不吉な音色が懐から響き渡り、伝馬は思わず車椅子を繰る手を止めた。
「どうかしましたか、伝馬様」
「………」
地下の司令室を予定よりも随分早めに放棄してしまったため、伝馬の計算は幾分だがズレが生じていた。
当初の計画にゆとりをもたせてあったので、まだ支障は出ない…筈だが、今、懐で鳴った竹を割ったような異音は、明らかに異常事態を示している。
一般客に溶け込むべく、伝馬の隣には、家族連れを模した普段着の男女一組がついている。
傍目には、車椅子の祖父を気遣う夫婦に見えるだろう。
(………ありえん。十二天将六体が一瞬で滅ぼされただと!?)
今の異音は、式神を封じていた竹筒の割れた音だ。伝馬が精魂を込めて造り上げた、至高と信じた、そう、六道家の十二神将をも超えると信じて疑わなかった最高傑作。
その反応が、つい先ほど消し飛んだ。ほとんどタイムラグも無く。
黙り込む伝馬に、息子夫婦に変装した部下二人は困惑して声を掛けられない。伝馬に指示された作戦の最終ポイントまでは、目と鼻の先だ。中身をまるで知らされていない不安はあるが、成功後の報酬…『不死の肉体』が手に入るなら、その程度の事で機嫌を損ねる訳にもいかない。
不死の肉体…それは無論、魔装による魔族化を指している。
伝馬は彼らに、リスクも何も知らせていない。魔族化とは心も体も人間ではなくなるという事。魔族になったからといって、不死身にもなれないという事。
部下の誰一人、事実を知る者はいないし、そんな些細な事はこの際どうでもいいが。
プランの変更は出来ない。必要ない。
この程度で頓挫する脆弱な計画ではない。
「………行きましょう。万全の警戒態勢は敷いてありますが、貴方達も気を緩めずに。いいですね?」
「はっ」
「畏まりましたわ」
頷くしか能の無い彼らであっても、肉の壁にはなる。伝馬は従順に命令に従う部下を見て、冷徹に判断した。使い捨てが前提である以上、使い潰すのが当然だとばかりに。
(……これは、最悪のケースも練りこんで置かないといけませんね。脱出路は既に確保済み…発動の混乱に乗じるのが基本といえば基本ですが。『彼ら』との接触は後回しでもどうにか…)
これまでも伝馬はギリギリ後一歩というところまで、警察機構に追い詰められたことがあった。しかし、持ち前の知識と計算高さでもって、難を逃れてきた。
今回も変わりは無い。策は幾らでもあるし、今回が駄目でも契約さえ残っていれば機会は何度でも存在する。日本から一旦出てもいいし、潜伏して商売を続けてもいい。
じっとりと嫌な汗をかく手のひらを膝に擦りつけ、伝馬は彼の考える最悪の事態…自身の敗北後の行動を考え始めた。
そうした思考の方向修正を続ける行動が、どんどん己を窮地へと追い込んでいることに、伝馬はまだ気付かない。
(…念のため、残りの天将を目的地に先行させましょう。これで安全は確保されましたし、いざという時の『混乱』発生にも役立ちます。問題はありません、ええ、絶対に)
己に迫る金と銀の旋風を知らず。
全てを見透かす黒き智恵を知らず。
あらゆる策を凌駕する奇跡の宝玉を知らず。
この国の底を読み違えたことを知らず。
竹筒から召還した新たな式神を送り出し、伝馬は終わりへ向け車椅子を進める。
スランプ・オーバーズ! 42
「破綻」
午後の三時を回って、デジャブーランドの熱気はますます高まっているように感じられた。通り雨のように過ぎ去った豪雨も、彼らのテンションを冷ますには至らず、逆に雨宿りで無駄にした時間を取り戻さんと精力的になった気すらする。
「ちょっといいかな、君」
「え…」
西条は朗らかな笑顔で、一人の女性に声を掛けた。表情に翳りの見える、二十代前半のOLっぽい女性だ。連れはなく、服装もシンプルで夢の国を楽しんでいるようには見えない。
「マリア、間違いないな?」
「イエス。彼女の装飾品から・魔力反応が」
「な、んですか…?」
「僕らはこういう者…っと、マリアは民間人…じゃない、民間ロボ…?」
「ミスター・西条。お疲れですね…」
「……とにかく、警察だよ。君、インターネットのサイトを見てここに来たね? しかも、あまり良くないところから」
「…ッ!?」
女性が目に見えて一歩引いたのを、西条はすぐに詰める。女性が息を呑むのが分かるほど接近し、一息に彼女の顔へ手を伸ばした。
手馴れた感がどうにもやらしい、とマリアは思わなかったがきっと横島なら思ったろう手つきで、西条は黒水晶のイヤリングを優しく外した。
「あっ!? 何をするんですか!!」
「ふうむ…なるほど、ね。これを目印にして取引を、か。柊氏の情報は確かなようだね」
