「おおおおおっ、カ、カリン!? お、遅かったじゃねーか、今まで何やってたんだ!?」
横島はついさっきまでカリンのことは完全に忘却してしまっていたが、そういえばずいぶんと来るのが遅かった彼女が無事戻ってきた事にまず喜び、しかしその一瞬後には少女が放つ鬼気そのもののオーラに震えあがって、とりあえず話題を変えてごまかそうとなぜこんなに遅くなったのかを訊ねてみた。
しかしもちろん、そんな逃げ口上に耳を貸すカリンではない。
「ああ、こちらでも色々あってな。だが部外者もいることだし、それは後で話す。
……で、おまえの方では何があったんだ?」
と鉄鎚のような迫力をこめた視線で浮気野郎をねめつけたが、考えてみれば愛子はともかく朧や神無の前であまりハードな折檻や痴話ゲンカをするのは好ましくない。それに横島はケガをしているみたいだし、事情はより正確に把握するべきだろう。
「まあ口で言うのが難しいなら、1度おまえの中に戻って記憶を引き継いでやってもいいが……?」
「……んん?」
横島は一瞬目を白黒させたが、しかしこれは悪い話ではなかった。
仮に今口八丁でカリンをごまかす事ができたとしても、どうせ何かの拍子で彼女を戻すことになったら全て知られてしまうのだ。それなら今ここで戻ってもらえば、いろいろと喋る手間が省けるというものである。
「わかった、それで頼む」
「ああ、ただしすぐにもう1度呼ぶんだぞ。変に逃げ隠れしたりしたら……わかってるな?」
「わ、わかってるって。第一おまえがいなきゃ愛子たちを妙神山に連れてけねーじゃねえか」
カリンにギロリと睨まれて、横島は腰が抜けそうになるのを懸命にこらえながらそう答えた。影法師娘はその返事にとりあえず納得したらしく、すっと彼の頭の上からその体内に引っ込んだ。
もちろん横島はここでカリンを引っ込めっ放しにしておくほどバカではない。一応数秒ほど間を置いてから、約束通りもう1度少女を呼び出した。
その召喚に応じて再び横島の頭上に現れたカリンはもとの場所に着地すると、まずは彼の記憶を頭の中で整理しているのかしばらく黙って佇んでいたが、やがて横島の悪行に腹が立つというよりは運命の悪戯の無情さに途方に暮れているかのような、複雑な表情で溜息をつく。
そしてまずは愛子の方に顔を向けて、責めるというよりはたしなめるような台詞を口にした。
「愛子殿。多くは言わないが、もう少し自分を大事にしないと火傷するから気をつけた方がいいぞ」
その表情や口調には怒りや嫉妬というものは混じってなかったが、愛子は恐れ入って肩をすくめた。
「あはは……反省してます」
確かにさっきの自分の行為はどう考えても気分とムードに流されてしまってのもので、きちんと考えた末のものではなかった。相手が横島でカリンが間に合ったから良かったものの、そうでなければ取り返しのつかない事になっていただろう。
でもあんな気分になったのは横島だったからだという考えが一瞬脳裡をよぎりはしたが、今それを言うのは自殺行為なので愛子はおとなしく沈黙を保った。
そして次はいよいよ横島の番ということらしく、影法師娘が再び煩悩少年の顔を見据えてぎらりと眼を光らせる。
「おまえがカーミラ殿を助けた事については何も言わない。いや、1人でよくがんばったと思う。やっぱりおまえは私の誇りだ。
しかし彼女の体をさわらせてもらう必要はなかったはずだな?」
そのお叱りはまことにもっともなことで、横島は黙って頭を垂れるしかなかった。
「でも最後までやったわけじゃないから、今回はこれで勘弁してやる。痛いだろうが、いい思いをしたんだから我慢しろよ」
と少女が言い終えた直後、横島の後頭部にものすごい衝撃がはしった。裏拳でどつかれたわけなのだが、ついでにその勢いで頭が下に落ちて額をコンクリートにぶつけるという二重の痛みを味わう。
しかし文句を言う気にはなれなかった。カリンが怒るのは当たり前のことだし、次に彼女が言った、
「小竜姫殿たちには内密にしておいてやる。おまえも頑張ったのに大勢に責められたらつらいだろうからな。
……朧殿も神無殿も、今のことは見なかった事にしてもらえるか?」
という処置は寛大すぎるほどのものだったから。
……もっともカーミラと愛子の体を触ったことを後悔はしないけれど。何故ならそれが煩悩魔竜のレゾンデトルだから!
