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「二人三脚でやり直そう 〜第七十四話〜(GS)」

いしゅたる (2008-06-13 17:52)
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『メフィスト……お前には原因不明の不安要素があるようだ。アシュタロス様には今が大事な時期……お前を抹消する』

「何を言ってるの、こいつは……!」

 道真はそう言って、袖の中から鉄扇を取り出して開いた。
 その間にも美神は道真から離れ、神通ヌンチャクを構える。その美神の動きに合わせ、西郷が美神の隣に位置を取った。

「あなたは……まさか、道真公!?」

「……ふん」

 西郷の誰何の声にも答えず、道真は嘲るように鼻を鳴らし――腰を落として胸の前で左手を開いた。


 バッ――!


「「ッ!」」

 刹那、道真の開いた左手から、極太の霊波砲が放たれた。
 激しく放電して迫るそれを、美神と西郷はそれぞれ横に跳んでどうにかかわす。しかしかわした霊波砲は、そのまま延長上にある民家を何軒もまとめて貫通し、破壊した。
 その破壊力を見て、美神たちは顔を青褪めさせる。

「な、なんて威力……! あんなのまともに食らったら、骨も残らないわ……!」

「気を付けて美神さん! そいつ、とんでもない怨念の塊なのね!」

 おののく美神に、後ろからヒャクメが警告を飛ばした。

「菅原道真といえば、確かこの時代から一年前に死んだ人のはずだけど……いくら人並みはずれた怨念があったとしても、死んで一年そこそこの人間の霊体が、ここまでの力をつけられるはずがない! アシュタロスって言ってたけど、きっとそいつが力を与えたのね!」

『いかにも』

 ヒャクメのその推測を、その道真当人が肯定した。

『つまらぬ権力欲のために、私は人間どもから追放された……アシュタロス様はこの私に、彼奴らへの復讐を成す機会を与えてくださった! その恩に報いるため、メフィスト――かわいそうだが、お前には消えてもらう!』

「な、何を言ってるのよ! 人違いよ! 私はメフィストじゃない!」

『言い逃れとは見苦しい……お前の放つ気配は、紛れもなくメフィストそのものだ』

 人違いを主張する美神にも、道真はにべもない。

「問答無用ってわけね……でも、相手の事情もよくわからないし、何よりこんなのとマトモにやり合ってられないわ。ヒャクメ! テレポートかなんか、できる!?」

「できるけど、神通力が足りなくて私ともう一人……無理しても二人! それが精一杯なのね!」

「全員は無理、か。……ってことは、どうにかして切り抜けないとダメってわけね……!」

「……それでも、どうにかするしかないでしょう」

 冷や汗を一筋垂らして道真を睨みつける美神。その横に、いつの間にか起き上がった小竜姫が、そう言って並んだ。

「無理しないで、小竜姫さま。剣が折れた以上、封印状態じゃあいつに太刀打ちできないでしょ」

「人並み程度の力しか持ち合わせてないとはいえ、私には武神としての千年の研鑽があります。やれることの一つや二つはあるはずです」

 彼女は言って、折れた刀を構える。
 そんな美神たちの様子を見て、道真はニタリと嘲笑を浮かべた。

『ふん、小賢しい……魔に連なる者であるお前にどんないきさつがあったか知らぬが、人間の仲間が一人二人増えたところで、末路は変わらぬ。
 ――消えろゴミめ! 貴様の力など、私の一割にも満たぬわ!』

 言うと同時、道真は霊波砲を放った。美神たち三人は、先ほどと同じように横に跳んでかわした。

『お前は使い捨ての働き蜂に過ぎん……不良品は棄てる、それだけよ!』

 その三人を、道真は更に雷を放ち、追撃した。回避行動に移ったばかりの美神たちには、かわせないタイミングだ。

「まずっ……!」

「くっ……避雷! 存思の念、災いを禁ず! 雷よ、退け!」

 しかし咄嗟に、西郷がその雷を受け止めた。
 が――パワーの違いから相殺しきれず、どんどんと押されていく。

「重い……! 攻撃を禁じきれ――うおおっ!」

「西郷さん!」

 西郷はすぐにパワー負けし、弾き飛ばされてしまった。障害を退けた雷は、そのまま美神に迫る。

「美神さん!?」

 小竜姫が顔に焦燥の色を浮かべ、美神の名を叫ぶ。
 ――そして――


 カッ――!


