想い託す可能性へ 〜さんじゅうに〜後編
心眼が忠夫の魂から離れる事を了承した事で、サクヤヒメは早速行動に移そうとした。
「では、ヒャクメ殿。手伝って下さい」
「分かりました」
「心眼の依代は、何になされるんです?」
令子を羽交い絞めしていた小竜姫は、バンダナをしていない忠夫を見ながらサクヤヒメに訊く。
令子がむぅーむぅー唸って暴れようとしているが、小竜姫はびくともしていなかった。
おかげで、最初に令子がサクヤヒメにヒーリングを止めさせた事が有耶無耶になり、忠夫に何かをやってあげたいサクヤヒメを止める者が居なかった。
ヒャクメのせいで、令子は口を塞がれているし。
「そうですねー。横島殿は、どういったモノがよろしいですか?」
何か依代にしたいモノがあるかと、頬に右手を当てながらサクヤヒメは忠夫に訊いた。
「うーん…戦闘に支障が出ない物で、すぐに取り外せるモノが良いかな? かさばらなくて軽い物ならなお良いな。若しくは羽織る物とかだな」
腕組みをしようとして、右手に心眼が出てきているのを思い出して苦笑した忠夫は、その事で戦闘行為に支障が無いモノを依代にと望んだ。
『うむ。ただ、無理を承知でお願いしたいのだが、人型を取れるようにもして頂けないだろうか?』
「どうしてだ?」
自分の意見に同意したのにさらに要望してきた心眼に、不思議そうに己の右手を見ながら忠夫は理由を訊いてみた。
『その…なんだ。我もたまには自由に世界を歩いて、外の事を見たいのだ』
「そうかー。確かに何かの依代に宿らせるとしても、動けなかったらつまらないよな(なんか所々幼い感じがするな。どうしたんだ?)。
サクヤ、そういうことで便宜を図ってくれないか?」
心眼の心細そうな声に忠夫は頷いて、サクヤヒメに頼んだ。
復活した時に“横島忠夫と共に在り、成長する”と、枝世界に再定義された心眼。その事を知らぬままの忠夫は、彼の精神年齢があのGS試験の時よりも下がったような気がしていた。
実際は、変な風に混ざっている二人の横島忠夫の経験と小竜姫によって与えられていた知識を、心眼が復活したばかりで上手く引き出せていないせいだったりする。
「ええ。そのくらいは簡単なので、どうにでもなります。
では、容姿はどうされますか? 視たところ貴方に性別はありませんが、人型を取るという事は性別を付けないと不便になりますよ?」
『む……そうか。それは考えていなかった。我はどちらにしたらよかろうか?』
サクヤヒメの指摘に、心眼は心底困ったといった風に全員に訊いた。
自分の姿なぞ思い浮かべたことも無いので、どういう容姿が良いのか彼には判断が出来ないのだ。
これが“主好みで”と言われれば、心眼はすぐさま色んな容姿を思い浮かべる事が出来る。
例えば、20代後半の令子が体操服(ブルマ着用)姿で胸を張り、重たげなのに柔らかそうな二つの水蜜桃を腕を組んだ状態で支えて威張っていても、羞恥に顔を真っ赤に染めて背けながらも横目で忠夫を睨んでいるところとか。
19歳くらいのおキヌちゃんが、胸の部分が肌蹴た巫女装束姿で横向きに寝ていて、彼女の足元に立つ横島を潤んだ瞳で見上げている所とか。
高校2年生くらいのタマモが透けたサリー(インドの民族衣装。普通は透けていない)を着て、うっすらと二つの果実のツンととがった頂が見えるサリーの裾から覗く生足を組んでカウチに座り、右手を横島に向けて妖しく誘っている姿とか。
同じく高校2年生くらいのシロが浴衣の合わせ目を解いて胸の谷間から股の淡い翳りまでをさらし、かろうじてバストトップが浴衣の生地に隠れた状態でぺたんと座り下から横島を見上げてくるとかなどだ。
これ全部、忠夫と横島がそれぞれの枝世界で、実際に彼女たちにやらせた服装だったり誘惑された状況だったりする。
ちなみに、心眼は人間の性交渉の方法とかについては知識として持ってはいるが、それに伴う人間の感情は理解していない。
