――平安時代は、日本で最も呪術が盛んだった時代である。
当時において、陰陽寮という呪術組織が政府機関として確立されたという事実を考えれば、それは容易に想像できることである。また、平安京自体、風水の『四神相応』という概念に沿って建設されていたこともある。
平安京は北に『玄武』が司る丘陵に相当する船岡山、東に『青龍』が司る流水に相当する鴨川、西に『白虎』が司る人道に相当する西国街道、そして南に『朱雀』が司る湖沼に相当する巨椋池(現代では既に埋め立てられている)がある。また、鬼門である北東方向には比叡山があり、延暦寺がその護りを担っている。さらに天皇の住まう太極殿は、龍穴の上に建てられているという徹底振りだった。
だがそこまで霊的に管理された都市は、当初予想だにしなかった副産物が生まれた。
その副産物とは、外側からの脅威は完全にシャットアウトしてしまう代わりに、平安京内部から生まれた陰気を外に逃がすことができなくなっていたというものだ。政治の中心地でもあるため、権力欲などに代表される陰気が殊更に多いのも、それを助長させていた。
――結果として、平安京は溜まりに溜まった陰気によって、魑魅魍魎が発生しやすい魔都と化した。
「いた! あそこよ!」
豪奢な着物を身に纏い、薄絹を垂らした市女笠で顔を隠した美神が叫ぶ。その視線が睨む先は、屋敷の塀の上に立つ小さな影。
人間のものと思われる腕をその手に持っており、頭からは小さな角が二本生え、腹はいびつに膨れ上がっている。
「餓鬼の一種か……この頃の京には沢山いたって聞いてたけど――」
「ネクロマンサーの笛で動きを止めます!」
美神がつぶやく横で、巫女装束のおキヌが笛に唇を当てた。
ピュリリリ、と不思議な音が周囲に満ち、餓鬼が苦しんで動きを止める。
「サンキュー! とどめは私がやるわ! 極楽へ行かせてあげるっ!」
いつもの決め台詞と共に、美神が袖から出した破魔札が餓鬼の額に張り付いた。その浄化の威力に、餓鬼はたまらず滅殺される。
そして、彼女らの除霊風景を見ていたこの屋敷の主は――
「見事な……!」
その手際に、思わず感嘆のため息を漏らしていた。
「さすが、『明王の舞姫』『鎮魂の巫女』と評判の巫覡(ふげき)! 術もあっぱれなれど、姿も美しい……!」
「それじゃ、約束の報酬をいただきますわ! 毎度ありー♪」
感心しきりの彼に、美神は仕事達成の余韻に浸る間もなく、ウィンクして報酬を要求する。
そして、その報酬を受け取った、まさにその時――
「美神さん! おキヌさん! 検非違使(けびいし)が来ました!」
屋敷の門の外側から、小竜姫が顔を出して美神たちを呼ぶ。彼女の衣装も、美神と同じような豪奢な着物姿だった。
彼女の言う検非違使とは、現代で言うところの警察のようなものである。この時代、退魔師は全て陰陽寮の名の下に厳しく管理され、モグリは捕まって強制労働の決まりであった。
「ちっ! 逃げるわよ!」
「いつも通り、しんがりは私が!」
「頼んだわよ小竜姫さま!」
そんなやり取りをしている間にも、検非違使たちが「待ていっ! 許可なく陰陽の術を使うやからめっ!」といきり立って駆け寄ってくる。
美神たちはその場に小竜姫を残し、脱兎の勢いで逃げていった。
「逃げるぞ! 追え!」
「行かせません」
そして、そんな彼女たちを追おうとした検非違使の前に、その場に残った小竜姫が立ちはだかる。
「くっ……『珠玉の剣鬼』か……!」
「珠玉、ですか……私も女の身なので、そのような褒め言葉を受けるのは嬉しく思います。ですが『鬼』と呼ばれるのは、いい気はしませんね」
ほほ笑みを浮かべて言うが、小竜姫は内心で「私、本当は竜神なんですから」などと付け加える。
「ほざけ! 貴様も一緒に捕らえてくれるわ!」
「……我々が法を犯しているのは、重々承知です。ですが、上から全てを押さえるあなた方のやり方に疑問を覚えているのも、また事実。何より、我々は今、身柄を拘束されるわけにはいきません……抵抗はさせていただきますよ?」
言いながら、小竜姫は帯に差した刀を握り、ゆっくりと鯉口を切る。
「ええい! 相手は女一人だ! 何するものぞ! かかれぃっ!」
「「「おおっ!」」」
