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「妖と魔と神に愛されし風 第四話(GS)」

J (2008-05-22 21:18)
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横島忠夫は自分のことが嫌いだ。 

なぜか? 自分が無力だと感じているからだ。

覚えたての英語でMulti-communication(マルチコミュニケーション)と名付けた特殊能力で横島はいろいろなモノと話すことができる。それは、同時にいろいろなモノの声を聞けることを意味する。だから、横島は多くの情報を得ることができた。
横島にとって嬉しいことであり、悲しいことでもあった。

寂しいとタマモが相手になってくれたから、寂しくなくなった。
式神たちが六道家の面白い話をしてくれたから、六道のおばさんと友達になれた。
小学校に住み着いた清掃員の幽霊が内緒でテストの答えを教えてくれたから、助かった。
年老いたインコがスカートを捲った女の子が放課後泣いていたことを教えてくれたから、素直に謝ることができた。
病院に夏子が連れてきた猫が夏子が事故のことを気にしてよく泣いているのを教えてくれたから、空港で励ませた。
ニュージーランドに来て、英語がなかなか理解できなくても、いろんな存在が手助けしてくれた。

多くの意思がある存在との接触により、横島の精神は急激に成長した。

そして、横島は知ってしまった。自分にできるのは話すことだけ、それ以外はほぼ何もできないことを。


タマモが悪夢に怯えても話かけ、撫でてやることしかできない。悪夢そのものを消すことはできない。
式神たちが大切に思っている暴走癖の主を助けることはできない。
清掃員の幽霊を浄化してやれない。
インコを鍵の掛った鳥かごから出してやれない。
夏子を完璧に安心させることができない。 


自分は何もできないという無力感。これが横島のコンプレックスだった。


だが、それは一時的に解消された。詳しいことはわからないが芦原優太郎という悲しい目をした男を助けることができたのだ。

横島は嬉しかった。初めて、自分が何かできたという実感を得られたのだ。
それと同時に憧れた。まるで、魔法使いのように自分の不自由な脚部を治した芦原優太郎という存在に。

自分もああいうニンゲンになりたい。

二週間ほど前、芦原に出会ったその日から横島のその思いは日々強くなっていた。


少しずつ歩けるようになってきた自分の足と目の前で買い物をしているタマモを見ながら横島は強く思った。
今度は誰も泣かせたくない。強くなって、大切な人の不安や恐怖を吹き飛ばす「風」になりたい。タマモのような存在が安心して暮らせる場所を作りたいと。


少年が夢に向かって歩み始めるのは、この後すぐだった。


横島とタマモが買い物をしている頃、横島家には四人の人物が訪れていた。
芦原優太郎、芦原ルシオラ、芦原ベスパ、芦原パピリオの四名。
芦原は借りていた衣類を返却し、娘を百合子と大樹に紹介した後、具体的な要件を話し始めた。

横島の能力の特異性、それにより生じる危険性、霊能者として高すぎる潜在能力を兼ね備えていること、自分の立場、二界の最高指導者達が横島を利用しようとしていること、そして、最終的には命が狙われる可能性が高いこと。
いくつかの反応を芦原は予想していたが百合子が発した発言に真底恐怖した。

「ようするに、その最高指導者がうちの家族を殺害しようとしていると?」

「はい、最終的にはそういうことになりますね」

「よし!宿六!ソイツら潰すよ!」

「ああ、わかっている」

暗い表情で嗤う夫婦を目撃した芦原は、部屋の隅でガタガタ震えている娘たちに財布を渡し、外に日常品でも買いに行くよう指示した。

敵対関係でなくて本当によかった。芦原はそう思わずにはいられなかった。
目の前の夫婦の息子に性格が遺伝していないことを芦原は信じもしない神に祈った。


一方、恐ろしい空間から脱出した三姉妹は父親の指示に素直に従い、道路わきの地図に記されていた近くのショッピングモールに向かっていた。

「アシュ様が勝てる気がしないと言っていた理由がよくわかったわ」

「そうだね、姉さん。アシュ様を助けたのがアレの息子なら納得できるよ」

「二人ともパパかお父さんって呼ばなきゃだめでちゅよ」

未だ若干怯えた表情で道を歩く三姉妹は横島夫婦、特に母親とは絶対に敵対してはならないことを早くもその身をもって理解していた。
アレとは敵対してはいけない。本能が、全身の全ての細胞がそう告げていた。
生まれてからたった二週間で世の中の不条理を体感した哀れな三姉妹はやがて目的地にたどり着いた。