それを学習する前に、両枝世界の心眼は忠夫を庇って消滅していたからだ。
「男で良いんじゃない?(女にしたら、そっちでも口うるさく介入してくるだろうし)」
心眼の質問に、すかさず令子が男として提案する。
彼女は先ほどからの心眼の態度で、彼を身内として受け入れたくない気持ちを少なからず持っているらしい。
ちなみに令子の口を塞いでいたヒャクメが退いているので、喋ることだけは出来ていた。相変わらず、小竜姫には羽交い絞めされているけれど。
なぜ令子がサクヤヒメの神通力行使を反対しないかというと、心眼が忠夫の中に居る事態に気付かされ、依代に移す以外の方法が思いつかないからだった。
「そうですね。元が天龍殿下の竜気ですし、男性でよろしいのでは?」
令子とは反対に、小竜姫は何も含まずにそのまま提案している。その根拠も、自分より身分の高い天龍を立てるのが当然という考えからだった。
この辺は、彼女たちの性格と性経験の有る無しの差かもしれない。
(美神殿は無駄な足掻きをしていますね。それに対して小竜姫殿は何も解っていない様子。
結局、横島殿が嫌がるでしょうに)
意見を述べてきた二人に対し、サクヤヒメは達観していた。
目の前の男は、性格や性的嗜好のほとんどが神代で良人であったニニギノミコトと同じなのだ。結論は訊くまでも無い事だった。
ただ、もしかしたら心眼と呼ばれる者に希望があるかもと思い、彼女は訊いただけにすぎない。
だから。
『(美神には何か含む物があるようだな?)主はどう思う? 我は男が良いか? それとも女が良いか?』
令子の声に、人間では気付けない何かを感じた心眼がこう忠夫に訊いた時に、サクヤヒメはもう準備を始めていた。心眼という者を女性と定義付ける為に。
「俺はやっぱ男より女が良いな(聞こえてくる声は中性だけど、女声なら嬉しいしな)」
『(はぁ……主は自分の思考が我に筒抜けなのを自覚しておらぬな) 分かった。
では、主がそう望むなら我は性別を女にしよう。
サクヤヒメ様、よろしくお頼み申す』
「はい、準備はもう出来ています。それで、依代はどうされますか?」
予想通りだったと苦笑しながら、サクヤヒメは心眼の要請に答える。
令子は驚いてサクヤヒメを見るも、とんとん拍子に話を進める彼女に口を挟めずに忠夫を睨んだ。
彼女も気付いたのだろう。忠夫の性格からして、無駄な足掻きだったということを。
『一つ確認したい。依代に使える物に制限はあるだろうか? 我(ワレ)が主の役に立つには、それなりの力を持った依代が望ましい。
二度と、主を残して去るなどしたくない』
雪之丞の攻撃から主を庇ったことで消滅し、主を悲しませた事を悔やみながら心眼は請願する。
もっと主の役に立ちたいと心眼は願っていて、その為には脆弱な依代は避けて欲しいと思っていた。
「すぐに思いつくのは、私が着ているこの千早でしょうか(この衣装全部でもかまいませんけど)?
他にも探せばあると思いますが、すぐにご用意できるのはこれくらいですね」
下に着ているものが透けて見える薄絹の千早を指し示しながら、サクヤヒメは心眼の問いに答えた。
「凄いじゃないの! サクヤの千早って神衣なんでしょう!?」
「ええ、そうです。けれど、日ノ本を離れるとあまりお役には立てないと思いますが?」
「え!? あっ、そっか……」
サクヤヒメが示した千早に令子は興奮して彼女に訊くも、サクヤヒメの答えはその興奮を一気に冷めさせるモノだった。
「どういうこと?」
令子が気付いた理由が判らず、タマモは首を傾げてサクヤヒメに訊いた。
「日ノ本を離れるほどに、私の神威は衰えてしまいます。今の私は氏子あっての神であり、天空の月の姫である迦具夜姫が時の帝に託した不死の妙薬の呪により、富士山に括られていますから。
なので、私の千早を依代とした場合は日ノ本を離れるほどに神威は衰え、お役に立てなくなるのです。
ただ、私の分御霊たるキヌには、これが当てはまりません。