リーダーの号令の下、検非違使が一斉に小竜姫に襲い掛かり――結果。
「……峰打ちです。悪く思わないでください」
「む……無念……」
さして時間もかけずに全滅する検非違使たち。小竜姫はチン、と刀を鞘に納め、小さく謝罪する。
彼女の眼前でうつぶせに倒れる彼らは、ただ悔しげにうめくのみだった。
『二人三脚でやり直そう』
~第七十一話 デッド・ゾーン!【その2】~
――平安京の郊外、とある竹林の中にあるボロボロのあばら家――
「いやー、やっぱ手に職持ってっと安心よねー。技術職は不況に強いわー。おかげで当面の軍資金は十分! ボチボチ私の前世を探しにいきましょーか!」
その中で美神は、家の外見からは想像もつかないほど豪華な宝物に囲まれ、左団扇で高笑いを上げていた。
「こんなに稼ぐ必要ないのに……私たち、すっかり有名人になっちゃいましたよ」
「二人の美人巫覡、『明王の舞姫』と『鎮魂の巫女』……そして、それを検非違使の取り締まりから護衛する女性(にょしょう)の武士、『珠玉の剣鬼』ですか。今更ですが、もっと目立たないようできなかったのですかね……?」
乾いた笑いを浮かべながらそう言うのは、『鎮魂の巫女』ことおキヌと、『珠玉の剣鬼』こと小竜姫だった。
「いくら必要なこととはいえ……仏の教えを説く立場であるこの私が、表立って語ることのできない仕事に手を貸すなんて……現代に帰ったら、いったいどう報告すれば良いのでしょうか……」
小竜姫は気落ちした様子で、はぁ~と盛大にため息を吐く。しかしそんな小竜姫に、美神はじとーっとした視線を向けた。
「……ノリノリで検非違使とチャンバラしてたくせにねぇ……」
「ま、まあまあ。これだけ稼いだんですから、もうこれ以上やる必要ないですって。だからそんなに気を落とさないでください」
追い討ちをかけるような美神の言葉に、おキヌは慌ててフォローに入る。
だが美神は――
「何言ってんのよ。稼ぐだけ稼いで現代に持って帰るに決まってんじゃん。まだまだじゃんじゃん稼ぐわよ♪」
おもいっきりやる気満々だった。
「ま、それはそれとして――あんたの神通力は溜まった?」
美神は話題転換し、別の方に視線を向ける。そこにいたのは、彼女たちをこの時代に連れてきた張本人であるヒャクメだった。
誤って神通力を過消費するという大ポカをやらかしたこの女神に、既に美神は敬意を持って接するつもりはなくなっているらしい。その口調は、かなりくだけている。
「そんな急には――まだ少ししか……」
だが話を振られたヒャクメは、申し訳なさそうにそう答える。
が――その時。
「……しっ。皆さん、静かに」
突如として、小竜姫が緊張した面持ちで全員にそう声をかけた。その手には、いつの間にか刀が握られている。
「小竜姫さま……?」
「外に何者かいます」
既に彼女は、右手を柄にかけていつでも鯉口を切れるようにしている。その警告を受け、美神たち三人も、すわ検非違使かと思って小竜姫同様に警戒し、腰を浮かせた。
「……ヒャクメ」
「わかってる。見えるのねー。表に一人……それ以外にも、竹林のあちこちに何人も潜んでるのね。どうやら検非違使じゃないみたいだけど、ここは完全に囲まれてるわねー」
「そんなに……!?」
彼女の霊視でもたらされた情報に、小竜姫が顔を青褪めさせる。そこまでされるまで気付かなかったという事実に、武神としての矜持を傷付けられた気分になった。
「力を封印されて霊視ができない状態になってるとはいえ、小竜姫の気配察知能力に引っ掛からないでここまで部隊展開できるあたり、かなりの手練れ揃いと見た方が良さそうね。少なくとも、検非違使なんかとは格が違うみたいね」
「検非違使じゃないなら、目的は不明ということですね……とりあえず、どう出るか様子を見ましょう」
小竜姫の提案に、全員頷く。
そして――
「たのもう! ここに『鎮魂の巫女』はおられるか!」
表にいる者が、大音量で声をかけてきた。その申し出に、一同顔を見合わせる。
「……おキヌちゃん?」
「この声……?」
声の主は、どうやらおキヌに用があるようであった。そして当のおキヌは、その声に何か感じるものがあったのか、小首を捻っている。
「どうします?」
「うーん……」