「情報ソースは・ドクター・カオスです。ミスター・西条。更に・彼女の・セカンドバッグ・の中にも」
「そっちが本命か。…悪いが、中身を見せてもらえるかな」
「やめて下さい! なんの権限があってそんな…!」
「困っている市民を助けるのが仕事でね。こんなものに手を出すほど追い詰められている女性を、見捨てるわけにはいかない。オカルトで自分を変えたいなんて、クスリに手を出すのと同じだ」
じっと女性の目を見詰める。だが視線に威圧感は無く、どこまでも真摯で優しさの込められた…暖かな視線。
女性はしばし、その瞳に見入っていた。目の前の男性が心の底から自分を気遣い、手を差し伸べているのが分かってしまう。怪しげなサイトの怪しげな誘い文句に乗ってしまう弱い心が、彼の慈愛の眼差しに開かれていく。
「…渡してくれるね?」
「……………はい」
おずおずと開いたバッグの中から、銀色の小さな筒を取り出す。震える手で差し出すと、西条はその掌ごと包み込み、勇気付けるように微笑んだ。
「ありがとう。君は強い子だ。こんなものに頼らなくても、きっと自分の弱さをひっくり返すことが出来る。方法はどうあれ、自分を変えようと頑張った事実は消えないんだ、その勇気を忘れないでほしい」
「…あ…………はい……はい……!」
「さ、詳しい話を聞かせてくれるね? 僕はやる事があるから、あそこの人についていくんだ。いいね?」
決して傷つけないよう、厳重に言い含めて。西条は待機していた部下に、熱に浮かされたような表情の彼女を引き渡した。
手の中に残った銀筒は、冷たいような温かいような、不可思議な感触で持つ者を不安にさせる。
「ふう。マリア、これの分析を…って、どうした」
「………只今の・一連の・行動を・私なりに・分析すると」
「うん」
「ミスター・西条には・スケコマシの・才能が・あると・結論が」
「スケコマシってまた古いな!?」
西条と女性のやりとりを見守っていたマリアの台詞に、西条は愕然と吠えた。
「目線一つ・言葉の・トーンの・上げ下げ・一つとっても・スケコマシレベルは・マスター級・かと」
「君には一体どんなデータが入ってるんだ!? レベルって何だ!?」
「具体的には・等級を十段階に……」
「いい。説明しないでいい。まったく…いいから、この銀筒の分析をしてくれ。可能だろう?」
多少古めの言い回しでヤな分析をされた西条の手から、マリアは銀筒を受け取ってじっと見つめた。瞳の焦点が細かく変動し、詳細なデータ取りをしているようだった。
「………分析・完了。これは・無痛注射器の・一種です。内部に・充填された・薬品は・データ上にある・魔装薬の成分と・ほぼ一致」
「村木が使っていたアレか…」
村木とは、以前逮捕されたGS事務所の代表だ。
魔填楼事件の一種ターニングポイントとなった事件、弓かおり誘拐事件を引き起こした犯人である。
事件的には、伊達雪之丞の活躍もあって大したことにはならなかった。
問題は、村木が使った魔装薬と呼ばれる薬の存在だ。
霊能力の中でも異端で、基本的に禁術扱いである魔装術の力を薬で引き出す…その危険性は言うまでもないし、実際村木は半魔族化し現在も加療中だ。
「伝馬の目的が薄っすらと分かってきたな…あの爺さん、この地を魔界にでもしたいらしい」
「魔力に・耐性のない・一般人が・この薬を・用いれば・瞬く間に・意識は・魔に囚われます。現在確認出来る・同魔装薬反応は…およそ・二百五十」
「………十分に大規模なオカルトテロに発展する。一刻も早く伝馬業天を見つけて、身柄を確保しないとな」
そこで西条は、マリアの持つ銀筒へ目を落とした。苦笑いとも嘆息とも取れる微妙な息を漏らして、ぽつりと続ける。
「しかし…人工文珠なんてトンデモ技術を見た後だと、魔装薬なんてまるで大した事が無いように見えて不思議だな。これだって十分に凄まじい代物なのに」
WGCA-JAPAN支部長、ロディマス=柊が持ってきた人工文珠『ジュエル』。
奇跡の霊能と謳われた文珠を、人工的に再現する技術の存在にまず驚愕し、開発したのがかのドクター・カオスと知って二度びっくりした。
カオスがWGCAに協力しているのは知っていても、どうしても成果とか成功とか、明るい展望と彼の力が結びつかない。
ほとんどの開発物がトラブルの種になっているのは、業界でも有名だ。
西条は隣のマリアへ、今日何度目か分からないが…視線を向けた。極力彼女を見る目に偏ったものが混ざらないよう気をつけながら。
(人工の魂を精製した彼なら、文珠も再現出来るか…?)
