報告書 ○月○日(日) 天候:晴れのち曇り
午前十時:兼ねてより予定していた新住居への入居日にあたり、学友数名の協力を得て生活必需品一式を搬入。
午後四時:搬入作業終了。学友の厚意により、引っ越し祝いと称した宴を開催。
午後八時:帰宅する学友を見送った後、二百年で様変わりした俗界の学問に対応するため、自宅学習に着手。
「…………」
部屋の中央に置かれたちゃぶ台の上で、小竜姫は一人突っ伏している。
ちゃぶ台の下には、現代国語、古文、日本史のノートが、宿題を完璧に終わらせた状態でまとめられていた。しかし一方でちゃぶ台の上では、英語、物理、化学などのノートが未処理のまま積まれていた。
そして、それをどうにかするべき小竜姫当人は――
「横島さん……げ、元素記号が覚えられませぇん……」
『が、頑張ってください。丸暗記するしかないっス』
「……はぅぅ……」
白紙のノートの上に顎を乗っけた彼女は、受話器を耳に当てたまま目に涙を溜めていた。
備考 : 特に問題なし。
『二人三脚でやり直そう』
〜番外編その4 悩める竜神は現役女子高生?〜
報告書 ○月△日(祝) 天候:晴れ
午前八時:親交を深めた学友に誘われ、俗界の遊戯施設に向かう。学友は遊興のつもりだったが、こちらにとっても都合が良いので、現代のことをより深く知るための視察も兼ねることにする。
午後六時:施設の開園から日が沈むまで視察を続け、売店にて販売していた品を資料として蒐集。ただし施設が広大過ぎたため、一日では全てを視察できず。
「み、見てください! ロナルド・ドッグ! ロナルド・ドッグがいますよっ!」
デジャブーランドの大通り。そこで小竜姫は、視線の先にマスコットキャラの着ぐるみを見つけ、目を輝かせて差し向けた人差し指をその腕ごとぶんぶかと振り回した。
彼女は以前、横島によって竜神王や天龍と共にここに連れて来られて以来、すっかりデジャブーランドの虜になってしまっていた。妙神山の自室には、その時買ったグッズがところどころに配置されていたりするぐらいだ。
「ひ、姫ちゃん、はしゃぎすぎ……!」
「グッズも買いすぎだよー。女の子の細腕に、一体いくつ荷物持たせる気なの?」
そして、彼女の後ろに付いて行くクラスメイトの女子二名は、呆れ果てた表情で彼女の後ろに付いて行く。二人の両手には、買い込んだグッズの入った紙袋がぶら下げられていた。
「ああっ! あっちにはマッキー・キャットとマニー・キャットが! かわいーっ!」
「「……聞ーてないし……」」
二人に構わずはしゃぎ回る小竜姫に、彼女たちは顔を見合わせて諦めのため息を吐いた。
備考 : 視察の続きはまた後日に予定することとする。
報告書 ○月×日(火) 天候:曇り一時雨
午後三時三十分:この日の授業は全てつつがなく終了。兼ねてより興味を抱いていた『部活』なる活動、特に競技化した現代の剣術である『剣道』を知るため、体験入部という形にて稽古に参加させていただくよう剣道部顧問の先生に要請。受理される。
――剣道場、その中央――
そこでは竹刀を振り下ろした小竜姫の目の前で、顧問の先生が床に突っ伏していた。
「え、ええと……」
彼女がやっていたのは、打ち込み稽古である。
しかし元立ちを買って出た顧問の先生を、小竜姫は面の一撃でノックアウトしてしまった。周囲の部員は思わず動きを止め、彼女に視線を集中させている。
その視線に晒されている小竜姫は、おろおろとした様子で、せわしなく周囲を見回す。その表情は、「やっちゃった」と如実に語っていた。
いくら現在は能力を封印されているといっても、千年もの研鑽を続けていた彼女である。一般人並に能力が落ちているとはいえ、その身に染み付いた技術から繰り出される一撃は、かなり洒落にならないものであったらしい。
と――
「しゃ……シャオ、くん……」
「せ、先生!? だ、大丈夫ですか!?」
倒れている先生が、その体勢のまま顔を上げて彼女に声をかけた。小竜姫は慌てた様子で、しゃがみ込んで彼の顔を覗きこむ。
「き、きみは……剣道をやっていたのかい?」
「い、いえ……剣道は初めてです。ただ……」
