インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始▼レス末

「スランプ・オーバーズ!39 (GS+オリジナル)」

竜の庵 (2008-05-18 18:58)
BACK< >NEXT


 「いい? 今から、あんたを蝕んでる霊波をいぶり出す」


 肩を震わせて泣きじゃくるシロから離れ、若干気恥ずかしげに咳払いを行ったタマモは、居住まいを正すと真剣な表情に戻って言った。火照った頬の熱は雨で冷ます。無理矢理にでも。


 「あんたからは三種類の霊波を感じる。一つはシロの霊力…もう一つはその魔装術の種…魔力ね。最後に、気持ち悪いくらい純度の高い波動…これがおそらく、あんたを操る仕掛けの正体」


 タマモはぐしぐしとえずくシロから感じる複数の霊波を、持ち前の超感覚でもって嗅ぎ分けて分析する。


 「…月から感じる魔力に似てるわね。月光を煮詰めたような…こいつに催眠暗示を仕込んでシロに注入したのね…! ふざけやがって…あのクソジジイ」


 犬神にとって月の魔力は最も重要で大切なエネルギー源である。
 特に人狼族への恩恵は計り知れない。月の満ち欠けが生命活動に直結し、呼吸と同様に無意識の内に魔力を体内へ取り込むシステムが先天的に備わっていた。
 タマモは怒りが抑えられない。
 伝馬の行いは、人間で言えば酸素に毒を仕込むようなものだ。いったい人狼を何だと思っているのか…非人道的にも程がある。


 「うう……う……」

 「シロ? 辛いかも知れないけど、あんたの体内から特定の霊波だけを………焼き払うわ。それには、あんた自身が伝馬の催眠に抵抗する必要がある。抗って抗って、目的の霊波を鮮明にさせるの。分かる?」

 「で、も……」

 「でももへったくれも無いっ!! このままじゃあんた、月の魔力に塗り潰されて…壊れるわよ?」

 「………あぅ…」


 シロの顔色は最悪だ。美神達なら、安全に確実にシロを治す手立てもあるだろうが、一刻の猶予も見当たらない現状で、そんな悠長な事はしていられない。
 伝馬の呪縛から解放し、一緒に帰るためには…今、この場での施術が必要だ。


 「…始めるわよ! シロ、熱いけど我慢しなさい。苦しいけど耐えなさい。誇り高き人狼の一族なら絶対出来る!!」

 「………じんろ、う…の……」


 タマモとの再会で、シロの心は分裂しかかっている。自分が殺したという自責の念こそ弱くなっても、大怪我をさせた負い目につけこんだ伝馬の呪いは変わらずに存在するし、どうやら本人を前にする事で効果を強める仕組みらしい。いやらしい話だ。
 そこに魔装薬の副作用まで押さえ込んでいた。いつ暴走してもおかしくない状態を、引き摺ってきた。


 「シロ…絶対に助けてあげる。だから、頑張んな」

 「たま、も………」


 相棒の精神力を信じ、タマモは明るく輝く狐火の炎玉をシロの胸に押し当てた。伝わってくるシロ以外の霊力を焼き払うべく、細心の注意を払いながら。
 炎は、染み入るようにシロの体内へと溶け込み、変化はすぐに現れた。


 「ぐあ、あああああああああああああああああ!?」


 体中を焼き尽くすような炎の熱さに、堪らずシロは絶叫を上げた。ずっと自分を苛んでいた月光の輝きが、炎に炙られて激しく明滅する。今までの出来事で傷ついた心が、傷だらけの心が悲鳴を上げる。
 霊体を焼かれる事は、肉体を傷つける以上に苦痛を伴う。傷口からの出血を防ぐために焼き塞ぐなんて治療法は、本来あってはならない事だ。


