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「二人三脚でやり直そう 〜第七十二話〜(GS)」

いしゅたる (2008-05-30 17:49)
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 ――時を遡ること一週間前――


「……よっと」

 煌々と月が地を照らす夜――その中で、とある立派な造りの屋敷の塀を、一人の男がよじ登っていた。
 男は塀の内側へと侵入すると、キョロキョロと周囲を見回す。

「よし……誰もいないな?」

「人ならここにおるぞ?」

「っ!」

 独り言に、別の人間の言葉が返ってきた。男は焦った表情で、とっさに声のした方に振り向く。
 するとそこには、庭に植えられた松の木の下、影の中に佇む巨躯が――

「ってなんだ。魏華の君ではありませぬか」

「高島どの……今宵も秦に会いに来たのか?」

 あからさまに安堵のため息を吐く男――高島に、魏華は不躾な視線を隠そうともせずに問いかける。

「いいかげん、やめていただきたいものじゃな。我ら姉妹は橘の娘とはいえ、母は藤原氏ゆかりの者……特に秦は、醜女(しこめ)のわらわと違って器量が良いゆえ、既に藤原氏北家本流の者との婚姻が決まっておる。
 秦の婚姻の成否は、父上が公卿に上り詰めるための大事な足がかりじゃ。そなたごときが手を出して良い相手ではない」

 魏華がそう説明するが――言われた高島の方は、「わかってないなぁ」とばかりに笑みを浮かべ、肩をすくめた。

「そんなの関係ありませぬ。私が秦の君に密会しようとしている理由は、たった一つの譲れぬ想いゆえにですから」

「……ほう。言ってみよ」

「それは――」

 なんとなく予感できているのか、半眼で先を促す魏華。高島はそう口を開きながら、ぐぐっと右手で拳を握り――


「そこに美女がいるからっ!」

「帰れ阿呆」


 即座に返し、呆れたようにふしゅ〜とため息をつく魏華。

「まったく……あまりふざけておると、兵を呼ぶぞ?」

「それは勘弁」

 その警告にも、高島はへらりと笑って動じた様子がない。
 暖簾に腕押し、馬耳東風――そんな態度の高島に、魏華は疲れたように眉間を揉みほぐす。

「……まあいい。ところで、それはなんじゃ?」

「へ? ああ、これか?」

 問われ、高島はその袖口から、月光を反射してキラリと光る『それ』を取り出した。高島の口調は、生来の性格ゆえにか、いつの間にか目上に対するものから友人感覚の気安いものに変わっている。
 が、魏華は気にした様子もない。高島が取り出したものを見て、怪訝そうに目を細めるだけだ。

「櫛……のようじゃな。よもやと思うが、女を淫らにさせる妖術など仕込んではおらんじゃろうな?」

「おお、それは良い考え! ……ごめんなさい嘘ですすいません」

 魏華の言葉に思わず目を輝かせて頷いてしまい、直後に魏華のコロス視線に晒され、平謝りに謝る高島。

「っつーかそんな便利な術があったら、俺にだってとっくに嫁の一人や二人できてるって」

「ふん、どうだか……陰陽寮で語り草になっておるそなたの行状は、わらわも聞き及んでおる。信じろというのも無理があろう。で……結局それは何で、どうするつもりなのじゃ?」

「守護の術を施しただけの、ただの櫛。勿論、秦の君への贈り物だ」

 魏華の問いに、高島は即答する。
 そしてしばし、互いの視線が交錯し――

「…………行くが良い」

 ふしゅる〜とため息一つ。魏華はそう言って、視線で屋敷を指し示した。

「いいのか?」

「さっさと行かぬと、兵を呼ぶぞ?」

「へーい」

 魏華に脅され、高島は気の抜けた声で返事して庭を横切り、屋敷の中へと侵入した。
 その背を見送り、魏華はまた一つふしゅる〜とため息をつく。

「……まったく、似合わぬほどに真っ直ぐな目をするものよ。しかもあやつ、目の下に隈なんぞ作りおって。守護の術と言っておったが、あの櫛一つに一体どれほどの術を施したのやら……」