 道真の雷が、美神を光に包んだ。

「「ああっ……!」」

 ――間に合わなかった。
 その光景を見て、小竜姫と西条は絶望のうめきを上げる。

 が――

『……む?』

 雷を放った道真自身は、その光に訝しげに眉根を寄せた。
 光はすぐに収まり――後には、何も残ってなかった。そこにいたはずの美神は、影も形もない。

「み、美神さん!」

「ま、まさか……消し飛んだ……!?」

 小竜姫と西郷は、その光景に最悪の結果を脳裏に思い描く。
 しかし――道真の様子は、彼らと同じものを予想した様子ではなかった。

『今のは……まさか、時空震? 時間移動したというのか? メフィストめ、どこでそんな裏技を……?』

 そう――彼だけは、その光の正体に感付いていたようである。不可解そうに眉根を寄せ、しきりに疑問を口にしていた。
 そして彼はそのまま、ギロリと残った三人に視線を向けた。

「……あなたは……!」

 小竜姫は、怒りの篭った視線で彼を正面から睨み返すが――

「お、落ち着くのね小竜姫! こ、ここは一時撤退なのね!」

「しかし――!」

「いいから冷静に!」

 留まろうとする小竜姫を、ヒャクメはぴしゃりと制止する。そして彼女は小竜姫と西郷の襟首を掴み、無理矢理テレポートした。

 ――シュンッ!

 一瞬でこの場から消え去った三人。後に残ったのは、道真一人と彼女たちが乗っていた馬二頭のみ――

『……まあいい。時間移動したというなら、この時空に戻ってきた時に始末すれば良いだけのこと』

 道真は渋い顔で、ため息をついた。

『あとは、もう一方のメフィストを始末するのみ……だが、夜明けまでもう間もない、か。ならば今宵までその命、永らえさせてやろう』

 そう言って、彼はクックッと顔を歪めて笑った。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第七十四話 デッド・ゾーン!【その5】〜


 ――平安京、大内裏(だいだいり)の一角――

「処刑しろ!」

 時刻は早朝。そこで縄で縛り上げられ、目を閉じるのは四人。
 朗々と響いたその指示に、処刑人たちがその四人――高島、美神、小竜姫、ヒャクメの首を刎ねる。
 血飛沫の舞う中、列席した役人たちは口々に美神たちを悪し様にあげつらい、「これで京も少しは平和になりますな」と胸を撫で下ろしている。

 ――そしてその中に、緊張した面持ちの西郷の姿もあった。


 その後、西郷の屋敷にて――

「えっと……上手くいったんですか?」

 『橘氏の秦として』ここを訪れたおキヌは、開口一番に西郷に尋ねた。
 その場にいるのは、おキヌ、小竜姫、ヒャクメ、魏華、西郷の五人。彼らが囲む中心には、人間の形を模した紙が四枚、並べられている。その紙は、全てその首の部分が千切れていた。

「ええ。私の術を、あなたの霊力で増幅させましたからね。よほどの陰陽師でもなければ、あれは見破れないでしょう」

「美神さんの霊力だったら、もっと完璧に仕上げられたんでしょうけど……」

「いえ、十分です」

 おキヌは自身の力不足に表情を沈ませるが、西郷は安心させるように首を振った。

「それにしても、秦の君……いえ、その来世の氷室キヌ殿でしたか。なかなかの霊力をお持ちのようで――『鎮魂の巫女』と呼ばれるのも、伊達ではないということですな」

 重ねるように、おキヌを持ち上げる西郷。既に彼は、一通りの事情を彼女たちから聞かされていた。
 千年後の未来から来たというのは突拍子もない話ではあったが、美神とあの魔物――メフィストと、おキヌと秦の君という、二組の『瓜二つ』を目の前にしたのだ。偶然の一言では片付けられないものを感じ、とりあえずという形でその話を信用することにした。
 それに、西郷は高島の見張りをわざわざ自ら買って出ていたのだ。処刑の刻限を前にして高島を逃がしていたとあっては、西郷自身の立場も危うくなる。どの道、彼は協力せざるを得なかった。