小竜姫が尋ねると、おキヌは少し考え込んだ。
「私に用があるんですよね? とりあえず私が出て行って、話を聞いてみます」
彼女はそう結論を出し、立ち上がって入り口に向かって歩き出す。
「わかった。でも、何があるかわからないから、気を付けてね」
「私も有事に備え、すぐに出られるようにします」
そう言って、美神と小竜姫も彼女に続いて入り口に向かう。二人が入り口の両脇に位置を取ると、おキヌは少し躊躇してからそっと表に顔を出した。
果たして、そこにいたのは――
「……え? 女華姫さま……?」
豪奢な着物を身に纏い、ふしゅるるる~と異様な呼吸音を響かせる、筋骨隆々の女性であった。
おキヌが思わずこぼした通り、その容姿は彼女の記憶にある女華姫――あるいは早乙女華――に瓜二つであった。
「そなたが『鎮魂の巫女』と呼ばれる巫覡であるか?」
「え? あ……はい」
真正面から見下ろす形で不躾に問われ、おキヌは戸惑いながらも首肯した。
「わらわは橘氏一門が娘、魏華(ぎが)である。……ふむ、なるほど。確かに似ている」
「え、えっと……ぎ、魏華……さま? 魏華の君、でよろしいのでしょうか? どのようなご用件で……?」
値踏みするようなその視線に、おキヌは思わずたじろいでしまうが、それでもなんとか会話を成立させようと問いかけてみた。その質問に、魏華は「うむ」と鷹揚に頷いて口を開く。
「用件は二つほどじゃ。なに、そなたらを検非違使に突き出そうなどというつもりなどないので安心せい。まずは、我が屋敷へと同行願いたい。無論、『明王の舞姫』、『珠玉の剣鬼』も共にな」
「断れば、周囲の者達が動く……そういうことですか?」
魏華の要望に、あばら家の入り口の方から声がかかる。二人が揃ってそちらに目を向けると、刀の柄に手をかけた小竜姫がいた。
だが問われた魏華は、射抜くようなその視線を、動じることなく受け止める。
「ほう、彼らの存在に気付いておられたか……さすがよの。警戒させぬために姿を現さぬよう言い付けたのじゃが、逆効果であったか。じゃが安心いたせ……彼らはわらわの護衛であり、それ以上でもそれ以下でもない。そなたらがわらわに危害を加えぬ限り、彼らは手出しをせぬ」
「信用しろと?」
「信ずるに足りぬのであれば、我が橘の姓に誓っても良い」
その言葉に、小竜姫は柄から手を離すことなく、その緊張感を緩めた。その背後のあばら家の入り口からは、美神とヒャクメが顔を覗かせている。
おキヌは彼女らと交互に視線を合わせる。三人が三人とも小さく頷き、おキヌに判断を委ねた。
そして彼女は、魏華の方へと向き直り――
「わかりました。あなたに付いて行きます」
そういうことになった。
それから魏華を先頭に、半刻――現代の時間にして約一時間近く歩き、一行は平安京の中枢にほど近い、とある一角に来ていた。
「二つの用件のうち一つは、我が妹に会ってもらいたいということじゃ」
「魏華の君の妹君……ですか」
魏華が話しかける相手は、もっぱらおキヌであった。魏華の用件はおキヌに関したものらしく、またおキヌも、かつてと今の友人と同じ雰囲気を持った魏華とは話しやすいようで、自然とこの形になっていた。
「妹は、さる事情があって屋敷から出られぬ身でな。そんな折り、昨今の京にて評判の巫覡――つまりそなたらの話を耳にしての。特に氷室どの、『鎮魂の巫女』と呼ばれるそなたに、非常に興味を示しておった」
「私にですか? それはなぜです?」
「…………会えばわかる」
おキヌの問いに、魏華は一瞬迷った様子だったが、すぐに苦笑を浮かべて答えを濁した。
ちなみに彼女らの中で、顔を出しているのは魏華のみである。美神、おキヌ、小竜姫は既に顔が割れているという理由で、ヒャクメは少々人間離れしている容姿であるため、四人とも薄絹を垂らした市女笠で顔を隠していた。
そして、魏華の護衛だという者たちは、今は一人だけ魏華の傍に付いている。それ以外の者たちは、相変わらず姿を現していない。しかし小竜姫が注意して気配を探ってみると、付かず離れずの距離でこちらを伺っているのが、わずかに感じられた。
(これほどよく訓練された兵たちが私兵とは……)