 さすがに夜では暗くて見えづらかったが、よくよく注視してみればわかったことだった。秦に贈り物を用意するためにそんな苦労を買って出たというならば、止める気も失せるというものだ。

 そもそも高島が秦に会いに来るようになったきっかけは、屋敷でとある霊障が起きた時、陰陽寮から彼が派遣されてきたことから端を発する。その時初めて陰陽の術を見た秦が面白がり、高島に話しかけたのが最初だった。
 その時は周囲の者に止められ、一言も言葉を交わすことなく終わったのだが――ところが高島は、その日の夜からほぼ毎晩、やってくるようになった。
 高島が持ち込んでくる屋敷の外の話は、秦にとってこの上なく新鮮なものばかりだったらしい。高島と話している時の秦は、常に笑顔が絶えない太陽のような明るい娘となっていた。

 魏華は、しばしその場で時を待つ。

 やがて――屋敷の中から、二つの人影が縁側に出てきた。
 言うまでもなく、高島と秦である。
 小声で会話しているため、その内容は聞き取れないが――

「……秦は本当に、楽しそうに笑うのじゃな」

 クスクスと笑うその様子は、家族でありながらついぞ見たことのないものであった。
 それだけでも、彼女がどれだけこの屋敷で心を殺していたのか、そして高島にどれほど心を許しているかがわかる。

 あの笑顔を見れば、誰もが思うだろう。彼女の笑顔を守るためならば――と。


「婚姻の話など……なければ良かったのじゃがな」


 空を見上げた魏華は、遥か彼方に浮かぶ物言わぬ月に向かって、ぽつりとこぼした。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第七十二話 デッド・ゾーン!【その3】〜


「どう?」

「大丈夫みたいです」

「……ごめんなさい」

 平安京の一角、とある建物――美神たちはその入り口で内部の様子を伺いつつ、侵入する。
 おキヌは一人、美神と小竜姫が張り倒して目を回している見張りに、小声で謝罪した。

「さて、ここにその高島ってのがいるはずだけど……ヒャクメ、わかる?」

「ちょっと待ってね……確か、結構腕の立つ陰陽師って話でしょ? 囚人の中で霊力の高い人間をピックアップすればいいわけね。……ん、見えてきた……あれ?」

「どうしたの?」

「ええっと、どう説明したら……ううん、見た方が早いか。とりあえず、右の廊下を真っ直ぐなのね。でも隠れる場所がないから、穏行符を使った方がいいのね」

「わかった。……しっかし、この時代の霊符はバリエーション豊富ねぇ。現代に持って帰ったら、いくらで売れるかしら?」

 美神はそんなことを言いつつ、懐から取り出した穏行符を四人の額に一枚ずつ貼り付ける。そして美神が霊力を送り込むと、霊符がその効力を発揮し、四人の姿は誰にも認識できなくなった。
 ちなみに霊符は、陰陽寮が陰陽術を管理している関係で、陰陽寮から入手するか自作するか以外の手段では入手できないことになっている。だが蛇の道は蛇の言葉通り、ひとたび裏側に回れば、陰陽寮を通さない霊符の入手経路などいくらでもある。今使った穏行符も、そういった裏ルートで入手したものの一つだ。

