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「光と影のカプリス 第150話(GS)」

クロト (2008-04-28 19:32/2008-05-02 20:02)
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「く、しまった……!」

 カーミラが青ざめた顔で唇を噛む。蘭丸に決定打を与えて勝ったと思ったのに、まさか自分の血をノスフェラトゥに与えて復活させるなんて奇策を考えていたとは。
 あまりにまぶしい光のため、突進して復活を阻むどころか正視する事すらできない。手で顔をかばって不測の事態を警戒するのが精一杯だった。
 15メートルほど離れた所にいる令子たちも状況は同じである。経緯は分からないがあの閃光がノスフェラトゥ復活の前兆だという事はあまりにも明らかで、それでもどうする事もできなかった。光だけならともかく、荒ぶる風のような魔力の波動が押し寄せてきて、前に出るどころか後ろに押し流されそうなのを必死でこらえているぐらいなのだ。
 それはとても長い時間のように思われたが、実際にはせいぜい数秒程度のことだった。紫の光と魔力の波動は唐突に消え、代わりにいつの間にか砕け散っていた祠(ほこら)の跡に濃厚な魔気のカタマリがたゆたっているのが見えた。
 瓶に入っていた遺灰と溶け合って、これも唐突にかなり大柄で筋肉質な男性らしい人影が現れる。バサラというか傾き(かぶき)というか、令子の感覚ではムダに仰々しくおどろおどろしい装束をまとって八の字型のヒゲをはやし、口元には見間違えようのない鋭い牙が生えていた。

「あれが信長……ノスフェラトゥ!?」

 呆然とみつめる令子たちの視線の先で、男はくわっと顎を開いていかにも心地良さそうな声で叫んだ。

「ついに……ついに復活したでなーーーー!!!」

 男は復活したてで体がこっているのか、肩を回したり首を鳴らしたりして関節をほぐし始める。と、その傍らに蘭丸が片膝をついた。

「御館様、お懐かしゅうございます」

 その口上と振る舞いは主に仕える者として完璧な礼儀作法にのっとったもので、400年の苦労が報われた感動とかカーミラに砕かれた肋骨の痛みとかいった余計なものは見事に隠し切っていた。
 ノスフェラトゥの方も蘭丸をねぎらったり気遣ったりする様子は見せず、ただ自分の目的だけを顔も向けずに答える。

「蘭丸、ようやくワシが天下を取る時が来たでな〜〜〜!」
「ははぁっ!」

 蘭丸はその言葉に打たれたかのように恭しく頭を下げた。
 自分への感謝や心配の言葉がなかった事など気にしてはいない。いや、偉大なる覇王ノスフェラトゥともあろうお方が自分ごとき矮小な存在にそんな配慮をするなど時間の無駄というものだと蘭丸は本気で思っていた。ゆえにノスフェラトゥのこの態度に不満はない。

「クククッ、素晴らしいわ……全身に力がみなぎって溢れそうなくらいだがね……!」

 普通なら「倒されていた」魔物が復活した直後というのは弱っているものなのだが、今現在のノスフェラトゥはむしろ400年前をしのぐパワーを持っていた。これは先日紫の髪の女が与えた子犬のおかげなのだが、ノスフェラトゥも蘭丸もそんな事は知らないので、単に何かの間違いで魔力を持った犬が迷い込んできただけだと思っていたりする。
 そこでふと我に返ったアンが、また令子の袖を引いて声をかけた。

「美神さん、槍です! 1度は彼を倒したその槍なら、復活したての今ならきっと倒せるはずです」

 アンの武器の方が射程距離は長いが、これほどの魔力を持った怪物に通用するとは思えない。ここはやはり、ノスフェラトゥに対して最も有効な武器だろう光秀の槍を使うのが正解だと思う。
 吸血鬼の1番の急所である心臓に突き立てれば、いかな最強吸血鬼でも絶命するはずだ。
 まことに順当な意見である。令子の返事は決まっていた。

