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「スランプ・オーバーズ!41 (GS+オリジナル)」

竜の庵 (2008-06-11 18:34)
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 「あなたは! どうして! また勝手な事をっ!!」

 「痛っ!? 痛いわっ! やめんかっ!」


 話は一時間ほど前に遡り。
 所は異界、ドクター・カオスの居城…玉座の間。


 「よりにもよって・ELジンをテレサに・与えるとは…!!」

 「しゃーないじゃろ…空いとったのがそれしかなかったんじゃし」

 「じゃしでは・済まされません!!」

 「痛い痛い痛いっ!! 嘴で突くなアーサー!! 鋼で出来とるのを忘れたかっ!?」


 石組みの壁と、天井が見えないくらいに高く薄暗い室内。銀色の鷹姿のアーサーは、己が主カオスの頭頂部をがしがしと嘴で穿っていた。
 主の奇行は今更特筆する必要もないけれど、物には限度が存在する。今回カオスのやらかしたことは、アーサーにとって容認しかねるケースの典型だった。


 「予想通り・テレサは脱走…ジンの能力でもって・行方を眩ませました。どうするおつもりですか?」

 「………そう心配するな。ELボディの燃費の悪さは知っとるじゃろう。一週間と経たずに動けなくなるわい。久々の外だ、お前も兄として、懐の広さを見せたらどうだ」

 「……アレを・私は妹とは呼べません」


 アーサーは冷たく言い捨てた。テレサは彼の主観で言えば失敗作の問題作だ。誕生時とアシュタロス事変時の二度に渡って彼女はカオスと敵対し、マリアと戦闘を繰り広げた。
 コスモプロセッサの破壊後、テレサのデータディスクが回収されたのは奇跡的ではあるも、どうしてもカオスのように手放しに歓迎は出来ない。
 カオスの考えが読めないのが、全くもって今更で腹立たしい。


 「頑固者め。まあいい…アーサーよ、今は仕事の時間だ。デジャブーランドへ向かい、準備を進めておけ。ポイントは昨日示した通り。ワシもしばらくしたら向かうでな」

 「話を逸らさないで下さい・マスター。手立てが無いなら・私がチルドレンに命じて捜索させます。期待は出来ませんが…」


 ようやく突くのを止めたアーサーは、近場の止まり木に戻って翼を畳んだ。WGCAと、『さる筋』からの情報で、カオスは伝馬業天の企みをほぼ把握している。
 仕事の合間に集めた情報を処理し、総合的にアーサーが判断した結果、主の介入は最終局面で問題無しという結論に至った。
 今にして思えば、この混沌の魔王殿に遊びを与えてしまったのが間違いだったかも、とアーサーは頭を抱える。忙殺されるくらい仕事をさせれば、ジンをテレサに与えるなんて発想は生まれなかっただろうに。


 「まあ待て。前にも言ったが、ワシはテレサが何を考え、どう行動するのかに興味がある。自由な身体を手に入れたあの子が、真っ先に何をするのか…邪魔は、許さん」


 ぎらりと魔王の目がアーサーを射抜いた。

 だくだくと頭から血を流していなければ様になったのに。


 「……分かりました。そこまでおっしゃるなら・下僕たる私に・背く権利はありません。当初の予定通り・デジャブーランドに向かいます」

 「…下僕がフツー主の頭を抉るか」


 アーサーは無言で目を逸らすと、大きく広げた翼を一打ちして空中へ舞い上がった。本物の鷹には出来ない芸当である。そのままジト目のカオスを尻目に、地上へと続くゲート目指して上昇していく。


 (…これで・私に残されたボディは二種類。ベヒモスとクラーケン…)


 アーサーは待機状態にある自分の換装用ボディを思い出して、やるせない気持ちに身体を軋ませた。


 (イロモノばかりじゃないか………)


 機能美に特化した結果、それぞれのボディの形状はかなり独特になっている。
 アーサーが憂鬱になった二種類はELボディ屈指の個性を誇るものだ。特にクラーケンの酷さはもう、言葉に出来ない。カオス独特の様式美がもう、堪らない。