彼らの佇まいは、『本物の練兵』と呼ばれるに足るほどのものであった。久しく目にすることのできなかった剛の者の集団を前に、小竜姫は内心で舌を巻いている。
(これほどの者達を従えているということは、彼女の家は武家か、あるいはかなりの権力を持っているか――おそらく、後者でしょう。橘氏といえば、武家ではなかったはずですから)
――彼女の記憶が正しければ、橘氏は源平藤橘(げんぺいとうきつ)と呼ばれる四姓の一つとはいえ、この時代は公卿を一人も輩出できていない落ち目の貴族だったはずだ。
現在は何人かが叙爵されているはずで、そのうち良殖、澄清、公頼の三人が後に公卿に上り詰めるが、それも十年以上は後の話である。いずれにせよ、橘氏の今現在の権力など、それほど高いというものではない。
(この時期、橘氏がこれほどの私兵を持てるような力を持っていたなどとは、少なくとも歴史上の記録にはなかったはずですが……はて?)
内心で首を捻るが、答えは出ない。
だが――
(……いずれにせよ、油断ならない相手だということは、現実として目の前にある……成り行き次第ではただでは済まないと思った方が良さそうですね)
「……美神さん」
彼女は前を歩く美神に警告すべく、声をかける。
が――
「わかってるわよ。なるべく穏便に済ませたいものね……」
美神の方も彼女なりに感じるものがあったのか、皆まで言うことなく頷いて返してきた。
――やがて一行は、魏華の屋敷へと到着した――
「そこで待っておれ」
屋敷の中へと上がり、通された一室。
板張りの床には人数分の畳が敷かれており、その畳が囲む中央には、火鉢が置かれてある。部屋の角には、金箔がふんだんに使われた高級そうな屏風が置かれていた。
座るよう促され、用意されていた畳に腰を降ろした四人に、魏華はそう言って襖の向こう側へと消えていった。
「……魏華の妹、ね」
「同じ顔だったら怖いのねー」
魏華がいなくなったのを確認し、ぽつりとこぼす美神。その言葉に、ヒャクメが恐る恐るといった様子でそんなことを口にした。
だがその一方で――
「……どうかしましたか、おキヌさん?」
「いえ……」
おキヌは落ち着かない様子で、きょろきょろと周囲を見回していた。ややあって彼女は立ち上がり、しずしずといった動作で縁側の方へと歩いて行く。
彼女はそこで立ち止まり、よく手入れの行き届いた立派な庭園を一瞥すると――すっと顔を上げ、まだ日の高い空を見上げる。
(なんだろう……私、このお屋敷を知ってる……?)
なんとなく、間取りがわかってしまう。どこがどの部屋で誰がいるのかが、おぼろげにわかってしまう。そんな不思議な感覚が、彼女を支配していた。
そんなおキヌの様子を、他の三人は怪訝そうな表情で見ていた。
やがて――
――スッ――
襖の開く音が聞こえ、全員の視線がそちらに集中する。
「待たせたな」
開いた襖には、十二単に着替えた魏華の姿。縁側に立っていたおキヌは、慌てて自分に用意されていた畳に戻った。
魏華はそれを見届けてから、ゆっくりと部屋に入る。そして彼女が横に移動すると、その後ろからは別の人影が――
「「「「あ……!」」」」
魏華と同じ十二単に身を包んだその人物。彼女の顔を見るなり、四人は一様に驚いて声を上げた。
おそらく、彼女こそが魏華の妹なのだろう。彼女は先ほどのおキヌと同じような、しずしずとした動きで部屋の中へと入り、魏華の前に出て腰を降ろした。
彼女を一目見て全員が驚くのも、むべなるかな――
「初めまして。このたびは私の我侭のために姉様の召致に応じていいただき、まことにありがとうございます」
そう頭を下げる彼女の顔は、まさしく――そう。まさしくおキヌと瓜二つだったのだから。
「私が橘氏一門が娘、秦(はた)にございます。『鎮魂の巫女』さまは噂通り、本当に私にそっくりなのですね」
「「「「……………………」」」」
どれほどの時間、言葉を失っていただろうか。
「……お、驚いたのねー……」
秦の名乗りから最初に口を開いたのは、ヒャクメだった。
「おキヌちゃんと同じ魂の色……まさかこんなところで、おキヌちゃんの前世に会えるなんて……」
「ヒャクメっ!?」
「あっ」
だがそれは、失言以外の何物でもなかった。突然飛んできた小竜姫の叱咤の声に、ヒャクメは思わず口元を押さえる。
