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「二人三脚でやり直そう 〜第七十話〜(GS)」

いしゅたる (2008-05-16 18:05)
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 ――私は夢を見る。


「嘘……そんなの嘘です!」

「嘘ではない」


 ――泣きじゃくり、告げられたその内容を、『私』は必死になって否定する。

 だけど、目の前に立つ人は酷薄な表情で『私』を見下ろし、淡々と事実を突き付けていた。


「あの男は処された。お前をたぶらかしていた、あの薄汚い陰陽師はな」

「たぶらかされてなどおりません! あの御方は、そんな人ではございません! あれを……あの櫛をお返しください!」

「あのようなもの、とうに捨てたわ。いい加減に目を覚ませ。騙される者は、皆そう言うのだ。まったく……あのようなみすぼらしい櫛一つで心奪われるなど、我が娘ながらどうかしている」


 ――どうしてもそれを受け入れられず、ただむきになって否定するしかできない『私』。

 その人は既に捨てたと言ったその『櫛』を思い浮かべたのか、苦々しそうに表情を歪めてため息を一つつくと、聞き分けのない『私』に背を向けた。


「いずれにせよ、あの男はもはやこの世におらぬ。既にお前には、嫁ぐ相手も決まっているのだ。早々に忘れるがいい」

「うっ……ううっ……御父様……どうして……どうして……」

「しばらく頭を冷やしていることだな……秦(はた)」


 ――去っていく『父』の背を、秦と呼ばれた『私』は見送ることさえできなかった。

 ただその場にうずくまり、後から後からとめどなく湧いてくる涙で床を濡らすことしかできなかった。


「どうして……どうして死んでしまわれたのですか……高島さま……高島さまぁっ……!」


 ――涙で視界がかすむ。

 それはまるで、霧がかかるかのように……そう。


 ――白く――


 ――どこまでも、白く――


 ――チュン、チュン、チチチ――

「…………」

 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくる中、おキヌはゆっくりと目を覚ました。

「ん……」

 少し身じろぎする――と、枕に違和感を感じた。
 なにげなく指を這わせて感触を確かめてみると、わずかに湿っている。

 ――濡れている。

「あれ……?」

 むくりと起き上がる。すると自分の目元に、何やら冷たい感触があったのに気付いた。
 そこで初めて、自分が涙を流していることに気付いた。

「え……? 私、泣いてる……? なんで……?」

 何も思い出せない。ただ、ひどく悲しい夢を見たような気がする。
 おキヌは寝起きではっきりしない頭で考えるが、やはり答えは出ない。

 ――ふと、ベッドの脇に置いてある小物入れに目を向ける。

 彼女はなんとなしに、それを開いた。中にある古い櫛を手に取り、じっと見つめる。
 これを見ているといつも、奪われた大切な何かを取り戻せたような安堵感と、そして理由のわからない一抹の物悲しさが、胸に広がる。
 が――それだけだった。相も変わらず、その櫛はそれ以上の何かをおキヌに伝えることはない。そのことに少しだけ寂しさを覚えたが、まあいつものことである。彼女は仕方なしにベッドから降り、顔を洗うべくスリッパを履いて洗面台に向かった。

 と――部屋から出たところで。

『あ、起きられましたかおキヌさん。ちょうど良かった』

「え?」

 人工幽霊壱号から声をかけられ、視線を上に向ける。別にそこにいるわけではないのだが、なんとなくだ。

『今しがた、お客さまが見えられました。玄関前で待っておられますが……』

「お客さま?」

『はい。小竜姫さまとあと一人……神族の調査官のヒャクメさまと申されてますが、お通ししますか?』

「小竜姫さまと……ヒャクメさま?」

 思いもかけない早朝からの訪問者に、おキヌは寝ぼけ眼のまま小首を傾げた。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第七十話 デッド・ゾーン!【その1】〜


 美神令子の朝は遅い。

 GSという職業柄、仕事は大抵が霊の出現しやすい夜になる。午前様になるのは日常茶飯事であり、就寝時間は自然と夜遅くから翌日の昼近くになってしまう。
 だがそれを差し引いても、低血圧気味な美神は朝に弱かった。コブラを運転して事務所に向かっている今現在、既に十時を過ぎている。
 ……これでも前日に除霊がなかった分、早い方だったりするのだ。