 「あ、があああああああああああああああああああっ!!!」

 「耐えなさい!! あんたなら出来る!」


 行為の乱暴さとは裏腹に、要求されるスキルは果てしなく高い。天賦の才覚に研磨を重ねた今のタマモでなければ到底成功し得ない方法。自然、タマモにも力が入る。
 伝馬の術は力任せに相手を従える、幻術、催眠術の中でも最下層に位置する術式だ。相手の精神を強力な暗示で上書きし、隷従させるもの。
 従って、術の輪郭そのものを見つけ出すのは容易い。困難なのは、心に食い込んだ部分を焼き払う行程だ。
 病巣を摘出する手術にも似ているだろうか。
 タマモは狐火の質を慎重に調整して、シロに巣食う霊波を焼いていく。降り注ぐ雨も、周囲の音も、ともすれば自身の呼吸すら忘れて。


 「ぐっ…あう…!」

 「シロ! しっかりしなさいっ!」


 シロの膝が力を失い、雨で濡れる地面に勢いよくうつ伏せに倒れた。咄嗟に手を貸しそうになり、タマモはしかしぐっと堪える。今集中力を切らしたら、それこそ元の木阿弥…それ以上の悲劇となる。
 タマモは呻き声を上げて耐えるシロを見下ろしながら、視界の端が暗く感じるほどに集中力を増して狐火施術を続けた。


 「…もう少しよ………がんばれ、シロ」

 「………ぅぅううううう…」


 手応えはある。
 シロから感じる月光の霊波が、徐々に減衰しているのが分かる。
 後数分もシロが耐えてくれれば、完全に焼却可能だ。
 タマモは油断せず、最善を尽くす。


 その時だった。


 「何してんだよお前らああああああああっ!!」


 横島忠夫の悲鳴とも怒号ともつかない叫びと共に、雨がその勢いを激しくしたのは。


               スランプ・オーバーズ! 39

                    「杞憂」


 雨対策も万全に備えてあるデジャブーランドだが、それはあくまでも来園者のためであり、タマモ達がいるようなアトラクションの死角部分にまでは徹底されていない。
 排水も然りで、タマモは横島がばしゃばしゃと急激にぬかるんできた地面を蹴って、こちらに走ってくるのが分かった。
 シロから眼を離す訳には行かないが、ここで横島に邪魔されては元も子もない。

 「邪魔するな!! あんたは黙って見てろ!!」

 神経の昂ぶりは、繊細な霊波の扱いで過敏になっている証拠だ。雨は火照りそうな身体と頭を冷ましてくれる分、逆に有難い。

 「んなっ! てめえタマモ!! どう見たってそりゃ止めんとあかんだろがあっ!!」

 横島にしてみれば、タマモがシロを焼き尽くしているようにしか見えない。前後の状況が分からない以上に、目に飛び込んだ光景が強烈過ぎた。

 「うるさい来るな見るな帰れーっ!! シロは今、一番あんたには見られたくない格好なんだからっ!!」

 「へっ? どういう意味か分からんぞそれ!?」

 「今はとにかく邪魔をしないで! じゃないと一生後悔するよ!?」

 「だから訳分からんっつの!! 説明しやがれ!!」

 「どっからしろって言うのよ! もうウザいから大人しくしなさいよ!」

 「ウザいとか!?」

 ぐさりと横島の胸に言葉の槍が突き刺さる。ナンパ失敗時に幾度と無く聞いて耐性の一つでもついているかと思いきや、こんな状況にも関わらず傷は深かった。なまじ美少女のタマモに言われた分、ダメージは大きい。しかも久々の再会なのに。
 だが横島もさるもの。瞬時にシロの姿に頭を冷やし、タマモの言葉にも思考を巡らせ…一つの結論を思いつく。横島の知る何時よりも真面目な表情のタマモに、小さな声で問いかけた。

 「………シロに、何かあったのか?」

 「………お願いだから、後にして。ヨコシマ」

 聞いたことのない声音で言われてしまうと、返す言葉が無い。タマモの態度は明らかに、シロを傷つけようとはしていない。横島は深呼吸して落ち着きを取り戻すと、もう一度シロの様子を確かめてみた。