だが、一度出してしまった言葉は戻ることはない。
「あら……? 今、なんと……?」
「む……これは異な事を申すものよな。秦が『鎮魂の巫女』の前世と?」
その呟き声は、しっかりと眼前の二人に届いてしまっていたようだ。
「ええっと、それはですね……」
しかしここでそれを追究されると、話が色々とややこしくなる。おキヌ以外の三人はどうにか誤魔化そうと、必死に思考を巡らせた。
が――
「まあ、そうだったんですか……! 道理でそっくりなわけですね!」
「わ、私もびっくりです!」
「「「「だああっ!」」」」
秦は何の疑いもなしに信じてしまったようである。しかも美神たちと違い、隠そうという発想さえ浮かんでない様子のおキヌも、その事実に一緒になって驚いていた。
二人の天然な反応に、なんか色々と台無しな感じだ。美神、小竜姫、ヒャクメのみならず、魏華までもが盛大にズッコケていた。
「こ、この天然どもめ……!」
「む、むぅ……どういうことじゃこれは?」
小声で悪態をつく美神に、魏華が問いかける。
妹と同じようにいきなり信じることはできないが、完全に法螺というわけではなさそうだ――彼女の表情と声は、そんな戸惑った心の声が聞こえてきそうな様子であった。
その質問に、美神は小竜姫、ヒャクメと顔を見合わせる。
「……どうする?」
「誤魔化しは……もう効きそうにありませんね」
「ごめんなさい、失言だったのねー」
簡単に意見を交わしたが、やはり誤魔化せる段階は一足飛びに飛び越えてしまったらしい。どこまで話すかという問題はあるが、いずれにせよ、とりあえず話すしかなくなったようだ。
美神は盛大にため息をつき、魏華に向き直る。
「……信じられないかもしれないけど、私たちは未来の世界から来たのよ……」
「…………というわけよ」
一通り事情を話し終え、美神はそう締め括った。
話した内容は、未来で美神が厄介ごとに巻き込まれていること、その原因の特定のために時間を越えて前世を調べに来たこと、そのために千里眼を持つ妖怪のヒャクメが協力してくれていることの三つである。
ちなみにヒャクメが妖怪として説明されているのは、神族として説明すると無駄に騒がれそうというのもあるが、何よりヒャクメ本人に神族としての威厳がなかったからである。彼女を真っ正直に神族として紹介すると、それだけで胡散臭くなるという美神の判断だった。
「……ひどいのねー」
「普段の行いのせいです。反省しなさい」
後ろの方で落ち込むヒャクメにも、小竜姫は容赦がない。
「ふむ……なんとも突飛な話よの」
そして話を聞き終えた魏華は、まだ半信半疑そうに顎に手を当てて思案している。
だが一方で、秦の方はというと――
「それにしても、美神さまの前世を調べに来たのに、キヌさまの前世である私に出会うなんて……もしかしたら、私と美神さまの前世は、凄く縁が深いのではないでしょうか?」
そう言って、ふふっと楽しそうに笑みを浮かべている。おキヌも同じような微笑みを浮かべ、「そうですねー」と同調していた。
「残念ながら、私には美神さまの前世らしき方に心当たりはありませんが……それはおそらく、これから出会うということなのでしょう」
「美神さんは、とってもいい人ですよ。前世もきっといい人です」
「それはそれは……楽しみにしておきましょう。本当に、来世まで縁の繋がる方とこれから出会えると思うと、楽しみでなりませんね」
何一つ疑うということをせず、おキヌと談笑する秦。魏華はそんな妹の様子に、しょうのない子じゃのう、とばかりに苦笑を浮かべた。
――ただ――
その表情は、会話の合間にも時折わずかに影が差していた。魏華は思う――この場でそれに気付いているのは、おそらく自分だけであろうと。
そしてそれを目にするたび、魏華の心は痛んでしまう。
(……なんとかせねばな)
そして彼女は、ふと外を見る。日がだいぶ傾き、夜が訪れるまであとわずかといった様子であった。
「ふむ……もうこのような刻限か。……秦よ」
「ふふっ、キヌさまったら……はい? どうかなさいましたか姉様?」
名を呼ばれ、秦はおキヌとの会話を中断し、姉の方に視線を向ける。
