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「GS横島!? 幸福大作戦!! 第八話」

チョーやん (2008-05-07 06:55/2008-05-09 21:42)
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『♪〜〜〜〜♪〜〜♪〜〜〜♪』

 雪景色が残る山の中腹。

 山々の間から顔を覗かせた朝日の陽光が山腹を照らし出し、
まだ朝靄が残る山林が、その陽光を受けて白い輝きを周囲に放つ。

 崖沿いの山道から外れた脇道。

 その入り口にはまるで表札のように落石注意の標識が見える。

『〜〜〜♪ 〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪』

 両側をうっそうとした木々が生い茂る森の中から、若い女性――少女と思わしき――の鼻歌が流れてくる。

 聞こえてくるその歌に誘われるように、獣道も同然なその脇道をしばらく進むと不意に視界が開けた。

 広さはテニスコートぐらいであろうか、周りの木々がその広場を囲んでいるのが見える。
 だが、真っ先に眼に映るのは広場の入り口から正面に見える切り立った崖であろう、
見上げると、まるで天空まで届くかのような頂が見え、圧倒的な存在感を放っている。

 その崖の麓からは山水が湧き出しており、透き通った美しい泉となっていた。

 膝丈程度の深さの水底には水草が大量に生えていて、水の流れに身を任せているのが見える。

 コンコンと湧き出る泉は広場の半分を占めており、涼やかなせせらぎの音を辺りに響かせている。

 その湧き出た水がどこにも流れ出していない所を見ると、再び地下水となっているのであろう。

 その泉の周りも雪化粧が残っており、崖の存在感も相まって厳粛かつ荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 そしてその泉の中央、水面上に先程からの歌声の主の姿が見える。

『〜〜〜♪ 〜〜♪ 〜〜〜♪〜〜〜〜♪』

 その歌声の主は巫女服の姿をした可憐な少女であり、水面上を舞うようにクルクルと回っていた。

 クルクル……クルクル……まるで何かの演舞のように舞いながら歌う少女……

 舞う度に巫女装束がフワリと揺れ、やや青みがかかった長く艶やかな髪が大きく広がる

 山林の間から斜めに降り注ぐ陽光が光のカーテンとなり、
泉という名の舞台を舞い踊る彼女の姿を、照明のように照らし出す。

 間もなく消えてしまう運命にある朝靄が、まるでスモークのように漂い、
泉のせせらぎと小鳥たちのさえずりが、木々の風に揺れる音と一つの楽曲を組んで周囲に木霊し、
それぞれが舞台演出の効果を高め合っている。


 ――それは正に劇場――


 水面で踊る彼女只一人の為の劇場……あえて題名を付けるならば『泉の妖精』であろうか。

 まるで御伽話のワンシーンを切り取ったかのような神秘的な舞台。

 そしてその舞台を見守る観客は……


 ―――ガサッ


『〜♪ !! …………聞いていたんですか?』

 不意に聞こえた物音に巫女服の少女――おキヌがハッとして一瞬身を固くするが、
それが彼女の待ち望んだ人物だと分かるとすぐに表情を柔らかくする。
 そして先程までの自分の行動を思い返すと、
少し眉を寄せ、頬を朱に染め、軽く握った右手を口元に当てて上目使いにその人物に尋ねた。

「あぁ、待ち合わせの時間より早く着いちゃったからね。……おキヌちゃんの顔を一刻も早く見たかったし」

 恥ずかしそうに、咎めるように言う彼女の様子を見ても、悪びれた様子もなく言い放つその人物――横島。

『もう……そういうことばっかり言うから美神さんも誤解しちゃったんじゃないんですか?
それだと他にも居るみたいですね? 横島さんに好意を持った女性(ひと)って……』

 横島の言葉に、更に頬を染めながらも口を尖らせて切り返すおキヌ。

 それに対して「そんなことはないさ……」と苦笑しながら答える横島。

 おキヌも苦笑を返して泉からフワリと浮かび、横島の方へフヨフヨと近寄り、目前で着地する。

 横島の吐く白い息が二人の間に漂い、二人を繋ぐ架け橋となっていく。

 やがて、どちらからともなく笑みを零し、静かに抱き締め合う……

「……お待たせ……」

『……おかえりなさい……』


 ―――さて、他の二人……タマモとワンダーホーゲルはと言うと――


「……まったく、折角こっちが気を利かせて二人っきりにしてあげたんだから、
いつものようにここで“ブチュー”ってディープなのかませばいいじゃない……」

『た、タマモさん……流石にそれはどうかと思うんスけど……』

「うっさいわね! 二人の会話が聞こえなくなるじゃない!」


 ―――出歯亀をやっていた―――


 二人はその広場を囲む木々の合間から横島とおキヌの様子を窺っていたりするのだが……
早くもココにやって来た目的を忘れているようである。

 待ち合わせの時間よりも早く来た兄妹は、崖の山道で待っていたワンダーホーゲルと合流したのだが、
おキヌが山道の脇道の奥にある泉に居ると聞くと、タマモは気を利かせて兄だけを迎えにやったのだ。

 待ち合わせの時間と言っても、山中で待っていた二人の幽霊が時計を持っているはずもないのだが、
そこは山男のワンダーホーゲル、季節と日の傾き具合で大体の時間が分かると言うは流石であった。
(たとえ雲っていても日の出からの時間経過で大体の時間は分かるそうだが……本当だろうか?)

 そして横島を送った後にこっそりと後を付けてきたようである。

 だが、そんな出歯亀二人の様子など関係なく、しっかりと抱き合う一組の夫婦に言葉など必要はなかった。


「だーっ! そこで一気に押し倒すぐらいしなさいよ! この甲斐性なしのボケ兄貴!!」

『た、タマモさ〜〜〜ん?』


 …………必要ないと言ったら必要ないのである。


 尚、何故おキヌがあの泉に居たのかは……いずれ分かる事になるであろう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


                     GS横島!? 幸福大作戦!!
                       第八話『過去(未来)への想い、今(過去)の決意』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ココに来るのも久しぶりだなぁ」

