何が起こっている?
ドアの向こうで慌しく配下の者が行き交う地下司令室。
伝馬業天は呆然とモニター群を見詰めていた。
自分の判断はイレギュラーを加味しても最善だったはず。侵入者には手駒でも最強クラスの魔犬を放ったし、オカGの迅速な行動にはこちらも計画を早めることで対応した。
元々、不安要素は少なくないリスクの高い仕掛けだ。
これくらいの状況は想定している。覆すだけの材料を予め用意し、実際、現状では上手く機能している。
だが、モニターから次々と消える光点と、続々と駆けつけてくる一線級の霊能者達の姿に、不安を覚えるなというほうが間違いだ。
「でたらめですね…」
園内に配置したゴーレムの大半は既に破壊されている。それも一人、いや一体? いや一匹…とにかくたった一人の着ぐるみ…ロナルドドッグにだ。
…伊達雪之丞。
伝馬の情報では、これほどの力を持っていたデータは無い。例え美神令子であろうとも、対霊波処理を施したゴーレムを一撃粉砕して回る力は無い筈なのに、彼の力は世界最高のGSを遥かに凌駕しているように見える。
「………それに」
雪之丞の動きが迅速すぎて、園内でパニックすら起こっていない。イベントの一つとして客達も喜んでいる始末だ。
これでは、己の望む混沌は訪れない。
『彼ら』の望む兵は得られない。
「状況の変化が早すぎる。あたしはともかく、周りが着いていけません…ちっ」
車椅子を巡らせ、伝馬は部屋の片隅に置いてある皮製のトランクの前で止まった。よっこいせと膝の上に持ち上げて、金具を開く。
「次の手勢を時間稼ぎにばら撒きましょうか。陣が完成するまで…GS共の活躍もあってもうすぐです。彼らもまさか、自分の首を絞めているとは思いますまい」
言葉に出す事で、状況を整理するのは彼の癖のようなものだ。孤独であった証拠とも言える。
見る者を不快にさせる笑みを浮かべて、伝馬はトランクの中から数本の竹筒を取り出した。筒の表面には達者な墨筆で、名前と思しきものが書かれている。
「では第二段階発動です。…騰蛇・天空・朱雀・勾陣・白虎・玄武。我が最悪の十二天将よ。我が最高傑作の式神達よ。飲み干し、引き裂き、撃ち抜き、喰らってこい」
竹筒の封をしていた札を剥がし、指の間に挟んだ筒を傾けると、中から現れたのは生物のように蠢くスライム状の液体だった。
色の異なるスライム達は瞬く間に換気扇や排気口から部屋を出て行き、誰もその姿に目を留める者はいなかった。
ただ伝馬だけが、きひきひと嗤っている。
「これでしばらくは大丈夫。さて、あたしも移動の準備をしますかね」
伝馬は部屋の壁に張られたデジャブーランドの見取り図、その中央に描かれた歪な丸印を見て、更に顔を歪める。着実に進む計画に、ほくそ笑む。
しかし、彼の命で散った式神・十二天将が遭遇するのが…
「とーちゃくー!」
「なー!」
真実、現代最強の式神使いとその式神達である事など、伝馬は知る由もないのだった。
スランプ・オーバーズ! 40
「破竹」
「マリア、様子はどうだい?」
「………順調に・数は・減らしている・ようなのですが」
マリアはそのセンサー強度が買われて、西条輝彦と行動を共にしていた。現場の状況を読めるマリアと、判断を下せる西条は一緒にいたほうが、司令塔として動き易いからだ。
見鬼君で行う事を考えれば、マリアの存在は大きい。
今、二人は買い物客でごった返す、マウンテン側ショッピングモールの一角にいた。
「今さっき、令子ちゃん達が現場入りしたっていう連絡が入った。マリアには悪いが、合流は少し後回しになるけれど…」
「ノー・プロブレム。お気になさらずに。マリアの・今の任務・魔填楼を見つける事・です」