「ただ?」
「剣術を修めていまして……」
「な、なるほど……剣筋が鋭い、わけ、だ……」
それだけ言い残し――先生はガクリと意識を手放した。
「先生!? せんせーっ!」
小竜姫は慌てて彼を揺さぶったが、完全に気を失っているらしく、起きる気配がない。周囲もその事態にざわめき始め、何人かの部員が「早く保健室に運ぼう」と話していた。
そしてその中で――
「凄腕の剣術少女、しかも天然のうっかりさん属性持ち……うん、いい。すっげーいい」
とある一人の男子部員が、頬を紅潮させて一人で頷いていた。
備考 : たぶん問題なし。
○月×日 追記
午後六時:先日の礼を兼ねて、協力者の中で最も世話になった横島忠夫に、夕食を馳走することにする。しかし彼の家を訪ねたところ、先客として氷室キヌが訪問していた。聞けば目的は同じということだったので、協力を要請。受理される。
「え? 醤油とみりんって……これ洋食なんですよね? 和食じゃないんですよね?」
「お料理の名前は『和風ハンバーグ』っていうんですけど、そうですね……一応、洋食になるのかな? 味付けは和風になりますけど、結構合うんですよ」
「洋食料理を取り入れたことで、新しいお料理が出来上がったのですか……興味深いですね」
そんなやり取りを交えながら、フライパンの中でソースが出来上がっていく。おキヌの横で味噌汁を作りながら、小竜姫は感嘆しきりな様子でおキヌの手際を眺めていた。
ちなみに彼女たちの後ろでは、家主である横島が、「二人の美少女が俺のために、並んで手作り料理を作ってる……! 勝ち組や……俺は今、確実に人生の勝ち組になってる……!」と感極まってむせび泣いていた。
「ところで小竜姫さま、ハンバーグ大丈夫なんですか? 一応、仏教の神様なんですよね?」
「ご心配なく。大丈夫ですよ。不殺生戒というのは基本的に直接殺を禁じているだけで、お肉を食べることを禁じてるわけではないので……まあ、なるべく食べないに越したことはありませんけど。そういえば、日本仏教では完全に食肉禁止なんですよね」
「らしいですねー。私はそういうの、よくわかんないんですけど」
会話を交わしながら、小竜姫は鍋に味噌を入れ、おキヌはフライパンでハンバーグを焼いている。それぞれ、「コトコト」「ジュージュー」と美味しそうな音を奏でていた。
「小竜姫さま、知ってます? 横島さんって、ハンバーグが好物なんですよ」
「いえ、初耳です……よく知ってますね?」
「これでも、横島さんには何度もご飯作ってあげてますから」
「あら、そうなんですか」
「はい♪」
相槌を打つ小竜姫に、おキヌは嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いた。
それから間もなく、料理が出来上がる。
だが、盛り付けをし、ご飯と味噌汁をよそって食卓に並べ、いざ食事といったところで――横島とおキヌに美神から緊急コールがかかった。
せっかくの出来たて手料理を食べ損ない、横島は滂沱の涙を流した。おキヌはそれをなだめつつ、彼を引っ張って事務所へと向かう。
それを見送り、戸締りを任された小竜姫は、出来上がっている料理を自分の分だけでも処理していくことにした。
「……あら、おいしい」
改めて、おキヌの料理の腕前に感心する。横島やおキヌと一緒に食べられなかったことを残念に思いつつ、彼女は料理の上にラップをかけ、戸締りをして帰路についた。
氷室キヌの協力により、洋食文化を取り入れた現代の料理を思いもかけずに学習できた。洋食料理の中にも、和食の味付けが合う料理が少なからず存在するようで、非常に興味深い。以後、機会があった場合に料理の研究を予定に入れることに決定する。
報告書 ○月□日(水) 天候:晴れ時々曇り
午後四時:先日の礼として、剣道部の人々に技術指導をすることを立案。神族としての剣術ではなく、あくまでも人間の基準から逸脱しない範囲を留意し、実行に移す。
午後五時:顧問の教師他数名の部員に乞われ、正式な剣道部員になる。