 やりきれない思いを抱えたまま、アーサーは仕事場へと向かったのであった。


               スランプ・オーバーズ! 41

                   「局面」


 「到着!! 即!! ブッ殺!!」


 金色の滝が、熊を模したゴーレムの頭上から降り注ぐ。
 霊波反射素材が火花のように反発し、石の身体を防御せんとしたが…抵抗はそれまでだった。

 「しゃらくさいっ!!」

 金色の暴風は、降るのみにあらず。
 縦横無尽に石像を叩き、削ぎ、気がつけば体表を覆っていた反射素材はすっかり剥がれ落ちている。
 ふらつくおよそ四メートルの巨体目掛け、最後の一撃が放たれた。

 「一丁上がり、と!」

 鞭を束ねて編み上げた、巨大なハンマーが熊ゴーレムを真っ向から粉砕。鞭の持ち主…美神令子は、崩れ落ちるゴーレムに背を向けると天華を一振りして腰のホルダーに納めた。

 「これで三体目? 手応え無いわねー」

 「西条さんの連絡だと、唐巣さん達も順調に倒してるそうですよ」

 「からすというと、梓が世話になってるという、令子の師匠か!」

 「美神様のお師匠様…さぞやお強いのでしょうね」

 冥子よりも先にデジャブーランド入りした美神達は、予定通りデジャブーランド外周部分を東側から周り、その道中で既に三体のゴーレムを倒していた。
 いずれも美神が、日頃溜まっていた鬱憤を晴らすような爆撃・攻撃で殲滅している。横島不在による微妙な不満のベクトルが、不幸な形でゴーレムを襲った結果か。
 正門に詰めていたオカG職員からもらった地図にペケ印をつけ、おキヌはついさっき急に上がった雨に一息吐く。

 「それにしても、良く分からないんですけど…魔填楼って何がしたいんでしょうか」

 「さあ? それを見つけるのは西条さんやママの仕事よ。私達はこうして出てくるゴミを踏み潰すだけ」

 「………憂さ晴らしの相手を見つけて生き生きしとるのう」

 「石像がお豆腐のようです」

 「ショウ様、カッパ脱いじゃ駄目ですよ。まだ雨雲が晴れてませんから。チリちゃんもね?」

 「…あんた達も大概緊張感無いわね。でも気になるわ…この霊波を弾く奴。確か、香港で横島君が戦った相手にもあったんだっけ。忘れてたけど」

 事件自体が非常に大きく印象的だったためか、美神の記憶に残っているのはメドーサという強敵と、原始風水盤の危険性といった部分ばかりで、横島や雪之丞の戦った相手までは覚えていない。

 「ま、いいわ。なんにせよこの程度のクラスなら、力押しでどうにでもなるし。恐らく、おキヌちゃんの神域も余裕で通用するわね」

 「え、そうなんですか?」

 「塗膜も薄いし、物理攻撃にも弱い。こんなの、一定以上の霊能者なら突破は簡単よ。当時の横島君がやっつけたんだもの、当然よね」

 「あはは……」

 「…でも、魔填楼の背景が段々見えてきたわね。ほぼ間違いなく、伝馬業天は…」

 美神は今までに起きた事件や情報を整理し、ようやく一つの道筋を確立していた。
 伝馬の手口は過剰なまでにヒントや証拠をばら撒いて、捜査陣をかく乱する意地の悪いもの。
 捜査側の規模が大きいほど、その手口は有効に作用する。逆に言えば、視野の比較的限定される個人単位のほうが、事件の全容を理解し易いのかもしれない。
 美神の推理は、想像の域を出ないとはいえ…彼女の主観ではほぼ絶対的な手応えを持っていた。