『ええ。実家には妊娠の報告をしに行ったのが最後でしたから、私にとっては二ヶ月ぶりですけど』

「……そうだったな……」

『……アナタ……いえ、横島さん、もう済んだことですよ? 私はあれも運命だったと思っています。
横島さんと出会ったことも……結婚できたこともです』

「おキヌちゃん……」

『全てが運命とまでは言いません。でも、他に適当な言葉がありませんから……』

 氷室神社まで後わずかな距離、神社の鳥居が段々と大きくなるのを見ながら会話をしていたのだが、
おキヌのその言葉に横島は改めて思った。


 ―――女性は強い―――


 更に言えば良人(おもいびと)の“女”となり、共に歩む覚悟を決めた女性はもっと強い。

 ましてや“母親”になった(この場合は母親になる覚悟を決めた)女性ともなると……

 もはや男である横島には想像もつかない。

 おキヌの様子を見るに、既に“あの時”のことは引きずってはいないようである、
当初こそ気弱になり自分を責めるような発言をしていたが、気持ちの切り替えができているようだ。

 着いていく男性(ひと)を定め、決意した後は後悔しないように前を見据えて生きていく……
その姿に横島は自分が愛した女性(ひと)の強さと、女という生物の偉大さを改めて思い知る。

(いつの時代でも、男が女に敵うわけがないはずだよ……)

 己を自嘲しつつも、しみじみとそう思う横島であった。


◆◆◆


「ええ……間違いなくこの文献に記されております」

「んじゃとっちゃ、この人達の言う事は……」

「うむ、間違いなく事実であるということだ」

「そんじゃ、このおキヌちゃんが……わたすのご先祖様?」

『いいえ……私は未婚のまま生贄に志願しましたから……』

「そっかぁ……でも、わたすとよく似てるだな〜〜」


 ここ氷室神社では、近年にない奇妙な――そんな言葉ではとうてい足りないが――客を迎えていた。

 横島と名乗った黒尽くめの少年と、その妹だというこれまた黒尽くめのタマモと名乗った少女、
ここまではいい……すこしばかりファッションセンスに難ありだが、後の二人は明らかに違う。

 鳥居の下で階段の掃き掃除をしていた巫女服の少女――早苗は、
この神社に向かってくる一行に目が止まり、訝しげな目でやって来る彼等を迎えていた。
 霊媒体質である彼女は、一行の内二人が幽霊であることを一目で見抜いていたのだ。

 まさか神社に幽霊が訪ねてくるとは……

 そう思いながら一行を迎えた早苗は、不信気な様子を隠そうともせず要件を尋ねると。

 『東京から来た横島と申します。この神社の神主……宮司さんはいらっしゃいますか?』

 と、黒尽くめの少年――横島からそう返事が返って来た。

 正直な所、早苗は東京の若者についてあまり良い印象を持ってはおらず、
東京から来たという横島に対して、更に疑惑と不信を深めた眼を向けたが、
真剣な眼差しでこちらを見返す彼の様子に戸惑いを覚えてしまっていた。

 明らかに怪しいと言える彼等ではあったが、かと言って遠方からの来客を追い返すわけにもいかず、
不信がりながらも一応は宮司である父の所へと案内した早苗であったのだが……


 正直、彼等の話した事は信じろと言うほうが無理だと言える内容であった。

 自分とよく似た容姿の巫女服の少女の幽霊が語ったのは、遥か三百年も前の過去の出来事……

 そしてそんな彼女の境遇をなんとかしたいと願うGS見習いの、横島と名乗った少年の話。
 (まだGS免許は取得していないのだが、一応はそう紹介していた)


 一方の横島は、これまでの事情をこの神社の親子に語ったのだが、勿論、全てを話した訳ではない。

 流石に逆行してきたことや、その辺りの事情まで説明するわけにもいかなかった為、
横島が語ったのは虚実交えた内容であった。


 以前、別の依頼でこの近くまで来たときに偶然おキヌと出会った事。
 彼女から事情を聴いて、横島としてもなんとかしてやりたいと思った事。
 しかし、GSに依頼すると莫大な金額がかかる為に自分達でやると決めた事。(既に大金持ちであるが…)
 その為、正式な依頼として動くわけにもいかず、自分の雇い主には秘密で来た事。


 ココまでは嘘に事実を混ぜた内容であったが、おキヌの話の方はほぼ事実そのままである、
だが、自分が生き返れることや、その為に遺体が保存されていることなど、
彼女自身が知るはずの無い内容までは話せなかった。

 そして先程の依頼先にこの辺りで三百年前からある建物がないかどうか聴いてみた所、
この氷室神社が丁度三百年前からあると聴いてなんらかの事情を知っているかもしれないと思い、
この神社までやって来たとのことであった。

 ちなみに山男の幽霊ワンダーホーゲルの事は、最近、遭難事故で幽霊となり、
同じく山中を彷徨っていたが、おキヌと知り合って友人になったということにしている。


 そこまでの事情を聴いた宮司は正直な所、呆れていた。

 おキヌの話の内容も想像の外をいくものだったが、自分達だけでなんとかしようとするなどとは……

 だが、とにかく事実の確認が先だと判断すると、神社に保管してある書物を取りに行ったのである。
 なによりおキヌの話は宮司が先代から伝えられた伝承と一致する部分がある為、
これは他人事ではあるまいと思ったからであった。


 ここで先程の会話へと繋がる……


「確かにおキヌちゃんと早苗ちゃんはよく似ているね、姉妹と言っても十分通じそうだ」

『ほんとですかぁ? 横島さん。でも、おね……早苗さんに悪いですよ?』

 早苗の言葉に横島が反応し、おキヌが思わずお姉ちゃんと言いそうになりながらも言葉を返す。

「別に悪くないだよ。それにわたすには兄弟とかいねぇし、おキヌちゃんみたいな妹が欲しかっただよ。
あ、でも三百年前の人だから、お姉さんになるだかな?」

「でも、おキヌちゃんが死んだのって確か十五の歳だったよね?」

『ええ、そうです。早苗さんはおいくつなんですかぁ?』

「わたすは今年、十七になるだ」

『ならやっぱりお姉さんですね、私はもう歳は取りませんから……』

(尤も精神的には私の方が一回り年上なんですけど……)

 そう思いながら若干後ろめたそうに言うと、早苗はそれを別の意味で捉えたらしく慌てて謝罪する。

「あっ、す、すまねぇだ……」

『いいんですよ。それに死んだおかげでみなさんにお会いすることができたんですから』

 会話の内容が少し暗くなりかけたが、おキヌがほがらかな笑顔でそう言うとホッとした空気が流れる。


 そこまで娘と客人の会話を聞いていた宮司は、そろそろ本題に入ろうと思いゴホンと咳払いをすると、
横島に向けて姿勢を正し、少し語調を強めて彼にこの問題をどうやって解決するつもりなのかを尋ねた。