ちなみにカリンのお仕置きがずいぶんとぬるいのは、横島の行為自体は普段と変わらないものだったからである。いつも通りのセクハラチックなナンパをして、珍しくもそれが成功したに過ぎないのだ。
カーミラがやたら義理固い性格でちょっと感じやすくて、しかも止める者がいなかったから空気に流されて突っ走ってしまっただけで、この条件のどれかが欠けていたら横島はいつも通り撃墜されて終わっていたことだろう。
しかしよその女とあそこまでやってしまえばそれは明白な浮気なわけで、それには腹が立ったし制裁が必要だからちょっと強めにどついて済ませた、という次第なのである。後始末は自分がしなければいけないわけだし。
「わかりました。ふふふ、お目付け役は大変ですね」
「カリンどのがそう言うのなら」
一方朧と神無はカリンの内心が読めているのかいないのか、それぞれの性格通りの口調であっさりその申し出を承知した。
2人は横島が竜神になったことと彼が三股をしている事は知らないが、小竜姫と恋仲である事は知っている。妙神山に彼の両親が来ている事もカリンに聞いていたから、正月からいざこざを起こすのは避けたいのだろうと解釈したのだ。横島家の内輪事情など2人にとってまったくのひとごとなので、あえて告げ口みたいな真似をする理由もなかったし。
―――これで横島のことはひとまずケリがついたが、その傍らに立っているカーミラの処置はそれに輪をかけて難題である。カリンははあっと物憂げなため息をついたが、いつまでもそうしていても仕方ないので、吸血鬼娘の方に顔を向けて重たい口を開いた。
「……さて、カーミラ殿といったな。うちのバカが変なマネをして申し訳なかった。しかしあなたを助けたのも事実のようだから、差し引きゼロという事で手打ちにしてやってもらえるとありがたい」
「いえそんな、手打ちだなんて。私の方こそ強制されての事とはいえひどい暴力を振るってしまって、お詫びするのはこちらの方です。
……ところであなたはどちら様なのでしょうか?」
カリンが放つプレッシャーは最初に現れた時の5分の1くらいになっていたからカーミラはもう普通に話すことができたが、彼女が横島の体内に出入りした事とか自分の名前を知っている事とか、不可解なことが多すぎる。まずはそれを確認せねば突っ込んだ話はしづらかった。
まあカリンにそれを隠す理由はない。
「ああ、自己紹介が遅れたな。私はこのバカの影法師で、名前はカリンという。
さっき横島の中に入ったのは、口頭で説明を聞いてたら時間がかかりそうだったから、手間を省こうと思って記憶を引き継がせてもらったんだ。あなたにとっては不快なことかも知れないが、どのみち別の機会に戻れば知ってしまう事だし、必要以上にプライバシーに口出しする気はないから勘弁してほしい」
「……なるほど、横島さんの分身というわけですか」
カーミラはオカルト関係の知識はそれなりにあるから、「自我を持った影法師」という規格外の存在についても何とか理解はできた。
彼女と後ろの朧、神無というらしい女性との会話からすると、おそらく横島には小竜姫という名の彼女がいて、カリンは横島が外で浮気しないよう見張り役を仰せつかっているという事なのだろう。それならあんなに怒って本体をどつき倒した事にも納得がいく。
カーミラがその推測を口にすると、影法師娘はちょっと意外そうな顔で首をタテに振った。
「……察しがいいな、まあそんなところだ。ご理解願えたか?」
「……はい、事情はわかりました。でも横島さんは私にも殴られて痛い思いをした事ですし、できれば穏便に済ませてあげて下さいませんか?」
とやっぱりカーミラは義理固かった。
横島が彼女がいるくせに自分に色々した事については別に何とも思っていない。竜神界は古代中国のような、つまり一夫多妻が認められた世界だというから小竜姫はともかく横島は「浮気」に対する罪悪感は薄いだろうし、カーミラ自身も中世ヨーロッパの伯爵令嬢、つまり一夫多妻が存在する文化の住人だったから、横島の行為が特別に不品行だとは思わないのだ。
もっとも横島家の具体的な事情は分からないし今日会ったばかりの身でもあるので、あまり踏み込んだことは言えないけれど。
しかしカリンはその減刑願いを聞くと、やれやれと困った様子で肩をすくめた。
「そうか、あなたにそう言われたらこれ以上お仕置きはできないな。