「………ああそうだな。それで、さっき何か言いたそうだったね?」
「上手く・言えないのですが…そう・『孵った』ような・気配が」
「かえった? どの意味だい?」
「孵化した・という意味合い・です。しかし・これが妥当かと・言われれば・疑問が残ります」
曖昧な物言いは珍しい。西条はマリアが唇に指を当てて考え込む様子に、眉を上げる。まるで人間と変わらない。
「…ま、今更か」
「? 何か・言いましたか?」
「いや。…伝馬業天の事だ、二重三重に罠が仕掛けられていて当然だ。マリア、引き続き様子を探ってくれ」
「イエス。では・目の前の・障害を排除後・再度・索敵を行います」
「え」
俯いていたマリアの目線が、いつの間にかモールの天井付近にまで上がっている。西条は彼女の視線を追い、言葉の意味を知った。
「…ガーゴイル。なるほど、違和感が少ない。この辺りのごてごてした装飾になら、あんなのが混じっていても普通のお客さんは気付かないな」
「それに・高度な・霊波迷彩処理が・確認できます。失礼ですが・準備してあった・霊波探知装備の・レベルでは・発見は困難・だったかと」
「結果オーライ、さ。しかし姿を見せるとは…気味が悪い。さっさと終わらせよう」
ステンドグラスの嵌めこまれたアーチ状の天井付近、翼の生えた悪魔を模した石像は、装飾過多な気もする各ショップの看板に紛れるようにして、確かにこちらを見下ろしていた。
西条は愛剣ジャスティスを抜こうとしたが、ここで立ち回りを行うのはいささか目立ちすぎる。霊体ボウガン等の装備も同じく。
雪之丞のように、ロナルドの被り物でもしていれば話は別だが。
デジャブー側の、というか支配人の『ロナルドドッグはこの世に一人しかいません!!』という強固な抵抗により、雪之丞の着ぐるみしか用意されなかった。
「ミスター・西条。ここは私に・お任せ下さい。お客様への・対応を・お願いします」
「…そうだな。うら若き女性が派手に戦うほうが偽装しやすい。サプライズイベントに見せかけようか」
「イエス。それに・守衛室で・貴方が言った言葉は・間違いではありません」
「ん…何か言ったっけ」
マリアは西条の疑問に、簡潔に応えた。彼が顔を引き攣らせて一歩下がるほど、分かり易い態度で。
「新しい装備・新しい機能…マリアは・試したいと・思っています」
めきり、とマリアは右の拳を強く握り締めたのだ。たったそれだけで、西条には彼女が授かった力の凄まじさを感じ取れた。
(おいおい…ドクター・カオスは彼女に何を求めてるんだ? 『人間』にしたいわけではないのか…)
明らかに人間とはかけ離れた存在になりつつあるマリアを、西条は不思議に思う。
マリア自身の意志も魂も、既に人間と呼ぶに差し障りの無い輝きを見せている。過剰な力は、健全なる精神の成長に支障をきたすのではなかろうか。
表情の変化に乏しいマリアが、今何を考えているのか…読み取る事は、まだ難しい。
「ミスター・西条? …あまり・考え込むと・白髪が・2%増えますよ」
「具体的だなオイ」
気遣われたのかな、と苦笑する。自慢の長髪が気苦労のせいで真っ白になるとは考えたくないけれど、環境的に有り得なくないのが、痛い。
「………損な役回りだ。良し、マリア。建物、観客に被害を出さず…それでいて出来るだけ派手にアレを叩きのめしてくれ。出来るか?」
「イエス。大胆かつ・繊細に・ですね」
「いい返事だ。じゃあ任せた」
「では・失礼して」
マリアは優雅に一礼すると、轟音と共にモールの空へとジェットを吹かし、注目を集めた。何事かと観衆が見上げる先には、ガーゴイルの姿もある。
