十字槍を手にした横島は、必死で自分に向かって絶えず放たれる攻撃を避けながら、芦原宅地下の訓練室の中を飛び回っていた。
横島の対戦相手はメドーサだった。
素手でベスパと実戦形式で訓練するのは一定レベルを超えると危険すぎるので、芦原を訪れていたメドーサに横島が槍術の教授を依頼したのが約一年ほど前だった。
上司兼思い人の教え子ということもあり、メドーサは表面上はしぶしぶながら引き受けた。
そして、訓練室に入るといきなり横島の足元に硬いゴム製の槍を一本放り投げ、自分も同じ物を手にし、サディスティックな笑みを浮かべ、こう言い放った。
「拾え。体に刻みこんでやるから生き延びてみな」
槍を拾いあげた横島に対してメドーサは猫がネズミで遊ぶように攻撃を開始した。
初めの一か月の訓練では、必ず30秒以内に横島の手から槍が弾き飛ばされ、メドーサにとって微弱な霊波砲で反撃し、再び槍を拾って突っ込んでくる横島をメドーサが楽しそうに叩きのめすという内容だった。
二か月目に入ると、横島の手から槍が弾き飛ばされるのが3分を超える時が出るようになり、避けるだけでなく、時折受け止められるようになった。
半年を過ぎると、メドーサの攻撃を目で追う余裕ができ、得意の飛行能力で、ある程度高速の突きを全方向に避けられるようになった。
そして、約一年が過ぎた今、横島は必死で空中を飛び回っていた。その視線は絶えず自分に向かってくる二又の槍の先端に注がれていた。
メドーサは普段戦闘で使用する槍を使っていた。それに対し、横島の手にはルシオラが作成した十字槍が握られていた。
基本的な攻撃力が低い横島にとって、力で勝てないなら、速さで。それで駄目なら道具で補うか技術か戦略で勝つ。
これが自然に横島の戦闘スタイルとなっていた。
横島はメドーサの突きをかわし、手から霊波砲を放った。それをメドーサは軽く首だけを動かすだけでかわし、連続で突きを放った。横島は十字槍の面積の大きさを活かし、防ぎ反撃するものの、一瞬で懐に飛び込んできたメドーサの蹴りを避けることができなかった。
「おまえの負けだ。今日は終わり」
「はい。ありがとうございました」
ペコリと横島はいつも通り頭を下げ、シャワーを浴びるために訓練室を後にした。
一人訓練室に残されたメドーサは壁にかけられた大きなデジタル式のストップウオッチに映された数値を見て忌々しげに舌打ちをした。
18分49秒
手加減をしていた上に超加速や眷族を使用しなかったとはいえメドーサにとってクズでしかない人間がこれだけの時間彼女と戦い、生存したことを意味する数値だった。
魔族の中ではメドーサは中級階級魔族であり、上級階級の芦原三姉妹、魔王階級の芦原にくらべればパワー、防御面では遙かに劣る。それでも、実戦経験なら一番豊富だった。
そのメドーサ相手に横島は18分49秒耐えたのだ。
「あの野郎クズのくせに致命傷か重傷になりそうな一撃は絶対に避けやがる」
例え、ゴム製の槍でも魔族の腕力で振るわれればかなりの威力を持つ、下手をすれば大けが、最悪の場合死につながる。
訓練の初期でも生物の生存本能がなせる技か横島は痣か切り傷程度の軽度の負傷で無事に切り抜けていた。
メドーサが殺傷能力のある武器を訓練で使用し始めてもそれは変わらなかった。さきほどの訓練の最後の蹴りも後ろに飛ぶことでかなりの威力を相殺していた。
「弱いくせに殺しにくいんだよな。アイツ」
イラただしそうに呟いた後、メドーサは部屋を後にした。
そんなメドーサのストレスの原因はというとシャワーを浴び、リハビリ時代には毎日訪れていた近所の自然公園の丘で仰向けになり狐形態のタマモとゴロゴロしていた。
自分の胸の上で気持ちよさそうに目を細めているタマモに向かって横島は話しだした。
「なんかあとちょっとでコツが掴めそうなんだけど、何が掴めそうでどうしたらいいかわからないんだよな」
目は瞑っているもののピクッとタマモの耳が横島の方に反応した。
これは「聞いているよ」を意味する二人の間のサイン。それを見て安心したのか横島は続きを話し始めた。
「差別みたいだけど、女の子に守ってもらってる男って嫌だって思ってる。自分なりに頑張ってるけど俺は相変わらずだし、何か掴めそうで掴めなくてソワソワするし」
はあーとため息をつき横島は手を青空に伸ばした。そして、それを掴む仕草をした。
横島は決して他人に口にしたことがないがある不安を抱えていた。
自分は本当にこの人達といていいのか?ただ足を引っ張っているだけではないかと?