「ぜーーーったい、イヤ! ヤツがくたばってるならともかく、あんな元気バリバリなのに突き刺して、大事な精霊石が欠けたりしたらどーするの!?」

 ノスフェラトゥが強大なのは令子も理解していたが、しかし450億円は惜しい、惜しすぎる。欠けるだけなら回収する事もできるが、エネルギーを失ってただの石コロになったら取り返しがつかないではないか。

「……」

 キヌとアンが思わず脱力して突っ伏した。本物のノスフェラトゥが目の前で復活したという非常事態なのに、ちょっと余裕かましすぎじゃないだろうか。

「な、何を言ってるんですか美神さん、そんなこと言ってたらやられちゃいますよ!?」
「その通りです! さあ、ヤツがどこかに移動しないうちに早く。
 見敵必殺(サーチアンドデストロイ)です! 私たちは依頼を受けました、何も変わりません! 私たちに敵対するあらゆる邪悪な吸血鬼は叩いて潰すんです」
「……イ・ヤ! そーだアンちゃん、あなたヘルシング家の跡取りでしょ? 何かもっと強い武器持ってないの?」
「ないから言ってるんです!」

 などと令子たちが女3人寄ってかしましくしていると、その声を聞きつけたノスフェラトゥがいつの間にか、令子たちのすぐそばにまで近づいてきていた。

「ごちゃごちゃうるさいヤツらだな……さっきワシに血をよこしたヤツとは違うようだが……」

 しかしノスフェラトゥは細かいことは気にせず、とりあえず1番近くにいたアンの腕をつかみ上げようと手を伸ばす。

「きゃっ!?」

 アンはとっさに跳び下がろうとしたがわずかに遅く、ノスフェラトゥのごつい手に捕まえられ―――る直前、何者かが吸血悪魔の横っ面をすごい力で張り飛ばしてくれたためぎりぎりで助かった。

「ノスフェラトゥ……あなたの好きにはさせません!」

 むろん我に返ってノスフェラトゥを倒しに、いや令子たちを助けに来たカーミラの仕業である。魔力では彼に遠く及ばないことを自覚してはいたが、自分のミスのせいで令子たちが目の前でむざむざ殺されるのを見過ごすことはできなかったのだ。ノスフェラトゥの実物を見るのは初めてだったが、見るからに邪悪なオーラを思いきり放散しまくっていてとても放置できる存在ではなかったし。
 もっとも勝ち目がまったくないわけではない。遠く及ばないといっても支配の魔力が効かないというほどではないので、何とか彼の隙をついて咬みついて支配してやろうという算段だった。

「くふぅ、ちょっとは効いたがね……そうか、おみゃーがさっきワシに血をよこした妖怪……いや吸血鬼か!?」

 不意打ちで殴り倒されたノスフェラトゥが体を起こし、口元から流れる血を手の甲でぬぐいながら立ち上がる。だが彼がまさに立ち上がろうとした刹那に、カーミラは容赦なくその膝の横を狙ってローキックをぶち込んだ。

「んぎゃっ!?」

 女の細腕とまだ見くびっていたノスフェラトゥもこれにはたまらず、体のバランスをくずしてよろめいた。カーミラがすかさず背後に回ってその腕と頭をつかみ、露出したうなじから血をすすろうと大きく口を開ける。
 そして吸血鬼の象徴たるとがった牙でかぶりつこうとした瞬間、今度はカーミラの方がわき腹を貫く激痛に身をよじってくずれ落ちた。

「うぐっ、くぁ……こ、これは蘭丸の刀」

 そう、蘭丸が投げた刀が右腰から左腰に向かって貫通していたのである。普通の日本刀では吸血鬼の体を突き通すことはできなかっただろうが、蘭丸の刀は彼に長いこと使われてその妖気がしみこんだ妖刀であったためみごとに刺し貫いてしまったのだった。
 危うく支配されてしまう所だったノスフェラトゥが、怒りのこもった眼光でカーミラを見下ろす。