「間もなく日も暮れる。父上が帰って来るゆえ、そろそろ客を帰さねばならぬでな……そなたも部屋に戻っておれ」
「あら……もうですか? 残念ですね。もっと話していたかったのですが……」
「いたしかたあるまい。機があれば、また連れて来ようぞ」
「はい……では姉様、お願いしますね」
「うむ」
秦の願いに魏華が頷くと、秦は渋々といった様子で部屋を退出して行った。
そして、パタンと襖が閉められ――そして秦の気配が完全に遠のくと、魏華はおもむろに、美神たちの方に視線を向けた。
「……これで私たちへの用事は済んだ?」
「用件は二つと言ったであろう。まだ半分……否、ここからが本題じゃ」
美神の問いかけに、魏華は首を横に振った。
「この件は秦には聞かせられぬ。秦は何も知らぬゆえにな。事は陰陽寮の問題であるが、あそこには父上たちの息がかかっておる……陰陽寮に属さぬそなたらでなければ、任せられぬことじゃ。そなたらの腕を見込んで頼みたい」
「なんだか要領を得ないわね……」
「あの……それってもしかして……」
なかなか本題に入らない魏華の物言いに、美神はじれったそうにつぶやいた。その横で、おキヌが何かを察したのか、おずおずと尋ねる。
「……時折、秦の君のお顔に寂しそうな陰が出るのと、何か関係が……?」
おキヌのその問いに、魏華は虚を突かれたかのように目を見開き、ほう、と感嘆のため息を漏らした。
「なんと……初対面で気付かれておったか。いや、確かそなたは秦の来世だったか……気付くのも道理というわけか」
「では?」
「いや、間接的に関係あるだけじゃ。秦は先日、大切な者から贈られた大事な物を、父上に取り上げられてしまったゆえにな……客人の前であるがゆえに元気に振る舞っておったが、その胸中は察してもらいたい」
魏華の気遣いの言葉に、その場の一同は黙って首肯する。
「……間接的にって言ったわね。ってことは、私たちへの依頼は、その『秦の君の大切な者』ってやつの関係かしら? もしかして……男?」
「うむ……」
美神の問いかけに、魏華は重々しく首肯した。
「その者は、高島という名の陰陽師でな……今は獄に繋がれ、明日の夜明けと共に処刑されることになっている」
そう前置き――そして。
「美神どの、氷室どの、小竜姫どの……頼む。秦のために、何としてでも彼を救っていただきたい……!」
彼女はそう言って、美神たちに対して深々と頭を下げた。
そして――魏華が美神たちに頭を下げた、その襖一枚隔てた場所では。
「処……刑……? 高島さま……が……?」
自分も美神たちを見送ろうかと思って引き返してきた秦が、偶然耳にしたその内容に顔を青褪めさせ、声を震わせていた。
――あとがき――
七十話感想欄レス番14での告知通り、一日遅れての投稿になりました。
魏華&秦の姓は、当初オリジナルでいこうと思ってましたが……平安時代の貴族の姓って天皇から賜るもので、役職と関係がある場合がほとんどだから、そういうオリ設定は介在する余地があまりないみたいなんですね。試し読みして指摘してくださった某氏のおかげで、また一つお利口さんになった気分ですw
とゆーわけで色々調べた結果、904年当時は公卿を一人も輩出できていなかった橘氏に白羽の矢を立てました。この時代のマイナー貴族は、公卿になれた人以外は歴史に名前を残せていない場合が多いので、その辺にオリ設定を入れる余地があると判断してのことです。
ちなみに平安京の魔都化の仕組みはオリジナル設定です。GS原作や本物の平安京にそんな記述はありませんので、御了承ください。
ではレス返しー。
○1. sutaさん
ありがとうございます♪ 引きは結構意識してやってますので、そう言ってもらえると嬉しいですw
○2. 秋桜さん
あの絡み方は、櫛の設定を練っていた当初から決定していたことです。惰眠を貪っている人々に関しては、まあ後になって機会が来るまで描写なしということで(^^;
○3. lonely hunterさん
まあ原作でも、横島は途中で意識がなくなってて役に立ってませんでしたけど。長さに関しては、最近は意図して短くしてます。その方が読みやすいと思いまして。
○4. 凛さん
