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「がんばれ、横島君!! 24ぺーじ目」

灯月 (2008-05-21 22:39/2008-05-22 23:37)
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沈黙。
周囲を支配する重苦しい重圧。
動けないどころか、声も出ない!
逃走すら無意味だと思わせる圧迫感。
生み出すのはただ一人。俺の母親!
ルシオラちゃんは震えながらも、真っ直ぐにお袋を見詰め一歩踏み出す。
ごくり。
あまりの緊張の為に乾いた口内。唾を飲み込む。
お袋は真剣な目でルシオラちゃんを見、やがて口を開いた。

「ルシオラさん……」


頑張れ、横島君!!〜横島君と偉大なる母〜


あるの日の事です。
扉を開けたらお袋がいらっしゃいやがりました。
閉めた。

「それが久しぶりに会った母親に対する態度か!?」

ひぃ!? 本物だ、このプレッシャー!!

「な、なんでお袋がここにいるんだよ、親父はどうした!?」

もっともな俺の疑問。しかし――

「――忠夫、何か言った? 宿六がどうとか?」

「何も言ってません。ごめんなさい」

にっこり笑顔で撒き散らされるは圧倒的な敵意。おそらく、親父に向けての。
こ、怖い。親父の奴、何をやりやがった!?
ポー? ポポー、ポーポ?
異変を感じ取ったハニワ兵が集まってきた。
ハニワ兵だけじゃない、ルシオラちゃんたちまで!

「お袋、ちょっと、こっち!!」

腕を取り、強引に外へ。
いきなり家にこられては困る。俺が前に住んでたアパートならともかくここは雇い主の家だ。
とりあえず、雇い主たちに説明してくるから家の前で待っていて欲しいと、丁重にお願いした。
流石にお袋も分かっているらしく、頷いてくれたけど。
大急ぎで家に戻って、玄関で待っていた子供たちとハニワ兵をつれてリビング。
のんきに茶をすすっているアシュタロスさんを含めて、事情の説明。

「ほほう。横島君の母親かね。ソレは興味深い! 是非ともつれてきなさい!!」

アシュタロスさんは思った通り。嬉々として賛同。
他の皆も会ってみたい、と。
あああああ、やっぱりなぁ。ルシオラちゃんなんて真っ赤な顔でぶつぶつ言っている。

「お義母さん……いえ、お義母様? 挨拶、挨拶を…」

大丈夫だろうか?
それよりも、先に片付けなければならない事が。
そわそわと。遠足前の子供のよーに目を輝かせている雇い主。

「なぁんで、そんなに楽しそうなんですかぁ?」

「いやぁははははは! 横島君の母親だよマザーだよ? 雇い主である私がちゃんとご挨拶しなければならないと思っただけであって、抑えきれない好奇心ではないよ?
だから頭から手を離して下さい。頭蓋骨が明らかにヤバイ音を奏でてます」

「……好奇心猫を殺すって言葉知ってますか、アシュタロスさん?
いいですか、お袋は俺や親父よりずっと高位の存在なんです。
ついうっかりだとか愉快犯だとかで、何かやってみろ? 文珠で『縛』って『黙』らせて勘九郎の餌にするぞ!?」

「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! よ、横島君、目がマジ…」

[兄弟、その文珠の使い方は正しいが、激しく間違ってるぜ!!]

魔眼、うっさい。
必死な俺の様子を、ルシオラちゃんとべスパちゃんが気の毒そうに見詰めていた。

「それじゃ、俺はお袋を迎えに行ってきますから。
いいですか? く・れ・ぐ・れ・も変な真似しないように!!」

びしりとアシュタロスさんを指差してから、家の前、静かに佇んでいたお袋を招きいれた。
リビングに向かう途中、お袋が聞きやがった。

「忠夫、あんた――ロリに走ったって、ホント?」

なんだかとても哀れなものを見る目で。
情報源、親父。全身全霊で否定しました。
ただのベビーシッターです。まぁ、今ルシオラちゃんたち大きくなってるけど。会えば誤解も解けるだろ。
出迎えてくれたパピリオちゃんを抱き上げて、お袋を紹介する。