あの子はこの枝世界であれば、それが地上であれ天空の星々の狭間であれ、どこでもその神威を揮えます。
日ノ本以外では私の加護が減るぶん多少神威は劣りますけど、それでも中級以下の神・魔族には充分以上に通じるでしょう
まぁ、依代を考えた場合、あの子が身に着けている物は依代には出来ませんが」
「どういうことですか、サクヤ様?」
ヒャクメが興味深いという風に、好奇心をむき出しにしてサクヤヒメに訊いてきた。
「依代が出来ないという事がですか?」
「いえ、その前の事です」
「それは、キヌが富士に括られる前の私の分御霊だからですよ。
国津神としての私の神性と魔性をそのまま受け継ぎ、今では私の神威を全て揮えるとともに人間としての成長もするのです。
ヒャクメ殿ならこの意味、お分かりでしょう?」
優しい笑みを浮かべながら、おキヌちゃんを誇るように説明するサクヤヒメ。けれど、彼女の面差しにはほんの少し憂いが覗いていた。
それは、現在の神族と魔族がデタントを模索中ということに起因していた。サクヤヒメ自身は気付いていた。神・魔のデタントが、おキヌちゃんにとって無用な争いを招くことを。
それでも、自分の家族が増えたことに対して、喜びを抑えられないサクヤヒメだった。
「そ それはっ!(し、神話の時代の神が人間として成長するって……ヤバイ、ヤバイなんてもんじゃないわっ。
そうなると魔族が黙っていない。でもでも、私にどうしろっていうのねー!!)」
サクヤヒメの言葉に、現在の神・魔の情勢が解っているだけに、デタントに対するおキヌちゃんという存在の危険性が認識できてしまうヒャクメ。
彼女は青褪めて、心内で涙目になっていた。
ヒャクメには、『好奇心、猫をも殺す』の格言を贈ろう。
「おキヌさんは、神・魔のデタントに多大な影響を起こしかねないですね。ですが、私では神格が違い過ぎて封印も出来ません(老師ならば、あるいは……)」
小竜姫もヒャクメの青褪めた表情に、事の重大さを噛み締める。
斉天大聖老師であれば、おキヌさんの神格を封印する事も出来るやもしれないと、頭の片隅で小竜姫は考えていた。
「今はその事は後回しにして。おキヌちゃんが魂の原始回帰をしなかったら、ルシオラは復活出来なかったんだから。
そんなの、ここで議論しても始まらないわ。ぶっちゃけ、あんた達が上に報告しなければ良いんだし?
今は心眼の扱いをどうするかよ(ルシオラ復活もあるし、サクヤには神通力を使って欲しくはないんだけど……)」
自分を羽交い絞めしていた小竜姫の力が緩んだ事を感じた令子は、すかさず彼女の拘束から逃れて話を元に戻した。
話の流れが心眼の依代をどうするかになっている為、代案が無い令子にはサクヤヒメの神通力行使を阻止できない事が歯痒い。
「……そうですね。では、心眼の依代はサクヤ様の千早でよろしいですか?」
令子の言葉に、振りほどかれた事も気にせずに小竜姫は頷き、サクヤヒメに千早を依代にするかを訊いた。
『それは待ってはくれぬだろうか? 主は日本国内だけで活動するのではないのであろう?』
「そうだな。一応海外からも、除霊依頼はあるにはあった。けど、こっちの世界じゃどうなんだ?」
心眼の質問に忠夫は答えるも、それは世界が融合する前の話だ。なので、彼はタマモとシロの方に向いて訊いてみた。
「滅多に無いことだけど、1000体単位で集まったレギオン級の霊団を天に帰す為におキヌちゃんの力が必要になって、オカルトGメンからたま〜に要請があるわ」
忠夫の質問にタマモが答える。
オカルトGメンに登録されている高レベルのネクロマンサーは全世界に数人しか居ない為、おキヌちゃんへの依頼は少ないながらも、その除霊レベルはA級以上のレベルがザラだった。
その為に、従来のネクロマンサーの笛では息継ぎの問題などが浮き彫りになり、連続使用が出来ないことでおキヌちゃんが危機に陥る事もしばしばあった。
その事態を打開する為、横島はDr.カオスに依頼して改造した笛を用意させたほどだ。
