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「光と影のカプリス 第149話(GS)」

クロト (2008-04-24 19:11/2008-04-24 20:41)
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 令子はとりあえずオカルトGメンオフィスを辞して外に出ると、家ではなく事務所への道を歩きながらこれからどうするかを考えていた。

(……横島クン再雇用しときゃ良かったわね)

 さっきキヌが彼を推薦していたが、確かに横島がいれば対吸血鬼用のアイテムをたくさん持っていけるし、カリンの戦闘力とタマモの超感覚も頼りになる。大金を払って、あるいは危険を冒して他のGSに応援を頼む必要はないだろう。
 それがかってエミが提示した年俸2千万円で30年雇うとしても、450億円の1%強ですんだのだ。普通に他のGSに応援を頼むことを考えればべらぼうに安い。
 いや横島に年俸2千万円なんて、天地がひっくり返ってもあり得ないのだが。

(ま、それは今考えても仕方ないわね。私はGS美神なんだから、丁稚なんかいなくても吸血鬼の1人や2人どーにでもしてやるわ)

 その自信に特に根拠はないのだが、このどんな強敵を前にしても折れない心は令子の長所の1つである。しかしだからといって何も考えずに1人で突貫するほど向こう見ずではないわけで、しばらく考えた末、結局冥子に応援を頼むことにした。プッツンは確かに怖いが、能力があってタダで手伝ってくれそうな相手が他に見当たらなかったのだ。
 そして事務所に着いて電話機を取り上げようとしたところで、逆に電話機の方から呼び出し音を鳴らしてきた。

「きゃあっ!? もう、びっくりするじゃないの」

 電話機の向こうの誰かにクレームをつけつつ、出足でジャマが入った事にちょっと不機嫌そうな顔で受話器を取る令子。だがその用件は悪いものではなかった。

「令子、やっぱりそっちにいたのね。アン・ヘルシングちゃんって覚えてるかしら?」
「アン・ヘルシング?」

 かけてきたのは母の美智恵で、彼女が挙げた名前には一応覚えがあった。たしか唐巣と美智恵がむかし所属していたゼミの教授の娘だと思ったが……。
 10年くらい前に何度か会ったことがあるが、今は中学3年生か高校1年生くらいだろう。

「覚えてるわよ。そのアンちゃんがどーかしたの?」
「ええ、実はアンちゃん今こっちのオフィスに来てるのよ。私も帰ろうと思ってたところにやって来て、吸血鬼が復活しようとしてるから退治するのを手伝うって」
「へえっ!?」

 これには令子も驚いた。確かに彼女はドラキュラを退治したヴァン・ヘルシングのひ孫だが、まさか14〜15歳の身で最強の吸血鬼にケンカを売ろうとするなんて。
 彼女の家には専門のヘルシング教授がいるし、対吸血鬼関係のいろんなグッズもあるから、それでノスフェラトゥの復活を知って退治しに来たのだろう。何とも勇ましい少女である。

「それで私に何の用事? もしかしてアンちゃんをこっちによこしてくれるとか」
「ええ、そうよ。私としては教授の娘にそんな事させたくないんだけど、どうしてもやるって聞かなくて。
 ただ彼女ヴァン・ヘルシングの武器をいろいろ持って来てるから、あなたがそれを貸してもらえばかなり有利に戦えると思うわ」

 といった美智恵の声にはかなりの疲労感がうかがえた。アンはどういうわけかイギリスのGS免許を持っていたので、美智恵も頭ごなしにダメだと却下することはできず、押し問答の末とうとう現時点での除霊責任者である令子に紹介してやるハメになったのである。
 令子は現在のアンがどういう性格なのかは知らないので、美智恵が承知したからには能力面でも問題あるまいと考えて、彼女の斡旋を受け入れることにした。分け前は要らないみたいだし。

「わかったわ、ありがとうママ。今のアンちゃんがどーゆー娘かは知らないけど、冥子に頼むよりはマシだろーし」
「……くれぐれも気をつけるのよ令子」

 微妙に話がかみ合ってないような徒労感を覚えつつ、美智恵はそう言って電話を切った。


 美神事務所に現れたアン・ヘルシングは15歳くらいの元気な少女で、後ろに台車で大きな箱を運んでいた。たぶんその中にヴァン・ヘルシングの武器が詰め込んであるのだろう。
 冬なのでコートを着ていたが、その下に何か甲冑のようなものをつけているようだ。これもヴァンのアイテムなのだろうか。