「右ね?」

「そうなのね。一番奥よ」

 美神が確認し、ヒャクメが首肯する。
 穏行中は、当然だが四人は互いの姿すら見えなくなる。彼女たちは互いを見失わないよう、それぞれ手を取って忍び足で進んで行った。

「高島……ね」

 その道中、美神が声をひそめ、誰ともなしにその名を口にした。

 魏華から聞いた話では、高島の死刑は秦たちの家――正確には、彼女らの父親個人の事情に由来するという。
 橘氏一門の人間である秦たちの父親は、この時代最も強大な権威を誇っていた藤原氏から嫁を娶ることで、藤原氏との繋がりを得た。今の権力は、それゆえのものである。
 だが彼は、今より更にその上――公卿の座を目指し、藤原氏との繋がりをより強固なものにするべく、娘の秦を藤原氏一門の者に嫁がせようとしている。
 問題なのは、その嫁ぎ先が既に決定済みであること、そしてその嫁ぎ先の藤原氏の男が、秦を大いに気に入っているということだった。現在の秦の立場は、橘氏よりもむしろ藤原氏に近い。
 当然、そんな大事な娘にどこの馬の骨ともわからない男が近付けば、彼女の父親が黙ってはいない。彼は秦の嫁ぎ先の男に、高島のことを報告した。秦の容姿に鼻の下を伸ばし、彼女が嫁いでくるのを心待ちにしていたその男は、「高島を捕らえ死刑にすべし」というその進言を、一も二もなく承諾した。

 結果、高島は捕らえられ、明日の死刑を待つ身になった――そういうわけである。

 まあ一言で言ってしまえば、「俺の嫁(予定)に手ぇ出しやがってぶっ殺してやんよゴルァ」というやつである。
 が――その高島が一方的に被害者であるかと問われれば、さにあらず。

「魏華の言葉通りなら――術に長けてて腕が立ち、そのくせ女好きで、貴族平民問わず若い娘には夜這いをかけるって話だけど……本当に、助ける価値あるのかしら? あの秦って子、騙されてんじゃないの?」

 魏華から聞いた高島の人となりを思い出し、美神は思いっきり眉根を寄せた。完全なる自業自得の香りが、ぷんぷん臭ってきているのだ。

「「…………」」

「ふふっ」

 だがそのつぶやきに返ってくるのは、沈黙のみだった。
 ヒャクメだけは苦笑していたが――どういうわけか、おキヌと小竜姫は無反応である。

「おキヌちゃん? 小竜姫さま?」

「はぇっ!?」

「……心配いりません。見張りは一人だけです」

 不審に思って声をかけると、おキヌの素っ頓狂な声と、小竜姫の必要以上に固い声が返ってきた。
 美神は呆れたようなため息を漏らす。

「はぁ……ねえおキヌちゃん。いったい何を考え込んでたか知らないけど、もうちょっと気を張ってなさいよ? それと小竜姫さま、もしかして、私たちの会話が聞こえてなかったんじゃない?」

「……何か話してたのですか?」

「やっぱり……いくら敵地でも、今はそこまで集中する必要はないでしょ。どうしたの?」

「…………なんでもありませんよ」

(らしくないわね……)

 即答せずに若干の間を置いて返してきた小竜姫の様子に、美神は眉根を寄せた。

(この依頼を受けてから様子が変ね……小竜姫さまも、おキヌちゃんも。依頼内容に、何か感じるところでもあったのかしら?)

 そんなことを思いつつ、美神は足音を立てないよう、ゆっくりと歩いていった。


 そして――疑惑を向けられた二人の方といえば。

(高島さんって……確か、横島さんの前世の名前でしたよね?)

 逆行前に平安京に行ったという話を、おキヌは横島自身が覚えている限りの範囲で聞かされている。
 女絡みで投獄されていたと聞いた時は、前世でも変わらぬその煩悩に呆れ果てたものだが――投獄の原因となった『女』というのが自分の前世とするならば、話は違ってくる。

(ということは、美神さんだけじゃなくて、私にも横島さんとの千年の縁が……?)

 そんな運命的な事実が存在するとなれば、彼に想いを寄せる乙女としては、胸の内から熱いものがこみ上げても来ようというものである。
 彼女がひそかに『勝ちたい』と思っている恋敵は、なにもあの蛍の化身だけではない。自分が実の姉のように慕い、また尊敬もしている、目の前の女性もである。
 その女性と同じ千年の縁が、自分と彼の間にもある――そう思えば、俄然勇気が湧いてくるというものだ。


 そして、おキヌがそう思っているその一方で、小竜姫はというと――

(高島さん……まさか、あの……? いえ、よくある名前ですし、いくらなんでもそんな偶然は……)