一時的に無生物に魂を与え、式神や使い魔に変える術はそれこそ洋の東西に幾らでも存在する。
ドクター・カオスや渋鯖男爵の生み出した人工魂が特別視されるのは、その永続性・自立性からだ。
カオスに至っては、設計図さえあれば量産すら可能である。オカルトという芸術畑に近い分野で、人工魂クラスの超高度技術が機械のように大量生産可能なのは、途方も無い奇跡だ。
そう考えると、カオスの存在は文珠に匹敵する希少性を秘めている。無形文化財どころの騒ぎではない。
「しかし・全ての・能力を・コピーした・訳ではありません。ジュエルは」
「ん、ああ…そうだな。流石に横島君の文珠のようにはいかないだろうさ。あんなものホイホイ創られてたまるか」
ジュエルは予め込められた効果しか発揮できないという弱点がある。文珠の万能性まではカオスにも到達出来なかったらしい。それでも、特別な装置で効果を書き換え、一つのジュエルで幾つもの効力を得られる仕様ではあるという。
ロディマスは説明の最後に、まだまだ試作ロットだけどねー、と底の見えない笑みを浮かべて春乃に蹴られそうになっていた。
将来的には完璧な文珠のコピーを行う、とでも言うのだろうか。幾らカオスでも、それは無理だろう…と言い切れないのが恐ろしい。
「文珠の・メカニズムは・謎が多いです。ドクター・カオスといえど・全てを・解明するのは・九分九厘・不可能だと・推測します」
「マリアもそう思うか。だが、彼には時間があるからな…僕らとは違う尺度で計られた未来には、完成させるかも知れない」
「その時には・その時の・方々に・対処を・お願いします」
「数百年はかかりそうだからね…さて、無駄話をしてしまった。捜査中の皆に黒水晶の装飾品と、魔装薬の特徴を伝えて所持者の保護を急がせよう。勝手に薬を使っていないということは、一斉服用のタイミングがあるのかも知れない。先生にも連絡して、指示を仰ごう…あー、命令される側って楽だな」
「はあ…」
魔填楼事件の実質責任者として方々を飛び回った西条は、些か問題発言をしながらぐいっと肩を回して長く息を吐いた。
ここで伝馬を逮捕して、全てを終わらせる。美智恵が言ったように、睡眠時間も休みもここを乗り越えれば十分に得られるだろう。
二人は正門から真っ直ぐ正面に見える白亜の城の方へと向かった。デジャブーランドのシンボルであるこの城の地下が、施設の心臓部、メインコントロールルームだ。
美智恵はそこで指揮を行う。西条は一つでも多くの情報を集めるため自分でも動いていたが、当初からオカGの基地はそこだ。本来の指揮官である美智恵が到着した以上、西条も手足に徹する事が出来る。
「僕は一度戻って情報を整理してくる。マリアは令子ちゃん達と合流していいよ。彼女らもこっちに向かわせている。今まで済まなかったね」
「いえ。適材適所・です。それに・マリアも・まだ・貴方に・言っていない・事実・あります」
「え」
マリアはいつ切り出すか迷っていた。自分と一緒に来た仔狐が、独自の判断で動いているのを。
センサーをタマモの霊波にこっそり合わせ、彼女がどこにいるのか探ってみる。
「………あ」
「え」
居場所はあっさりと分かった。デジャブーマウンテンサイド、中央付近だ。
しかも、妖狐の霊波に良く似た霊波反応と一緒に行動している。マリアは直ぐに理解した。彼女は見つけたのだ、と。そして現在、もう一つの目標へ向けて走っている最中だと。
「…ミスター・西条。先だっての・約束は・まだ・有効でしょうか」
「約束? …食事の約束でもしたかな?」
「貴方の・指揮下に・入るのは・私だけ・というもの・です」
「…スルーされると痛いなー…先生が来た以上、僕の立場は君たちと同じだ。もう指揮下に入る必要は無いよ。早く令子ちゃんに会ってやるといい。きっと喜ぶ」