「さあどうしました! この程度でへばっていては、高みを目指すことなどできませんよ!」
竹刀を手に、檄を飛ばす小竜姫。しかしそれに応えるべき剣道部員たちは、揃って死屍累々と彼女の周囲に横たわっていた。その中には、顧問の先生も混じってたりする。
「つ、強えぇ……」
「しかも容赦ねえ……」
「も、もっとぶって……」
などと、横たわる彼らは、小竜姫のシゴキに対して口々に感想を漏らす。中にはヤバげなのもあったが、満場一致でスルー。
「し、しかしこの強さ……」
「彼女がいれば、全国制覇も夢じゃない……!」
「体験部員だなんて勿体無い……是非とも、正式に入部してもらわなければ……!」
「さあどうしました! 立ち上がる者はいないのですか!」
彼らのつぶやきが聞こえているのかいないのか、小竜姫は声を張り上げ、バシンッ!と竹刀で床を叩いた。
備考 : 横島忠夫を弟子に取った時のように、素人を指導するのも良い経験になると判断する。
報告書 ○月●日(木) 天候:曇り
特筆すべき事項もなく、一日を終える。
「え……?」
――既に日も落ち、空が真っ暗になった頃。
部活を終えた小竜姫は、男子剣道部員の一人に道場の裏手に呼び出され、そこで言われた台詞に一瞬思考が止まった。
「えっと、あの……もう一度、お願いできますか?」
ややあってようやっと回り始めた思考で、今さっきの台詞をもう一度確認しようと尋ねた。彼女の目の前にいる剣道部員は、頬を紅潮させて――しかし小竜姫を真っ直ぐに見て、口を開く。
「だ、だからっ! 僕と付き合って欲しいんだ、シャオさんっ!」
よほど緊張しているのだろう。一気にまくし立てる彼は、勢い余ってツバまで飛ばしてしまっている。しかも自覚がある様子がない。
そんな必死な様子の彼を前に、小竜姫は――
(こ……困りましたね)
内心で眉根を寄せていた。
彼女とて、「付き合ってください」というお願いの意味が、文字通りに「一時的に行動を共にする」というだけの意味ではないことはわかっている。この少年は小竜姫に対し、恋人になってくれと言っているのだ。
(私とて、木の股から生まれたわけではないので、男女の色恋を知らないわけではありませんが……)
生まれてから今まで、立派な武神たらんと修行に明け暮れていた。そんな小竜姫にとって、恋愛とは自分とは無縁な世界の出来事であった。
しいて言えば、ここ最近に横島に龍環――竜神族にとっては婚約指輪にも等しい意味を持つ腕輪を渡したことぐらいだろうか。しかしそれにしたところで、渡したのは別の思惑があってのことであり、小竜姫自身は人間である横島にそんな竜神族の決まり事を押し付けるつもりはなかった。
(……たとえば彼が、その横島さんだったとしたら――いえ、やめましょう……)
目の前の少年を、かつて自分が龍環を渡した横島であればと仮想し、直後にそれが眼前の彼に対する侮辱であることに気付いてやめた。
どの道、自分はまだ修行中の身である。それに千年以上生きているとはいえ、竜神族の中ではまだまだ若い方だ。いずれは誰かに嫁ぐことになるのはわかるが、それはまだ先の話である。
何より――
「……ごめんなさい。私はあなたのことをよく知らないので、その想いに応えることはできません」
「…………っ!」
小竜姫はそう言って、頭を下げた。よく知りもしない相手と恋人になれるほど、彼女は軽い性格をしていない。そして、その返答を受けた少年は、しばらく言葉を失っていた。
何やら葛藤している様子で「あー」だの「うー」だのとうめき――やがて。
「よ、横島か……?」
「え?」
彼の口から出るとは思わなかったその名前に、小竜姫は思わずぱちくりと目をしばたかせた。
「やっぱ横島とデキてたって噂は本当だったのかァーッ!」
「え!? ちょ、なんですかそれ!? 本当にそんな噂があるんですか!?」
突如として血涙を流して咆哮する少年。その言葉の内容に、小竜姫はびっくりして反射的に怒鳴り返す。
が――
「神は死んだアァァーッ!」
少年はそう叫び、おろろーんと雄叫びと土煙を上げつつ、走り去った。
その背を見送った小さな竜の武神さまは――
「……死んでません」