「どうにも無謀と言うしかないのだが……本来なら君の雇い主に相談するべきではないのかね?
確かにGSに依頼するには多額の依頼料が必要だが、相談するぐらいのことはできたと思うがね。
話を聴くに、当時の導師と呼ばれるほどの人物ですら封じることが精一杯だったと言うのに……
君が彼女のことをなんとかしてやりたいと思うのは立派だが、勇気と無謀を履き違えてはいないかね?」

 そう尋ねる宮司の口調は、無謀な試みをする若者をたしなめるようであった。
 中途半端な勇気と力量で挑むようなら、なんとしてでも止めるつもりであるとの意味も込められている。

 しかし、横島の返した答えはそんな宮司の予想の斜め上を遥かに越えたものであった。

「別に考えなしに挑むつもりはありません。……これを見てもらえますか?」

 そう言って差し出された掌の上には、数個のビー玉のような球状の物が乗っていた。

「なんだね? それは……」

「……文珠です」

「!! も、文珠だとっ!?」

 宮司はその横島の返答に思わず声を上げ、大きく目を見開き、
あんぐりと口を開けて食い入るように掌の上の文珠を見つめる。

「やはりご存知でしたか……であれば私がなんの勝算もなく挑んだ訳ではないとご理解頂けるはずです」

「う、う〜〜〜む……しかし君、これは……」

「と、とっちゃ? えらく驚いてるみてぇだけど、こったらビー玉さみてぇなのがどうかしただか?」

 父親の、そのあまりの驚きぶりに早苗が思わず口を挟む。

「う、うむ……文珠というのはだな……」

 この後、文珠について知りうることを娘に伝える宮司の話しが続く。

「……私も文献でのみ知りうることで、実物を見るのはこれが始めてなのだが……
しかし……横島君といったね? これは本当に……」

「えぇ、本物の文珠です。私の霊能力は収束に特化していまして、
いわばこの文珠はその霊能力の究極の形が具現化したものです」

「なんと!? 君が作り出したものなのかね?」

「はい……お疑いなら一つ証拠をお見せしましょう」

 そう言ってそれまで黙って横島の後ろに控えていたタマモに目配せをする。

 流石に見た目中学生の自分が会話に加わるよりは兄に説明を任せたほうがいいと判断していたタマモは、
それまでの会話に加わることなく兄の斜め後ろにちょこんと座って待っていたのだ。

 その様子はまるでお人形みたいに可愛らしく、先程からちらちらと早苗がタマモの方を窺っていたりする。

 それはともかく、目配せを受けて兄が何をするつもりなのかを察したタマモは頷いて立ち上がる、
横島も立ち上がって「ちょっとお庭をお借りします」と宮司に告げると、妹を伴い神社の庭へと足を向けた。

 流石に神社の庭だけあって、そこは典型的な純和風の日本庭園の作りであった。

 その日本庭園特有の玉砂利を踏みしめながら、二人は十メートルほどの距離を取ると、
縁側からこちらを窺う神社の一家――丁度、お茶と茶菓子を持ってきた母親も加わっていた――に向けて、
これから行なうことを説明した。

 その内容はいたってシンプルで、横島が妹に向けて霊能力を使って攻撃をし、
タマモが文珠でそれを防ぐというモノであった。

 その言葉に早苗が思わず非難の声を上げてしまい、父親から静かにするように窘められ、
おキヌからは大丈夫だからと諭されるという一幕があった。
 何しろ服装はともかく、見た目は可憐な美少女にしか見えないタマモに向かって攻撃すると言うのだから、
彼女がタマモの身を心配するのも無理はなかった。

 しかし、結果から言えば早苗の心配は杞憂に終わる。

 横島が手にした文珠の一つに≪護≫の文字を込めると、一家にそれを見せてからタマモに抛り投げる、
受け取ったタマモは一家にも見やすいように文殊を掲げて、いつでも発動できるよう集中し始めた。

「行くぞ! タマモ」

「いつでもOKよ! お兄ちゃん」

 妹の返事に横島が頷くと、左腕を前に突き出して“力ある言葉”を紡ぐ。

「栄光の手“第三形体”≪迦具土≫!!」

 その言葉と共に、腕に装着された篭手から梵字のような模様が青白く浮かび、
やがて左腕全体が白い“何か”に覆われて銃のような形になる。
 銃――と言うよりは、形としてはグレネードランチャーに近いであろう、
そしてその銃身には幾何学的な模様が浮かび上がる。

 横島が霊力を込めると、その模様部分から霊力の光が漏れ始める、
そして横島が気合一閃「ハァッ!!」と声を上げると、その銃口から霊波砲が放たれた。

 SF映画等でよく見る、レーザー光線を彷彿させる青白い光の束がタマモに向かって放たれるが、
当のタマモはまったく慌てることなく手にした文珠を発動させる。

「文珠よ!!」

 カッ! その瞬間、タマモを中心に光が溢れ出し、観戦していた全員が思わず目を細めて視線を外す。

 そして視線を戻した彼等が見たものは、光の幕のようなものがタマモの周囲を包み、
横島から放たれた霊波砲を完全に防いでいる光景であった。


◆◆◆


「それじゃ留守を頼んだぞ?」

「ハイ、行ってらっしゃい……早苗? 皆さんに迷惑を掛けないようにね?」

「わかってるだよ、かっちゃ……そっただこと横島さんの前でいわねぇでほしぃだ」

 氷室一家の三人が玄関前でそれぞれの言葉を交わしている間、
他の四人はその様子を見ながらボソボソと声を落として会話をしていた。

「ねぇ? おキヌちゃん……早苗さんの様子が“前”と全然違うと思わない?」

『ええ……なんて言うか、お義兄さん……この時はまだ山田先輩ですけど、
その人を見るような眼で横島さんを見てますね……』

 おキヌとタマモがそんな会話を交わした後、ジトッとした眼をこちらに背を向けている少年に送る。

 そんな女性二人の何やら刺すような視線を背に受けて、横島はボソッと誰にとなく呟く。

「……俺が何をしたっていうんだ……」

 そう言いながらも、こめかみにはでっかい汗が張り付いていたりする。

 ポンと肩を叩かれ首をそちらに向けると、ワンダーホーゲルが滂沱の涙を流しながら親指を起てていた。

『横島サン……事情はよくわからないっスけど、これも運命(さだめ)だと思うっス』

「……わからんなら言わないでくれ……頼むから……」

 彼の言葉にそう返しながらガックリと項垂れる……なにやらドズ〜ンという擬音と共に、
何本もの縦線が横島の頭上に乗っているような気がするのだが……恐らく気のせいであろう。