「久しぶりですね、美神さん。アン・ヘルシングです。ではさっそく、悪の吸血鬼を滅ぼしに行きましょう」

 アンはヴァン・ヘルシングの残留思念から解放されても、「邪悪な」吸血鬼を退治することにかける情熱とじゃじゃ馬ぶりは健在のようだ。10年ぶりに顔を会わせた挨拶もそこそこに出発を促されて、令子は少々あきれ顔になった。

「まあ落ち着きなさいよ。私は今のあなたのこと知らないし、あなたも今の私のこと知らないでしょう? 一時的にでもコンビを組むからには、お互いのことをよく知っておく必要があるわ。とりあえず中に入ってちょうだい」
「…………はい」

 アンは一刻も早くノスフェラトゥを倒したいと気がせいていたようだが、令子にそう窘められると考え直したのか、おとなしく頷いて室内に入ってきた。
 そしてお互いの除霊スタイルの説明と令子の道具の用意が済んだら、いよいよノスフェラトゥ退治に出発である。
 もっともどこへ行けばいいかについては、アンにも彼の詳細な居場所までは分からなかったので、光秀の「槍が教えてくれる」という言葉を信じるしかない。令子が袋をかぶせたままの槍を手に持って横向きにかまえ、「ノスフェラトゥの居場所を教えて!」と強く念をかけると、それに応じて槍が令子の手を引っ張り、方位磁石のようにくるくる回ったかと思うとその穂先が都庁の方を指し示した。

「―――! 吸血鬼の魔力に槍が反応してるみたいですね」

 さすがに幼少のころから吸血鬼退治用メカに親しんでいただけあって、アンはすぐ光秀の槍が何をしているのかを読み取っていた。令子の見解も同じだったので、その導きに任せて部屋を出る。

「あ、2人とも待って下さーい」

 キヌは荷物運びである。むろん横島ほどたくさんは運べないが、台車を使えば予備の神通棍やお札、ライトや救急用具くらいは輸送できるのだ。ネクロマンサーの笛は吸血鬼やゾンビには効かないが、悪霊が出てきたら役に立てるし。

「……でも私たち3人だけで本当に大丈夫でしょうか?」

 台車を押しながら令子とアンに続いているキヌの顔は本当に心配そうだった。ブラドーの時でさえもっと大勢だったのに、それより強い敵相手にたった3人で勝てるのだろうか。
 すると令子は妹分を不安顔のままにしておくのは気が咎めたらしく、にこっと普段通りの笑みを浮かべた。

「大丈夫よ、ヤツはまだ復活してないんだから。棺桶の中にいるのか何か別の物に封印されてるのかは知らないけど、寝てるところをこの槍で心臓をひと突きすれば終わりなんだから。
 ……なるべく使いたくないんだけどね!」

 やたら楽観的な見通しを示した令子だが、根拠がないわけではない。もし吸血ゾンビをつくる吸血鬼がすでに甦っていたなら、街は今ごろ大騒ぎになっているはずだから。つまりノスフェラトゥはまだ活動を開始していないという事になる。
 だからこそ、キヌとアンと3人でなどという少人数で行く気になったのだ。

「わかりました。でも気をつけていきましょうね」
「ええ、もちろんよ。おキヌちゃんもアンちゃんも油断しないようにね」
「はい、もちろんです」

 というようなやり取りのあと、3人は槍を持った令子を先頭にして事務所の門を出たのだった。


 最終的に槍が3人を導いたのは、やはり数日前に紫の髪の女が細工をしていた新都庁の玄関の前だった。さいわい今日も人影はなかったので、令子は槍穂をしまっていた袋をはずして精霊石の穂先を外気にさらした。いざ何かあった時に、袋に入れたままでは役に立たないからだ。
 アンの方は箱は事務所に置き残して、中に入れてあったランス(騎槍)と兜と盾を装備している。要するに以前ピートと戦ったときと同じ格好であった。

