インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始▼レス末

「二人三脚でやり直そう 〜第七十三話〜(GS)」

いしゅたる (2008-06-06 18:00)
BACK< >NEXT


『いいかげん離しなさいよっ!』

 メフィストが額に井桁を浮かべて怒鳴り、火を吹いて眼下の美神たちを攻撃する。

「そんなものっ!」

 それを美神は、振り子の原理でかわす。支点になっている高島が「ぐえっ!」と潰れたカエルのような声を出したが、気にする余裕はない。
 とはいえ、支点が一つではいつまでも避けていられないことも確か。美神は神通ヌンチャクのもう片方の棍を左手に持ち、そちらにも霊力を送って鞭状に伸ばした。それを、美神は頭上のメフィストに振るう。

「はっ!」

『くっ!』

 鞭は狙い違わず、高島を抱えて動かせない腕に絡みついた。
 高島の首に絡み付いている方を解き、体を大きく振る。その反動で、美神は小竜姫ごと弧を描いて大きく上に飛び、メフィストの頭上を取った。この角度なら、火を吹くために顔を向けることもできない。

「もらったわよ!」

『くそっ……なら!』

 右手の神通鞭を振りかぶる美神。メフィストは舌打ちをして――

『ちょっとゴメンねっ!』

 一言謝り、その手に抱いた高島を――美神に向けて、思いっきり放り投げた。

「えっ!? ちょおおおおっ!?」

「なっ!?」

 涙と鼻水を撒き散らせながら、迫ってくる高島。自由落下中であるがゆえに、美神はそれをよけることはできない。
 結果――

 ドンッ!

「「だああっ!」」

「くっ」

 あえなく衝突する美神と高島。小竜姫は、わずかに顔をしかめるだけで済んだが――その衝撃で、メフィストの腕に絡み付いていた神通鞭が外れ、三人は空中に投げ出される。


 その刹那――高島と小竜姫の目が、合った。


「……え?」

 何かに気付いたのか、小さく声を上げる高島。だが次の瞬間には、その体はメフィストによって掬い上げられていた。
 無論、美神と小竜姫は放置されたままで。

『このまま逃げるよっ!』

「え!? あ、おい!」

 高島の戸惑いにも構わず、メフィストはそのまま飛び去る。空を飛ぶ手段のない美神たちは、それを見送るしかできない。

「あっ! ちょっとあんた! 待ちなさいよーっ!」

「そ、それよりも美神さん! 落ちます!」

「……くっ!」

 遠ざかるメフィストに向けて罵倒を浴びせる美神だが、自由落下中という切羽詰った状況である。小竜姫からかけられた言葉に、美神は墜落死という危険を回避するため、小竜姫を抱き寄せて神通鞭を振るった。
 神通鞭は彼女たちの真下に迫る柳の枝に絡まり、二人は真円を描いて枝の上下を一回転する。美神は上手く体勢を整え、枝から神通鞭を離して着地した。

 見ればそこは、平安京中央の大通り――朱雀大路であった。

「あんっのクソ魔族!」

 メフィストの逃げた方向を睨み、美神は悔しげに拳を握り締める。その隣の小竜姫は、何が心配なのか、不安げに瞳を揺らしていた。
 そんな美神たちの横を、一匹の馬が走って通り過ぎる――

「見てなさいよ! 絶対追い付いてや……あれ?」

 罵倒の言葉を吐く美神だったが、その言葉を最後まで言い切るより前に、彼女の視線はその通り過ぎた馬へと固定された。
 その馬の背には、見覚えのある人物が――

「あれは……おキヌちゃん?」

「ち、違います! 秦の君ですよ、美神さん!」

「秦ぁ!? なんでよ!?」

 反射的にそう返す美神だったが、当然その問いに答えられる人間はここにはいない。
 ただ――


「たぁぁぁすぅぅぅけぇぇぇてぇぇぇぇ……!」


 秦の悲鳴だけが、ドップラー効果で遠ざかっていくのみであった。

「……助けてって言われても……」

「馬の足に追いつくのは……無理、ですよね?」

 二人はそれぞれ呆然とつぶやき、顔を見合わせた。
 もっとも――仮に今から馬を手に入れられたとしても、既に秦を乗せた馬は影も形もなくなっているので、追跡できたものではない。