「有難う・ございます。では・失礼・致します」
切り出そうと思ったが、話す理由も必然性も無くなったので止めた。よく考えればタマモの探し人、シロはオカGから指名手配を受けている。西条に非は無くとも、連絡を受けた捜査員が彼女達の邪魔をしてしまう可能性が高い。
(…指揮から・外れました・から・おっけーです。理論武装・構築…ごめん・なさい)
こくこくと一人頷きながら、マリアは美神達と合流するべく、その場からそそくさと早足で離れるのだった。
微妙な罪悪感に苛まれる自分の繊細な心に、少しだけ戸惑いながら。
魔装術の恐ろしさは身をもって知っていた。
「あー………これは死んだかも分からんねー」
だから、目の前に広がる光景に横島忠夫は半ば諦めの境地でそんな事を呟いたりしていた。
シロとタマモに置いていかれた地下通路で、横島は伝馬の手下達、ピエロ集団と戦っていた。
序盤こそ、持ち前の逃げ足でピエロ達を撹乱しつつ、栄光の手ガトリングモードなどを駆使して数名は倒したが。
「こいつ…美神令子の部下だぞ。どっかで見たことあると思ったんだ」
ピエロの一人が呟いた途端、彼らの温度が変わった。ねめつけるような、羨むような、暑苦しい視線が横島を襲い始めた。
その視線、感情には横島も身に覚えがある。シンパシーすら感じそうなほど、良く理解出来る類のもの。
嫉妬。
横島の抱えていたそれとは、ベクトルの違いはあれど。彼らが横島に向けるどす黒い憎しみに似た感情は、決して他人事とは思えない。
無力感に苛まれている今の横島なら、尚更に。
「世界一のGSの下で働いてんだろ? 給料もいいんだろうな?」
「いあ、全然……」
「美人の所長さんによお……毎日可愛がってもらってんだろうが!」
「ある意味な(遠い、遠い目で)」
「最高級の装備で派手にかまして、金さえあれば俺だってな…!!」
「道具は拘ってたなー…」
「どんなコネ使って入ったんだよ。いいよなあ苦労知らずのガキは」
「………」
何も知らない連中に、わざわざ説明する必要は無い。無いが、好きに喋らせておく必要も無い訳で。
「………るせえよ、底辺共! てめえらがどんだけ不幸でピエロのカッコなんざしてるのか知らんが、悔しかったらそのガキに勝ってみやがれ!! さっきから手応え無さすぎだっつの!! お前らアレか! 暖簾か!」
カチンと来た横島の捲くし立てた口上によって、ピエロ達は更に温度を下げ、十人ほどのピエロ全員が…懐から銀色の筒を取り出すに至った。
皆一様に目の据わった顔をしていて、それはピエロの化粧越しでもはっきりと分かるくらいに、浮き現れている。
「じゃあお望みどおり、殺してやるよ」
「いえそこまで言ってませんけども!?」
雰囲気の激変に、横島は慌てて状況の改善を試みるが、成功しよう筈もなく。
彼らが首筋に押し当てた銀筒…魔装薬の効果が、噴出する魔力の圧力となって横島の全身を叩いて―――――――
「なんちゅーこっちゃ…雪之丞モドキがこんなに……」
今に至る、という訳である。
「磨り潰して東京湾に撒いてやるよ」
ピエロから死神へ、冗談のように変化した集団の先頭にいた男が言うのを、横島は呆然と聞いていた。
雪之丞モドキ、とは言ったが…彼らの魔装は泥を被ったような未熟な姿だ。GS試験三回戦で横島が戦った、陰念の魔装術に良く似ている。
完成された魔装の凄まじさたるや、純粋な魔族にも匹敵する。雪之丞はもちろん、あのオカマな巨漢…鎌田勘九朗の魔装術も記憶に焼きついている。色んな意味で。
(あれ………)
そう考えると、急に目の前の集団が安っぽく見えてきた。誰一人、試験時の雪之丞のレベルにも達していない。
対して、自分は? あの頃から少しは成長しているのか?
