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「スランプ・オーバーズ!37 (GS+オリジナル)」

竜の庵 (2008-04-26 17:58)
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 道化の格好に全く抵抗の無い自分が、滑稽で仕方ない。


 魔填楼店主、伝馬業天に従ってデジャブーランド内に潜伏する一人のピエロは、自分の姿に自嘲していた。

 自分の仕事は、伝馬がネットのサイトで集めた連中に接触し、取引を行う事。取引といっても誰にもばれないよう、秘密裏、迅速に行う必要がある裏取引だ。

 伝馬に宛がわれた地下の一室で着替えを済ませ、『品物』を持って地上の指示ポイントで客も自分も一目で分かる目印をアテに、次々と仕事をこなしていく。
 一般客はほとんど自分よりも目立ち、芸も秀でた周囲のパフォーマーへ目が行っている。自分はせいぜい、うろ覚えのお手玉レベルの芸で失笑を買うのが関の山だ。

 以前まで、ピエロは低級霊を使ったオカルト詐欺を行っていた。仕組みは簡単で、目標の家に捕まえた低級霊をこっそり放ち、自縛霊がいるから駆除しなくては、と持ちかけるものだ。
 典型的な除霊詐欺の手口だが、他の詐欺と同じく、カモを吟味すれば釣れてしまう。元手は安い封印札数枚で済むために、ピエロは好んでこの手を使っていた。

 小悪党、チンピラと呼ばれる生活に慣れた頃、ピエロは詐欺に失敗して警察に捕まり、以来、オカルトGメン日本支部の設立もあって、セコい詐欺が通用する時代は過ぎ去ってしまった。
 一応GS資格も数年前に取得していたピエロだが、小汚い仕事ばかりで霊能力を磨かずにいた彼に真っ当な除霊がやれよう筈もなく、結局自分と似たような仕事で食いつなぐ同じ穴の狢同士でつるみ、日々を凌ぐ毎日を送っていた。

 魔填楼が彼らのグループに接触し、仲間になるよう持ちかけてきたのは、そんな風にやさぐれていた時だ。
 伝馬の話は純粋にドス黒く…面白いと思った。
 そんな世界もアリだと思った。
 伝馬が自分達の事を駒と呼ぶのも躊躇うくらいに、使い捨ての道具としか見ていないのは態度で分かる。
 それでも、結果が全てだ。
 どうせ陽の当たる世界に見限られた身。ならば、太陽とは無縁の世界で思うがままに生きるのも一興。
狭くても小さくても、自分が自由になれる世界があるのなら…

 ピエロは道化の人生を歩む事に疲れていた。

 接触する取引相手の目が一様に曇っているのを見て、同じ思いでいる連中の多さに苦笑してしまう。

 世間はこんなにも笑顔で満ちているというのに。

 デジャブーランドを取引の舞台に選んだ伝馬業天の皮肉が、余りにも腐った発想で戦慄と、捻れた共感を覚える。


 (…笑え笑え。お前ら全員、今に「ねえ」……っ!?)


 ピエロは一瞬、身を竦ませた。艶やかな声音と共に己の暗い思考を吹き飛ばしたのは、一人の妖艶な美女だったからだ。


 「って、え、俺?」

 「ええ。…ほら、こ・れ」


 その美女が素に戻ったピエロにちらりと見せたのは、胸の谷間とそこで鈍く輝く黒水晶のペンダントだった。
 取引相手には、身体のどこかに黒色の宝石を身に付けるよう指示してある。ピエロも耳に黒曜石で出来たピアスを付けていた。伝馬に渡されたものだ。
 ピエロは瞬時に思考が冷える。これほど美しい金髪で外人もびっくりのプロポーションで、男にもきっと人生にも不自由した事のないような存在でさえ…己と同じ闇を抱えているのか、と。


 「ねえ、どうしたの?」

 「あ、あんた目立ちすぎだ。ちょっとこっち来い!」


 何でそんな行動に出たのか、ピエロにも分からなかった。その場で取引を行う以上に、客を連れて移動する方が目立つのは自明の理なのだが。
 まるで誰かに思考を引っ張られるようにして、ピエロは美女を連れて従業員用の出入り口から地下へと入っていった。