「どちらを追うにせよ、一度戻ってヒャクメの力を借りるのが一番ですね。あの場に取り残されている二人の安全も気にかかりますし」

 と、小竜姫が無難な提案をする。
 その言葉に、美神が頷こうとした――その時。


     「いたぞ! あっちだ!」


 見通しの良い大通りの伸びる先から、男の声が聞こえた。
 美神たちがそちらに目を向けると――馬に乗ってこちらに向かってくる、大勢の兵士の姿。

「あら、ちょうどいいわね。馬一頭ぐらい、分けてもらいましょーか♪」

「み、美神さん……」

 その兵士たちを見て笑顔で神通鞭を構える美神の姿に、小竜姫は顔を引き攣らせた。


 一方――所変わって都の入り口、羅城門の屋根の上にて。

『妙よな……メフィストの気配が突然二つに増え、一方が遠くへ消えた……』

 明らかにこの国のものと思えないフード姿の男が、訝しげに口を開いた。

『平安京は有史以来、最も霊的に計算された魔都ゆえ、望みの魂も多く手に入ると思ったが……そうもいかんらしい。手の者を使わず新米を送り込んだのは、その方が万が一にも余の動きを知られまいと思ってのこと――なのにこれはどうしたことだ? 予測もできなかった事態だ』

 そこまで言って、ふむ、と顎に手を当てて考える。

『……あとわずかで魔王となれるゆえ、さすがの余も焦りすぎたか……よもや神族やほかの魔族どもに嗅ぎ付かれたのでは――』

『ご心配なされますな、アシュタロスさま!』

 疑心に囚われたその言葉を遮ったのは、隣に控える男だった。こちらはちゃんと、平安の日本人らしい服装である。

『……大事の前の小事。今のあなた様には、いかなる不安があってもなりませぬ。この菅原道真にお任せください。不安はじきに……あとかたもなく……』

『クックックッ……任せよう』

 菅原道真と名乗ったその男の言葉に、アシュタロスは頼もしげに笑った。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第七十三話 デッド・ゾーン!【その4】〜


 一方、つい先ほどまで高島が捕らえられていた牢では――

「だから、何度も言うておるじゃろう。秦の身柄はわらわが引き受けると」

「いかな貴族の言い分であろうと、彼女たちは侵入者の疑いがかけられてます。私の一存では……」

 炎上する牢を背景に、魏華と西郷が何事か言い争っていた。言い争うという表現では語弊があろうか――実際には、魏華の言い分を、西郷が渋っているだけなのだが。
 そしてそんな二人の後ろには、おキヌとヒャクメがハラハラとした表情で見守っている。

「一介の陰陽師に過ぎぬそなたの一存がどうであろうと、関係はない。許可は下りる――下ろされる。秦の立場がそうさせる。議論するだけ時間の無駄じゃ」

「し、しかし――」

 魏華は元々、屋敷から消えた秦を探していた。
 彼女は手の者に都中を探させる一方で、自身は考えられる中で最も秦が向かった可能性の高い、この場所へと足を運んでいたのだ。だが到着した時、そこにいたのは秦ではなく、おキヌとヒャクメであった。
 その時ちょうど、二人は西郷から身柄を拘束されていたところだった。聞けば、物の怪を使役して囚人を連れ去ったという嫌疑がかけられているらしい。その現場を目撃した魏華は、おキヌを秦であると偽り、二人の身柄を引き取ろうと思い立った。
 そして、西郷との交渉が始まったというわけである。

「やれやれ……頑固者よの、そなたも」

 ふしゅる〜っとため息をつく魏華。
 その時彼女は、ちらりとヒャクメに目配せし、自身の胸をトントンと小さく叩いた。

 ――心を読め、ということらしい。

 ヒャクメはそれを察し、魏華の心を覗いた。

(秦の居場所はわかるか?)