そんな横島の不安定な心情を察したのかタマモは起き上がり、横島の唇をペロペロと舐めた。そして、優しい金色の瞳で横島を見つめ、狐形態のままで話しかけた。
「大丈夫。忠夫はちゃんと頑張れてるよ」
タマモは動物の直観で横島の周囲が食物連鎖の頂点に位置することを理解していた。
そもそも、ただの人間、それも横島の年齢の人間が上級魔族と普通に訓練し
ていること事態が異常なのだ。
横島も魔族の階級の差異については知識として持っているが、実際にメドーサ以下の魔族や神族に会ったことがないため十分に理解できていなかった。
「サンキュー。もう少し頑張ってみるよ。」
柔らかい金色の毛並みを撫でながら横島は礼を述べた。
タマモのフサフサした毛並みはいつでも横島のざわついた心を落ち着かせてくれた。しばらく、タマモを撫でていると横島は奇妙なことに気がついた。
不自然なほど人が周囲いないのだ。一人を除いて。
全身真っ黒いローブを身にまとっており、性別が外見から判断は不可能、まったく存在感という物を感じさせてなかった。ただ、フードの顔がある位置から大きな一つの目が覗いていた。
その大きな目の持ち主は横島と視線が交差すると頭を下げた。
キヲツケロ、キケンガ チカズイテイル。
口が見えないのにその言葉は横島の耳に響いた。その言葉が終わるとその人物は消えた。
「律義にどーも。不審人物さん」
誰もいない空間に礼を述べると横島はタマモを抱き抱えて走り出した。
横島が芦原宅の広すぎる庭に辿り着いたのとナニか異質なモノが空間を歪め始めたのはほぼ同時刻だった。
「マズイことになりましたね」
「せやな」
現状を確認しつつ最高指導者達は語りあった。
深刻な状況であるのにもかかわらず、彼らの顔には焦燥の色がない。
秩序の維持という結果がでれば犠牲は「神」という存在にとってほとんど意味はなさない。
「で、どうします?」
「こっちはもう手を打ったで、アシュと面識のあるワルキューレに小隊を任せたわ。ちなみに弟も一緒な」
「そうですか。こちらも先ほど暴動を起こした反デタント派の中級神族達を捕えました。ですが、下級クラスとそれ以下が逃亡しようとして、亀裂に飛び込み、アシュタロスの住宅付近に漏れました」
「うちもや、暴動で低級の怨念とか悪霊がかなり亀裂から漏れてしもうた。逃げる際にアシュの娘の魔力に魅かれとる。そっちもせやろ」
「ええ、彼の住宅の土地に染み込んだ神気に魅かれたようですね」
「にしても、ずいぶんちゃうな」
「あの滅びに向かっている平行世界の記憶と比較してですか?ええ、まったく異なりますね。この世界は特に不安定ですから。空間は亀裂だらけですしね」
「せやから、世界はおもしろいんや。まあ、「大木」のことは将来的になんとかなるやろ。接触するのはまだ十年以上先のことやし」
最高指導者達は笑い合った。自分たちに予測できない事態の発生を心から愉しんでいた。
可能な対処はした。後は観客になるだけ。
「神」にも娯楽は必要なのだから。
住宅事情が困難な日本と異なり、海外の多くの国では少し郊外に行けば隣家が密接していることがほとんどない。隣の家と500m以上離れているなど決して珍しい条件ではない。
芦原宅もそんな立地条件にあった。
「ルシオラ!なんか今ヤバイ感じが!」
「わかってるわ!もう!アシュ様がいない時にかぎって!はい!槍!」
敷地内に飛び込んできた横島に十字槍を渡しつつルシオラは答えた。
狭い室内は動きにくいので滞在者全員が外に出てきていた。芦原宅の戦力はルシオラ、ベスパ、パピリオ、メドーサ、遊びに来ていた冥子、横島とタマモ。
周囲の空気が異質な色を帯びていた。まるでこれから起こることの前兆を暗示するように。
「神族臭い。それと懐かしい匂いがする」
メドーサがポツリと呟いた。手のひらから二又の槍を取り出したその顔は戦闘への興奮で歪んでいた。
「なんか〜怖いわ〜」
冥子は怯えていたが式神を一通り出していた。
「冥子は弱虫でちゅね。まあ、パピがいるから問題ないでちゅ」
