私に残された時間もあまりない……アシュタロスの企み、今の私に出来る分だけでも、メチャクチャにしてやる……!』

 高島との別れも済ませた。捨てられた彼女に残されているのは、自分を捨てた創造主への反発心のみ。彼女はそんな決意を胸に、アジトの内部へと降り立った。
 周囲を見回し――人影がいないことに、安堵のため息を漏らす。

『アシュタロスも道真もいないみたいね。いたらアウトだったけど――』

 そんなことをつぶやきながら、奥へと進む。彼女は霊力の高い魂を集めるように言われたが、それを最終的に何に使うかまでは知らされていなかった。
 捨てられる前ですら、未踏の区画――そこに足を向ける。やがて彼女は、一つの黒い巨人が鎮座する場所に到達した。

『なに……これ?』

 生きている――それはわかるが、霊波動がまるで感じられない。そんな矛盾を抱えた異常な巨人を前に固まってると、背後から気配が近付いてくるのを感じ、咄嗟に身構えた。
 だが気配の主――作業用の兵鬼なのか、土偶の姿をしていた――は、『ハイ、どいてどいてー』とメフィストの存在を気にした様子もなく、唐突に作業を始めた。どうやら彼は、メフィストたちが集めた魂のエネルギーを加工するのが仕事らしかった。
 見れば、加工された魂は小さな結晶となり、装置を通じて巨人にエネルギーを送っている。驚くことに、その小さな結晶からは、途方もないパワーが感じられた。土偶が言うには、ここまで魂を集めるのに、二千年かかっているとか。

『さ、それじゃお前の持ってきた魂も――って、なんじゃその傷は!? もしや、人間どもにやられて逃げ帰って来たとでも言うのか!?』

 一通り作業を終えた土偶が改めてメフィストの方に向き、驚愕に目を見開いた。やはり彼は、メフィストが既に捨てられていることを知らないらしい。
 それならそれで好都合――そう判断したメフィストは。

『そりゃ!』

『おぶっ!?』

 問答無用で土偶をシバキ倒した。

『……悪いわね。私はもう、廃棄処分だってさ。ここには、冥土へのお土産を貰いに来たのよ』

 既に気絶している土偶にそう吐き捨て、メフィストは眼前の黒い巨人を見上げる。

『こんなデクノボーがアシュタロスの計画……ね。自分のクリエイターながら、何考えてんだかわからないわ。こいつ、ぶっ壊せるかしら?』

 自問自答するが、どう考えても無理である。デクノボーとは言ったものの、込められているエネルギーは半端ではないのだ。死にかけの自分が壊せるほど脆いわけがない。
 と――メフィストは、足元にある装置に視線を落とす。そちらに入っているエネルギー結晶ならば、今の自分でも壊せるかもしれない。

『こっちなら出来そうね……アシュタロス、あんたの二千年の努力の結晶――台無しにさせてもらうわよ』

 そして、彼女は右手に残った魔力を集め――

『…………』

 死ぬ前の最後の魔力砲を撃とうとしたその時、メフィストの脳裏に一つの考えがよぎった。


『……これだけのエネルギーがあれば……もしかして私、助かる……?』


 ――その思いつきは抗いがたい誘惑となり、メフィストは我知らずにゴクリと喉を鳴らした。


 ――あとがき――


 バタフライ効果とストーリーの都合を合わせるのは、毎回毎回苦労します。バタフライ効果をしっかり描写しつつも、自然な流れで「メフィストがエネルギー結晶を奪い取る」という形にストーリーを調整するのは、本当に難しいですね。
 さて、今回はおキヌちゃんが道真を撃退したりメフィストにヒーリングしたりと、結構な活躍しました。でももっと見せ場を増やしてあげたい。頑張らないとw

 ではレス返しー。


○1. ながおさん
 今の横島は、ジョーカーはジョーカーでもババに近いですしねぇ。文珠もまだですし。さて、彼女たちがどう切り抜けるか、どうぞ見守りくださいw

○2. kntさん
 そうですねー。まあおっしゃる通り、ゆっくりと準備に時間をかけて、横島が戻れば平安京にって流れになると思います。メフィスト、秦、小竜姫――それぞれの高島との関わりは、もうすぐ終わることとなるでしょう。