「これより・街に巣食う・悪魔を・退治致します。少し離れて・ご観賞下さい」
少々芝居がかった声でマリアは言った。おー、という周りの声と拍手に、目論見通りイベントと勘違いしてくれたと西条は軽く頷く。
悪魔っぽい動く石像対空を翔ける美少女。
西条では難しい華が、そこにはあった。中間管理職では出せない華が。
「………」
翼を広げ、屋根の上で威嚇してくるガーゴイルに向けて、マリアは飛んでいった。西条は群集から少し離れて、伝馬の思惑を推理する。
ここにきて隠蔽してあった各地のゴーレムを起動させた理由。
陰陽の帳に良く似た配置ではあったが、要石の守護に当てているにしては…肝心の要石が無い。
ゴーレムを見つけ出したマリアのセンサーなら、隠してあっても見つけ出せそうなものだし、陽動と考えても動きが短絡的すぎる。伝馬の策にしては、慌てすぎだ。
急ぐ理由でもあるのか。確かに西条達は伝馬の予想以上の素早さで、彼を追い詰めているだろう。
(…これじゃまるで、我々が計画を回しているようだ)
何らかの計画があり、準備を進めている最中に捜査陣が踏み込んだ。だから伝馬はその計画を前倒しするために、ゴーレム達を起動させた…
一見筋が通っているように見えるが、こちらが伝馬の目的を分かっていないのを、伝馬自身も知っているはずだ。
いいだけばら撒かれたデコイに引っかかり、日本中の帳の除去を行わざるを得なかったオカGの動きは、筒抜けは言い過ぎでも悟られて当然だったろう。
(どうにも、埒が開かないな…先生が来ればもう少し推理を詰められそうだが)
今は現場指揮に徹して、全体像を掴むのは後にしよう。
西条は考えるのを一旦止めて、戦闘の始まったマリアとガーゴイルに注意を移す。
「………何だあれ………」
そして、マリアの振るうトンデモ武器に絶句するのであった。
石像の癖に、ガーゴイルは素早い。伊達に翼が生えているわけではなかった。
マリアはモールの天井付近を飛び回るガーゴイルにロケットパンチの照準を合わせるも、不規則な動きを続けるために攻めあぐねていた。
こちらもジェットで飛んでいる分、狙いはつけ難い。
「………空中戦では・分が悪いです…」
銃火器は使えない。天井のガラスを割る恐れもあるし、パフォーマンスに見せるには些か生々しい。
内蔵火器が使えない以上、派手に見せるには大きなアクションを含んだ格闘武器で戦うしかない。
都合の良い事に、今のマリアならその条件をクリア出来る。
「…イフリート・システムを・起動します」
近場の屋根に着地したマリアは、右手の人差し指を鉤状に曲げて横手へ伸ばし、錠前を開けるようにカチリと回した。
「Open sesame」
コマンド認証と座標の特定。膨大な量のデータが瞬時に計算され、マリアの右手側に空間の歪みが発生する。
カオスが異界で自在に開いてみせたゲートの、縮小版のようだった。
ガーゴイルはマリアの追撃が止んだのを見て翼を翻し、一直線にマリアへと襲い掛かっていった。地上の観衆からきゃーっと叫び声が聞こえる。ショーの出演者に送るのと同じ質の、楽しげな悲鳴だ。
「告げる。『火薬庫よ開け』」
空間の歪みが矯正され、現れたのは古めかしい木扉だ。マリアは空間を捻じ曲げて出現した扉を押し開くと、ロケットアームを内部へ撃ち込んだ。攻撃のためではなく、中にある物を得るために。
ガーゴイルも突然現れた謎の扉に、体勢を変えて上空に留まった。扉から放たれる不気味な波動に、命無き石像のはずの己が体が、警告を発している。
あの中を見るな、と。
「…偉大なる・先人は・言いました」
「――?!」
マリアがガーゴイルに目を向けて、やけにはっきりとした声で言った。左腕を大きく広げ、辺りにも聞こえるよう、朗々と。