もちろん笛の改造の時には、カオスは文珠で若返らせられていた。その際彼は、トコロテン方式痴呆の克服も果たしていたりもする。
その改造したネクロマンサーの笛を使用した最初の機会が、枝世界融合前の美神が用意した横島達への意趣返しの罠だったことは、悲しい皮肉としか言いようが無い。
おりしもその時、美智恵はICPOの本部に召喚されていて、除霊依頼もGS協会を通した物であった為に美神の罠に気付ける者が居なかった。
この時の美神は、意地を張って横島の実力を認めようとはせずに、高校を卒業した彼を辞めさせていた。それが“狂った除く者”が仕掛けた罠とも気づけずに。
他にも、横島が辞めた事でおキヌちゃん・シロ・タマモが彼の許に出入りするようになって、一年間の鬱憤が溜まった美神は皆を追い出し、それから一年間一人で事務所を切り盛りする経緯があった。
そこで美神は暗い情念に囚われていく。横島やおキヌちゃんが居ない事で心の均衡が崩れた彼女は、中学生時代のトラウマが甦った事も重なって心の闇に囚われるのが早かった。
彼女は自分の味方になってくれなかったおキヌちゃんに、可愛さあまって憎さ百倍。横島との関係で無意識の嫉妬が膨れ上がり千倍となって周りが全く見えなくなったのだ。
一ヶ月間、食事も取らずに己の霊力のみで生命を維持し、元来が優秀な為に横島達の最も弱い所を攻める罠を仕掛ける融合前の美神令子。それでも彼女は、心のどこかでまだ横島を想っていた。
罠が完成し、横島とおキヌちゃんがその現場へ向かったという情報を最後に、一切の情報を断った美神は一人事務所の机で椅子に身を預けていた。
それから二日後。
ぼうっとしていた美神がおキヌちゃん達の危機に霊感が働き、呪縛が解けたようにはたと我に返っても後の祭りだった。これで決定的におキヌちゃん達と袂を別つ事になってしまい、美神は悲しみに暮れる事になる。
悪い事は重なり、おキヌちゃん達が罠をなんとか切り抜けた翌々日の夜。ちょっとした買い物に横島が外出した時、彼は“狂った除くモノ”に襲われていた。
なぜなら一切の情報を断っていた美神が、自分の罠で横島達が死んだと事務所で悲嘆にくれていたからだ。
その翌朝。
事務所で倒れている美神令子を、霊感で娘の命の危機を感じた美智恵が急いで様子を見に訪れて倒れている彼女を発見し、白井総合病院へと運んだ。
その時事務所の床には、美神令子が落としたと見られる文珠に<戻>という字が浮かんでいて、ドアからの光にキラリと光ったという。
閑話休題(その事は、また別の機会に語ろう)
『ならば、日本以外でも効力のある依代にして頂けないだろうか?
例えば今、主が持っておるような神剣はどうだろうか?』
「これか? 敵神族が持っていた武器だが、大丈夫なんか?」
握りの部分を腰のベルトに挿していたのを取り出し、忠夫はヒャクメに手渡した。
その武器は柄(つか)と刃に対して垂直に平たい鍔(つば)だけになっていたけれど、森を飛ぶフクロウが精緻な模様として25cmくらいの握り部分に透かし彫りがなされ、その上に透明で素材が不明なモノで覆うように握り部分が作られていた。
「んー(おかしな属性は無いし、もぬけの殻のような感じなのね。あれ?)、横島さん。これの刀身はどうしたのね?」
刀身が出ると思われる鍔元の穴を、直接覗かないようにしながらヒャクメは訊いた。
「あのオウラって奴が神気を柄に篭めたら刀身が現れたぞ。そのあとは、射出された刀身が6つくらいに分裂していたけどな。おかげで死に掛けたよ」
ヒャクメの質問に戦闘中の恐怖を思い出したのか、表情をゆがめて忠夫は答えた。
いくら斉天大聖老師の修行で強くなっても、忠夫は戦闘の恐怖だけは完全に克服できなかった。救いなのは、恐怖で身体が強張るのではなく生存本能が刺激されて反応速度が高まり、逃げ足が速くなることだけだ。