 「この火って…シロを焼いてんじゃねえのか…?」

 シロの全身に回っている炎は、シロを焼くというよりは包み込むような状態で静かに燃えている。良く見れば、タマモの微妙な挙動に併せて火勢を変えているようにも。
 ボリュームのある金色の髪の先が額に張り付くのを鬱陶しげに払い、タマモはただひたすらに目の前のシロに集中しきっている。

 (ずぶ濡れじゃねえか…女の子が)

 横島も大差ない有様だが、男と女では雲泥の差、越えられない壁が存在する。
 空を見上げ、黒雲が分厚くへばり付いているのに辟易した横島は、僅かに視線を迷わせた後、ジーンズのポケットに手を入れて一つだけ文珠を取り出した。

 (…使っちまう、か。ま、ええやろ…)

 文珠とシロ、それにタマモを見比べて、比べるまでもないと判断。横島は躊躇う事無く文珠をタマモの上へと放った。

 「…? あれ、雨…」

 程なくして、タマモは唐突に雨が止んだのに気付いた。目や鼻に入り込んで集中力を削る水流が段々無視出来なくなっていたので、幸いではあるが。

 「…後できっちり説明しろよ。今は何も言わん」

 「……分かってるわよ。全部終わったらね」

 ともあれ、タマモには余計な事を考える余裕はない。横島が文珠『傘』を発動し、彼女とシロの周りだけ雨から守っているなど、気がつかなくて当然だ。
 横島は傘の外でもう一度空を見上げて、自分をここに叩き落した魔族の少女の姿を探したが、見つからずに頭を振った。

 「…あ、ぐうああああああああ!!」

 「!? シ、シロ!? おいタマモ!?」

 「黙ってて!! 気が散る!! ウザい!!」

 「また言いやがった!?」

 横島の乱入でペースを乱されたタマモは、舌打ちしながらシロに翳す手に力を込め直した。
 シロの精神に食い込んだ月光の波動を探査し、炙り出して焼き払う。病巣の摘出、処置を迅速に行う手腕はいっぱしの医者を思わせる。横島はあわあわしているだけで本当に邪魔で鬱陶しい…が、シロには一種のカンフル剤になるかも知れない。この男の存在は、シロにとって月光以上の栄養…鋭気となる。

 「な、なあ…簡単にでいいから、やっぱ教えてくれよ。やっと見つけたってのに…」

 「………」

 横島がシロを追って事務所を飛び出し、今の今まで行方不明だったというのは聞いていた。ミイラ取りがミイラになった典型に呆れ返った反面、心のどこかに…もしも自分がシロと同じ事になっていたら、等と考えてしまう。
 この男は、横島忠夫という人間は自分を探してくれるのだろうか、と。
 シロへの対抗心か、はたまた横島への特別な感情の目覚めか。タマモはようやく峠を越えてきた手応えに安心したためか、そんな事を頭の隅で考え始めていた。
 心配そうにシロの顔を覗き込む横島を、タマモは複雑な胸中で見下ろす。


 「それは――「ま゛」――っ!?」


 上手く消化できない思いを言葉に出そうとした瞬間、唐突に一つの気配が震動と共に沸いて出た。
 足元の水溜りが一方向に波紋を走らせ、出所を知らせてくれる。
 それは、タマモの背後、本当にすぐ後ろだった。
 文珠の傘の外、激しい勢いで全身を雨粒が叩く、額に隠形札を貼った石像。しかも胸には薄汚れたカエルの絵が描かれている。…シロのお気に入りだった、ろなるど一号である。

 「しまっ…!?」

 「栄光の手・ガトリングモードッ!!」

 影の重さを感じた気がした。突如、自分とシロに覆い被さってきた黒い帳。タマモが重厚な気配に鳥肌を立て、シロから目をそちらに向けようとするよりも早く。
 横島の怒涛の連続攻撃が、タマモの全身を掠って背後へと着弾した。