「ほえ〜。お兄ちゃんのママは流石に似てまちゅね」

ころころ笑うパピリオちゃんに、そうかなと首を傾げた。
どちらかと言うと、親父に似てるって言われる方が多いけど。
お袋も、パピリオちゃんに優しい視線。
よし、今の所は大丈夫だ。
俺はお袋に気付かれないよう、じろりとアシュタロスさんを睨んで、

「あ、紹介するぜ。
ここにいるのが雇い主の芦原さん。それから芦原さんの娘のルシオラちゃんとベスパちゃん」

「あ、初めまして! わた、私、芦原ルシオラって言います!!」

「べスパです。初めまして」

「あら、可愛いお嬢さんたちね。
忠夫の母横島百合子よ。宜しくね」

緊張した面持ちで頭を下げるルシオラちゃんと、クールに一礼するべスパちゃん。
芦原さんは沈み込んでいたソファから立ち上がり、大袈裟に両手を広げた。

「初めまして、私は芦原優太郎。
貴方が横島君の母君か! 会うのを楽しみにしていました!!」

「あら、ご丁寧にどうも。いつも息子がお世話になっております。横島百合子です。
ベビーシッターと聞きましたがどうでしょう、息子はちゃんとやっていますか?」

「もちろんです。横島君には娘たちも良く懐いて。私も助かっていますよ」

握手をかわし、にこやかに語らうその姿。
おお、アシュタロスさんがまともな大人に見える!!
いつもこうなら良いのに。しみじみ思った俺の背後、不穏な気配。
は!? 振り向く。こちらの様子を窺う雪、勘九郎、陰念!!
しかも雪のあの表情はなんかやばい。

「ママだ…ママが二人も! ママぁぁぁぁぁぁぁ!!」

嬉々としてダイビングしてきやがった!!
こんの、マザコン馬鹿がっ。

ごばぎょおぅ…!!

俺が迎撃するより速く、響き渡る鈍い音。
お袋だ。おそらく回し蹴りを放ったのだろうが…まったく見えんかったぞ。
床に伏し目を回しつつも、どこか恍惚とした顔でママぁと呟く雪をかかとでぐりぐりしつつ俺に向き直って。

「忠夫。誰や、コレ?」

蹴り落とす前に聞いて下さい。
一応俺と同じゴーストスイーパー見習いだと説明。
納得したのか、とりあえず足はどける。
あ、パピリオちゃんが俺そっくりってぽそっと言った。どこが?
ため息をつきつつ歩み出てきた陰念が、とても静かな目で雪の足首を掴んで部屋から連れ出した。
その際、お袋に軽く頭を下げてゆく。陰念……!
テレサやポチシロコンビや他の皆を紹介して、ルシオラちゃんたちの強い勧めもあり、芦原家に宿泊決定。
ハニワ兵を見ても動じないのは親父に聞いていた、というよりも、お袋だからだろう。
夕食の準備中、いつも俺とハニワ兵が用意していると聞いてびっくりしていた。
ま、まぁ……以前の俺からはまったく想像できないよな。俺も正直意外だし。
夕食は和気藹々と。周囲になじむその早さは、我が家の特徴だと思う。
ハニワ兵も甲斐甲斐しくお袋の為に働いていたし。
ルシオラちゃんは緊張しつつもお袋に色んな事を聞いていた。
親父の話題は地雷原に突っ込むもんだと察したか、決して口にはしなかった。
そんな空気を無視して、親父の事を聞きやがった我らが雇い主様は盛大な闘気に当てられ、部屋の隅で膝を抱えている。
とにかく、おおむね平和にその日は終わり。


翌日、俺が起きるよりも早くお袋が起きていた。
しかも朝食も完璧。俺の弁当まで。

「忠夫、あんた毎日こんな早い時間に起きてんの?」

「へ? ああ、皆のご飯とかあるし」

聞かれて正直に答えれば、やたらと感心した目で見られた。…普通だろう、コレくらい。
皆一緒の朝食タイムの後、俺は学校へ。
あ…っというまに昼休みのチャイム。
え、寝てませんよ? ちゃんと起きてましたよ。意識が教室から抜け出していただけで。