「……今日は横島クンの出勤予定は午後から……か」

 運転しながら、そんなことを一人ごちる。
 最近、彼の出勤日数は目に見えて少なくなった。収入が安定したため、無理に拘束時間を延ばす必要がなくなったからである。むしろ今までの方が、学生としては異例の拘束時間だったのだ。今日だって、従来通りの給料であれば美神が出勤する前からいたことだろう。

(で、その分学校に行く時間を増やしてるのよね……元々出席日数が足りなかったから、当然といえば当然なんだけど)

 というか、彼の出席日数に関しては、美神が薄給で雇っていたことが遠因になっているのは明白である。自覚はあるので、そのこと自体にとやかく言うつもりはないのだが――

(その学校には、小竜姫さまがいるのよね……現代の俗界に慣れるためって言ってるけど、なんでそこで横島クンと同じ学校をチョイスするのか、その理由がわからないわ。まあ、小竜姫さまが横島クンみたいなのとどうにかなる可能性なんて、万に一つもないだろうけど……)

 ――なんか、ムカつく。
 自分の関知しない時間と場所で、横島が小竜姫と……いや、親交のある誰かしらの異性と共にいる――そう考えると、胸の内に正体のわからないモヤモヤとしたものが湧き上がってきて、心穏やかでなくなるのだ。

「あーもー、イライラするわね……なんなのよこの気持ち。こんなんだったら、横島クンの給料を上げなけりゃ良かったわ……!」

 などと、しまいには理不尽な方向に思考が向かってしまう。
 元々、GS資格を取得できたこともあり、美智恵や百合子に言われるまでもなく給料アップもやぶさかではなかった美神だが――そんな過去の思惑は、今の彼女には忘却の彼方であった。
 はっきり言ってしまえば、聞き分けのない子供そのものの思考である。自分の中の感情を持て余している状態なので、それも仕方ないと言えばそれまでなのだが。

 やがて、美神の運転するコブラは事務所へと到着した。車を停めて事務所の中へと入る。

『おはようございますオーナー。お客さまがお見えになってますよ』

 玄関を入ったところで、人工幽霊の挨拶の声が出迎えた。

「おはよ。客って誰よ?」

『小竜姫さまと、神族の調査官のヒャクメさまです。オフィスにお通ししてあります』

「小竜姫さまが……? そう。わかったわ、今から行くから」

 思いもかけない来客の名前に、何の用かしら、と頭の中で疑問符を浮かべながら、美神は階段を上って行く。

「あ、美神さん。おはようございます」

「ん、おはよ、おキヌちゃん」

 そして二階へと上がったところで、お盆を持った巫女装束のおキヌと鉢合わせした。そのお盆の上には、二人分のお茶と茶菓子が乗っている。

「小竜姫さまたちが来てますよ」

「人工幽霊から聞いたわ。それ、小竜姫さまたちに出すんでしょ?」

「はい」

 会話している間にも、二人はオフィスの前へと辿り着いた。そしてドアノブに手をかけて開き――


「さ、さいん? こさいん? たんじぇんと? なんで算術の勉強で英語を覚えなければならないんですか……?」

「落ち着くのねー。使う用語が変わっただけで、三角関数の概念自体は昔と何も変わってないのねー」

「ふみゅう……」


 テーブルの上でノートを開き、どこぞの同人女王のような台詞を吐いて悪戦苦闘している小竜姫と、それを監督するヒャクメの姿がその視界に飛び込んできた。

「……何やってんのよあんたたちは」

 美神が思わずそう問いかけてしまったのも、無理からぬことであろう。


 ――で。

「……見苦しいところをお見せしました」

 美神が出勤してきたことで暇潰しがてらに取り組んでいた勉強を中断し、小竜姫は道具を仕舞って居住まいを正した。その横ではヒャクメが、隣の小竜姫を盗み見ながらクスクスと失笑を漏らしている。その小竜姫は、若干恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
 美神とおキヌは、彼女達と対面する形でソファに腰を降ろしている。