「目には目を・歯には歯を」
ロケットアームが巻き取られていく。ガーゴイルは異様な気配を察して、それを阻止すべく再度飛びかかる。一秒とかからず、鋭い石の爪は彼女の首筋を掻き切るだろう。
しかし、一秒とかからなかったのは彼女も同じだ。
ガーゴイルがマリアの至近距離に迫った瞬間、彼女の右腕が戻る。同時に扉も虚空に消え去り、残ったのは右手に握られた異様な武器…というか『ソレ』だけだった。
「ギッ!?」
マリアは『ソレ』を特に振り被りもせず、腕力だけでガーゴイルの側面に叩き付けた。
何とも痛そうな、鈍く激しい打撃音と共に…石の悪魔は向かいのショップの屋上へと吹き飛ばされていた。
どよめきが観衆から生まれる。
マリアは『ソレ』をもう一振りすると、満足げに言った。
「つまり・石像には石像を・です。相性は・良かったですね?」
観衆の誰もが、『俺に聞くな』という顔をしている。
凄まじい存在感を醸し出す『ソレ』に目が行って仕方ない。
「因みに・こちらは・かの芸術家・ミスター・ミケランジェロ作・ダヴィデ像・です。傑作ですね」
観客の誰もが、『ダヴィデって鈍器?』という顔をしている。
吹き飛んだガーゴイルの事は、ダヴィデ登場のショックで興味の外に弾き出たようだ。マリアは思惑通りに事が運んで一人、満足げに微笑んだ。
西条の要請に従い、出来るだけ派手でインパクトのある戦いを行って、オカルトテロの可能性を、人々の脳裏から消す。
白亜のダヴィデ像の足首を持ってぶんぶかと眼下の観衆に振ってみせるマリアの姿は、ある意味何よりもインパクトに勝っているだろう。
ガーゴイルが微動だにせず伸びているのをセンサーで確認し、マリアは西条の前へとダヴィデごと降り立った。周囲の観客が再度どよめく。
「ミスター・西条。これで宜しかった・でしょうか?」
「…あー…それ、本当にレプリカだよね? 扉から出したように見えたが…」
「イエス。ダヴィデ像の・本物は・全高434㎝・重量19tもあります。流石に・片腕では・振り回せません。こちらの・ダヴィデは・3tしかありません。お手軽・サイズです」
「………君は3tの石の塊を片手で持ってるのかい……」
それにしても、と西条は先ほどの『扉』を思い出した。あれがマリアの言う新機能だったのだろうか。
もしもその仕様が西条の推理する通りなら…西条は背筋が寒くなるのを感じた。これは、確かめない訳にはいかない。
「マリア。さっきの扉だが…」
「イフリート・システムです。ご安心・下さい。あれは・自在に空間を・捻じ曲げる・類のもの・ではありません」
「っと…読まれてたか。でもいいのかい? 喋ってしまって」
「特に機密設定・されている・ものではない・ので…うっかり設定・し忘れている・可能性も・否定出来ませんが」
「ドクター・カオスだもんなあ……」
間違いなく天才なのに、視野が大きすぎるのか足元が疎かになりがちなカオスなら、おかしくない。
マリアはダヴィデを脇にごすりと置く(まだ持っていた)と、身体各部のチェックを行った。イフリート・システムを初起動させたことで、どんな不具合が起こっているか分からない。
「イフリート…どんなシステムなんだい?」
「…ドクター・カオスの城が・異界にあるのは・ご存知でしょうか。イフリート・システムとは・城の武器庫に・ゲートを繋げる・プログラムの一種・です」
「何故ダヴィデ像が武器庫にあるんだ!?」
西条の神速のツッコミに、マリアは小首を傾げて答えた。
「………掃除が・行き届いて・いなかったのでは」
「………混沌の城に偽り無し、か……疲れる」