「おらどうした、ガキ。悪魔相手じゃ声も出ねえか? あ?」
以前にも、こんな感覚を覚えたことがある。
あれは、そう…妙神山だ。雪之丞と共に登り、彼が契約した超ウルトラ何ちゃらコースの試しで対戦した、禍刀羅守と対峙した時。鎌の一撃を受け止めた際に感じたもの。
「聞いてんのかクソガキ!!」
あれから、余りに多くの修羅場を越えてきた。肉体的にも精神的にも、鍛えに鍛えられたはずだ。自覚は無いし、実感も無いけれど。
横島は殴りかかってくるピエロに対し、栄光の手を発動して構えた。今まで逃げに徹していた相手が見せた強気な態度に、ピエロは怒りのまま拳を叩き込んでくる。
がつんと響く手応えに、ピエロは魔装の内側で笑ってみせる。思考が凶暴になっていくのを抑えられずに。
「…やっぱ、お前らはザコだ」
「―――――何っ!?」
ほんの少し前に、啖呵を切ったばかりじゃないか。横島は栄光の手で受け止めた相手の拳を見つつ、その軽さに『自覚』し『実感』した。
「もう一度言っちゃる。俺もザコだが、お前らはもっとザコだ! その他大勢だ! モブキャラだ! 通行人AからLくらいだ!!」
霊波の篭手が、黒い魔装を握り潰した。霊波部分だけを引き裂き、たたらを踏んだ相手を蹴り剥がす。切り裂かれ、うっすらと血の滲んだ手の甲を愕然と見やるピエロの顔面を、更に栄光の手でぶん殴る。
魔装の群れに吹き飛んだピエロは、仰向けに倒れるとぴくりとも動かなくなった。魔装も解け、気絶し鼻血を流す惨めな姿を晒す。
「三度目の正直じゃねーが、もう一回言うぞ。お前らは俺程度が相手すんのが丁度いいんだよ。さっさとかかってこい!!」
「ッッ言わせておけばあああああああっ!!」
殺気が怒号と共に膨れ上がり、魔装ピエロの群れは横島に殺到しようとするも、通路は狭い。横に三人も並べば肩がぶつかるこの状況で、一丸となって迫ってくるピエロ達は、横島の十八番を放つにうってつけだった。
「サイキック猫騙しっ!!」
フラッシュグレネードのような閃光が、ピエロ達の目を焼いた。
霊波を弾けさせ、目くらましにするこの技は横島の常套手段だ。
無論、反撃の一手としても優秀である。
「栄光の手・ガトリングモード百連発ううううううううううううっ!!」
通路一杯に広がる、まさしくそれは弾幕。
残りの霊力全てをつぎ込んで放たれた霊波拳の雨が、魔装しただけで何も出来ないピエロ達を、何もさせないまましこたま殴り飛ばした。
悲鳴が地下通路に響き渡る。
「どこ………が……!」
運良く弾幕の隙間に紛れ込み難を逃れた一人のピエロは、回復してきた視界に広がる光景を見て呟いた。
死屍累々の中に一人だけ立ち尽くす、自分の子供程度の年の青年。
ピエロにはもう、戦意の欠片も残っていない。ペ〇サス流星拳でも炸裂したかの如き有り様に、生き残れた幸運ばかりが身を震わせる。
「てめえの……どこがザコなんだよ…っ!?」
「世界は広いっつーこった! 勉強になったなザコ仲間っ!!」
最後の一撃は、霊波を板状に固めたこれまた横島の十八番、サイキックソーサーによる顔面への痛打だった。栄光の手を維持する霊力が残っていなかったせいでもある。
「…………っくはああああああ……文珠無しでもやれるもんじゃねえか…」
全員を力ずくで黙らせ、しばらくは緊張を解けなかった横島だが、糸が切れたようにその場に座り込むと、大きく息を吐き、一気に噴き出した汗と疲労で動けなくなった。