 自分が幼い頃、よく遊んでもらった小さな男の子のことを思い出す。
 陰陽師であるという父親に連れられ、妙神山に来ては自分の遊び友達になってくれた。やがて妙神山に来ることもなくなり、それ以来会うことのなかった少年。
 その名前が――高島。

(いずれにせよ、あと数歩で確かめられる距離に到達しますね……)

 まさか、そんなはずは――頭でそう否定していても、「もしかしたら」と期待する心は抑えられない。彼女は高鳴る鼓動を必死に押さえ込もうとしながら、美神たちの後に続いて一歩一歩前に進んで行った。


 ――そして――


「夜明けと共に死刑か……まことこの世は理不尽な」

「「「…………っ!」」」

 目指した先の牢――その中でそうこぼした囚人を見て、美神、おキヌ、小竜姫は思わず硬直した。


 ――そこにいた高島と思しき人物は、彼女たちの知っている横島忠夫と瓜二つだったのだから――


 ちょうどその頃、彼女たちのいる建物が属する敷地の、さらに外――

「……はぁっ……はぁっ……こ、ここでしょうか……?」

 息も絶え絶えに、一人の女性が壁に手を付いて敷地内を伺っていた。彼女は見ようによっては部屋着とも取れるほど簡素な、だが誰が見ても上等な着物を着ている。
 その女性が、一体誰かというと――


「高島さま……今、秦がお助けいたします……!」


 そう。秦であった。

 余計な虫をつかせまいと屋敷に閉じ込められていた秦は、無論のこと外を出歩くような服は与えられていない。お世辞にも外を歩くのに向いているとは言いがたい十二単や部屋着ぐらいしか持っていないが、想い人の危機を知った乙女は、じっとしていることなどできはしなかった。
 今頃屋敷は、彼女がいなくなったことで大騒ぎになっていることだろう。既に捜索隊が組まれ、都中を探し回っているかもしれない。

 だがそれでも、秦は止まらない。

 高島が囚われている場所などその位置もわからず、せいぜい建物の名前ぐらいしか知らない。その上で誰にも――特に屋敷の関係者に見つかることなく目的地に向かうというのは、箱入り娘である秦には困難極まりない道行きであった。

 だが、彼女は現在、ここにこうしている。

 本来ならば姉の魏華が美神たちに依頼した通り、彼女たちに任せて屋敷で待っていれば良いものであった。
 しかし秦は、人生経験の未熟さゆえかそんな発想が浮かばず、また恋する乙女の一途な想いも相まって、自らの手で高島を助け出そうと躍起になっていた。そんな想いを貫いた結果として、彼女はここまで辿り着くことができていた。
 ――まさしく、『苔の一念岩をも通す』といったところであろう。

 が、そんな彼女の強行軍も――

「で、どうすれば助けられるのでしょうか……?」

 目的地を前にして、根本的な部分で頓挫してしまった。
 タイムリミットは夜明け――それまでに高島を上手く逃がす方法を考えないといけない。彼女は箱入りなりにも、「うーん、うーん」と懸命に思考を巡らせる。

 と――その時。


 カッ――


 不意に、彼女の横顔を光が照らした。

「え?」

 突然周囲の明度が変化したことに、彼女は何事かと顔を――


 ドゴォォンッ!


「きゃっ!?」

 ――上げる暇もなく巻き起こった爆音と衝撃に、地面に投げ出されてしまう。

「な、何が……!?」

 即座に顔を上げ、音源に視線を向ける。
 そこでは――扉が吹き飛ばされ、ところどころから火の手が上がる、目的の建物の姿があった。
 いや、そこだけではない。周囲にある建物にも飛び火しており、何事かと飛び出してきた兵たちが大騒ぎで怒鳴りあっている。

「た……高島さま!?」

 その中にいるであろう想い人の安否を気遣い、秦は周囲を省みずに飛び出した。

 ――が。


「ブヒヒーンッ!」


 突然馬のいななき声が聞こえ、「え?」と振り返るよりも早く――

 ドゲシッ!