 「魔族と繋がってる」


 おキヌがはっと息を呑み、ショウは首を傾げて腕を組んだ。事態が分からず、チリに視線を向けてみるも…チリもまた、ぱちぱちと瞬きを繰り返すばかりだった。

 「…何じゃ、置いてきぼりか我らは!? きっちり説明せんか令子!」

 「悪人の裏に、もっとでかいワルがいるって事。想像力が無いのかこのチビっ子は」

 「チビっ子とか!?」

 美神は雨が上がったとはいえ、黒雲の残る空を見上げて腰に手を当てた。以前に散々巻き込まれ、面倒を負い、やがて渦中のど真ん中に至った魔族との確執。
 アシュタロス事変の幕引きで、全ては終了したと思っていたのに。

 「あの、美神さん…西条さんに言ったほうが…」

 「…あーあ。いい加減にしてよね、全く。今更…うざいわー」

 「おおう…令子、心底から面倒臭そうじゃな。そんなに魔族とやらとやり合うのは大変なのか?」

 「妖怪と何が違うのでしょう? キヌ姉様」

 GSを生業としていても、神魔族と直接関わることは稀だ。一般人はもとより、妖怪にもそれは当て嵌まる。美神の周囲が異常なだけだ。
 ショウチリも、魔族に対する見方は一般人と変わらない。自分達が人間とは違う存在と自認している分、抵抗は彼らのほうが少ないだろうか。
 チリに純真無垢な瞳で見上げられたおキヌは、困ったようにしゃがみ込み、小さな少女の頭を撫でた。

 「…何にも変わりません。ただ、物の見方が違うだけ、かな…」

 「綺麗なものが汚く見えたり…ですか?」

 「価値観が違うのよ。根本的に、ね」

 「んなもん、人間もではないか」

 「そーよ。だから、おキヌちゃんの言った通り。種族差なんて個人差の範疇に過ぎないわ。大事なのは…そう!」

 美神は拳を突き上げ、宣言した。金色の神様に。『きん』ではなく『かね』色である。銭色とも言う。

 「私にとってプラスかマイナスか! その一点のみ!」

 「………それはまた、割り切った物の考え方じゃなー…というか令子のが余程…」

 淡白でシンプルな美神の思考は、物事全てを金銭的な価値に置き換え、客観的な判断を下せる強さでもある。
 あらゆる主観に囚われず、絶対不変の価値観でもって世の中を見渡す強さ…美神令子の彼女らしさとは、傍から見ると傍若無人に見えるが、それはいい意味で我を徹すためでもある。

 「駄弁ってないで、次行くわよ。おキヌちゃん、次のポイントはどこ?」

 「あ! はい、ええと…あれ、もう唐巣さん達と合流しそうですよ。どうしましょう」

 「じゃ、合流して西条さんに指示を仰ぎましょう。多分、園内の掃除に回されるだろうけど」

 おキヌは逐一西条と連絡を取って、現状を地図に書き込んでいる。唐巣班は美神達よりペースは遅いものの順調にゴーレムを倒して南下している。美神達と顔を合わせるのも近い。

 「おお、するとようやっとこの魅惑の遊戯世界に突入を……んん?」

 黄色いカッパに身を包むショウは、外縁から少しだけ見えるジェットコースターのレールや、乗客達の楽しげな悲鳴にずっとうずうずしていた。
 遊ぶためのみに作られた街、という世にも不謹慎な新世界にショウもチリも驚いたものだ。ついでにときめいたものだ。

 「むう…? 今、何ぞ動かなかったか? チリよ」

 砕けて石くれと化している熊ゴーレムを見て、ショウは尋ねた。こちらは赤い雨合羽を纏ったチリも、そう聞かれて小首を傾げる。

 「チリは何にも…」

 「ほらチビっ子ども! 置いてくわよー!」

 「ショウ様チリちゃん、迷子になっちゃいますよー!」

 「ぬおあっ!? 急げチリ!」

 「え、いいのですか? 確かめなくて…」

 「チリは見ておらんのじゃろうが。じゃあ気のせいじゃ!」

 とっとと自分の疑問に自分で結論を出し、ショウは大股で歩み去っていく美神の後を追って走り出した。
 少しだけ躊躇いを見せた後に、チリも兄を追って駆け出した。ショウはああ見えて、霊感が強い。チリよりも敏感だが…その分、チリはより繊細だった。
 足りない部分を補い合う意味でも、良い兄妹だといえる。