肩を落としてため息を吐く西条の白髪が増えてないか、マリアはスキャニングしつつ。
彼女は心の中で西条に謝っていた。
イフリート・システムは、単なるゲート転送プログラムではない。それなら、マリアのボディが片手で3tの石像を振り回せるほど強化される説明がつかない。
『火薬庫よ開け』………その一言は、もっと凄まじい事実を孕んでいる。マリアは開いたゲートの先で稼動する、巨大なエネルギー炉の存在を見ていた。
あれは、『地獄炉』に間違いない。
カオスがWGCAに供与した魔導炉の原型、発するエネルギーも危険性も桁違いの、禁じられた技術。
イフリート・システムとは…地獄炉のエネルギーをマリアに供給するシステムに他ならない。
そんなことを西条に言おうものなら、カオス逮捕は間違いない。魔導炉でさえオカルト犯罪法に底触ギリギリの設備なのだから。
(申し訳・ありません。ミスター・西条)
だから謝るしかない。只でさえ苦労している彼に嘘を吐くのは、心が痛んだ。
と、観衆達からまたざわめきが生まれた。何事かとマリアが彼らの指差す方向を見上げると、ガーゴイルがふらふらと起き上がり、こちらをねめつけていた。片方の翼が折れ、細かな皹が全身を覆っている。
「…マリア」
「イエス。………ファイナル・ダヴィデ・アタックで決めます」
「………好きにしたらいいよ」
ハリボテであるかのようにダヴィデ像を肩に担ぎ上げ、マリアはガーゴイル目掛け飛び出した。勢いは強く、ろくに動けない石像を飛び越えてステンドグラスの真下まで一気に高度を上げ、叫ぶ。
彼女の脳裏に、親指を立てるタオレンジャーの面々が浮かんでいたような、そうでもないような。
ともかく、マリアはヒーローよろしく叫んだ。
「ファイナル・ダヴィデ・ブレイカー!!」
「「「アタックじゃねえのかよ!?」」」
西条と観衆のツッコミが期せずして揃ったところで、一直線に振り下ろされたダヴィデの頭がガーゴイルを木っ端微塵に砕いた。
「ま゛………!!」
まだ水溜りの残る地面に、ゴーレムの巨体がゆっくりと倒れこんだ。
全身をなます斬りにされ、弱点も何もあったものではない状態だ。胸のカエルもずたずたになっている。
「成・敗!! でござる!」
「………つえー………」
横島の霊波刀はたった一度を除いてまるで効かなかったのに。
シロの放つ霊波の刃は、ゴーレムの装甲を貫き、切り裂き、見事なまでに横島の面目を潰し放題潰してくれた。
横島は後半見ているだけだった。シロの瞬発力についていけず、援護をしようにも有効打が無い。疲労の抜けていないタマモと並んで、日の丸国旗を振り振り応援に徹した。
「先生!! 見てくれたでござるか!? これが拙者の新しい力でござるよ!!」
「おー。それ、魔装術だったんだなー…つか反則だな。人狼が魔装術って…」
「ほんとよね」
シロ結婚疑惑の一幕をゴーレムのミサイルが吹っ飛ばして、幸いな事に正気に戻った二人が共闘した結果が、見てのとおりである。シロの実力を思い知らされた。
横島は微妙に情けない顔つきで、自分の霊波刀を伸ばし…無言のまま消した。
「大丈夫なのか? 魔装術って危ないだろ」
「平気でござる。なにやら黒いものが心中に湧き上がってきたでござるが…返り討ちにしてやったでござるよ。完全に制御下に置いたでござる」
「ま、伝馬のジジイも実験半分だったみたいだし、儲けたじゃない。普通は習得するの難しいんでしょ?」
「俺も詳しくは知らんがー…確か、魔族と契約して何たらとか…雪之丞に聞けば早いな」
「伝馬業天…!! 拙者、あ奴だけは許せないでござるよ。卑怯な手で拙者を手篭めにしただけでは飽き足らず、周りの人々にまで迷惑を…」
