「うん…うん…了解。正門で地図もらって、マークのとこ行けばいいのね。もうすぐ着くから。はいはい」
疾走するコブラの運転席で、インカム相手に話をしていた美神令子は、ギアを更に上げて加速した。
助手席には氷室キヌが、後部の荷物スペースではショウチリの兄妹が必死になってしがみ付いている。久々の高速横G体験に身体がついてこないらしい。
「良くわかんないけど、現地にマリアがいるって。で、伝馬の匂いのする場所の目星もついてるっぽいわ。私らは打ち合わせ通り、外縁に近い箇所を回るわよ」
「はいっ。マリア…元気になったんでしょうか」
「大丈夫じゃない? カオスの修理だし」
「…あの妖怪じいさんの手が入るのかー…おい令子、それは安心して良いのか?」
「でもマリア姉様のお父様ですし…」
異界のカオス城でのごたごたから、カオスとアーサーへの不信感を露にするのは当然と言えば当然だ。
ショウチリにしてみれば、あの城の主であるカオスは敵に分類されている。マリアの創造主だと知ってはいても、不安を拭いきれない。
「カオスさんは、マリアに対しては真剣ですから。ショウ様もチリちゃんも心配しなくて大丈夫。きっと元気だよ」
「キヌ姉様…はい、チリも信じます」
「変な改造とかされてなきゃいいけどねー」
「令子は相変わらず皮肉屋だのう…たまにはスマイルも売ってみせんか」
「現金で買ってくれんなら幾らでも売ってやるけど!?」
高速道路を降りればデジャブーランドはすぐそこだ。コブラの前後の車両も目的地は同じようで、そこそこの渋滞が生まれている。
苛立たしげに美神は舌打ちをすると、急ハンドルで路肩に出てクラクションを鳴らしながら列を突破していった。
「みみみ美神さん無茶はあああああ!?」
「今は一刻も早く現場に到着すること! オカGのお墨付きなんだから問題無し!」
「ルールブレイカーっぷりが漢らしいぞ令子っ! …む? おいチリ! この霊圧…」
「え…あ! 美神様、キヌ姉様! 目的地の方角から異様な霊圧が立ち昇って…!」
「ほら! やっぱ急がないとやばそうじゃないの!! 飛ばすわよ!」
デジャブーランド全体を包み込まんとする大きくて不気味な波動。
折り悪く、とうとう曇天からは雨が降り始めていた。
「タマモちゃんもこっちにいるんでしょうかああああ!?」
「多分ね。先走ってくれちゃって…後でお仕置きよ!」
まだタイヤを取られるほどに雨足は強くない。
焦る気持ちを集中力に変え、美神はコブラの速度を上げるのだった。
スランプ・オーバーズ! 38
「雨煙」
「地図によると、この辺りだね」
「はい。…先ほどから異様な霊気が漂ってます。用心してください」
活気で溢れる園内から壁一枚を隔てた外周部。
その北端近くで支給された地図を見ているのは、細めの外見とは裏腹に威厳にも似た風格をもつ男性と、学生服の少年の二人だった。
「しかし魔填楼…懐かしい名前だねえ、本当に」
「先生は知っておられるのですか?」
「昔もね、そこ絡みでトラブルは多かったんだ。確か、伝馬業天自身も当時の取引で失敗して、障害が残るほどの大怪我をしていた筈だよ」
「自業自得ですね」
「はは。容赦無いね、ピート君は。というか着替える時間くらい無かったのかい」
「授業中に呼び出されて…」
バンパイアハーフのピートは、高校卒業後にオカルトGメン入りが内定している。現在は美智恵の計らいもあって、西条の部下として研修中だった。
そして、彼の師匠であり日本、引いては世界のGS中でもトップクラスの実力を持つのが、唐巣和宏その人だ。人畜無害な風貌に多少くたびれた詰襟の黒服を纏い、見た目から実力を想像できる一般人は少ないだろう。
かつての教え子のスパルタっぷりに苦笑しながら、唐巣は手に持った見鬼君の感度を上げていった。
「魔填楼の品物はね、品質だけは素晴らしかった。それだけ伝馬の眼力が確かな証拠だろう。真っ当な道を進んでいれば、厄珍堂を越える商売人になっていたろうね」