この世に生を受けたばかりの三姉妹にはほとんど私物と呼べる物がない。
三姉妹が穿いているお揃いのジーンズと色違いのTシャツは所有している数少ない衣類であったため、三姉妹の足は自然と女性の衣服が売っている店へと向かっていた。

店の近くまで来た三姉妹は、彼女たちでなければ気付かないほどうまく隠蔽された人外の気配に気がついた。
視線をそちらに向けてみると、山のような荷物を持たされた東洋人の少年とナインテールが目立つ金髪の人外がそこにいた。
聴覚を集中させると非常に情けない会話が耳に飛び込んできた。

「タマ姉。いくらなんでもこれは買いすぎ。つか、物理的に運ぶの無理!」

「まあ、リハビリだと思って頑張って!女の子の荷物を男の子が持つのは常識でしょ?ジェントルマンへの第一歩よ!私が選んだ忠夫の服も中にはあるんだから!」

「…………悪女」

「焼かれたい?」

「すいません。なんでもありません。お願いですから道のど真ん中で焼かないでください」

見事にタマモに調教されている横島忠夫がそこにいた。
漫才のような会話をしつつもタマモは目で横島に待機するよう合図し、三姉妹に近づいた。

「芦原って奴と似た匂いがする。知り合い?」

「娘よ。あなたが妖狐のタマモさんね?あそこにいるのが横島忠夫でいいのかしら?」

ルシオラが代表してタマモに答えた。

「そうよ。で、何か用?」

礼儀正しいルシオラは自己紹介を済ませ、今までの経緯と要件を告げた。

「芦原はこの前の礼に忠夫の教師になりたいと。で、ルシオラたちはお母さんのGMオーラから逃げて、買い物きたわけね」

ルシオラたちと会話を続けつつもタマモの頭は別のことを考えていた。


芦原は元魔王だから頭が良くて、強い。ソイツとその娘が忠夫の教師役になる。つまり、忠夫がいい男になるのに繋がる。うまくいけば、忠夫はそこら辺の人間よりもずっと強くなれる。魔界とのコネもできる。忠夫が優良物件になる可能性が上がる。OK。教師役許可。


「OK!むしろ大歓迎!ルシオラにベスパにパピリオね?これからよろしく!」

タマモお姉さまの忠夫をいい男にしよう!第63回脳内会議で満場一致の採決後、タマモは三姉妹に笑いかけた。そして、上機嫌で弟に声を掛けた。

「タマ姉?大丈夫だった?」

「問題なし。芦原の娘だって。ほら!挨拶!挨拶!」

「え!マジで!横島忠夫です。初めまして。あー英語の方がよかった?」

「日本語で問題ないわ。私はルシオラ。よろしくね」

「私はベスパ」

「パピリオでちゅ」

ルシオラは穏やかに、ベスパは無愛想に、パピリオは無邪気に横島に応えた。

ルシオラからみれば魔族の自分たちに普通に接してくる横島の態度は好ましいものであった。ベスパは目の前は脚部以外、ごく普通の人間が本当に父を解放したのか疑問に感じ、警戒心を抱いた。パピリオは家族以外との会話をただ楽しんでいた。

それぞれ異なる心情を持ちつつも、タマモに話した同様の内容を横島に話した。

「芦原さんとルシオラとベスパが俺の先生に!なんかすごいなー。でも、俺別に何もしてないんだけど?足治してもらったし、なんか悪いな」

「おまえ、それ本気で言ってるのか?」

ベスパ思わず横島の襟首を掴んだ。ルシオラとパピリオも後ろで頷いていた。
横島の行為がどれほど芦原にとって価値のあるものか横島は十分理解できていなかった。事情を知っているベスパの怒りは正当な物だった。
だが、事情をまったく知らず、ベスパの怒りを誤解した横島はとりあえず謝罪した。