「あれー、横島君。今日のお弁当はなんだか違うわね」

覗き込んだ愛子のセリフ。
確かに、なんだかこう手馴れてるというか。見た目からして華があると言うか。
一口食えば、とても懐かしい味。お袋の味ってやつかなぁ、これが。

「横島さーん、今職員室に女性をご案内したんですがぁ!!」

「ここは小鳩ちゃんのシーンだろうがぁ!!」

「横島さん、そのセリフ意味が分かりませんノー!」

ドアを開け、かなりのスピードで突進してきたピートをイスで殴り飛ばす。
タイガーの疑問なんぞどうでもいい。

「で、何だよピート?」

「あ、が…よ、横島さんのお母様なんですね。若くて綺麗な方ですね。驚きました!」

ぶふぅっ!?

「ちょ、横島君? いきなり吹かないでよ! 汚いわねぇ」

何でお袋がここに!?
愛子の抗議の声もなんのその。俺が全力で職員室に向かったのは言うまでも無い。

「母さん、ここ一体何を…!?」

「まぁ! 息子が、真面目に学校に…しかも成績もまともなんて――賄賂?」

「違うわ!!」

担任の前に陣取って信じられないと言う顔付き。ついで、職員室に突入した俺に疑いの目。

「あんたが一人暮らししたら学校も勉強も平気でサボるやろうと思てたのに。
いつの間にそんな真面目に!」

「ちったぁ息子を信じろよ……。
俺の生活態度が悪かったら子供たちにも悪影響が出るだろうが! だから、馬鹿な真似はしない」

俺がやらなくても、馬鹿な真似する奴はいるけどな。誰とは言わないが。
心の中でこっそりつけたし。

「てっきりあんたの人生取り返しつかない事になってると思ってたのに。
忠夫、しばらく見ないうちに成長したわね」

「横島、お前の親御さんて……」

物凄く困った目で見るな担任教師。俺だって困る。
どう思われてたんだ!?

「それで、あんた将来の事は考えてるの? いつまでもベビーシッターが出来るわけじゃないでしょう」

う゛。痛いところを。
考えてないわけではないんだよな。ゴーストスイーパーを出来るし。
それを言えば、渋い顔。
なんか、にわか進路相談になってる。聞き耳立てるな、教師陣!

「ゴーストスイーパーなんて命に関わる仕事でしょう。あんた、出来んの?」

「一応仕事はこなしてるよ。見習いだけど…あ!」

「ん? 何や、忠夫?」

思い出した。そういえばこの前冥子ちゃんのおばさんに言われてたんだっけ。
GS免許発行とかなんとか。
いぶかしげなお袋に告げれば――

「ほう? 六道、六道ねぇ」

ぎらん!と、怪しい輝きが目に。言わなきゃ良かった!!

「行くで、忠夫!」

「行くってどこに!?」

「もちろん、六道家」

そんなにっこり笑って言わないで下さい。

「いや、俺まだ授業が……」

喉から搾り出された抗議はけれど、震える担任によって無残にも遮られた。

「何を言うか横島! 久しぶりの再会だ、存分に親子の絆を深めてくるんだ!! 大丈夫、出席日数なら充分足りてる!!」

「あら、話の分かる先生ね♪」

「てめー、それでも教師かぁ!?」

迸る叫びが空しく木霊し、俺はお袋の用意したタクシーに突っ込まれたのだった。
渋滞も無く道に迷う事もなく、無事に六道家に到着。
お袋がインターホンを鳴らし、名前を告げれば一分と待たされること無く通された。
しかも冥子ちゃんのおばさんが直々にお出迎え!
お、お袋って何者だ!?

「おほほほ〜〜、お久しぶりね〜百合子ちゃん〜〜」

「ふ、そうやねぇ」

表向きほんわか笑顔。しかし放たれる気迫は獰猛な獣!な六道夫人。
迎え撃つお袋は口の端を吊り上げ、極寒の視線!
怖い。間に入りたくない!
見守る使用人の皆様も引きつった笑顔で硬直している。あ、何人か崩れ落ちた。

「横島く〜ん、冥子怖いわぁ〜〜」

「うん、そうだね。俺も怖いよ冥子ちゃん」

泣きそうになりながらしがみ付いてくる冥子ちゃんを宥めつつ、同意。式神たちも怯えてる。
その様子をお袋は一瞥し、おばさんは仲良しね〜と笑っている。
これ以上この場に留まるのは精神衛生上大変宜しくないので、冥子ちゃんを誘って庭を散歩することに。
冥子ちゃんもここから離れたいんだろう、素直についてきた。

「おほほほ〜〜。若いって〜良いわね〜〜。そう〜思わない〜〜〜?」

「ふーん。将を射んとすればまず馬から、か。…あいかわらず姑息やね? 天下の六道ともあろうものが」

背中、そんな声が聞こえたけれど。その後どうなったのか俺は知らない、知りたくも無い!