「きゃーっ!?」

 秦の体は突然の衝撃でかち上げられ、ぽーんと空中に投げ出された。一瞬の滞空の後、秦の体はどさっと『何か』の上に乗り上げられる。
 彼女が乗り上げられたもの、それは――

「お、お馬さん……!?」

「ヒヒヒーンッ!」

 火の手の上がった馬屋から逃げ出した、一頭の馬であった。興奮し、恐慌状態に陥っていたその馬は、秦が背中に乗っているのにも構わず、そのまま走り出してしまう。

「きゃあああっ! わ、私をどこに連れて行くつもりなんですか!? 戻ってください! あそこには高島さまが! 高島さまがあぁーっ!」

 秦の必死の制止も虚しく――馬は火の手の上がった危険な場所から、一目散に逃げ出していった。


 そして場面は戻り、時間を少々遡って牢の中――

「あ、あれ……横島クン!?」

「……たか、しま……さん……?」

 牢に囚われている高島を見て、美神と小竜姫は、驚愕の声を上げた。

「む……?」

「「あっ」」

 と、その声を聞きつけられたか、見張りの男が顔を上げる。二人は慌てて声を抑えた。
 しばし、見張りの男が穏行符で姿を消している美神たちの方向を睨み――

「……まあいい」

 言って、高島の方に視線を戻す。それを確認すると、美神たちは数歩下がり、ヒャクメがいるであろうと思われる方向に顔を向けた。

「ちょっと……どういうこと、あれ?」

「どういうことも何も、見ての通りなのね。あの高島って人、横島さんの前世よ。魂の色も同じなのねー」

「見張りをしている人も、お兄――私の知り合いの西条って人に似てるわ。もしかして……?」

「そっちは会ったことないからわからないのね。でも、ここまで重なっておいて、そこだけ偶然ってのも変な話だとは思うけどね」

「……ちょっと待ってください」

 美神の質問に答えるヒャクメに、小竜姫が横から待ったをかけた。

「ヒャクメ、一つ聞きますが……なんであなた、横島さんの魂の色を知ってるんですか?」

「そりゃもちろん、よく見てたからに決まってるのね。特にここ最近は、暇を見てはしょっちゅう覗いてたのね」

「なっ……! ということは、もしかして私のことも……!?」

 ここ最近――それはつまり、小竜姫が俗界に派遣されてからということだろう。ということは、横島をというよりは、小竜姫の方を見ていたということではないのか。
 そのことに思い当たり、小竜姫は羞恥で顔を赤らめる。

「ごめんねー。でもこれも、職務のうちなのねー。大丈夫、プライベートは見てないから」

 しかし問い詰められた方のヒャクメは、クスクスと笑いながら謝罪し、代わりの安心材料として、最低限覗いてはいけないものは覗いていないことを告げた。
 そして最後に、「文句は竜神王陛下に言ってねー」と軽い調子で締め括る。そんな彼女に対し、小竜姫は彼女のいるであろう場所に向け、若干頬を膨らませつつ軽く睨みつけるが――すぐにその視線を外し、高島の方に視線を戻した。

 彼女たちがそんなやり取りをしている間、一方で牢の方では、高島と見張りの男――高島は『西郷』と呼んでいた――が会話をしていた。会話の内容からして、彼らは陰陽寮の同期であり、しかし仲はあまり良くないようである。

「……高島さん……」

「…………?」

 その様子を観察し、唇をほとんど動かさず、口の中だけで彼の名を呼ぶ小竜姫。その小さなつぶやきを、断片的にではあるが拾うことができた美神は、そんな小竜姫の様子に眉根を寄せた。

 と――その時。


 ドンッ!