 ヒャクメは無言で頷いた。

(ならばこの頑固者は、わらわがどうにかしよう。それと、氷室殿にはわらわと共に屋敷に戻り、秦が戻るまでの間の影武者をやってもらいたい。秦がいつまでも不在では、色々と体面に関わるゆえにな……そなたには、どうにかして美神殿と――)

 そこまで読んで、ヒャクメは魏華に手の平を向けた。
 ストップ、という合図だ。同時に彼女は、敷地を囲う塀の向こうに視線を向ける。
 魏華とおキヌも、その視線を追って門に視線を向けると――

「……美神殿?」

「美神さん!」

 馬に乗った美神と小竜姫が、門をくぐってこちらに向かってくるところだった。


 ――平安京近郊の山中、打ち棄てられ朽ち果てた廃寺――

「具合はどうだ?」

 薪の束を抱えた高島は、額に魔物用の平癒符を貼り付けたメフィストに、そう尋ねた。

「あいにく俺は、魔物を封じる術は教わったが、助ける方は素人でな」

『いや……作ってくれたお札、随分傷の痛みがマシになったわ』

 メフィストは高島の問いに、霊符をめくり上げてそう答えた。

 ――高島はここに連れて来られた当初、美神との攻防で傷付いたメフィストを調伏しようとした。
 だが、元より女好きの高島である。魅惑のプロポーションを持つメフィストを見て、その考えを改めた。
 弱ったメフィストを調伏するのは簡単――いつでも調伏できるのであれば、今すぐに調伏する必要もない。それよりも、この機会に恩を売っておけば、後で有利な交渉を持ちかけることも可能になるだろう。先ほど窒息死しかけていた時の酷い扱いも、逆に考えれば良い交渉材料になる。
 あわよくば式神になってもらい、あーんなことやこーんなことを……などと、ヨコシマな考えを抱いたりもしたわけだし。
 そもそも高島は、メフィストが自分を牢から連れ出した理由すら聞いていないのだ。何か目的があってのことだろうが、助けられたのは事実である。そんな相手を『弱った魔物』だからといって問答無用で調伏するのは、さすがに気が引けた。

(……それにしても)

 高島は、都の方角へと視線を向ける。ここからでは別段何も見えはしないが、彼が見ているのは、メフィストに抱えられて飛んでいた時の出来事であった。
 その時、メフィストと高島を追っていた、二人の女性。片方はメフィストそっくりの容姿をしており、もう片方は――

(あの目……いや、まさか……な)

 脳裏に浮かんだ小さな女の子の姿を、胸中で苦笑してかき消す。
 彼女が人間と同じ速度で成長するはずがないし、何よりあの特徴的な角がなかった。ただ、成長すればあれぐらいの美人になることは、間違いないとは思うが。

(そーいや、親父と袂を分かってからこっち、随分長いこと会ってないよなぁ……今度、修行がてらに久々に会いに行ってみるか。管理人やってるあの子の御母堂も、随分な美人だったし……ぐふふ)