見鬼君の反応を見ながら微調整しつつ、唐巣は資材倉庫になっている一帯を丁寧に見て回る。
ピートも無造作に置かれている段ボール箱の中などを確認して、魔填楼印のアイテムが無いか探して回った。
与えられた情報は、伝馬がデジャブーランド全域に仕掛けを配置し何かを行おうとしている、という曖昧極まるものだ。
もしも伝馬の目的が、観光客でごった返すこの地に陰陽の帳のような誘霊結界を配置し、巨大なオカルトテロを行うことだったとしたら…
唐巣は眉根を顰めて歩を進める。
「………」
「どうですか、先生?」
「霊波動はどんどん増大してる。お陰で見鬼君の反応はぶれが酷い。ここからは自身の霊感を信じてみようか」
「ダウジングロッドでも持ってくれば良かったですね。隊長が急かすものですから、ろくな準備が出来なくて」
「美智恵君の判断は正しいと思うよ。何よりも速度を優先したのには、彼女の霊感がそうさせた部分も大きいだろう」
「隊長も自分の霊感を信じた、って事ですか…」
「最後に頼れるのは己の肉体と精神のみ。美神家の家訓に近いね…と、どうやらお出ましになるようだ。ピート君、用心を!」
「え!?」
立ち止まり、見鬼君を傍らの木箱に置いた唐巣は、使い込まれた聖書を広げると壁の一点を見詰めて静かに、強く警告した。
「自ら偽装を解いた…? 嫌な予感がする」
見鬼君が狂ったように指を差す壁から、滲み出るようにして四本足の獣の姿が浮かび上がってきた。大きさは犬猫の比ではなく、姿もまたそんな可愛らしいものではない。
「! …先生、こいつは!」
「ピート君?」
現れた異形を見て、ピートの顔色が変わった。
完全に姿を現したその姿に、ピートは見覚えがあった。とある事件の際に戦った、厄介な相手である。
「ケルベロス…しかも、あの時と同じ…?」
三つ首の猛犬にして、地獄の門番と呼ばれる魔物の姿を模したゴーレム。かつて香港の地下で戦ったときよりもサイズは小さいが、目に宿る獰猛さは変わらない。
「あの時、とは?」
「香港です、先生。原始風水盤事件の時…僕は横島さんと雪之丞の三人で、同じようなゴーレムと戦いました」
「ふむ…しかし、ケルベロスはメジャーな存在だ。意匠が被っても不思議じゃない」
「ですが、あいつの表面をよく見てください」
油断無くゴーレムを見据えながら、ピートはケルベロスの体表を覆う素材の特性を思い出す。全ての霊的ダメージを反射する、ある意味反則なものだ。
じりじりと間合いを詰めてくるケルベロスは、全身をその素材でコーティングされていた。
「あれは、霊波を反射するんです。雪之丞の魔装術でさえ、歯が立たない厄介な代物でした。そんな特殊な素材を、ほいほい人間が扱えるとは思えません」
原始風水盤事件の時、全ての黒幕だった魔族メドーサのアジトには、ゴーレム以外にも霊波を反射する鏡の迷宮があった。
一口に反射といっても、千差万別、魂の数だけ存在する霊波の質に関係無く反射させる素材や加工技術は、魔界特有のものだと推測された。
地上のオカルト技術では、再現は難しい。
「とすると、魔填楼と魔族…しかも、アシュタロス事変に関わった魔族との間に繋がりがあると? …これは、由々しき事態だな…」
「…伝馬業天もあの事変に関わっていたのでしょうか」
「分からない。だが今は取りあえず、こいつを何とかしよう。とはいっても…霊波を反射するのか…」
「ああ、それはもう対処法を横島さんが確立しています」
自分をほったらかして話し込む二人の人間に痺れを切らしたのか、ケルベロスが前脚で強く地面を噛んだ。前傾姿勢で狙うは、若い方の人間だ。
三つの顎がピートの全身を狙って開く。十分に致命傷に至る部分ばかりを…狙ってはいた。
「バンパイア・ミスト!!」
しかし、瞬時に身体を霧状に変化させたピートには通じない。
霧化したままピートは周囲を探り、目当てのものを見つけると、その側で実体化する。
「先生、これを!」
「…! なるほど、流石は横島君だ。初見でこんな弱点を見切るとは!」