 そして彼は、眼前にある式紙を視界に収める。「バレたら私の首が飛ぶ」とか、「高島さえ後で殺せば帳尻が合う」とかの言葉が脳裏をよぎったが、おキヌの手前、それを口にするのははばかられた。

「とりあえず、現状はわからないことだらけなのね」

 そんな西郷の思いはよそに、ヒャクメは話を進めるべく口を開いた。

「まず、それぞれの現在位置だけど――美神さんは道真の雷で時間移動して、この時空にはいないのね。高島さんとメフィストは、昨日の位置から動いてないわ。なんでかわからないけど、秦の君も一緒にいるみたい」

「無事なのじゃな?」

「また同じ質問ね……魏華の君は心配性なのね」

 妹の安否を気遣う魏華に、ヒャクメはそれだけ言って苦笑した。その様子から、秦の現在位置と安否は、既に何度も確認していたようである。

「で、当面の問題の道真だけど――どうやらどっかに隠れてるみたいで、見つからないのね。神通力が十分にあれば、千里眼の精度を上げることもできるんだけど……今は無理。ゆうべのテレポートで神通力を使い切っちゃったのが痛いわ。ただ、道真みたいな怨霊の活動時間は夜って相場が決まってるから、今夜にもまた動き出すと思う」

「美神さんは、その道真って人の攻撃で時間移動しちゃったんですよね? 大丈夫なんでしょうか?」

「……突発的なことでしたので、どの時代に飛んだのかはわかりません。しかしどのみち、美神さんが戻ってこない限り、私たちは帰れないのです。今は、大丈夫と信じて待つしかありません」

「そうですか……」

 美神たちの安否を気遣うおキヌだが、小竜姫から返ってきた色のない返答に、表情を沈ませる。

「酷かもしれないけど、そっちを心配しても始まらないのね。で、その道真だけど――判断材料が少なすぎて、いまいちよくわからないのね」

「菅原道真公といえば、左大臣藤原時平の讒訴(ざんそ)によって大宰府へと左遷され、昨年そのまま没したと聞く。噂では道真公は無実であり、朝廷をたいそう恨んでおったというが――」

 ヒャクメが話を道真に戻すと、魏華は自分が耳にした道真にまつわる噂を口にした。

「たぶんそれは正しいのね。あのとんでもない怨念のこともあるし、加えて道真自身が『人間に追放された』って言ってたしね。けど、それだけじゃない――道真の後ろには、アシュタロスがいるみたいなのね」

「あしゅたろす……ですか?」

 聞きなれない名前を耳にした西郷は、眉根を寄せてオウム返しに尋ねる。

「西洋――まあ、唐よりも遥か西なんだけど、そっちの方の神話に出てくる魔神で、とんでもない力を持ってる奴なのね」

「確か、ソロモン72柱の序列29番、爵位は大公爵。恐怖公とも呼ばれる魔神でしたね」

 ヒャクメの返答に、小竜姫が確認するように補足する。もっとも西郷や魏華にとって、『ソロモン72柱』や『大公爵』などの単語が出てきても、いまいちピンと来ないものだが。
 おキヌたちにしても、今回ここに来たのは、そもそも調査の一環として来ただけである。だがそこでこんな大物魔族と出くわしてしまえば、偶然とは思いづらい。
 やはりここに何かある――そう思えば、関わらずにいられはしない。道真に姿を見られている以上、傍観者でいられるとも思えないことだし。

「そのような存在が、なぜこの地に?」

「それはわからない」

 ともあれヒャクメの説明で、西郷と魏華には、アシュタロスがとにかく強大な魔物であるというニュアンスは伝わったようである。緊張した面持ちの西郷の質問に、しかしヒャクメは首を横に振った。

