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「二人三脚でやり直そう 〜第七十六話〜(GS)」

いしゅたる (2008-06-27 18:04/2008-07-04 07:27)
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『……どんな顔して出てけってのよ……』

 木の陰に隠れ、メフィストは恥ずかしそうに一人ごちた。

 あの後、アシュタロスの隠しアジトでエネルギー結晶を飲み込み、それを失った核の代わりとすることで命を繋ぎ止めたメフィストは、現在老の坂に戻っていた。
 だが、いざ彼らの前に姿を現そうとしたところで――ふと気付いた。つい先ほど今生の別れを済ませたというのに、今更のうのうと戻っては格好がつかないではないか、と。
 何やら話し合っている高島たちを木の陰から見ながら、メフィストはどうやって出て行こうかと懊悩していた。

 出て行くタイミングを掴めず、木の陰から高島の様子を伺う――


 ――ふと、別れ際の口付けが、脳裏をよぎった。


 ボンッ!

 瞬間、メフィストは顔から火が出るかというぐらいに、真っ赤になった。
 なんだかわからないが、メフィストはあの時の行動が、物凄く恥ずかしいものに思えた。

(な、なんで……? たかが粘膜同士の接触に過ぎないはずなのに……)

 ドキドキと高鳴る胸のうちに戸惑いながらも、メフィストはもう一度高島を見やる。

 ――見れば、高島の右には秦、左には小竜姫が陣取っていた。

 横たわるおキヌを囲む形で座っている彼らは、おそらく何か作戦会議でもしているのか、高島以外は全員硬い表情であった――のだが、心なしか秦と小竜姫が、必要以上に高島にくっついているような気がする。そして二人に挟まれている高島は、一同の中で一人だけ、『両手に花』状態で微妙に鼻の下を伸ばしていた。

(まったく……なんて顔してんのよ!)

 そんな高島の顔に、わけもなくイライラしてくる。

 と――その時、ヒャクメが一瞬だけ、メフィストの隠れている場所に視線を向けた。
 ――そして――

「えいっ♪」

「きゃっ!?」

 悪戯っぽい掛け声と共に、唐突に隣の小竜姫を突き飛ばした。
 不意を突かれた小竜姫は、ヒャクメに突き飛ばされたままに、高島の胸の中に飛び込んでしまう。

「…………っ!?」

「しょ、小竜姫ちゃん……?」

 一瞬にして顔を真っ赤にする小竜姫。戸惑う高島。ほんのりと甘い雰囲気が、二人を包む。
 そして、高島を挟んで小竜姫の反対側にいた秦は、それを見て面白くなさそうに「むーっ……」と頬を膨らませた。

「高島さ――」

 そして、彼女が文句を言おうとした、その時――


『何デレデレしてんのよーっ!』

 ズゲシッ!

「おぶぅっ!?」


 秦の文句も遮る勢いで、メフィストが高島に飛び蹴りを食らわせた。高島はそのまま、地面と平行に飛んでいって木の幹に思いっきり頭をぶつける。
 頭からダラダラと血を流して気を失う高島を前に、加害者のメフィストは『ふーっ、ふーっ』と興奮したように荒く息を吐く。

 そして――

「どうやら大物が釣れたみたいねー」

『…………え?』

 クスクスと笑うヒャクメの言葉に、メフィストは呆けた声を上げて周囲を見回す。
 見れば、びっくりしたような顔で自分を見る、一同の姿。

 ――そこで初めて、メフィストは気付いた。


『は……嵌められた!?』

「人聞きの悪いこと言わないで欲しいのねー」


 その言葉に、ヒャクメは唇を尖らせて文句を言った。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第七十六話 デッド・ゾーン!【その7】〜


 ――日が落ちてから、どれぐらいの時間が経っただろうか――

「……そろそろ来る頃ですね……」

 ぽつりとつぶやく小竜姫は、緊張した面持ちで抜刀の構えを取る。
 そこは老の坂――昼からまったく移動していない。生い茂る木々は周囲の闇をいっそう濃くし、枝葉の隙間から漏れる三日月の明かりのみが、唯一の光源となって闇を切り裂いていた。
 そして小竜姫の傍にいるのは、高島、西郷、おキヌ、秦、ヒャクメの五人。非戦闘員である秦とヒャクメを囲む形で、小竜姫、高島、西郷、おキヌが四方に位置を取っている。