頭から突っ込んで体勢を崩したケルベロスの側面に回りこみ、唐巣はピートが投げて寄越した状況打破のアイテム…つるはしを受け取って大きく振り被った。反対側ではピートも同じようにスコップを振り上げている。
「そーれ突貫っ!!」
がこんっ、と岩を砕くような音がして、ケルベロスの両脇に傷が入った。バンパイアハーフの怪力なら、スコップの先端でも岩を穿つ事が出来る。
一瞬でピートの、横島の行った事の意を汲んだ唐巣は、感嘆しながらもつるはしを続けて打ち込み、亀裂を広げる。
ケルベロスは鬱陶しげに吠え猛り、二人にそれぞれの頭で牙を剥いた。
「ダンピール・フラッシュ!!」
「アーメン!!」
牙が噛み合うよりも早く…二人の放った高密度の霊波砲が反射素材の剥げた内部で炸裂し、石像はその圧力に耐えかねて砕け散った。
出現から三分もかからずに撃破せしめたのは、流石の師弟である。
「ふう。しかし、対処法を知らない者にとっては、天敵だね。西条君に連絡して各チームに情報伝達を行おう。私達は次の場所へ向かうよ」
「分かりました。しかし、どうして姿を見せたんでしょうね」
「…始まったんだろう、伝馬業天がここで為そうとしたことが。この場に他の反応は無いようだね…急ごう」
「は、はいっ!」
走りながら通信を行い、後片付けを後続のチームに任せて二人はその場を去った。
……ケルベロスの残骸から、黒いオーラのような光が発せられたのに…二人が気付く事は無かった。
ケルベロス撃破と時を同じくして…
デジャブーランドにはステージが沢山ある。
キャラクターショーを行うメインステージから、レストランに併設されたもの、ホテルのロビースペースに至るまで大小様々な規模で準備されている。
中にはあまり使われていないステージもあり、ファンによるイベントに貸し出したり、変り種では修学旅行で訪れた際の集合場所に用いられたりもした。
「ぐはあっ!?」
「ブルー!?」
本来なら、そうした稼働率の悪い空間は売店なり新規アトラクションなりで埋めた方が収益率は上がるが、そこは天下の大企業である。
無理に売り上げを伸ばすのではなく、濃密なファンシー空間からの一時の退避場所として余裕を残す…そんな懐の広さも見せつけるのが、他の追随を許さない日本最高峰のテーマパーク、デジャブーランドだ。
「こいつ、俺達の必殺技が効かないぞぅ!?」
「な、何ですってー!?」
些か大げさに、しかし限りなく本気で驚き戸惑っているのは、WGCA所属のGCチーム、その名もタオレンジャーの四名である。
彼らは扱う霊能力の関係上、こうした舞台のある場所でこそ最大の力を発せられる。
言霊使いのリーダー、タオレッド。
催眠術師であるタオブルー。
黒魔術の使い手タオイエローとタオピンク。
そこに時折、謎の助っ人タオブラックが加わる事もあるが、今は四人だった。
彼らは協力して場面魔術、タオレンジャーワールドを発動して除霊を行う多少キワモノの気のあるGCだ。実力は並、と自分達も認めている。
「くそぉう!! この虎のゴ-レム…ビームもキャノンも効かんとは、猪口才なっ!」
「レッド、落ち着け。マキシマムストライクが効かない以上、ここは名誉ある撤退も視野に入れて…」
念のために言っておくが、ビームもキャノンもマキシ何ちゃらも全て、霊波攻撃の種類である。タオレンジャーワールド内でのお話だ。
「でもそれじゃ舞台を終われないんだナ。それに、お客さんも見てる訳だし」
「ううっ…こんな時ブラックがいてくれたら…恋人のピンチに駆けつけるなんて最高のシチュですよ…」
タオレンジャーが急行するよう言われたこのステージは、ランド側の東端に位置している。この辺りは古くからあるアトラクションが並び、リピーターが多い反面、目新しさには欠けるようだった。
マウンテンの開業で閑古鳥とまでは言わないが、メインストリートの混雑っぷりに比べれば寂しいものだ。