 熊ゴーレムの残骸の下で蠢いた黒い影は、瞬く間に地面へと沈み込み…今度こそ、小さな兄妹にも見つかりはしなかった。


 「拙者も伝馬が何をしようとしているのかは、分からんのだ…」

 「あんた、傍で用心棒してたんでしょ? 裏切り者は情報を掴んでるのがお約束よ」

 「拙者は最初からあいつの仲間ではないっ!! 裏切りとかどーでもいいもん!!」

 空っぽの司令室で、シロとタマモは途方に暮れていたりした。
 地下通路を疾風のように駆け抜け、行きがけの駄賃とばかりに道中ぶつかったピエロを薙ぎ払い、犬神コンビは直前までシロがいた、隠蔽された司令室へ突撃したのだが。
 既に部屋は放棄され、伝馬業天の姿は無くなっていた。

 「………うわ、何コレ。『霊波消臭剤・バブリーズ』だって」

 部屋の隅に転がっていた空き箱を拾ったタマモは、商品名を読んで呆れた声を上げた。どことなく美神を連想させる名前である。

 「むうう…これでは追えんぞ、タマモ。どうするっ!?」

 「あんたも伝馬も馬鹿ね? あいつの霊波を無理に追わなくても、普通に臭いで追えばいいじゃない。犬みたいに」

 「い、犬じゃないもんっ!」

 ひどく懐かしいやり取りを終えて、シロは口を尖らせた。盲点、と指摘するには雑過ぎる盲点に気付かなかったのが、悔しいらしい。
 伝馬の臭いは、老人特有の加齢臭に加え、様々なオカルトアイテムを扱ってきたせいか、独特の香気を放っていた。シロはずっと間近でその臭いと接してきたため、追跡するのに問題は無い。
 問題があるとすれば…

 「しかし地上に出られたら…さっきの雨と人混みで厄介だぞ」

 「………私達は、犬じゃない。じゃあ何?」

 「へ…人狼と妖狐であろう?」

 「つまり、人間と同じ事が出来る」

 「………だから?」

 タマモはバブリーズの箱を握り潰すと、床にぽいっと捨てて入口のドアへ体を翻した。

 「車椅子のジジイが通らなかったか、客に聞き込みよ! あんな怪しい風体のジジイが目立たないはずがないわ!!」

 「お、おう! なんかけーさつっぽくていいでござるな!?」

 「同時に臭いの痕跡も追えば、一石二鳥! 捕まえて有無を言わさず幻覚叩き込んで、シロの故郷にも手出しさせなくする!」

 「タマモ…! 何か拙者、こう…じーんとと来たでござるよ…」

 「あんたは臭い! 私は聞き込み! いわば犬と飼い主の関係!」

 「……感動を返せ女狐」

 実際タマモは伝馬の臭いを覚えていないので、地上で捜索となると役割分担は自然とそうなる。が、シロは熱くなった目頭が急速に冷めていくのを感じていた。
 どこまでも憎たらしくて、可愛げが無くて。
 でもそれが当たり前で、それが彼女で。
 シロは何だかんだ言って誰よりも、きっと横島よりも己を理解しているタマモに、絶対に声には出さないけれど…感謝していた。

 「早く帰りたいでござるな…」

 「………ん」

 自分が操られ、脅されていたとはいえ、この手で人間を傷つけてきた事実は消えない。懐かしい顔ぶれが笑顔で待つあの事務所に易々と帰れるとは、流石のシロも思えはしない。
 けれどタマモは、そのことには一切触れようとしない。不器用な優しさが…同じく不器用なシロだからこそ、分かる。

 「伝馬業天はこの手で必ずひっ捕える! それが拙者の最初の贖罪でござる!」

 一足先に出て行ったタマモを追い、シロは駆け出す。
 誰に何と言われようと、真っ直ぐに走るのが大好きな自分こそが、本当の犬塚シロである。
 魔犬ではない、真の犬神。
 彼女らの追跡は、佳境に入ろうとしていた。