 ――昼にメフィストが戻ってきた後、彼女を加えて改めて作戦会議を開いた。

 メフィスト帰還の際、彼女が笑顔で迎えた高島に対し、照れ隠しに「き、気安く触るんじゃないわよっ!」と意地悪な態度を取ってしまったという一幕があったが……それはともかく。
 その話し合いで決まった作戦は、単純なものであった。メフィストを地中に潜ませ、現れた道真をおキヌたちが引き付けている間に、背後からズドン――まあ要するに、伏兵作戦である。
 これは、道真がメフィストを殺しきったと思い込んでいるからこそ、有効な作戦であった。彼女は完全にノーマークである。メフィスト一人を地中に潜ませれば、道真は地上のメンバーを見て『それが全員』と疑いもなく信じるだろう。その隙を突くのは、簡単なことである。

 また、襲来の時刻も、確証があるとまでは言えないが、おおよその見当はつく。

 人間が恨みの念を抱く時、その怨念の力が最大限に発揮される時刻というものがある。それは丑の刻―― 一般的に、悪霊や怨霊が最も頻繁に出没するとされる時刻である。『丑の刻参り』という呪いの儀式もあることから、その時刻の闇が、いかに人間の怨念に深い影響を与えるかが伺えよう。
 そして道真は、その怨念の権化である『怨霊』だ。些細な理由からメフィストの廃棄を決定するほど用心深い彼が、万全を期してこの時刻を戦闘時間として選ぶことは、容易に推察できた。

 そしてその丑の刻を前に、皆の緊張感が高まる中、非戦闘員として秦の傍についているヒャクメは、おキヌに視線を向ける。

「おキヌちゃん、霊力は回復してる?」

「はい。いっぱい休ませてもらいましたから」

 にっこりと笑い、ぎゅっと笛を握り締めて答えるおキヌ。その顔にはほんの少しだけ、疲れの色が残っているが――それも、特に影響があるほどでもなかった。

「そう。それなら大丈夫ね。それじゃ、みんな……来たのねッ!」

「「「っ!」」」

 ヒャクメがそう叫んでから一瞬の後、森の奥で強い光が一瞬またたき――

「避雷!」

「存思の念、災いを禁ず!」

「「雷よ、しりぞけ!」」

 次の瞬間やってきた強力無比な雷を、しかし高島と西郷は協力して受け止めた。

「力量差があるから、完全に受け止めるのは無理よ! そのまま上に逸らすのね!」

「お、おう!」

「承知!」

 ヒャクメの指示に、二人は即座に従って雷を逸らした。雷が木々の枝葉を焼いて天に昇っていく。
 そして――

「隠れてないで出てきたらどう!?」

 ヒャクメが、雷が来た方向を睨んで啖呵を切った。

「あなたの存在を知らなかった昨日ならともかく、来るとわかってる敵を警戒するのは、この私には造作もないのね! 私の千里眼がある限り、遮蔽物に隠れての奇襲なんて意味ないのね!」

 自信満々に告げるヒャクメ。
 それを見て、小竜姫とおキヌが二人揃って、「あれ? 変にかっこいい……? この人ってこんなキャラでしたっけ?」などと、ヒャクメに対して至極当然の失礼極まりないことを胸中でつぶやいていたりしたのだが、茶々を入れる場面ではないので口には出さなかった。

『千里眼……? ふむ、なるほど。昼間にここにやって来たのは、偶然ではなかったということか』

 そのヒャクメの言葉に、森の奥から闇夜に溶け込むかのような黒衣の怨霊――道真が姿を現す。
 そして、現れた敵の姿を前に、小竜姫たち戦闘要員が一斉に動き出した。小竜姫が前衛として斬りかかり、高島と西郷が秦とヒャクメの護りにつき、おキヌがネクロマンサーの笛を魔装化して唇に寄せる。

「はぁッ!」

 ピュリリリリリ――ッ!

 小竜姫が刀を振り下ろすのと、おキヌの笛の音が響いたのは、ほぼ同時だった。
 が――

『……ふん』

 迫る小竜姫の刀を前に、道真はつまらなさそうに鼻を鳴らし――おもむろに、その刀の軌道に合わせて鉄扇を振るった。

 ギンッ!