「日が暮れる前に着けてよかったわね……でもここに何があるっていうのかしら?」

 見たところ特に怪しいものはない。令子は訝しげな声をあげたが、それと同時に槍がぐいっと令子の手を引き、宙の一点を指し示した。
 その槍穂の先に紫色の光円が現れたかと思うと一気に膨張していき、ついには直径5メートルほどの暗い光を放つ板、いや異界に続く門に変わる。その向こうには先日と同じ、昼なお暗い不気味な森が広がっていた。

「なるほど、こーやって隠れてたわけか」

 その光景を目の当たりにした令子が感心したように呟く。
 おそらくノスフェラトゥには下僕がいて、主が復活するのに必要な力を蓄えるまで誰かに襲われないように、こうして結界の中に隠したのだろう。
 しかし自分も何度かここに来たことがあるが、こんな結界があるとはまったく気づかなかった。それをこうも簡単に見つけ出した上に出入り口まで開くとはこの槍、いや光秀の実力と執念には驚き入るばかりである。

「なるほど、なかなか狡猾なヤツみたいですね」

 令子の説明を聞いてアンもちょっと緊張したような面持ちでこくこくと首をタテに振った。まだ15歳だしわりと素直で単純な性格だけに、こういう用意周到なタイプは苦手なのかも知れない。
 しかしいつまでもここで立ちすくんでいるわけにはいかない。3人はお互いに顔を見合わせて頷き合うと、槍を横向きに構え直した令子を先頭にして森の中に足を踏み入れた。
 そして槍の誘導に従って森を進んでいくうちに、ふとキヌが小さな悲鳴をあげる。

「美神さん、あれ、あれ……!」

 と彼女が指さした先には、無残に殺された犬の死骸が横たわっていた。それも1匹や2匹ではなく、数十匹の犬や猫が骨や内臓を露出した哀れな姿で打ち捨てられているではないか。

「……ノスフェラトゥが復活するために生贄を求めたのね、血を吸われて殺されたのよ。間違いない、ヤツはこの近くにいるわ」
「も、もしかしてノスフェラトゥはもう復活してしまったんですか!?」

 いよいよ緊張の度合いが深まるキヌだったが、令子の意見はやや違ったのでそれを話して安心させてやった。

「いえ、もしそうならこの程度で済んでるはずがないわ。でもやっぱり早めに来てよかったわね」

 唐巣とピートが帰国するのを待っていたら間に合わなかっただろう。令子は己の判断の確かさにほっと安堵の息をついた。
 だが本当に安心するのは、ノスフェラトゥを探し出してトドメを刺した後のことだ。ブラドーの話が事実ならあの犬たちが起き上がって襲ってくる可能性があるので、まずは慎重に様子を窺う。
 しかし3人の危惧に反して、犬たちが動き出す気配はなかった。その代わりというわけか、少し離れたところから強い力がぶつかり合う気配を感じる。

「……何?」

 令子は唇に指を当ててキヌとアンに騒がないようジェスチャーしてから、ゆっくりと気配の方に近づいていく。そしてやがて、その気配の元が目に映った。
 思った通り、誰かが戦っているのだ。

「ふっ、はっ、だああっ!」

 戦っているのは男が1人と女が1人のようだった。
 男の方は妖しいほどの美形青年で、手に抜き身の日本刀を持ち、戦国時代の武士というよりは平安時代の狩衣(かりぎぬ)のような白い装束をまとっていた。
 目にも止まらない鋭い斬撃を次々と繰り出して、女を真っ二つの肉塊にせんと攻め立てている。その身のこなし、剣術の腕前は超一流といっていいものであった。

「くっ、ふ……はっ! たかがクモの化生(けしょう)のくせに、なぜこれほどの……!?」

 女の方は16歳くらいだろうか。どこか儚げな感じがする美少女で、白と黒を基調にしたちょっと露出度高めのゴスロリ服を着ている。
 きゃしゃに見えたが、しかしその運動能力はとんでもなかった。少女は素手なのに、刀を持った一流剣士とほぼ互角に渡り合っているのだ。致命の斬撃をかわしては、すばやく踏み込んで見た目からはとても想像できないほどの力がこもった拳を振り回して反撃する。
 青年の剣閃は空を裂く稲妻のごとく、少女の豪腕は地を払う烈風のようだった。その稲妻と烈風が互いに敵を打ち砕かんと交錯するが、どうやら技量は本当に互角のようですぐに決着がつく気配はない。