「ただ……道真の言葉から察するに、そのアシュタロスはここで大事な何かを成そうとしていて、そのためにはメフィストが邪魔なんだと思う」

「それで、その来世である美神さんをメフィストと誤認し、襲いかかってきた……ということですか」

 ヒャクメと小竜姫の言葉に、西郷は「ふむ」と顎に手を当て、昨晩のことを思い出す。

「……そういえば道真公は、彼女のことを『使い捨ての働き蜂』とか『不良品』とか言ってたな……察するに彼女も、元々は道真公と同じく、アシュタロスとやらの配下だったのでは?」

「その線は濃厚なのね」

 彼の推測に、ヒャクメが同意した。小竜姫も同様に頷いている。
 が――その横で二人の話を聞いていた魏華は、とある可能性に気付いて眉根を寄せた。

「待たれよ、お三方……その話が真実ならば、非常にまずい事態ではありませぬか?」

「「「え?」」」

 道真の事情を分析するのに意識が向いていた三人は、魏華のその言葉に、虚を突かれたような声を出して振り向いた。

「今、秦と高島殿は、そのメフィストとやらと共にいる。そしてメフィストと道真公は、つい先日まで仲間だった。
 だが――

 ――そのメフィストは今、自身が棄てられたことを知らぬのではないのか?」

「「「「あ!」」」」

 苦りきった魏華のその指摘に、全員が声を揃えて顔を青褪めさせた。

 ――つまり――


 このままでは、メフィストどころか一緒にいる高島と秦までもが危ないのだ――


『……つまりこの子は、お偉いさんの娘なわけね?』

「ま、そーゆーこと」

 高島とメフィストが隠れる廃寺――その中で、高島はいまだ目覚めない秦の傍で、メフィストに彼女のことを教えていた。

「どういう育ちをしたんだか知らないけど、世間知らずのお嬢様でね。ま、見ての通りの美人だし、外の話を持ち込めば喜んでくれるしで、俺もいい気になって毎晩会いに行ってたもんだよ」

『ふーん……』

 ふっと優しげな微笑を浮かべ、秦の寝顔を見る高島。その横顔を見て、メフィストは気のない相槌を打った。

(事前の調査じゃ、女で失敗して殺されるところだって話だったけど……)

 メフィストの肢体を見て鼻息を荒くしたり、愛について語ろうとして失敗したりと、女に対するだらしなさばかりが前面に出ていた彼だが――秦を見るその様子を見る限り、どうもそれだけではなさそうである。

『……人間って、よくわかんないね』

「ん?」

『いや、こっちの話』

 メフィストは肩をすくめ、高島に背を向けて崩れかけた縁側に移動する。

『……よく晴れてるわね。空が青いわ』

「そうだなー」

 腰を降ろし、空を見上げてこぼしたメフィストに、高島はその場を動かずに同意する。

「で、これからどーするんだ? ほとぼりが冷めるまでは都にゃ戻れんだろ?」

 その背に、高島が質問を投げかけた。メフィストは肩越しに振り返りながら、『うーん』と顎に指を当てて考える。

『……確かに、その通りなんだけど……気になるのよね、ゆうべの奴』

「メフィストとそっくりだったねーちゃんか?」

『一緒にいた奴が美神って呼んでたわよね。それに、私がそいつの前世だとも――』

「よくわかんねー話だよな。魔物も輪廻転生するのか? ってゆーかそれ以前に、今生で来世と出会えるなんて、聞いたこともないぞ」

『私に聞かれてもわかるわけないでしょ』

 高島のその疑問に、返せる答えを持たないメフィストは、苛立たしげに返した。

『ただ――なんとなく、わかるのよね。あいつは私と同じだって。有り得ないとわかっていても、否定しきれないのよ』

「そんなもんなのか?」

『ええ。それに、問題は……あの様子を思い出す限りでは、今頃は私たちを探している頃だと思う。あんたの願いの続きを聞くのは、後回しになりそうね。あまり派手に動けないわ』