 「うおおおおおお!? 何かどっかで見たことあるよーな無いよーな奴だな!? 反射的にやっちまったが謎の助っ人Xとかだったらどうしよう!?」

 ゴーレムの強面に本能が攻撃を命じた…らしい。口の端をひくひくさせながらタマモに救いを求めるような目を向ける横島に、タマモは自分が何を悩んでいたのか、綺麗に忘れていた。

 こいつには、『誰が』なんて括りはナンセンスでしかないのだろう。

 というか忘れていた。

 こいつにそんな高等な取捨選択は出来ない。

 タマモは自分が拾われた経緯を思い出して、苦笑する。

 「ま゛っ!!」

 「ぬおおお!? まるで効いてねええええ! タマモ、シロは任せたっ!」

 何がどうなっているのか、横島には分からない。分からないことだらけでも、しなければならない事は…それだけは分かっている。
 シロとタマモを守る事。
 柄じゃねえ、と逃げたい気持ちに天秤が傾くのを、時折聞こえるシロの呻き声が立て直している。


 『守るべき者を守るべき時に守る』


 霊波刀を構えてタマモの横をすり抜けるとき、横島の脳裏に誰が浮かんだかは言うまでもない。

 「ッだらああああああああああああああっ!! ぼけえええええええええ!!」

 「ま゛っ!?」

 見上げるほどの巨体に対して、ぶんぶかと無闇に霊波刀を振り回して威嚇、切っ先がゴーレムの装甲に触れる度に弾ける火花が、見た目以上の高出力である事を頷かせる。
 巨像のプレッシャーが横島の謎の圧力に押され始めた。
 タマモはどっと浮かんだ冷や汗を拭い、改めてシロに向き合った。施術は既に終盤を迎えて、ふんばりどころである。

 「…ヨコシマ……そっちは任せたからね」

 「任されたあああああああ!!」

 「ま゛!!」

 悲鳴と爆発音は重なって聞こえたが、もうタマモには届いていない。
 横たわり、荒い呼吸を繰り返すばかりになったシロしか、今のタマモには見えていない。感じられない。
 ひたすらに研ぎ澄ました超感覚が、シロの中に月を具象化させている。
 炎に炙られ、満月が徐々に欠けていくイメージ。
 月を喰らう炎。タマモはふと思いついたその響きに気を良くし、最後の仕上げに取り掛かった。何かこう、カッコイイんじゃない? と。

 「伝馬業天…枯れ木みたいなジジイがよくもやってくれたわ。この礼は、シロと私が必ず億倍にして返してあげる。あの山で始まった因縁を、ぼろくそに叩き伏せて踏んづけて、笑ってやる」

 月は既に、細い三日月と化している。慎重に指を繰るタマモは仕上げとばかりに両手の平に青い狐火を点した。今のタマモを現すような、静かに、強く燃え盛る炎。

 「私達に喧嘩を売った落とし前を、必ずつけてやる…! 取りあえず、シロは返してもらうわよっ!!」

 力強く、それでいて精緻に霊波の織り込まれた狐火は三日月に吸い込まれ…焼けた鉄に落とした水滴のような音を立てて月は蒸発した。
 と同時に、シロを包んでいた炎も空へと昇華する火柱を吹き上げ、弾けて消えた。炎の中に一瞬だけ浮かんだ苦悶の顔を、タマモはいつもの人を食った笑みで見返す。ザマみろ、と。
 顔は炎に浄化され、跡形も無く消え果てた。

 「……ほらシロ、終わったわよ。ったく、世話焼かせんじゃないわよ…ほんとに」

 体内に駆け巡る充実感と達成感を極力表に出さないで、わざとぶっきらぼうにタマモは言う。

 「…………………」

 「シロ………? あ、あれ? やだどっか間違った…?」

 「…………………………」

 常人には耐え切れない苦しみを受け続けた。シロでなくとも、精神に傷が残るのは避けられない乱暴な術だった。タマモにも自覚はある。
 目覚めないシロの心に、目覚めたくない理由を刻んでしまったのか…タマモは唇を噛んでシロの隣にへたり込んだ。