「はっ、何を愚問を。御館様(おやかたさま)をお守りするため、それだけで十分だわぁぁぁぁ!!」

 青年が咆哮し、ひときわ鋭く力が乗った一閃が少女に迫る。だが少女はそれを斜め前に踏み込んでかわすと、カウンターで正拳を繰り出す、いや繰り出そうとした直前に首すじに刃が迫るのを感じて横に跳び退いていた。
 青年は突きをかわされた後、剣を引かずに横薙ぎに移行していたのである。少女は拳打ではなく蹴りなら先に青年の胴をとらえられたはずだが、やはりスカート姿の女の子だけにそんなはしたない攻撃はできなかったのだろう。
 いったんは距離を取った少女が、再び地を蹴って間合いを縮める。

「あのような殺人鬼を守るなどと!」
「貴様こそ御館様の同族でありながら、眠っておられる間に滅ぼそうなどと卑劣な真似を!」

 2人の気迫が空中でぶつかり合い、一瞬遅れて青年の刀の切っ先が少女の顔面に飛んでいく。少女はそれを首をかしげるだけでかわすと、今度はためらいもなく青年の腰を狙って前蹴りを放った。
 だがやはり剣と脚では間合いに差があり、青年はわずかに腰を引くだけでよけてしまった。蹴りを出したせいで姿勢が崩れた少女の腹に、青年の突きの二段目が迫る!

「……っく!」

 もはやこれまでかと思われたが、しかし少女は放胆にもその剛拳を刀の背にたたきつけることでその軌道をそらし、危ういところで虎口を脱した。とりあえず後ろに跳んで間合いを広げ、姿勢を立て直して呼吸を整える。

「……何あの連中……」

 青年と少女の戦いをじっと見つめていた令子の頬を冷たい汗がつたい落ちた。
 令子は優れたGSではあるが武術家ではないので、ああいう武技で勝負してくるタイプは苦手なのだ。手練手管を尽くせば倒せないことはないが、少なくとも真正面からやり合うのは避けたい。
 一方アンはフル武装しているからかさほどの動揺は見せず、いたって平静な面持ちで気づいたことを述べてきた。

「たぶん男が言った『おやかたさま』ってのがノスフェラトゥのことですよね。で、女の子の方がそれを倒しに来たから守ってると。
 ……ん? するとあの女の子も吸血鬼?」

 アンがランスを握る手にかすかに力がこもったが、令子はあわてて自分の手を上からそえて押しとどめた。

「ま、まだ出るのは早いわよ。もう少し状況を見定めてからにしましょう。
 できればどっちかが倒れてからがいいわね」

 アンが言う通り少女の方はノスフェラトゥの敵のようだが、だからといって自分たちの味方になってくれるとは限らない。なぜなら男の方からは明らかに人のものでない妖気を感じるが、女の方からもまた人とは違う力を感じるからだ。
 具体的にはブラドーと同質の、アンが指摘した通りの吸血鬼の魔力を―――。

「……そうですね。今出て行って連合されたら損ですし」

 アンも一応は状況を理解していたのか、令子の指示に従って手の力を抜いた。吸血鬼は「ヘルシング一族が」全滅させるというほどのこだわりは無いし、少女は悪党には見えないというのもあったから。
 ちなみにキヌはアンの後ろでずっと黙ったままである。現在の状況では特に意見はないらしい。

「……そういえばまだ名前を聞いていなかったな。私は森蘭丸(もりらんまる)と申すが、そなたの名は?」

 青年は少女に呼びかけようとして、その名前を知らないことに気がついたようだ。しかしきちんと自分が名乗ってから聞くあたり、なかなか礼儀をわきまえているようだ。
 ちなみに2人が相手のことを主と同族だとかクモの化生だとか言っていたのは、むろん相手に聞いたのではなく霊気の質などから看破しただけの事である。

