横島と芦原は並んで近くにあったベンチに腰かけ話し始めた。タマモは相変わらず警戒した目で芦原を見つめていた。
「ニュージーランドの昆虫を見に来たってことは芦原さんは昆虫の学者かなんかなんですか?」
「嫌、そういうわけではない。私は普段は南米でとある科学技術の研究をしている。昆虫の身体構造は非常に参考になるのでね。こうしてたまに違う国に足を運んでいるだけさ。それより、君はその妖狐と会話ができるようだが何か能力でも持っているのかね。」
「昔からたまに動物とかと話せるんですよ。まずタマモ。六道のおばさんの式神達。近所のスッゲー年寄りの犬。それからこの前行った水族館にいたイルカとか。」
「ほう。それは興味深い。つまり、君はその妖狐をタマモという個人として認識し会話が成立しているとうことかね?」
「そうですよ。タマモはペットじゃなくて俺の家族です。…………だから大丈夫だって!芦原さんは悪い人じゃないから。タマモは少し大人しくしててくれ。」
じゃれあう子供と狐をおもしろそうに芦原は見詰めながらこう質問した。
「なるほど会話が成立している。さて、そこのタマモ君に指摘されて気が付いていると思うが私は人間ではない。俗に言う魔族という存在だ。階級は魔王。人間にとっては天敵と呼ばれる存在だ。さあ?君はどうするかね?」
これは長すぎる年月を生きた魔王が起こしたちょっとした気まぐれ。
この奇妙な少年が自分が魔王だと知ったらどう反応するか見てみたいというわずかな好奇心。
だが魔王はこの時知らなかった。
この気まぐれが魔王をどれほど救いとある平行世界とは全く異なる道を歩くことになることを。
「魔族とか魔王とか関係なしに芦原さんはいい人だと思いますよ。人外って言えばタマモもそうだし。」
「種族は関係ないということかね?だがそれでは人の良し悪しは判断でんよ。」
「じゃあ俺から一つ質問してもいいですか?」
「なんだね?」
横島はどこまでも真っ直ぐな目でこう質問した。
「芦原さんはなんでそんなに悲しそうな目をしているんですか?」
芦原の目が驚愕に見開かれた。古代ギリシャの彫刻のように整った顔が唖然とした表情を作り、身体が弛緩した。
その全てが横島の質問が完全な不意打ちだったことを物語っていた。
魔王は初めて自分が悲しんでいることを指摘されたのだった。
永劫に続く果てしのない繰り返しの地獄。どこからも救いの手は伸ばされず全てを憎むことでかろうじて理性を保ってきた日々。
事情は理解できなくとも横島は芦原が苦しんでいることを察知したのだった。
この事実は魔王に衝撃を与えた。
今まで誰一人として魔王にこんな質問をした人間はいなかったのだから。
なんとか動揺から立ち直り魔王は魔力を集中させ周囲に人払いの結界を構成した。
そして、立ちあがり横島に向きなおり少しばかりの期待を込めて変身を解いた。
瞬時に頭に二本の角があり紫色の逞しい身体を持ち圧倒的な存在を感じさせる魔王がその場に出現した。
タマモが犬歯を剥き出しにし、唸り始めた。
「これが私の本当の姿だ!我が名は魔王アシュタロス!永遠の孤独を生きる者!」
堂々と宣言するその姿はまるで泣きながら懺悔しているようだった。
魔王は心の中で絶叫していた。さあ怯えろ!さあ逃げろ!これ以上その眼で私を見ないでくれ!と。
ものすごい唸り声をあげているタマモと魔王をそっちのけにして横島の視線は魔王の背後に注がれていた。そして、いきなり誰もいない空間に向かって話し始めた。
「ああ、見えないけどオマエの声は聞こえてるよ。辛くて寂しかったんだな?うん。そっか。誰もオマエの声が聞こえなかったんだな。何か俺にできることはあるか?」
気でも触れたのかと思い心配そうに見つめてくるタマモを横島は優しく撫で、杖を手に取り魔王の背後にゆっくり歩き出した。
事態が理解できない二人は黙って見ることしかできなかった。
「見えないからちゃんと支持してくれよ。ってか俺はオマエを触れるのか?ああなんか手に触れた。これか?でどこだ?え?もうちょっと右下?ったくどこだよ?」
一人でパントマイムをしているような光景。だが、嘘ではない証拠に横島の手は何か押しているかのように白くなっていた。
しばらく何か大きな物の表面を手探りでなぞるような行為をした後、横島は杖を手放し何かを両手でしっかり握りしめた。
「よし、あった。これだな?大丈夫。任せとけ!芦原さんには俺が謝っといてやるから。」
そう言って全体重をこめ、顔を真っ赤にしながら横島は綱引きの体制で思いっきり引っ張った。しばらくその状態が続き、やがて硝子が割れるような音が周囲に響き渡った。
「Go! You are free! Nothing can hold you back anymore!」
(さあ、行け!お前は自由だ!もう何もお前を縛ることはできない!)
再び硝子が割れる音が響き渡り横島だけでなく魔王もタマモも何か巨大な存在がその場から離れていくのを感じた。
音が止むと突然魔王が胸を押さえ崩れ落ちた。
頭部の角が徐々に小さくなり紫色だった身体が肌色に変わり逞しい人間の体になった。
だが、その圧倒的な存在感は少し弱まっただけだった。
「馬鹿な!この身が半魔半神になっている!貴様!いったい何をした!」
「いや何って。ただアイツが芦原さんが可哀想だし自分も自由になりたいから手伝ってくれって言ったから言われた通りにしただけですけど?」
「アイツとは何者だ!私が魂の牢獄から解放されるなどありえんことだ!」
「そう言えば名前聞くのを忘れてた。え〜とアイツが「長い間すまなかった」と伝えて欲しいだそうです。」
「魂の牢獄に知性があったというのか!そんなことがありえるはずがない!だが、私を包むこの開放感!これはなんだ!?本当に解放されたのか?あの無限の地獄から。こんなにも簡単に。補助なしでは歩けないような存在に私は救われたというのか!?」
愕然とした表情で独り言をつぶやく芦原に対して横島は遠慮がちに声をかけた。
「え〜と俺なんか悪いことしました?」
「嫌。君は何一つ悪いことなどしていないさ。ただ、一人の愚かな男を地獄から救ってくれた。まだ確定したわけではないがきっとそうなのだろう。……………ありがとう。」
そう言い芦原はドサッと仰向けに倒れた。
何度も破壊したいと願った世界の青空がなぜか芦原にはとても尊いモノに見えた。
あとがき
短いですが第一話です。第二話がかなり長いので区切らしてもらいました。
プロローグでの皆様のコメントがどれも嬉しいもので作者には大変ありがたい物でした。
ありがとうございます。
もう少し物語が進んだら個別のレス返しを始めたいと思っています。
さて、次回以降の予告です。
魂の牢獄から解放された魔王の新しい道
横島の能力の正体
そして、百合子とタマモの大暴走。
以上の三つです。
拙い文章ですが読む人の心が温まるような優しい物語を描きたいと思っています。
第二話もよろしくお願いします。