『……何気持ち悪い笑い方してんのよ』

 突然笑い出した高島に、メフィストが怪訝そうに眉根を寄せた。その言葉にはっと気付いた高島は、コホンと一つ咳払いをし、白々しく居住まいを正す。

「い、いや、なんでもない。それよりもお前、メフィストと言ったな。魔物がなんで、俺を助ける?」

『言ったでしょ、あなたと契約を結びたいの。それが私のお仕事……と言いたいところなんだけど』

 言いながら言葉を区切り、困ったようにため息を漏らして額の平癒符をはがす。

『はぁ……ったく、初仕事で客に助けられるなんて、いい恥っさらしだわ……!』

「初仕事……? ってことは、それが本業じゃないってのか。なら、今までは何をやってたんだ?」

『何もやってないわよ。こう見えても、まだ生まれてから十日も経ってないんだから』

「十日!? その割には随分育ってんなー……」

『正確には作られたのよ。上級の悪魔には、下級の悪魔を作れる奴がいるの』

 高島の疑問に、メフィストは簡潔に答える。それを聞いた高島は、「そういうもんなのか」と、あまりよくわかってない様子で頷いた。

「で――契約って言ったよな? それっていったい?」

『それはね……』

 問われ、メフィストは契約について話し始める。


 いわく、彼女の言う『契約』とは、魂を対価として三つの願いを叶えるというものだった。

 メフィスト――と言うよりは彼女を作った上級の悪魔とやらが、霊力の高い人間の魂を集め、ある目的のために加工しているらしい。そして、思い通りに魂を加工するためには、その材料となる魂は「取り引きに応じて彼女らに従う魂」でないといけないという。
 そして、彼女はどんな願い事でも叶えられるらしい。ただし、「永久に俺のものになって願いを無限に叶え続けろ」というのはさすがにNGらしく、それを言いかけた高島を睨みつけて黙らせたという一幕もあった。


『で、どうする? 私としては、助けられた恩もあるし、無理強いはしないつもりだけど――』

 全て説明し終え、決断を促すメフィスト。高島は聞かされた内容を吟味し、じっくりと考える。

(よーするにメフィストは、欲しいものを手に入れるために、俺を利用したいわけだ……!)

 普通に考えるなら、こんな誘惑ははねのけるのが一番無難な選択だろう。

 だが、何でも願いを叶えるというのは、美味しい話でもある。先ほどの無茶な願いは言い切る前に却下されたが、売った恩もあるし、ある程度までならゴリ押しできる自信がある。
 まあ、それを言うならこちらにも牢から助けてもらった恩があるのだが、そもそも実力だけは高位と言われた陰陽師の高島である。あの程度の牢なら、助けられるまでもなく地力で脱出できる算段はあったので、高島的にはノーカウントだ。

(メフィストに願いを叶えてもらい、なおかつ魂を取られずに済む方法……となると……)

 必死に頭を巡らせる。
 そして高島は、やがて一つの結論に辿り着いた。

「……よ、よーし……」

『決まった?』

 そして彼は、おもむろにニカッと笑い――


「俺にホレろ!」


 やや無理矢理感のあるサワヤカ笑顔を作り、サムズアップした。


 ――間。


「…………」

『…………』

「…………」

『…………』

 ……………………沈黙が、痛い。
 五秒、十秒と時間が過ぎるうち、高島も額に滲む脂汗が一つ二つと増えていく。

 ――やがて――

『おいっ!』

「ひっ!」

 突如として、メフィストが叫んだ。その怒号に、高島は反射的に身構えた。
 が――


『「ホレる」って何?』


 予想だにしなかったその問いに、高島は思わずズッコケた。

「何って……お前……!」

『それはつまり、私を抱きたいってこと? だったらいつでもいーけど』

「ならお言葉に甘えてーっ!……じゃなくて!」

 メフィストの言葉に反射的に飛び掛ろうとしてしまった自分を、高島はどうにか制する。

「肉体だけじゃ困るんだよ! 愛だよ、愛! わかる?」

『ホレるってのは発情するってことじゃないの? 愛って何よ? どーいう関係があるの?』

「そりゃー……」

 本気でわからない様子のメフィストに、高島は説明しようとし――


 考える。

 ……考える。

 思い出す。

 ……むしろ思い出すようなものがない。


 …………………………………………涙が溢れた。


『なぜ泣く?』

「いや……そーいや俺、愛したことも愛されたこともないなと思って……」

 ――近いのならば、わりとあるのだが。

 たとえば、妙神山の小竜姫。
 あの子からは懐かれていたが、それはお互い幼かった頃であり、特に竜神族である彼女の方は、今でも幼いままだ。恋愛以前の問題である。

 たとえば、橘氏の秦の君。
 確かに美人でいい女ではあるが、彼女の話し相手になっていたことは、むしろ世俗から隔離されて育った環境を不憫に思ってのことだった。あのまま付き合いを続ければやがて愛情が芽生えるという漠然とした予感はあるし、彼女となら恋仲になっても良いかもしれないとは思うが、今はそこまでの感情には至ってない。