そうこぼし、一人ため息をついた。
備考 : 特に問題なし。
報告書 ○月▲日(金) 天候:晴れ
特筆すべき事項もなく、一日を終える。
「ふっ!」
夜――既に日も落ち、部活も終了して部員が一人もいない道場で、小竜姫は一人で竹刀を振るっていた。
「はっ!」
その動きは、剣道のそれではない。彼女が千年の研鑽で築き上げてきた剣術の動きである。いかに任務で俗界にいようとも、武神として毎日の鍛錬を欠かすことはできなかった。
その鍛錬の場として、剣道部が活動を終えた後の道場を使わせてもらうことには、既に顧問の許可を取っている。鍛錬が終わって道場を閉めた後、預かっている鍵を所定の場所に戻して帰宅だ。
前日までは近所の公園や河川敷など広い場所を見繕っていたのだが、こうやってちゃんとした場所を借りられるのは幸いだった。今後も日々の鍛錬にはここを借りようと、胸中で決める。
「せいっ!」
気合と共に剣を振り下ろす。びゅん、と風を切る音を立て、竹刀の切っ先は床を叩く寸前まで降ろされた。
そこで小竜姫は動きを止め、竹刀を引いて構えを解く。ふぅと一息つき、左腕で額の汗を拭った。
……ふと、道場の壁の一角に目を向ける。
視線の先は、その壁の裏。ほぼちょうど24時間前、同じ部の男子から告白された場所。
(……いけませんね、また雑念が入りました)
胸中で自身をたしなめ、気持ちを入れ替える。
昨日あれからというもの、小竜姫の心は均衡を崩す頻度が上がっていた。授業中も集中しきれない時が多くなり、気が付けば横島の方を気にしている自分がいた。
(もう……龍環を渡した時のこと、思い出してしまったじゃないですか……)
実のところ言えば、あの時の小竜姫は、いつになく平静さを失っていた。「他意はない、他意はない……」と胸中で繰り返して心の均衡を保ってはいたものの、血の繋がらない他人に龍環を渡すという意味を知っていただけに、その緊張を鎮めるのは大変な作業であった。
今でもあの時のことを思い出すと、「ああ、渡しちゃったんだ……」という想いが、心の片隅に湧き上がる。もっとも、それが悔恨の意味なのか、はたまた別の何かなのかは、小竜姫自身にも判別がつかなかったが。
「……っと、こんなことを考えている時ではありません。鍛錬なんですから、集中しましょう。集中――」
「あれ? 誰かいると思ったら小竜姫さまじゃないっスか」
「ひゃうっ!?」
雑念を振り払って改めて集中しようとしたその矢先、不意打ち気味に声――しかも今の今まで脳裏に浮かんでいた相手のもの――を聞き、小竜姫は思わず飛び上がった。
そして振り返ってみれば、果たして予想通り、剣道場の入り口に横島の姿があった。
「……どうしたんスか?」
「い、いいいえ、な、なんでもないです! それより横島さん、こんな時間になんで学校に!?」
「いや、コイツを忘れちまいまして」
今現在、小竜姫を除けば、学校に残っているのは宿直の先生ぐらいなものである。小竜姫が疑問に思う通り、横島がここにいるのは不自然だったのだが、その質問に対して彼はあっけらかんとした態度で右腕を示した。
『……まったく、私を忘れるとはどういうことだ』
「いや、スマンスマン」
そこに嵌っていた心眼の文句に、横島はへらへらと頭を下げる。そんな二人のやり取りを見て、小竜姫は「はぁ……そういうことですか」と事情を把握し、肩の力が抜けた。
「で、小竜姫さまは何やってんスか?」
「あ……はい。見ての通り、剣の鍛錬ですよ。この道場はちょうど良い鍛錬場所だったので、部活が終わった後に借りたんです」
「はぇー……努力家っスねぇ……さすが武神ってところっスか」
「当然のことです。横島さんも、一手どうですか?」
小竜姫はそう言いながら、壁に立てかけてある部の備品の竹刀を、ちらりと視線で指し示した。その申し出に、しかし横島は慌てて首を横に振る。
「い、いえいいっス! 俺はもう帰りますので!」
「……そんなこと言わないでくださいよ」
だがそんな横島に、小竜姫は残念そうに苦笑して引き止めた。その上目遣いの言葉に、横島は何か感じるものがあったのか、「うっ……」と言葉に詰まった。