 「起きろ馬鹿犬…ねえ……人狼の精神力はどうしたのよ…?」

 ぴくりとも動かない。
 なまじ強靭な心を持つシロだから、一度砕けた心を元に戻すのは至難の業なのか。いくら心の機微に精通したタマモでも、粉々になった心を組み立てられはしない。
 それは失った命を取り戻すのと、等しい行いなのだから。

 「………ヨコシマに…会いたくないの?」

 「…………………………(ぴくっ)」

 「! ………あいつ、すぐそばにいるのよ」

 「…………………………(びくびくっ)」

 あー…、とタマモは目を細めるとうつ伏せのままのシロの耳元に口を寄せ、こう囁いた。


 「………キスしたら目覚めるかな、ってヨコシマ言ってたわよー?」

 「それは嬉し恥ずかし過ぎるでござるううううううううううううう!!?? 拙者にも心とか閨の準備が必要でござら……………あっ


 がばちょと起き上がり、紅潮した頬を押さえて一人興奮するシロに…タマモは静かに微笑んでみせた。
 美神が良く見せる、イイ笑顔だ。主に横島に。

 「馬鹿犬が狸寝入りとか…どんな複合生物よ馬鹿!!」

 「…だって催眠が解けたら、急に恥ずかしくなったんだもん…」

 「もん、じゃないわよ!! 下らない心配させるんじゃない!!」

 「ご、ごめんでござる……」

 暗示の最中とはいえ、タマモに色んな本音をぶつけて弱い部分を曝け出したのが、シロ的には赤面ものだったようだ。

 「うー……ううううう………」

 「!? お、おいタマモ!? 泣くとか卑怯…っ!?」


 タマモは暗い気配の消えたシロを見て心底から。


 「うううううううーー………」


 安堵していた。


 「お前らしくないでござる! というか今の今まで拙者が悲劇のひろいんで泣きたい筈だったのに!?」

 「うるさい! さっさとあのジジイぶっ殺しに行くわよ!! あんた居場所知ってるでしょ!?」

 「おおう!? まだきちんとお前に礼を言ってな…」

 「うるさい黙れ喋るな歩け走れワンと鳴けっ!!」

 「だあああ!? タマモが壊れた!?」

 涙目を前髪に隠して、タマモは怒鳴った。シロはそれを受けてわたわたと慌てふためく。
 タマモは少し前まで当たり前に存在した、この馬鹿馬鹿しくも賑やかな時間が帰ってきたことに、嬉しさを隠しきれない。
 涙の理由は安堵だけではない。


 「どうわっはあああああああああああ!! ミサイル!! ミサイル!! しかも誘導追尾機能付きいいぃぃぃぃ!!」


 感傷に浸る寸前、横島の今度こそ間違いなく悲鳴が辺りに響き渡る。土砂降りの雨もなんのその大音声だ。 

 「!! そ、そうでござった!! 先生!!」

 「あ、シロ待ちな!! あんたまだ後遺症が抜け…」

 「平気でござる!! コレこの通り、お前のお陰で拙者は完璧絶好調!! あーんなちょろ火、痛くも痒くもなかったでござるよ!!」

 「…………あんた何言って…」

 絶叫を上げて気絶も出来なかったくせに、この馬鹿犬は…
 タマモは彼女がこちらを気遣っているのに気がついた。自分の行いに対して罪悪感を持っているのを、らしからぬ察しのよさで。

 「………お前はあの山でも、拙者を傷つけないよう、自分を傷つけた。拙者が負い目を持たぬよう…深く深く傷ついた。今もまた、お前は最善を尽くしたというのに自分を責めておる」

 文珠の傘の中で、シロはタマモに背を向けて続けた。

 「拙者は、お前が大嫌いだ。そうやって拙者の心を知ったかぶりして、自分で罪を背負おうとしたり、ヘンなところで責任を感じて誰にも助けを求めずにいるところも」

 「………」

 「拙者はお前の…あー……アレでござる! 女狐、お前は拙者をどう思っておる!? 拙者を……拙者を…」

 シロの拳が、強く握られた。


 「友とは、思ってくれんのか……!」


 「――――!!」


 シロの拳がぐいっと顔の付近を拭う。
 ついでに鼻をすすると霊波刀を展開し、ミサイルやら機関銃やらの的にされて逃げ惑う横島を助けるべく、膝を撓めた。
 言葉を失うタマモは、二の句を継げずにただ口を開けてその様子を見送る。言いたい事があった。でも、言葉が出てこない。