「くあっ!?」

 硬い金属同士のぶつかる音。同時、小竜姫の悲鳴が響く。
 道真の振るった鉄扇に刀ごと吹き飛ばされた小竜姫は、しかしどうにか受身を取り、すぐさま体勢を立て直した。

 だが――今の一合を見る限り、道真にネクロマンサーの笛が影響している様子はなかった。

「効いていない……!?」

『昼間の私とは違うということだ』

 おののくおキヌに、道真はニタァッと歪な笑みを向ける。
 そして彼は、おもむろにおキヌに手の平を向けた。

『死ね……!』

 宣言した――その時。


 ボコッ――ドッ!


『…………ッ!?』

 道真の背後の地中から、巨大な魔力の刃が飛び出し――道真を真っ二つに切り裂いた。その魔力の刃の主は、言わずもがなメフィストである。
 完全に、作戦通りであった。その成果に一同の表情に笑みが浮かび、道真は信じられないと言わんばかりの表情で、背後のメフィストを見やる。

『メ……メフィスト……だと!? なぜ生きている……!? しかも、貴様ごときが私を一太刀でだと……あ、あり……得ぬ……!』

 その言葉を最後に――

 真っ二つになった道真は、ドサリとその場に崩れ落ちた。


 一方その頃――異界空間にあるアシュタロスのアジト。

『メフィストめ……』

 計画の要となるエネルギー結晶を奪われたアシュタロスは、忌まわしげにうめいた。
 彼の足元では、かつて土偶であったものの残骸が散乱している。失態を犯した部下を、何のためらいもなく処分したところであった。

『命惜しさに、新たな核を求めたか? だが……お前は何もわかっておらん。あれは単なる核の代用品などではない。廃棄処分された下級魔族が持っていたところで、宝の持ち腐れだ。結晶は返してもらうぞ、メフィスト……!』

 言って、アシュタロスはマントを翻し、いまだ未完成の魔体に背を向けた。


「一撃……すっごいあっさり終わっちゃいましたね……」

「アシュタロスが二千年かけて集めてたエネルギーでしたね、確か。なかば予想はしてましたが……とんでもないものですね、その結晶というのは」

 真っ二つになった道真を恐る恐る見下ろしながら、おキヌが正直な感想を口にした。小竜姫も同様に道真を見下ろしながら、畏れさえ抱いた様子で身を震わせる。
 そしてその感想を受けたメフィストは、『へっへっへー♪』と得意げに笑っていた。

 と――

「おっしゃよくやったメフィスト! さすが俺の女ーっ!」

『!?』

 勝利の喜びか、高島が感極まってメフィストに抱きついてきた。抱きつかれた方のメフィストは、いきなりのことに一瞬硬直する。
 が――

『ちょ……』

「ん?」

『ちょちょちょ調子に乗ってんじゃないわよぉぉぉっ!?』

 ズゲシッ!

「おごっ!」

 顔をトマトのように真っ赤にし、どもりながら放たれたストレートは、高島をものの見事に吹き飛ばした。

「た、高島さまっ!?」

『……ふんっ!』

 吹き飛ばされた高島に、秦が慌てて駆け寄っていく。それを尻目に、メフィストは真っ赤な顔のままそっぽを向いた。
 そんな三人の様子に、小竜姫とヒャクメは微笑ましいものを見たかのように、「あらあら」と苦笑していた。その一方で西郷は、面白そうにくっくっと笑っていた。

「……それでこそ高島」

「何がそんなに嬉しいんだよ、てめーは」

 その西郷のつぶやきを耳ざとく聞きつけた高島は、頭からダクダクと血を流したまま、首だけを起こして西郷を睨み付けた。

「いや別に。では私は、周囲に他に警戒するべきものがないか、見て回ろう。まさか向こうも、道真公がこうもあっさり終わるとは思わないだろうが――まあ、念のためにな」

「そうですね。それではお願いします」

 西郷の提案に、小竜姫が頷いた。そして西郷は、そのまま森の中へと向かっていく。夜闇の中の森だけあって、その姿はすぐに見えなくなった。
 そして、それを見送って、高島は――

「けっ。そのまま夜が明けるまで迷ってればいーんじゃ」

「た、高島さま……」

 と悪態をつき、介抱している秦が苦笑を漏らした。秦に膝枕なんぞされている姿では、悪態も様にならないのだが。
 と――そこに。

「高島さんって、本当に横島さんの前世なんですね」

 ふふっと微笑を漏らしながら、おキヌが寄って来た。

「キヌさま?」

「横島って……確か、俺の来世だったっけか。そりゃ、同じ魂ならそう違わんだろうけど……そこまでそっくりなのか?」

「ええ、そりゃもう」

 高島の疑問に苦笑しながら答え、おキヌは出血する高島の後頭部にヒーリングをする。美神にシバかれて血まみれになる横島を癒すのは、いつだって自分の仕事だったのを思い出しながら。