「まったく小竜姫ってば、相変わらずおつむが弱いわね。そんなんで、よく文武両道とか言えるのねー」

「なっ……!」

「さっきの三角関数だって、昔勉強したこととはいえ、あれ一つマスターするのに五年近くかかってたわよねー」

 からかうようなヒャクメの言葉に、小竜姫は顔を真っ赤にして声を詰まらせた。その隙をヒャクメは逃さず、さらに畳み掛けるように昔話を暴露する。

「あれはさすがに、傍で見てた私も呆れたのね。途中で投げなかった努力は認めるけど、いくらなんでも時間かけすぎなのねー」

「ヒャ、ヒャクメ! 今はそんなこと言うべき時じゃないでしょう! 第一、もう昔のことです!」

「昔だからって無関係じゃないのね。今だって一応学生って身分なんだから」

「ここに来た本題と違うでしょうって言ってるんです!」

「はいはい。わかったのねー」

 さすがに自分の恥部を暴露されるのはたまらないらしく、小竜姫は必死になって話題の転換を図っている。
 とはいえ、ここに来た本来の用事を思えば脱線しまくっているのも事実なので、ヒャクメは肩をすくめて矛を収めた。

「……そうね。漫才はいいから、とっとと本題入ってもらいたいところだわ」

「美神さんはそう言いながら、一体何をメモしてるんですか……」

「別に」

 小竜姫の主張に「うんうん」と頷いて同意している美神だったが、その手元には怪しげな手帳があり、美神は何事かペンを走らせていた。それを見て、小竜姫は疲れたような眼差しでじとりと睨んだが、美神はしれっとした様子で手帳を仕舞った。
 小竜姫は、そのままじーっと美神に視線を送り続けたが――ややあって、ため息を一つつくと共にその視線を外した。

「……まあいいです。それじゃヒャクメ、説明を」

「はいなのねー」

 小竜姫に促され、ヒャクメは軽い調子で頷いた。

「……ところで、本当にこれが神族なの?」

「気持ちはわかりますが本当です」

「ひどいのねー……」

 二人のあまりの態度の違いに、美神はこのノリの軽いのが本当に小竜姫と同じ神族であるか疑問に思った。しかしそれに答える小竜姫は、沈痛な面持ちで肯定する。疑惑をかけられた当のヒャクメは、ちょっぴり涙目になっていた。
 そしてヒャクメは、気を取り直すかのようにコホンと咳払いし、居住まいを正して美神の方を真っ直ぐに見た。

「では改めて。私は神族調査官のヒャクメです。今日は美神さんを調査するために派遣されました」

 先ほどまでの軽いノリとは一転、ピシッとした口調で話を始める。彼女の口にしたその内容に、美神は眉をひそめた。

「……なんで、神族がわざわざ私個人を調査しに来なければならないの?」

「順を追って説明します。美神さんは先日、時間移動能力者を狙う魔族によって、命を狙われた……そうですね?」

「ハーピーのことね……ええ、その通りよ。こないだ小竜姫さまに話したのが、そっちに伝わったのね」

「はい。俗界に派遣された小竜姫の報告書にて、その事件のことを知った神界上層部――まあ、斉天大聖老師と竜神王陛下なんですが、彼らは事件の内容に不審なものを感じました。それは、ハーピーが美神さんの一族を狙った動機です」

「時間移動能力は歴史を変える……だから魔族は、時間移動能力を持つママを、そしてその娘である私を危険視し、抹殺しようとした。ママからはそう聞いたけど?」

「そこがおかしいのです」

 確認するように、美智恵から聞いた話をそのまま伝える美神に、ヒャクメは首を横に振って否定した。

「……どういうこと?」

「美神さんは、アカシックレコードというものを知ってますか?」

「一応、ね。神智学の言葉で、宇宙の過去、現在、未来、ありとあらゆるものがデータバンク的に記録されているって概念でしょ? 要するに、運命ってやつよね」

「はい。その通りです」

 美神が自身の豊富な知識から出した答えに、ヒャクメは満足そうに頷いた。

「つまり歴史とは、最初から最後までおおまかな筋道が決定されているということです。ですが、これは時間移動能力程度で覆せるようなものではありません。何か歴史に関わる大きな改変を行っても、修正力が働いて、結局似た流れが出来上がってしまう……つまり、変えられることしか変えられないのです。神族や魔族から見て、時間移動能力はそこまで危険視しなければならない能力ではありません。ましてや組織ぐるみで命を狙うなど、ナンセンスに過ぎます」