 「もう、女の子をこんな所に連れ込んでどうする気…道化師さん?」

 「あ? …え、いや……」

 「どこか面白いところにでも連れていってくれるの? 例えば………」


 官能的に身を寄せてくる美女の唇に見蕩れて、ピエロは段々思考がぼやけてくるのが分かった。
 甘ったるい香りと、視界一杯に広がってくる美女の笑顔。紡がれる言葉の一節一節が、彼から自我を奪っていく。


 「………伝馬業天の隠れ家、とかね」


 綺麗な指先に小さな狐火を点してピエロを催眠状態に落とした美女…近場の女子トイレで変化してきたタマモは、こうしてあっさりと伝馬とシロへ続く道案内を捕まえたのだった。


               スランプ・オーバーズ! 37

                    「仮面」


 背後から迫ってくるプレッシャーは、距離を詰められず焦っているように思えた。
 怪しいピエロを幻術で誑かし、まんまとシロの許へと辿り着いたタマモは、霊気の質が目まぐるしく変化している追跡者…シロの様子を確認しながら、人混みの中を早足で歩いていた。
 あのピエロが行っていた取引品。
 確かに人間の霊感やセンサーでは捉えられない微弱な霊気反応だったろう。
 伝馬の誤算は、犬神…しかも、オカGの警察捜査にも参加経験のあるタマモが相手だった事だ。
 一度捉えてしまえば、伝馬の腐臭じみた霊波の匂いのするアイテムを身につけている者は簡単に分かった。後は適当に変化してピエロに接近すればOKだ。
 憎き伝馬の霊波だけは、絶対に忘れられなかった。

 (流石に、この中じゃ襲ってこないか。っていうか襲ってくるってどういう了見なのよあの馬鹿犬! まだ操られてるの? それとも何か弱みでも…)

 山で自分がシロに襲われたとき、彼女は伝馬の仕業によって操られていた。とっさの機転で偽死を演出しその場は切り抜けたが、怪我のために動けなかったタマモには、その後のシロがどんな目に遭ったのか知る術が無かった。
 事務所でも芳しい情報を得られず、でも内心シロが生きている事に安堵して。
 会いさえすればどうにかなると、柄でもない楽天的な考えでいたのが間違いだった。

 (あいつの頑固さが裏目に出てる…あの暗示は相当根が深いわ)

 タマモの脱出した通路は、マウンテン側へと通じていた。人出はこちらの方がやはり多く、賑わいも半端ではない。
 正面に鬱蒼と茂るジャングルと湖を模したアトラクションスペースがある。定時になるとここでマッキーやロナルドがショーを行うようだ。湖の向こうには、デジャブーマウンテンの象徴でもある火山、黒煙を常に吐き出して時折鳴動するマウンテンオブマッキーが聳えていた。
 タマモは森を目指して歩を進める。

 (ああもう、自分の有能さが恨めしいわー…なんて茶化してる場合でもないか)

 友を斬った自責の念から、シロが伝馬の言いなりになっているのは間違いない。自暴自棄になっている。
 シロの超感覚を騙すためとはいえ、少しリアルな幻覚を見せすぎたようだ。タマモは山の塒で自分が行った所業を、今更ながら後悔した。
 あの時、もう少し上手く立ち回れたなら…現状は回避出来たかも知れない。白面九尾の大妖だ等と嘯いても、所詮は小娘の独りよがりに過ぎず、シロをあそこまで追い詰めた責任は重い。

 (西条さんが来てたって事は、うちの連中も遠からず来るわよね…悪いけど、シロとの決着は邪魔されたくないわ)

 タマモは改めて決意を固めた。
 周囲の視線と背後の殺気を気にしながら、アトラクションスペースの横手へ身を滑り込ませ、建物の影で狐姿に戻る。格段に動き易くなったし、人混みではなく森の中なら、多少この姿が他人の目に触れても誤魔化せるだろう。
 シロの気配が慌てて速度を上げて追ってくるのに、タマモは歯痒さを覚えた。
 こんな無様な狩りをする狼がいるか。
 獲物に簡単に位置を知られ、手玉に取られて足掻く姿は滑稽ですらある。
本来のシロではない。あの白装束にしてもそうだ。
 侍が死に臨む際の白は、全てを受け入れた潔さと強さを体現する色だ。だが、シロの纏う白装束は、仮面で己を隠すという歪さが現れている。
 これは矛盾だ。
 シロの心が千々に乱れている証拠だ。