 そんな些細な(あるいはどうでもいい)やり取りの後、氷室親子の二人を加えた一行が向かったのは
氷室神社に代々祭られているという祠であった。

 その祠への道すがら、横島は先程まで行なわれていた神社での様子を思い返していた。

 横島の持つ霊能力と文珠の効果を観た氷室一家の反応はそれぞれであった。

 父親の宮司は感嘆の声を上げ、母親は目を開きっぱなしに驚き、
娘の早苗は「すごい! すごいだよ!!」と声を上げ、それまで送っていた疑惑の視線をあっさりと翻し、
まるで有名人を見るような憧れの眼で横島を見るようになった。

 その視線にはなにやら別の感情も含まれているようではあるが、
おキヌとタマモがその視線の意味をあっさりと看破したのは流石と言うべきであろうか。

 もっとも当の早苗は「あぁ、いけないだ……わたすには山田先輩という人が……」と、なにやらブツブツと呟き、
赤く染めた頬に両手を当ててイヤンイヤンと左右に首を振っていたりしていた。

 その様子はどこかで見たような覚えがあった……主に同じ巫女服を着た少女に……
横島が先程の早苗に擬似感を覚えたのは決して彼の気のせいではないであろう。

(やっぱり血は繋がっていなくても、よく似た姉妹ってことなのかな……)

 横島はそう思いながら苦笑すると、逸れた思考を元に戻し、宮司とのやり取りを思い出す。

 宮司は伝説に聞く文珠が実在したいたことに驚きを隠せない様子であったが、
文珠に関しては師や雇い主にも秘密にしていることを聴くと、更に驚いたようであった。

 『何故師匠にも秘密にしていることを……』と、宮司がそう尋ねるのも無理はなかったが、
それについては横島も『こちらを信用して欲しかったからです』と答えるのみであった。

 彼のその様子に、宮司もこれ以上は触れない方がいいと察したのか、
その後は横島の霊能力について色々と質問してきた。

 横島もこれまでの経歴を包み隠さず宮司に伝えた。

 何よりも形を変えることで、変幻自在の効果を発揮する“栄光の手”には文珠と同じくらいに興味を示し、
その効果を根掘り葉掘り尋ねた。

 尤も、横島が答えたのは“第四形体”までであったが……

 そしてGS免許こそまだ取得していないものの、一年以上に渡る彼の実戦経験や、
彼の妹であるタマモのことについても(表向きの)事情と、その能力を説明されて、
これならば大丈夫かもしれないと思ったようである。


 それから横島からは、文珠については他言無用と念を押された。

 宮司のほうにしても、文珠のその特性から悪用される危険性を危惧し始めていた為、
横島に念を押されるまでもなく大きく頷き、家族に対しても絶対に他言してはいけないと告げたのである。

 そして、彼等の話と神社に伝わる伝承の通りならば、
代々祭られている祠に何らかの手掛かりがあるかもしれないと思い、そこに案内することになったのである。

 最初は宮司だけが案内するはずだったのだが、早苗がどうしても着いて行くと言って聞かず、
最後には父親が折れて同行を許すという事があった為に、出発が遅れてしまうという一幕があった。


「着きましたぞ。あの崖の下に祠があります」

 不意に宮司の声が上がり、横島はそれまでの思考を止めて宮司が指し示す崖に眼をやる。

 ちなみにそれまでの道中、おキヌとタマモは早苗に引っ切り無しに声を掛けて会話に華を咲かせていた。

 早苗としては横島ともっとお話ししたかったようであるが、それを察した乙女二人がそれを阻んでいたのだ。

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだと背後から聞こえてくる彼女達の声に苦笑すると、
崖上から祠の入り口がある崖の中腹へと降りる道――とても道とは言い難かったが――に眼をやる。

確かにその道は祠へと続く下り坂になっているものの、その足場は狭く今にも崩れそうである。
 落下防止用に、手すり代わりのロープが崖に張られてはいるが、
慣れない者はその道を踏み出すのに躊躇するであろう。

(最初にココに来たときは、美神さんにロープで括られて突き落とされたんだったよなぁ……
だけど考えてみると、この道を恐々と下りるよりかは手っ取り早い方法だったって事か……
考えなしに無茶苦茶していたようでいて、ちゃんと周りを見ていたんだよなぁ……美神さんは)

 どっちにしても無茶苦茶なのには違いないけど……と、雇い主であり理解者であった彼女を思い浮かべ、
更に苦笑を深めてかつての出来事を思い出しながら、そう心中で呟く。

(確かにタマモが言うようにココの美神さんと、俺たちが知る美神さんは違う……
でも、だからと言って今の美神さんを……いや、俺の知る全ての人を疎かにするつもりはない……
もう二度と裏切ったりはしない、二度と後悔するようなことなしない、それでいいですよね? 美神さん……)

 そう思いながら横島はよく晴れた空を見上げる。

 雲一つないその空には美神の顔――元の時代の――が浮かんで見えていた。

 空に映る彼女は『それでいいのよ』と微笑みながらウィンクをし、親指を立ててサムズアップしていたが、
その直後に『でもドジったらこうよ!』と立てていた親指を、下にクンっと突き下ろしたのである。

 それを見ていた横島は……ダラダラと大量の冷や汗を掻きながら固まっていたりする。

(ぜ、善処します……)

 横島としてはそう答えるのが精一杯であった。


◆◆◆


「中は結構広いですねぇ……それにかなり気温も低い……」

「そうだけど、夏はすごく涼しいだよ。ま、奥は行き止まりになっててなんにもねぇけどな、
でも、横島さんが高いとこさ苦手だなんてちょっと以外だよ」

「いや、あれはそうじゃなくて……」

「お兄ちゃん……崖を前にして冷や汗掻いてたら誰でもそう思うわよ?
それにお兄ちゃんなら落ちたって“アレ”があるから大丈夫じゃない」

「ほう、まだ隠し玉を持ってらっしゃると?」

「えぇ……まぁ……空を飛ぶ敵を相手にする場合がほとんどですからね。
別に隠し玉って訳じゃありませんよ、宮司さん。これは口で説明しても実感が湧かないでしょうし、
直接見てもらった方がいいでしょうから」

「え? それってひょっとして……」

「まぁまぁ早苗ちゃん。それは見てからのお楽しみってことで」

「ほほぅ、それは楽しみですな」

「横島さんってほんとにすごいだぁ!」

『横島さん……』

「お兄ちゃん……」

「わ、分かってるって……」

『横島サン……苦労してるっスねぇ……』

「言うなっつっとろうが……」


 以上、一行が祠に入った直後の会話である。

 一見して呑気な会話をしているが、横島もタマモも、そしておキヌも常にないほど辺りを警戒していた。

 なにしろ死津喪比女がまだ滅びていないのは確実なのだから無理はない。

 横島としては、できれば氷室親子には着いてきて欲しくなかったのだが、
案内もなしに自分達だけで行くと言うのは不自然である上に、
宮司自身が子供達(ワンダーホーゲルは除く)だけで行かせるのをよしとしなかったのだ。