修行によって多少反撃を考える余裕が出来てきたのは否めないけれど、それでも真っ先に考えるのは逃げ方だと言う彼。
そんな訳で戦いを楽しむという事は、どうしても出来ない忠夫だった。
「ふーん(この武器。それだけの機能じゃないような感じだけど……)。ざっと見た限りじゃ、依代にするには問題無いのね。
ただ、機能を確かめたいから横島さん、これに霊力を篭めてみて」
「だ 大丈夫なんか? 呪われたりしないよな?」
「仮にも神族が使っていた武器だから大丈夫なのねー。意思も持ってないし、霊格が足りなければ使えないだけだから」
忠夫の不安に、ケラケラ笑って軽い調子でヒャクメは説明しながら、神剣を彼に返した。
「ん、分かった。(とはいえ、こういう武器はあまり使ったこと無いからなー)むんっ。 お? おぉっ? これ、結構霊力を使うな……」
ヒャクメに言われて、霊波刀に霊力を篭めるイメージをしながら両手で柄に霊力を篭める忠夫。
すると、鍔元からほんの僅かに緑がかった水晶がゆっくりと伸びて、90cmくらいの刀身を形成した。
さすがに初めてなだけあって、瞬時に霊力を篭めるということは出来ないようだ。
その時、両手で握っていた為に忠夫は気付いていなかったが、柄と鍔に彫られていた森を飛ぶフクロウの意匠が少しずつ変化していき、龍が鍔元に向け大口を開けて咆哮している様子が描かれた物になっていった。
「なるほど。刀身維持に、霊力供給は必要ないんか」
霊力を篭めるのを止めても刀身が消えないのを確かめた忠夫は、拾い物したなーといった風に武器の機能に感心した。
「ちょっと貸してみて」
令子も興味深そうに忠夫の持つ神剣を見ていたが、触ってみたくなって忠夫に渡すように言う。
「ん、気をつけろよ」
「大丈夫よ。 ふーん……思ったより軽いのね」
令子は忠夫から神剣を受け取ると、全員から少し離れて持ち上げたり振り下ろしたりして具合を確かめる。
刀身自体はしなりなども無く、まっすぐに伸びた淡いヒスイ色をした水晶のような材質で形成され、その柄の握り部分は両手と片手、どちらでも扱えるようになっていた。
「んじゃ、ちょっと試すかな」
そう言って、令子は自分の盾をおもむろに出して水鏡状にすると、剣を突き刺した。
「お おい、令子? 何をしているんだ?」
「何って、試し撃ちよ。刀身が6つくらいに分裂するんでしょ? ふっ!」
忠夫が心配そうに訊いてくるのを心配無いという風に返すと、令子は刀身が6個に分かれて飛ぶイメージで念を篭めた。
令子の盾の中の風景はどこかの森を映していたが、彼女が念を篭めた瞬間、剣が向けられた先で6つの爆発が起こって、直径20mほどの大きなクレーターを作った。
その爆発は、あたかも忠夫のサイキックソーサーが投げられて、目標に命中した時のような爆発だった。
敵神族のオウラが行った攻撃は爆発もせずに地面に埋没するだけのもので、今回の試し撃ちとは質が異なるのだが、パピリオの眷属によって中継された忠夫の戦闘を見ていたはずの令子は、爆発の威力に目を奪われてその事に気付けないでいた。
(凄い威力ね。これだとお金も掛からないし、経費も微々たるものだし拾い物だわ! じゃ、もう一発……あれ?)
脳裏に映るクレーターとなった地面を見ながら神剣の攻撃力に感心する令子は、除霊の時の経費が浮く事に小躍りしたいくらいに喜んで、もう一度と剣に霊力を篭める。
しかし。
「霊力が入っていかない。なぜ?」
「どうした?」
喜んでいた令子が急に怪訝な顔になった事で、心配になった忠夫が彼女に問いかけた。
「いくら霊力を篭めても剣に入っていかないのよ」
「んな、アホな。返してみ?」
さっきは簡単に霊力を篭める事が出来た忠夫は、令子から神剣を返してもらって再び霊力を篭めようとした。
そこへヒャクメの待ったが掛かった。
「ちょ ちょっと待つのね! 今は心眼の依代をどうするかなのねー」
「あ、そうか。けど、令子が道具に霊力を篭められないとは考えられん。なんか限定条件でもあるんか?