 (だけどそこに…付け入る隙がある。シロの暗示を焼き潰す隙が)

 話に聞く魔装術とは、未熟な使い手だと強い魔力に体も心も変質し、元の姿を保てないという。シロの場合、犬神の強靭な精神力に加えて、彼女が本来持っている心の強さもあり、正常とは言い難い現状でも魔装術を制御出来ている。
 しかし、いつかは破綻する。幻に侵された精神は徐々に朽ちていくものだ。そうなれば、シロは…
 森の奥、ギャラリー側からは死角になった位置でタマモは背後を振り返った。わざと残してきている霊気の匂いを追って、シロはついてこれているようだ。
 目の前には人工の山が聳えている。中腹からジェットコースターのレールが螺旋状に湖へと飛び込んでいて、乗客の歓声が水音と一緒に届いてきた。

 (森と湖、それに山…相変わらず人間の欲望ってのは底無しね…)

 それらは少し足を伸ばせば普通に存在するものだった。
 無理に土を盛り樹を植え水を張る必要はない。ましてや遊戯施設を組み込んで入場料を取るなど、時間の無駄遣いとしか思えない。
 タマモはでも、ある意味斬新で贅沢なその発想が嫌いではなかった。前回訪れた時も、小さな冒険も含め、夢中になって楽しんだ。

 (はあ…私、こんなとこで何してんだろ。遊ぶしかないところで遊ばないなんて…真友君に言ったセリフ、そのまんま返ってきちゃった)

 人間達の歓声が鬱陶しい。というか羨ましい。
 早く全部終わらせて、いつもの毎日に戻りたい。あの『家』で、仲間と…家族と共に。
 想いを、ほんの一瞬だけ淡い微笑みに馳せて…


 「………んな訳で、シロ! ここで終わらせてやるから覚悟しなっ!!」

 「舐めるなああああああああっ!!」


 タマモは少女姿に化けると、数発の狐火を横手の茂みから飛び出してきた白装束のシロへと叩き付けた。


 戦端はここに開かれたのだった。


 「やってくれますな…」


 警報が鳴り響き一時騒然となった地下で、伝馬は慌しくメンテナンス通路を駆け回るデジャブーランド職員達の姿をモニター越しに睨み、憎憎しげに呟いた。
 この場所は霊的に隔離し、念入りに人除けの工作を施してあるので気付かれはしないだろうが、今の事態を引き起こした侵入者の存在が気にかかる。
 『対人間』において、伝馬の隠蔽工作はほぼ100%機能する。幾らオカルトGメンであっても、見つかる心配は無いと思っていた。
 だが現に、何者かが侵入し魔犬が撃退に向かうという現状を招いている以上、伝馬の予想を超える実力者が、先ほどセンサーで引っかかった霊能者の中にいたのだろう。

 「流石はアシュタロス事変を解決した日本のGS、という事ですか。だが、後手後手なのは否めないでしょう」

 既に布石は終わり、後は機を見て発動させるだけ、という段階だ。もう少しネットで集めた愚か者達の数が揃えば、準備は整う。
 突発的出来事にも柔軟に対応出来なければ、伝馬のいる世界では生きていけない。この程度の誤算なら、幾らでも修正は可能だ。
 伝馬は右往左往する職員から、隣のモニターへと目を移した。
デジャブーランド各地点に運び込み、これまた隠蔽用の呪符でもって存在を隠した、計三十六体の石像。モニターにはその位置が地図上に映し出されている。
 計画の根幹を成す大事なものだ。保険はかけているが、これまで見つかるような事があれば、プランを大幅に前倒しする必要がある。

 「まあ、そう易々と見つかることは無………は?」

 ぽん。

 モニターに光点が増えた。

 「これは……! な? あ?」

 ぽん、ぽん、ぽん。
 石像を示す光点のすぐ近くに、別の色の光点が現れていく。全ての石像付近ではないが、その数は、別モニターに映っていた霊能者の数と等しい。
 すぐさま伝馬は更に別のモニターで、監視カメラの映像を確認する。全ての監視映像は伝馬の制御下にあった。この計画は半年以上の時間をかけて準備している。セキュリティ関連の設備は掌握済みだ。

