芦原は目を覚ました。
青空を見上げたところまでは覚えているが、そこから先の記憶はなかった。
無限の牢獄から解放された夢を見たのかと感じたが身体は半魔半神のままだった。
物思いにふけっていると、扉が開き不精髭を生やした中年の男が入ってきた。
この時、芦原は初めて自分が部屋の中にいることに気がついた。
「ああ、気がつきましたか?魔族の方。うちのバカ息子がお世話になったようで」
芦原は目の前の人物が何者か吟味していると再び扉が開き、タマモを頭に乗せ車いすに乗った横島が部屋に入ってきた。
「あ、芦原さん起きたんですか?魔族だから普通の病院はマズイと思ったんでオヤジに頼んで家に連れて来てもらいました」
牢獄から解放されたことが夢ではないこと確信した芦原の顔には自然と笑みが浮かんでいた。そして、横島に訊いた。
「君には世話になってばかりだね。いきなりこんなことを聞くのも変な話だが、君はその足を治したいかね?」
「そりゃそうですよ。また走れるようになりたいですね。そしたら、風みたいにどこにでも突っ走れる気がするんですよ」
「ならば、せめてものお礼だ。その願いを叶えよう」
芦原の手から黄緑色の光が溢れ出し横島の両足を包み込んだ。
しばらくすると、その光は横島の両足に吸い込まれるようにして消滅した。
「損傷の激しかった脚部の筋肉を修復した。しばらく訓練すればまた走れるようになるだろう」
芦原の言葉を聞いた横島は思い切って車いすから立ち上がり、補助から手を放した。
今まで杖なしでは立てなかったが横島はしっかりと自分の足で立っていた。
それを見た大樹は慌てて妻を呼びに行った。
「百合子!こっちに来てくれ!忠夫が立てるようになってる!」
横島は無言だった。ただ、立てるようになった自分の足を見つめていた。しばらくするとドタバタと音を立てながら部屋に大樹と百合子が入ってきた。
自分の足で立っている息子の姿を見て百合子はおもわず口に手をあてた。
沈黙はボンッという音によって破られた。
一同がそこに目を向けるとそこには金色の目を持ち、見事な長い金髪を九つに分け、日本の学生服を着た少女がいた。
「いったい何のつもり?人間を助ける魔王なんてありえないわ!何を企んでいるの?もし、忠夫に手を出すならこの場で消し炭にしてやる!」
「私は救ってもらった最低限の謝礼をしたにすぎない。それに、私はもう正式な魔王と呼べる存在ではない。階級はそのままでも半魔半神の混ざりモノだ。それより、忠夫君たちの前で人化していいのかね?」
タマモは慌てて視線を横島に移した。
タマモが初めて一緒にいたいと感じた存在。以前から人化できることを教えていたが、いきなりだったためショックは大きいだろう。最悪の場合拒絶されるかもしれない。そう思いつつもタマモは目を丸くしている横島を見続け、反応を待った。
「学生服!!?タマモって俺より年上だったのか!?知らんかった――!!!」
「忠夫の馬鹿!!つっこみどころはそこじゃないでしょ!今、目の前で私は人間に化けたのよ!なんとも思わないの!?」
タマモは思わず叫んでいた。拒絶はされたくない。でも、目の前の少年の心情を確かめずにはいられなかった。
錯乱しているタマモに向かって横島は歩き出した。
久し振りの補助のない感触を噛みしめるようにゆっくりタマモに近寄り、抱きしめた。
「温かい。うん!この感じはタマモだ。ったく!馬鹿はお前だっつーの。俺がたった一人の兄弟嫌いになるわけないだろう」
「確かに昔から兄弟みたいな関係だったけど。本当に平気?」
「あたりまえだろ。何を今さら。あーやっぱりタマモは温かいな」
横島に抱きつかれたままタマモは恐る恐る大樹と百合子に顔を向けた。
「俺は可愛い娘ができるのには文句ないぞ!特に将来有望な女の子は大歓迎だ!」
芦原ですら視認できないほどの速度の拳を百合子が放ち大樹は血ダルマになった。