 各地点での状況連絡を受けながら、西条はひとまずの山場は越えたと判断していた。
 マリアによって確認された魔填楼絡みの霊波発生地点のうち、ゴーレムが確認された箇所の九割以上は、既に鎮圧されている。園内では雪之丞達GCが、外縁部では唐巣を初めとするGS達が、ほぼ被害ゼロのままで処理していた。
 残るは移動している霊波の様子なのだが…

 「マリア、残っているのはどれくらいだ?」

 「検索します………園内で・確認出来るのは・およそ………二百」

 「な…増えてるのか!」

 当初、マリアが西条に伝えた数字は固定箇所も含めて百弱。だが現在、理由は不明だが霊波発生地点で姿を現したゴーレム達を駆除したにも関わらず、その数は増えている。

 「園全域に・反応は・散らばっています。反応自体は・それほど・強力では・ありませんが」

 「くそ…これほど状況が見えない中で捜査するのは久しぶりだな…」

 ショッピングモールで派手に動いてしまった彼ら…というかマリアだが…は一度正門前まで戻り、全体の様子を再確認に来ていた。因みにダヴィデ像はカオス城に送り返している。
 捜査当初から、魔填楼事件は常に後手を強いられている。発生からの対応は素早いものの、魔填楼商品が全国に出回っていること、そもそも伝馬業天の不法入国に気付かなかった不手際等…オカGの面目は丸つぶれのままだ。
 ようやく尻尾を掴んだこの場で逮捕出来ないとなると、ここぞとばかりに世界中のオカGから叩かれることになるだろう。アシュタロス事変を解決した日本オカGへのあてつけとして。

 「人間ってのは、怖いな。そう思わないかいマリア」

 「はあ…」

 「魔填楼の悪意がどこに根ざしているのかは分からない。けれど、彼の犯罪からは重さを感じない。言い換えれば、罪に対する覚悟を感じられない。この地上で罪を犯す生き物は人間だけなのに、伝馬からは…罪の意識すら感じ取れない」

 「人の行いの・何をもって・犯罪と・断じるのか…それもまた・人の決めた・理です。善悪とは・もっと・大きな枠の中・あるいは・枠を取り払った・状態でこそ・決められる・ものかと」

 「伝馬は自分を枠の外にいる存在とでも思ってるのか…忌々しい奴だ」

 西条の些か大げさな愚痴も、マリア相手では自嘲にしかならない。どんなに人間に近づいているといっても、相手は正真正銘『枠の外』の存在なのだから。
 見慣れたツートンカラーの車と、それに続いて数台のワンボックスカーが駐車場に入ってきたのは、改めて地図を開いて今後の対策を講じようとしたときだった。
 先頭車両から颯爽と降りてきた女傑の姿を見て、西条は肩の荷が少しだけ軽くなった気がした。

 「お疲れ様西条君! 状況を教えてくれる?」

 「先生。待ってましたよ、本当に」

 「なあに? 超過勤務で疲れてるんじゃないの? もう若くないわね西条君もー」

 「………貴女が若すぎるんですよ」

 パトカーから一直線に歩み寄ってきた美神美智恵は、自分の姿にあからさまに安堵してみせた西条を揶揄して、楽しげに笑った。
 マリアにも一瞬目を向けたが、彼女が礼儀正しく会釈するのを見て苦笑し、 園内の混沌とした状況を察して軽く息を吐く。

 「残業代は出るから安心しなさい。寝る時間は…今日、伝馬業天を逮捕すれば、たっぷり取れるか」

 「………現状の説明をします。その後、指揮系統の引継ぎを」

 現状を簡潔に纏めて報告する西条の手腕は、流石ではある。美智恵は淡々と続く報告から必要な部分は頭に叩き込み、それ以外は報告書に自ら書きとめて情報の整理を行った。
 聞けば聞くほど、そして今までの状況と照らし合わせれば尚更に、伝馬業天の不可解さが分かる結果となり、美智恵は眉根を寄せた。