この『力ずく』というのが大きい。横島は基本的に相手の隙を突き、労力は最小限に、効果だけは最大限に得られるような立ち回りが多い。
美神流は相手を捻じ伏せられるだけの武器を持ち、圧倒的な暴力で蹂躙するのを基本としている。理想を金に物を言わせて体現している形だが、最も安全な策でもある。
横島も倣いたいところだが、無理があるために前述のような除霊法を行うしかない。工夫を凝らし、知恵と勇気は無くても根性と爆発力でやってきた。
「文珠、か。帰ったら美神さんにちゃんと話さんとなあ…うう…憂鬱や」
ひた隠しにしてきた、ある事実。話すタイミングがシロタマ失踪で有耶無耶になったせいもあるけれど、ずっと重荷になっていた。
しかし、今の戦闘で少しだけ自信はついた。文珠以外の霊力でもここまでやれる事実を知れば、そう邪険にはされないだろう。
横島は掌を上に向けると、立て続けに『三つ』の文珠を生成し、ひょいひょいと床に零して見せた。
「あーあ………シロとタマモの奴、追いついたのかねえ…俺はもう、ギブアップって事で…しばらく………休む…わ…」
転がる文珠の行く先に目もくれず、横島は瞼を閉じて深い眠りへと陥るのだった。
デジャブーマウンテン開園における目玉イベントの一つに、ランド側、マウンテン側を一度に見渡すことの出来るセントラル・ロナルドタワーの完成がある。
これはデジャブー全域の中央に聳える展望タワーで、ランドの白亜城、マウンテンの火山の両シンボルを拝む事が出来る唯一のスポットだ。夜の花火を観覧するのにも最適な場所で、オープン以来花火の時間帯になると客が殺到し、いいポジションの奪い合いになる。
一階は両園のお土産を取り扱うショップが入っており、人気を博している。
伝馬は車椅子で人混みのど真ん中を堂々と進んでいた。
彼を見て、周りが勝手に道を開けてくれるので都合がいい。係員の教育もなっていて、彼がエレベーターの前に来ると展望デッキのある最上階行きのボタンを押してくれた。
いつもの好々爺然とした笑みを周りに振りまきつつ、伝馬は計画遂行の最終地点へと車輪を進める。
(これで一安心、ですか。やれやれ………後はあたし以外の配置が済めば万事、事も無し。と)
エレベーターの中で、伝馬は自分が警戒しすぎていたのに苦笑していた。 状況は確かに当初の目論見とはペースが変わってきているが、自分さえしっかりしていればどうとでも対処出来る。仕込みさえ終われば、一人でも問題無いのだ。
家族を装ってついてこさせた二人も、今は別の仕込みに回している。オカGへの牽制と、最終調整のためだ。
くつくつと湧き上がる笑いの衝動を抑えるのが辛い。どうしてどうして、事態は特筆するほど狂ってはいない。
オカG介入の迅速さは褒めてもいいが、後手に回っていては止められない。組織の限界というのがそこには存在するのだ。いちいち命令を待って、指示を仰いでから行動するのでは、手遅れ甚だしい。
(噂の美神美智恵も、大したことありませんね。上手に動く手足があるようですが、あたしの手足は何倍も長い。切り捨ても自由。あたし自身の不自由さを補って余りあります。もう止められはしない)
エレベーターは上昇を続ける。
最上階に至った瞬間、伝馬の策は成る。
この夢の国が…魔族台頭の橋頭保と化すのだ!
(くくく………そして、あたしは本当に自由な体を手に入れる。人間なんぞは捨てて、老いや苦痛に悩まされる事もない、強靭な身体を!!)
押し隠していた本音が零れる。
陳腐と吐き捨てるがいい。
浅薄と蔑むがいい。
伝馬業天が策は、ここに成就する!