「あー、癒されるー……」

「いいなぁ、それ……」

 ヒーリングを受けて緩んだ表情になる高島と、高島に自然に触れていられるおキヌのヒーリング能力を羨ましがる秦。
 と――

「……あら?」

 ふと、秦が何かに気付いたように声を上げた。ヒーリングのためにかざしたおキヌの手――その袖口の中から、霊力の光を反射して光る『何か』が見えたのだ。

「キヌさま、それは?」

「え? ……ああ、これですか?」

 そう言って、おキヌが袖の中から取り出したのは――例の『櫛』であった。

「あれ? それって……」

「随分と古い櫛でございますね……でも、どこかで……?」

 その櫛の意匠に、高島と秦は揃って首を傾げる。

「オカルトショップ――ええと、霊具屋さんで美神さんに買ってもらったんです。なんとなく、気に入っちゃいまして……こんな古臭いのがいいなんて、私、変わってますよね?」

 櫛のことを説明し、てへ、と舌を出すおキヌ。
 だが二人は、その言葉に――

「……あ、そういうことか」

「そういうことだったんですね」

 と、何か得心したように、微笑を浮かべて頷いた。おキヌを置いて勝手に納得している二人に、一人合点のいかないおキヌは、「?」と頭の上に疑問符を浮かべた。

「いえ、何でもありません。ただ――私は時を越え、大切な物を取り戻せたんですねと思いまして……」

 嬉しそうにほほ笑む秦だが、おキヌにとっては要領を得ない。彼女はしきりに首を傾げるばかりだ。
 と――三人が談笑している、その時。

「…………ッ!?」

「どうしたのですか、ヒャクメ?」

 ヒャクメが突然、緊張に身を震わせた。その様子の変化に、傍にいた小竜姫が尋ねる。

「今、何か……ううん、気のせいかも。一瞬、何か凄く悪いものが『視えた』気がして……でも今は何も視えない」

「…………気になりますね」

 そのヒャクメの言葉に、小竜姫は全身を張り詰めて刀に手を掛ける。道真を退けたとはいえ、いまだアシュタロスが残っているのだ。油断はならない。
 と――その時、「ガサリ」と草を掻き分ける音が聞こえた。

「「『!』」」

 その音に、ヒャクメと小竜姫とメフィストが咄嗟に音のした方に振り向く。
 が――

「……どうかなされましたか?」

 そこにいたのは西郷だった。

「西郷さんでしたか……」

「随分と緊張なされてるようですが……何かあったのですか?」

「ええ、ヒャクメが何か感じたようで――そちらは何かありましたか?」

「いえ、周りには特に何も。道真公も退けたことですし、こんなところに長居は無用――アシュタロスとやらが来る前に、都に戻るとしましょう」

「アシュタロスですか……それが一番の問題ですね。彼の配下を倒した以上、もはや無視はされないでしょう」

 道真の更に上の存在を思い出し、不安に表情を沈ませる小竜姫。
 だが――

『大丈夫よ!』

 そんな小竜姫に、メフィストが自信満々に胸を張って言った。

『あいつから奪ったエネルギー結晶――これだけのパワーがあれば、あいつを出し抜くことぐらいわけないわ!』

「メフィストさん……」

「ははっ。頼もしいですな」

 太鼓判を押すメフィストに、小竜姫も西郷も相好を崩す。


 ――が――


『…………随分と見くびられたものだな』


「「「「「「『――――ッ!?』」」」」」」

 その時突如として、頭上からかけられた言葉に、七人が全員空を振り仰いだ。

 そこには――

『ア……アシュタロス!?』

 今しがた話題に上っていたばかりのアシュタロスが、三日月を背にメフィストたちを見下ろしていた。
 そして――

『起きろ、道真!』

 彼はそう言って、おもむろにパチンと指を鳴らした。
 するとどうだろう。倒れていた道真が、突如として起き上がった。分かれていた右半身と左半身がくっつき、一瞬で傷跡さえもなくなっていた。

「げっ……道真まで!?」

『この――!』

 ヒャクメが驚くのを横目に、メフィストは先ほど道真を葬った魔力の刃を、もう一度放つ。
 が――

『むん!』

 ガキン!