 「なあ…っ!? 何故です!?」

 園内のアトラクションと同化させ、更には多重に霊波迷彩も施して完全に痕跡を消した筈の石像群の位置が、完璧に捉えられていた。
 モニターに映ったGS達は手に手に紙切れを持っている。良く見れば、それは入口で渡される園内マップだ。
 しかも、マップには石像の位置が全て…そう、全てマーキングされているではないか! 彼らの手元をズームして確認した伝馬は、車椅子ごとひっくり返りそうになった。

 「一体これは…誰の手腕ですか? 今日の計画を嗅ぎ付けられ、一線級のGSを派遣し、更にはゴーレム達の位置まで把握するとは…! 美神美智恵か? いや…」

 今日に至るまで、様々な仕掛けは施してきた。ミスリード用にヒントを全国にばら撒いてきたし、主要GSの動向も具に観察した。あのWGCAにも手の者を向かわせ、情報収集に抜かりはなかったはずだ。

 「…いえいえ。これは、おかしい。数が少ない。それにあれは西条輝彦…美神美智恵の姿は無い。彼女の性格なら、もしも計画が知れていたら最大戦力を一息に投入し、私の逮捕に自らも赴くはず」

 ぶつぶつと呟きながら、伝馬は思考を深める。

 「とすると…発覚したのは最近…そして、詳細を知ったのも直前…」

 石像…ゴーレム自体はまだ見つかっていないようだ。しかしもう時間の問題だろう。

 「つまり、あたしの隠形札による迷彩効果を上回る精度のセンサーを所持していた、ということですか。…ザンス製の最高級品でも見つからない自信があったのですが」

 GSの顔ぶれは、一流ばかりだ。唐巣和宏に小笠原エミ、西条輝彦と一緒にいるのはドクター・カオスの人造人間マリア。他にもオカGの捜査員にGCも数グループ。とりとめの無い布陣だが、隙が無い。
 このマリアはついさっき、『単独で』突入してきて捕縛されたのを見ていた。意味不明の行動は流石、混沌の娘である。
 車椅子を引いて、並ぶモニターを視界一杯に捉えて伝馬は状況を読む。黒く濁った脳髄で、自分にとって最善の策を練る。

 「………現在の入場者数三万弱。当初の予定よりは少な目ですが、触媒の数を考えると妥当でしょうか。繰り上げることにしましょう」

 伝馬は懐に手を入れると、ずるりと異形の通信機を取り出した。

 「通信鬼。『彼ら』に」

 『キキッ』

 多少泡立っていた神経が、決断を下した事で静まっていく。どのような形であれ、覚悟を決めたならば後は実行するのみ。今までも伝馬はそうしてきた。そうして生き抜いてきた。

 『…魔填楼か。何の用だ』

 「少し計画を早める必要がありまして。いやはや、不甲斐無い事で申し訳ありません」

 『貴様の都合などどうでもいい。我らは結果が全て。お前とて知っているだろう』

 「ええ、もう」

 『ならば結果を出せ。その為の契約だ』

 「はいはい。契約、その一点に於いて、貴方達は人間なんぞよりよほど信頼に足ります」

 無意識の行動なのか、伝馬は通信鬼を持っていない左手で膝の辺りをさすりながら、丁寧な口調を崩さずに言う。表情は凍るように無機質だが。

 『ふん。貴様の口から吐く信頼の文字にどれだけの価値がある? 余計な事は考えず、お前も契約を守れ。守りさえすれば、全て丸く収まるのだからな』

 「了解いたしました。では、次に通信を開くときには吉報をお届けしましょう」

 『期待している』

 通信相手の、それこそ期待のきの字も感じられない言葉を最後に通信鬼は沈黙した。

 「…まあ、せいぜい期待にお応えしましょうかね」

 通信鬼を仕舞い、目線を笑顔で賑わうモニター内に向ける。誰もが微笑み、歓声を上げる楽園が映っていた。
 伝馬は嗤う。

 「……頃合ですな。それでは契約を遂行しましょう。貴方達のご要望通り…」

 嗤いながら、コンソールに並ぶスイッチを投入していく。


 「この地に三万の魔物が棲まう楽園を…現出させましょう」


 深く静かに、二つ目の戦端は開かれたのだった。


 森はお互いにとって有利な地形だ。
 取ってつけたような植生の、森とは名ばかりのこの場でもその利点を生かす戦い方は出来る。
 タマモは閃いては周囲の枝葉を切り払う霊波刀を掻い潜りながら、冷静に次の一手を模索していた。