 他にも、夜這いをかけた数多くの女性たち。
 そのほとんどは「キャーッ!」だの「イヤーッ!」だのと拒絶され、たまに成功したかと思えば、行為に及ぶ前に“値段”を告げられる。当然、そこに愛などありはしない。

 思い出せば出すほど惨めになる。袖で涙を拭き取るも、自身の寂しすぎる恋愛経験に、後から後から涙が止まらない。
 しきりに目元をこする高島――その時。


「…………ぁぁぁぁぁああああああ――」


「『…………?』」

 不意に、遠くから叫び声が聞こえてきた。メフィストと二人、顔を見合わせて空耳でないことを確かめる。


「ぁぁぁぁぁぁああああああ――」


「……女の声? 美女と見た!」

『どーゆー耳してんのよ……』

 叫び声は確実に近付いて来ていた。高島とメフィストはそんなやり取りをしつつ、揃って森に向かって身構えた。


「ぁぁぁぁぁぁああああああ――っ」


 叫び声と共に、ガサガサと草木を掻き分ける音が近付いてくる。何が出てきても対応できるよう、音源に向けて意識を集中させる。
 ――そして――


「ひゃあああああああっ!」


「『!?』」

 飛び出してきたのは、一頭の馬だった。高島とメフィストはそれぞれ横に飛んでその突進をかわす。
 そして馬は、そのまま廃寺の前で壁にぶつかるのを避けるべく、急カーブした。

 ――その際、背に乗っけていたモノを慣性の法則で振り落として。


 ズゲシッ!

「きゃんっ!」


 勢いそのまま、壁にぶつかった『それ』は、そのままずりずりと壁にもたれかかるように崩れ落ちた。『それ』を運んできた馬は、既に森の中に消えている。
 『それ』は、着物と体格からして、最初に高島が声で判別した通りの人間の女性であった。したたかに壁に額を打ちつけ、盛大に目を回している彼女の顔を、高島は確認する。

 その女性は、高島にとっては意外なことに――

「……は、秦の君? どうしてこんなとこに?」

「…………きゅう…………」

 戸惑う高島の疑問の声にも、秦は答えられる様子がない。
 メフィストは『知り合い?』と頭上に疑問符を浮かべ、問いかけた。


「このまま真っ直ぐでいいのね?」

 平安京の朱雀大路――馬の手綱を引く美神は、隣の馬に乗っているヒャクメに問いかけた。

「ええ。そのまま都から出て、右手の山中なのね」

 西郷の胴に抱きついて体を固定しているヒャクメは、淀みなく答えた。
 今、走っている馬は二頭。美神と小竜姫、西郷とヒャクメがそれぞれ乗っている。ここにいないおキヌは、魏華に連れられて屋敷に戻っていた。秦の影武者として、家族や使用人たちの目を誤魔化すためだ。

 美神はヒャクメの前で手綱を握る西郷に、ちらりと視線を向けた。

(この人……本当に、お兄ちゃんの前世……?)

 美神の記憶に残っている『お兄ちゃん』――西条輝彦の姿は、もう十年も前、彼がまだ18歳の頃のものだ。当時の美神はまだ10歳の少女であり、憧憬にも似た淡い恋心を抱いていたものである。
 その美神としては、高島とメフィストの追跡に彼が同行することに、複雑な想いを抱いていた。前世とはいえ『憧れのお兄ちゃん』の協力を得て共にいられるのは嬉しいが、高島の処遇に関しては対立しているのだ。しかも彼が高島確保の折りに調伏しようとしている魔物は、自分の前世である。
 彼と前世から繋がりがあったと思えば悪い気はしないのだが、それが敵対関係であったというのなら、悲しい気持ちになるのも当然のことだった。しかも前世どころか今の自分とさえ利害関係が対立しているとくれば、その気持ちもひとしおだ。