まあさっきも言った通り、私はあれで終わりにしたつもりだが」
カーミラがかばっている前で横島を折檻したら、彼の自分への好感度が下がる上にカーミラへの好感度が上がってしまう。むろんこれだけで直接どうこうなる事はないだろうが、やはり横島に悪く思われるような事は避けたい。
ただそれはそれとして、まだ他に確認しなければならない事があった。
「……で、カーミラ殿。あなたは吸血鬼だという話だが、もしかしてブラドー島から来たのか?」
カーミラはブラドーの事を知っていたから、その可能性は十分ある。あの島の住人は人間との共存を望んでいるから、それをぶち壊す恐れがある信長=ノスフェラトゥを退治しようと考えても決しておかしくはないのだ。
カリンとしては「横島に好意を持っている美少女」にはさっさと別れを告げて妙神山に帰りたいのだが、ブラドーの事を知っているからにはピートとも知り合いかもしれないし、GS資格保持者として正体不明の吸血鬼を放置して立ち去るわけにもいかないので、まずは素性を確認することにしたのである。
しかしカーミラの回答は少女の予想を悪い方に裏切った。
「いえ、ブラドー島には行った事はありますが、私はあそこには住めません。
あそこの人々と違って、私は人の血を吸わないと生きていけませんから」
カーミラがブラドー島を本拠地にした上で人間の血を吸っていたら、島の住人みんながそういう吸血鬼だと誤解されてしまう。受け入れられるどころか退治されかねないので、自分の体質は秘密にした上でたまに訪問する程度にとどめていたのである。
もっともバラの花などでもある程度はエネルギーを補給できるのでさほど多量の血液を必要とするわけではないが、少しで済むから問題ないという話ではないだろうし。
現にカリンの目つきが白っぽくなってきたのに気がついて、少女はあわてて自己フォローを入れた。
「いえ、血を吸うことで直接人を死なせたことはありませんし、下僕に変えたこともありません。私も人間と本格的に敵対するのは避けたいですから。
ノスフェラトゥを倒しに来たのもそのためですし」
「ふむ……!?」
吸血鬼娘の善良すぎる発言に、カリンはどうしていいか判断がつきかねるといった風情で目をしばたたかせた。
カーミラの吸血行為は倫理的には咎めることはできない。それがダメだというのなら、人間が牛や豚を食べるのもダメという事になってしまうから。むしろ相手を殺さないだけマシなくらいである。
それでも彼女が人類に害をなしているのは確かだからGSとしては見逃すわけにはいかないのだが、世界征服をもくろんでいたブラドーでさえピートの支配下に置くだけで済ませたのだから、除霊してしまうのは酷だと思う。
しかし今自分たちが目こぼししても、他のGSに見つかったらやはり攻撃されるだろう。さてどうしたものだろうか……?
その辺りは横島も同じ思いだったが、カーミラは2人の視線の意味を察したのか、やや引け腰な様子ながら思わぬ提案を持ち出してきた。
「それでは、人間の血を吸うのをやめれば問題ないわけですか?」
「え? あ、ああ、それはそうだが……」
だがカーミラはそうしなければ生きていけないのではないのか。「おまえは何を言っているんだ」的に胡乱げな目で見つめてきた影法師娘に、カーミラはあわてて続きを説明した。
「いえ、横島さんの血でしたらエネルギーがすごいので、ほんの少しで済むんです。そうですね、週に1回おちょこ1杯分くらい下さったら、あとはバラの花の精気とかで済みますから」
横島は竜族だから、こうすれば「人間の」血を吸うことはやめられる。彼はすでに顔の傷がなかば治りかけている状況だから、このくらいなら健康に悪影響はないだろうし。
自分も美味しい血を飲めるし、ちょっと申し訳ないが横島さえ承諾してくれれば言うことなしだと思う。
「ほう……!?」
だが彼の影法師にして恋人にしてお目付け役であるカリンの方は当惑せざるを得なかった。
確かに横島ならそのくらいの献血は平気だが、彼の血を提供することで人を襲うことを防ぐというのは、つまりカーミラの行動に横島が責任を持つという事で、法的に言えば彼女を保護妖怪にするという事である。カーミラの人格は信用できるからそれ自体は構わないが、保護妖怪なら目が届く所に住んでもらう必要があるわけで……。
具体的には横島と同居、百歩譲っても同じアパートか徒歩数分以内の近所という事になるだろう。それは困る。