 「……今日のための布石にしては、陰陽の帳にしてもシロちゃんの誘拐にしても…どうにもぱりっとしないわねえ」

 「今日そのものの動きとしても、不審な点が多すぎます。とにかく我々は伝馬の身柄確保に全力を尽くすべきかと」

 「そうねえ。助っ人も連れてきたから、この辺で一気に決着を着けてしまいたいわね」

 「助っ人…ですか?」

 美智恵は頷くと、背後のワンボックスを指差した。良く見れば、車の側面には『WGCA−JAPAN』のロゴが大きく貼られている。駐車場はほぼ満員なので、通路に止めてなにやら職員達がアタッシュケースを幾つも下ろしていた。 
 陣頭で指揮をとっている女性がこちらに気付き、早足で近づいてくる。ポニーテールで理知的な顔立ちの、敏腕秘書といった風体だ。

 「どうもお疲れ様です。オカルトGメン日本支部主任捜査官の…西条輝彦さんですね」

 「君は…」

 「私はWGCA−JAPAN支部長補佐の、如月と申します。立ち上げの際にはお目にかかれず失礼致しました」

 如才ない仕草で名刺を取り出し、西条に差し出す春乃。WGCA−JAPANが上陸した際、オカGにも当然だが報告がいっているし挨拶にも訪れている。しかし多忙の極みだった西条は、支部長とも彼女とも顔を合わせていなかった。
 美智恵とは既に挨拶を済ませているらしく、すぐに春乃は作業に戻っていく。

 「随分、慌しいですね。彼女達が助っ人ですか」

 西条がそう聞くと、美智恵は頬を掻いて肩を竦めた。

 「GCの増援ですか? 人手は多いに越した事はないですけど…」

 「まあそうね…助っ人というよりは…」

 美智恵は次々と運び出され、駐車場の一角、割と広めのスペースに積まれていくアタッシュケースを見て微笑む。

 「切り札、かしら」

 意味深な発言に、西条が疑問符を浮かべるのと同じくして。
 唐突に空から強烈なダウンウォッシュが吹きつけ、西条はたなびく髪の毛もそのままに空を見上げた。

 「なあああっ!? あれもWGCAか!」

 駐車場に降下してきたヘリコプターの底部にも、車と同じくWGCA−JAPANのロゴが踊っていた。
 そして。


 『やあやあやあ!! こんな形で失礼、西条輝彦君!! 私がWGCA−JAPAN代表、ロディマス=柊だ!! 言っておくが人を見下すのが趣味の痛い親父じゃないからそのへんよろしくねっ!!』


 拡声器越しに轟いた男の声に、一瞬正門付近が騒然となるが、西条は見た。目撃した。

 彼女がまず、大地を蹴り――――――…

 ワンボックスカーの屋根を蹴り―――――…

 マッキーを模した街灯を蹴り―――――…

 ヘリコプターの脚を蹴り上がって―――――…


 『へぶっ!?』


 最後にドアから身を乗り出して叫んでいた男の延髄を蹴り飛ばしたのを。

 「公共の場で騒ぐな馬鹿支部長!!」

 某地獄の断頭台よろしく数メートルの高さからアスファルトの駐車場に着弾した彼女…春乃とロディマスは、周囲の空気を違った意味で黙らせて、注目を集めた。
 膝下のロディマスがごほごほ言いながら立ち上がるのを確認しつつ、呆然とこちらを見やる西条に春乃は頭を下げる。

 「ご、ごめんなさい…騒いじゃいけないと思いまして…」

 「喉が痛いよ春乃君……来週のカラオケパーティに障りでもしたらどうしてくれるのさ。せっかく春乃君とデュエット出来ると思ったのに!」

 「お前は声帯を千切れ」

 「久々に酷っ!?」

 ヘリは彼を降ろす…落とす? と、再び上空へ昇っていき、その場でホバリングしている。
 春乃の派手なアクションで、周りの客達もまたアトラクションかー、とまばらな拍手を春乃に送っていた。もうデジャブーランドとは微塵も関係ない活劇だったのだが、いいお客さんである。
 スーツの埃を払い、ネクタイの曲がりを正すとロディマスは一つ咳払いをして改めて西条達の前に立った。