「手篭めって」
「意味分かって使ってる?」
今さっきまで派手に降っていた雨のせいで、大分匂いが拡散している。とはいえ、人狼と妖狐の追尾能力は通り雨程度では抑えられない。
三人はゴーレムの残骸を残して、伝馬の追跡に入った。ここでも横島は後ろから着いていくだけである。
今まではそんな自分に不甲斐無さを覚えることはなかったのに、何故か今は無力感が体を支配する。
笑ったり泣いたり精一杯のリアクションで存在感を出して、要所要所ではアホをやったり度肝を抜く活躍を見せたり…横島とは良くも悪くも振り幅の大きい人間だった。
「ここでござるな。伝馬業天、お縄にするでござるよ!」
「シロさ、いつまで魔装術してんの? 脱げばいいじゃん。疲れるでしょ」
「む…だって、ほら、白無垢…」
「いや似ても似つかないから。全然違うから」
根本から間違っているシロの頬は、さきほどの結婚発言もあって紅い。無意味に。
手近のアトラクションの裏口から地下へ降り、伝馬の匂いを辿ってどんどん司令室へ近づく三人。
道中で伝馬の配下らしいピエロと何人か遭遇したが、瞬時に蹴散らした。中には魔装薬を服用して挑んできたものもいたが、シロ達の敵ではない。
進軍は順調だ。
「人払いの札もあるのでござるよ。一般人は近づけない」
「道理でピエロにしか会わないわけだ…ちょっと、病的よね…あのジジイ」
「年寄りは偏屈なもんだろ。カオスもそうだし」
「そういえば里の長老も――――?! っああああああああああああああああああああああああああ!?」
先頭に立って進んでいたシロが、長老の名に何かを思い出して絶叫を迸らせた。今更誰かに見つかったところでどうでもいいが、狭い通路に響き渡る大声に、タマモと横島は気絶するかと思った。
「な、何だ一体!? どうした!?」
「ああああああああああああ……拙者、拙者………忘れてた…里が…里の皆が…人質に…」
「…!」
具体的に、シロが裏切ったらどうなるという話はしていない。そんな話は聞きたくなかったし、当時のシロの精神状態を考えればそもそも裏切るなんて有り得ないと、伝馬も考えただろう。
シロの話を聞いて、タマモは言った。
「あいつが何かする前に捕まえて、解放させればいいじゃない。こっからあんたの故郷までどれくらいあるのか知らないけど、ボタン一つで壊滅、とかにはならないでしょ? シロがまだ手駒だと思ってる内にカタを着けるの。いい?」
「う…うん……」
シロに掛けられていた催眠は、本来解除には時間のかかる面倒なものだ。タマモだからこそ短時間で、強引だったとはいえ解除出来た。
「私達の最大の武器は、この速さよ。シロ、急いでジジイを見つけるわよ!」
「お、おう! 先生! 済まぬが最大速度で行きますゆえ、後詰めをお願いするでござる!!」
「お? わ、分かった…気い付けて行け。タマモもな」
「行くわよ!!」
「合点!!」
言うが早く、シロとタマモの犬神コンビは一陣の風の如く横島の視界から消え去っていった。取り残された横島が、自嘲気味に足を止めたのにも気付かず。
「……俺、このままでええんかねー…」
散々探し回って、見つけて、でも足手まといにしかならず…学校休んでバイト休んで、四方八方に迷惑をかけた挙句にこの始末とは…笑える。
シロ捜索に費やした時間がまるっきり無駄になったような気がして、横島はまた、霊波刀を伸ばしてそれを見詰めた。何の役にも立たない、自分の霊力の『かたち』を。
「あ、いやがった!!」
「男一人だ!! 殺れる!!」
「………んだと?」
とにかく見敵必殺で目に付いたピエロは薙ぎ倒してきた横島達。