 「遅いわよ馬鹿犬! 手え抜いてんじゃないの?」

 「黙れっ! この偽者がっ!!」

 挑発を絡めずとも、シロは冷静さを欠いている。斬撃は鋭いが、軌跡は単純で読みやすい。木々が邪魔をして、軌道のパターンを狭めているのも読み通りだ。
 威力の上がった斬撃は易々と大木を切り倒すが、目立つ行為を禁じられているらしいシロに、なりふり構わぬ攻撃は出来ない。

 「ほーらほーら当たらないわよーだ! ばーかばーか!」

 「うぬうううううううううう…!!」

 しなくていいのだが、挑発してしまうタマモ。正直、今のシロの攻撃はそんな余裕があるほどにぬるい。修行の旅の最中に何度も行ってきた模擬戦では、もっと厳しかった。
 お互いを知り尽くしているが故の心理戦、緊張感に満ちた狩りの瞬間。今のシロにはどれも欠けている。

 「どうしたのよシロ! あんたの実力はこんなもんだっけ? 遊んでるの?」

 歯痒い。

 「もっと早く! もっと鋭く! 狼でしょうあんたは!?」

 もどかしい。

 「馬鹿犬!! さっさと元に戻れ!!」

 避けやすいほどに、見切りやすいほどに、シロの苦悩が透けて見えるようで。

 「く、お、おおおおおおおおおおおっ!!」

 全力らしい一撃が頭上から降ってきても、タマモの目には止まって見える。
 カウンターで狐火の猛火を叩きつけ、シロを吹き飛ばしたタマモは、拳を強く強く握り込み…地面に這い蹲ったシロを睨みつけた。

 「終わり? そんな格好して覚悟決めて、私を斬るってほざいてたクセに! 偽者なんでしょ私は!? そんなもんにやられて黙ってんじゃないわよ!!」

 怒りはほとんどない。ただひたすらに歯痒くて、弱いシロが悔しい。
 野球ボール大の狐火を幾つも周囲に浮かべ、反撃に備えてみても…シロは蹲ったまま震えるばかりだ。

 「何!? 本当に終わる気!? 馬鹿じゃないの!? こんな程度で…こんな、お遊び程度の戦いで満足してるの!?」

 「……う…る、さいわ……この…にせ…も」

 「まだ言うか馬鹿犬っ!!」

 弱弱しく呟くシロに向けて、狐火を撃ち出す。よろけてその場を離れたシロの足元で爆ぜた炎の欠片が、白装束を僅かに焼き切った。
 煤けた仮面の下にどんな顔を隠して戦っているのか、分からない。
 あんなに沢山の時間を一緒に過ごしたのに、顔を見ないと何を考えているのか分からない自分が、情けない。
 タマモは思い知っていた。

 「くそ…っ! わた、し…何で…!!」

 じわり、と涙が滲みそうになって、タマモは慌てて目頭を拭った。
 その一瞬の隙に、シロが再び真っ直ぐ突っ込んでくる。腰溜めに霊波刀を構え、低い姿勢で伸び上がるようにタマモの喉元を狙ってきた。

 「いい加減に!!」

 「くあっ!?」

 起死回生を狙った一撃も、タマモが周囲に残しておいた狐火が視界を塞ぎ、そのまま爆ぜた衝撃で吹き飛ばされたため、徒労に終わった。先刻以上のダメージを負って、シロは片膝を着き霊波刀で上体を支えた。肩が疲労で激しく上下している。

 「無様すぎるわ、あんた。それとも、私に殺される気で追ってきたの? 贖罪のつもりで!!」

 シロにはタマモを斬り捨てた負い目がある。タマモ自身にしてみれば、それは全く的外れで自分こそが謝るべきなのだ。
 だが、こんな有様のシロに頭を下げたところで意味は無い。正気に戻し、頬の一つでも引っ叩いた上で謝らないと伝わらないだろう。引っ叩く必要もないかと思うが、心配かけたペナルティだ。
 そう思うからこそ、シロが自分に殺されることで罪を購おうと考えているのは…許せなかった。