 「シロ…!」

 「しばし休んでいるでござる。久々に先生と拙者の二人羽織りであの…あ! ろなるど一号ではござらんか!? ぬうううううう…ご主人様に牙を剥くとは不届き千万!! こらしめてやるでござるっ!!」

 せんせーーっと叫んで豪雨の中に飛び出していったシロの背中へ、タマモは掛けたかったセリフの代わりを…口角を上げて呟いた。


 「………二人三脚でしょうが、馬鹿犬」


 ああ、こんな空気だった。
 タマモは馬鹿師弟に見えないよう、わざわざ後ろを向いて。


 少女らしい満面の笑みを、浮かべるのだった。


 霊能力にイメージは大切である、と横島も知っている。
 でもどーしても。

 「俺の霊波刀で岩とか鉄とか切れる気がしねえええええええええ!!」

 「ま゛っ!!!!」

 ゴーレムに有効なダメージを与える手立てが思いつかず、逃げの一手に徹していた。
 シロとタマモからは離れるように心がけ、とにかく自分が目障りになるよう動きまわった。ゴキブリのように、飛び交う蚊のようにウザったく。

 「しまった!! 自分でウザいとか思っちまった…」

 イコールで当てはまるイメージが虫ばかりなのは、自分の想像力が貧困なのかそれとも、その程度の存在でしかないと暗に認めているのか…ちょっぴり生きる意味を考え直したくなる横島だった。

 「くそ…! 文珠―――…は、アレとしてどうすりゃいい!?」

 ポケットに残る手応えを数えて、横島は爆風に晒されながら考える。守る、と威勢の良い啖呵を切った癖にこの有様だと、自嘲するしかない。
 ゴーレムの豪腕が脇の地面を穿つ。掠めた服の端が千切れ飛び、顔色が真っ青になった。反射的に霊波刀で切りつけるも、頑丈すぎる装甲に歯が立たない。
 美神のように鈍器主体の攻撃なら可能性もあろうが、横島の栄光の手は基本的に突・斬撃属性で固い相手には分が悪い。
 時間を稼げば騒ぎに気付いて他のGS達が来てはくれるだろうが…如何にも格好悪い。それにゴーレムの流れ弾が一般客の方に行かないとも限らない。

 「だあああ…くそ、パピリオがいりゃあ楽なんだが…っと、またミサイル今度は何発だよボケえええええええええっ!!」

 自分をロックオンして発射されるミサイルが、そうそう外へ飛び出すことはない。先ほどの懸念は考えすぎなのかも知れないが、楽観的になるには危険すぎる。
 三発のミサイルを見ながら、横島は霊波刀を構えた。


 「危ないせんせーーーーーーーーっ!!」


 と、爆破前提とはいえ強固な鉄の筒であるミサイルの胴体が、横島の目の前できれいに断ち切られて次々に爆発、墜落していった。
 見覚えのある斬撃に、横島は振り返って確認する。


 彼女の、姿を。


 笑顔でえっへんと胸を張る…『白装束』のシロの姿を。


 横島は横っ面をアシュタロスにぶん殴られたような衝撃を受け、たたらを踏んだ。

 「不肖犬塚シロ!! ここに復活したでござる!! 師のぴんちに駆けつける弟子…!! くぅぅぅ…!!」

 思わずゴーレムに完全に背を向け、シロの姿に見入ってしまう。

 「シ、ロ………お前、何だよ……その格好……」

 「へ? あ、これは、その……決して…武士の…」

 バツの悪そうな声で、もじもじと語ろうとするシロを…横島は目を見開いて見詰める。
 徐々に、横島の中で…ある感情が膨れ上がってきていた。
 無意識の内に強い感情に後押しされたのか、霊波刀の輝きが鋭くなっていく。
 自分の覚悟と懺悔の証である白装を、どう説明するか迷っていたシロは、立ち尽くす横島の背後でゴーレムが拳を振り上げたのに…致命的なタイミングで気付いた。