地図のマーキングに従い、現場に到着したタオレンジャーはすぐさまコスチュームに着替え、場面魔術を発動させた。おあつらえ向きのステージもあり、準備万端整った瞬間に…この虎を模したゴーレムが出現したのだ。
唐巣&ピートのコンビと違い、こちらは経験も浅く霊力も強いとは言えない。元々場面魔術の効果の薄いゴーレム、しかも霊波を反射するなんて反則を用いる相手には少々荷が勝ちすぎている。
「とにかく、ゴーレムを舞台から降ろさないように戦うんだぁっ! 俺達はタオレンジャー!! 一般人に被害を出すわけにはぅいかないぃっ!!」
「OK、リーダー…やれるだけやってみるさ」
「最後まで諦めないのがヒーローなんだナ」
「皆の力を私達に貸して!!」
ブルーの催眠と、儀式魔術による言霊の増幅により、『何このデパートの屋上』状態だった客席も盛り上がっている。雨が降ってきたこともあり人数は少ないが、ピンクの呼びかけに休憩中だった親子数組が揃って声援を送ってくれた。
ゴーレム相手では言霊も相性が悪い。精々自分達を鼓舞する言葉を並べ立てて、増援が来るまで持ちこたえねば。
タオレッドは役に没入しながらも、リーダーとしての責任を果さんと、マスクの下で生唾を飲み込んだ。
「さあ来い!! 魔獣ストーンタイガーよ!! お前の相手は俺達だあ!!」
全長五メートルほどの体躯のゴーレムは、挑発を続けるレッドに低い唸り声を上げると、放たれる破魔札の爆発をものともせずに襲い掛かってきた。
ステージ上はそれほど広くない。紙一重で突進を避けたレッドは、たちどころに端へと追い詰められてしまう。ゴーレムもその大きさが災いし、のそのそと向きを変えることしか出来ていない。
「有効打が無い…っ!! くそぅ!!」
大きな隙にも関わらず、ダメージを与えられないもどかしさ。実戦経験の少なさが今は歯痒い。
客席でも、ざわざわと見せ場の無いショーの内容に、不満の声が上がっていた。場面魔術の効果が切れれば、パニックを引き起こす可能性もある。
「ピンク! ステージをタオバリアーで覆うんだ! ストーンタイガーを足止めする!!」
「OK!!」
バリア展開! と叫ぶピンクの手元には結界札が握られている。客席との間に数枚貼り付け、言霊効果もあってそこそこ強力な結界が発生した。札自体を破かれでもしない限りは、なんとか保つだろう。
レッドは呼吸を整え、長期戦を覚悟した。
「どんな絶望的な状況であろうともっ! タオレンジャーは決して逃げんっ!!」
「ま、リーダーがそう言うんなら付き合うぜ」
「まだまだこれからなんだナ」
「皆の力を合わせればきっと勝てるわ!!」
タオレンジャーの本領は、この連帯感にこそある。自分たちのペース、世界観をどれだけ広げられるか。一人でも乗り遅れたらタオレンジャーワールドは成立しない。
しかしレッドを中心に、再びマキシマムストライクを放つべく四人がフォーメーションを組んだその時、客席がざわめいた。
「あ、あれは!?」
誰かの叫びと共に、結界が砕け散った。がしゃしゃーん、とガラスを多重に割り砕いたような音が響き渡る。
言霊で強化された結界が、いとも容易く破砕されたことにレッドは一瞬声を失った。
何者かが飛び込んできたのだ。
「だ、誰だぁ!?」
タオレンジャーとゴーレムの間にすっくと立ち塞がった影を見た瞬間、観客から歓声が沸いた。
それもそのはず、胡散臭いヒーローと違い、それは本物の人気者だったからだ。
「ロナルド!! ロナルドドッグ!?」
レッドの驚愕の声に、ロナルドは無言で親指を立ててみせる。ゴーレムも突然現れた着ぐるみの人形に、牙をむき出して警戒心を露にしている。
「…あっ!」
これは一体どうしたものかとレッドが戸惑いを見せる中、何かに気付いたピンクが声を上げた。
ロナルドから立ち昇る霊気の正体に、待ち望んでいた彼の姿を感じ取って。
ピンクはステージ中央に躍り出ると、大声でアナウンサーのお姉さんよろしく叫んだ。