 それならばせめて早苗は置いていくべきであったが、あの様子では勝手に着いて来かねなかった。
 ならばいっそのこと同行したほうがいいと宮司自身が判断し、横島もそれについては同意見であったため、
口を出さなかったからである。

 それにおキヌの事情をよく理解してもらいたいとの思惑もあった、
必ずしも導師のあの映像が観られるとは限らなかったが、
おキヌがこの祠に近づけばなんらかのリアクションがある可能性が高いと見ていたのだ。

 それに万一を考えて、宮司には≪護≫の文字を込めた文珠を祠に入る前に渡してある、
ここまでの道中はともかく、祠に入ってからは娘の側を決して離れないように言い含めておいた。
 そしてタマモにもこの二人を必ず護るように頼んでおいたのだ。


 一方の宮司も、この一件が神社と無関係ではないと十分に理解していた為に案内役を買って出ていたが、
正直な所、この事態を楽観視していたのは否定できない。

 なにしろこの祠には、彼自身を含め代々の宮司が幾度となく訪れており、娘の早苗もよく来ていたからだ。
 彼の代も含め、三百年間何事もなく勤めを果たしてきたのだから無理はなかった。

 だが、文珠というある意味究極のオカルトアイテムをこうもあっさりと渡され、
一見、普通に振舞っているように見えて明らかに緊張した彼らの様子を見るにつけ、
自分がいかに事態の深刻さを理解していなかったかを思い知っていた。

 確かに彼等の話では死津喪比女という妖怪がまだ生きている可能性が極めて高いと聴いてはいたが、
やはりこれまでの日常が彼の警戒心を鈍らせていたのは間違いなかった。
 それまで普通に日常を送っていた者に、いきなり非日常的な事態を理解しろと言う方が無理なのであろう。

 だがここまで来て今更どうこう言うことはできない、それに結局は何も起きない可能性もあるのだ、
ならば自分のするべきことは自身と娘の身の安全を第一に考え、彼等が成すことを見守る事であろう。

 そう宮司が決意すると、隣を歩く娘の肩に手を置いた。

「早苗……決して私から離れてはいかんぞ?」

「ど、どうしただか? とっちゃ……」

 唐突に父からそう言われ、早苗は父の顔を見上げて不安そうに眉を寄せて問い掛ける。

「どうしたも何も、お前も彼等の話は聴いていただろうに……」

 どうやら娘も事態をあまり深刻には受け取ってはいないようである。

「そ、それはそうだども……」

「ならば何が起きてもいいように注意を払っておくべきだ。
いいか? 私から離れてはいかんぞ?」

「う……わかっただよ……」

 父親に噛んで含めるように再度そう言われると、早苗もおとなしく頷くしかなかった。

 そしてそんな親子の会話を聞いたのか、いつの間にか先頭を歩いていたタマモが二人に話しかける。

「大丈夫ですよ、何が起こっても私とお兄ちゃんで全て解決しますから安心してて下さい」

 タマモとしては二人の不安を解消するためにそう言ったのであろうが、
見た目中学生の女の子(しかもゴスロリ姿)の彼女から言われても、
解消する所か返って不安が増したようである。

 そんな二人の様子を察したのか、タマモは更に言葉を続ける。

「ご心配なく、何があっても私が護りますから……たとえこの身に代えてでも……です」

 足を止めこちらに振り向いてそう宣言する彼女に、親子二人は戸惑ったように顔を見合わせる。

「君の能力(ちから)を疑うつもりはないが……どうしてそこまでして?」

「そんだぁ。なにもタマモちゃんがそこまですることはねぇだぁ」

 当惑した様子でそう問い掛ける二人であったが、問われたタマモは微笑を浮かべてこう答えた。

「今は言えませんけど……ただ、これだけは覚えておいて下さい。
妖狐は……身内を大切にするんです」

 そう答えたタマモは、その話はそれまでとばかりに再び前を向いて歩き出して行ったのである。

 後に残されたのは、更に戸惑いの表情を深めて再び顔を見合わせた二人の親子であった。

 文字通り『狐に化かされた』かのような顔でお互いの顔を見ていたが、
ハッと気を取り直すとタマモの後を追うように歩き出した。

 その様子を後ろから見ていた横島と幽霊二人であったが、
横島とおキヌは顔を見合わせ、微笑みながら頷き合い、
ワンダーホーゲルもなんとも言えない顔で苦笑すると、前を行く三人の後を着いていくのであった。


◆◆◆


「ここで行き止まりみたいね……」

 祠の奥に辿り着いた一同であったが、真っ先に到着していたタマモが言うようにそこは行き止まりであり、
岩壁があるだけで何がしかが祭られている様子はなかった。
 通常、祠などの最奥には御神体や仏像といったものが祭られているはずであるが……

「えぇ、私共も代々ここを祭っているのですが……
伝承とこの祠の関連性については何も遺されてはいないのです」

 それはそうであろうと横島は思う、ここに何があるのか文献にでも遺されていれば、
必ず誰かが確かめようとしたはずである。
 しかし氷室家の初代になったであろう導師が何を思ってそれについては何も遺さなかったのか……
恐らくは死津喪比女が滅びないうちにおキヌの遺体が掘り出されるのを危惧したためであろうが、
それならばそれで正確な事実を文献にでも記していればよかったはずである。
 それをしなかったのは他者に知られる危険性を危惧したからであろうか……

 これは横島の想像ではあるが、
通常、こういった儀式などで生贄になった者は山の神になるはずである。
 実際、おキヌと最初に出会ったときも彼女がそう言っていたのを覚えている。
 恐らくはそれが当時としてはあまりにも常識であったがために、
氷室家が代々伝える内に伝承が歪められたのではないのか……

 無論、今となっては確かめる術はないが、恐らくはそれが正解ではないかと見ている。
 導師としては生贄になったおキヌが未来で幸せを掴んでくれることを願ってそうしたのであろうが、
こうなってしまったのは彼の誤算ではなかったであろうか……

 別段、横島としてはそのことで導師を責めるつもりはなかった、
おキヌと出会うことができたのは間違いなく彼のおかげであるのだ、
なにより本人はとっくに成仏していて、ここに居るのは残留思念にすぎない、
今更蒸し返して問い詰める必要はないだろうと考えていた。