 「失礼しました。お久しぶりです、美智恵殿。そして初めまして、西条君。部下がいつもお世話になっていますな」

 ギロチンのダメージは既にないのか、朗らかな笑みで左手を差し出すロディマスに、西条は目元をひくつかせながらも握手に応じてみせた。

 「遅ればせながら、魔填楼事件の幕引きに我々も参加させていただこうと、馳せ参じました。…お土産もたくさんありますよ」

 「は、はあ。しかし、WGCAの代表が現場にまで来られるとは…」

 「いやなに、我々にとっても大きな仕事ですから。ここらでGCの知名度もばばーんと上げておきたいのですよ。オカGの覚えも良くしていただきたいし」

 「柊支部長。お電話で話していた例のアレが…そのケースに?」

 「イエース。てんこもりですよ。親愛なる魔王殿によれば、必ずや必要になるだろうとの事ですし。ドクター・カオスが我々に協力しているのは知っておられるでしょう?」

 「ええまあ…あの人が絡むとややこしくなりそうですがね」

 西条は横目でマリアを見るが、当の彼女はどうしたのか、アタッシュケースの山から目を離さず、西条の視線にも気付いていない。

 「何にせよ、最終局面ですなあ…悪いが、オイシイところはもらっていきますよ。準備は万端整っています」

 人好きのする笑みを浮かべるロディマスは、自信満々で腕を組んだ。
 その隣で、春乃が何か言いたそうな顔をしているのが、少し気になるが。

 「オカルトグッズ一つで泥沼から抜け出せるほど、楽じゃないですよ。この現場は…」

 「んっふっふ…西条君。ウチを、そして魔王殿を甘くみてもらっては困る。ぶっちゃけお金に困らない状態のドクター・カオスは、我々の想像を遥かに越える化物だよ!」

 不思議な魅力というか圧力に満ち満ちたロディマスの言葉に、西条は息を呑んだ。そこはかとない説得力が彼から反論の余地を奪う。

 「西条君。びっくりしないでね。この人の言っている事は、事実よ。正直…ありえないわ、あそこにあるものは。どうやらマリアは気付いているみたいだけど」

 どこまでも得意げなロディマスは、美智恵の言葉にますます胸を反らせてにこやかな笑みを深める。春乃がまた始まったかという顔をしたが、彼は自重しない。

 「すぐに準備に入りますよ。これさえあれば、魔填楼が何を企んでいようと、力ずくで解決が可能となります。んふっふー」

 「まさか。正攻法でどうにもならないからこそ…こうして苦労してるんじゃないですか」

 苦笑し、西条は余裕に溢れるロディマスに首を振ってみせる。
 見れば見るほどにロディマスは年齢不詳で、幼い仕草はパフォーマンスにも、地の性格にも見える。
 伝馬と比べてはアレだが、この男も十分に怪しい。彼から漂う雰囲気は掴みどころが無さ過ぎる。

 「…まあ、直に見れば分かるわ、嫌でも。柊支部長。彼に一つ見せてもいいですか?」

 「イエスマム! ささ、西条君こっちこっち。春乃君、『タイプP』をここに」

 「………はい」

 ひたすら楽しげで、現状を理解しているのかすら危ういロディマスの命令に、春乃は頷いてアタッシュケースの積まれた一角へ向かう。

 その道すがら、彼女は内心で戦慄を覚えていた。


 (…私の体術を見ても、ロディマス支部長の不死身っぷりを見ても驚かないなんて…流石はアシュタロス事変の最前線にいた人達ね)