そのほとんどはシロによる戦果だ。騒ぎを知ったピエロ達は徒党を組んで追っていたものの、迷いの無い進撃速度にようやく今、追いつけた。
『魔犬』シロの凄まじさを知っている彼らにとって、横島の存在はオマケ以外の何物でもない。魔装薬を打ち、魔族の力を手に入れた道化の集団が、横島を軽く見ても不思議は無かった。
「こいつは半殺しにして人質だ。あの魔犬を抑える」
「魔犬だ…? シロの事かそりゃ」
「ああ? 雑魚はうるせえから黙っ…ぶひゃ?!」
ピエロ達のリーダー格らしい、先頭に立っていた奴の顔面を、伸ばした栄光の手の拳が殴り抜いていた。
「モノホンの雑魚に雑魚呼ばわりされると、流石の俺もキレるぞ。てめえらなんぞ俺で十分だっつの」
まだ若干、卑下した部分もあるが…横島は気を取り直して気色ばむピエロの集団に栄光の手を構え直した。
最低限、自分の果すべきを果す。今で言えば、こいつらをシロ達に近づけない事だ。不意をついた一撃で先制攻撃は出来た。後はもう、得意の泥沼戦で釘付けにして、彼女らの決着に茶々を入れさせないように動けばいい。
「かかってこいよ…ボッコボコにしてやる」
自分でも、相当虫の居所が悪いんだなと思う。無駄に目出度い色彩のピエロが鬱陶しいのもあるが。
横島は栄光の手で中指を立て、通路の中央に陣取った。
(シロ、タマモ…きっちりケジメつけてこいよ)
殺到するピエロの群れ目掛け、横島は栄光の手ガトリングモードを叩きつけるのだった。
「………終わりー。みんな~、お疲れ様~」
横島の死闘が始まろうとしたころ、地上では死闘どころか戦闘とも言い難い一つの状況が決着を迎えていた。
彼女の周りで両断されたり石化されたり黒こげにされたり、とにかく酷く蹂躙された憐れな屍を晒しているのは…
「もー…令子ちゃんと合流出来なかったわ~…何だったのかしら~?」
「なー?」
起死回生に伝馬の放った十二天将の半数…六体の骸だった。
「まだ駐車場よ~? 西条さん、どこかしら~」
六道冥子がシンダラに乗って現場に到着し、律儀に駐車場の隅に着陸した瞬間を狙うようにして。
駐車場の隅の排水溝から、冥子の苦手なねばねばどろっとした液体が襲い掛かってきた。
咄嗟にメキラの瞬間移動でその場を離れ、頭にハテナマークを浮かべていると、襲ってきたスライムが分裂、更にはそれぞれが別の形状に固まり始め…六体の怪物となったのだ。
しかし。
冥子は周囲に客の姿が少ないのを見て取ると、瞬時に擬似暴走を発動し、一瞬で全てを終わらせた。
六体の怪物は、十二体の式神による波状攻撃を受けて、呆気なく滅びた。個々の名前は勿論、能力も分からず仕舞いのままだ。ただ、殺気だけが漲る怪物を冥子は敵性と判断し殲滅した。
大胆な判断力も、美神を見習った結果である。
「…これが~、魔填楼の兵隊さんだったのかしら。こころちゃんどう思う~?」
「………なー」
一瞬の出来事すぎて、僅かに駐車場にいた来園者達も目を留めない。冥子は頭上に載せた白猫こころの喉を撫でて、一人首を傾げるばかりである。
「あ、そうだ~!」
ぽむ、と冥子は手を叩くと、妙神山修行の後から持ち歩くようになった、最低限の除霊道具の入ったハンドバッグを開け、とある物を取り出して無邪気に笑った。
「マニーキャットの耳~! 通販で買っておいたの~。似合う~?」
「なー!」
こころを一旦降ろして猫耳を装着し、子供のようにはしゃぐ彼女を見て、誰が世界屈指の霊能者だと思うだろう。
伝馬業天の計画は、スランプを脱した者達の力によって…既に破綻の色が見え始めていた。
そして、そんなデジャブーランドの祭りじみた騒ぎの一部始終を、銀色の鷹が高空から見下ろしていた。