「いかに御館様の敵とはいえ、そなた程の力と美貌を持った娘の名も知らずに散らせるのは惜しいゆえな。知られて困るものでないなら聞かせてもらいたい」

 まあ結局は美形様っぽい思考回路の持ち主だったようだが……。
 しかし少女は特に気分を害した風もなく、ごく穏やかな声で名前を名乗った。

「私はカーミラといいます。あなたの主ノスフェラトゥやドラキュラ伯爵、ブラドー伯爵などと同じ古い吸血鬼の1人です。
 ……森蘭丸といえば織田信長公のお気に入りの側近でしたね。なるほど、そういう事でしたか」

 カーミラと名乗った少女は頭の回りはいい方らしく、青年の名前から彼らが置かれた事情のおおよそを悟ったようだ。
 ノスフェラトゥは元々ヨーロッパにいたのだが、16世紀中ごろにそこの悪霊祓い師たちの手で追放されている。その後日本に渡ってきて、おそらくはその戦いで力を失ったため目につく事を避けて人間にすり替わったのだろう。それが織田信長だったとすれば、彼がやった比叡山焼き討ちや長島の一向一揆討伐といった当時も残虐だとされていた虐殺行為の説明がつく。
 信長の当時の部下が今生きているはずはないが、妖グモなら十分有り得る。たぶんこの結界も蘭丸がつくったもので、主が倒された400年前から今日までその復活のため奔走してきたのに違いない。大した忠誠心である。

「……よくわかりました。そういう事ならなおのこと、あなた方は今日ここで滅ぼさせてもらいます」

 カーミラ自身も人の血を吸ったことはある。だがそれは必要最小限のことで、直接失血死させたり下僕に変えたりしたことはない。人間を特別に尊重しているわけではないが、彼らとの決定的な対立は避けたいのだ。人間を「好きになった」ことも何度かあるし。
 だからその辺の節度がまったくないノスフェラトゥの復活を許すわけにはいかないし、その忠実な部下である蘭丸はこの場で倒さねばならなかった。

「ふん、ちょこざいな。そなたこそ覚悟せよ!」

 名を名乗りあって戦意を一新した蘭丸が刀を構え直し、まっすぐ駆け出して正面からカーミラに躍りかかる。吸血鬼少女はその突きを体をひねってかわすとともに、上段後ろ回し蹴りという大技で蘭丸の顔面を襲った。
 横島ならそのスカートの中を覗こうと変なかわし方をしたかも知れないが、蘭丸はそういう事に興味はない。片膝を曲げて体を斜め下に沈めることでその暴風のような蹴りを回避すると、刀を振り上げて少女の太腿に斬りつけた。
 しかしその一閃はカーミラのスカートをわずかに切り裂くにとどまり、2人は無傷のまま再び距離を取って向かい合った。

「織田信長、森蘭丸……なるほど、そーいう事だったのね」

 令子がようやく合点がいったという風につぶやく。
 本能寺の変は単なる権力争いの謀叛劇などではなく、吸血悪魔を退治しようとした悪霊祓い師の戦いの終局点だったのだ。「この世にはびこる邪悪なる魂を地獄に送る」のを使命としていた悪霊祓い師が国盗りの手伝いなどをしていたのは、強大な敵の隙を突くためにあえて忠実な家来のふりをしていたのに違いない。
 ……それはそうと、カーミラというのは何者なのだろうか。ブラドーやドラキュラと並ぶ古い吸血鬼らしいが、名前を聞いたことすらない。

「アンちゃん、あなた知ってる?」
「いえ、知りません。ヘルシング家の者としてくやしいです」

 アンの回答は微妙にずれているような気がしたが、彼女が知らないようならモグリだろう。何のモグリかはともかく。

「それよりあの女の子を手伝ってあげませんか?」

 と今まで黙っていたキヌが不意に口をはさんだ。カーミラは吸血鬼とはいえかなり良いひとみたいだし、助けてやれば本題のノスフェラトゥ退治でも共同戦線を組めると思うのだが。

「そうねぇ……」

 妹分の提言に令子が形のいいあごに指を当てて考え込む。
 確かに聞くことは十分聞いた。カーミラは恩を仇で返すようなタイプではなさそうだし、もしかしたらブラドー事件の時のピートみたいに何かすごいお宝をくれるかも知れない。