 …ただ単に、美神&横島のもっと過激なスキンシップを見慣れていたためなのだが。

 春乃はそんなこととは露知らず、アタッシュケースの一つを開けて小さな珠を取り出すのだった。


 続く


 後書き

 竜の庵です。
 少しインターパル的な内容に。五月のペースを守れず申し訳ない限りですが…!
 さっさと魔填楼編終わらして、次に進みたいです。役者は今回でほぼ揃ったし、どんどん行きましょう。どんどんどん。


 ではレス返しです。


 水島桂介様
 横島の強さを端的に言うと、型に縛られない、形に囚われない、そもそも指針となる強さの方向性を持っていない…色々あるかと思います。心の在り様は美神に沿うとしても、霊能が千差万別である限り確立するのは難しいでしょうねえ。
 客観的な番付で見れば、横島は上位ですよー。修羅場の数が違いますしね、彼は。霊能力ってのはやはり、精神力による影響が大きいと思いますから。
 雑魚掃除程度なら、十分。身の程も地獄を見せる地力もある子です。
 伝馬には誤算がたくさん。捜査側にも不手際がたくさん。いい加減すっきりさせないとです。


 yukiha様
 初めましてでもお久しぶりでも、どうも有り難い事です。いやはや。
 マリアと西条の組み合わせは意外に少ないようです。二人とも原作では良識派だし、絡ませてもあんまり面白くなかったのかも…本作のマリアは若干砕けてますが!
 ダークか…うーむ…横島登場の辺りから、暗い雰囲気は薄れた気がします。横島ゾーンが強くて。シロタマ編としての色より、魔填楼編としての色が濃くなったためにネガネガな感じになってしまいました。申し訳ないです。
 決着間近、どうぞお楽しみに。


 February様
 いやいや。殺っちゃだめですから。でも心情的には再起不能も已む無し、でしょうね。生き地獄…物騒なのに変わりが無い…ッ! どうしよう。
 ダヴィデ像以外にも古今東西の有名彫刻、絵画の複製もしくは本物が適当にぺいっと置かれているのです、風雲カオス城には。
 雪之丞は現状、登場『人』物の中で唯一冥子とタメを張れる実力を備えています。その辺のくだりも、後々描ければなあ、と。今は単なる最強キャラっぽいですしね。
 おかしいなあ…十二天将とか、もっと頑張るはずだったのになあ…個々の能力も掘り下げて、白熱バトル展開で。おかしいなあ……(遠い目
 西条はばっさばっさ髪の毛抜けていきそうな。額が広くなっていったら、思い切って短くするくらいの度胸はほしいものです。横島はハゲ決定らしいですけど。


 内海一弘様
 横島主観では、強さは感じにくいのではと。とにかく環境が災いしてる部分もありますね。他のGSから見たら垂涎の的と取られてもおかしくないです。世界一のGSに師事して、最高級の装備に囲まれて、知己にも一流の霊能者が揃っていて。散々議論はされているでしょうけれど…横島の立場は、他者から見ればおいしいとこ総取り! って感じでは。
 美神は裏帳簿の隠し場所、都内各所にありそうですなあ。国会議事堂に通じる秘密アジトとか持ってるし。異界ならお役所の手も届かないから、欲しがりそうですね。
 残り六体の式神には頑張ってもらいたい。冥子と出会ったら、大抵の敵キャラは瞬殺されてしまうのです。バランスブレイカー冥子。困った娘だ…
 う…バカップルって、あのバカップルですよね…出番か…うーむ…無いな! お留守番中ですし。実力も無いし。シロタマ編以降にご期待下さい、とか。
 春高校歌とか歌いながら歩いてたら、どこの同窓会だって感じですな! 作者の周囲にはそういうお話が出来る存在が少ないので、楽しげであります。


 以上レス返しでした。皆様有難うございました。


 さて次回。
 伝馬業天、ゴム人間に出会った神様になるの巻。意味不明。
 六月中には…どうにか…終わら…終わらせたい…!
 短編ネタのストックがたくさんあるのです。書きたいのです。禁断症状ががが。


 ではこの辺で。最後までお読み頂き本当に有難うございました!

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