 その魔力の刃は、今度はあっさりと止められてしまった。どうやら道真は、復活の際に更にパワーを分け与えられたようである。

『無駄だ』

 必殺の攻撃を止められ、驚愕に目を見開いているメフィストに、アシュタロスは酷薄に告げた。

『お前の食った結晶は、私のために特別に造られたものだ。私以外の誰も、あの結晶を消化して使うことはできん。お前に使えるのは、結晶に含まれるわずかな不純物に過ぎん――吐き出せ』

 冷淡に告げる。が――その結晶を核の代用品としているメフィストにとって、その要求は『死ね』と言われているも同然だった。
 当然、従えるわけがない。メフィストは逡巡し、この場を切り抜ける方法を頭の中で模索する。

 だが――

『……わからん奴だな』

 渋るメフィストに業を煮やしたのか、アシュタロスは苛立たしげに人差し指を向け――


 ――パンッ!

「いっ!?」


 何かが弾けるような、軽い音。
 そして――『誰か』の驚いたような小さな悲鳴。


 ――メフィストが、音のした方向に振り向く。


 ――高島の傍にいた秦が、自身の頬に「びちゃり」とついた生暖かいモノに凍りつく。


 ――小竜姫は、自身の逆鱗にザワリとした感覚を覚える。


 ――おキヌの手から、ネクロマンサーの笛が滑り落ちる。


 ――西郷が、ヒャクメが、突然の出来事に戦慄する。


 彼らが視線を集中させる先では――


 ――額を打ち貫かれ、ドサリと地面に落ちる――


 ――つい今しがたまで『高島だったもの』の姿があった――


 ――ドクン、と。

 おキヌの袖の中で、人知れず『櫛』が脈動した――


 一瞬が、永遠にも感じる――

 誰もが、現実の認識を感情が拒絶していた。
 だが、いくら視覚情報を拒絶していても、目に見える光景が変化することはない。信じたくない現実は、まるで水面に垂らされた毒水のように、じわりじわりと彼女たちの認識を侵食していく。
 時が止まったのは――ほんの一瞬。
 ゆっくりと地面に広がる赤い液体の存在が、彼女たちを強制的に現実に引き戻す。


『た……高……あ……あ……あ…………!』


 メフィストは目の前の光景が信じられず、言葉を失い――そして。


「い……いやああああああーっ! 高島さまあああああーっ!」


 秦の身も世もない悲壮な叫びが、メフィストの声にならない声に被せるように、周囲に木霊した。

 そして小竜姫は――どこにも視線を向けることなく、ただ俯いていた。だがその身は小刻みに震え、手に持った刀がカチャカチャと不規則に音を立てている。

 そんな三人の様子を見て、アシュタロスは――

『……なんだ、そいつが一番大事だったのか? 他の奴からにすればよかったかな』

 などと、まるで「道を間違えた」程度の気軽な口調で言った。

 その時――


 ――ブチッ……


 どこからか、何かが切れるような音が聞こえた。
 アシュタロスがその音に、『うん?』と頭に疑問符を浮かべた、まさにその瞬間――


 ゴォウッ!


 小竜姫を中心に、激しい『気』の爆発が起きた。
 その風圧に、傍にいた者は全員吹き飛ばされた。幸いにも気を失っている者はいないようだが、突然の高島の死に、誰もが起き上がることさえ忘れているようである。秦に至っては、そのまま泣き崩れていた。

 そして、その中心にいた小竜姫は――

『……ほう、面白い。貴様、竜神か……?』

 アシュタロスの感嘆の声。その言葉通り、今の小竜姫は角が生え、竜気を解放し、竜神としての姿を取り戻していた。
 だが――様子が尋常ではない。
 無理矢理封印を破った反作用なのか、その全身はバチバチとスパークしている。小竜姫自身の顔も、瞳は爬虫類のような縦長の形になっているし、その口元はまるで狂犬のように牙をむき出しにしている。

 そして彼女は、自身の刀に手をかけ――


「――許しません」


 短く告げ、上空のアシュタロスに向かって踊りかかった。
 だがその進路上に、道真が立ち塞がる。

『行かせはせん!』

「おオぉぉオォォぉおぉおオオォぉォおぉ――ッ!」

 ガギンッ!