「よくもやってくれたがね……それに蘭丸はしばらく動けにゃーみてーだから、かわりにおみゃーに働いてもらうがね」

 ノスフェラトゥは蘭丸が大ケガをしている事に気づいてはいたようだ。そしてカーミラがしようとしていた事にヒントを得て、逆に自分の下僕にしようとしているのである。
 吸血鬼ならいくら血を吸ってもゾンビになったり理性を失ったりしないから、雑務をさせる手下としても使えるのだった。

「な!? ふ、ふざけないで、誰があなたなどのために……」

 当然少女は激怒してキッと強いまなざしで吸血悪魔を睨み返したが、しかし腰の痛みのためその声には力がなかった。ノスフェラトゥが巨体に似合わぬ俊敏さでカーミラに躍りかかり、腕を伸ばしてその両肩をつかむ。
 少女の白い首すじに太い牙を突き立てた。


「うぁっ……く、あぁぁぁぁ……!!」

 ノスフェラトゥは両手でカーミラの両肩をつかんで宙に吊り上げ、首すじに咬みついて美味そうに血を吸っていた。口の中にたまった赤い血をしばらく舌で転がして味わったあと、ごっくんと飲み込んでそのまろやかな喉ごしを楽しむ。

「あぅぅ……ふ、あ、かはぁ……」

 カーミラはがくがくと体を震わせ、ときおり苦しげな吐息をついている。ノスフェラトゥとの体格差が大きいだけにひどく痛ましく見えたが、なぜか不思議にエロチックな空気をも感じさせた。

「なななな……」

 令子たちは事態の急変にもうどうしていいか分からなかったが、カーミラは守るべき対象の声が聞こえたことでわずかに気力を取り戻したようだ。全身の魔力を足にこめ、ノスフェラトゥの股間を思い切り蹴っ飛ばす!


「qあwせdrftgyふじこlp〜〜〜ッ!?」


 最強の吸血鬼といえども男のシンボルはやはり急所だったのだろう、ノスフェラトゥは名状しがたい激痛に目の前が真っ白になって力が抜け、少女の体を取り落としてしまった。前かがみになって両手で股間を押さえ、顔面全体をひきつらせてぴょんぴょん飛び回る。
 カーミラは血と生命力を大量に吸われてかなり衰弱していたが、それでも両足でしっかり地を踏みしめ、腰に刺さった刀を抜いて身構えた。

「ノスフェラトゥ、覚悟……!」

 そしてそのまま斬りつけようとしたが、その腕がにかわで固められてしまったかのように動かぬとは。

「くっ、くくぅ……!?」

 むろんノスフェラトゥの支配の魔力のせいである。カーミラは魔法への耐性は高い方だし、血を吸われるのを途中で邪魔したから完全に支配されはしなかったが、それでもノスフェラトゥを攻撃することができなくなる程度の精神干渉を受けていたのだ。
 カーミラ自身の意志と吸血悪魔の魔力が少女のきゃしゃな体内でせめぎ合い、その腕と脚をぶるぶる震わせていた。ノスフェラトゥの方から攻撃してくれば反撃はできると思うのだが、彼に害意がない状態では手出しできないようだ。今度こそ倒せると思ったのに!

「ぐ、ぐぐぐぐぐ……」

 そしてノスフェラトゥはしばらくのたうち回っていたが、やがて痛みがおさまって来るとカーミラから少し離れたところで腕組みして仁王立ちした。

「クハハハハ、どうやらおみゃーの方からワシを攻撃することはできんようだな。悔しいか? ギャーッハッハッハ!」

 大口を開けて哄笑する隙だらけのノスフェラトゥに、しかしカーミラは斬りつける事はできなかった。この状態だと、おそらくよほど従いがたい命令でなければ聞かされてしまうだろう。
 しかし今はまだやる事があった。

「そちらのみなさん、ここは私が抑えますから逃げて下さい」

 令子たちをこの場から逃がして、しかるべき機関にノスフェラトゥが復活したことを知らせてもらう事である。彼に聞かれたらまずいのでそこまでは口にしなかったが、彼女たちがバカでなければ意図は通じるはずだ。
 むろん令子はカーミラの置かれた状況も彼女が言いたいこともすぐ分かったが、しかしお金ももらってないのに素直に従ってやる理由はない。