「そーね、敵の敵は味方っていうし、ここは力を合わせるのが賢明かもね」

 取らぬ狸の皮算用もいいところだったが、とにかく令子はカーミラの援護に入る気になってがばっと立ち上がる。しかしその袖をアンが「それどころじゃない!」とでも言いたげな激しいリズムで引っ張ってきた。

「何よ!? 人がせっかくやる気になってきたのに」

 水を差された令子が不快げに唇をとがらせたが、しかしすぐにアンの行動の理由は分かった。さっきからの危惧通り、倒れていた犬たちが起き上がってこちらに近づいてきたのである。
 くぼんだ両目に血のように赤い光を灯らせ、「ぐるるるる……」と不気味な唸り声をあげながらにじり寄ってくるゾンビ犬の群れ。まさに地獄のような光景だった。

「ちっ、こっちも気づかれたわけね……しょーがない、まずこいつらを蹴散らすわよ。
 ただしちょっとでも咬まれたらヤツらの仲間だから気をつけて!」
「は、はい!」

 令子の注意にキヌはあわてて後ろに下がり、アンは逆にランスと盾を構えて前に出た。このくらいの連中なら、咬まれるどころか近づかれる事だってありはしないのだ。

「えいっ!」

 まずは挨拶代わりに兜から熱光線を横薙ぎに発射して、先陣を切ってきた10匹ほどを一撃のもとに焼き払う。右側から回り込んできた第二陣は、ランスから霊波弾を乱射して撃退した。
 本物の吸血鬼を倒すためにつくられた武器なのだから、その下僕にも劣るゾンビ犬など敵ではないのだ。

(へえ、さすがにすごい性能ね)

 令子はこれなら高いお札をばらまかなくても大丈夫そうだと彼女らしい安堵の吐息をついたが、新たな戦いが勃発したことに気づいた蘭丸の方はそれどころではなかった。

(ぬ、援軍か? まずいな……)

 援軍の数も質もまださだかではないが、もし彼らがカーミラ並みの力を持っていたならゾンビ犬など障害にもならない。ノスフェラトゥの遺灰はガラスの瓶に入れて祠(ほこら)に安置してあるのだが、見つけられて浄化・滅却させられるのは時間の問題だろう。

「おのれ、御館様に近づくな……!」

 蘭丸はよほど主のことが心配なのか、カーミラのことは完全に意識から抜け落ちた様子で令子たちの方に跳躍しようとした。
 だがその隙をカーミラが見逃すはずはない。

「今……!」

 この不可視の結界にまた誰が踏み込んで来たのかは知らないが、今こそこの妖グモを倒す絶好のチャンスである。カーミラも渾身の力でダッシュして蘭丸の斜め後ろから追いすがると、ありったけの魔力と全身のバネの力を拳にこめた、まさに全力の一撃をたたきつけた。

「……! しまっ……!」
「遅い! ギャラ○ティカ・クラーーッシュ!!」

 蘭丸は殺気に気づいてはっと振り返ったが、もはや回避できるタイミングではなかった。鉄槌より重いスーパーデスブロウを脇の辺りにまともにくらって、プロ野球選手のホームランのような勢いでぶっ飛ばされる。

「っぐはぁぁ……!」

 肋骨が砕けた痛みに意識が飛びそうになりながらも、蘭丸は必死で耐えていた。なぜなら今こそ災い転じて福となす時、カーミラのパンチを受ける瞬間に斬りつけた刀についた彼女の血を瓶に入れれば、そのパワーでノスフェラトゥは復活を果たすことができるのだ!
 地面を鞠のように転がった後、よろめき歩いて祠をめざす。

「急所を外しましたか……しかし逃がしはしません!」

 だが当然のようにカーミラが追いかけてくる。また別の方向からは援軍らしき3人の女が近づいてくるのが見えた。
 生きているのが不思議なくらいのダメージを受けている身だから、追いつかれたら最後である。

「くっ、御館様……私に力を!」

 そう叫んでもノスフェラトゥが何かしてくれるわけではなかったが、それでも脚に力が甦るのを感じた蘭丸は根性をふりしぼって跳躍し、ついに祠の真ん前まで到達した。まずは刀を手でぬぐってカーミラの血を手のひらに移してから、祠の扉を開いてその血を瓶にこすりつける。
 瞬間、瓶から紫色の毒々しい閃光がはしった。