「だから、私やママが狙われた理由が不可解だ……ってこと?」

「そうです。加えて、魔界正規軍に問い合わせ……あ、その前に、デタントって知ってますか?」

「デタント……そういえば、横島クンから聞いたことはあるわね。聖書級崩壊(ハルマゲドン)回避のために、表向きは対立しながら裏で調和を取ろうっていう、神族と魔族の動きよね。彼は小竜姫さまから聞いたって言ってたけど?」

 言いながら、美神はちらりと小竜姫に視線を向ける。

「はい。私が話しました。俗界に広まると宗教関係者を中心に混乱が起きるので、内密にお願いしますね」

「わかってるわよ。で――その口ぶりだと、魔界正規軍に問い合わせてみたら、時間移動能力者の抹殺命令なんて出してない……そんな回答が返ってきたってところかしら?」

「鋭くて助かるのねー……っとと、助かります」

「……その喋り方が疲れるなら、元に戻したら?」

 そのヒャクメの様子を察し、美神は苦笑しながらそう言ってみる。すると、ヒャクメの表情が途端に緩んだ。

「そう言ってくれると助かるのねー」

「ヒャクメ、あなたは……」

「まあまあ、そう言わない。小竜姫は相変わらず固いのねー」

 たしなめようとする小竜姫に、ヒャクメは軽薄そうにひらひらと手を振って、彼女を制止する。そして、その視線を美神に戻した。

「で、その回答とその後の魔界の動きが、どうにも妙だったのねー」


 ――そこから先のヒャクメの説明は、要約するとこんなところである。

 神魔界はデタントの流れにあるとはいえ、それまで対立していたこともあり、デタントに反対する者は両陣営共に少なからず存在する。そして、先日魔界正規軍への「なぜ時間移動能力者を狙うのか?」という問い合わせに対する返答内容は、「我々はそのような指令は出していない。過激派のしわざではないか?」というものだった。
 しかも、とある筋からの情報によると、その問い合わせの直後から魔界正規軍の一部で妙な動きが見られたという。神界が独自の情報網を使って少々強引に探ったところ、それは美神を守るために兵士を派遣しようというもの――今はまだ提案段階だが――であるという情報を入手できた。
 これを受け、さすがに神界も不審を募らせた。魔界のデタント推進派と反対派、その両者がただの人間一人の命を、奪うだの守るだの言っているのだ。

 これには何か裏があると思った数名の高位神族は、その調査をヒャクメに命じた――そういうわけである。


「まずはあなたの前世を探るわね」

 一通りの説明を終え、ヒャクメは持参してきたトランクを開き、中からルーペを取り出した。

「前世?」

「そう。斉天大聖老師が、そこに何かあるかもってアドバイスしてくれたのよねー。だから、ちょおっと動かないでねー」

 そう言って、ヒャクメはテーブルの上に身を乗り出し、対面する美神をルーペで覗き込んだ。

「どんな秘密も私の目からは隠せないのねー。その気になれば、心の中だって覗くことができるのねー」

 何やら不穏当な言葉を口にしながら、ヒャクメは美神の心を覗き込む。
 彼女の目が、美神の心の奥の奥へと進んで行き――そして。

「見えてきた見えてきた……! …………あ、あれ?」

 突然戸惑った声を上げ、彼女は作業を中断した。

「どうかしたの?」

「っかしいのよねー。前世を覗こうとしたら……記憶が読めなくなってたのよね」

「記憶が読めない? それって――」

「ヒャクメはうっかり屋さんですから、単なるミスだと思いますよ」

「うっかり屋はお互いさまなのね小竜姫ーっ!」

 先ほどのことを根に持っていたのかどうかはわからないが、小竜姫の横からの茶々に、ヒャクメはたまらず反論する。しかしその小竜姫は、それを右から左に流し、落ち着いた様子でずずっと茶をすすっていた。
 ――ただし、きっちりと額に井桁は浮かんでいたが。