「せっかく、いつでも会えるようになったんです。これからは、いちいち妙神山まで行くこともなくなったんですよ? 修行しなきゃ損じゃないですか。それとも……私と修行するの、そんなに嫌ですか?」
小竜姫としては、その言葉こそ他意のないものであった。ただ単純に、何かにつけて「痛いから」だの「苦しいから」だのと修行を避けようとする情けない彼に、修行に付き合って欲しいがための言葉だった。
「う……えーと……その……」
しかしそんな問いかけをされては、横島としては首を縦に振るわけにはいかない。しかしだからと言って、首を横に振れば、修行という名の苦行が待っている。
だらだらと大量の冷や汗を流し、頭の中で散々葛藤を続け、そして――
「…………じゃ、一手だけ……」
「はいっ♪」
渋々といった様子で承諾した横島に、小竜姫は満面の笑みを浮かべた。
――その後。
「情けないですね、横島さん。封印状態の私にも勝てないようでは、まだまだ未熟ですよ」
スポーツタオルで汗を拭く小竜姫の眼前では、横島が床に熱いベーゼをかましていた。その脇には、彼が持っていた竹刀が転がっている。
「そ、そんなこと言ったって……」
『さすが武神、と言ったところですか。力を封じられても、それを補うものなどいくらでもあるということですね』
むっくりと起き上がり、赤くなった鼻の頭をさする横島。そんな主人をよそに話しかけてきた心眼の言葉に、小竜姫は「そういうことです」と一つ頷いた。
「もう一手行きますか?」
「いや、さすがにそれは……」
「もう……」
あくまでも渋る横島に、小竜姫は唇を尖らせる。まったくと言っていい程やる気の出ないこの不肖の弟子を、どうすればやる気にさせることが出来るのか――彼女は少し考えながら、横島に視線を向ける。
そして、その視線が彼の右腕の龍環――心眼に辿り着いた時、小竜姫の心にちょっとした悪戯心が芽生えた。
「そうですね……それじゃ、次は栄光の手を使っていいですよ? 上手くいけば、私の服ぐらいは切り裂くことができるかもし「よっしゃ乗ったーっ!」そ、即答ですか……思った以上に予想通りですね」
台詞を全部言い終わる前に承諾され、さすがにけしかけた小竜姫も引いてしまう。
だが、やる気になったのは良いことだ――彼女はそう思い、改めて竹刀を構えた。横島はその正面に立ち、「ぐふふ」とヨコシマな笑みを浮かべ、栄光の手を発動させた。
そんな彼を見て、小竜姫は内心で呆れるばかりだった。
(まったくこの人は……でも)
不思議と、悪い気はしない。
気が付けば、彼と向かい合うこの瞬間が楽しく思え、余計な力が抜けてリラックスできている。近くにいるだけでそうさせる、良い意味での『軽い雰囲気』――そういったものを、彼は自然体で備えていた。
それを思うと、先ほどまでまるで念仏のように胸中で「集中、集中」と繰り返していた自分が、まるで馬鹿みたいに思えた。自嘲じみたほほ笑みが、自然と口の端に浮かぶ。
――自分は、竜神族としてはまだ若い。
誰かに嫁ぐなどまだまだ先の話。それこそ横島が寿命を迎えた遥か後である。
だが――だが、しかし。
もし、誰かを伴侶に選ぶとするならば。
「……あなたみたいな人も、悪くないでしょうね……」
「は?」
「いえ、なんでもありません。さあ、かかってきてください!」
小竜姫はそう言って、竹刀を正眼に構えた。
――そろそろ女を磨くことも考えてみる頃かしら、などと頭の片隅で考えつつ。
備考 : 特に問題なし。
報告書 ○月■日(土) 天候:晴れ
午前十一時:学友に誘われ、衣服を買い揃えるため繁華街へと向かう。
午後四時:現代の服を数点購入し、帰宅。
――で、女を磨くことを考えてみようかなと思った、さっそくその翌日。
「ひ、姫ちゃん、元気出して……ね? 最近じゃ、控え目なのもステータスらしいし……」
「……いいんです。どーせ私なんて、私なんて……」
とあるランジェリーショップ――その試着室の前で、小竜姫はしゃがみ込んで床に『の』の字を描いていた。そんな彼女を、同行していたクラスメイトの一人が必死になって慰めている。