 「先生!? 後ろーーーーーーーーーっ!!」

 文字通り、死に至るしかないタイミングで振り下ろされた拳は…


 「う る さ い」


 「ま゛、ま゛!?」

 後ろも見ずに閃いた斬撃によって、肘から斬り飛ばされて曇天に舞った。
 シロにも見えないほどの、高速の一撃だった。

 「せんせ……!?」

 「おいてめえ……その白は、あれか……特別な時って事か……」

 「う…」

 明らかに怒っている。シロは横島の滅多に見せない憤怒の表情に、今しがた見た神業も忘れて萎縮するしかなかった。今にも爆発しそうな霊気の圧迫感が全身を叩く。

 「答えろ。いや、俺が言ってやる……その白い衣装……一生に一度しか着ない…その、格好…!!」

 「ひっ……!?」

 ここまで真っ直ぐな憎悪を受け止めるのは初めてだ。敬愛する横島が、というのが更にシロを苛む。
 親しい者が消える悲しみを、誰よりも深く知っている横島に…シロの付け焼刃の覚悟は、怒りの対象としか映らなかったのだろう。
 シロは軽はずみに白装族を纏ってしまった自分を恥じた。
 横島は大きく息を吸うと、天を衝かんばかりの大声で。デジャブーランド全域に響くかと思うほどの大声で。
 雷鳴の如く絶叫した。


 結婚かああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 「ほえ……?」


 ずしゃああっと、必要以上に大げさなSEと共に横島は膝を付き空を見上げた。


 「お前はアレか師匠を差し置いて一人だけ幸せになろうとかそういう企みだったのか修行の旅と証して実は婿探しの全国行脚をタマモとしてたってのか畜生畜生…!!」

 「えーと………? 先生?」

 「そしてよーく見たらここはデジャブーランドじゃねえか若いカップルが結婚式場にしたいアンケート第一位のハッピープレイスじゃねえか挙式したカップルの幸せ後日談で独身者を血涙の海に沈めるキラープレイスじゃねえか…!!」

 「あのー…拙者のこれはー…武士のー…」

 「相手は誰だ一体俺の知ってる奴か知ってる奴なのかサプライズなのか壮大なサプライズに俺はまんまと引っかかったのかそのうち物陰から人狼の里の長老とかが拍手しながら現れてシロははにかんだ微笑みで俺に『今まで有難うございました』と告げ婿さんの隣にそっと寄り添うのか………!!」

 「…死の覚悟がー………」

 瞬きも忘れて雨に打たれる横島の姿は、ある意味崇高で、それ以上に滑稽である。
 宗教画にある救済を求める信者のようでもあり、諸々全て含んで。

 「嫌だ嫌だ先生より先に弟子が幸せ掴んでバージンロードを歩くなんてお父さんは許しませんよおおぉぅぅぅぅぅ……」

 取りあえず可哀相だった。

 「せ、先生!! 拙者は決してそんな気は…いえ先生が相手ならともかく! というか望む所でござるが! それ以外の男性と婚儀をしようなどとは…!」

 「だってそれ、『白無垢』じゃねーか…日本伝統の花嫁衣裳じゃねーか…」

 「白、無垢……?」

 きょとんと、シロは繰り返した。言われてみれば、全身白一色の装いは相通じるものがあるといえばあるが…シロはそんなこと、全く考えもしなかった。

 「女の子が白い着物着てるんやー…それ以外に何があるっちゅうねん……」

 「白無垢………」

 不謹慎ではあるが、いっぱしの乙女の一員として、シロはもわもわんと妄想せざるを得なかった。
 純白の衣装を纏う自分と、紋付袴で正装した横島の並び立つ姿を。
 湯気を上げそうなくらい赤面し、己の白装が死に臨む覚悟ではなく、心の奥底で願う欲望の発露だったのかと悶絶する。