「その、よくわからないけど悪いことしたなら謝る。ごめん」

その態度に、ベスパはため息を吐かざるを得なかった。ルシオラとタマモは苦笑、パピリオは相変わらずだった。勢いが削がれたベスパに変わり、ルシオラが答えた。

「いくらお礼を言っても足りないのはこっちなのにヨコシマがそれを理解していなかったから、ベスパは怒ったのよ」

「そうなんだ。じゃあ、さっそく一つお願いいいか?」

「何?」

「友達になって欲しい。ルシオラ先生もいいけど、なんか変だし」

クスッとルシオラは笑った。鈍いが面白くて、優しい。これがルシオラの横島に対する第一印象だった。だから、ルシオラは笑顔で手を差し出した。

「いいわよ。よろしくね、ヨコシマ」

顔を赤らめている横島を見たタマモは、ライバル出現の可能性に若干危機感を感じていた。
忠夫を私に夢中にさせるように、もっと頑張ろう。そうタマモは思った。

「ベスパとパピリオもよろしく!」

「よろしくでちゅ!」

「まあ、せいぜい頑張りな。提案は一応受けてやるよ」

こうして、横島には家族とも呼べる友人が三人増えた。
この後、女子四人の買い物に付き合わされ、リハビリ中の横島が人間の限界を超える荷物の量を自宅まで持たされたが、それは横島以外にとっては些細なできごとだった。


横島にとって永遠にも感じられた買い物が終わり、帰宅した横島兄弟と三姉妹を待っていたのは、怯えた表情の芦原と百合子だった。

「あ、忠夫にタマモちゃん。ちょうどいいところに帰ってきた。ルシオラちゃん達とはもう会ったみたいね」

「お袋。芦原さんどうしたの?」

笑顔の百合子に対し、横島は恐る恐る訪ねた。

「私は問題ないよ。ただ、演算処理系の部下の100倍に近い情報処理能力を見せられて驚いただけだ」

それなりに苦労して作った土偶羅の演算処理能力を、軽く超える百合子の能力について芦原はそれしか言えなかった。

百合子は芦原が訪れてから4時間ほどで横島宅の付近で売りに出されていた不動産を、芦原家の住居として競り落とし、芦原から得た情報で早速最高指導者対策を始めた。
大樹は百合子の命令でどこかに出かけてこの場にいない。
「村枝の紅ユリ」と呼ばれた人間の真骨頂が発揮されていた。
なんとか、動揺から立ち直った芦原は横島に問いかけた。

「さて、娘たちから事情は聞いているかね?」

「とりあえず、俺の能力を欲しがる連中がいて危ないから、芦原さんたちがいろいろと教えてくれる。までは聞いています」

「あくまでも、忠夫君がどうしたいかによる。私は強制するつもりはないよ」

芦原は別に横島に何かを強制するつもりは今のところなかった。
拒絶された場合、残念だが、影から見守っていけばいいと感じていた。

「頑張ったら、空を飛ぶとかできるようになりますか?芦原さんみたいになれますか?」

「飛行能力はそれほど珍しいものではない。実際、私の娘は生まれながらにして、全員その能力を所有している」

後半の質問に芦原は答えなかった。
自分みたいになりたいなどと言ってきた人間は横島が初めてあり、答えに躊躇したのだ。また、芦原は理解していた。
魂の牢獄に触れられた時点で横島はある意味芦原を超えていたことを。
苦笑した芦原が娘たちに視線を向けると、三姉妹は頷き、能力を見せた。

「スゴッ!」

大人は未知を恐れるが、子供は憧れる傾向が強い。純粋に空が飛べる友人を横島はスゴイと感じた。タマモも百合子も特に驚いた様子はなく、興味深そうに部屋の中をフワフワと移動する三姉妹を見ていた。

「やります!俺、芦原さんとルシオラとベスパの弟子になります!」

「そうか。では、私も可能なかぎり期待に応えるとしよう」

こうして、横島忠夫は芦原優太郎、芦原ルシオラ、芦原ベスパの弟子になることになった。


まったくの余談だが、芦原家と横島家が出会ってから約一週間後、神魔界の最高指導者達が魔王の暴走を上回る驚異に対し、緊急対策本部を設立するという異例の事態が起こった。

少なくともしばらくは横島の安全は保障されたようである。


あとがき

妖と魔と神に愛されし風の第四話を送りしました。

今回は特に大きなイベントもなくほのぼの系にしました。
新しいキャラを出そうか迷いましたが話が早く進みすぎるので延期させていただきました。 
ご了承ください。

この次か、その次あたりに出す予定です。


次回は横島の成長の話です。 
オリジナルの能力をいくつか計画しています。
横島の人間関係や精神的な成長を描ければいいと思っています。


いつもこの作品を読んでくださっている皆様に感謝を。
批評お持ちしております。

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