「横島君の〜おば様と〜お母様が〜〜、知り合いだったなんて〜。世の中〜〜、狭いのね〜〜〜」

六道家の敷地内。森と見紛う程生い茂る木々の中。
いつものぽやぽや笑顔で言う冥子ちゃんに、半端な笑みを返しそうだねと頷くしかない。
周りの式神たちも心なしかぐったりとしている。

「聞いて〜冥子ねぇ〜。最近は〜あんまり〜怒られなくなったのよ〜〜」

心底嬉そうな報告。
以前は一緒に仕事をする相手である親友の『令子ちゃん』と、お友達の『エミちゃん』に、よく怒られていたらしい。
最近は式神の暴走も少なく、前ほど怒られなくなったと言う。

「そっかぁ頑張ったんだね。冥子ちゃん」

「えへへへ〜〜。横島君の〜おかげよ〜〜〜」

嬉しそうな冥子ちゃんに、嬉しそうな式神たち。
その後、冥子ちゃんの提案で皆で鬼ごっこをして遊びました。
式神たちも力加減が出来るようになったらしく、周囲に被害は出なかった。
もうそろそろいいだろうと屋敷に戻れば、出迎えたのは死にそうな顔をしたメイドさん。
案内された部屋の前。ドア越しでも分かる――なんか凄い気配。
後ろで冥子ちゃんが怯え、メイドさんは辛うじて気力で立っている状態。
勇気を出してドアをノック。
声をかければ、とても満足そうな顔のお袋が出てきた。

「忠夫、喜び! これであんたも一人前のゴーストスイーパーやで!」

差し出されたのは免許書にも似た一枚のカード。
そこに印刷された文字と顔写真。間違いなくGS許可証。
本物だろう。贋物でお袋が騙せるわけが無い。
にこにこ笑っているお袋に嫌な予感がしつつ、そぉ〜っと部屋の中を覗き込めば――
椅子に腰掛け目を回している六道夫人と、その後ろに控え立ったまま真っ白に燃え尽きているメイドのフミさんの姿。
………何をしたかなんて、絶対聞かんぞ!
目を回したままのおばさんに、静かに頭を下げた。
帰り際、冥子ちゃんにまた遊びに来てねとお願いされてもちろんだよと答えれる俺に、お袋の少しばかり複雑な視線。
冥子ちゃん家の立派な車で送ってもらって帰宅。

「忠夫、あんた、冥子さんとは仲が良いの?」

「うん? 冥子ちゃんは良い子だし。大事な友達だぜ」

答えれば、なんだか酷く顔をしかめられた。
冥子ちゃんのおばさんとは仲悪そうだし、嫌なのかな。お袋…。
ちょっとばかり心配になってしまう。今まで友好関係に口を出してくるような事はなかったけど。
何か問題でもあるのかと聞けば、なんでもないと渋面のままで返ってきた。
そんなちょっと微妙な空気のまま、家に入ればパピリオちゃんとシロが元気よく出迎えてくれる。
アシュタロスさんはまだ帰っていない。
陰念たちがいないのはお袋には関わらない方が良いと判断し、ごねる雪をつれて修行に行ったからだとか。
静かで宜しい。

「あんたもちゃんと頑張ってるんやねぇ」

ソファに沈み込んだお袋が、しみじみと言った。
なんだろうか、急に?