「ここの結界は相当強力だけど、いつまでも持つわけじゃないわ。限界になったらわざと穴を一つ空けるからそこから入ってきた奴を攻撃して」
芦原が不在の間指揮を任されているルシオラが迅速な指示を出した。
そして、いきなり上空の空間に亀裂が入り異形が姿を現した。
「何あれ?気持ち悪い」
人型になったタマモが問うたが答えられる者はいなかった。それほど、空間の亀裂から飛び出したモノの大群は歪だった。
ヘドロ状、獣状、線状、気体状、アメーバ状、様々な形が存在した。そのどれもが負の感情で周囲をどす黒く染めながら芦原宅を覆う結界に体当たりを開始し、その多くが消滅した。だが、異形の行進に終わりはなかった。まるで洪水のように、空間の裂け目からわき続けた。
聞く者達に吐き気を感じさせるような雄叫びを上げながら異形の群れは結界にぶつかる自殺行為を繰り返した。
しばらく、その悪夢のような現象が続いた。再び、空間が歪み始め今度は多くの人型が現れた。筋肉質な者、美貌を備えた者、頭部が二つ存在するもの、そのどれもが好戦的な表情で武器を手にしていた。
「ここは人界か?ええい!おのれ!薄汚い怨念どもに魔族め!どの道我らに後はない!皆殺しにしてくれる!」
指導者らしい筋肉質な人型が武器を掲げ、叫ぶと他の者達もそれに応じ、異形の群れとの戦闘を開始した。
その一部が結界内にルシオラ達がいるのに気がつき、魔族を討ちとらんと結界に攻撃を開始した。
「魔族を討ちとれ!デタントは無用だ!」
高揚しきった声で絶叫しながら、神族達は乱雑な攻撃続け、魔界から来た異形の群れは力を感じさせる全てを対象にし、暴れ狂った。
その光景を少し離れた位置からある小隊が見ていた。
魔界正規軍所属ワルキューレ大尉が指令官を引き受けた小隊だった。
「アテンション!これより、暴動の残党及び、それによって漏れ出した怨念達の排除を開始する。神界からの許可は下りておりデタントに反することはない。人界の被害を最小限に食い止めることが目的だ。総員全力で当たれ!」
ワルキューレが行動開始の合図を出そうとした瞬間、小隊の後方で叫び声と戦闘音が生じた。
慌てて振り返ると複数のハエのような影が小隊に攻撃を加えていた。そのさらに後方には、パーカーを着た目つきの悪い少年がそこにいた。
その少年は銃弾がいくら命中しても嫌な笑みを崩すことはなかった。
それだけでなく、身体の一部を異形に変化させ、小隊に反撃していた。
「貴様ら!デミアンにベルゼブルか!」
「へっ。さすが軍人は物知りだな。悪いが先には行かせないぜ。そういう命令なんでな!」
ベルゼブルの一匹が耳障りな声で宣言した。舌打ちをしたワルキューレは戦闘能力が高そうなデミアンに狙いをつけ、躊躇なく引き金を引いた。正確に眉間を打ち抜いたにもかかわらず、デミアンは平然としていた。
「無駄だ!俺は不死身だ!」
身体を変形させ、鋭い爪が生えた腕をいくつも小隊に向かって伸ばしつつデミアンがワルキューレの行為を嘲笑った。
新たな乱入者の出現により、戦況は一気に混沌と化した。
魔界正規軍が危機に陥っている頃、横島達も危機を迎えていた。
「キリがないわ!もうそろそろ結界も限界よ!」
ルシオラがそう言うのも無理もなかった。
つい先ほどまで、穏やかだった青空はびっしりと隙間もないほど黒い影に覆われていた。唯一幸いなのは、大規模かつ強力な結界に異形の群れと神族が魅かれ、近隣の民家に被害がないことだった。
芦原がその辺りを配慮し、空間遮断機能を付属させていたため、当事者ら以外の周囲がこの混沌に気がつくことはなかった。だが、その強力な結果にも限度があった。
「姉さん!右が薄いよ!」
「OK!そこだけ開放するわ。結界が完全に壊れたら周囲まで巻き込んじゃう!」
ルシオラが素早く手元の機械を操作し、結界の一部を消滅させた。それと、同時に雪崩のように外のモノが雪崩込んできた。
それに対し、即座に三姉妹とメドーサの魔力砲による連続攻撃が叩きこまれた。紙をハサミで切るように黒い洪水が切られた。が、それも、瞬時に塞がった。
「これ、ただの低級霊じゃない!何か異質なモノよ!」