 まるで獣そのもののごとき咆哮と共に、小竜姫の刀が道真に向かって振るわれた。その一撃を、道真は鉄扇で受け止める。
 ぎりぎりと力が拮抗する。だがよく見れば、わずかに小竜姫が圧しているのが見て取れた。

 ――そして――

『良い、道真。そいつは私が相手をしよう』

 その拮抗状態に、他ならぬアシュタロスが待ったをかけた。

『アシュタロス様!? しかし――』

『そいつが神族である以上、私がここにいることを知られたからには、生かして帰すわけにはいかん。そいつはこの場で確実に葬る必要がある。私ならば、一瞬で事足りるゆえにな』

『ですが、アシュタロス様のお手を煩わせるわけには――』

『――私が相手をする。そう言ったはずだが?』

『…………はっ。おおせのままに……』

 食い下がろうとする道真に、アシュタロスは声のトーンを一段低くしてもう一度繰り返した。その圧力を受け、道真は渋々とした様子で小竜姫から離れ、道を譲る。
 そして――小竜姫とアシュタロスの間に、障害は何もなくなった。

『来い』

「ま、待つのね、小竜姫!」

 余裕の表情で手招きをするアシュタロス。対し、ヒャクメは冷静になって小竜姫を制止した。
 だが、小竜姫は聞こえた様子もなく、ギリッと歯を噛み締め――言葉もなく前に飛び出した。

「小竜姫! ダメ! 勝ち目がないのね! 第一、そんな状態で戦ったら――」

 ヒャクメが焦った様子で、なおもしきりに小竜姫を止めようとする。その言葉の間にも、小竜姫は一撃、二撃と、アシュタロスに攻撃を仕掛けていた。

「ヒャ、ヒャクメさま? そんな状態とは……?」

「見ての通りなのね! 今の小竜姫は、自我さえも忘れるほどの怒りで、斉天大聖老師の封印を無理矢理に破っている状態なのね! 老師と小竜姫の力量差を考えれば、今の小竜姫にかかっている過負荷は想像を絶しているわ! このままじゃ――反作用でいつ命を落としてもおかしくない!」

「ええっ……!?」

 ヒャクメの説明に、質問を投げかけたおキヌは青くなる。
 一方で小竜姫は、目にも止まらないスピードで刀を振り続けていた。しかし、アシュタロスはそれらの攻撃を、よける素振りすらなく片手で受け止め続けている。
 どう見ても、彼我の戦力差は歴然であった。格が違いすぎる。

 ――そして――


「ガぁァアああぁァぁァアぁぁァあァあアァぁッ!」


 小竜姫が、獣の――と呼ぶにはあまりにも激しすぎる、まさしく魔獣のごとき咆哮を上げた。同時、その姿が光り輝く影法師となり、アシュタロスの目の前から完全に消え去った。
 そして次の瞬間、アシュタロスの全身が、一瞬で切り刻まれた。

 ――が。

『これは……超加速か? 面白い技を使うな』

 つぶやくアシュタロスは、特に何の痛痒も感じた様子がない。見れば、切り刻まれているのはマントのみであり、その下の肌には傷の一つもついていなかった。
 それどころか――彼の真下の地面には、折れた刀の欠片が、パラパラと落ちていっている。

『……ふむ。防ぐまでもなく、貴様では私を傷付けることはできん、か。存外につまらんな』

 その結果に、アシュタロスは期待外れとばかりにため息をつき――

『ここか』

 つぶやくと同時、その右手を無造作に伸ばした。
 と――

 ガッ!

「ぐァッ……!?」

 するとその手が、超加速中の――否、超加速が途切れた瞬間の小竜姫の首を捉えた。アシュタロスはその目でもって、小竜姫の超加速が終わる瞬間とその位置を見切ったのだ。

「小竜姫さま!」

 超加速を使った小竜姫でさえ、あっさりと捉えられてしまったその現実に、おキヌが絶望の悲鳴を上げる。
 アシュタロスはギリギリとその喉を締め付け、空いている手は魔力砲の発射準備に入った。

『死ぬがいい』

 冷酷に告げるアシュタロス。その手に集めた魔力が、今まさに発射せんと光を膨れ上がらせ――

(よ、横島さん――!)