「ま、俺もお尋ね者だしなぁ」

 メフィストのその言葉に、高島は苦笑しつつ同意した。そして彼は、寝ている秦の方に視線を戻す。

「それに、秦の君のこともあるしな。さすがに、このまま見捨てるなんて出来んさ」

『私は、関係のない人間がどうなろうと、知ったことじゃないけど』

「魔物に言ってもわからんってか。……寂しいなぁ」

『悪かったわね』

 言葉どおりに寂しげな苦笑を浮かべた高島に、メフィストは憮然と返した。

(……つまんないわね)

 そんなやり取りを、メフィストは内心で不満に思っていた。
 高島は依然として、秦の傍から離れない。そして、自分はたった一人で縁側に腰を下ろしている。その構図が、どうにも気に入らなかった。
 先ほど、空の青さなどという心にもないことを口にした時、もし彼が自分の横に来てくれていたのであれば――あるいは、何かが違っていたかもしれない。

(って、そんなわけないか。何考えてんだろ、私)

 小さく首を振り、益体もないことを考える自分の思考を振り払う。

「んで、結局どーすんだ?」

 そんなメフィストの気分を知ってか知らずか、高島が話を最初に戻した。メフィストは、その質問に『そうね……』と少し考え込む。
 と――

「ん……んん……」

 秦が小さく身じろぎした。

「秦の君?」

 高島がそれに気付いて声をかけると、彼女はゆっくりとまぶたを開いた。
 そして、焦点の合わない目を高島に向け――

「……たか、しま、さま……?」

「気が付かれましたか?」

「えっ!?」

 高島がもう一度声をかけると、彼女は突然目の焦点を合わせ、ガバッと跳ね起きた。

「た、たたた高島さま!? なななななんでこんなところに!?」

「いや、そりゃこっちの台詞ですが」

「えっ? えっ?」

 困惑する秦に、高島は苦笑して返す。その言葉に、秦はそこで初めて、自分の周囲を確認した。

「あ、あの、ここは……?」

「都の外ですよ。とうの昔に打ち棄てられた、名もない寺です。秦の君、一体何があったのですか?」

「え、ええっと、確か……」

 高島に尋ねられ、秦は困惑した思考を一生懸命まとめ上げ、途切れ途切れに話し出す。
 高島が処刑されるという話を聞き、どうにか助けようとしたこと。牢を目の前にして暴れ馬に捕まってしまったこと――要約すればそれだけの話だったのだが、それを説明しきるのに、若干の時間がかかった。

「……でも、高島さまが御無事で何よりです。私の行動は、無用のものだったみたいですね」

「いえ、そのお気持ちだけで十分ですよ」

「そんな……」

 軽率なことをしたとばかりに、目を伏せる秦。そんな彼女に高島は微笑を向けると、彼女は頬を赤らめて視線を逸らした。

(……何よ。私と話す時とはぜんぜん態度が違うじゃない)

 そんな二人のやり取りを見て、メフィストは自身の機嫌が急降下するのを感じた。
 もっとも、高島は貴族に対する礼儀を通しているだけなので、態度が違うのも当然と言えた。秦自身は、高島が相手である以上、そんなことは気にもしないだろうが。
 そして、そんな気持ちは、視線にも表れていた。彼女の秦を見る視線が、自然と厳しいものになる。

 が――

「あら……?」

 その視線に気付いた秦は、そこで初めて、メフィストの存在に気付いた。そしておもむろに立ち上がり、彼女の傍へと歩いていく。

『……なに?』

「美神さま……? いえ、違いますね。もしかして……美神さまの前世の方でございますか?」

 腰を下ろし、メフィストと視線の高さを合わせて尋ねる秦。その瞳は何故か期待に満ち溢れており、メフィストは思わず後退った。

『み、美神って……私を追ってきていた、あの私そっくりの女のこと? 確かに、そんなこと言ってたけど……』

「まあ、やっぱり!」

 戸惑いながら答えると、秦は満面に喜色を浮かべ、ずずいっとメフィストに顔を近づけた。メフィストは、更に後退する。

「美神さまからお話を聞いて、会えるのを楽しみにしておりました! 私、橘氏一門が娘、秦と申します! あなたのお名前はなんと申されますか?」

『な、名前? メフィストだけど……それよりも、話って……?』

「もちろん、私とあなたの来世のことでございます♪」

 困惑しながらも律儀に名乗り返すメフィスト。その疑問に、秦は元気いっぱいに即答した。

「聞けば、私とメフィストさまは来世でもご縁がある身……ならば、今生においても懇意になれることと存じます。メフィストさまには是非、私とお友達になって欲しいのです!」