 「ちょっとあんた達!? まだゴーレム生きてるわよ!?」

 「もーええんやー……どーせこいつもサプライズウェデイングの引き立て役なんやー…まあびっくりしてるのは俺だけだけどなあははうふふえへへ」

 「のおおおぅぅぅおおおおおおおお………拙者は…拙者はああぁぁぁぁぁ……」

 膝を抱えて体育座りで木陰に沈む横島と、頭を抱えていやいやをし続けるシロ。
 タマモは右腕を失くしたゴーレムが、左腕で大砲の狙いをつけているのを見て、一応叫んではみたものの。

 「………取りあえず、頭冷えるか」

 二人の様子にアホらしくなって止めた。
 発射されたミサイルが二人の間に炸裂し、馬鹿師弟が空に舞うのを見上げて、ふと気付く。


 「雨、上がったわね」


 黒雲が割れ、日差しが射し込む風景はまるで…彼女らの心に巣食っていた暗雲が晴れるようだった。


 続く


 後書き

 竜の庵です。
 がんがんがんと行きますよ。分量も多くなりましたが、今は魔填楼編を終わらせたい一心です。
 どんどんどんと伏線を回収して、一気呵成に。
 シロタマの心も晴れた事ですし、黒幕との勝負に進みます。


 ではレス返しです。


 February様
 タオレンジャー。使いどころが難しいというか、別に使わんでもいいじゃないかとも思いましたが、せっかくなので。これで知名度も多少は上がる…でしょうか。
 基本、美神の運転は街乗りタイプではない、走り屋仕様かと思いますが。飛ばしてなんぼが似合いますしねえ…
 伝馬の大仕掛けや誰も気付いていない伏線等…もう少し収拾までは時間がかかりそうですね。タマモに出し抜かれたのは、彼があくまで人間相手の仕事しかしてこなかったのが、理由の一つに挙げられます。普通はそうですよ? タマモやシロはレア過ぎます。そんなの既存のアイテムで対応出来ませんぜ。
 横島、面目躍如。というか彼を出すと作中の空気がどうしても変わります。困りものです。


 内海一弘様
 ほんま名曲の宝石箱やー…かの御大は。正しい青春も素晴らしい雰囲気の名曲ですよね。ノスタルジック。タオレンジャーで思い出した、コウガマンのテーマも捨て難い。エクセレントチェンジ!
 今回で、シロタマ間の空気も正常化したはずです。横島がもう、不仲クラッシャー過ぎる気もしますが…シロにとってはそれくらいの存在感はありますよね、きっと。
 バカップルって言われた! オリキャラではまともな方だと思ったのに! バカップルて!
 厄珍との絡みも、本当は描写予定でしたが割愛しました。伝馬の過去話なんて誰も興味ないだろしー。


 以上レス返しでした。本当に有難うございます。


 さて次回。
 続々到着、続・フルボッコ。
 そして、例の爺さんも腰を上げます。彼の登場でますます混沌とするでしょう。


 ではまた。最後までお読み頂き本当に有難うございました!

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭


名 前
メール
レ ス
※3KBまで
感想を記入される際には、この注意事項をよく読んでから記入して下さい
疑似タグが使えます、詳しくはこちらの一覧へ
画像投稿する(チェックを入れて送信を押すと画像投稿用のフォーム付きで記事が呼び出されます、投稿にはなりませんので注意)
文字色が選べます   パスワード必須!
     
  cookieを許可(名前、メール、パスワード:30日有効)

記事機能メニュー

記事の修正・削除および続編の投稿ができます
対象記事番号(記事番号0で親記事対象になります、続編投稿の場合不要)
 パスワード
    

yVoC[UNLIMIT1~] ECir|C Yahoo yV LINEf[^[z500~`I


z[y[W NWbgJ[h COiq O~yz COsI COze