「そー言われると逆に逃げたくなくなるのよね。そいつを倒してくれって依頼も受けちゃってることだし」

 と精霊石の槍を構えてずいっと前に出る。さっきまでは使うことをしぶっていたが、吸血鬼とはいえこんなきゃしゃな少女が腰を刀で刺され首から血を吸われてなお戦おうとしているのに、仮にも一流GSである自分がいつまでも引け腰ではいられないではないか。
 もっともカーミラにとって令子の行為はありがた迷惑でしかなかったが、彼女にとって意外なことに槍を見たノスフェラトゥは急にたじろぐような表情を見せた。

「その槍は……まさか光秀の!」
「……御館様、ここはいったん」

 蘭丸も急いで駆け寄ってきて、ノスフェラトゥを令子たちからかばうような位置で片膝をついた。股間のダメージはまだ抜けてないだろうし、今日のところは撤退するのが得策だろうと判断したのである。

「うむ……」

 ノスフェラトゥもさっきは高笑いなどかましていたが、実は股間はまだ死にそうなほど痛かったし、400年前自分を倒した槍はやはり怖い。部下の進言通り、この場は退くことにした。
 とはいえうかつに背中を見せるのは危険である。ノスフェラトゥは令子たちを牽制するため、右手を突き出して強烈な魔力波を放出した。あっさり吹き飛ばされた令子たちを尻目に、ノスフェラトゥは左手を伸ばして蘭丸の肩をかかえる。

「小娘、おみゃーも来るだがね!」
「く、だ、誰が……!」

 むろんカーミラは彼の命令に従う気などなかったが、その体は勝手にふらふらと前進してしまっていた。ノスフェラトゥはその腕をつかむと、背中からコウモリの翼を出して空中に舞い上がる。

「うぅっ、く……。ま、待ちなさいノスフェラトゥ……」

 背中を木の幹にしたたか打ちつけた令子が意識を失う前に最後に見たのは、心地よげに笑いながら壊れた結界から飛び去っていくノスフェラトゥのまがまがしい後ろ姿だった―――。


 ノスフェラトゥが結界から出て新都庁の屋上に着地したときには、冬の短い日はすでにとっぷり暮れていた。ノスフェラトゥは、そしてカーミラも太陽の光は平気だから、別に今が昼でも夜でもよかったが。
 大晦日の夜だというのに、眼下に広がる街には無数のネオンや電灯の光が星屑のようにきらめいている。戦国時代には見られなかった幻想的な光景だった。

「美しいがね……」

 織田信長の体を借りているからか、ノスフェラトゥは「美」に心を動かす感性も持っていたようだ。そして東京の夜景が気に入ったノスフェラトゥは、日本を、そしていずれは世界を征服する拠点をこの地に置くことに決めた。
 ノスフェラトゥがそう高らかに宣言すると、その傍らに片膝をついていた蘭丸が深々と頭を下げる。

「ははーっ! この蘭丸、御館様の覇業のため、粉骨砕身尽くす所存でございます」
「うむ……ではまずここに城を建てるとするぎゃ。だがその前に、祝杯をあげたい気分だがね……」

 とノスフェラトゥは蘭丸の方に顔を向けたが、やはり彼はダメージが大きく1人で出歩かせるのは危険なように思えた。どういう訳か知らないがあの憎き光秀の槍を持っている女もいた事だし、傷が癒えるまで単独行動はさせない方がいいだろう。
 そんなわけで、ノスフェラトゥはさっそくカーミラに働いてもらうことにした。

「……とゆーワケで、元気のありそうな若い女を適当に見つくろって持って来てちょ」
「いいかげんにして下さい! なぜ私がそんな……」

 カーミラはむろん拒否したが、彼女の体をむしばむ魔力はそれを許さなかった。いやいやながらも背中から翼を出して、都庁から飛び降りる。
 そして数分後には、ノスフェラトゥの希望通りの若い女を両手でかかえて戻ってきた。