「ホンマはなぁ、あんたに仕事止めさせて引き取るつもりやったんやけど……」

「はぁ!? 何勝手なこと言ってんだよ、母さん!?」

「や、止めさせる?! 駄目、絶対駄目ー!!」

ルシオラちゃんが入れてくれたお茶で喉を潤したお袋の、爆弾発言。
思わず声を荒げた俺とルシオラちゃんは、けれどお袋の鋭い眼光の前に黙らざるえなかった。

「こんな可愛いらしいお嬢さんたちがいるんだから、この子がセクハラ三昧だと思ったら…。
あの父親似のスケベな忠夫がこんなまともに! あの馬鹿亭主も少しは見習ったら――!!」

声に込められた怒りが尋常じゃない!
お袋が言うには、親父の奴よりにもよって結婚記念日に浮気をしたらしい。
しかも会社が武装ゲリラに占拠されたと下手な言い訳まで用意して。
いままで数々の浮気を我慢してきたお袋も、流石にコレには切れたようで、親父と別れると息巻いている。
俺が言うのもなんだが、親父…本気で駄目だと思うぞ、その言い訳。
そして俺を引き取るつもりだったけれど、しっかり仕事しているのと子供たちが懐いているのとで、考え直してくれた。

「ま、あんたが馬鹿な真似しでかしたらその時は、容赦なく引きずって行くけどな」

悪戯っぽくウインクしたお袋の言葉に、誰よりも喜んだのはルシオラちゃん。

「じゃあじゃあ、忠夫さんはここにいられるのね!? 離れたりしないのね! 良かったぁ!!」

「ルシオラちゃん……」

涙目になってるルシオラちゃんの姿に、俺も思わずジーンとしてしまう。

「よかったわね、姉さんも兄さんも」

「ホントでちゅー」

その様子、見守っていたお袋が静かに口を開く。

「……忠夫、どういう事? もしかして、ルシオラさんと」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんはラヴラヴでちゅよー」

付き合ってるのかと、言い切る前に。答えたのは、パピリオちゃん。
明るくはっきり。隠すことなく。
嗚呼、言ってませんでした。ごめんなさい。
お袋が、幽鬼のように立ち上がる。
目が怖い! 陽炎のように立ち昇る気配が怖い! 何もかもが怖い!!

「忠夫、見直したと思ったら…あんたはぁ!!」

「ひぃぃぃ!!!」

「待って! 待って下さい、お義母様!! 私から告白したんです…私が忠夫さんをその、す、好きになったんです!!」

怯える俺を守るように、ルシオラちゃんが言葉を紡ぐ。
お袋が動きを止め、見定めるようにルシオラちゃんを見た。
そして、その場を支配する重い重い静寂。
ソレを破ったのは、ソレを生み出した張本人。
ルシオラちゃんの名を呼んで、その目を射抜くように見据える。

「本気なのね?」

「は、はい!」

「そう……」

ふっと、空気を和らげ微笑う。

「うちの馬鹿息子をよろしくお願いね。
困った事があったらなんでも聞いて」

「は、はい! こちらこそよろしくお願いします、お義母様!!」

頭を下げたお袋に、慌てて頭を下げ返すルシオラちゃん。

「忠夫! あんたこんな可愛い彼女泣かせたら――分かってるやろな?

「も、もちろんだ!!」

俺の首根っこを掴んだお袋に、青褪めながらもしっかり頷く。
誰が不幸にするものか!!
俺たちの様子を遠巻きに見守っていたポチシロコンビも、テレサもハニワ兵たちもほっと胸を撫で下ろしていた。

「よかったわね、姉さん」

「公認でちゅねー。後はパパでちゅね」

「それが一番難しいと思うわ」

パピリオちゃんの言葉、苦笑するルシオラちゃん。まぁあの親馬鹿はね。
お袋が今日の夕飯は自分が作ると言い、ルシオラちゃんはお手伝いしますとその後をついてった。
ハニワ兵も気を利かせてその後ろに控えるだけで、手を出さない。
キッチンに並ぶルシオラちゃんとお袋。二人の姿。嗚呼、なんかいいなぁ、こーゆーの。
俺が浸っていると、玄関からただいまの声。
アシュタロスさんだ。
気分が良いので迎えに行く。
軽やかな足取り。鼻歌混じりに紡いだ声は、しかし全てを出し切る事は叶わなかった。

「おかえ……何ですか、その子はぁ!!?」

「いやー、はっはっはっはっは。拾っちゃった♪」

「拾ったで済むかぁ!!」

ぐごりょめこ!!