心眼の依代になるかもしれんし、詳しく調べてくれんか? ヒャクメ」
復活した心眼に関係する為、忠夫はことのほか慎重になっているようだ。
道具を使う事に神懸り的な令子が、初見とはいえ機能を見た後で扱えない事で忠夫は不安になっていた。
「やってみるのね(あれ? さっきと何か違うような……)」
忠夫から柄と鍔だけになった神剣を受け取ると、ヒャクメはトランクから伸びたケーブルを繋いで調べ始めた。
ただ、最初に忠夫から手渡された時と今とでは、どこかが変わったような印象をヒャクメは感じていた。
「さてと。ヒャクメの調査で問題無かったら適当な物も無いし、これにするか?」
『我に異論は無い』
忠夫は右手に現れている心眼に確かめるように話しかけると、そっけない言葉で彼は答える。けれど嬉しさを隠しきれないようで、その声は弾んでいた。
「それじゃ、大丈夫だったらこれでよろしくな。サクヤ」
「承りましょう。では、ヒャクメ殿。支援お願いしますね」
「わか「ちょい待ち!」 んもう、なんなのね、美神さんっ」
サクヤヒメの要請に、神剣を調べながらも頷こうとしたヒャクメを遮って、令子は待ったを掛けた。
ヒャクメはいきなり待ったを掛けてきた令子に頬を膨らませて、詰問口調に尋ねる。
「だからっ、サクヤには神気を使うような事はさせないでって、さっきも言ったじゃない!」
神通力行使の代案は思い浮かばないものの、ルシオラ復活を遅らせるわけにはいかない為に、令子は全員を見渡して声を上げ引き止めた。
「ならば、妾が手助けしよう。癒す事は出来ずとも、神気をサクヤに渡す事はできるからな」
「それならまぁ……。ルシオラ復活に影響が出なければ良いわ。サクヤのほかに、今の状態の心眼の依代を作れる者は居ないんだし」
いつの間に拝殿へ戻ってきていたのか、令子が懸念するサクヤヒメの神通力行使に女華姫が助力を買ってでた。
思わぬところから助力を提案されて、令子は驚き戸惑いながらも了承した。おキヌちゃんに対して以前にやばい事をしたこともあって、令子は女華姫を苦手に思っているようだ。
「わかったー!」
女華姫と令子の間に流れた気まずい雰囲気に全員が沈黙していたところ、いきなりヒャクメが大きな声で叫んだ。
その場に居た者全て、ヒャクメの大声に身体がビクッと震える。
「んにゃ、なにごとでちゅ!?」
あまりの大声に、寝ていたパピリオが驚いて飛び起きた。
(なぁ、ヒャクメ? 俺は言ったよな? いきなり大声出すなって。
見てみろ、周りの状況を。俺は知らんぞ)
ヒャクメの大声に身体を震わせた忠夫だったが、突如周りで発生した怒気に身体を竦ませて、思わず合掌しながら呆れた様に心内でヒャクメに話しかけた。
「え? あっ!? ご ごめんなのねー!!」
念話ではなかったが、同情と呆れが一緒になった無言の言葉で話しかけられたヒャクメは、忠夫に言われるがままに周りを見て総毛だった。
タマモとシロは言うに及ばず九房の髪と尻尾を膨らませ、令子は強く睨んで風の刃衣を細めて握っていて、トドメに寝起きのパピリオが自分を睨んでいるのを見たからだ。
安眠を妨げられたパピリオほど恐いものは無い。と、思うヒャクメ。
彼女は以前に同じ事をやって、パピリオの怒気が治まるまで妙神山の地平線しか見えない広大な異界空間を、延々と追い掛け回された事があったのを思い出していた。
パピリオは、周りを見渡して危険が無いことを確認すると、自分の安眠を妨げた者を見据えて親指で首を掻っ切る仕草をしてから、コテンと再び眠りに落ちた。
令子・シロ・タマモは、背後で突如沸き起こった魔力の奔流に自分の憤りも忘れて振り向き、パピリオの怒りを目の当たりにすると、自業自得という風にヒャクメを見やる。
「さて。ヒャクメのお仕置きはパピリオが起きた時に任せるとして、何が判ったのよ?」
一つだけ溜息を吐いて、令子は話を進める。
ただ、うまいこと女華姫との気まずい雰囲気が流れた事に、令子は表情に出さずにホッとしていた。
「うぅ……判ったのは、美神さんがこの神剣に霊力を篭められない理由なのね。
これ、持ち主が不慮の死・若しくは世界から存在が感知出来なくなると、新しい持ち主を登録するように術が施されているのね」
パピリオの仕草に顔を引き攣らせながら、令子の促しで判明した理由を話し出すヒャクメ。
「それじゃまさか、忠夫が?」
「そう。新しい持ち主を登録するには、この神剣に最初に霊力を篭めれば良いの。だから、今は横島さんが新しい持ち主で登録されてしまっているのね。
だからほら、柄と鍔の意匠がフクロウから龍に変わっているでしょう?