ルシオラが注意しつつも魔力砲を放った。他の魔族のメンバーも次々と怨念と神族を撃破していた。
それでもこの混沌に終わりは見えなかった。圧倒的に数が違うのだ。
低級霊クラスがいくら存在したしても、芦原が作った結界を破ることなどできない。たとえ、神族がいたとしても、そう容易なことではない。その結界を崩壊の危機に至らせたということは、何らかの要因があるのは一目瞭然だった。それを見逃したことをルシオラは後悔していた。
何かおかしい。いくらなんでも唐突過ぎる。まるで、芦原がいない時を狙ったような。
ルシオラの優れた頭脳がそう告げていた。そして、危機感を感じたルシオラの視線は自然と一番戦闘能力が低い横島へと向いていた。
その横島は吸引を続けるバサラを盾にしながら、加速しながら槍を振り回し、タマモと冥子をガードしていた。
終わりのない戦いを続けながら横島も違和感を持っていた。
いきなり、あまりにも突然に、穏やかな日常が崩されたからではない。
あまりにも突然現れた、空間の亀裂。
それが異世界に通じているようで、どうしようもなく危ない物に思えてしょうがなかったのだ。
戦いの最中に考え事をしていたせいで横島はタマモの背後に現れた影に反応するのが一瞬遅れた。
剣を持った神族の死体。
それに怨念が乗り移ったモノがタマモの背後でその剣を振り上げていた。
普段ならタマモの鋭敏な嗅覚で敵の存在を察知することができたであろうが、周りに他の存在が多すぎ、前方に集中していたこともありタマモは後ろの存在に気が付いていなかった。冥子に敵の存在を感知するという行為を期待することは不可能だった。
その状況で横島は自分にできる唯一の行動をした。
「Accelerate max!」
(加速最大)
タマモの脇に素早く回り込み、躊躇なく槍で生き屍の喉を切り裂いた。そして、付近の怨念達を霊波砲で吹き飛ばした。そこにタマモの狐火とアジラの火炎が割り込み敵を焼き尽くした。
そう誰もが思った。
ザクッ。という音が横島の両腕から響き、喉が裂かれたにも関わらず剣を構えた神族を見るまでは。
愕然とした表情で喪失した自分の両腕を見つめ、横島は意識を失った。
横島が目を覚ますとすぐに自分の異変に気がついた。
水の中にいるような感覚、周りがすべて水色で揺らめいているのに、息が苦しくない。フワフワと浮いているような感覚に包まれていた。
「で、ここはどこでいったい何があったんだ?つか、おまえ何?」
横島は目の前の存在に訪ねた。混沌が始まる前に横島が遭遇したフードを被った大きな眼球を持つ存在、それが横島の前の空間に同じように浮いていた。
「ここは横島忠夫の意識空間だ。ここなら支障なく会話ができるので引きずりこませてもらった。初めましてが正確か?我はアシュタロスに「魂の牢獄」と呼ばれ、その責務から君に解放されたモノだ」
フードに隠され、眼球以外は何も見えないがその視線は親しみを帯びていた。
「ああ、あの時の奴か。なんか、ずいぶん印象が違うな」
横島の記憶では少なくとも魂の牢獄は人型ではなかった。
「本来の姿と記憶をとり戻すのに時間が掛ってしまった。謝礼にくるのが遅れて申し訳ない。おっと、雑談を交わしている場合ではないな。まず、我が何かという質問に対する答えだが、我は死神だ」
「死神?大鎌持ったアレか?魂を輪廻の渦に運ぶのが仕事の?」
「そうだ。本来の役割すらはたせず、名すらない死神だ。本来なら人物の死後、魂を正確に刈り取り、輪廻の渦に導くのが我ら死神の存在意義だ。だが、我は魔王の魂を同じ存在として転生させるために形状を奪われ、その定めに縛られていた。君が解放してくれるまで一種の矛盾した牢獄と化していた」
そういう死神の目に深い悲しみが宿っていた。
本来ならば、死を慈しみ、新たな生を望む立場でありながらそれを奪われた悲しみ、魔王に憐みを感じつつも何一つ出来なかった悲しみが宿っていた。
「OK。おまえが何かはわかった。それで俺に何のようだ?俺は死ぬのか?」