「!?」

 爆音と共に、牢の一角が吹き飛んだ。見張りの西郷は咄嗟に椅子から立ち上がり、警戒しつつそちらに視線を向ける。
 と――その吹き飛んだ箇所から、異形の姿をした魔物が飛び込んできた。

「物の怪!?」

 驚くのも一瞬。西郷は高速で迫るそれに対し、両手で冷静に印を組む。

「陰陽五行、汝を調伏する――!」

 一瞬で術式を組み上げた西郷。だがその眼前には、既に魔物が迫ってきていた。

 シャッ――!

「ふっ!」

 振るわれた爪を、身をかがめてかわす。そして、人差し指と中指を揃えて立てた右手を――

「鋭ッ!」

 前方に突き出すと共に放たれた、霊波砲にも似た細いエネルギー波。
 それは真っ直ぐに――


 ――美神たちの方へと突き進んでいた。


「「「「なっ!?」」」」

 突然飛んできた攻撃に驚愕する四人。美神は咄嗟に懐から霊符を取り出し、迎撃のためにエネルギー波に叩き付けた。至近距離でぶつかり合ったエネルギー波と霊符は爆発し、その衝撃は美神たちの穏行を吹き飛ばして彼女らの姿をさらけ出した。

「やはりいたか侵入者! この物の怪も、貴様らの差し金か!」

 姿を見せた美神たちに啖呵を切る西郷。どうやら美神たちの存在と位置は、しっかりと把握されていたらしい。
 が――その時。

「ダメ! 右よ!」

 美神は西郷の啖呵に答えるよりも、まず先に警告を発した。

「なん――」

 なんのことだ――そう言うより早く。


 ズガァッ!


 横からの衝撃が、不意打ち気味に西郷を襲った。

「な……!? しまっ……」

「お……おい、西郷! 何事だ!?」

 くず折れる西郷。牢の外の様子を測りかねている高島が、声を荒げる。
 そして、一瞬で意識を刈り取られた西郷の前に、一つの人影が降り立った。その人影がパチンと指を鳴らすと、最初に飛び込んできていた魔物が霞のように消えた。

『まさか、先客がいたとはね……都合よく勘違いしてくれるんなら、囮を用意するまでもなか……った……?』

「…………っ!?」

 嘲笑を浮かべるその存在。だが――『それ』は言葉の途中で美神の方を見て、唐突に固まった。
 そして美神の方も、その姿を見て、動くことすら忘れて硬直した。それは美神のみならず、他の三人も同様であった。


 なぜならば、その姿は――


 ――美神に瓜二つであったのだから。


『な、何者……!? どうして私に似てる……!?』

「こいつ……魔族!? ヒャクメ、まさか……まさか、こいつが!?」

 戸惑う魔族。そして美神も、内心で必死に否定しつつ、ヒャクメに確認を取る。

「……間違いないのね」

 だがヒャクメは、美神の淡い期待を裏切るように、重い表情でその言葉を肯定した。

「あの魔族……美神さんの前世です!」

『何をゴチャゴチャとッ!』

「くっ!」

 だがその瞬間、魔族が襲ってきた。美神は咄嗟に神通ヌンチャクに霊波を通し、鞭状に伸ばして迎撃する。

『こんなモノ!』

 魔族はその神通鞭を片手で受け止め、反撃とばかりに口から火を吹いた。至近距離から放たれた炎だが、美神は身を捻って強引にそれをかわす。
 だがそのせいで、美神は無理な体勢になってしまった。

「しまった!……え?」

 舌打ちするも、どうにもならない。しかし魔族は追撃をせず、美神の脇を通り抜け、高島の牢へと肉薄した。
 てっきり一撃もらうと思い込んでいた美神だが、呆けている暇はない。急いで体勢を立て直し、魔族の背を追った。
 その間にも、魔族は高島の牢を一撃のもとに破り、その中へと侵入する。

「お、お前は……!?」

『私はメフィスト――悪魔メフィスト・フェレス! あなたと契約を結びに来た!』

 急ぎ名乗りながら、高島の腕を取る。美神はその背中に神通鞭の一撃を与えんと振りかぶった。

『ここを脱出するよ!』

「なっ!? おっ!?」

 言うが早いか、メフィストと名乗ったその魔族は有無を言わせず爆発的な勢いで床を蹴り――

 ドゴォォンッ!