たぶんこれ、横島さんの中に居る小竜姫と天龍殿下の竜気が元になった心眼に反応したんだと思う。
あと竜の周りに桜の枝葉や花びら、菊の花があしらってあるからサクヤヒメ様の神気も影響しているんだと思うのね」
令子の合いの手にヒャクメは頷きながら続けて、トランクから投影した二つのモニタを指し示す。
そこには、忠夫が最初にヒャクメに渡した時の神剣の握り部分の模様と、二度目に渡された時の模様が映し出されていた。
お仕置きを恐れて表情は翳っているけれど、きっちり自分の役目をこなす所は褒めてあげたいところだ。
『ならば願ってもないことだ。主しか使えぬ武器なら、我の依代に何よりも相応しい』
ヒャクメの結論に、心眼は弾んだ声で喜んだ。
「では、横島殿。私についてきて下さい。本殿は使えませんので、別の斎場を使いますゆえ。
ヒャクメ殿も一緒にお願いしますね」
話が纏まった事で、サクヤヒメは行動を起こした。
「ああ、分かった」
『よろしくお頼み申し上げる』
パピリオのお仕置きが恐くて落ち込むヒャクメに呼びかけ、女華姫に目配せをしたサクヤヒメは二柱を引き連れて、地下の封印の人形が安置されている斎場へと向かう。
その後ろに、忠夫が続いて拝殿を出て行った。
(なーんかヤな予感がするんだけど……)
令子は一抹の不安が心に過ぎり、忠夫の後姿を彼が見えなくなるまで追った。
彼女の不安はある意味当たることになる。それは女の勘だったのだろう。
「さて、忠夫と心眼の事はサクヤヒメに任せるとして。こっちはこっちで状況の整理をするわよ。
……て、パピリオにも参加して欲しかったんだけど、起きそうにないわね」
周りを見渡して話をしようとした令子は、パピリオが寝床で丸くなっているのを見て、仕方ないかと彼女の参加は諦めた。
「今日は凄い活躍でしたから、寝かせてあげましょう」
そう言って、小竜姫はシーツをパピリオに掛けてやる。
その表情は優しく、パピリオを慈しんでいるのが良く判る。
「状況整理たって、後はもうおキヌちゃんが行う儀式が終わるのを待つだけでしょ? 私、一度ねぐらに戻ってサッパリしたいわ」
「(ママや先生への報告もしなきゃならないわね) それもそうね。小竜姫、私の事務所に転移して、またここに戻れるだけの竜気って残ってる?」
タマモの提案に少し考えた後、自分の母親や唐巣神父にも報告しなければならない事にも気付いて、小竜姫に転移が可能か訊いてみた。
「はぁ、ここで小周天法を30分ほど行えば、その程度でしたら出来ますが。ただ、言っておきますが、私は篭屋ではないんですよ?」
「移動時間がもったいないのよ。ここから東京まで車で何時間掛ると思ってんの? 往復だと、ここに戻ってくるのは深夜になるわよ。
新幹線を使っても、車を使った時との誤差は3時間ほどだしー」
「もう切羽詰った状況でもありませんし、そんなに急がれることは無いのでは?」
小竜姫は、自分が便利な運び屋のように使われる事に反発を覚えて、令子を軽く睨みながら諭す。
けれど、そんなのは怖くもなんともない令子は現代の移動手段で掛かる時間を盾にして、小竜姫を攻略しようとした。
小竜姫は時間を惜しむ令子の意図が解らず、やんわりと拒否をする。言葉にはしなかったが、彼女は忠夫の護衛としてここにいるのだから。
「小竜姫、あんたホントに暢気ね? ルシオラが復活するという事がどういうことか、その事をちゃんと理解してる?」
「え? えと(どういうことなんでしょう?)? すみません、美神さんが仰っている意味が解りません」
時間を惜しむ理由をどうして解らないのかと呆れたように質問してきた令子に、小竜姫は頭の上にハテナマークをいくつも浮かべていた。
「あっそうか(忠夫が本気になった女が甦るんだったわね。なら、美神の行動も納得だわ)」
令子のルシオラという言葉に、タマモは彼女の今後の行動理由に気付いた。
「タマモは気付いたみたいね? タマモやシロ、おキヌちゃんの横島クンが、初めて本気で向き合った相手がもうすぐ復活するのよ?