 ―――つづく。

 相変わらず進行が遅くてすいませんですm(_ _)m
 ノスフェラトゥとドラキュラがいるならカーミラがいてもいいだろうと思いまして、オリキャラとして登場させました。劇場版原作ではノスフェラトゥは令子の血で復活するのですが、それで大きな被害が起こる様子を書いたらヘイトだと思われるかも知れませんので、代わりに汚れ役をお願いしたという次第です。その分性格はやや善良にしましたけれど。
 ただし敵の敵だからといって味方になると決まったわけではありませんのでー。
 ではレス返しを。

○Februaryさん
 カリンが「利益の半分」を要求したのは、第48話で美智恵さんが言ってるように「職場での地位の象徴」だったわけですが、どっちにしても令子さんが認められる話じゃないですよねw
 ノスフェラトゥ本格登場は次回をお待ち下さいorz
>伯爵様
 化けの皮がいつまでもつか見ものであります<マテ

○HALさん
 銭ゲバじゃない令子さんなんて、スケベじゃない横島君と同じですよねw
 ノスフェラトゥがこれで復活しちゃうのはまあ王道なわけですが、この先は原作にない追加要素がいろいろ入ってきますのでー。

○KOS-MOSさん
 令子さんのことですから、横島君には2550円くらいで手伝えとか言い出しかねませんからねぇ。
 ノスフェラトゥ登場は次回にずれ込んでしまいましたorz

○遊鬼さん
 今回も令子さんサイドの話になりました。進行が(以下略)。
 令子さんは幸運にもタダで手伝ってくれる助っ人をゲットしましたが、最終的に黒字にできるかどうかは不明ですw
 横島ファミリーは今は両親がいっしょですから、元丁稚をだまくらかしてってわけにもいきませんしw
>ブラドー目線のノスフェラトゥの解釈
 普通は顔を合わせない組み合わせですからねぇ。

○ばーばろさん
 大樹と百合子は次回出られるかなあ……何しろ進行が遅い物書きなのでorz
 令子さんたちが横島君の正体を知ったら、それはもう目の色変えて騒ぎ出すでしょうねぇ。前衛の盾として打ってつけすぎますから(酷)。しかしそれだけに、仰るとおり保護者の説得は難航しそうですが。
>ある意味、予想通りな展開が増えていませんか?
 うぐぅ、手痛いご指摘……やはり150話も書くと先が読まれるようになってしまうのだろうか(o_ _)o
 もっともノスフェラトゥ復活が予想通りと言われても困りますけど(^^;

○紅さん
 メドーサは今は影で手を回してる段階なので、あまり表に出て来ないのでありますよー。
 ノスフェラトゥは次回こそ本格登場しますので!

○ミアフさん
 この助っ人は予想できなかったと思いますー。
 ブラドーはあれです、何も考えてないだけのおバカより、考えてはいるけどそれがすべて空回りしてしまうポンコツさんの方が面白<超マテ

○食欲魔人さん
 ああ、そういう事でしたかー。
 確かに美神家でも対抗しがたい勢力ですよねぇ。いろんな意味でw

○凛さん
>450億の精霊石
 小説版では3億円のイヤリング150個分という表現をしてましたが、絵で見ると槍の刃の部分全体が精霊石で、長さは30センチくらいありそうですから確かに大きいですな。
 もちろん令子さんがこの槍を簡単に使おうとするはずはありませんですw
>心情的には赤字ですよね
 唐巣・ピート・冥子はともかく、カリン・エミ・雪之丞辺りは数パーセントなんて低い評価じゃ納得しないでしょうしねぇ。10%ずつに抑えたとしても135億円ですからむちゃくちゃ痛いですな。
 これでご想像通り精霊石が壊れることになったら、令子さん自身も壊れそうですのぅ。
>霊力を込めることで精霊石を作成できるみたいな
 そんな都合のいい設定がこのSSで採用される可能性は低いです<マテれ

○Tシローさん
 は、令子さんにとってあの台詞はまさに劇物でありましたw
 一応タダで手伝ってくれる助っ人が来ましたけど、相手は最強の吸血鬼ですから甘くは見られません。

○読石さん
 はい、美智恵さんの事情はそんな感じですー。じつは令子さんにとってさらに痛恨なこともまだあったりするのですが(謎)。
 ここでは主人公補正を持たない令子さんは果たして無事450億円を我が物に、いや依頼を果たすことができるのか!?