続く
後書き
竜の庵です。イフリート・システムの地獄炉は、カオス製ではありません。アーサー君の作ったものです。カオスの知識の中には当然、建造技術はあったでしょうし。
ともあれ、フルボッコ祭が続いています。勢いを維持しつつ、どんどこ行きましょう。
ではレス返しです。
水島桂介様
横島ならあり得る勘違い、というかこれを言わせたくてシロの魔装術を決めました。やっと回収出来た…長かった…
師弟コンビより、今回は犬神コンビがメインなのです。横島には裏方で頑張ってもらって、伝馬との決着はシロタマで行うのが筋でしょう。何たってシロタマ編ですから。一応。
February様
シロも長いこと囚われてましたねー…いやはや、辛かった。修羅場は本当にキツい。反撃は筆が進みますよ。美神の出番は次回、でしょうか…バランスブレイカー予備軍なので、慎重に。
まあ、シロは反動もあったのでは。色々と解放されて、感情の波がぶわーっと押し寄せてきたのでしょう。多少のハメ外しは容赦してやって下さい。
横島=人外なんて、言うまでも無い…ッ! と思いましたが。四方八方から撃たれたりしない限り、回避は可能だと思います。
横島とシロの関係は…どう捉えるのが正解か分かりません。横島からすれば、やはり保護者目線が先に来るのではと思い、定型文に合わせてみました。シロ涙目。
カシム様
レスなんて、したい作品にしたい時にすれば良いと思いますよ?
横島は空気変えてしまいますよね。地の文まで砕けてしまうのは、彼の雰囲気に引っ張られてしまうからです。横島登場からこっち、ギャグも増えたし…難しいキャラです。
横島&パピリオの珍道中(…死語?)も、機会があれば書きたかったのですが、無理そうですね。残るは伝馬業天との決着のみ。オワラセルとか、ヤマコトバニナルみたいで恐ろしいな!
内海一弘様
予 想 通 り !! とか。横島にあの一言を叫ばせたくて、シロに修羅場を強いたようなものですから、報われました。ナイスリアクション。
えーと、主要メンバー…一通りは、網羅したでしょうか? 全員合流までがオーバーズの折り返し地点と考えていたので、いいところです。はふー。
伝馬の策は修正に修正を重ねて、原型を留めていなかったりします。当初の予定と全然違う…雪之丞と冥子のせいで。悪いのも伝馬ですから、仕方ないのですが。最終局面でどうなるか、どうぞ見届けて下さいませ。
たたかう先輩…いやもう、内海様とは美味い酒が飲めそうですな! どんな歌だっけ、と思ったらあれはインストか。偉大だなあやっぱり…
casa様
有難うございます! 褒められ慣れてないので背中がむず痒い…!
GS美神の世界観がころころとギャグとシリアスを上手く転がしてますから、何とかその境地を真似したくて…楽しんで頂けたなら幸いです。
二次創作は楽しいですよ。是非casa様もお試しあれ。
lonely hunter様
スランプ~からとは…凄い量をお疲れ様です。初期の作品も最新作も実力に変化ありませんから違和感無いでしょう! 泣いていいですか!
ギャグもシリアスも両方あってのGS美神ですから。独自の世界観を持てるほど、筆力はありません。
シロタマが本格的に主役っぽく活躍するのはこれからです。横島のフォローもありますから、終盤はどんどん動きますよ。
何とか面白い作品を今後も書きたいと思います。どうぞよろしゅうー。
以上レス返しでした。皆様有難うございました。
さて次回。
犬神コンビが狩りを始めます。標的はジジイ。
伏線がまだ残りに残ってるので、回収回収。もう趣味の領域。
ではまた。最後までお読み頂き、本当に有難うございました!