「……」

 黙ったまま差し出されたそれをノスフェラトゥはニヤリ笑って受け取ると、腕の中にかき抱いて喉笛に食らいつく。なかば眠っていた女はびくっと身をすくめたが、それきり動かなくなった。
 そしてごくごくと血をすすり始めたノスフェラトゥが、不意に女の体をいまいましげに放り投げる。

「まずい……どえりゃあまずい!」
「……御館様!?」

 以前なら普通に美味しがっていた若い女の血をそこまで不味がるとは、いったい何事が起こったというのか。
 主の意外な行動に驚いた蘭丸が視線で思惑を訊ねると、ノスフェラトゥは今度はカーミラの方に顔を向けた。

「さっき吸ったこやつの血に比べたら泥水のようだぎゃ! 味もパワーも薄すぎるぎゃ」
「―――!!」

 再び自分の血を吸うことを予想させる発言に、カーミラが反射的に後ろに跳び退いて戦闘態勢に入る。しかしノスフェラトゥもせっかくの手駒、というか自分の股間を本気蹴りした女の血をあまり吸いたくはなかったので、彼女に命令したのは別のことだった。

「この辺りにおる力ある妖怪を、すべてワシの元に連れて来てちょー!!」

 吸血鬼はそうそう居るまいが、たとえば妖狐とか妖猫なら探せばいるだろう。人間よりはるかに強い霊力と生命力を持つ彼らの血なら、カーミラほどでなくとも相当な美味のはずだ。
 ノスフェラトゥはあの子犬のおかげで今やキャパシティいっぱいまでパワーアップしているから良質の血を吸ってもこれ以上強くなることはできないのだが、どうせ飲むならまずい血より旨い血の方がいいに決まっているではないか。

「……っく!」

 もちろんカーミラはそんな命令に従いたくはないのだが、やはり逆らうことはできず、獲物を探すために夜の街に姿を消した。


 どんなに長い夜もいつかは明ける。横島家の一同は都心で吸血悪魔が復活するという大事件が起こっていたとはつゆも知らず、妙神山の山頂で初日の出を眺めていた。
 本物の神が住まう日本随一の霊山で拝む初日の出……せちがらい俗世の暮らしで濁った心をこれほど洗い清めてくれるものは他にないだろう。横島父子の煩悩を清めることは無理っぽいが。
 その後は百合子がつくって持ってきていたおせち料理に舌鼓を打ちながら、去年の反省やら今年の抱負やらを語り合うなごやかなひと時である。真冬の山奥はさすがに寒いが、タマモに厚着さえさせておけばあとのメンバーは人類最高クラス、いやメーターを振り切った頑健さを持つ者ばかりだから問題なかった(注:カリンは素が霊体なので暑さ寒さは関係ない)。

「よし、じゃあいよいよ女神様に初詣といこうか」

 朝食が済んだあと大樹がそう言ったのはしごく当然で予定通りのことでもあるのだが、百合子と横島はこれも予定通りというべきか、激しく白っぽいまなざしを彼に向けた。

「あなた……分かってるとは思うけど、息子の婚約者を口説くなんてバカなマネするんじゃないわよ?」

 相手が神様だからとかいう以前に、それは人として問題がありすぎる。失敗して叱られるくらいならまだしも、本気で怒らせたらどうなるか分からないし、逆に万が一成功してしまったら忠夫との親子の縁も今日までだろう。百合子はもし大樹が少しでも小竜姫を口説こうとする素振りを見せたら、息子に代わって折檻の雨を降らせるつもりでいた。

「や、やだなあ百合子。俺も人の親なんだ、そこまで腐っちゃいないさ」

 大樹は百合子の本気を察知できないほど鈍くはない。まだ小竜姫の容貌すら知らない段階でもあるので、とりあえずそう答えてお茶を濁した。

「そう? ならいいんだけど。それじゃもういい時間になったし、そろそろ行きましょうか」

 百合子たちはそう言われればさし当たってこれ以上言うことはないわけで、竜モードになったカリンの背の上に乗って修行場に向かうすることにする。
 一応鬼門の2人にも形だけは整った年始の挨拶をして敷地の中に入れてもらうと、中庭で小竜姫がこぼれんばかりの笑みを浮かべて、熱烈歓迎の意向を全身で表現してくれた。