 天井を突き破った。
 ――その手に高島の腕を抱えたまま。

「くっ……逃がすかっ!」

 敵が空に逃げても、美神は諦めない。咄嗟に神通鞭を、空のメフィストに向けて放った。
 その鞭の先端は、急速に遠ざかるメフィストへと追いすがり――そして。

「ぐええええっ!?」

 高島の首に巻きついた。
 だがそれでも、メフィストが上昇する速度は緩まない。彼女はそのまま、高島を美神ごと空へと引っ張り上げる。

「このまま構わず飛ぶ気!? なんて強引な……!」

「美神さん!」

 体の浮いた美神に、小竜姫が抱きついて地面へと引き摺り下ろそうとする。だがそれでも、彼女たちは空へと引っ張り上げられてしまった。

『くっ! 離れなさいよ!』

「離すわけないでしょ!」

 罵り合うメフィストと美神。メフィストは邪魔者に付いて来られては迷惑だし、美神としても眼前の二人はそれぞれに用事のある相手なので、逃がすわけにもいかない。二人とも必死である。
 その間にいる高島は、自分の首に巻きつく神通鞭を掴んで必死に気道を確保しながら、「ぐえええっ!」と悲鳴を上げていた。

「しっ! 死ぬっ! 死んでしまうっ! 誰か助けてお願いプリーズぅぅぅっ!」

「『やかましい黙ってろぉっ!』」

「…………はい」

 必死になるあまり、知らないはずの横文字まで使って抗議の声を上げるも、余裕のない女性二人に同時に怒鳴られ思わず従ってしまう高島。そんな彼の様子に、美神にしがみついている小竜姫は、後頭部に漫画汗を垂らして呆れ顔だ。

「美神さん……それはないかと思うんですけど」

 だが、そのつぶやきを美神が耳にした様子は、微塵も感じられなかった。


 そして、彼女たちが空に消えた後の牢では――

「……いっちゃいましたねぇ……」

「おいてけぼりなのねー……」

 取り残されたおキヌとヒャクメが、穴の開いた天井を見ながら、呆然とつぶやいていた。


 一方その頃、秦はというと――

「へーん! 誰か止めてぇーっ!」

 暴走する馬の背にしがみつき、思いっきり悲鳴を上げていた。


 ――あとがき――


 四十八話から始めた毎週金曜更新、今回で26週目です。これにて2クール終了ってことですねw 完結までこのペースでいければ良いのですが。
 しかしやっぱり、戦闘が入ると前振りも含めて微妙に長くなる……まあなんとか普通の範囲内に収められましたが、戦闘を入れるたびにこれというのも、どうにかできないもんかw

 ではレス返しー。


○1. Tシローさん
 はい、予想通り秦嬢は先走っちゃいました。結果はこんな感じでしたがw 女華姫はやっぱりいいキャラですので、作者個人としてはもっとおキヌちゃんと絡ませたいと思い、こんな登場になりましたw
 横島の再登場は、まだ先の話になりそうです(ノ∀`)

○2. 凛さん
 はい。まさしくその通り、秦に手を出したからでしたw 二人の間に体の関係があったかどうかは……まあ、ご想像にお任せw 作者としては、ないと思ってますけど。

○3. 秋桜さん
 美神の心の変化は、メフィスト、高島、秦と役者が揃ったこれからですね。先の展開をお待ちください♪
 テラ姫は……どうしましょうかねw 『テラより先にキロ』だとか、『コードネーム・レディテラー(恐慌女)』だとか、色々脳裏に浮かんでるんですがw

○4. lonely hunterさん
 一週間に一度の更新なので、文章量を多くするのにも限界があるわけで……まあ、適度に頑張りますw

○5. 俊さん
 小竜姫さまの反応は今回は前振りだけで、具体的な反応は次回に持ち越しということでw 西郷を見た美神の反応は、とりあえずこの程度になってしまいました。横島の登場は、まだ先になりますねー。