「ま、いいけど……やり直すの?」

「え? うーん……」

 なおも小竜姫に突っかかろうとしたヒャクメは、その前にかけられた美神の問いに動きを止め、しばし考え込む。

「凡ミスならともかく、私はこれでも自分の能力に絶対の自信を持ってるのね。うーん……記憶らしいものは見えたんだけど……おっかしいわねー。ひょっとして、プロテクト? まさか、記憶が暗号化されて封印されてるとか……?」

 そんなことをブツブツとつぶやき――やがて。


「こりゃ思ったより、面白そうねー」


 彼女はそう言って、猫を連想させるような笑みを浮かべた。

「私ってば好奇心のかたまりなのよねー。燃えてきたっ! 知りたいっ! 見たいっ!」

「「「…………」」」

 うふふふふふ、と怪しく笑いながらトランクを漁る彼女の様子に、一同ドン引きである。特に彼女の性癖を熟知している小竜姫は、ただただ呆れるばかりであった。
 そして、彼女は――

「百聞は一見にしかず! こーなったら直接見にいくのよねーっ!」

 そう叫びながら、トランクの中からコードを引っ張り出し、その先端に付いている吸盤を美神の額にくっつけた。

「み、見にいくって……!?」

「さっき覗いた時に、美神さんにも時間移動能力が遺伝的に眠っているのは確認済みなのねー。これでちょちょいと私の念をシンクロさせてっと……」

 そんなことを言いながら、彼女はトランクの中から出したノートPCをカタカタと操作する。その言葉の意味が示すことを、美神は瞬時に察した。

「ちょ、ちょい待ちっ! まさか……!」

 自分に本当に母と同じ時間移動能力があるのかどうかというのは、今は二の次である。
 さすがにただ事でない事態を感じた美神がヒャクメを制しようとしたが、時既に遅し――


「あなたの時間移動能力、借りるわねっ!」


 ヒャクメがそう叫んでエンターキーを叩いた瞬間、美神とヒャクメを中心にエネルギーの奔流が渦巻いた。
 次第にホワイトアウトする視界の中、景色が歪み、遠ざかっていく。

 そして視界が完全に光で多い尽くされ――気が付けば、美神とヒャクメは上下感覚さえない不思議な空間の中を漂っていた。

「ちょっ……いきなり何てこと――!」

 突然の事態に、美神は思わず目の前のヒャクメに文句を言う。
 母や自分が狙われていた理由を追及するのは望むところだし、そのために直接前世を見に行くというなら付き合っても良いとは思う。だが、心構えをする時間ぐらいは欲しかったし、そうでなくても準備を整えるぐらいはさせてもらいたかった。飛んだ先で何があるのか、わかったものではないのだ。
 だが、そんな美神の文句に対し、ヒャクメは――

「大丈夫! 私はこれでも神族のはしくれよ!」

 と、自信満々に胸を張って答えた。

「私がついていれば、トラブルなんか起きないから! エネルギーだってたっぷりあるわ! 私たち二人、ちょっと過去を覗いて帰って来るぐらい――」

「あのー……ヒャクメ?」

 得意げに太鼓判を押すヒャクメだが、その横からかかる声があった。
 ちなみに――美神の声ではない。思いもしなかった第三者の声に、ヒャクメはそちらを振り返り――

「……四人なんですけど」

「えっ!?」

 そう主張するのは、小竜姫とおキヌであった。

「部屋にいた全員、巻き込んじゃったみたい……ですね」

 そうコメントするおキヌは、乾いた笑みを浮かべるしかできない様子であった。

 ――そして――


 ギュンッ!