 おキヌはその瞬間、思わず自身が最も信頼を寄せる――しかしこの場にはいない――者の助けを願う。


 ――その時――

 唐突に、アシュタロスの眼前に小さな“珠”が飛んできた。


       【護】


『…………!?』

 珠に刻まれた文字が光った――そう認識した瞬間、アシュタロスの手は何かに弾かれたかのように、小竜姫を手放した。
 解放された小竜姫は、その全身をスパークさせ、意識を失って地面に向かい落ちていく。途中、封印が一瞬で元に戻り、小竜姫は角のない元の封印状態の姿に戻った。
 頭から落ちる彼女を、慌ててヒャクメが受け止める。

「小竜姫!? な、何が……!」

 小竜姫を横抱きに抱えたヒャクメは、状況を把握しようと、再びアシュタロスを見上げる。

 と――


 ――バサバサバサバサバサバサバサバサッ!


 大量のコウモリが唐突に現れ、アシュタロスと道真の視界を覆い隠した。

『…………ッ!?』

『なんだ……コウモリ!?』

 突然の事態に、眉根を寄せる二人。しかしアシュタロスは、冷静にコウモリを処理しようとし――それより早く、コウモリたちが散って行った。
 一瞬だけ閉ざされた視界――だが再び開けたその視界には、一瞬前までとは違うものが現れていた。


 ――そこにいたのは、五つの人影――


 一つは、空を飛んでいるアッシュブロンドの吸血鬼。三日月を背に、アシュタロスよりも更に高い位置で、彼らを見下ろしている。
 そして残りの四人は、アシュタロスと道真を、それぞれ前後で挟み込むように二人ずつ位置を取っていた。

 アシュタロスに付いているのは、体型からして女と幼児といったところか――だがその全身は、全てが漆黒のスーツに覆われていて、体型以外の一切がわからない。その顔ですら、無貌の覆面に隠され、窺い知ることはできなかった。
 その上、そのスーツが『そういう機能』を持っているのか、目の前にいるというのに一切の気配がなかった。よほど、その正体を知られたくないのか。

 一方で、道真に付いている方の二人は――

『メ……メフィストが二人、だと!?』

 道真の狼狽した声。その言葉通り、彼を前後から挟み込んでいるのは――両方ともが美神令子その人であった。

「み、美神さんが二人――!?」

「霊波のパターンも完全に一致してる……! どういうことなのねー!?」

 道真のみならず、おキヌもヒャクメも、その光景に驚きを隠せない。
 そんな中、片方の美神が周囲の動揺をよそに、道真に対して不敵な笑みを向ける。

「あんたにやられた借りを返すために……舞い戻ってきたわよ、道真!」

 そう啖呵を切るその一方で、もう片方の美神は、高島の遺体に視線を向けていた。
 ――額から上を吹き飛ばされ、その姿はもはや、見るに耐えない。

「……間に合わなかったのね……歴史は変えられないってことなの……!?」

 悔しげにつぶやき、上空のアシュタロスに視線を移す。

「アシュタロス……正直、もう二度と会いたくなかったけどね……!」

 圧倒的な格上に相対する緊張感を孕ませた視線――それを受け止め、アシュタロスは。


『……ふむ。この期に及んで更に増えるとは……まるでプラナリアだな、メフィスト』

「誰が単細胞生物よ、こんクソ親父ッ!」


 聞き捨てならない台詞を吐かれ、アシュタロスに視線を向けた方の美神は、額に井桁を浮かべて怒鳴りつけた。


 ――ちなみにその時――

 その現場からほんの少しだけ離れた場所で、ジーパンを穿いた少年が犬○家よろしく地面に逆さまに突き刺さっていたのだが――そのことに気付いていた人間は、悲しいかな一人もいなかった。

『……災難じゃのう、ポチ』

 唯一、傍に落ちてるバッグの中から顔を覗かせる、動く土偶を除いては。


 ――あとがき――


 今回は人死にが出たので、一応「ダーク」「バイオレンス」表記つけておきました。

 さて、ラストの場面ですが……まだ出てこないはずの文珠。二人の美神。謎の覆面の女と幼児。美神のクソ親父発言。横島をポチと呼ぶ土偶。ここまで材料が出揃ったら、彼女たちが何者なのかは丸わかりでしょうw これが予想できた人は、おそらくいないと思います。
 どういった経緯があって彼女たちがやってきたのかは、次回にでも時間を遡って横島パート(といっても二話程度)に突入しますので、お待ちください♪