「この馬鹿宿六が!忠夫が歩けるようになったのはそこの芦原さんのおかげだけどいつも忠夫と一緒にいてくれたのはタマモちゃんだろ?別に狐でも人間でも構わないわよ。私も娘欲しかったし」
「百合子はいいの?」
「これからはお母さんと呼んでくれるならね。大丈夫!ニュージーランドで養子にしたってことにすれば金髪でも不自然じゃないから。絶対に政府の馬鹿どもにタマモちゃんを渡したりしないから安心して!戸籍と書類の偽造ぐらい私にかかれば朝飯前よ!」
恐ろしいことをサラッと言っている百合子を元魔王は引き攣った顔で見ることしかできなかった。
魔王の頃の能力を使用したとしても目の前の存在には勝てない。
芦原はそんな気がしてしょうがなかった。
そんな恐怖の対象は芦原に向きなおり深々と頭を下げた。
「詳しい事情はわかりませんが息子の足を治してくださったことを心から感謝します」
人外の再生速度で回復した大樹も礼儀正しく頭を下げた。横島もタマモもこれに続いた。
「礼を言わなければならないのはこちらの方です。今は説明できませんが私はそこの忠夫君に偶然ある束縛から解放してもらったのです。私がしたことなど彼がしたことと比較すれば足もとにも及びません。こうやってベッドや衣類まで貸していただき本当にありがとうございます」
魔王が人間に頭を下げている光景をオカルトの知識がある者が見れば気を失っていただろう。だが、あいにくと横島家はオカルトに関しては素人だった。
その後、くだらない雑談が続き、タマモが横島の二つ年上の姉となることが決定した。
横島とタマモは抱き合って喜んだ。それを芦原は眩しいモノを見るように眼を細めて見ていた。
時間が経ち、芦原は礼と服の返却を約束し横島家を後にした。
少し通りを進むと、芦原が予想したように魔界正規軍の制服をきた人物が立っていた。
「アシュタロス様ですね?私は魔界正規軍所属のワルキューレ大尉です。最高指導者の方々が会談を求めています。すみやかな御同行をお願いします」
「了解した。ただし、条件がある。私が出てきた民家の住人に危害を加えるな」
「アシュタロス様をお連れする命令以外は受けておりません」
「ならいい。私を最高指導者の元に連れて行け」
ワレキューレの案内に従い芦原は彼が最も忌み嫌う人物たちが待つ場所に向かった。
「へぇ。キーやん。アシュがほんまに半神になっとるで」
「そうですね。ずいぶん印象が変わりましたね。そう思いませんか?サッちゃん」
「ふん。御託はいい。最高指導者たちよ。さっさと私の処分を言い渡すがいい」
「少し待ちなさい。アシュタロス。あの少年の能力の正体を知りたくありませんか?」
「貴様らがあの家族に手を出すというなら、私はここで貴様らを排除する!魔王としての能力を失ったとはいえ、まだ上級魔族と同等な力は残っているぞ!」
芦原は身構えた。なぜか貸しを返さずにあの一家を見殺しにする気にはなれなかったのだ。
「安心せい。何もせーへんわ。あの能力は普通は役に立たへん」
「私が説明しましょう。あの少年。横島忠夫の能力は知識と意識があるものならばコミュニケーションをとれる。それだけの能力です。相手に何かを強制したりする力もないし、奇跡も起こす能力もありません。ただ、話合うことができるだけです」
「では、なぜ私は魔王の座から解放されたのだ?」
「ここが面白いとこでしてね。会話ができるということは相手の存在、事情や気持ちなどを知ることができるということです。宇宙意思が生み出し、あなたを縛っていた束縛はあなたと同様に解放を望んでいた。その声を聞きとることができたのが横島忠夫という少年だっただけです」
「だが、彼はアレに触れていた」
「これは推測ですがあなたが魂の牢獄と呼んでいた存在があの少年に触れる権利を与えたのでしょう。あの少年の能力はただ話すだけです。それ以上それ以下でもありません」