『秦』と『絹』の関連性は、秦氏で合ってます。秦氏が税として天皇に絹を献上したのが、日本の絹織物の発祥らしいですねw ちなみに前回のレス番10で注釈つけた通り、文字としての関連性であって人名のことではなかったので、わかりづらくてすみませんでした(ノ∀`)
今世で縁が深い人は前世でも縁があることが多い、ですか……確かにGS世界ならばなおのこと、適用されそうな話ですね。なかなか興味深いですw
ちなみに七十話冒頭のあの夢が高島死亡前か後かは、今回の話を読んでいただければわかるかと。
○5. Tシローさん
よくよく考えてみれば、原作の平安編での横島は、ろくに役に立たないまま途中退場してしまったので、最後の伝言シーン以外は空気だったんですよねー。文珠なくても、原作通りに話を進められる予感がバリバリとw
あと一応、私もTシローさんと同じく、おキヌちゃんとルシオラを一番に押したいと思ってます。美神や小竜姫さまや夏子はその次ぐらいで。この先の展開次第で多少の変更はあるかもしれませんが(^^;
○6. チョーやんさん
某掲示板の陰陽師とやらは、実は私、読んだことないんですよ。なんか噂では、最後まで読み切った後に鬱になるとかならないとか……(汗
こっちの作品に変に影響出たら困るというのもありまして、今現在は特に敬遠している作品ですね。興味はあるのですけど。
○7. 山の影さん
はい。厄珍の鑑定間違いです。といっても、あの時は「もしかするとそれより古い」とも言ってましたので、完全に間違いというわけでもないんですがw 某所の陰陽師とやらは、すいませんが読んだことありません(^^;
作中の年号に関しては、これはまんまGS原作に載ってた数字です。神道真の登場は……まあ、あまり期待しない方がいいですねw
○8. Februaryさん
ウッカリする奴はヒャクメだ! 大ポカする奴はよく訓練されたヒャクメだ!(意味不明) まあヒャクメはこうでないとってことでw
○9. 鹿苑寺さん
その真下のレスで注釈つけさせていただきましたが、人名としての関連性ではなく、単純に文字としての関連性のことを言ってたのです……わかりづらくてすみません(ノ∀`)
○11. のび㌧さん
どうぞこの先の更新も見守っていてくださいw
○12. giruさん
高島や西郷との邂逅は先延ばしになりましたが、おキヌちゃんの前世とはさっそく出会えました。ついでにあの人の前世ともw
○13. あらすじキミヒコさん
そういえば、最後にあの櫛関連のエピソードを挿入したのは、GS試験開始直前でしたね……実に25話前。忘れられてて当然でした(ノ∀`)
ちなみに高島と秦はまだヤってません。だってヤっちゃってたら、どう考えても愛情たっぷりな行為にしかなりませんので、原作での「そーいや俺、愛したことも愛されたこともないなと思って……」という台詞に説得力なくなってしまいますから。
あと小竜姫さまの下界留学は、横島とのフラグ強化以外にも、平安編参戦のためのフラグという意味もあったのですw
○15. シフトさん
感想を書く上では注意事項をよく読んでくださいね。作中キャラに対してあしざまな罵詈雑言を投げつけるような感想は、禁止されてますから。
ちなみにヒャクメは役立たずだからこそ役に立つと言いますか、ああいうのは物語を広げる一要素になる場合が多々あり、今回の平安編なんかはまさにそれです。シフトさんのご意見はある意味、この平安編そのものを否定することにも繋がりますので……なんというか、その……困ります。
○16. ながおさん
私の事情で投稿が遅れたのが幸いしましたかw おキヌちゃん前世フラグは、この作品を始めた当初からの予定でした。やはり『運命の人』ってシチュエーションは、燃える(萌える)ものがありますよねw
そして私の描く小竜姫さまをそこまで評価していただき、ありがとうございます。私はおキヌちゃんを筆頭に、ルシオラ、小竜姫さまが大好きなので、そう言ってもらえると嬉しいですw ……あれ? よく見れば見事に貧ny(レス返しはここで途切れている)
レス返し終了~。では次回七十二話、ようやっと高島&メフィスト登場です♪
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