(くは………ははははははははっかかかかかかかかか!!!)
そして、エレベーターは最上階に至り、開いた扉の向こうで――――
「タマ! ミケ! お座りでちゅ! クロ! ゴン! 火の環三連頑張ってやりなちゃい!! あ! こらトラ!! ハナを苛めちゃ駄目でちゅよ!!」
歓喜に震える伝馬が見たものは――――
「かか………か………か…あ……あ?」
展望デッキの人だかりの中心にいる、小学生くらいの女の子と――――
「あ、は、へえ?」
犬猫のような名前をつけられ、サーカス芸に興じる最強の式神・十二天将、残る六体の姿だった。
「なああああああああああああああああああああああああああああ!?」
あんぐりと口を開け、飛び出さんばかりに眼を剥いた伝馬の思考は、混乱を通り越し混沌の渦中へと突入し…凍結した。
「なああああああああああ……あ、あああ?」
そして、凍結した彼の両肩を。
「見 つ け た」「で ご ざ る」
背後から、少女のものと思しき指が、少女のものとは思えない握力でもって、ぎりぎりと締め付けたのだった。
続く
後書き
竜の庵です。
さて、シロタマの復讐が始まります。魔填楼編も残すは決着のみ、と前にも言ったようなそうでもないような。
短編熱がもう酷いので、さくさくどんどん終わらせましょう。どんどんどーん!
ではレス返しです。
カシム様
オーバーズの第一話を投稿させて頂いたのが…うわ2006年9月とか。そんなになるんですねえ…今後もどうぞよろしゅうです。更新ペース、羨ましがられるほど速くはないというか、不安定でして…何とかしたいものです。
WGCAにとっても、大きなお仕事ですので支部長も出張ってきてます。テンション上がりがちな彼を抑えるために、如月女史も。人工文珠、本物の再現率でいえば10%にも満たないかと思います。それでも、業界的には衝撃でしょうね。
テレサについては、登場までもう少しかかるでしょう。魔填楼には絡まない予定です。
伝馬が目に見える形でドびっくりしたのは、今回が最初かな。たたみかけるように驚いてもらいましょう。
February様
伝馬は何重にも保険をかけていて、黒い影もその一つです。まあ、大半の保険は既に機能していませんが。雪之丞とか冥子のせいで。くそう。
パピリオが何をして、どうしてあそこにいたのかは次回。自由すぎるなこの子は!
伝馬の深慮遠謀も、魔王殿にかかれば悪ガキの浅知恵ってなもんですよ。というより、情報源の存在が大きいのですが。情報網もアーサーのお陰で果てしなく広いですし。
魔王の威厳…極めて狭い世間にしか通用しない威厳です。実像を知らない人々には畏怖されるでしょうか。不老不死だし。
アーサーもカオスと再会してどんどん性格が。もっと知的で余裕たっぷりなキャラにする筈だったのですが、どこで方向がおかしく…?
三人!? えーと…まあいいか。うん。個人的には春乃さんが気に入ってます。彼女は作者の中で唐巣に次ぐ人格者の設定なんですけど…人外ですか? あれ?
現状、人工文珠は単体では切り札と言えるほど強くはありません。しかし、アタッシュケース数個分、という本来ありえない数がジュエルを切り札たらしめるかと。山盛りの文珠って凄い光景ですよ。
内海一弘様
染まっていく…アーサーがどんどん染まっていく…! こんな子じゃないはずなのにッ!
伏線回収が趣味ですから、どっかで判明するでしょう。まだいっぱい残ってるなあ。
内海と熊谷…うん、パトレイバーも面白いですよねえ。ゆうき先生は偉大だ。とかいって元ネタ違ってたらどうしよう。オリキャラは出張りすぎても駄目だし、控えめでも意味が無いので、キャラ付けがとても大事ですね。あの二人は色々間違ったかも知れませんが!
人工文珠のデビューはもうすぐです。ひとまずは業界内に知らしめるという意味で、派手にいくことでしょう。
以上レス返しでした。皆様有難うございました。
さて次回。
暴れましょう。シロタマを中心に。
短編が……書きたい…………ああああああ…
ではこの辺で。最後までお読み頂き本当に有難うございました!