(押しに負けて同行を許しちゃったけど……まずいわよねぇ、色々と)

 普段強気な美神が押しに負けるというのは、横島あたりが聞けば「天変地異の前触れだ!」とでも騒ぎそうなものだが――まあそれも、彼が相手となれば仕方がなかった。
 とりあえず、高島を確保するまでなら協力してもらえるのだ。それまで共にいられる時間を楽しめれば、それで良い。美神はそう楽観することに決めた。

「羅城門が見えてきました!」

 美神の後ろの小竜姫が、前方を指して叫ぶ。言われるまでもなく、美神もその門の姿は視界に捉えていた。

「このまま突っ切るわよ!」

 美神はそう宣言し、馬を加速させる。
 門はどんどんと近付いて来ていた。その姿がより克明に判別できるようになるにつれ、美神の霊感がざわざわと騒ぎ出す。

「……何?」

 何かを告げてくる自身の霊感に、美神は訝しげに眉根を寄せる。隣を併走する西郷に視線を向けると、そちらの表情も緊張で強張っていた。

「なんだ……? 何かがおかしい……?」

 そんな呟き声が、美神の耳に届く。どうやら彼も、何かしらの異変を感じ取ったらしい。

 ――そしてすぐに、羅城門へと接近する。
 門の様子が詳細に確認できるぐらいまで近付くと、西郷がおもむろに顔をしかめた。

「西郷さん、どうしたの?」

「おかしい……門兵がいない」

「え?」

 どういうこと?
 そう美神が問おうとした、まさにその時――


 ガキンッ!


「え……!?」

 何か硬いものがぶつかり合う音が、美神のすぐ傍から聞こえた。それからワンテンポ遅れて、ズサァッと何かが地面を滑る音。
 美神と西郷が馬を止め、その音源に視線を向けると、そこでは小竜姫が刀を握って地面に倒れていた。しかもその手にある刀は、鞘から抜く途中の状態のまま、半ばからポッキリと折れていた。

「しょ……小竜姫さま!?」

「何事!?」

 一体何が起こったのか。
 美神はその異常事態に咄嗟に馬を降り、すぐさま神通ヌンチャクを取り出して戦闘態勢に入る。

 と――

『ほう……私の攻撃を防ぐか。女人にしては、なかなか大した反応だな』

「!?」

 声は、美神のすぐ後ろから聞こえた。
 美神が慎重に肩越しに振り返ると、そこには――


『だが、その折れた刀では次はない……今度は外さんぞ、メフィスト。すぐに楽にしてやる……!』


 怨念に満ち満ちた表情で歪に嗤う『京の鬼』――菅原道真が、異様に鋭く尖った爪を見せびらかしながら、悠然と佇んでいた。


 その頃、おキヌの方はといえば――

「お、重いぃぃぃぃ……」

 魏華に連れられ戻った屋敷にて、着込んだ十二単のあまりの重さに、根を上げていた。

「……影武者といっても今は寝るだけなのだから、無理して着なくても良いのだぞ?」

「い、いえ、こういうの、一度着てみたかったもので……はぅっ」

 重さに耐え切れずに膝を付くおキヌに、魏華はやれやれと嘆息した。

 ――十二単。その重さは一般的に10キロとも20キロとも言われる、女性の筋力からすればある意味拷問のごとき重量を持つ着物であった。


 ――あとがき――


 美神とメフィストの遭遇が早まってるので、道真が動き出すのも早まりました。次回は道真が暴れ回ります。
 それにしても今回、色々原作とは違った展開になったはいいけど、内容自体は原作の継ぎはぎですね……うーん、どうにかならなかったものか。でも「俺にホレろ」のくだりは、ストーリーの展開上なくてはならないものだったし……うーん。