しかしそんな彼女たちにもお構いなしに、もう一人の同行人が並べられている品々を手に取って見ていた。
「うーん……これもいいけど、こっちもいいわね……」
そう言う彼女が手に取っているブラジャーのサイズは、どれもこれもDカップだったりする。
小竜姫は、そんな彼女をなるべく見ないようにしていたのだが――
「ほんっと、成長期ってつらいわ。こないだ買ったばっかだってのに、すぐ買い換えなきゃならないなんて……」
「羨ましくなんかないですからねドチクショーッ!」
「あっ!? 姫ちゃん!? 姫ちゃーんっ!」
下着を選ぶ彼女の何気ない呟きを耳にし、小竜姫は突如として、どこぞの煩悩少年ばりのリアクションで逃げ出した。彼女を慰めていた方のクラスメイトは、慌ててそれを追いかけて行く。
「うーん……決めたっ! こっちにしよ♪ ……あれ? 二人とも、どこ行ったのかな?」
そして下着を選んでいた方のクラスメイトが気付いた時には、二人の姿は店のどこにも見当たらなかった。
備考 : モビル○ーツの性能差が戦力の 特に問題なし。
「……これはまあ、なんとも……」
最後の報告書を書き上げ、明けて日曜の朝。
小竜姫の住居を訪ねてきた神族の調査官は、手渡された一週間分の報告書に目を通し、何とも言えない表情になっていた。
「……ヒャクメ、何か不備でもありましたか?」
「そういうわけじゃないのねー」
その様子に不審なものを感じた小竜姫が調査官――ヒャクメに尋ねるが、問われた彼女はひらひらと手を振って曖昧に返した。
「ただ、ちょっと文体が機械的過ぎるかなーって思っただけ」
「報告書の文体なんて、そんなもんでしょう」
「そりゃそーなんだけど……もーちょっと色気のある報告じゃないと陛下は喜ばないのねー」
「……何か言いました?」
「なんでもないのねー」
ヒャクメが小声でボソッと零した言葉に小竜姫が尋ねたが、彼女はそれをしれっとした態度で否定した。
だが実際のところ、ヒャクメは事あるごとに神界から小竜姫の監視――と言うよりは単純に覗きだが――をしていたので、報告書の内容と実際に起こった出来事のギャップはある程度把握している。それらを正直に書けば、報告書を読む竜神王も、多少は楽しめたのだが――まあ、小竜姫の性格を考えれば仕方のないことかもしれない。ヒャクメはそう結論付け、余計なことは言わないことに決めた。
ヒャクメは読み終わった報告書を重ね、縦にしてトントンと机の上に数度叩き、端を揃えてクリップで纏める。そして脇に置いてあった鞄を開き、その中に仕舞った。
「そうそう。今日は報告書の受領だけじゃなくて、もう一つ仕事があるのね」
「そうなのですか?」
そう切り出してきたヒャクメに、小竜姫は寝耳に水とばかりに目を丸くした。
ヒャクメは少々抜けているところがあるが、調査官としての能力だけならばかなりのものである。ただ『見る』だけならば、神界から出る必要さえない程に。
それ程の能力を持つ彼女が、直々に俗界に赴かなければならない仕事――そんな事が本当にあるのかと思い、小竜姫は思わずヒャクメの言葉を疑ってしまった。
だがそんな小竜姫の質問に、ヒャクメは気を悪くした様子もなく、気安い笑顔を見せた。
「うん。こっちは竜神王陛下じゃなくて、斉天大聖老師の方だけどね。とゆーわけで美神さんのところに行きたいから、案内してくれると助かるのねー」
――だが――
よもやこの『仕事』がデタントの成否に関わる大事に繋がるなどとは、小竜姫は元より、ヒャクメ自身にさえ予想できたことではなかった。
――あとがき――
とゆーわけで、インターミッションは終了。次回から平安編、兼ねてから散りばめていた伏線を一気に回収する予定です。
ちなみに、今回の番外編は次に繋がる形で終わってますが、あくまでも番外編なので、読み飛ばしても問題ない仕様になってます。
……ところで、姫ちゃんこと小竜姫さまの友人になった二人、名前つけてあげるべきなんでしょうかね? 原作のメガネと同じく、チョイ役でしか出番を予定してないんですが……まあ、必要になった時に付ければ良いかな?