○6. チョーやんさん
 別に無理してるわけじゃないんですw 実際、投稿前日には原稿は既に全部完成してましたし。ただ、用事というのが冠婚葬祭だったので、「読者の反応が気になって集中できなかった」なんて状態になったら先方に失礼なので、全部終わるまで投稿を後回しにしたというだけの話ですw
 さて本編ですが、とうとう高島とメフィストが出会いました。しかも、ついでに美神たちも一緒にw この出会いがどういう方向に向かうか、どうぞ生暖かい目で見守っててください♪

○7. 山の影さん
>貴族の成人女性は素顔を家族恋人以外の男性には顔を見せず、御簾越しで会話した
 うわっ! それは知りませんでした! ……でも、今更修正するにしても歪にしかなりそうにないしなぁ……やるとしたら、七十一話から修正しないといけないことになりますし。ここは一つ、気にしない方向でいてもらえると助かります(^^;
 …………いやほんと、すいませんorz
>陰陽師達は民間の法師陰陽師を除けば基本的に退魔はやらない
 そういった史実は、『オカルトが架空のものとされている現実世界でのこと』と解釈していただけると助かります。ここの平安京は、あくまでも『GS美神の世界』での過去ですので、後のGSの原型にもなっていると思われる陰陽師が、退魔をやっていないはずがない――と思っていただければ。
 実際GS原作では、陰陽師の高島や西郷が退魔の術を行使してましたし。

○8. Februaryさん
 やはり殺陣はカッコイイもんですw 刀を納めた時の鍔鳴りの音とか、殺陣の余韻としては定番ですよね♪ あと、ヒャクメの扱いなんてあんなもんで十分です(酷っ

○9. 健康優良ニートさん
 いつも読んでくださりありがとうございますw
 当時の剣のことですが、GS原作を確認する限り、検非違使とかが持っていたのは全て湾刀で、『デッド・ゾーン!』編にて直刀が描写されてたコマはありませんでした(^^;

○11. doodleさん
 やはり横島がいないと、事務所を立ち上げた当時の美神が望んでいた「華やかな除霊」が実現できるんでしょうねw このメンバーは結構いいかもしれませんw

○12. 鹿苑寺さん
 1000年前=ギガ、300年前=メガ……うん、確かに単位減ってますね。なら現代に帰ったら、テラじゃなくてキロになってそうです(ぉ

○13. giruさん
 あっはっはっ。ヒャクメさまに平安京エイリアンの術なんて任せたら、失敗して自分が埋まりそうじゃないですか♪

○14. あらすじキミヒコさん
 やはり二次創作ですから、原作は尊重しないとですw 原作のあらゆるものを(時には背景ですら)取り込み、二次創作として出力する。原作への敬意なしに二次創作なんて出来ません♪
 ちなみに櫛はこの平安編のキーアイテムです。あれがどういう役割を担うのかは、これからの展開を見ていただければとw

○15. 星の環熊さん
 高島が和歌ですか……(想像中)……うわっ、似合わなさすぎw モテないわけですwww(酷っ
 そんな高島が秦と何を話していたのかは、読者のご想像にお任せします。あと、刀の補足説明、ありがとうございました♪

○16. シフトさん
 次から気をつけるなら、別に感想禁止しないでもいいと思うんですが……(^^;
 まあ自戒と言うのでしたら、私がとやかく言うことでもないんでしょうけど。

○17. ながおさん
 やはりおキヌちゃんの原点は天然なところにあるわけで。これからも忘れずに表現していきたいと思ってますw

○18. 月夜さん
 レス不精は気にしてませんよー。私もそうですし(^^;
 美神たちの破魔札の調達は、消耗品でもありますし、現地調達だと思います。原作を見ても、明らかに現代の破魔札とデザイン違ってましたしw というわけで、本文中にその辺の説明を入れておきました。
 誤字は修正しておきました。ご指摘ありがとうございます♪


 レス返し終了〜。では次回七十三話でお会いしましょう♪

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