「明けましておめでとうございます、横島さん。今年もよろしくお願いしますね。
 百合子さんもカリンさんもタマモさんもおめでとうございます」

 年末に会った時の話では次に会えるのは冬休み明けの予定だったのが、お正月の3が日をずっと一緒に過ごせることになったのだ。恋する乙女が大喜びで出迎えたのは当然といえるだろう。
 ただしその前に、舅(しゅうと)との初顔合わせという重要な試練をクリアせねばならない。小竜姫はきゅっと口元を引き締め、ていねいに初対面の挨拶を行った。
 ちなみに小竜姫の服装はいつもの胴着姿である。ここで振袖を着ても仕方ないし、大樹や百合子を迎えるのにあまり華美な格好をするのは好ましくないという判断もあったから。

「はじめまして。ここ妙神山修行場の管理人をしております、竜神族の小竜姫と申します。
 お父様の知らない内に息子さんと婚約をしてしまいましたが、ご寛恕いただければうれしく思います」

 仮にも本物の女神様にここまで丁重に挨拶されては、大樹も相応の礼を返さざるを得ない。むろん支社長をつとめている身だから、そういう事はお手の物である。

「これはごていねいに恐れ入ります。私は忠夫の父で大樹と申します。
 息子が大変お世話になっているそうで、厚くお礼申し上げます。
 婚約の件ですが、もちろん当方に異存などありませんとも。むしろ忠夫にはもったいないほどの方だとお見受けしました」

 最後にさりげなく小竜姫を褒めているのは、実際に彼女がばっちり彼のストライクゾーンに入っていたからである。タマモは精神年齢14歳だしカリンは息子の一部だからアウトだが、小竜姫は胸が貧相なことを除けばド真ん中レベルではないか。
 このような美しい女性と顔を合わせながら口説かないのは、かえって失礼に当たるだろう。大樹はさっそくキラリと白い歯を光らせ、キザな口説き文句を並べようとして―――真横から感じた殺気にはっと後ろに跳びすさった。

「親に向かっていきなりドロップキックとは、仮にも神様の前でなんて礼儀知らずな真似をするんだ忠夫」
「それはこっちの台詞じゃ! さっき小竜姫さま口説くんじゃないぞって母さんに言われたのを忘れたんか」

 どうやら殺気の主はヨコシマ・キックを食らわせようとした横島だったようだ。大樹がまだ何もしてないのに妨害を始める辺りに、横島の彼に対する警戒心の強さが見て取れる。しかし見えない位置からの不意打ちを気配だけで察知してかわすとは、さすがに大樹もゲリラと何度もやり合ってきただけの事はあった。
 とはいえ意図がバレてしまった以上、何とかごまかさないと生命が危険である。大樹は辣腕サラリーマンの頭脳をフル回転させて、妻と息子をだまくらかす詭弁をひねり出した。

「いや、それは違うぞ。おまえが本当に小竜姫さまを愛しているかどうか、そして彼女にふさわしい実力を持っているかどうか、それを見極めようと思っただけだ。
 ……どこにでもいるヘタレ小僧だったおまえが俺の行動を先読みしてジャマするまでになるとは、ようやくおまえも煩能(誤字にあらず)の大家横島家の跡を継ぐに足る男に成長したようだな」
「……煩能の大家?」

 何か聞きなれない怪しい単語に、横島が不思議そうに首をかしげる。すると大樹はしれっとした顔で、また訳の分からないことをのたまい始めた。

「む、おまえにはまだ話してなかったか? 我が横島家は『東に霊能の名家六道家あれば、西に煩能の大家横島家あり』と言われるほどの由緒正しい家なんだぞ」
「仮にも神様の前でアホなこと言ってんじゃないっ!」
「ぐはぁ!?」

 結局大樹は怒った百合子にはたき倒されてしまったが、本気で小竜姫を口説いたと思われた場合に受けるお仕置きに比べればささやかというも愚かである。大樹は自分の機転の速さとユーモアのセンスに満足して、はたかれた頭をさすりながら起き上がった。