「みんなー! タオレンジャーのピンチに、デジャブーランドのアイドルロナルドドッグが助けに来てくれたよー!!」
わあっ、と拍手が沸いた。歓声を聞きつけて、客もどんどん増えてきている。
「! そ、そうだ! ロナルドが来てくれればこんな化物、一発だぞぅ!! さあ一緒にやっつけよう!!」
ロナルドが頷き、空気の変化を悟ったのか、ゴーレムもロナルドへと飛び掛り爪を振るう。
しかし、機敏な動作で爪牙を掻い潜ったロナルドは、もこもこの手指を固めると、力任せに獣の下あごをかち上げた。四肢を浮かせる衝撃で動きの止まった無防備な腹部を、更に着ぐるみの大きな足がぶち抜く。
ステージの端に吹き飛んだ虎へ、ロナルドは片手を開いて半身に構えた。
「あ、駄目だロナルド! そいつに霊波砲は…」
「………ふん」
ロナルドの手のひらに収束していく霊波の煌めきは、マキシマムストライクの比ではない。
よろよろと起き上がるゴーレムに狙いを定め、出力は急上昇していく。
「な…なんてパワーだ…」
「流石です、伊…じゃない、ロナルドさん!!」
「デタラメなんだナ……」
一緒にも何も、ロナルドの独壇場となったステージの片隅で、タオレンジャーは見守るばかりである。
霊圧の昂ぶりに、心なしかゴーレムも威圧され足が竦んでいる。
天井知らずに上がり続けるパワーを感じ取って、レッドは理解した。
幾ら霊波を反射するとはいっても、それは常識の範囲内の威力だ。
今のこれは、想像を凌駕している。
(跳ね返すためには、受け止める必要がある…でも、これはそんなレベルじゃない)
ゴーレムが吠えた。
ロナルドのプレッシャーに耐えかねたようだが、時既に遅し。
「………消し飛べ(ぼそ)」
マスコットらしからぬ物騒な一言を呟いて、ロナルドの放った霊波弾は一直線にゴーレムに炸裂した。派手な爆発音に、客席からも大きな歓声と拍手が沸き起こる。
並の威力の霊波砲なら、散り散りに跳ね返され客席にも被害が及ぶところだろう。しかし、ロナルドの放ったものは錐で穿つような繊細さに、削岩機のパワーを兼ね備えた代物だ。
虎の眉間に着弾した霊波弾は、そのままゴーレムの身体を迸り、空へと駆け登って消えた。反射素材も何もかも、その威力の前に砕け散っていた。
ぼろぼろの石くれと化したゴーレムを前に、ロナルドは前方に伸ばしたままの右手を軽く振ると、客席側にVサインを向けて更なる拍手を誘った。
「魔獣ストーンタイガーはロナルドドッグの活躍で倒された!! さあみんな、最後にもう一度大きな拍手を我らがヒーロー、ロナルドに送ってくれぇ!!」
…五人がロナルドを中心に並び、歓声の中手を振っている背後で。
砕かれた石像の一部が不気味に鳴動しているのに、ロナルドを含め誰も気付く事は無かった。
「お前らは!! 俺が!! あんだけ!! 口を酸っぱくして!! 客にばれないよう動けって言ったのを聞いてなかったのかよ!?」
「伊達主任、ですが我々の除霊は見てのとおりでしてー…無理が」
「スケジュール空いてたGC、全部寄越せって言ったの主任だよな?」
「西条氏がきちんと振り分けてくれたから、あの程度で済んだんだナ。主任の仕事全部あの人がやってくれたヨ」
「でもロナルドドッグ姿の主任も素敵でした!! 主任になら私、犬の首輪で束縛されても構いません!! ああ愛の奴隷っ!?」
「てめえは色々悪化してやがるし!?」
伊達雪之丞の苦悩は尽きない。彼は丸一日、ロナルドの着ぐるみで園内を駆け回ることとなるのであった。
「痛ってえ………パピリオの奴、叩き落すこと無いだろに…」
こちらはマウンテン側、火山の麓の森の中。
地面に数秒間だけ大の字になっていた横島忠夫は、何事もなかったかのように上半身を起こすと、恨み有りげに空を見上げて呟いた。
折れた枝が散乱していて、そのせいか横島の周囲だけが雨で濡れている。他は枝葉が邪魔をして地上まで雨粒が届いていないようだ。
「さて…と」
髪の毛に着いた葉っぱを払い、雨でしっとりと濡れてしまったバンダナを一度外して絞る。