○3. 俊さん
 炎の狐ですかw 確かにあれは音速超えてましたから、今は亡きコンコルド(表現おかしいw)並みのスピードで往復できますねw 美神がフル装備で平安京に舞い戻るのは、まあ決定事項でしょうね。おキヌちゃんやブラドーの活躍は、まだ残ってる予定ですw

○4. Tシローさん
 横島がなんで南米に行ったのかは、次々回にでも。こちらもこちらで重要ですので。美神はフル装備で平安京に舞い戻るでしょうw そして、アシュに贈る言葉、「急いては事を仕損じる」――といっても、これは不運としか言いようがないでしょう。まさか、慎重に慎重を重ね、小さな不安要素を排除しようとした結果がこんなことになるとは、誰も思わないでしょうしw

○5. チョーやんさん
 自覚する前に大ピンチ、しかも自覚しきる前にお別れでした。でも見ての通り、まだ終わりじゃありませんw ちなみに横島は、あっちはあっちでそれなりに重要ですので、平にご容赦をw 美神がどうやって過去に戻るのかは――実は横島パートが鍵を握ってたりw

○6. Februaryさん
 伯爵はねぇ……あの伯爵じゃあねぇ……うん、ダメだ(ノ∀`) って、それじゃ身も蓋もないですよねw まあ、誰も思いつかない超意外な助っ人が来ますので、ご期待くださいませw

○7. 山の影さん
 神道真も雷文珠も無しでどうやって過去に戻るのか――それは南米に行ってる横島が鍵を握ってますw あちらもあちらで重要なので、そちらのパートをお待ちください。

○8. ダーク・スターさん
 作劇上、ギャップというのは上手く使えば非常に効果的ですからね。印象的と言ってもらえて嬉しいですw 横島の行動の謎は、次々回にでも明らかになる予定です。
 道真はアフォの子というより、単に「メフィストを消せばいいだけ」と気にしてなかっただけだと思います。それをアフォと言うのかもしれませんがw

○9. 卯月さん
 初レスありがとうございます♪ レスは創作意欲の助けになりますので、大歓迎ですよ♪
 この作品を書く上で連載初期からいつも心がけてるのは、「意表を突く」だったりしますので、予想されると困るというかなんというかw ともあれ楽しんでもらえて嬉しいです♪

○10. giruさん
 ええ。ただ平安京にUターンなだけでは済まないですw 怨霊道真には、魔装術での強化版ネクロマンサーの笛が有効でした。でもそのせいで、今度はおキヌちゃんが狙われることに……まだまだピンチは続きます。

○11. あらすじキミヒコさん
 メフィストたち三人が擬似的な美神事務所になったのは、完全に副産物ですねw 私がああしたかったと言うよりは、一緒に行動させたら自然とああなったってところでしょうか。書いてて私自身思いましたが、やはりこの三人、美神事務所の前世ですw


 レス返し終了〜。では次回七十六話でお会いしましょう♪ ちなみに南米に行った横島の話は、その次の七十七話になる予定です。

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭


名 前
メール
レ ス
※3KBまで
感想を記入される際には、この注意事項をよく読んでから記入して下さい
疑似タグが使えます、詳しくはこちらの一覧へ
画像投稿する(チェックを入れて送信を押すと画像投稿用のフォーム付きで記事が呼び出されます、投稿にはなりませんので注意)
文字色が選べます   パスワード必須!
     
  cookieを許可(名前、メール、パスワード:30日有効)

記事機能メニュー

記事の修正・削除および続編の投稿ができます
対象記事番号(記事番号0で親記事対象になります、続編投稿の場合不要)
 パスワード
    

PCpylg}Wz O~yz Yahoo yV NTT-X Store

z[y[W NWbgJ[h COiq [ COsI COze