 体が強引に何かに引っ張られるような感覚。次の瞬間には、四人は何かの建物の屋根らしき場所に出ていた。

「わっ……!」

「きゃあっ!」

 初めての経験に戸惑う美神とおキヌは、それぞれ声を上げる。特におキヌの方は着地を失敗し、危うく屋根の縁から足を踏み外すところだった。

「ど、どーしよう! 四人分のエネルギーなんて計算外だわ! 神通力がほとんどなくなっちゃった……こーなったら、帰りは小竜姫の神通力を使って――」

「何を言ってるんですかヒャクメ! 今の私は封印状態で、神通力が使えないことは知ってるでしょう! どうするんですか! この封印、老師にしか解けないんですよ!?」

 予想外の大ポカに、張本人のヒャクメはおろおろとうろたえ、とばっちりを受けた小竜姫が怒鳴り出す。
 しかしその横で、美神は眼下の景色に注意を奪われていた。

「ここは……!?」

 今彼女たちがいるのは、東寺の五重塔――その頂上である。54.8メートルの高さから見下ろすその景色は、現代では資料の添付映像でしか見ることのできないものであった。
 ――すなわち――

「平安京……!? 大昔の京都だわ!」

 その景色を見ながら、美神は「ここに私の前世が……!?」と小さくつぶやいた。


 そして――そんな三人を見て、どうにか屋根の上に這い上がったおキヌはというと。

(美神さんの前世……確か、アシュタロスの生み出した魔族メフィスト……でしたっけ?)

 逆行前、『あの戦い』の中で聞いた話を、確認するかのように心の中で思い出していた。
 確か、この時代に美神が干渉することこそが、そもそもの始まりだったはずである。しかし逆行前のあの時は、おキヌはこの時点では事務所にいなかったし、同行したという横島も途中から意識を失っていたようで、詳細は謎のままであった。
 横島は、いずれ自分もまた平安京に行くだろうと話していたが――

(まさか、横島さんのいない時にこんなことになるなんて……!)

 それどころか、彼の代わりにおキヌと封印状態のままの小竜姫の二人が、同行することになってしまった。
 本来なら予想外もいいところであったが、おキヌにはヒャクメが来た時点である程度の予測はついていた。仕事着である巫女装束に着替えていたのも、そのためである。無論、ネクロマンサーの笛も持参済みだ。
 まあ、たとえ横島がいたとしても、この件の詳細を知らない以上は、出たとこ勝負で事態に対応しなければならないのは変わりないのだが――それでも、おキヌからしてみれば、横島がいないだけで不安が五割増しになってしまう。

 と――その時。

「……あれ?」

 巫女装束の袖の中に、おキヌは異物感を感じた。何か入れてたっけ、と思いながら、袖の中に手を入れる。
 すると――

「…………え?」

 その中から出てきた物を見て、おキヌは一瞬固まり、呆けた声を出した。
 それは――

「あ、あの櫛……? なんでここに……?」

 以前、美神が厄珍堂から買ってプレゼントしてくれた、あの古い櫛であった。
 確かにこの櫛は、おキヌが気に入って大切にしていたものだ。しかしこれは、部屋の小物入れの中に仕舞っていたはずである。間違っても、巫女装束の袖の中に入れて持ち歩くようなことはしてなかったはずだ。

「どういうこと……?」

 あるはずのない物がある――そのことに、おキヌは少なからず混乱した。
 加えて、どんよりと淀んだ平安京の空気は、彼女の不安を嫌が応にも助長させる。


 西暦904年、延喜4年の平安京――

 ――そこは、魑魅魍魎の跋扈する魔都と化していた。


 ――ちなみに、四人が時間移動した頃の横島とブラドーは――

「「ぐう」」

 場所は違えど、同じように惰眠を貪っていた。


 ――あとがき――


 これにて平安編突入。ここはシリーズの肝の一つなので、これまで張ってた伏線の回収や新たな伏線の配置など、大事なことが盛り沢山。慎重にやっていかないとですね。横島不在ですが、彼にもちゃんと別口で役目を用意してあります。ブラドーは……さてどうしましょうかw
 ちなみに『絹』と『秦』は、ググればわかると思いますが、日本においては結構関連の深い字だったりします。気になったら各自で調べてみてください。