「いや、君に見て欲しい。そして、選んでほしい。ここで終わるか、人々の思いを知り、君の起源と潜在能力に気がつき、生きることを選ぶか」
死神の手には大きな鏡が握られていた。そして、その表面が水面のように揺れ、一つの光景を映し出した。
まず、最初に映されたのは現実世界の横島だった。
横島の腕は肘から下がなかったが傷口が炭化しており、出血はなかった。
タマモが泣きながら、両腕と意識のない横島の体を抱き抱えていた。
タマモの付近では炎が荒れ狂い、近づくモノ全てを焼き尽くしていた。
その顔は耐えがたい悲しみと怒りに彩られていた。
ルシオラは普段の穏やかな性格から想像しえないようなほど、獰猛な顔で敵を殲滅していた。
パピリオはその幼い顔に涙の後を残し、眷族を動員して暴れていた。
ベスパが本気で怒り、破壊衝動を解放していた。
冥子は横島が初めて見る憎しみの表情で式神を解放していた。
メドーサは特に動揺していなかったが、手頃な神族に次々を襲いかかっていた。
鈍すぎる横島でもはっきりと理解できた。
全員が横島が傷ついたことに怒りを感じてくれていることを。
横島は嬉しかった。
誰かが自分のために泣いて、憤ってくれる。
これ以上の幸せはあるだろうか?
横島には不安があった。
弱く、無力な自分があんなにも優秀な人達と一緒にいてもいいのかという不安が。
答えは聞くまでもなかった。今見ている光景こそが何よりも優れた証拠だった。
だから、横島は嬉しかった。絶望的な現状にも拘わらず無性に嬉しかった。
大切な人が与えてくれる「繋がり」が嬉しかった。
そんな横島に対し、死神は語りかけた。
「この世界は特殊な事情を抱えている。魔王が帰還した時全てを語るだろう。それは多くの絶望とほんの僅かな希望をはらんでいるとしても君は生を望むか?」
「当たり前だ!あんなにいい女がたくさん俺のために泣いてくれるんだ!死んでたまるか!もう泣かせてたまるか!」
横島の表情からは幼さや甘えが消えていた。
あまりに恵まれた人材に囲まれ、育ったため生じていた甘さや妬みはそこにはもうなかった。
横島を抑圧していた重圧はもうなかった。束縛する鎖はもう存在しなかった。
ようやく理解できたのだ。他者との「繋がり」。
これが横島忠夫という人間を形成するものだということを。
「ならば、契約しろ。我に名を授けろ。そうすれば我は君を主と認め、君の心に宿り、君の「目」となり、「武器」となろう」
「そうかよ。じゃあ、契約してやるよ。ただ、一つだけ聞きたい。俺は芦原さんに追いつく、それで追い越す。それが終わったら絶対に俺のことを思ってくれる人をみんな幸せにしてみせる。それに協力してくれるか?」
「実に君らしい願いだ。喜んで協力しよう」
フードが消滅し、水色の空間には大きな目といつの間にか現れた大鎌が残った。
綺麗な大鎌だった。
握りの部分は木製にみえるが真新しい木材からできたように美しかった。
刃は黒かった。禍々しい黒ではない。優しい夜色をしていた。
反射された光が夜空の星のように光っていた。
「心眼。それがおまえの名前だ。俺と契約してくれ」
「承知した。我が名は心眼。横島忠夫を主と認めよう」
はっきりと他者との「繋がり」を感じられるようになった両腕を横島は伸ばした。
「Hands of Connection」
(繋がりの腕)
自然とそんな言葉が口から漏れていた。
新しい腕はなぜか大きく、暖かく、木製の大鎌の握りによく馴染んだ。
あとがき
かなり唐突にバトルに入りました。
疑問を感じている方々が多いと思われます。
次回以降、「大木」「四本の柱」の意味、この世界の設定、横島の真価などが明らかになります。なので、展開に関する疑問はそこを読んでからお願いします。ネタバレになってしまいますので。
ただ、ひとつだけ言えるのはこの作品はまだ始まってすらいません。
ようやく、必要な人物たちが登場したところです。
後三話ぐらいで本編突入の予定です。
気長にお待ちいただければ大変ありがたいです。
レスは時間がないため別の機会に返させていただきます。ご了承ください。