 「腹を切る懐刀代わりにしようっての…? この私を!」

 「……う……るさ、い………女…狐」

 荒い息を吐きながら、シロは立ち上がった。伝馬の暗示で精神に負担をかけ続けている上に、極度の集中を要する魔装術の展開、着かず離れずを繰り返して追ってこさせたタマモの策…
 ともすれば折れてしまってもおかしくない心を、シロは懸命に繋ぎとめている。

 「お前、が…ほん、も…だと…した…ら」

 「は?」

 「…っ! おおお、おおおおおおおおおっ!!」

 小さく漏らしたシロの一言にタマモの意識が少しだけ拡散した瞬間、白装が舞い、シロの姿がタマモの視界から跳ね消えた。
 空、とその場から飛び退りながら狙いもつけずに放った狐火は、風と共に吹き荒んできた斬撃の嵐と激突し、火の粉を散らした。八連の斬撃を収束して放つ攻撃力重視の技だ。
 狐火を掻き消して迫った斬撃は、僅かにタマモの髪先を断ち切って地面を削った。地下構造を支えるコンクリ部分が露出する威力だ。
 タマモが上を見ると、シロは樹上の枝に飛び乗り、こちらに追撃をかける姿勢をとっている。

 「話の途中で斬りかかるなんて、行儀悪いわよ!!」

 「……せっ、しゃは…おの、れが……許せ…ぬ…」

 「え…」

 また気を殺がれて、タマモが狐火の生成を躊躇ったのと同時に、シロは枝から一直線に飛び込んできた。
 タイミングは完璧。このままでは避けられないと理解した瞬間タマモは狐に戻り、頭上を通り抜けていく霊波刀に総毛立ちながらも、ころころと前転しながらその場から逃れる。
 体勢を立て直し、人型に戻り、タマモは井桁を額に浮かべて叫んだ。

 「喋るか戦うかどっちかにしてよ!?」

 「……斬られ、た幻…まで見せ、て……」

 「! あんた、気が付いて…」

 「そう、しない、と……っおお、おおおおお!!」

 「またあーーっ!?」

 仮面を抑えて呻いたかと思うと、またもタマモへと突進し霊波刀を振りかざすシロ。
 タマモだって馬鹿ではない。三度も話の腰を折られれば、それがシロの意志では無いと気が付く。何かが、シロの意志を蝕んでいるのだ。
 あの仮面さえ無ければ。シロがどんな顔をしているのかさえ分かれば、彼女の本心が読める。対処法が分かるのに。

 「知っ、て…いたの、に…拙者、は…」

 「何言ってんのよ!? 私の傷は自分でやったものよ! より幻覚に現実味を与えるために、わざと私が焼き切った…!」

 突進を捌き立ち位置を入れ替えたタマモは、シロの独白とも懺悔ともとれるたどたどしい言葉の羅列に、声を上げた。伝わらない気持ちに歯噛みしながら、大声で呼びかける。

 「あんたが負い目を感じる必要なんてどこにもない!! あのジジイに仕える理由も、私達が戦う理由だって…!」

 「たす、けなか、った…お前を…死に、そうなのに…! ぐ! がああああああああああああああああ!!!!」

 「シロ!!」


 「…ああああああああああああああああああああああぎゃああああああああああああああああああああああああああああーーーーー………」

 シロもタマモも、その声に気付かなかった。

 空から降ってくる悲鳴に。

 シロが最も聞きたいはずの声に。


 銀髪を振り乱して襲い来るシロに、例えようのない苦しみを感じ取ったタマモは棒立ちでその姿を見ていた。

 今まで何を見ていたのだろう。

 こんなに、こんなに苦しんでいるじゃないか。

 仮面なんて被っていても、分かるじゃないか。


 霊波刀が、大きく空へと伸び上がる。銀色の、まるで日本刀を思わせる綺麗な霊波の光が、痛々しいくらいに純粋で清冽な光が、タマモを断ち割ろうと輝きを増す。


 「馬鹿は、私………?」


 「ああああああああああああああああああああ!!!!」


 立ち尽くすタマモへ、絶叫と共に振るわれる刃。


 だが、その刃は。


 空から降ってきた別の光によって、タマモには届かなかった。


 「!?」


 凄まじい勢いで空から降ってきた光刃は、霊波刀を砕きシロの鼻先を掠って地面へ突き立ち、バネのように勢い良く撓むと。


 「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 声にならない悲鳴と、涙&鼻水&冷汗に塗れたバンダナ青年の姿をシロとタマモの間に一瞬だけ覗かせて。