「まあ冗談はともかくとして、本物の神様と身内になれるなど大変光栄なことです。どうか末長いお付き合いをお願い致します」

 そして今度はごく普通に、そんな自己フォローの台詞を口にした。さすがに今浮気成就とか商売繁盛とかをお願いするつもりはないようだ。

(何ていうか……話に聞いてた以上ですね。あらゆる意味で横島さんのお父さんというか)

 小竜姫は大樹の人柄については事前にレクチャーを受けていたが、それ以上のインパクトに内心で脂汗を流していた。しかし彼が「初対面の舅」だという事実にかんがみて、今はあえて触れずに流すことにする。

「いえ、こちらこそ。それではいつまでも外にいるのも何ですので、どうぞ中に入って下さい」

 と先に立って5人を宿坊に案内する小竜姫。下界の騒乱をまだ知らない彼女たちは、果たしてどのような正月を過ごすことになるのであろうか……。


 ―――つづく。

 450億円の槍を戦いに使おうとする令子さんなんて偽者だと思われるかも知れませんが、原作でも最後にはちゃんと使ってましたし、ちょっとはいい所も見せなきゃなあということで(ぉ
 ではレス返しを。

○HALさん
 まあ歴史上の人物や事件の評価についてはいろいろ難しい面があるわけですが、原作では大量虐殺ということになってたのでこのSSもそれに準じたということでご理解下さいませー。
 令子さんは今回も相変わらずです(ぉ
 カーミラとブラドー父子の関係とか横島チームの動きとかはぜひぜひ先を楽しみにしてて下さいませです。

○遊鬼さん
 アンは少なくともプッツンはしないので、まだマシかとw
 カーミラが誰にフラグを立てるのかはwktkしながら見守って下さいませー。メドさんの細工の正体は今回でお分かりになられたかと。
 横島君はいつ事件にからんで来るんでしょうねぇw

○風来人さん
>シロ
 いあ、狼男は吸血鬼の手下ですから、彼女を連れていくのはまずいかと(^^;
>アン
 本人はともかく、武器は強い味方になると思うのですよー(酷)。仰る通りプッツンもしませんしw
>信長
 はい、ジパングとは全くの別物だと思って下さいませ。

○紅さん
 令子さんは今回もあんまりいいとこないですが、プロットには大活躍するシーンもありますので、今しばらくお待ち下さいませ。

○ばーばろさん
 お待たせしました、大樹と百合子ようやく登場です。カリンとタマモが台詞なくなるほどがんばってます(ぉ
 カーミラは横島君との絡みも用意してますので期待してて下さいです。どんな内容でかはまだ秘密ですがー。
 原作版は美神事務所(GS試験前Ver)+唐巣&ピート+光秀vs吸血鬼って感じですかねぇ。このSSでは参戦メンバーもその立ち位置もかなり違いますから、当然展開も変わってきますので! 横島ファミリーと小竜姫さまは今のところ暢気してますけどw
>ムダに巻き込まれて、たまには肉塊になってくれっ!
 酷w
 一応横島君が痛い思いをするプロットはありますが、満足してもらえるかどうかは微妙な気がします(謎)。

○チョーやんさん
 令子さんはいかに目が¥マークになってても、仕事となれば優秀ですからー! でも横島君にお金出したがらないのは魂からのギアスというべきかw まだ実態を知らないというのもあるんですけれど。
 その横島君たちはまだぜんぜん話にからんでおりませんが(^^;
>オリキャラ
 ご忠告ありがとうございますー。確かにキャラ増えるといろいろ難しくなりますからねぇ。
 まあそんなに大勢出るわけじゃありませんので。
>暴走しまくるのが決定事項のPT編制
 その方がGSらしくて面白(以下不穏当につき削除)。

○ふぁるさん
 今回も早めに更新できました。
 蘭丸とカーミラはこの先も出番たくさんなので期待してて下さいませー。蘭丸がクモなのは確かに不思議なのですが、原作の基本的な設定なので変更するわけにもいかず……。