俺の爪先が、アシュタロスさんの米神にクリーンヒットしたのは言うまでも無い。
アシュタロスさんの腕の中、散々暴れまわったらしい金髪ポニーの女の子。
アシュタロスさんの顔には抵抗の後であろう、無数の引っかき傷。
年はパピリオちゃんよりやや上くらいか。疲れきった彼女を雇い主の腕の中からもぎ取った。

「大丈夫? 君、名前は?」

「…タマモ」

聞けば、ちょっとばかり怯えた様子はあるものの、しっかりした答えが返る。
騒ぎを聞きつけたお袋が、キッチンから何かあったかと聞いてきたが、何でもないと言っておいた。
大きく息を吸い込むと、先ほどの一撃でまだ沈み込んでいるアシュタロスさんを見下ろした。

「で、この子どうしたんですか?」

出来るだけ優しく、にっこり微笑みながら聞いてやったというのにひぃっと情けない悲鳴。失礼な。

「いやいやいやいや。実はだね、本日出掛けた先が九尾狐の伝説で有名な殺生石があるところでね。
その、何にも無かったんだけれどもちょっと躓いて…転んだ先で殺生石と大激突しちゃってだね――なんか割れて復活しちゃった」

えへ☆

あ、殴りたい。
細かい説明は求めない。聞いても意味が無いだろうしね?

「このタマモちゃんは、つまりその九尾狐ですか?」

「うむ、その通りだよ横島君! 一人で放って置くと大変危険だから保護したのさ」

「胸を張るな!
――へーそうですか。ほーそうですか。言いましたよね、お袋がきてるんだから馬鹿な真似はやるなって?」

「い、いやしかしだねこれは不慮の事故であって不可抗力であってけっして故意も作為も無くてだからその……」

しどろもどろの言い訳ももはや、俺の耳には入らない。
このまま問答無用でしばき倒してその身に躾を叩き込んでやりたいところだが、お袋がいる。
今は保留だ。今は、な

「タマモちゃん、うちの馬鹿な雇い主がごめんね」

腕の中、見下ろして謝罪。
タマモちゃんのことは後で考えるとして、とりあえずリビングに戻ろう。
いつまでも玄関にいたらお袋に勘付かれる。
ああ、タマモちゃんのことなんて言い訳しようかな。
頭を悩ませつつ振り向いて硬直。

「忠夫、何をやってるのかしら?」

お袋がいました。その後ろに心配そうなルシオラちゃん。
しまった遅かった!!
お袋はタマモちゃんの姿を認め、問う。
その子供は誰か?と。
それに俺が答えるよりも早く、腕の中から身を乗り出してタマモちゃんが言った。
ありったけの悲壮を身にまとい。

「無理やりつれてこられたの! 助けて!!」

「うわわ、タマモちゃん!?」

いや、確かにそーゆー事になるんだろうけど。相手は選んで下さい!!

「なんやて?」

ぴくり、とお袋の眉がつりあがる。
穏やかな空気は霧散し、剣呑な色がその眼に灯る。

「あたしは嫌だって言ったのに!!」

まさしく被害者と言う顔で、涙ながらに訴えるタマモちゃん。
あ、お袋の後ろでルシオラちゃん、顔を真っ青にしてる。

「パパ、また何かやらかしたの!?」

残念な事にその通りだよ、ルシオラちゃん。
説明を求め、俺に視線を送るお袋。
その足元には準備万端の風情でハニワ兵数体がナニか担いで待っている。
はぁ〜。
息を吐き、口を開いた。

「芦原さんがつれてきました。本人の承諾があるかどうか俺は知らない」

雇い主を指差しつつ。
とたん、青褪め震えだすアシュタロスさん。

「ちょっ、横島君!!?」

抗議の声を上げるが、俺は嘘は言ってない。
つかつかとお袋が近付く。
その顔は親父の浮気を知ったときのものによく似ている。

「どういう事ですか、芦原さん?」

にっこり。お袋が笑った。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!
いや、その、あの…あああああ、そんな横島君と同じ怖い笑顔は止めてぇぇぇぇぇ!!」