 「〜〜〜っああああああああああああぁぁぁぁぁーーー………


 目線を交わす暇もなく、反動でまたお空へと打ち上げていった。


 しかしタマモにとって、そんな些細などうでもいいギャグよりも何よりも、眼を離せないものがあった。


 「……やっと見れた」


 彼の霊波刀によってシロの仮面が真っ二つに割られ…覗かせた素顔。


 「ずーっとそんな顔してたの? …私を見捨てたと思って…」


 シロはたった今師匠が垣間見せた顔とそっくりの…


 涙と鼻水に塗れた、くしゃくしゃの顔をしていた。


 「だって、あわせ、る、かお、無いもん………」


 「………ばーか、ほんとに…」


 タマモは泣きじゃくるシロに近づくと、ぎゅっと抱き締めた耳元で、一言だけ呟くのだった。


 「みぎゃあ! おう! げは! あふっ!」


 …二人の少女から少し離れた場所で、人間大の何かが木の枝をへし折りながら落下する軽快な打撲音が木霊したのには、誰も気付かなかったというか気にしなかった。


 続く


 後書き
 竜の庵です。
 派手になって参りました。魔填楼の後ろ盾も見え隠れしたり、しでかそうとしている事が分かってきたり。
 シロタマもようやく修羅場を抜けそうな気配ですね。


 ではレス返しをば。


 内海一弘様
 そこまで知っていればソウルブラザーですな! 作者はコミックスは無論ドラマCD全部とOVAのDVDも持ってます。やり過ぎ。
 魔填楼編はシロタマ編でもあるのですがー…どうやらタマモ編になりつつありそうな…シロの立場は現在非常にまずいのです。救うためには多くの仲間の助けが必要でしょうなあ。もうタマモだけじゃ無理かも…
 西条は騙されてることにも気付いてません。うん。どうも、扱いを悪くしてしまうのですよ彼は。ほとんど使いっぱ状態。オカGの人手不足ネタを引っ張りすぎでしょうか。
 戦闘は始まったばかりです。まだまだ行きますよー。


 木藤様
 年齢差なんて関係ないのですよ。愛さえあれば! 作品愛!
 横島はちらっと出ましたが、勿論これで出番終了ではありませんよ。流石に。対峙が対決になるか対話になるか、実のところ煮詰まってませんが…シロ救済の鍵となる邂逅ですから、きちんと。西条は茶々入れしてる暇がないくらい動いてもらいましょう。
 シロの鼻が効かない、というより…狩猟の精度が激減している感じですかね。勿論魔装薬の負担も大きいので、超感覚が狂っている部分もあります。シロの身体のことなんて、伝馬は全く考えずに処方してますから。
 やー、作中に出てきた駅や飯田線なんかはどうなってるんでしょうね。江古田以外にも、改修や立て替えで当時の雰囲気を失くしてしまった駅は多そうですが。


 February様
 シロタマの合流で、ようやくお話にGS美神らしさが出せそうな気がします。
 とにかくシロの状態がぐっちゃぐちゃで、せっかくの再会もタマモにとっては不満めいたものに。対伝馬の怒りメーターがまたワンランク上がりました。
 世界屈指のテーマパークを舐めてもらっては困ります。設備も従業員教育も世界最高峰ッ! 捕縛用のネットシューターを始め、非殺傷用兵器なら選り取りとかという謎設定。
 横島ちらっと登場&退場。とにもかくにも、おいしいところに現れる男です。まだ解決とはいきませんが、シロにとって大事な局面を迎えましたよ。


 以上レス返しでした。皆様有難うございました。


 さて次回。
 フルボッコです。ドンパチは続きます。


 ではこの辺で。最後までお読み頂き、本当に有難うございました!

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