ではどうすればいいかでカリンが頭を悩ませていると、座っていた横島が突然立ち上がった。
「わかった、じゃああんたは今日から俺の保護妖怪だな。毎日いっしょの布団ぷげらっ!?」
どうやら彼もカリンと同じ内容、ただし方向は正反対の結論に達したらしく、いきなりカーミラを抱きすくめようとしたが当然のごとく影法師娘の鉄拳にぶっ飛ばされた。相変わらず懲りるということを知らない男である。
しかしカーミラはこの程度の折檻にはもう驚かず、彼の言葉に出てきた耳慣れない単語について訊ねた。
「……保護妖怪?」
発言したのは横島だが、彼はいま鼻血だくだくでぶっ倒れているので答えるのはカリンの役目になる。非常に嫌なのだが……。
「ああ、GSの保護監督下に入ってる妖怪や幽霊のことをそう呼ぶんだ。普通は妖怪が人里をうろついてたらGSやオカルトGメンに退治されてしまうのだが、GSに『自分は危険な妖怪ではない』と身分保証してもらえばその心配はなくなるというわけだ。
まあ式神や使い魔みたいなものを想像してくれればいい。
で、保護妖怪の行動の責任は当然保護しているGSに行く。だから式神のように直接支配するのでなければ、よほど信頼できる相手でなければ保護妖怪にはしないのだが……」
そこでカリンは1度言葉を切ると、何かを期待するような口ぶりで説明を再開した。
「まああなたなら人格は信用できるが、監督下に置くからにはすぐそばに住んでもらう必要があるからな。あなたにも都合があるだろうし、そういう訳には行かないと思うんだ」
正確には「思う」という推測ではなく、そうだったらいいなあという希望であったが、残念ながらその願いは儚くも裏切られた。
カーミラは住居を制限されることに不都合を表明するどころか、目を輝かせて横島の保護妖怪になることを望んだのだ。
「いえ、私はもともと定住する家がない放浪の身ですから、住む場所にこだわりはありません。
横島さんのそばにいれば身分保証していただけるというのなら、ぜひお願いしたいです」
カーミラは人の血を吸う吸血鬼だから、ひとつ所に長期滞在したら正体が露見して退治される恐れがある。それを避けるため、特定の土地に長居はせず旅行者のように転々といろんな街を放浪していたのだ。
それでも1度は殺されてしまったのは苦い思い出ではあるが……。
だから安心して眠れるようになるのはとても嬉しい。それがやさしくて強くて美味しい血をくれる横島のそばだというのなら、もう夢のような幸福ではないか。しかもこれは彼の方から、スケベ心あってのこととはいえ、ただ自分に対する厚意と信頼だけで提案してくれたことなのだ。
彼には恋人がいる事とか、ちょっとおバカで煩悩まみれなところとか、そんなささいな事はもうどうでもよかった。
ちなみに放浪するのにかかる費用は、伯爵令嬢だった時に持っていた装飾品やら貴金属やらをブラドー島に隠してあるのでそれを換金したりとか、機会があれば適当にアルバイトをしたりとかで賄っていたので、金策で特に苦労したという事はない。
「む、むむむむむ……!?」
吸血鬼娘の意外な返事にカリンが追い詰められた獣のような唸り声をあげた。
カーミラにこう出られては、カリンも「でもダメ」なんて冷たく突き放すことはできない。当の横島はとっくの昔にOKしてしまっているし、何だか事態は異様な速さで悪化しているようだ。
むろん保護妖怪にするのと4号さんにするのとは違うが、今までの事例を見るにいずれカーミラが横島に本気で惚れる可能性は非常に高い。まったく、この煩悩おバカのトラブル誘引&人外キラー体質には本当に困ったものだ。
しかしそんな理由でこんないたいけな少女を見捨てるわけにもいかず……。
「わかった。しかし小竜姫殿に無断でというわけにはいかないし、タマモ殿という方の承諾ももらわないといけないのでな。2人に納得してもらえたら正式に手続きをするという事でいいか?」
という辺りが、カリンにできる最後の抵抗であった。
「はい、ありがとうございます」
むろんカーミラに不満はなく、深々と頭を下げてカリンの「厚意」に感謝する。横島もタマモと小竜姫の理解が必要なのは分かっていたので口出しはせず、黙って2人のやり取りを見守っていた。
(ま、2人ともカーミラの境遇聞いたらダメとは言わんだろ。OKもらったら今度こそさっきの続きを最後まで、んでもって4号さんに……!)