 ……まあしょうがないか。ではレス返しー。


○1. 月夜さん
 秦の君は、もしかしたらこの作品では、おキヌちゃん本人よりもおキヌちゃんしてるかもしれません……(汗
 でもあの子が屋敷を抜け出したら、当然魏華の君も動き出すわけで……西郷に拾われるんじゃなく、こんな感じになりましたw

○2. Tシローさん
 はい。大方の予想通り、高島と合流できちゃいましたw ストーリーの進行上、メフィストの影は薄くするわけにはいかないんですが、その代わりに小竜姫さまが出番削られることになった感があります。どこかで挽回しなきゃなーと思いつつ。

○3. チョーやんさん
 やっぱり二人とも、前世とはいえ本人ですからねぇw ああなるのも必然と言うかなんというかw おキヌちゃんの身の安全は魏華の君が引き受けてくれましたが、その代わり出番が削られる予感な位置に。出番は前世の方に譲る形になってしまうのか?……ってことにならなければ良いなぁ(汗

○4. 俊さん
 再会は再会でも、一瞬目を合わせただけでした。あとは高島の回想でちょこっと出てきただけ……もうちょっとスポット当てたいのですが(汗
 西郷の協力は取り付けたけど、やはり高島の処遇で対立するのは避けられず……というか、道真が出てきてそれどころじゃなくなりましたが。

○5. 秋桜さん
 やはりあの人は、容姿がアレなのを除けば、GS登場人物中でトップクラスのいい女だと思いますのでw 一方美神`sの高島への態度は、やはりそれでこそ美神と思っていただければ……(汗
 しかし央花姫ですか……いよいよ怪獣っぽい名前になりますねw

○6. あらすじキミヒコさん
 作中のあの台詞は、陰陽術は霊符をメインにして行使する術であること、GS原作中の現代で陰陽術を使った人がいないことを踏まえてのことでした。時代の推移って、発展だけじゃなくて失伝したものも結構含まれるもんだと思いますし。というかぶっちゃけ、原作中に登場してない霊符を出すための免罪符的な台詞だったってだけなんですけどw

○7. 山の影さん
 いや、あの馬がインダラだったら、最初のかち上げで角が刺さってるでしょう(汗
 GS世界の陰陽師は、現代ではどうなってるんでしょうね? 原作には平安時代にしか陰陽師が出てきてませんでしたが、もしかしたら陰陽寮自体が既になくなってるかも……色々妄想の輪を広げられそうですw

○8. giruさん
 同情心が湧かないのは、それが高島だからとしか言いようがw 秦の君は、もしかしたらおキヌちゃんよりおキヌちゃんっぽくなってるような気がしますw 西郷は――ごめんなさい。活躍できるシーンが思い当たりません(酷っ

○9. Februaryさん
 秦の君の明日は、めでたく高島(とオマケにメフィスト)のところに決まりました!(ぉ
 西郷とヒャクメは美神・小竜姫と一緒に道真とバトル、おキヌちゃんは十二単の重量に押し潰されるという形になりましたw そして横島と美神は前世でも横島と美神でしたっ!w

○10. ながおさん
 橘氏はこの頃、もうすっかり落ちぶれてたみたいですからねぇ……秦の君の親父さんも、巻き返すのに必死なのです。まあ、相手の藤原の人もろともに登場予定はありませんがw


 レス返し終了〜。では次回七十四話でお会いしましょう♪

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭


名 前
メール
レ ス
※3KBまで
感想を記入される際には、この注意事項をよく読んでから記入して下さい
疑似タグが使えます、詳しくはこちらの一覧へ
画像投稿する(チェックを入れて送信を押すと画像投稿用のフォーム付きで記事が呼び出されます、投稿にはなりませんので注意)
文字色が選べます   パスワード必須!
     
  cookieを許可(名前、メール、パスワード:30日有効)

記事機能メニュー

記事の修正・削除および続編の投稿ができます
対象記事番号(記事番号0で親記事対象になります、続編投稿の場合不要)
 パスワード
    

PCpylg}Wz O~yz Yahoo yV NTT-X Store

z[y[W NWbgJ[h COiq [ COsI COze