 尤も、おキヌを霊体ミサイルにしようとしていたことについては、一言どころか、
百万言でも文句を言ってやりたかったが……

『横島さん……』

 横島が思考の海に沈んでいると、不意におキヌが声をかけてきた、
フワフワと浮いている彼女を見上げ、ついで周りを見ると他の者たちも横島を注目していた。

「あ、いえ……なんでもありません。
ええと……とりあえずここはおキヌちゃんに確かめてもらおうかと思っています」

 思わず苦笑して誤魔化すようにおキヌを見上げて、そう宣言する。

「確かめるって……なにをだ?」

「見ての通りここにはなにもありません。ですが、何故ここが祭られていたんでしょうか?
何もないというのは逆に不自然です、ならば壁の奥に何かがあるんじゃないかと思いまして」

 早苗の問いに横島がそう答えると、再び親子二人が揃って顔を見合わせる。
 明らかにその可能性については考えもしなかったという顔付きである。

「確かに、何もないのに祭られているのは不自然ですな……いやはや、
長年祭っておきながら、その可能性があるのを思いつきもしなかったとは……」

「言われてみればその通りだぁ。やっぱり横島さんはすごいだぁ〜」

「いやまぁ……身近にあれば返って気が付かないものです。お気になさらず」

 本当は答えを知っていたからではあるが、横島としては二人の称賛を苦笑して受け止めるしかなかった。

『「横島さん(お兄ちゃん)……」』

「……分かってるってば……」

 更に憧憬の視線を深める早苗の様子に、二人の乙女が更なるプレッシャーをかけてくる。

(だから手を出すつもりなんかないっちゅーねん!)

 横島としてはそう叫びたかった。

 確かに横島もその視線の意味は十分に察していたし、
義姉になる女性(ひと)に何かするつもりもないのだが、
やはり女性関係となると横島の信用度は極端に下がるようである。

(それにしても……第一印象が違うだけでこれだけ対応が違うとはなあ……
美神さんもそうだったし……)

 思えば、元の時代の早苗とは合う度に口喧嘩をしていたものである。
 それは瑞から見れば仲のいい姉弟喧嘩のようなものであったし、
それが二人にとってのコミュニケーションでもあったのだ。

 それがこの時代で出会ってみれば憧れの視線で見られているのである。

 いかにかつての自分の第一印象が女性に対して最悪であったのか、改めて思い知らされた横島であった。

「ま、まぁ……とにかく、おキヌちゃん、頼めるかな?」

 内心の思いを誤魔化すように横島がおキヌに頼むと、
おキヌも『分かっています』と言わんばかりに微笑んで頷き、
フワリと壁に近づくと、スゥっと岩壁の中に消えていった。

「おキヌちゃん……大丈夫だかな……」

「まぁ、大丈夫だとは思うけどね。一応は皆、一箇所に集まった方がいい」

 早苗の言葉に横島がそう返すと、全員を見渡してそう告げたのである。

 その言葉に他の者達も頷くと、氷室親子が横島の後ろに立ち、
ワンダーホーゲルがその上に浮かび、最後尾に立ったタマモは洞窟入り口の方を向いて警戒する。

 やがて一分もしない内におキヌが壁から姿を現した。

『横島さん……』

「どうだった? おキヌちゃん」

『ハイ、やっぱりありました』

「あったって……何があっただ?」

『私の……氷漬けの遺体です……』

「「!!!」」

 おキヌのその答えに親子二人が揃って絶句すると、横島の方を見る。

 その視線に対して横島が口を開きかけたその時……

『……戻ったのか……おキヌ……』

 突然聞こえてきたその声に、全員が揃って声のする方に眼を向けると、
洞窟の天井近くに中年男性と思われる男の姿が浮かんでいた。
 だが、その姿は胸から下は存在せず、幽霊のように向こう側が透けて見えていたのだ。

 そしてその顔は一同がよく知る顔にそっくりだったのである。

「と、とっちゃ……?」

 思わず早苗が父の顔を見る。

「むぅ……これはいったい……」

 当の父親も当惑を隠しきれない様子で自分とそっくりの男の顔を見上げる。

 一方のおキヌは慌てた様子もなく、導師の姿に一礼をする。

『導師様……ですね? お久しぶりです』

『うむ……どうやら私のことはあまり覚えていないようだが、元気そうでなによりだ』

「お、おキヌちゃん? この方が導師様なのけ?」

『はい……早苗さんのお父様にお会いした時はどこかで見た覚えがあったんですけど、
はっきりと思い出したわけではありませんでしたから……すみません、黙っていて……』

 無論、おキヌも意図して黙っていた訳ではなく、単に言い忘れていただけであったのだが、
結果として黙っていたのには違いなく、おキヌも素直に謝罪した。

 これはおキヌがどの辺りまでを覚えているか明確なガイドラインを引かなかった横島達のミスなのだが、
一応は死津喪比女のことと、生贄になった経緯だけを説明して、
生き返れることや遺体のことは話さないようにとの取り決めだけはしていたのだ。

(あちゃ……しまったわね、この氷室家が導師の直系だってこと忘れてたわ……)

(あ〜〜……いかんなぁ、考え事ばかりしていてそれを伝えるのを忘れていたか……)

 ……要するに三人揃って忘れていたのであるから、おキヌを責めるのは酷であろう。
 それよりも、おキヌに言い訳がましい謝罪をさせてしまったことが二人の気を重くさせていた。

「いや、いいだよ。三百年も前のことだから無理もねぇだぁ」

「その通りですぞ? むしろよく死津喪比女のことを覚えていて下さったと言いたい所です」

 幸いにしてこの親子におキヌの記憶の矛盾を突かれることはなかったようである。

(まったく……ちゃんと伝えなきゃダメじゃないの!)

(お前だって忘れてたんだろうが!)