『お、お友達ぃっ!?』

 思いもかけない要望を投げかけられ、メフィストは素っ頓狂な声を上げて驚いた。一歩どころか十歩ぐらい引いた彼女に、秦は頭の上に疑問符を浮かべ、首を傾げる。

「……私、何か変なこと言ったでしょうか?」

「いや、変なことっつーか……まあ変なことかな」

 彼女の後ろにいる高島は、フォローしようとしたが適切な言葉が思いつかず、失敗した。もっともその言葉は、肝心の秦の耳には入っていないようだったが。

「……だめですか?」

『だ、だめって言うか……!』

 秦に真っ直ぐに見つめられ、メフィストは言葉に詰まりながら、助けを求めるかのように高島に視線を送る。だが高島もどうして良いかわからないようで、乾いた笑いを浮かべるばかりだ。

「メフィストさ『と、とにかく!』――ま?」

 更に何か言おうとした秦を、メフィストは逃げるように遮り、強引に話題を変える。

『その子も起きたし、今から移動するわよ! 仲間と合流すれば、何かいい手でも見つかるでしょうから!』

「へーへー」

「…………?」

 顔を真っ赤にしてそう言うメフィストに、高島は苦笑して頷き、秦は小首を傾げた。


「――!?」

 馬を走らせている途中、突然ヒャクメがその両目を大きく見開いた。

「……どうしました?」

 彼女の前で馬の手綱を引いている西郷は、その気配の揺らぎを敏感に感じ取り、肩越しに声をかける。

「メフィストが移動してる……高島さんと秦の君も一緒なのね」

「移動って……どこにですか?」

 その横を併走する馬から、質問が飛んできた。手綱を握るのは小竜姫で、質問の主はその後ろに乗っているおキヌだ。
 ちなみに小竜姫の腰には、西郷から貰った新しい刀が差されている。簡易的な儀式を施して即席の霊刀とした一品であり、大した威力は期待できないが、それでもないよりマシである。

「それはわからない。けど……なんだか、嫌な予感がするのね。最悪、道真と合流しようとしてるのかも……」

「危険ですね……だとすれば、また道真公と一戦交えねばならなくなるわけですか」

「おキヌさん、ネクロマンサーの笛はありますよね?」

 ヒャクメの返答に、その前にいる西郷が緊張した面持ちでつぶやく。二人の言葉を受け、小竜姫はおキヌに問いかけた。

「ええ、大丈夫です」

「いかにアシュタロスから力を与えられているとはいえ、道真が怨霊であることに変わりはありません。今のところ、あなたのそれが最も高い効果を期待できるのです。頼りにしてますよ」

「は、はい!」

 昨晩は秦の影武者として同行していなかったおキヌだが、今は小竜姫の言った理由で同行している。
 だがこうなると、またもや秦が行方不明ということになるのだが、事情が事情である。背に腹は代えられない。その辺は魏華が残ってフォローしてくれるというので、彼女に任せるしかなかった。
 本当は、誰よりも先に秦のために飛び出したかっただろうに――彼女の気遣いには、一同頭が下がる想いだった。彼女のためにも、秦も高島も、無事に救い出さなければならない。