○チョーやんさん
 やっぱり令子さんはああでないとですねw
 しかし槍をネコババして仕事はしないというやり方はしないだけ立派だと思うのですよ。
 メドさんは上記の通りでありますー。大樹はあれです、そこに山があるから登る、チャレンジャー魂のカタマリなのではないかと(違)。

○ふぁるさん
 この先はいろいろ混沌っぽくなる予定ですのでー!
 精霊石は光らせるだけとかなら再利用できるんじゃないでしょうか。パワーを解放して実際にダメージを与えた時だけ「消費」になるという感じで。
 あるいは原作に書かれてるのは苦労したエピソードだけで、実は普段はもっと楽に除霊できてるとかw

○whiteangelさん
 いあ、令子さんを真人間にするなんていかに神父が人格者でも無理でしょうw
 というか彼のあまりの赤貧ボランティアぶりに辟易した反動でお金好きになったという見方もありますがw

○山瀬竜さん
 はい、令子さんは例の台詞がよっぽど効いたみたいですw
 仰る通り横島君にとってはありがたい事でしょうねぇ。今さら令子さんと一緒に仕事しても落とすのは無理でしょうからw
 男らしい所ですか。確かにたまには欲しい所ですよねぇ、両親もいることですし。
 えろい所ならいくらでも見せる男なんですがーw

○XINNさん
 わざわざ同時進行にしたからにはいろいろ絡ませていきますので、ご期待下さいませー。逆にえんえん絡まないという展開もあるかも知れませんが(ぉ
>この槍を使わないと倒せない様な気が〜〜〜
 実に王道的な展開ですな。そんな事になったら令子さんは壊れちゃいそうですがw
 槍がなくても倒せない事はないんですが、キーアイテムである事は確かですね。
>煩悩に汚染される前に逃げて下さい
 筆者もそう思いますー(ぉ

○メルマック星人さん
 はじめまして、今後ともよろしくお願いします。
 そういえばそんなエピソードもありましたねぇ。今原作見直してみたら500万円を20万円と偽ってましたな。確かにヒドい話です(^^;
 しかし横島君の「赤字」は見逃してましたし、助けにも行ってましたから性悪度は七分くらいということで(ぉ

○風来人さん
 今日は本当にけっこう雨ですw
 そして今回も令子さんが主役、美神節を連発してます。
>美智恵さん
 娘がここまでお金好きになるとは想像もしてなかったことでしょうねぇ。
 神父はむしろ髪の毛が抜けずにすむ穏やかな正月を過ごせてラッキーかとw
>追記
 ありがとうございますー。お蔵入り作とはいえ褒めていただけると嬉しいです。

○ハルにゃんさん
 どもお久しぶりですー。
 光秀とかゾンビとかは解釈の余地がありますからねぇ。あまりおかしなものでなければ良いのではと思うのです。
>アシュ様
 ああ、そういえば令子さんにも主がいたんでしたねぇ。
 何という唯我独尊娘!w
>助っ人
 まだ中学生っぽい女の子ですが、令子さんも冥子さんよりはマシだと思ったようです(ぉ
>メドさん
 もちろん何のメリットもないのに他人を復活させてやるほど親切な方じゃないわけですが、その辺の思惑は先をお待ち下さいませー。
>美衣さん
 横島君の恩にほだされて落とされないといいのですが。
>テーマ
 確かに違いますねぇ……主にギャグの比率とかが(ぇ
 同じ土台でなぜこれほど方向性が違うのか、世の中って不思議です<マテ

○トトロさん
 ノスフェラトゥはラスボス補正持ってるので、本当に手ごわい敵だったようです。
 でもカーミラはヘッポコかも知れません(ぉ
>オカG
 確かに事件が大型化すれば出動するでしょうけど、今はまだノスフェラトゥ「かも知れない」魔物が、復活する「可能性がある」という未確定情報の段階ですから。Gメンとてすべての事件に出張れるわけじゃありませんし。
 それに相手が娘なので、なおさら動きにくいというのもあります。

   ではまた。

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