もっとも頭の中ではこんなふしだらにも程があることを考えていたりしたが、この辺りは横島なので仕方がないというべきだろう。
ただこんな話を聞いたら黙っていられない者もいる。今までおとなしくしていた机妖怪の愛子だ。
「あ、ちょっと待って。カーミラさんが横島君の保護妖怪になれるんだったら、私もしてほしいんだけど」
初対面で吸血鬼のカーミラが良くて、クラスメイトで付喪神の自分がダメということはないだろう。考えてみれば自分は学校の備品という事になっているが、それでは何かのはずみでGSに攻撃された時にいいわけが効かない。ぜひこの機会に、カーミラやタマモと同じ安全保証が欲しいものだ。
愛子がそう主張すると、横島はさもありなんという風に、カリンの方は苦虫を口いっぱいに詰め込んだような顔でうなずいた。
「ああ、今まで気づかんかったけどそりゃそーだな。愛子なら悪いことはせんだろーし、俺は構わんぞ」
「そうだな……タマモ殿と小竜姫殿に話してみよう……」
愛子はカーミラと違って保護者は誰でもいいが、美智恵や令子では優秀な荷物持ちとして除霊仕事に駆り出されるだろうし、唐巣教会は男所帯だから好ましくない。エミや冥子や魔鈴のところというのは考えづらいし、やはり横島が最も順当だろう。極めて遺憾なことではあるが……。
「うん、ありがと。それじゃ今度小竜姫さんに会わせてね」
愛子は青春妖怪歴32年のベテランだからカリンの内心はだいたい想像がついたが、礼の言葉はあえて軽い調子で済ませた。確かにこれをきっかけに横島とさらに仲良くなりたいという気持ちはあるが、それは現恋人の3人と争ってまでというものではないから、カリンに対して後ろめたいところはないから。
「……ところで、そもそも横島君とカリンさんたちはここに何をしに来たの?」
実は愛子はまだゾンビ騒ぎのことを知らないから、彼らがここにいる理由は皆目見当がつかないのだ。しかしそれで横島も当初の目的を思い出し、カリンといっしょにTVの臨時ニュースのことを話した。
「えええっ!? お正月からそんなホラーなことが本当にっ!?」
「大マジだって。確かにこの辺はまだ平和だけど、ここにカーミラがいるのが何よりの証拠だろ。
で、おまえと朧さんと神無さんがゾンビに襲われたら大変だってんでこーして助けに来たんだよ」
「う、うーん……」
愛子は信じがたげに喉をうならせたが、彼はともかくカリンたち4人も真面目そのものの顔をしている以上やはり嘘ではないのだろう。
ただそれが事実なのだとしたら、せっかく正月をのんびり過ごしていたところをわざわざ助けに来てくれた気持ちはすごくうれしい。
「ありがと横島君、やっぱりやさしいのね」
まっすぐな視線でそうストレートに礼を言われて、横島はちょっと困った様子で顔を赤らめた。
「いや、最初に気がついたのはタマモだからな。礼ならあいつに言ってくれ」
そっぽを向いて頬をかきながらそんな台詞を吐く横島の顔はまるで素直じゃない小学生みたいで、愛子と朧はクスリと小さく微笑んだ。
しかし今はいつまでもほのぼのムードにひたっていられる状況ではない。
「そういうわけで私たちは妙神山に帰るが、カーミラ殿はこれからどうする?」
「そうですね……」
カリンの問いかけに吸血鬼娘は軽く首をかしげて考え込んだ。
今ならノスフェラトゥも蘭丸も自分が支配されたままだと思っているはずだから不意打ちして倒すことも可能だろうが、やはり体が本調子に戻るまでは危険である。どうせなら保護妖怪の件に決着をつけてすっきりしてから行きたいものだし、ここは横島たちと一緒に妙神山に行くべきだろう。
自分から彼らに助力を乞うつもりはないが、話の展開によっては手伝ってくれるかも知れないし。
「ではせっかくですので、私も同行させていただけますか?」
「わかった。じゃあずいぶん時間を取ってしまった事だし、話すことはまだあるがひとまず帰るとしようか」
そういうわけで、横島たちは妙神山修行場、正確にはそこを守る結界の外、つまり鬼門の前にテレポートして屋上から姿を消したのだった。
―――つづく。
カーミラと愛子の奥さんズ参入問題は妙神山に持ち越しとなりました。この場でいきなり参入決定したり、逆に振り捨ててしまうというのは横島君とカリンの性格的に考えにくいですし、そう簡単に結論出しちゃったらつまらないですからねぇw
カーミラの安全を担保する方法は他にもあるのですが、分かった方もネタばらしはしないで下さるとありがたいです。
第154話のレス返しは第154話の修正という形でさせていただきましたので。
ではまた。