雨足はそれほど強くない。横島は色々と文句をつけたいのをぐっと我慢し、先ほど一瞬だけ遭遇したシロとタマモの許へ足を向けた。
「しっかし、何で戦ってんだよあの二人は」
刹那の邂逅でしかなかったが、タマモは涙目で変な様子だったし、シロに至っては涙やら鼻水やらで女の子が見せちゃいけない顔をしていた。
二人の間に何かあったのか、美神辺りに尋ねれば回答は得られそうだが、血の雨が降りそうでおいそれと聞けない。
美神もだが、おキヌも地味に怖い。事務所に戻ったら土下座祭開催かと、横島は憂鬱になった。悪いのはほぼ自分なので、減給も有り得る。
「うはは…ガッコも休んじまったしなあ。早いとこシロを連れて帰らんと」
それでも、横島的にはシロさえ無事なら取りあえず結果オーライである。美神に死ぬほどしばかれるのは慣れてるし、学校の授業なんぞは何を今更、だ。
人を傷つけた事実は間違いない以上、シロをそのまま元の生活に戻す…つまりは事務所の居候として住まわせるのは難しいかも知れないと、横島も時間が経ち、冷静に考えたら理解出来た。
被害者への保障等を美神にお願いし、菓子折りでも持って謝罪に回れば許してくれんかのう、と横島の頭はらしくもない事後処理の事で一杯だ。
だから。
森を抜け、二人の姿を見た瞬間。
横島の頭は上手く事態を認識出来なかった。
「…あ?」
立ち尽くすタマモの前で燃え上がる炎。
炎の中で、時折見え隠れする銀色。
倒れ、ぴくりとも動かない、人型の…もの。
横島の頭に、さっき見た泣き顔のシロが浮かぶ。
「………ぉい。なんだ、よ」
無表情でシロを見下ろすタマモ。
「………どうなって、んだよ。おい」
周囲から聞こえる歓声・音楽が酷く…酷く耳障りだ。
「何だ…何だコレ…? おいタマモ…シロ…?」
耳障りだった音は、やがて頭の中で何かが切れた音と共に静かになった。もう、聞こえなくなった。
「何してんだよお前らああああああああっ!!」
横島の心中を察するかのような…急な土砂降りの雨が、彼らの姿を淡くけぶらせる。
雨色に沈むデジャブーランドで、炎の輝きだけがやけにくっきりと浮かび上がっていた。
続く
後書き
竜の庵です。
がんがん行きましょう。ラストスパートですから。
タオレンジャーも出せたし、少しはネガネガ感が緩和されたでしょうか…?
ではレス返しです。
February様
タマモも修行を経て色々と磨きがかかっております。そして伝馬の策は基本対人なので、ヒャクメやタマモのような超感覚の遣い手が相手では上手く機能しないようです。データも古いので、冥子や雪之丞といった規格外の強さに育っている人間も、策略の外側ですね。
まだ、シロタマについては一悶着設けてます…もうちょっと、ですから。
横島、まともに出すのは何話ぶりでしょう。彼を出すと、あーGS美神なんだなあと思いますねえ…しみじみ。
内海一弘様
作者も仕事中の車内でかけてました(いいのか
春高校歌ならそらで歌えますよ! 後、くちびるにメモリー最高。何度聴いても泣きそうになる…っ!
仮面が割れた際のセリフは何度も何度も書き直したので、お気に召したのなら重畳でした。今のシロは内面が難しすぎる…
じわじわと、しかし確実に伝馬の策は進みます。面子がどんどん集まってきて、書き切れるか心配になってきました。
西条はですね、常識の範囲内の秀才というか…予想出来る内の最良策を取ってくる印象ですね。なので、敵側でも予測し易い。一皮剥ける何かがあればいいのですが。
フルメンバー、登場だけはしましたが集合してません。もう少しですが。
以上レス返しでした。毎度毎度ほんとに有難うございます。
さて次回。
師弟邂逅、一つの決着の形をようやく書けそうです。がんがん書きますよ。五月中に魔填楼編終わらせる勢いで。…頑張ろう。
ああ、春短編も書きたい。馬鹿馬鹿しいのも書きたい。ネタはあるのにー…
ではこの辺で。最後までお読み頂き、本当に有難うございました!