 ……とりあえず眼を合わせて責任を押し付け合う兄妹二人のことは放っておくことにしよう……


◆◆◆


「うう……いい娘だなぁ、おキヌちゃん」

「なんと……これほどまでに心優しい娘がこのような目に遭わなければならんとは……」

『くぅ……自分は感動したであります!』

「ホント……おキヌちゃんってば昔から変わってないのね……」

 あれから気を取り直した一同は導師から件の映像を観せられていた。
 初めてそれを観る四人はそれぞれの感想を述べていたが、
最後のタマモの台詞だけは呟くように言った為に、側に居た横島とおキヌ以外に聞かれる事はなかった。

 そんなタマモの様子におキヌは優しく微笑むと、そっと包み込むように抱き締める。
 一方のタマモも、少し驚いた様子ではあるが、やがてオズオズとおキヌを抱き締め返す、
だが、その体からは生きた人間の温もりは感じられなかった……むしろ……

 ――死者の冷たさ――

 それがタマモの感じたことではあったが、あふれんばかりのおキヌの優しさが、
体ではなく、心を包み込むかのようであった。

 転生してからというもの、人間に追われ、傷付けられてばかりの日々で、
すっかり人間不信に陥った自分の心を、暖かく癒してくれた彼女の優しさ……

「ねぇ……おキヌちゃん……」

『なぁに? タマモちゃん』

「絶対生き返って一緒に暮らそうね……」

 そう言いながら眼を閉じるタマモの目尻には光るものが見えた……

『えぇ……そしたらお稲荷さん、たくさん作ってあげるわね……』

「キツネうどんもよ……」

『勿論よ……』

 そう言って抱き締め合う二人を、横島は優しく見守る。
 正直に言えばこの二人を纏めて抱き締めたくてしょうがないのだが、
流石に場の空気を読んで自重していたのだ。


◆◆◆


「それにしてもよかっただなぁ、おキヌちゃんが生き返れるって分かって」

『はい。ただ、死津喪比女がまだ完全には滅んでいませんし、
導師様も正確な居場所が分からないそうですから……』

「まぁ、それについては文珠を使って探索すれば分かるだろうから、
とりあえず一旦神社に戻って対策を練よう」

 映像を観終わり、おキヌの遺体を確認した一行は導師の説明を受け、
死津喪比女が滅びたらワンダーホーゲルを山の神にし、おキヌを生き返らせることを約束した。
 そして導師の残留思念はワンダーホーゲルと共に、祠で待つことにしたのである。

 ちなみにおキヌの遺体を確認する為に、洞窟の壁を横島が霊波刀を使って慎重に崩して露出させている。
 そして今後どうするかは一度神社に戻り、話し合うことで一応の落着を見たのである。

「そうですな、それに今日の所は家に泊まられるといいでしょう。
なにぶん田舎の神社ゆえ、たいした持て成しはできませんが、
裏の庭には温泉が引いてありますから、ゆっくりと入って下さい」

 横島の言葉に宮司がそう返すと、横島よりも先にタマモが反応した。

「やった! 温泉温泉♪ ねね? 早苗さんも一緒に入ろ?」

「もちろんOKだよ! あ、おキヌちゃんは入れねぇだかな?」

『私は入れませんけど、気分だけでも味わいたいです』

「んじゃ三人で入ろ! 決まりね♪」

「こらこらタマモ! ……すみません宮司さん、お心遣いに感謝します」

 三人の乙女の会話に圧倒されかけた横島であったが、なんとか妹を窘め、宮司に感謝の意を示す。

「いやいや、かまいませんよ……それにしても横島君は娘と同い年だというのにしっかりしている。
私とそう変わらん歳のように思えてしまうよ」

 娘にも見習わせたいものだ……と、そう言葉を続ける。

 確かに宮司の横島に対する口調は同年代の相手をしているようであり、
娘の年代の少年を相手にしたものではなかった。
 しかし、横島の歳に似合わぬ落ち着きぶりや雰囲気などが自然とそうさせているのであろう。
 なにより彼の能力や見識、実戦経験に裏打ちされ物腰は宮司をしてそうさせるに十分であったのだ。

「それだけ横島さんがすごいってことだよ。んじゃとっちゃ! 先に帰ってかっちゃに知らせてくるべ」

 それまで祠の入り口の踊場に居た一行であったが、早苗がそう言うやいなや、
狭い足場をものともせずに崖の上へと駆け上がって行く。

「あ、待ちなさい! 早苗!」

 側に居るように言われていたのだが、
すっかり舞い上がっていた早苗は「大丈夫だよ!」と言って止まろうとはしなかった。

 それがこの後の事態を生むことになる……

「まずい! タマモ!!」

「ええ! 分かってる!!」

 嫌な予感に駆られた横島はタマモに呼びかけ、自身は早苗の後を追い、
呼びかけられたタマモは返事をした直後に妖狐の身体能力を見せつけた。

 すなわち、切り立った崖の上へとまるでカモシカのように駆け上がって行ったのである。
 恐らくは早苗より先に崖上に先回りするためであろう。

 宮司がそれに目を丸くする間に、おキヌも横島の後を追っていった。

「待つんだ、早苗ちゃん!」

 早苗の後を追って坂を駆け上がった横島は早苗の後ろ姿に声を掛ける。
 すでに早苗は崖の上に顔を出す所まで来ていた。

「そったら大声上げることねぇだよ。これまでなんにもなかったんだから心配しなくても……ガッ!!」

「早苗ちゃん!!」

『早苗お姉ちゃん!!』

 こちらを振り向き、なだめるように言った早苗の首に、いきなりツタのようなものが巻き付き、
まるでゴム仕掛けのように一瞬の内に早苗の体を崖上へと連れ去ったのである。

 それを見た横島とおキヌが早苗の名前を呼ぶ。
 おキヌに至っては思わずお姉ちゃんと呼んでしまっていた。

 慌てて崖の上へと飛び出した横島とおキヌ、それから若干遅れて宮司が辿り着く。

 そして三人が早苗の引っ張られた方向を見た光景は……

おや……間違えたかえ、似たような気配であったがゆえ思わず殺そうと思うたが……

 そう言いながら左手に掴まれ苦しそうにうめく早苗を見てそう言い放つ一体の妖(あやかし)の姿であった。

「「『死津喪比女!!!』」」

いかにも妾が死津喪比女よ……さぁ、この手にある小娘を殺されとうなければ、
そこな生贄の娘を差し出すのじゃ!!