○whiteangelさん
 何しろ450億円の仕事ですから、令子さんはやる気200%ですよー。あんまり活躍してませんけど(ぉ
 アンはカーミラとは組めませんでしたが、まだブラドーが居ますから!<マテ

○食欲魔人さん
 アンの登場はみなさま予想外だったみたいで良かったです。確かにはるか昔に2話出しただけなのですが(^^;
>ゾンビ犬
 原作は本当にそういう展開になってたんですよねぇ。オカGは実働人員は美智恵さんとブラドーしかいないわけで、かなり厳しい事態になりそうであります。
>カーミラ
 やっぱり百合なんて非生産的ですものねぇw

○Tシローさん
 ようやく横島一家のターンになりましたが、こんなことで事件解決に貢献できるんでしょうかねぇ。
 横島君なら確かに天龍よりカーミラを優先してくれそうですがーw

○読石さん
 令子さんはやっぱり勝てませんでした。死津喪編並みの豪華キャストで行かないと正面対決はキツそうです。
 カーミラについてはそんな感じですね。おかげでノスフェラトゥに負けてしまいましたorz

○メルマック星人さん
 ねぎらいのお言葉ありがとうございますー。
 死津喪編の被害は逆行系でもなければ回避不可能なので仕方ありませんです(^^;
 まああまり扱いを良くしすぎるのもどうかと思いますし。
 むしろ問題アリなのはその後のおキヌが記憶を取り戻すエピソードで、「おキヌちゃんはまだ幽体が肉体と完全に重なりきってないの」なんて推測がつくくらいなら、被害起きる前に予防措置を取っておくべきだったと言われたらグゥの音も出ないような気がするわけでありますが。
>タダの戦力
 令子さんにとってまさにタナボタでありましたが、カーミラまでゲットできるほど世の中甘くはありませんでしたw
>性悪な手
 内部というか、横島君だからこそ使った手でしょうねぇ。ましてエミに使うなんて有り得ないかとw

○Februaryさん
 まあ今の時点で十分な戦力を用意できて勝ってしまったらお話にならないわけでしてー(ぉ
 三大怪獣の前では最強吸血鬼といえども踏み潰されておしまいなのですが、山奥で家族団らんしてますのでいつ出て来るのか分かりませんw
>令子さん
 彼女はもうああいう人ですからw
>カーミラ
 カリンは自分に惚れられても横島君に惚れられても涙目ですなw

○KOS-MOSさん
 アンは少なくとも原作版の横島君よりは(以下略)。
 カーミラは今のところやることなすこと裏目に出てばかりですが、いつかはちゃんと役に立ってくれる……はず!
 ノスフェラトゥついに復活しましたが、血についてはこんな展開になりましたです。どっちにしてもGS勢は動かざるを得ないんですが。

○XINNさん
>人外ゴスロリ少女
 横島君なら手を出さないはずがありませんからねぇw
>美神さんの思惑
 外れまくりです。このままでは450億円がピンチですな。
>横島一家
 いつかは絡んでくる……はずです(ぉ

○樹海さん
 史実の信長については上記の通りであります。
 令子さんは第1ラウンドは完敗でしたが、きっと名誉挽回してくれるはずです!

○鍵剣さん
 はい、カーミラはたぶんブラドーより年上ですねw
 ノスフェラトゥとは初対面でしたが、ブラドー父子とは(以下ネタバレにつき削除)ですのでー!

○ハルにゃんさん
>私の気が確かなら
 冥子ちゃんですかw
>カーミラ
 彼女が峯さんと仲良くなったら、カリンは自分が狙われなくなって安心するんでしょうけど、世の中そんなに甘くはないような気がしますw
 ノスフェラトゥの手下にされちゃいましたが、美少女キャラなのでたぶん何とかなるでしょう<マテれ
>アンちゃん
 今のところ令子さんより言動がまともで戦果も大きいですが、先のことは分かりませんw
>蘭丸
 全く、これだから美形様はよー!(ノ-o-)ノ~┻━┻

   ではまた。

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