「いや、あの少年はすばらしい能力を持っている」
「なんや?」
「他人に手を差し伸べる優しさと勇気だ。聞くがいい最高指導者達よ!ヒトを救えるのはヒトだけだ!万能でありながら何もしない貴様らよりあの少年の方が遙かに強い!」
「本当に変わりましたね。アシュタロス。まあ、あなたの新しい役職を考えれば都合がいいのですが」
「せやな。人界に対する神界と魔界からの共通大使兼守護者。そして、横島忠夫の守護。
それがおまえの新しい仕事や」
「私がいた魔王の座はどうなる?」
「あなたがいきなり死亡したり、完全な神族になったというのならバランスが崩れますが、幸いあなたの変化は私たち以外の誰にも知られていない。したがって、あなたを他の魔王や神族と接触が少ない人界に一時的に滞在させ、その間に後任を見つける余裕が十分あります」
「アシュのことさえバレなければ、ハルマゲドンの心配はないっちゅうことや。名ばかりの管理職やし、引き継ぎが終わるまで雑用さえしてくれればええ」
「名ばかりの管理職…………。私はそんなモノに縛られていたのか。まあいい、過ぎたことだ。今の情勢を考えれば人界に対する神界と魔界からの共通大使兼守護者という役職の必要性はわかる。だが、横島忠夫の守護が入るのは何故だ?」
「あなたに対する保険ですよ。あの少年はあなたにとって救世主であり、大切な存在だ。あの少年が生きているかぎりあなたが人界で問題を起こすことはないでしょう?」
「それにな、やる気のない人間に仕事をさせても効率が悪いだけや。アシュに魔王続けさせてももう長くはもたんやろ? ちょうど必要なポストもあるし、ええ時期やと思ってな」
「彼を人質にするというのか!?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。こちらからは一切危害を加えません。それは保証します。神界、魔界は基本的に人界に干渉しない。この大原則は私たちにも遵守義務があります。ただ、あなたが役職を利用し、人界破壊などを企んだ場合、彼も被害を受ける可能性があることを指摘しただけです」
「あ、それとな。アシュについて行く部下がいたら、自由に連れて行ってええで」
「その仕事引き受けさせてもらおう。私はあの少年に大きすぎる借りがある。生涯をかけても返しきれぬほどの貸しがな!だからこそ、貴様らにあの少年は汚させん!私が守り抜いてみせる!かつて多くの弟子を取り、育てた魔王アシュタロスの名にかけて私は横島忠夫という人間を守り、彼の家族とともに立派な人材に育てあげてみせる!これが私の贖罪だ!」
「ええ、志や。好きにしたらええ」
「そういえば、あなたは元々教育者でしたね。いいでしょう。好きにしなさい。アシュタロス」
「一つ訂正がある。私の名前は芦原優太郎だ」
そう言い残し芦原優太郎、かつて魔王アシュタロスと呼ばれた男は部屋を後にした。
新しい道を進むために。
あとがき
第二話、横島タマモとGreat Teacher Ashiharaの誕生!
お楽しみいただけたでしょうか?
この二人は横島君の人格形成にどのような影響を与えていくか?
書いている自分が一番楽しんでいたりします。
アシュタロスの正式名称はアスタロトといい神話でわ悪魔であるにも関わらず人間に神学を教えていたそうです。
今回の話はそれをベースにしてみました。
そして、何よりも前回コメントしてくださった方々に心から感謝を!
文章面での過ちを指摘してくださった方勉強になります。
ありがとうございます。
それと、三姉妹はちゃんと出しますのでご安心を。
次はコメント数三十を目指したいです。
個別のレス返しですがもう少しお待ちください。
出したいキャラが全員出たら始めます。
こんな状況ですが皆様のコメントは貴重なエネルギー源です。
続けていただけたら嬉しいです。