わたし達は、今後の事を話し合う必要があると思うんだけど?」
「あ……(そうだった。ルシオラさんと初めて直接会う事になるんだった)」
令子の言葉に、小竜姫は言葉を失くす。
彼女は、無意識にルシオラの事は考えないようにしていたのかもしれない。けれど彼女の復活は、もうすぐだ。
「だから身も心もサッパリして、今夜話し合おうって事。理解した?」
「はい(私も向き合わないと。もう失くしたくないと決めたのだから)」
相手を知り、心の準備を済ませなければならない事に気付いた小竜姫は、思案に暮れる令子をよそに心を落ち着けるようにゆっくり座ると、小周天法を行いだした。
(とは言ったものの。おキヌちゃんは当然として、わたし・タマモ・シロ・小竜姫・サクヤ。 ヒャクメと女華姫は微妙としても、混沌としてるわね。
結論は分かっちゃいるけど……これも惚れた弱みかなぁ。
ま、宿六の好きにさせるつもりはないけどね)
小竜姫が小周天法を行いだしたことで彼女が事態を理解したのを感じた令子は、今夜の女だけの話し合いに溜息が出る思いだった。
続く
こんにちは、月夜です。想い託す可能性へ 〜 さんじゅうに 〜後編をお届けします。
心眼がどこか幼くなった理由をご納得いただければ良いなぁと、思ってます。さて、枝世界融合前の原作終了後の美神さんが、おキヌちゃんにやった酷い事が概要として出ました。
横島とおキヌちゃん達が美神さんの罠をどう切り抜けたのかは、一話分のお話になるのでここでは明かしていません。けれど、女華姫が令子さんに憤っている理由は、こういう事でした。
さて、次話は桃色にするか、それともそれをすっ飛ばしてお話を先に進めるか。少し悩んでいます。
では、レス返しです。
〜読石さま〜
いつもレスを書いていてありがとうございます。
>自分の心に戸惑う女華姫が……
未だ恋とまでは言えない感情ですけど、気にはなる。そんな彼女には、今後更なる衝撃な光景が訪れます。初心な女華姫は可愛いです♪
>心眼にびくつくヒャクメの姿に……
彼女は仕事柄、もっとグロイ物を見ているはずなんですが、さすがに人間の霊能が喋る所はあんまり見た事は無かったのでしょう。本気でビビッてました。ホント、ヒャクメって神族には思えない所が多々出てきます。
>背伸びしたお父さん大好きっ子
おおっ! 確かにそんな感じですね♪ 私自身は、居心地の良い所から出たがらない猫を想像していましたけど(^^ゞ
ちなみにもうすぐ彼女と呼称する心眼ですが、忠夫の不完全融合に引きずられて復活に不備が出ている為です。ルシオラにくっ付いていた分が戻れば……変わらないかも(笑)
次話も楽しんで頂ける事を願っています。
〜星の影さま〜
いつもレスを書いて頂いてありがとうございます。
>心眼…。まさか擬人化フラg(ry)
まさにその通りです♪ 女の子としてか女性としてかは、秘密ですが(^^ゞ ちなみに武器化もしますよ^^
>随分と美神が可愛くなってますな。
なぜ嫌な所ばかりをクローズアップするのかは、彼女がヒロインなのに悪役をさせ易い性格だからでしょう。しかも、SSではフォロー描写が少ないので読者には負の感情が溜まっていくから余計に悪役のイメージが増すのだと思います。
まぁ、そのおかげで、私が書く令子さんは普通の乙女をしているのに、余計に可愛く見えるようですけど(笑)
>時間が取れれば毎日でも……
お疲れ様です。私もネットに繋げられないって、凄くストレスになるので良く解ります。続きを読みたい物語があるのに、時間が無くて読めないなんて苦痛ですよね。私はそれを紛らわせる為にも、この物語を書いていますけど(^^ゞ
では、次話も楽しんで頂けることを願っています。お身体にお気をつけ下さい。
〜ソウシさま〜
いつもレスを書いて頂いてありがとうございます。
>最近女華姫が可愛く見えて仕方ない
彼女の内面に萌えて下さる方が増えて嬉しいです♪ 厳つく武骨な仮の姿でも凛々しく美しい真の姿でも、そのギャップは萌えます(゜-^)b
今後の彼女には、衝撃のイベントが待ち受けていますけど(笑)
>心眼は……幼くなったのかな?
もうすぐ三人称が彼女になる心眼は、今回のお話で明かしたように忠夫が不完全融合している為に、上手く知識と経験を引き出せない状態でした。でも、今の心眼も捨て難いんですよね。さて、どうしようかな。
>それとも女性化したのか
いえ、それはもう少し後です。今現在は幼くなっています(^^ゞ
>心眼の宿るのは何でしょうかね?
一つは以前に想像された通り、オウラから盗った神剣です。これのおかげで彼女は武器化できます。他にも彼女には秘密がありますけど、今はナイショです。
>未来で夫婦をやってるのが……
私も最近、大手サイトの過去作品で一つ見つけました。そちらでは恋人未満みたいでしたけど。天龍とパピリオが夫婦やっているのも読んでみたいですね。情報ありがとうございました。地道に探してみます。どうしても見つからなかったら、捜索願を出してみますけど(^^ゞ
次話も楽しんで頂けることを願っています
次回投稿は、GW頑張ってみますがそれでも5月中旬となりそうです。
レスを頂けなくなった方々も、まだ読まれている事を願っています。
では、失礼致します。