 こうして横島達と死津喪比女との対決は最悪な形で幕を開けたのである。


 続く


 おまけ

 【タマモンのショート劇場】


 ……カタカタ……カチカチ……カタカタカタ……

「なぁ、タマモ……」

「ん? なぁに?」

「そんな毎日パソコンとにらめっこしてたら眼を悪くするぞ?」

「大丈夫よ、ちゃんと時間決めてやってるし」

「……そうかぁ?」

「あ、信用してないわね?」

「お前がちょくちょく深夜までやってるからだろうが……
大体そんな時間まで付き合ってくれる人がそんなにいるのか?」

「う……ま、まぁほんの時たまだからいいじゃない。
それに“KONAKONA”だけじゃなくて付き合ってくれる人って結構居るのよ?」

「お前の場合『時たま』と書いて『しょっちゅう』と読むがな。
で? どんな人なんだ?」

「……さり気に酷いわね……最近ギルメンに入った人なんだけど、
リアルじゃ定年退職したおじいちゃんなんだって、んで、
時間余ってるからいつもネットに繋いでるんだってさ」

「へぇ? そんな年代の人もやってるのか……ってか、ギルメンってなんだ?」

「あら? 結構幅広い年齢層がこういうゲームやってるわよ? 主婦とか、学生とか。
それとギルメンってのはギルドメンバーのことよ、ま、ゲーム内での仲間ってことね」

「ふ〜〜〜ん……でも年齢層が違うと話題とか合わなそうだな」

「まぁね、でもゲームの中じゃそんなのあんまり関係ないし。
皆楽しんでやってるわよ? (ピンポーン)っと? あ、早速きたわ、この人よ」

「へぇ、どれどれ……“SONSON”ねぇ……ん? ソンソン?」

「? どうしたの? お兄ちゃん」

「あ……いやなんでもないんだ……」

(いや……まさかな……この時代じゃまだネットにも繋がっていないはずだしな……)

「? 変なお兄ちゃん……あ、早速おじいちゃんが説教してる〜、人のこと言えないのにね〜♪」

「……どれどれ? 『遊んでばかりおらんと勉強もしたほうがいいぞ、それと体も動かして鍛錬せい』って」

「ハイハイ……(カタカタ)『おじいちゃんこそ家族にあまり迷惑かけないようにね〜』っと、
まったく直ぐ説教したがるんだから……これだからお年寄りは……ねぇ? お兄ちゃん」

「あぁ……って返信きてるぞ『心配せんでも身内は娘のようなのが一人居るだけじゃわい、カッカッカッ』……」

「もう……だめじゃない、その娘さんに迷惑かけちゃ(カタカタカタ)っと」

「お、おい……タマモ?」

「ん? どうしたの?」

「い、いや、なんでもない……」

(……ま、まさか……な……)


 Monkey Magic?

 【タマモンのショート劇場】 終わり


 後書き


 え〜〜〜〜皆様……ほんっっっっっっっっとうにお待たせ致しました! (土下座)
 いやもう既に忘れ去られているかもしれませんが、GS横島!? の第八話をお届けします。

 いやはや……この展開を書き上げるのに四苦八苦したあげくにHDDが昇天してしまい、
一時は筆を折りかけましたが、なんとか書き上げる事ができました。

 これもひとえに感想を送ってくれました皆様方のおかげであります、
このお礼はこのお話しの続きを書き上げることで代えさせて頂きたいと思っております。

 さてさて今回は……また無駄に長々と書いてしまいました(汗)
 まぁ、それは氷室家の父をごく一般的な常識人に設定したからでありますが……
いやはや、矛盾なく話に絡ませるために苦労しました(溜息)

 ですが、それでもこの長さ……まだまだ精進が足りません。

 それから氷室家の伝承に関してはあのような解釈で書きましたが、
結果として他でも見たような文章になってしまいました……(滝汗)
なるべく別の展開になるように心がけましたが、やっぱり精進が足りないようです。

 それと今回からなるべく説明文ではなく描写で書くよう心がけてみましたが、いかがでしたでしょうか?
 まだまだつたない所が多く見られるでしょうから、突っ込み、ご指摘など遠慮なく書いて頂ければ幸いです。

 あ、早苗の方言はかなりてきとーですので、その辺はご勘弁を……(^^;

 ではレス返しです。

●そうか様
  初めまして、感想ありがとうございます。
  私も物語の最後はハッピーエンドが一番だと思っております。
  このお話しがどんな結末を迎えるかお見届け下さい。

●Nameless様
  ショート劇場のほうも見ていてくださってありがとうございます。
  さて、今回出てきたのは誰でせう?<マテ

●白川正様
  ご指摘ありがとうございます。
  確かに文珠は原作だと結構アバウトなイメージでも効果を発揮するよう描写されていましたが、
 横島としては他に確実な方法がある以上、リスクは減らしたかったと思います。
  それと霊衣の件ですけど、一応サイキックソーサーで防御系の技を習得してはおりますが、
 やはり横島が一番恐れるのは不意討ちでしょう。
  技を展開する前に不意を討たれたら、その後の戦闘に深刻なダメージを負いかねません。
  故に霊衣の方に力を注いだものとご理解頂ければ幸いであります。
  それとおキヌちゃんに関してはすでに考えております……まぁ、ほとんど既出な代物ではありますが(汗)

●118様
  そう言って頂ければ幸いであります、確かに美神さんは強い男が好きそうですから。
  ですが今回、更に横島君の虜になった人が……そんなつもりはなかったんですけどねぇ(^^;

●いしゅたる様
  長文の書き込みありがとうございます。
  確かに情けないですねぇ……ですがまぁ、再会するのを不安に思っていた訳ですから、
 その緊張が切れてしまったんだと思います。まぁ、しっかりしているようでも、横島君は横島君ですから(爆)
  それとタマモの件ですが、基本的にあの二人以外はあまり執着していません、
 人間嫌いが根底にありますから……一応、二人の家族に対しても“身内”とは認識していますが、
 結果としてどちらを取るかと聞かれれば、迷いなくあの二人を取るでしょう。
  それとアレが横恋慕になるかどうかは……今後の展開をお待ちくださいとだけ申しておきます。
  それから霊能力に関するご指摘ありがとうございます、今後の参考にさせて頂きます。
  一応は“第五”に関してネタフリはしていますが……恐らく皆様がご想像される通りであろうと思います、
 次回、いよいよそれが炸裂するでしょう(+SRWネタも)から、ご期待に添えられるといいのですが……
 次回もご指摘、ご指導をよろしくお願い致します。

●クロト様
  こちらこそどうもです。
  一応は対策も考えていて、万全の備えにするはずだったのですが……
 何事もそう上手くはいかないという見本のような展開になっていまいました。
  次回、どう対決するかをお待ち下さいませ。

●紅様
  はい! 今回はこういう事態になりましたが、彼等の怒りが爆裂するはずです。
  次回の更新をお待ちください。

●ながお様
  ハイ!! あの部分は得に気合を込めて書きました!<マテ
  自分の文章で感激して頂けるなら、書き手としてこれ以上の幸せはありません。
  やはりおキヌちゃんは永遠のヒロインだと思っております。
  彼女とその仲間達(酷!)がどう幸せになっていくか、次回をお待ちください。

 以上、レス返しでした〜
 では、次回第九話でお会いしましょう。

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