「……戦わないで済むなら、それに越したことはないのね。西郷さん、小竜姫、急いで!」

 ヒャクメの言葉に二人は頷き、それぞれ馬を加速させた。


「おい、本当にここでいいのか?」

 鬱蒼と茂る森の中――確か、『老の坂』という場所だったか。そこを進みながら、高島は先導するメフィストに尋ねた。

『ええ。昼間だから姿を隠しているんだろうと思うけど、間違いなくここに隠れてるわ。京でも有名人のはずだから、会ったらびっくりするわよ』

 メフィストはそう言って、悪戯っぽく笑った。だが、後ろに続く高島と秦は、不安そうに表情を曇らせている。

「な、なんでしょうか、高島さま……私、なんだか嫌な感じがします……」

「秦の君も感じられますか……実は私もです。霊感が警鐘を鳴らしてます。くれぐれもお気を付けを……」

「高島さま……秦を守ってくださいまし」

『そこ! いちゃつかない!』

 高島に寄り添う秦を見て、メフィストは思わず振り返って大声で制止した。
 だが、秦は高島から離れようとしない。その不安そうな表情から、他意があってのことではないのはわかるが――

(……ま、あいつは怨霊のたぐいだから、その気配を感じて怖がるのは当然なんだけど……)

 理屈では納得できるが、何故か心がざわつくのが止められない。彼女は苛立たしげに髪を掻く。
 と――その時。


『……メフィストか?』


 突然、頭上から声をかけられた。
 高島は咄嗟に身構え、秦はその裾をぎゅっと握るが、メフィストは平然と頭上を見上げる。

『そうよ。与えられた指令通りに契約はできたけど、ちょっと厄介ごとが起きたの。それでちょっと、手を貸してもらいたいんだけど――』

『それには及ばん』

 声の主は彼女の要望を遮り、メフィストの眼前に降り立った。
 怨念に満ちた顔に歪な笑みを張り付かせた、黒衣の怨霊――菅原道真である。

「あ、あなたは――」

「まさか……道真公? 菅原道真公なのか?」

『……ふん』

 その姿を見て驚く秦と高島。二人の姿を一瞥し、道真はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
 そして、彼の目の前にいるメフィストは、先の言葉に眉根を寄せている。

『それには及ばんって……どういうこと?』

『簡単なことだ。つまり――』

 道真が、見る者をぞくりとさせる厭(いや)な笑みを浮かべた、その刹那――


 ――ドシュッ!


 メフィストの背中から道真の腕が――『生えた』

『…………え?』

 突然の事態に、メフィストが気の抜けた疑問符を浮かべる。
 そして、その血色の良い唇から、『ごふっ……』と紫色の血を吐き出した。

 そう――道真はその腕で、メフィストの腹を貫いていたのだ。

「な……!?」

「メ、メフィ、メフィスト……さま……!?」

 どう見ても、致命傷である。その様子を見て、後ろに控えていた高島と秦の顔から、血の気が失せた。秦に至っては、あわや失神するかというぐらいまで青褪めていた。

『……な……なに……を……?』

 信じられない――メフィストは、表情で如実にそう語る。
 道真はそんな彼女に対し――

『日が暮れるまで待つつもりだったが、そちらの方から来てくれたならば、手間が省けたというものだ』

 ニタリと禍々しく唇の端を吊り上げ――酷薄に、告げる。


『お前は廃棄処分だ――メフィスト』


 場面は変わり――現代。

 カッ――!

 美神令子除霊事務所、そのオフィス――そこに唐突に光が満ち、消える。

「こ、ここは――!?」

 そしてそこに、光が発生する前はいなかった美神が、戸惑った様子で現れていた。

『オ、オーナー!?』

「人工幽霊!? そう、ここは現代なのね……道真の雷をくらって、時間移動しちゃったんだわ……くそっ!」

 現状を把握し、美神は悔しげに拳を握り締め、傍の壁を殴りつけた。

「今日の日付は!? あれから何日経ってる!?」

『え……? ひ、日付はそのままです。美神オーナーたちが消えてから、まだ三時間程度しか経ってませんが……』

「そんなもん!? あ、そっか……」

 人工幽霊の返答に、美神は驚愕した。だがすぐに、その理由に思い当たる。

「時間を移動するんだから、向こうでの経過時間はあまり関係ないんだ……あれから三時間ってことは、そろそろ横島クンが出勤してくる時間よね? あいつとブラドー連れて、もう一度時間移動しないと……」