言い訳も弁解も忘れて、腰を抜かす。
進み出たハニワ兵がお袋に捧げるように差し出したのは、箒。全体がやたらメタリックに、ぎらぎら輝いてる。
お袋はそれを自然な動作で受け取り、構える。
その構えには一分の隙も無い。
一歩下がると同時、お袋が俺たちを振り返る。
状況を見守っていた俺やルシオラちゃん子供たち、ハニワ兵。静かに頷く。
言葉は要らない。眼差しと僅かなジェスチャーで充分。
ついに、箒は振り下ろされた。大地よ砕けよと言わんばかりの力と速さで。

「びぃぃいぎゃあああああああああぁぁぁあぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ………?!!」

「親がしっかりせんでどうする! 子供の手本になれこの駄目親父ぃぃ!!
親の駄目な部分を子供は真似るんやで!? 子供の人間性と人生…潰す気かぁぁぁっ!!」

ゴチョ…ボクヂャッ……ゴギゴギゴォギィッ!! めぢめぢ…ぶじゃあっ!!

お袋の、なんだかとっても実感こもった罵声とともに、響き渡るのは耳を塞ぎたくなる鈍い音。

「あ、ああ……あれ…あれぇ!!?」

タマモちゃんが真っ白になった顔で、かすれた悲鳴。
俺の腕をきつく掴んでいる。

「タマモちゃん、いいかい? 世の中にはね、決して逆らってはいけない存在がいるんだよ。
タマモちゃんも、気を付けようね?

目を見てしっかり言い聞かせれば、タマモちゃんは壊れた人形みたいにこくこく頷いた。
確かにお袋のお仕置きは子供にはきついかもしれない。
流石お袋、的確に急所に打ち込んでる。そのピンポイント攻撃には一切の無駄が無い。

「俺も見習わないとなぁ」

しみじみ呟けば、一斉に表現し難い視線を浴びせられる。なんでだ?
ハニワ兵だけが、応援するようにポポーと鳴いてくれました。
俺たちが見守る中、やがておぞましい音はやみ、満足そうに息をつくお袋。箒に染み付いた濃い色の液体がとても印象的。
ズタボロどころじゃない状態になったアシュタロスさんに、容赦なく飯抜きと正座五時間を言いつけるお袋は本当に凄い!
その後、タマモちゃんを交えての夕食。
お袋の料理は美味かったです。
『躾』の事で、お袋と話も弾んだしな。
ははは、母さんたら親父に対してそんな事をやるつもりか。親父、死なないといいなぁ。
内容を聞いた周りの皆が、猛獣の前の哀れな兎のような目をしたのは見なかった振りで。
お袋は、明日ナルニアに戻って直接離婚を突きつけるらしい。
頑張れよ、お袋!

翌日の別れはさっぱりしたもので、俺にルシオラちゃんを泣かせない様にと。
そして、ルシオラちゃんに俺を宜しくと、頼んで颯爽と去っていった。

「兄さんのお母様、強くてとっても素敵な人だったわね」

笑顔で言われて、悪い気はしない。
俺もルシオラちゃんがお袋と仲良くしてくれて嬉しいし。
アシュタロスさんは体育座りのまま、何かを呟き続けている。昨日から。

「彼女と横島君がいれば……の牢獄なんて………最高……者も勝てっこないに……デタント…私の存在って」

「パパ、しっかり! しっかりしてー! 現実を見るのよ!!」

「ごめんなさい、ホントにごめんなさい! もうしません、二度としません…ごめんなさい……」

傍らでべスパちゃんが励まして、タマモちゃんは何かに対してひたすら謝っている。
タマモちゃんも増えて、我が家は賑やかになって。
この平和を守れるように、俺も頑張ろう!


旅客機がハイジャックされたというニュースが流れた直後、離婚取りやめの電話がお袋から掛かってきたのにはきっと関連はない。


続く


後書きと言う名の言い訳
ママン難しいよ、ママン!! 荷が重かった……。母と息子のWお仕置きを書きたかったのに!!
本家の力を持ってすればハイジャック事件くらい無かった事に出来ます。
次回はうらめんかそれとも…。出番に偏りがでてきたので何とかしたいんですが。
では、ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございます!!

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