 ではレス返しー。


○1. 俊さん
 道真襲来も、ほとんど原作と流れが変わらなくなってしまいました……うーん。これでいいのかと書いてる私自身疑問に思いつつ(汗
 高島は今回で死亡してしまいましたが、秦(&メフィスト&小竜姫)との関係は、ある意味この後こそが重要なわけでしてw

○2. 山の影さん
 おキヌちゃんはしっかり回復できましたが、丑の刻でフルパワーな道真には通用しませんでした(ノдT) メフィストは助かり、道真も撃退しましたが、やはり結末は原作通り……わかっていたこととはいえ、書くのは辛いですorz
 そーいや、この時代の神道真は、ほんとーにどーしてたんでしょうね? アシュタロスにパワーもらった怨霊道真とは違って、地道に神様としての力をつけていたのでしょうか?

○3. Tシローさん
 メフィスト戻ってきても、あんまし修羅場にはなりませんでしたw だってメフィストは自覚薄いし、秦はあの性格だし、小竜姫は気にはしてるけど一歩引いてるし……高島がメフィストにシバかれたり、秦が頬を膨らませたりはしましたが、女同士で争ってる姿は想像できませんでした(ノ∀`)

○4. チョーやんさん
 大丈夫ですよー。私、基本的に黒キヌ使いませんからw いって普通のジェラシーモードですw
 そして、チョーやんさんのご期待通り、ピンチに駆けつけた主人公! ……でも駆けつけただけ。美味しいところは美神がもってっちゃいましたw まあ、割り込んできたシチュエーションよりも、あの構成メンバーの方に目が奪われたと思いますがw

○5. kさん
 初めましてー。初レスありがとうございます♪
 今回は主に、メフィストと小竜姫のターンでした。これからも変わらず「意表を突く」をモットーに頑張らせていただきますので、今後ともよろしくお願いします♪

○6. 秋桜さん
 また回線ですかー……そのジレンマは辛いですね(^^; とりあえず改善要望でも送ってみたらどうでしょうか?
 そして一番の戦力になってたおキヌちゃんですが、結晶を手に入れたメフィストにあっさりとその座を譲ってしまいました。でもアシュタロスの前ではやっぱりピンチに。そこに現れたヒーローは……見ての通りの方々でしたw
 魏華は基本的に裏方なので、あとの出番は平安編エピローグになります。ごめんなさい(平謝り

○7. Februaryさん
 昼間だからどうにか通用したっぽい魔装笛も、夜になってフルパワーになっちゃった道真を相手にすれば、活躍のメインはメフィストに譲ってしまいました(汗
 高島は基本的に幼児の小竜姫のイメージで接してるので、ちゃん付けは仕方ないかとw
 歴史の証明をヒャクメ以外気付いてなかったのは、やはり場合が場合だったから、失念してたんでしょう。もっとも、それを判断するだけの材料(輪廻転生とか霊基構造とかの知識)を持ってたキャラも、わりと限定されてたってのもありましたが。
 助っ人は……まあ、見ての通りでw さすがにこれは予想できなかったでしょうw

○8. 卯月さん
 やっぱりおキヌちゃんのジェラシーは、これぐらい可愛いので良いでしょうw ……黒は勘弁ですorz
 意外な助っ人は、おそらくこれ以上ないというぐらい意外だったと思いますw

○9. giruさん
 おキヌちゃんのピンチ(正確には小竜姫さまのですが)に、颯爽と登場してくれました! ……美神が。
 まあ一応、煩悩魔人も登場しましたけどねw

○10. あらすじキミヒコさん
 道真は、崇徳天皇、平将門と並んで、日本三大『怨霊』としても有名ですから。怨霊である以上、おキヌちゃんの独壇場ですw ……と言いたいところなんですが、さすがにそれだとパワーバランスがアレなんで、フルパワー状態の道真には通用しないって形になっちゃいました(^^;
 小竜姫が自分の正体をあっさりバラしたのは、別に深い意味はないです。尺の問題もありますし、引っ張りすぎるのもなんですからw

○11. ながおさん
 三者三様の前世の縁。おキヌちゃんの一人勝ちとはいきません。あっさり決着つけるより、出来る限り引っ張った方が面白そうなのでw


 レス返し終了〜。では次回七十七話でお会いしましょう♪


※お知らせ(2008/07/04)

 掲示板の移転に伴い、次回七十七話は新掲示板の方に新規投稿します。
 これからも拙作『二人三脚でやり直そう』をよろしくお願いします。

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