 どの道、おキヌたちはあの時代に取り残されたままなのだ。道真にしてやられたのは悔しいし、リベンジもしたいが、何よりも彼女たちをそのままにしておくわけにはいかない。
 だが、自覚したばかりの時間移動能力を上手く使いこなし、再び平安京に戻れるのかといえば――正直言って、自信はない。しかし、そんなことを言ってられる場合でもないのだ。

『あの……オーナー……』

 が――そんなことを考える美神に、人工幽霊が言いづらそうに声をかける。

「なに?」

『その横島さんですが、先ほど、今日は欠勤すると連絡が入りまして……明日の夕方には出勤すると言ってましたが、なんでも急用で南米に行くとか……』

「南米ぇ!?」

 予想外と言えばあまりにも予想外に過ぎる人工幽霊の報告に、美神は思わず素っ頓狂な声を上げた。


 ――あとがき――


 メフィスト大ピンチ。そして横島は何故か南米へ。これだけでもおわかりと思いますが、別件に巻き込まれてます。次回にでも……というのは無理ですが、そちらも後できっちり描写しますので、ご心配なくw
 ちなみに、日本から南米までは、片道でも普通に丸一日以上はかかってしまいます。にもかかわらず翌日の夕方には戻ると言ってるのには、勿論理由があります。ツッコミは御容赦くださいませ(汗
 とゆーわけで、平安編はここから加速します。お楽しみに♪

 ……おキヌちゃんの活躍は、次回に持ち越しかぁ……(ノ∀`) ではレス返しー。


○1. 応援団さん
 いや、さすがに小竜姫さまはそんな無茶やらかさないでしょうw でも恋の鞘当てが激しくなりそうですw

○2. giruさん
 やはり美神の持ち味といえば、あの嫌味にならない図太さと外道っぷりだと思いますしね。ほら、ワルキューレにも「魔族よりあくどい」って言われてましたしw
 ……あとミッチーと言われると美智恵の方を思い出してしまうのは、私だけでしょうか(汗

○3. Tシローさん
 まあ普通はわからないでしょうねw でも、ちゃんと後で邂逅させますので。……でも、死んじゃうんだよなぁ……きっと小竜姫さまはキレちゃいますね(泣
 横島は居眠りから夜逃げにシフトチェンジしました(マテ

○4. チョーやんさん
 おキヌちゃんの活躍は次回までお待ちをー。今回はまた秦に頑張ってもらいましたw ちなみにそちらの感想欄でも言いましたけど、こちらの作品に神道真は登場予定がありません。なので神道真関係の伏線は、こちらとは被りようがないので、御安心くださいw

○5. 俊さん
 横島は別件で南米に高飛びです。もちろん、戻ってきますので、平安編の最後には合流しますが。……ただ、横島の意識がある状態で、メフィストと高島の様子を目の前で見せられたら……美神の場合、「記憶を失えーっ!」と横島を折檻してしまいそうですけどねw

○6. 山の影さん
 言われてみれば確かに、高島→メフィストのラインは明示されてませんでしたね。生き残れてたら、そのラインも成立していたかもしれないのに……美神にとっては、非常に残念な話なんでしょうけどw
 そして道真戦の緒戦は敗退してしまいました……ちなみに羅生門の鬼は、この話とは関係がないのでスルーしときますw 出すと収拾つかなくなりそうで(汗

○7. Februaryさん
 小竜姫はほぼ戦線離脱でしたが、意地で復帰。でもやっぱりどうにもならずに敗退。緒戦では無理でした(ノ∀`)
 メフィストは基本的に、美神であって美神でない、微妙なキャラなんですよねぇ……まあ、謝るだけ来世よりマシと思えばw

○8. あらすじキミヒコさん
 前回は確かに薄味でしたねー。本当は、今回の冒頭の道真戦と、ラストの現代帰還シーンも付け加える予定だったのですが、25KB越えそうだったので断念しました。まあこっちの方が、結果的に良かったと今では思ってますがw でも、代わりに今回は24KB……結局ちょっと長めになってしまいました(ノ∀`)


 レス返し終了〜。では次回七十五話でお会いしましょう♪

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