 ではレス返しー。


○1. 木津川義秀さん
 初レスありがとうございます♪ パイパー編は、今でもかなり絶妙なアイデアでいけた場所だと思いますが、同時にもっと描写を深められた箇所があったとも思ってます。この平安編に小竜姫さまが参加することで、あの時に出した伏線がやっと回収できそうですw
 横島タダスケのところは、スルーはしない方向で考えてますが……さてどーしましょうかw

○2. Tシローさん
 ああ、また見えてしまいましたか……黒キヌの恐怖、感染拡大してますね(ノ∀`) 小竜姫さまはまだ自覚してませんが、Tシローさんの予想通り、平安編での高島との再会がキーポイントになります。お楽しみに♪

○3. Februaryさん
 おおっ、映像添付ですか。そういえばそーゆー手がありましたね。でもきっと、ヒャクメは気付かないでしょう。だってヒャクメだし(酷
 小竜姫さまの意外に可愛い日常、楽しんでもらえて何よりですw

○4. チョーやんさん
 いやー、たぶん小竜姫さまが横島の学校に転入すること自体、他のSSにはない展開のはずですしね。それだけでも新鮮なんでしょうw 今回からの平安編は、ストーリーの肝の一つなんで、気合入れて頑張ります♪

○5. ただ今弾切れ中さん
 さすがに数百年単位なら、成長ぐらいしますってw ……背丈ぐらいは(ボソ

○6. 内海一弘さん
 既に勃発してましたか……もう戻れないんですね(ノ∀`)
 へたれてる小竜姫さまは、私もやっぱり可愛いと思うわけですw もちろん、一番はおキヌちゃんですがw

○7. lonely hunterさん
 やっぱり武神としての小竜姫さまより、女の子な小竜姫さまの方が可愛いですねw そして今回から平安編に突入。翻訳機を万全にして、先の展開を楽しみにしてください♪

○8. アシューデムさん
 ありゃ、そうなんですか? 私も剣道や剣術はそれほど詳しくはないので、その辺は確証が持てないんですが……思うに、剣道はともかく剣術なら流派は千差万別ありますし、中には切っ先を重心より下まで降ろすのもあるかもしれません。それに小竜姫さまの場合、空中戦も考慮に入りますので、人間の剣術の常識は完全に適用されるわけじゃないかとw
 あと三種の浄肉なんですが、私も前回の執筆にあたり仏教における肉食を調べ、当然ですがそれも見ました。私が調べた範囲ですと、三種の浄肉は肉が出来上がる過程の条件を示しているだけで、既に食用肉として出来上がったものを料理することに関し、その是非を記したものはありませんでした。
 ……そーいや、三種の浄肉の条件を見る限り、スーパーとかに並んでいる肉は全部浄肉になっちゃうんですねw

○9. 山の影さん
 小竜姫さまは、普通の女の子してる方が可愛いと思いますw 一緒にいたDカップの彼女は……特に誰というイメージを持って書いてたわけじゃないですね。まあ、あのポニテの子も可愛いですがw 横島嫉妬団は、いつか結成されるかもしれませんw
 さて、平安編に突入しました。文珠なしの横島がどうするかを危惧してるようですが……どうするも何も、参加すらしませんでした!(ぇ
 ……いやまあ、後で誰も予想だにしない方法で参加することになりますがねw

○10. giruさん
 ああしまった! 確かにそーゆーうっかりをしてこそヒャクメだった!(酷
 ……でもそれやったら、更に無駄に行数増えそうでしたけどw

○11. シフトさん
 小竜姫さまが日本史をクリアできたのは、まだ授業が彼女の知らない時代まで進んでないせいだと思ってくださいw しかしやはり、普通の女の子してる小竜姫さまも可愛いですよね♪ で、剣道の指導シーンは……ああそういえば、一角さんもアニメでそんなことしてましたねw
 文珠のない美神たちが平安京をどう切り抜けるかは、今後の展開をお待ちください♪

○12. ながおさん
 ああっ、ながおさんが宗旨替えしてしまったw それほどまでに今回の小竜姫さまが可愛かったのですね……そんな評価をいただき、嬉しい限りですw


 レス返し終了〜。では次回七十一話でお会いしましょう♪

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