ではレス返しー。
○1. ながおさん
そんな大袈裟な……と言いたいところだけど、違うとも言い切れない虎の悲しさ(ノ∀`)
○2. Tシローさん
あなたも見えましたか(ノ∀`) ユッキーとかおりは順調ですw タイガーと魔理の方ですが、まあ「好きの反対は無関心」と言いますので、敵という形とはいえ認識されている限りは望みがあるかとw
……いや、彼の場合は存在を認識されてること自体が奇跡ですか(酷
○3. 通り縋りさん
ハムスターですかw 某執事マンガの普通人代表の子みたいですねw
○4. チョーやんさん
あなたも見えてしまったのですね(ノ∀`) タイガーの出番は、あの場合は一幕だったからこそ輝いたと思います。あれで無闇に出番増やしても、くどいだけですし。ほんと、作劇術というのは奥が深いものですw
P.S. やっと八話アップできたようで、お疲れさまです。そして、この場を借りてアドバイスを一つ。
作品を発表するということは、読者があってこそ初めて成り立つ行為です。決して作り手からの一方通行というわけではありません。読者に喜んでもらうためにはどう表現すれば良いか、読者に不快に思われないためにはどう表現すれば良いか、常に考えながら書いていきましょう。
なお、そこに完璧な答えはありません。常にそれを考えるという、その姿勢が大事なのです。
○5. 山の影さん
小竜姫さまが来たおかげで、色々な方向にいい影響が出てるようで……まあ、一部で羨ましいぞコンチクショウな状況が発生してますがw
そんな彼女の一週間は、こんな感じになりました。報告書の内容だけなら、硬すぎるぐらいにクソ真面目なんですがw
○6. giruさん
見えなくて正解です。アレは黒キヌの恐怖を知る人間にのみ見える、一種の幻覚ですから・゜+(ノД`)+゜・。
しかしあのおいしい不良ねーさんですが、考えてみれば今の時代、ああいったスケ番的な子って絶滅危惧種なんですよねぇ……
○7. Febryaryさん
魔理はこれからの頑張り次第ですね。でも光明は見えてるんで、心配いらないでしょう♪ 神父は……まあ、AMEN?
○8. いりあすさん
『まだ』ときましたかw まあ、今後見えるようになるかどうかは、作者でさえわからないんですがw あのツッパリねーさんは今後の登場予定はありませんが、人生うまく行くと良いですね♪
○9. lonely hunterさん
翻訳機は便利ですよね。日本の場合、他言語を日本語に変換すると文法が変になったりする場合が多いですが、頑張って読めばなんとか判りますし。いやほんと、便利な時代になったものです♪
そして、過分なお褒めの言葉をいただき、ありがとうございます。おキヌちゃんも小竜姫さまも、勿論他のヒロインたちも頑張って書いていきますので、応援よろしくお願いします♪
○10. 内海一弘さん
見えてしまいましたか(ノ∀`) きっとそのうち、『黒キヌvs黒竜姫、水面下の大バトル!』なシーンが、書かれてもいないのに脳内で繰り広げられるようになるかもしれませんw
○11. あらすじキミヒコさん
見えないあなたは幸せです。黒キヌの恐怖を知らずに済んでるのですから(ノ∀`) これからもそのままでいてくださいw
○12. トンコツさん
あの不良ねーさん、後輩の二人も含めて、魔理が中学生の時からずっと同じ制服なんですよねー。だから、中高一貫校でもない限り、あの年齢設定じゃないと辻褄が合わないと思いましてw
ちなみに龍と虎は見えない方がいいです。読解力の問題じゃなくて、黒キヌの恐怖が呼び起こす単なる幻覚ですので……ガクガクブルブル。
○13. ワールド ワールド ワールドさん
KYOですか。あれは毎週読んでましたね。マガジンらしい暑苦しさが良い意味で出てました。パワーインフレの度合いは、むしろジャンプ系な感じがしましたがw
横島は確かに普段逃げ回ってばかりですが、だからこそたまに熱血した時に映えるわけでしてw 彼の次の活躍は、もう少し先の話になると思います。
ちなみに魔理の霊能力を呼び覚ました悪霊は、読めばわかったと思いますが、タイガーの幻覚です。ついでに言うと、悪霊のいた場所にはタイガー本人がいたんです。ほら、かおりやエミと一緒に逃げるタイガーが、全身ずぶ濡れで頭に怪我してたりしてたじゃないですか。あれ、魔理に殴られた怪我ですw
レス返し終了〜。では次回七十話、平安編『デッド・ゾーン!』でお会いしましょう♪
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